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2021
11.03

金持ちの御曹司~Make my day~<前編>

「世の中に本当にあんなお医者さんがいたら凄いわね?」

恋人の言葉は医療ドラマを見た感想。
舞台は、かつては白い巨塔と呼ばれていた大学病院の医局。
何シーズン目かのそのドラマの主人公はフリーランスの女医。
すなわち一匹狼。
そしてその女医の決め台詞は、「私、失敗しないので」
恋人はそのドラマを見終わると主人公の女医を「カッコいい」と言った。

司はそのとき思った。
もし恋人が医者だったら、どんな医者になるのかを。
恋人は過去に司を殴ったことがあるが基本的に優しい女だ。
だからきっと患者思いの尊敬される医者になるだろう。
例えばだが、司が患者として恋人に診察してもらうことになれば、彼女は心から心配するはずだ。
そう思いながらソファに横になると、台所に立った恋人が洗い物を片付ける音を訊きながら目を閉じた。











「道明寺さん。私に切らせて下さい。だって私。失敗しないので」

司は会社で倒れ病院に運ばれたが、現れた医者はかつての恋人、牧野つくし。
ふたりは高校生の頃に付き合っていた。
だが司が彼女のことを忘れると、彼女は英徳を退学して都立高校へ編入した。
そしてそこから大学の医学部に進学し、首席で卒業すると優秀な外科医として世界中の病院を渡り歩く女医になった。そこは南米であったりアフリカであったり砂漠のど真ん中であったりした。そんな経歴を持つ彼女が道明寺系列の病院にいた。

「牧野……」

「あら私のことを思い出したのね?光栄だわ」

秋色の洋服の上に白衣を羽織った女はそう言ったが笑わなかった。
だがそれはそうだろう。
笑えるはずがない。
何しろ司は彼女のことを忘れ他の女と結婚した。
だがそれはビジネスのための結婚であり妻となった女のことなど愛したことが無かった。
だからすぐに離婚した。
そして彼女のことを思い出すと愛を伝えたいと思った。
だから医者になった彼女を探した。だが見つけることが出来なかった。
しかし、今こうして司の前にいる。

「ああ俺はお前のことを思い出した。お前を愛していることを思い出した。
そして俺はお前に申し訳ないことをしたと思っている。だからその償いをしたいと思っている。お前が望むことならどんなことでもする。だからもう一度俺と付き合って__痛てぇ!」

ベッドに横たわっている司は、つくしに腹を抑えられ叫んだ。
すると彼女は、「あら痛かった?」と平然と言った。

司は「ああ、痛てぇ」と答えたが尋常ではない痛みに、もしかして自分は悪い病気なのではないかと思った。
だから「牧野。俺、悪い病気なのか?」と訊いた。
すると彼女は躊躇することなく、「ええ。相当悪いわ」と言った。
司は血の気が引くのを感じた。
せっかく愛する人に会えたというのに、まさか自分が病魔に侵されているとは思いもしなかった。だから言葉が出なかった。
そんな男を前に彼女は「でも心配いらないわ。ただの胆石だから」と言ったが、再び腹を抑えられた司は呻き声を上げた。

「た、胆石?」

「そう。胆石よ。アンタの身体の中には石があるの。これまでじっとしていたその石が、今日を境に動くことを決めたみたいよ。レントゲンで見たけど、ネクタリン並の大きさね」

司は顏の上に示されたレントゲンを見た。
すると己の下腹部と思われるそこに石らしき物が白い影となって写っていたが、彼女の言う通り、かなりの大きさがあった。

「牧野。お前が切るのか?お前が俺の腹を切るのか?」

「ええ。私がアンタのお腹にメスを入れてその石を取るわ。大丈夫よ、何も心配いらないわ。だって私、失敗しないので」と言った彼女は、「それに私の指は期待を裏切らないから」と淡々と言葉を継いだ。

司は元カレの腹を切りたいと言う女が唇の端を少し上げたのを見た。
それは不気味な笑み。
その瞬間頭の中を過ったのは、手術を失敗しないという女は、今回に限り失敗するのではないか。
それは自分を忘れた男を手術に見せかけ、殺そうとしているのではないかという思いだった。




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2021
11.04

金持ちの御曹司~Make my day~<中編>

そうだ。
失敗しないと言いながら故意に失敗して司を亡き者にしようとしているのではないか。
だがもしそうなら、それほど司に忘れられたことが許せなかったということになるが、「私、失敗しないので」、という腕を持つ医者なら腹から石を取り出す手術を失敗させる方が難しいのではないか。つまり唇の端を上げたように見えたのは、司の見間違いであり笑みではなかったのかもしれない。

だが司は長い間彼女のことを忘れ他の女と結婚していた。
それに男としての生活を存分に楽しんできた。
だから彼女の手で手術され殺されるなら、それは受け入れなければならないことなのかもしれない。

しかし司は彼女に償いをしていない。
もし殺されるとしても、それが心残りだ。
だからこの先彼女が生活に困らないように、いや、医者の彼女が生活に困るかどうか分からないが、それでも老後を不自由なく過ごせるようにしたいと思った。
だから生命保険の受取人を彼女の名前に書き換えた。
それに父親が亡くなったとき受け取った莫大な遺産がある。その遺産をすべて彼女に贈るという遺言書を作ったが、それが愛のしるし。そうすると司は手術台に横たわる覚悟が出来た。
そして不思議なことだが、彼女の手で手術されることに心が浮き立つのを感じた。


「牧野」

司は手術台に横たわると名前を呼んだ。

「なに?」

手術着姿で目だけを覗かせている女は凛々しかった。
そしてその姿は、かつて司に立ち向かってきた女の姿に似ていた。

「もし俺に何かあったとしても俺はお前を恨みはしない」

「アンタ。なに言ってんの。なんで私が胆石の手術で失敗しなきゃならないのよ」

「いいんだ。牧野。お前の気持は理解してる。お前はお前のことを忘れた俺のことが許せないんだろ?だから俺を____」

麻酔をかけられた司はそこで意識が途絶えた。








つくしは病院に運び込まれた男を見て息を飲んだ。
道明寺系列の病院で働けば男に会う可能性があると理解していたが、まさか急患で運ばれて来るとは思わなかった。
そして男と再会することになったが、記憶を取り戻しているとは思いもしなかった。
それに男には胆石だと言って石が写ったレントゲン写真を見せたが、男の肝臓には腫瘍が見つかった。

沈黙の臓器と呼ばれる肝臓。
人体の右上腹部にあり、あばら骨の内側で守られていることから、痛みを感じるまで気づくことがないと言われる肝臓の病。
だから男も自分の身体の異常に気付かなかった。
そして痛みを感じた時には遅いと言われるが、やはり男の病も進行していたことから、手術しても助かるかどうか分からなかった。
だから他の医者は抗がん剤と放射線治療を勧めた。
だがつくしは手術することを主張した。
それは腫瘍を取り除くことができる自信があったから。
それに男を愛していたから。
だから本当の病名を隠し、石が写った他の人間の写真を男の物だと偽り、沈鬱な面持ちを隠し男と対峙すると、つくしが手術をすることを承諾させた。



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2021
11.07

金持ちの御曹司~Make my day~<後編>

目覚めた司は病室にいた。
そして担当医である牧野つくしが来るのを待っていた。
だが現れたのは男の医者。
だから司は訊いた。

「牧野つくしはどうした?」

「牧野先生はフリーランスのドクター、つまりアルバイトで当医院の正式な医者ではありません」

「だからそれがどうした?」

司は鋭い目と口調で医者に言った。
すると訊かれた医者は言葉に詰まりながら答えた。

「は、はい。で、ですからアルバイトの牧野先生は昨日付けで病院を辞めました」

「病院を辞めた?」

「は、はい。契約期間はまだありましたが、急に辞めると言って……」

司はベッドから起き上がろうとした。
だが腹部の痛みに呻いた。

「道明寺支社長。手術したばかりのお身体です。暫くはご安静にお過ごし下さい」

「あほう。胆石は手術後二日目に退院できるんだろうが。それに翌々日には仕事に復帰出来るはずだ」

「いえ。実は…その…」

「実は?実はって何だ?はっきり言え!それにうだうだ言ってんじゃねえよ!」

司は病院を辞めたという彼女を一分一秒でも早く探しに行きたかった。
だから言い淀んでいる医師に話の先をせかした。

「はい。牧野先生は胆石だと言いましたが実は道明寺支社長のご病気は胆石ではなく肝臓に腫瘍がありました」

「肝臓に腫瘍?」

「はい。支社長に事実を話さなかったのは、秘書の方から秘密にして欲しいと言われたからです」

「秘書が?」

「はい。それに牧野先生も言わなくていいと言ったからです。
その代わり手術は絶対に成功させるからと言って……しかし我々としてはバイト風情に道明寺支社長の手術をさせる訳にはいかないと言ったのですが、支社長が承知されたので牧野先生に執刀してもらったのです」



***



司は退院すると彼女がいるという北陸の海の見える街を訪ねた。
牧野つくしはそこにある小さな病院で働いていた。

「牧野せんせー!お客さんですよー!」

待合室を掃除していた女性は窓の外に広がる畑に佇んでいる後姿の女を呼んだ。
そこにいる女は白衣ではなくジャージ姿で鍬を持ち立っていた。

「すみませんねぇ。先生の趣味は農作業で昼休みには作物の世話をしてるんですよ。それにもうすぐ小松菜を収穫するので牧野先生も生育状況を気にしているんですよ。先生!牧野せんせー!」

彼女は女性の呼び声に振り返えると、「なに?」と叫んだ。
「だからお客さんですってば!」と女性が言うと、「客って誰?」と叫んだ。
すると女性は、「誰って….ええっと…お客さん、お名前は?」と司に訊いた。
太陽の光りが降り注ぐ場所にいる女から、暗い建物の中にいる司の姿は見えない。
だから司は牧野つくしに向かって叫んだ。

「お前に腹を切られた男だ!」

すると畑にいる女は手にしていた鍬を投げ出し走り出した。
だから司は大急ぎで建物を出ると彼女の後を追った。

「あの女、相変らず逃げ足、早ぇな…..」

司は彼女を逃がす訳にはいかなかった。
何が何でも絶対に掴まえなければならなかった。
だから畑の中を走った。
途中ぬかるみに足を取られ転びそうになった。
危なく肥溜めにダイブするところだった。
だが、司は転ぶことなく体勢を立て直すと彼女を追った。
そして畑を抜け道に出たところで追いつくとジャージ姿の女の腕を掴んだ。
それは女神のドレスの裾を掴むのとは訳が違ったが、司にとって牧野つくしは女神。
そして女神というのは気まぐれなところがある。
だから己の手からすり抜けてしまわないように力を込めた。

「ちょっと!痛いじゃない!離してよ!」

「バカか。お前は。俺が離せと言われて、はい、分かりましたって素直に離す男だと思うか?」

司の言葉に彼女は答えなかった。

「牧野。俺は__」

「アンタ文句言いに来たのね」

「は?」

「だから文句言いに来たんでしょ?」

「一体俺が何に文句を言うって?」

司は彼女が言った文句の意味が分からなかった。

「何って…..」

「だから何だよ?」

「そ、それは…..」

「牧野。俺はお前に命を助けられたことを嬉しいと思う。本当の病名を隠していたことを責めるつもりはない。それに__」

司はスーツの上着を脱ぐと放った。
そしてワイシャツのボタンを外すと肌を晒した。

「俺はこの傷あとが永遠に残ることを望んでいる」

司の腹には傷が三つある。
ひとつ目は高校生の時に刺された傷あと。
その傷あとは肌になじむように薄くなっていた。
二つ目は牧野つくしが手術をした傷。今はまだ生々しいが、いずれひとつ目の傷と同じように薄くなるだろう。
そして三つ目の傷は手術した傷の近くに刻まれた小さな傷。
司はその傷が永遠に残ればいいと思っていた。

「牧野。お前の気持は分かった。俺は喜んでお前の気持を受け取る」

司の腹に刻まれている三つ目の傷とはローマ字で刻まれた彼女の名前。

「この字は消えない。消えないように刻んだはずだ。俺はそれが嬉しい。
それにこの文字を刻んだのは俺を他の女に渡さないってお前の意思表示だろ?
俺にお前を一生忘れさせないためだろ?だが安心しろ。俺はお前以外の女を抱くつもりはない。お前は俺の全てで俺にとって女は死ぬまでお前だけだ。だからここにお前の名前が刻まれていても全く問題はない」

司は自分が彼女を忘れても、彼女が司のことを思っていてくれたことが嬉しかった。
だから己の身体に彼女の名前が刻まれても何の問題もない。

「道明寺……」

「牧野…..」

司はつくしの顎を掴み顏を近づけた。

「俺はもう二度とお前を忘れない」















「支社長お止め下さい」

「…..あ?」

ソファに寝ている司を上から覗き込んでいるのは秘書の西田。
真面目な秘書の顏は時に能面のように見えることがあるが、今はまさにそれで司はそんな秘書の顏に手を当てていた。
だから慌てて手を離すとソファから飛び起きた。

「西田。なんでお前がここにいる?」

司は秘書を睨んだ。

「支社長お忘れですか?今夜12時に牧野様のお部屋に迎えに来てくれとおっしゃったのを」

そうだった。
本当なら司は今夜仕事を終えた後、ニューヨークに向かわなければならなかった。
だが今夜はどうしても彼女と一緒にいたかった。
何故なら今日の日はふたりの記念日だから。

__約束。ちゃんと守って。
__絶対に守ってね。
__守るよ。絶対に。

求められたのは鍋をする約束の履行。
その会話が交わされたのはニューヨークの空港。
退学届を出した司を追ってニューヨークに来た彼女。
だが感動の再会はなく、冷たく彼女を追い返す男に約束を果たして欲しいと言った。
そしてあの約束は大人になった今でも守られていて、ふたりはあの約束と同じ日に鍋をしていたが、今日がその日だった。
だから司は、ニューヨーク行きは日付が変わってからだと西田に言った。

「支社長。そろそろ飛行機のお時間ですので」

後ろ髪を引かれるとは正にこのこと。
何しろ鍋の後、不覚にも寝てしまった司は彼女との大切な時間を台無にしてしまったのだから。
だが彼女はそんな司に文句は言わなかった。

「道明寺。気をつけて行ってきてね。あたし、待ってるから」

あの時。ニューヨークの空港で彼女は言った。

__あたし、待ってるから。

待っている人がいる。
その人は最愛の人。
その人から待っていると言われれば無事に帰ってこなければならない。
だが、あの時のふたりに明日という言葉はなく別々の道を歩むことが決まっていた。
つまり、あの時の鍋はふたりにとって最初で最後の鍋になるはずだった。
しかし運命の歯車は別の道を用意していた。

一度は切れかけたふたりの絆。
だが見えない絆は切れることなく今も続いていた。
そしてこの絆はいずれ永遠の絆に変わる。
だからその日まで、いやその後も、Make my day、彼女は司を幸せな気持にしてくれるだろう。

「じゃあな。行ってくる。俺が戻るまでいい子にしてろよ」

司は彼女から渡された上着を着た。
そして最愛の人の唇にキスを落とすと部屋を出た。




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