男が髪型を変えた。それは螺髪(らはつ)。俗にいうパンチパーマ。
そして服装はダブルの白いスーツにサングラスにセカンドバッグ。
腕にはダイヤ入りのロレックス。それに首には太い純金のネックレス。
「どうだ?似合うだろ?」
「……….」
秘書の西田は、めまいを起こしそうになった。
自分が仕える男が映画『仁義なき戦い』でも見たのかと思った。
そうだ。西田は若い頃その映画を見た。だがその世界に憧れはしなかった。
だから秘書として道明寺ホールディングスで働いている。
けれど映画館を出た男達は皆、映画の主人公になって肩で風を切って歩いていた。
だから男もそうなのだと思いたいがそうではない。
それなら何故男はそんな恰好をしているのか。
それは、男が自分の立場を忘れてしまったからだ。
「西田さん!大変!道明寺が記憶喪失になったの!」と、恋人の牧野つくし様から慌てた様子で電話がかかって来たとき、また最愛の人のことを忘れたのかと思った。だがそうではなかった。男が自宅マンションの風呂場で滑って転び頭を打ち失った記憶は、自分が道明寺ホールディングスの日本支社長だということ。だが幸い長い付き合いの西田のことは覚えていた。
「西田。何とか言え。似合ってるか似合ってないかどっちだ?」
西田は困った。
何しろ記憶の一部を失った男が元々癖の強い髪にさらに癖を付けている。それも鎌倉大仏のような髪型にしているとは思いもしなかった。
それに西田が知るパンチパーマの人物と言えば演歌歌手の北島三郎くらいだ。
だから北島三郎と目の前の男を比べてどちらが似合っているかと言えば、それは北島三郎だ。何しろ若い頃の北島三郎のパンチパーマは不動の髪型だった。
だから西田は似合っていません。それにパンチパーマが似合うのは北島三郎ですと答えたい。
だが男が地蔵菩薩のように剃髪。つまり丸坊主。いわゆるスキンヘッドにしなかっただけ良かったと思う。何しろその状態から髪を元の状態に戻すには時間がかかり過ぎる。
それにもし伸びる途中で角刈りにされてサングラスをかけ皮手袋を嵌めれば、西部警察の大門部長刑事かゴルゴ13のデューク東郷になる恐れがある。
だから、そうならないためにも男が喜ぶ言葉をかけるべきだと思った。だから西田は、「お似合いです」と答えた。だが決して本心ではない。
「そうか!西田は分かってくれるか。けど牧野はこの髪型を見て出会った頃の髪型と変わらないって大笑いした」
ここ最近の男の髪型は昔ほどクルクルと巻いてはいない。
だから、今の男の髪型は若かりし頃の髪型に似ているとも言える。
だが、あの頃はチョココロネと言われた髪型でありパンチパーマとは言い難い。
いや、今は髪型が問題なのではない。それよりも問題なのは、自分の立場を忘れた男をなんとかしなければならないということ。それに髪型は今すぐどうにもならないことだから仕方がないが、他は何とかなる。
だから西田は男に言った。
「司さま。あなたは道明寺ホールディングス日本支社の支社長です。
白のダブルのスーツはこの場に相応しいとは言えません。それに首の純金の太いネックレスもお外し下さい」
執務室の隣にはベッドを備えた仮眠室がある。
そこには着替えが用意されている。だからそこで着替えるように言った。
ネクタイを締めるように言った。
すると男は少し間を置いたが素直に「分かった」と答えた。
だから西田はホッと胸を撫で下ろした。
それにしても何故牧野様は恋人がこのような姿になることを止めなかったのか。
そう思った西田は少し考えると、なるほど、そういうことかと膝を叩いた。
それは、かつて自分のことだけを忘れられた女性は、恋人の記憶を取り戻そうと大変な苦労をした。その苦労を秘書であるわたくしにも味わえと言いたいのだろう。
つまり牧野様はわたくしを困らせたいということだ。
西田は、それならとばかり、自分の手で男の記憶を取り戻してみせると誓った。
だが誓ったはいいが、執務室で机に向かうパンチパーマ男の記憶は戻らない。
だがそれでも、仕事については記憶があるようで書類仕事をこなしていた。
そして男は、「朝ドライヤーと格闘する必要がない」と言ってその髪型を気に入っていた。
だが西田としては早くパンチパーマから元の髪型に戻させたかった。
何しろ会社のトップには清潔感や信用といったものが必要であり、今の髪型ではどちらも得ることが出来ないから。そして髪型というのは日々の仕事に合わせる必要があると思っている。それにパンチパーマは道明寺司のイメージではない。
だからその髪型で公式の写真を撮られることは避けたかった。
新聞や雑誌のインタビューは断わり写真は一枚も撮らせなかった。
けれど男は気にしていなかった。
そしてある日。男を世田谷の邸にある美容室に迎えに行った西田は言われた。
「西田。お前が俺と同じ髪型にしたら俺の記憶も戻るかもしれねえ」
自分の頭の手入れを終えた男はそう言って西田にパンチパーマを勧めたが、そんなことで記憶が戻るはずがない。
それに秘書の西田がパンチパーマにして、ふたりが並べばビジネス社会の中で浮く事は間違いない。
そして西田は散髪は好きだが生まれてこのかた一度もパーマをかけたことがない。それに髪を切るのはいつも決まった床屋であり店主だ。
その店主だけが西田に似合う髪型を知っている。
「西田。お前。俺の秘書だろ?それに俺の記憶を取り戻したいと思ってるんだろ?
それなら新しい髪型やってみろよ」
だがそう言われてもやはり西田は嫌だった。
だから「申し訳ございません。いくら支社長のご命令でも、わたくしは髪型を変えることは出来ません」と言った。
すると男は西田の腕を掴んだ。
そして素早い動きで散髪用の椅子に座らせると両腕を椅子に縛り付けた。
西田はまさかという思いで男を見た。
すると「西田。そう嫌がるな。パンチパーマは手入れが楽だからいいぞ?」
鏡に映る男の顏には微笑みが浮かんでいるが目尻は笑っていない。
西田は再び「いえ。わたくしはこの髪型で結構です」と答えた。
すると、「まあ、そう言うな。人生は一度だけだ。違う髪型も試してみろ。おまえ、意外と角刈も似合いそうだ。いや。坊主もいいかもしれねえな」と言うと、いつの間にか手にしていたバリカンのスイッチを入れた。
「支社長!お止め下さい!支社長!!」
西田は叫んだ。だが男はバリカンの歯を西田に向け頭に当てた。
「西田!!おい、西田!しっかりしろ!」
西田はハッとして目を開いた。
するとそこには西田が仕える男がいて西田を見下ろしていた。
そして男の髪はパンチパーマではなく、いつものクルクル髪だ。
「おい。気が付いたか?ここがどこか分かるか?」
「………」
「いいか。ここは俺の部屋だ。お前は俺に書類を届けに来た。そして帰ろうとして倒れた」
「そうでしたか…..申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました」
西田はそう言って右手で眼鏡の位置を確認すると、寝ていたソファから起き上がろうとしていた。
だが男は「起きるな。寝てろ」と言った。そして「お前、疲れてんじゃねえのか?休みの日くらい休め。書類なんぞ明日でもいいだろうが」と言った。
西田は月曜の会議までに目を通してもらいたい書類を持って男の家を訪れ、めまいを起こし倒れた。
そして夢を見た。
それは目つきが鋭いパンチパーマの男がいて、その男がバリカンを手に西田の髪の毛を刈ろうとする強烈な夢だ。
それにしても、いつもなら西田が夢を見ている男を覚醒させる。だが今日は違った。
もしかすると男が言う通り疲れているのかもしれない。
だが西田は金持ちの御曹司と言われる道明寺司の秘書だ。
そしてその御曹司は癖の強い髪の毛を持つクセの強い男だ。
だから西田は、そんな男の秘書は自分以外勤まらないと思っている。
何しろ西田は男の成長を間近で見て来た。
手の付けられなかった男が、ひとりの女性と出会ったことで人が変わった。
その人のために大人になることを急いだ。そして社会人になった男は、その人を守ることが出来る男になった。だから西田はこれからもその男に仕えて、ふたりが結婚するところを見届けたい。ふたりが親になるところが見たい。係わった以上、男の人生に係わり続けたいのだ。
だから疲れてなどいられない。
倒れてなどいられない。
西田はソファから起き上がった。
そして言った。
「支社長。わたくしは疲れてなどおりません。わたくしは命が尽きるまで支社長にお仕えしたいと望んでいます」
「随分と大袈裟な男だな。お前は」
その言葉に西田は心外だとばかり言った。
「いえ。わたくしは大袈裟な男ではございません。わたくしの口から出る言葉は心からの思いで嘘はございません」
そして西田は、「支社長にお願いがあります」と言った。
「なんだ?言ってみろ」
「はい。わたくしの雇用ですが終身雇用でお願い致します」
すると男はニヤッと笑って答えた。
「ああ。もちろんだ。終身雇用どころか、お前が言った通り死ぬまで俺の傍にいさせてやるよ。それに俺はお前以外の秘書は考えられねえからな」
西田は男の部屋を後にすると帰宅を急いだ。
だが途中で薬局に入ると栄養ドリンクを買った。
明日からも道明寺司の秘書として最善を尽くすと誓い瓶の蓋を開けた。
そして、「手がかかる上司ほどかわいいものです」と呟くと中身を飲み干した。

にほんブログ村
そして服装はダブルの白いスーツにサングラスにセカンドバッグ。
腕にはダイヤ入りのロレックス。それに首には太い純金のネックレス。
「どうだ?似合うだろ?」
「……….」
秘書の西田は、めまいを起こしそうになった。
自分が仕える男が映画『仁義なき戦い』でも見たのかと思った。
そうだ。西田は若い頃その映画を見た。だがその世界に憧れはしなかった。
だから秘書として道明寺ホールディングスで働いている。
けれど映画館を出た男達は皆、映画の主人公になって肩で風を切って歩いていた。
だから男もそうなのだと思いたいがそうではない。
それなら何故男はそんな恰好をしているのか。
それは、男が自分の立場を忘れてしまったからだ。
「西田さん!大変!道明寺が記憶喪失になったの!」と、恋人の牧野つくし様から慌てた様子で電話がかかって来たとき、また最愛の人のことを忘れたのかと思った。だがそうではなかった。男が自宅マンションの風呂場で滑って転び頭を打ち失った記憶は、自分が道明寺ホールディングスの日本支社長だということ。だが幸い長い付き合いの西田のことは覚えていた。
「西田。何とか言え。似合ってるか似合ってないかどっちだ?」
西田は困った。
何しろ記憶の一部を失った男が元々癖の強い髪にさらに癖を付けている。それも鎌倉大仏のような髪型にしているとは思いもしなかった。
それに西田が知るパンチパーマの人物と言えば演歌歌手の北島三郎くらいだ。
だから北島三郎と目の前の男を比べてどちらが似合っているかと言えば、それは北島三郎だ。何しろ若い頃の北島三郎のパンチパーマは不動の髪型だった。
だから西田は似合っていません。それにパンチパーマが似合うのは北島三郎ですと答えたい。
だが男が地蔵菩薩のように剃髪。つまり丸坊主。いわゆるスキンヘッドにしなかっただけ良かったと思う。何しろその状態から髪を元の状態に戻すには時間がかかり過ぎる。
それにもし伸びる途中で角刈りにされてサングラスをかけ皮手袋を嵌めれば、西部警察の大門部長刑事かゴルゴ13のデューク東郷になる恐れがある。
だから、そうならないためにも男が喜ぶ言葉をかけるべきだと思った。だから西田は、「お似合いです」と答えた。だが決して本心ではない。
「そうか!西田は分かってくれるか。けど牧野はこの髪型を見て出会った頃の髪型と変わらないって大笑いした」
ここ最近の男の髪型は昔ほどクルクルと巻いてはいない。
だから、今の男の髪型は若かりし頃の髪型に似ているとも言える。
だが、あの頃はチョココロネと言われた髪型でありパンチパーマとは言い難い。
いや、今は髪型が問題なのではない。それよりも問題なのは、自分の立場を忘れた男をなんとかしなければならないということ。それに髪型は今すぐどうにもならないことだから仕方がないが、他は何とかなる。
だから西田は男に言った。
「司さま。あなたは道明寺ホールディングス日本支社の支社長です。
白のダブルのスーツはこの場に相応しいとは言えません。それに首の純金の太いネックレスもお外し下さい」
執務室の隣にはベッドを備えた仮眠室がある。
そこには着替えが用意されている。だからそこで着替えるように言った。
ネクタイを締めるように言った。
すると男は少し間を置いたが素直に「分かった」と答えた。
だから西田はホッと胸を撫で下ろした。
それにしても何故牧野様は恋人がこのような姿になることを止めなかったのか。
そう思った西田は少し考えると、なるほど、そういうことかと膝を叩いた。
それは、かつて自分のことだけを忘れられた女性は、恋人の記憶を取り戻そうと大変な苦労をした。その苦労を秘書であるわたくしにも味わえと言いたいのだろう。
つまり牧野様はわたくしを困らせたいということだ。
西田は、それならとばかり、自分の手で男の記憶を取り戻してみせると誓った。
だが誓ったはいいが、執務室で机に向かうパンチパーマ男の記憶は戻らない。
だがそれでも、仕事については記憶があるようで書類仕事をこなしていた。
そして男は、「朝ドライヤーと格闘する必要がない」と言ってその髪型を気に入っていた。
だが西田としては早くパンチパーマから元の髪型に戻させたかった。
何しろ会社のトップには清潔感や信用といったものが必要であり、今の髪型ではどちらも得ることが出来ないから。そして髪型というのは日々の仕事に合わせる必要があると思っている。それにパンチパーマは道明寺司のイメージではない。
だからその髪型で公式の写真を撮られることは避けたかった。
新聞や雑誌のインタビューは断わり写真は一枚も撮らせなかった。
けれど男は気にしていなかった。
そしてある日。男を世田谷の邸にある美容室に迎えに行った西田は言われた。
「西田。お前が俺と同じ髪型にしたら俺の記憶も戻るかもしれねえ」
自分の頭の手入れを終えた男はそう言って西田にパンチパーマを勧めたが、そんなことで記憶が戻るはずがない。
それに秘書の西田がパンチパーマにして、ふたりが並べばビジネス社会の中で浮く事は間違いない。
そして西田は散髪は好きだが生まれてこのかた一度もパーマをかけたことがない。それに髪を切るのはいつも決まった床屋であり店主だ。
その店主だけが西田に似合う髪型を知っている。
「西田。お前。俺の秘書だろ?それに俺の記憶を取り戻したいと思ってるんだろ?
それなら新しい髪型やってみろよ」
だがそう言われてもやはり西田は嫌だった。
だから「申し訳ございません。いくら支社長のご命令でも、わたくしは髪型を変えることは出来ません」と言った。
すると男は西田の腕を掴んだ。
そして素早い動きで散髪用の椅子に座らせると両腕を椅子に縛り付けた。
西田はまさかという思いで男を見た。
すると「西田。そう嫌がるな。パンチパーマは手入れが楽だからいいぞ?」
鏡に映る男の顏には微笑みが浮かんでいるが目尻は笑っていない。
西田は再び「いえ。わたくしはこの髪型で結構です」と答えた。
すると、「まあ、そう言うな。人生は一度だけだ。違う髪型も試してみろ。おまえ、意外と角刈も似合いそうだ。いや。坊主もいいかもしれねえな」と言うと、いつの間にか手にしていたバリカンのスイッチを入れた。
「支社長!お止め下さい!支社長!!」
西田は叫んだ。だが男はバリカンの歯を西田に向け頭に当てた。
「西田!!おい、西田!しっかりしろ!」
西田はハッとして目を開いた。
するとそこには西田が仕える男がいて西田を見下ろしていた。
そして男の髪はパンチパーマではなく、いつものクルクル髪だ。
「おい。気が付いたか?ここがどこか分かるか?」
「………」
「いいか。ここは俺の部屋だ。お前は俺に書類を届けに来た。そして帰ろうとして倒れた」
「そうでしたか…..申し訳ございません。ご迷惑をおかけしました」
西田はそう言って右手で眼鏡の位置を確認すると、寝ていたソファから起き上がろうとしていた。
だが男は「起きるな。寝てろ」と言った。そして「お前、疲れてんじゃねえのか?休みの日くらい休め。書類なんぞ明日でもいいだろうが」と言った。
西田は月曜の会議までに目を通してもらいたい書類を持って男の家を訪れ、めまいを起こし倒れた。
そして夢を見た。
それは目つきが鋭いパンチパーマの男がいて、その男がバリカンを手に西田の髪の毛を刈ろうとする強烈な夢だ。
それにしても、いつもなら西田が夢を見ている男を覚醒させる。だが今日は違った。
もしかすると男が言う通り疲れているのかもしれない。
だが西田は金持ちの御曹司と言われる道明寺司の秘書だ。
そしてその御曹司は癖の強い髪の毛を持つクセの強い男だ。
だから西田は、そんな男の秘書は自分以外勤まらないと思っている。
何しろ西田は男の成長を間近で見て来た。
手の付けられなかった男が、ひとりの女性と出会ったことで人が変わった。
その人のために大人になることを急いだ。そして社会人になった男は、その人を守ることが出来る男になった。だから西田はこれからもその男に仕えて、ふたりが結婚するところを見届けたい。ふたりが親になるところが見たい。係わった以上、男の人生に係わり続けたいのだ。
だから疲れてなどいられない。
倒れてなどいられない。
西田はソファから起き上がった。
そして言った。
「支社長。わたくしは疲れてなどおりません。わたくしは命が尽きるまで支社長にお仕えしたいと望んでいます」
「随分と大袈裟な男だな。お前は」
その言葉に西田は心外だとばかり言った。
「いえ。わたくしは大袈裟な男ではございません。わたくしの口から出る言葉は心からの思いで嘘はございません」
そして西田は、「支社長にお願いがあります」と言った。
「なんだ?言ってみろ」
「はい。わたくしの雇用ですが終身雇用でお願い致します」
すると男はニヤッと笑って答えた。
「ああ。もちろんだ。終身雇用どころか、お前が言った通り死ぬまで俺の傍にいさせてやるよ。それに俺はお前以外の秘書は考えられねえからな」
西田は男の部屋を後にすると帰宅を急いだ。
だが途中で薬局に入ると栄養ドリンクを買った。
明日からも道明寺司の秘書として最善を尽くすと誓い瓶の蓋を開けた。
そして、「手がかかる上司ほどかわいいものです」と呟くと中身を飲み干した。

にほんブログ村
スポンサーサイト
Comment:10