私は古本屋で買った文庫本の間に使われていない電車の切符を見つけた。
それは在来線で必要な切符で印字されている日付はおよそ1ヶ月前。
出発地は訊いたことのない地名で、恐らく私が住んでいる場所からは遠く離れた街。
その切符で行ける場所は、金額が示す区間までであり地名は書かれてない。
そして、切符には『発売当日限り有効』と『途中下車無効』と書かれている。
だから、およそ1ヶ月前に購入されたこの切符は、ただの紙きれとしてここにあった。
それにしても、何故この切符がこの本の間にあるのか。
まず思い浮かんだのは、本当は使うつもりでいたが、栞として使っていたことから、いざ乗ろうとしたところで切符が行方不明になり探し出すことが出来ず、そのままになったのではないかということ。
だから、この本の持ち主は目的地に行くために、もう一度切符を購入することになったはずだ。
そして見つけられなかった切符は、この本に挟まれたまま売られてしまったのではないか。
そして次に思い浮かんだのは、この人物は切符を買ったものの、敢えて使わなかったのではないかということ。そしてやはり切符を栞代わりに使っていて、その切符を挟んだまま本を売ってしまったのではないか。
だが、そうなると何故この切符を使わなかったのかが気になった。
だから、この切符を捨てることなく持っていた。
だがどちらにしても、この本は売られる運命にあったのだが、この切符がここにある理由は、二番目に頭の中に浮かんだ理由の方ではないかと思った。
そして私は切符をこの本の元の持ち主もそうしたように栞として使っていた。
だが、本を読み終えた今、この切符が使われなかった理由もだが目的地も気になり始めた。
だから出発地となった駅から、切符に書かれている金額で行ける場所はどこかを調べた。
すると、切符を買った人物が訪れるはずだったその場所へ行ってみたいという気になっていた。
こちらのお話は短編です。

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それは在来線で必要な切符で印字されている日付はおよそ1ヶ月前。
出発地は訊いたことのない地名で、恐らく私が住んでいる場所からは遠く離れた街。
その切符で行ける場所は、金額が示す区間までであり地名は書かれてない。
そして、切符には『発売当日限り有効』と『途中下車無効』と書かれている。
だから、およそ1ヶ月前に購入されたこの切符は、ただの紙きれとしてここにあった。
それにしても、何故この切符がこの本の間にあるのか。
まず思い浮かんだのは、本当は使うつもりでいたが、栞として使っていたことから、いざ乗ろうとしたところで切符が行方不明になり探し出すことが出来ず、そのままになったのではないかということ。
だから、この本の持ち主は目的地に行くために、もう一度切符を購入することになったはずだ。
そして見つけられなかった切符は、この本に挟まれたまま売られてしまったのではないか。
そして次に思い浮かんだのは、この人物は切符を買ったものの、敢えて使わなかったのではないかということ。そしてやはり切符を栞代わりに使っていて、その切符を挟んだまま本を売ってしまったのではないか。
だが、そうなると何故この切符を使わなかったのかが気になった。
だから、この切符を捨てることなく持っていた。
だがどちらにしても、この本は売られる運命にあったのだが、この切符がここにある理由は、二番目に頭の中に浮かんだ理由の方ではないかと思った。
そして私は切符をこの本の元の持ち主もそうしたように栞として使っていた。
だが、本を読み終えた今、この切符が使われなかった理由もだが目的地も気になり始めた。
だから出発地となった駅から、切符に書かれている金額で行ける場所はどこかを調べた。
すると、切符を買った人物が訪れるはずだったその場所へ行ってみたいという気になっていた。
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寒さから解放された季節。
柔らかな春の日差しが降り注ぐ駅を降りた先にあるのは商店街。
駅前通り商店街という名前がついているそこは、小さな町の割りには人通りが多かった。
この町の冬は冷たい風が吹き、足先まで凍えるような寒さが感じられる場所で観光地ではない。
だから商店街は、ここに住む住人が買い物をする場所で観光客とおぼしき人はいない。
そして、田舎でも過疎地でもないこの町の洋菓子店の入口には数人の若い女性の姿があった。
だが私がこの町に来るには東京駅で新幹線に乗り、それから特急に乗り換え、在来線を乗り継ぐ必要があった。そしてやっと切符に印字されている出発地の駅に着くと、そこから目的地であるこの町に向かったが、ここに来るには小旅行以上の距離と時間がかかった。
そして私が古本屋で買った本の間に挟まっていた切符の行先に行こうと思ったのは、この町のことを全く知らなかったから。だから私は全く知らない場所で気分転換することを決めた。旅することで仕事で煮詰まった頭を解放しようとした。
そんな私の仕事はデザイナーだ。
だがデザイナーと言っても洋服のデザイナーではない。私の仕事は商品広告のデザイン。
そして今、手掛けているのは、老舗の醤油会社から新しく発売される醤油の広告だが、広告のデザインとはクライアントが売りたい商品をいかに際立たせるかを考えることであり、商品よりデザイナーの個性が際立ってはダメなのだ。
だが派手な図柄や色合いは消費者の目を惹くこともある。だがそうなると商品への印象が薄くなる。派手なCMを流しても商品が消費者の心に残ることはなく置き去りにされてしまう。
そして私がデザインした広告は、余りにも個性的過ぎてクライアントの担当者から、「もう少し色を抑えてもらえませんか?これでは醤油の容器の存在感が消えてしまいます」と変更を求められた。
だから私は少し時間をいただけませんか。と言ったが考えが纏まらなかった。
そんな私の頭の中に飛び込んできたのは、ひときわ明るい女性の声。
「その色。素敵でしょ?それにこれ。今日値下げされたばかりでお買い得ですよ」
私はその声にそれまでの思考を止めた。
そして声が聞こえて来た方を見た。
するとその声の持ち主は私の左前方にある店先にいた。
「そうかねぇ?でもあたしには派手じゃないかい?」
「うんうん。全然派手じゃない。それに好きな色を身に付けると心が元気になれるって言うでしょ?それに杉本さんはまだまだ若いんだから攻めなきゃ!」
そう言った女性の服装はブルーのストライプのチュニックシャツにブルーのニットのロングジレ。そして白いパンツを履いていて年は35歳の私と同じ位に見えた。
「そうだねぇ….年寄りだから地味な色じゃなきゃダメだなんてことないものねぇ。それに来週は大学病院まで行って偉い先生に見てもらうんだもの。ちょっとおしゃれした方がいいかもしれないねぇ…..だってその先生、背が高くてイケメンでねぇ。あたしがもう30歳若かったらアタックするんだけどねぇ」
と、言って笑っている女性は私の祖母ほどの年齢に見えた。
「そうなの?それじゃあますますこれを勧めなきゃ!杉本さん。見えないおしゃれも大切よ」
「ふふふ。そうだよねぇ。それはそうと、そう言うつくしちゃんはどうなんだい?見えないおしゃれを楽しんでるのかい?」
その店は商店街の下着屋。いや。店頭には下着だけではなく靴下やパジャマも並んでいる。
それにちょっとしたアウターも置いているようだ。
そして、つくしちゃんと呼ばれた女性は、「やだ。杉本さんたら。楽しんでるに決まってるじゃないですか。だって私はこの店の店長ですよ。お客さんに勧める前に自分が楽しまなきゃ売れないもの」と言うと「じゃあ。これ包んできますね」と言って紫色のブラジャーを手に店の奥へ入って行った。

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柔らかな春の日差しが降り注ぐ駅を降りた先にあるのは商店街。
駅前通り商店街という名前がついているそこは、小さな町の割りには人通りが多かった。
この町の冬は冷たい風が吹き、足先まで凍えるような寒さが感じられる場所で観光地ではない。
だから商店街は、ここに住む住人が買い物をする場所で観光客とおぼしき人はいない。
そして、田舎でも過疎地でもないこの町の洋菓子店の入口には数人の若い女性の姿があった。
だが私がこの町に来るには東京駅で新幹線に乗り、それから特急に乗り換え、在来線を乗り継ぐ必要があった。そしてやっと切符に印字されている出発地の駅に着くと、そこから目的地であるこの町に向かったが、ここに来るには小旅行以上の距離と時間がかかった。
そして私が古本屋で買った本の間に挟まっていた切符の行先に行こうと思ったのは、この町のことを全く知らなかったから。だから私は全く知らない場所で気分転換することを決めた。旅することで仕事で煮詰まった頭を解放しようとした。
そんな私の仕事はデザイナーだ。
だがデザイナーと言っても洋服のデザイナーではない。私の仕事は商品広告のデザイン。
そして今、手掛けているのは、老舗の醤油会社から新しく発売される醤油の広告だが、広告のデザインとはクライアントが売りたい商品をいかに際立たせるかを考えることであり、商品よりデザイナーの個性が際立ってはダメなのだ。
だが派手な図柄や色合いは消費者の目を惹くこともある。だがそうなると商品への印象が薄くなる。派手なCMを流しても商品が消費者の心に残ることはなく置き去りにされてしまう。
そして私がデザインした広告は、余りにも個性的過ぎてクライアントの担当者から、「もう少し色を抑えてもらえませんか?これでは醤油の容器の存在感が消えてしまいます」と変更を求められた。
だから私は少し時間をいただけませんか。と言ったが考えが纏まらなかった。
そんな私の頭の中に飛び込んできたのは、ひときわ明るい女性の声。
「その色。素敵でしょ?それにこれ。今日値下げされたばかりでお買い得ですよ」
私はその声にそれまでの思考を止めた。
そして声が聞こえて来た方を見た。
するとその声の持ち主は私の左前方にある店先にいた。
「そうかねぇ?でもあたしには派手じゃないかい?」
「うんうん。全然派手じゃない。それに好きな色を身に付けると心が元気になれるって言うでしょ?それに杉本さんはまだまだ若いんだから攻めなきゃ!」
そう言った女性の服装はブルーのストライプのチュニックシャツにブルーのニットのロングジレ。そして白いパンツを履いていて年は35歳の私と同じ位に見えた。
「そうだねぇ….年寄りだから地味な色じゃなきゃダメだなんてことないものねぇ。それに来週は大学病院まで行って偉い先生に見てもらうんだもの。ちょっとおしゃれした方がいいかもしれないねぇ…..だってその先生、背が高くてイケメンでねぇ。あたしがもう30歳若かったらアタックするんだけどねぇ」
と、言って笑っている女性は私の祖母ほどの年齢に見えた。
「そうなの?それじゃあますますこれを勧めなきゃ!杉本さん。見えないおしゃれも大切よ」
「ふふふ。そうだよねぇ。それはそうと、そう言うつくしちゃんはどうなんだい?見えないおしゃれを楽しんでるのかい?」
その店は商店街の下着屋。いや。店頭には下着だけではなく靴下やパジャマも並んでいる。
それにちょっとしたアウターも置いているようだ。
そして、つくしちゃんと呼ばれた女性は、「やだ。杉本さんたら。楽しんでるに決まってるじゃないですか。だって私はこの店の店長ですよ。お客さんに勧める前に自分が楽しまなきゃ売れないもの」と言うと「じゃあ。これ包んできますね」と言って紫色のブラジャーを手に店の奥へ入って行った。

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「いらっしゃいませ。何かお探しですか?すみません。うちの店は御覧の通りごちゃごちゃしていて目的の物を探すのに時間がかかるので、よろしければお伺いしますが?」
私は女性の明るい声に誘われるように店の中に足を踏み入れていた。
そして、この店の店長だという女性からそう声をかけられ振り向いたが、私は何か欲しいものがあってこの店に入ったのではない。だから、「いえ。大丈夫です。見ているだけですから」と答えたが、確かにこの店は整然と下着が並ぶ都会のおしゃれな店とは違い、狭い空間に高密度で品物が置かれていた。いや。置かれているというよりも、入り乱れていると言った方が正しいのかもしれない。
だから本当に欲しい物があったとき、探すのは大変なような気がした。だが、それでも大量の商品と、こうした陳列の仕方は何か掘り出し物があるかどうか自分で探す楽しみというものがある。現に大手のディスカウントストアはこうした陳列と、いたるところにある派手なPOP広告で売り上げを伸ばしている。そしてこの店にもそういったPOP広告が沢山あった。
「そうですか?それではお手伝いが必要な時はおっしゃって下さいね」
女性はそう言うと店の奥へ入って行こうとしていたが、足を止めて振り向いた。
「お客様。失礼ですが、もしかして東京の方ですか?いえ。この辺りの人間とイントネーションが違うのでそう思ったんですが…..」
だが、そう言った女性もこの辺りの人間ではないように思えた。
そんな私の思考が伝わったのか。女性は自分のことを口にした。
「私は東京出身なんです。だからそうじゃないかと思って。それにこの辺りは観光地ではないので東京の方がいらっしゃるのが珍しくて」
私は女性がそう言って話しかけて来たことに嫌な思いはしなかった。
むしろ東京出身の女性が田舎でも過疎地でもないとはいえ、地方の小さな町の駅前商店街の下着屋で働いていることに興味を抱いた。だが東京出身の女性が地方の町で暮らすことはそれほど珍しいことではない。けれど、溌剌とした女性の態度に人間的な魅力を感じた。
そして私の頭に思い浮かんだ、この女性がここで働いている理由は、彼女がこの町に暮らす男性と結婚したから。だから女性の左手にその証を探した。だがそこに銀色に光る指輪は無かった。
女性はにっこりと笑って、「私。この店の店長をしている牧野つくしと言います」と名前を名乗ったが、その愛想のよさが職業柄ではないように思え、私も「脇本杏子です」と名前を名乗っていた。
***
「このお茶ね。さっきのおばあちゃんから頂いたお茶なんです。娘さんが静岡に嫁いだから毎年お茶が沢山送られて来るらしくてそれを分けて下さるんですよ」
牧野つくしと名乗った女性は、「よかったらお茶でも飲んで行きませんか?」と言った。
だが私が遠慮すると、「いいから。いいから。うちの店はおばあちゃんたちの井戸端会議場になることもあるから」と言って私を店の奥の小さなテーブルに座らせると、紫色のブラジャーを買って帰った女性がくれたお茶を煎れてくれた。
そして「この町に来たのはお仕事ですか?」と訊かれたが、違うと言ってこの町に来た訳を話した。
「そうですか…..古本の間に挟まれて使われなかった切符の目的地がここだったんですね」
「ええ。本を読み終えたとき切符が使われなかった理由も気になったんですけど、切符を買った人物が訪れるはずだったその場所へ行ってみたいという気になって。だからこの町を訪れることに決めたんです」
そして全く知らないこの町を訪れることで気分転換しようと思ったと言った。
「お仕事。大変なんですか?」
気分転換が必要になると言えば、生活に何かがあって変化を求めていたり、仕事が煮詰まっていると思うのが一般的だ。
だから彼女はふたつのうち、比較的当たり障りのない後者の方を口にした。
そして私はそうだと答え、商品広告のデザインの仕事をしていると言った。
すると彼女は「そうなの?実は私も昔のことだけど広告会社で働いていたのよ?でも御覧の通り今は商品を売るための状況を作る仕事じゃなくて直接商品を売る仕事をしているの」と言った。
「じゃあこのお店のPOPは牧野さんが?」
私はそう言って店内を見渡した。
「ええ。そうなの」
「そうでしたか….私。お店の中を見たとき、ごちゃごちゃとしているけど魅力的な店内だって思ったんです」
そうか。そうだったのか。彼女は広告会社で働いていたのか。
だから私はこの店の商品の陳列と広告が気になったのだ。
そして好奇心から同じ業界にいた彼女がどこの会社で働いていたのかを訊いた。
「私?」
「ええ。差し支えなければ教えていただけませんか?」
その問いかけに彼女は少し間を置いて答えた。
「……ハウスエージェンシーなの」
ハウスエージェンシーとは、特定の企業を広告主として専属で広告事業をおこなっている会社のことだ。そしてそれは大企業の広告宣伝部が独立分社化しているケースが殆どだ。
だから牧野つくしという女性は、日本人の誰もが知る企業の広告を専属で手掛ける会社で働いていたということになるが果たしてその会社は__
「私が働いていたのはエー・ディ・ディなの」
「エー・ディ・ディ?牧野さん凄いですね。だってその会社_」
「ええ。道明寺の広告会社よ」

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私は女性の明るい声に誘われるように店の中に足を踏み入れていた。
そして、この店の店長だという女性からそう声をかけられ振り向いたが、私は何か欲しいものがあってこの店に入ったのではない。だから、「いえ。大丈夫です。見ているだけですから」と答えたが、確かにこの店は整然と下着が並ぶ都会のおしゃれな店とは違い、狭い空間に高密度で品物が置かれていた。いや。置かれているというよりも、入り乱れていると言った方が正しいのかもしれない。
だから本当に欲しい物があったとき、探すのは大変なような気がした。だが、それでも大量の商品と、こうした陳列の仕方は何か掘り出し物があるかどうか自分で探す楽しみというものがある。現に大手のディスカウントストアはこうした陳列と、いたるところにある派手なPOP広告で売り上げを伸ばしている。そしてこの店にもそういったPOP広告が沢山あった。
「そうですか?それではお手伝いが必要な時はおっしゃって下さいね」
女性はそう言うと店の奥へ入って行こうとしていたが、足を止めて振り向いた。
「お客様。失礼ですが、もしかして東京の方ですか?いえ。この辺りの人間とイントネーションが違うのでそう思ったんですが…..」
だが、そう言った女性もこの辺りの人間ではないように思えた。
そんな私の思考が伝わったのか。女性は自分のことを口にした。
「私は東京出身なんです。だからそうじゃないかと思って。それにこの辺りは観光地ではないので東京の方がいらっしゃるのが珍しくて」
私は女性がそう言って話しかけて来たことに嫌な思いはしなかった。
むしろ東京出身の女性が田舎でも過疎地でもないとはいえ、地方の小さな町の駅前商店街の下着屋で働いていることに興味を抱いた。だが東京出身の女性が地方の町で暮らすことはそれほど珍しいことではない。けれど、溌剌とした女性の態度に人間的な魅力を感じた。
そして私の頭に思い浮かんだ、この女性がここで働いている理由は、彼女がこの町に暮らす男性と結婚したから。だから女性の左手にその証を探した。だがそこに銀色に光る指輪は無かった。
女性はにっこりと笑って、「私。この店の店長をしている牧野つくしと言います」と名前を名乗ったが、その愛想のよさが職業柄ではないように思え、私も「脇本杏子です」と名前を名乗っていた。
***
「このお茶ね。さっきのおばあちゃんから頂いたお茶なんです。娘さんが静岡に嫁いだから毎年お茶が沢山送られて来るらしくてそれを分けて下さるんですよ」
牧野つくしと名乗った女性は、「よかったらお茶でも飲んで行きませんか?」と言った。
だが私が遠慮すると、「いいから。いいから。うちの店はおばあちゃんたちの井戸端会議場になることもあるから」と言って私を店の奥の小さなテーブルに座らせると、紫色のブラジャーを買って帰った女性がくれたお茶を煎れてくれた。
そして「この町に来たのはお仕事ですか?」と訊かれたが、違うと言ってこの町に来た訳を話した。
「そうですか…..古本の間に挟まれて使われなかった切符の目的地がここだったんですね」
「ええ。本を読み終えたとき切符が使われなかった理由も気になったんですけど、切符を買った人物が訪れるはずだったその場所へ行ってみたいという気になって。だからこの町を訪れることに決めたんです」
そして全く知らないこの町を訪れることで気分転換しようと思ったと言った。
「お仕事。大変なんですか?」
気分転換が必要になると言えば、生活に何かがあって変化を求めていたり、仕事が煮詰まっていると思うのが一般的だ。
だから彼女はふたつのうち、比較的当たり障りのない後者の方を口にした。
そして私はそうだと答え、商品広告のデザインの仕事をしていると言った。
すると彼女は「そうなの?実は私も昔のことだけど広告会社で働いていたのよ?でも御覧の通り今は商品を売るための状況を作る仕事じゃなくて直接商品を売る仕事をしているの」と言った。
「じゃあこのお店のPOPは牧野さんが?」
私はそう言って店内を見渡した。
「ええ。そうなの」
「そうでしたか….私。お店の中を見たとき、ごちゃごちゃとしているけど魅力的な店内だって思ったんです」
そうか。そうだったのか。彼女は広告会社で働いていたのか。
だから私はこの店の商品の陳列と広告が気になったのだ。
そして好奇心から同じ業界にいた彼女がどこの会社で働いていたのかを訊いた。
「私?」
「ええ。差し支えなければ教えていただけませんか?」
その問いかけに彼女は少し間を置いて答えた。
「……ハウスエージェンシーなの」
ハウスエージェンシーとは、特定の企業を広告主として専属で広告事業をおこなっている会社のことだ。そしてそれは大企業の広告宣伝部が独立分社化しているケースが殆どだ。
だから牧野つくしという女性は、日本人の誰もが知る企業の広告を専属で手掛ける会社で働いていたということになるが果たしてその会社は__
「私が働いていたのはエー・ディ・ディなの」
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私は親近感を覚えた下着屋の店長が、かつて道明寺の広告会社で働いていたことに驚いた。
何しろ道明寺は多種多様な事業を傘下に持つ財閥企業だ。
だから専属の広告会社も親会社と同じ多種多様な広告事業を扱う。それは大きな仕事を幾つも手掛けるということであり、デザイナーの私にすれば羨ましいと思える状況だ。
それに、先日も道明寺不動産が手掛けた都内に新しく出来る商業施設のポスターを羨ましく眺めたばかりだ。
そして、あの会社に入るのは業界最大手と呼ばれる総合広告代理店と同じくらい難しいと言われている。一流という言葉が頭の中に浮かぶ会社だ。それなのに何故辞めたのか。
「あの。牧野さん。どうして会社を辞めたんですか?」
それは自分には手の届かなかった会社を辞めた人間に対して出た勿体ないという思い。
だからどんな理由で辞めたのか知りたくなった。
だが初対面の人間に何故会社を辞めたかなど本来なら訊くべきではない。
それに他人のプライバシーを詮索してはならないと分かっている。だが、思わず訊いていた。
すると彼女は屈託のない笑顔を浮べて言った。
「東京に居たくなかったから」
「え?」
「東京から離れたかったの。だからあの会社を辞めて転職することにしたの。
それで、なんだかんだで気付いたらこの町にいたの。それから、この店のシャッターに社員募集中って張り紙がしてあるのを見てここで働くことにしたの。だって食べて行かなきゃならないでしょ?」
と言った彼女は、それは自分でも信じられないほど突拍子もない行動だったと言った。
そして、おかしいでしょ?という風に笑ったが、私は会社を辞めた理由が東京から離れるためだということに、彼女は何故そんなに東京を離れたかったのか訊いてみたいと思った。
だから他人のプライバシーを詮索してはならないと思いつつも再び訊いていた。
「あの…..どうして東京から離れたかったんですか?いえ、言いたくなかったらいいんです。でも私にしてみれば、あなたが辞めた会社は私の憧れの会社だったんです。入りたかった会社なんです。だから東京を離れるために辞めたのは勿体ないという思いがして….」
すると私の質問に彼女は、ほんの少しだけ間を置いて、「昔の男が帰国してくることが決まったから」と言った。
「…..昔の男?」
「そう。昔、私と付き合ってた男。その男がアメリカから帰国することが決まったから東京を離れたの」

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何しろ道明寺は多種多様な事業を傘下に持つ財閥企業だ。
だから専属の広告会社も親会社と同じ多種多様な広告事業を扱う。それは大きな仕事を幾つも手掛けるということであり、デザイナーの私にすれば羨ましいと思える状況だ。
それに、先日も道明寺不動産が手掛けた都内に新しく出来る商業施設のポスターを羨ましく眺めたばかりだ。
そして、あの会社に入るのは業界最大手と呼ばれる総合広告代理店と同じくらい難しいと言われている。一流という言葉が頭の中に浮かぶ会社だ。それなのに何故辞めたのか。
「あの。牧野さん。どうして会社を辞めたんですか?」
それは自分には手の届かなかった会社を辞めた人間に対して出た勿体ないという思い。
だからどんな理由で辞めたのか知りたくなった。
だが初対面の人間に何故会社を辞めたかなど本来なら訊くべきではない。
それに他人のプライバシーを詮索してはならないと分かっている。だが、思わず訊いていた。
すると彼女は屈託のない笑顔を浮べて言った。
「東京に居たくなかったから」
「え?」
「東京から離れたかったの。だからあの会社を辞めて転職することにしたの。
それで、なんだかんだで気付いたらこの町にいたの。それから、この店のシャッターに社員募集中って張り紙がしてあるのを見てここで働くことにしたの。だって食べて行かなきゃならないでしょ?」
と言った彼女は、それは自分でも信じられないほど突拍子もない行動だったと言った。
そして、おかしいでしょ?という風に笑ったが、私は会社を辞めた理由が東京から離れるためだということに、彼女は何故そんなに東京を離れたかったのか訊いてみたいと思った。
だから他人のプライバシーを詮索してはならないと思いつつも再び訊いていた。
「あの…..どうして東京から離れたかったんですか?いえ、言いたくなかったらいいんです。でも私にしてみれば、あなたが辞めた会社は私の憧れの会社だったんです。入りたかった会社なんです。だから東京を離れるために辞めたのは勿体ないという思いがして….」
すると私の質問に彼女は、ほんの少しだけ間を置いて、「昔の男が帰国してくることが決まったから」と言った。
「…..昔の男?」
「そう。昔、私と付き合ってた男。その男がアメリカから帰国することが決まったから東京を離れたの」

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かつて道明寺の広告会社で働いていた女性は、今は下着屋の店長。
そして彼女は昔の男がアメリカから帰国してくるから、会社を辞めて東京を離れることにしたのだと言った。
その言葉から彼女と男の間に何かがあって顏を合わせたくないからと察することが出来る。
だがいくら昔の男が東京に戻って来るからといって、何故会社を辞める必要があるのか。
しかし、彼女とその男が同じ会社に在籍しているなら、そしてとんでもなく気まずい別れ方をしたなら、顏を合わせたくないというのも分からないでもない。
たとえばそれは、男が社内で他の女に手を出して修羅場を演じたとかだが、それでも、ふたりともいい年をした大人なのだから、分別をつけてそういったことは飲み込んで仕事をしてもいいはずだ。
いや、だがそれは他人がそう思うだけで、彼女にすれば耐えられる状況ではなかったのかもしれない。
「あの。昔の男ってことは昔の恋人ってことですよね?でもその人が海外から戻って来るからって何故会社まで辞める必要があったんですか?」
私は芸能レポーターよろしく訊いていた。
「あったの。だってその男。私と結婚したいって言うんだもの」
女性は昔付き合っていた男から求婚された。
だが彼女はそれを拒否して東京を離れてここにいる。
そうしたのは彼女がもう男を愛しておらず、男の行動が迷惑だからで、つまり男はストーカーで結婚したくないと言う元恋人を追い回しているのか。
「嘘みたいな話だけどこれから話すことは本当のことだから」
そう言った女性は、「まずね、その男は三足千円の靴下は履かない男なの」と前置きをして男との関係を話し始めた。
彼女と男は同じ高校に通っていた。高校2年のとき、ひとつ年上の男が彼女に告白をして付き合い始めた。だが二人の恋は波乱万丈の恋。男は裕福な家の息子で彼女はそうではない家の娘。だから男の母親は価値観が違うとふたりの交際を反対して別れるように仕向けた。
そして母親は高校生だった彼女に容赦がなかった。彼女の父親の仕事を邪魔し、彼女の友人の家族までも巻き込みふたりの仲を裂こうとした。
だが、ふたりはそんな母親の反対を押し切って付き合いを続けた。男はこの恋は運命の恋だと言った。
だが、交際途中で男は暴漢に刺され、目が覚めた時には彼女のことを忘れていた。
しかし男は思い出した。そして男は高校を卒業するとニューヨークの大学へ進学をした。
それからふたりは太平洋とアメリカ大陸を挟んで付き合いを続けた。男は大学を卒業したら日本に帰国するつもりでいた。
だが、男はそのままニューヨークに残った。それは男の母親が、息子が日本に帰国するのを許さなかったから。けれど男は大学を卒業するとき、彼女をニューヨークに呼んでふたりで祝った。
これから先もずっと一緒だ。時間はかかるかもしれないが、必ずお前を迎えに行くから待っていて欲しいと言った。だから、ふたりは1万キロ離れた場所で愛を育んだ。次に会えるまでの長い月日を指折り数えて過ごした。しかし8年前。彼女と男の恋は唐突に終わりを告げた。
「その男がアメリカ人と結婚するって噂が流れたの」
「アメリカ人と結婚?でもその人は牧野さんと付き合っていたんですよね?」
「ええそうよ。でも周りは言ったわ。それは私たちが付き合い始めた時から散々言われていたことだけど、どんなにあの男と付き合ってもあなたは彼とは結婚出来ない。人生を共にすることは出来ない。たとえ結婚出来たとしてもすぐに別れる。だってあなたは彼とは不釣り合いだってね。もちろん私も分かってた。恋愛と結婚は違うってことはね」
「それで、男性はどうしたんですか?」
「彼?アメリカ人と結婚したわ」
それは裕福な家の息子と、そうでもない家の娘の恋は10年目で終わりを迎えたということ。だが何故男がアメリカ人と結婚したのかは話されなかった。
「でも確かに10年も付き合っても結婚出来ない男と女は運命じゃなくてただの腐れ縁だったのよ。だから私もスパッと忘れることにしたの」
それから彼女は仕事に没頭したと言った。
好きで入社した会社だ。だから倒れる寸前まで仕事をしたと言った。
そして月日が流れ、アメリカで暮らしている元恋人が離婚したことを訊いた。
そしてある日。男と別れた後に変えた電話番号に「結婚してくれ」と男から電話がかかってきた。
だから早く会社を辞めて東京を離れようとした。
電話がかかって来た翌日、会社に辞意を伝えた。だが引き留められすぐに辞めることは出来なかった。そして退職出来るのは2ヶ月後になった。
だからそうこうしているうちに、帰国して来た男は花束を持って彼女の前に現れると再び「結婚してくれ」と言った。
だが彼女はそんな男に「今度こんなことをしたら警察に通報する」と言った。
すると今度は頻繁に電話がかかってくるようになった。だが無視した。
すると今度はメールが届くようになった。見慣れぬアドレスからの送信に誰かと思って開けば男からで、それ以来そのアドレスを登録すると迷惑メールに振り分けることでメールを開くことなく無視した。すると男は送信者が自分だと分かると開いてもらえないことを悟り、会社名で送って来るようになった。
そしてその会社は仕事の関係先の名前だったから、開かないわけにはいかなかった。
だが開いたが返信は一切しなかった。
そして彼女は、アメリカ帰りの元恋人と縁を切るために東京を離れることにしたと言うが、彼女のその頑なさの裏には何かがあるように思えた。
それに10年間付き合ったのは腐れ縁だったと言ったが、私には彼女が裕福な家の息子である男の立場を気遣って身を引いたように思えた。
「あの。その男性は他の女性と結婚しましたけど、結婚してからもずっと牧野さんのことが好きだったんじゃないですか?男性もそう言ったんじゃないですか?」

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そして彼女は昔の男がアメリカから帰国してくるから、会社を辞めて東京を離れることにしたのだと言った。
その言葉から彼女と男の間に何かがあって顏を合わせたくないからと察することが出来る。
だがいくら昔の男が東京に戻って来るからといって、何故会社を辞める必要があるのか。
しかし、彼女とその男が同じ会社に在籍しているなら、そしてとんでもなく気まずい別れ方をしたなら、顏を合わせたくないというのも分からないでもない。
たとえばそれは、男が社内で他の女に手を出して修羅場を演じたとかだが、それでも、ふたりともいい年をした大人なのだから、分別をつけてそういったことは飲み込んで仕事をしてもいいはずだ。
いや、だがそれは他人がそう思うだけで、彼女にすれば耐えられる状況ではなかったのかもしれない。
「あの。昔の男ってことは昔の恋人ってことですよね?でもその人が海外から戻って来るからって何故会社まで辞める必要があったんですか?」
私は芸能レポーターよろしく訊いていた。
「あったの。だってその男。私と結婚したいって言うんだもの」
女性は昔付き合っていた男から求婚された。
だが彼女はそれを拒否して東京を離れてここにいる。
そうしたのは彼女がもう男を愛しておらず、男の行動が迷惑だからで、つまり男はストーカーで結婚したくないと言う元恋人を追い回しているのか。
「嘘みたいな話だけどこれから話すことは本当のことだから」
そう言った女性は、「まずね、その男は三足千円の靴下は履かない男なの」と前置きをして男との関係を話し始めた。
彼女と男は同じ高校に通っていた。高校2年のとき、ひとつ年上の男が彼女に告白をして付き合い始めた。だが二人の恋は波乱万丈の恋。男は裕福な家の息子で彼女はそうではない家の娘。だから男の母親は価値観が違うとふたりの交際を反対して別れるように仕向けた。
そして母親は高校生だった彼女に容赦がなかった。彼女の父親の仕事を邪魔し、彼女の友人の家族までも巻き込みふたりの仲を裂こうとした。
だが、ふたりはそんな母親の反対を押し切って付き合いを続けた。男はこの恋は運命の恋だと言った。
だが、交際途中で男は暴漢に刺され、目が覚めた時には彼女のことを忘れていた。
しかし男は思い出した。そして男は高校を卒業するとニューヨークの大学へ進学をした。
それからふたりは太平洋とアメリカ大陸を挟んで付き合いを続けた。男は大学を卒業したら日本に帰国するつもりでいた。
だが、男はそのままニューヨークに残った。それは男の母親が、息子が日本に帰国するのを許さなかったから。けれど男は大学を卒業するとき、彼女をニューヨークに呼んでふたりで祝った。
これから先もずっと一緒だ。時間はかかるかもしれないが、必ずお前を迎えに行くから待っていて欲しいと言った。だから、ふたりは1万キロ離れた場所で愛を育んだ。次に会えるまでの長い月日を指折り数えて過ごした。しかし8年前。彼女と男の恋は唐突に終わりを告げた。
「その男がアメリカ人と結婚するって噂が流れたの」
「アメリカ人と結婚?でもその人は牧野さんと付き合っていたんですよね?」
「ええそうよ。でも周りは言ったわ。それは私たちが付き合い始めた時から散々言われていたことだけど、どんなにあの男と付き合ってもあなたは彼とは結婚出来ない。人生を共にすることは出来ない。たとえ結婚出来たとしてもすぐに別れる。だってあなたは彼とは不釣り合いだってね。もちろん私も分かってた。恋愛と結婚は違うってことはね」
「それで、男性はどうしたんですか?」
「彼?アメリカ人と結婚したわ」
それは裕福な家の息子と、そうでもない家の娘の恋は10年目で終わりを迎えたということ。だが何故男がアメリカ人と結婚したのかは話されなかった。
「でも確かに10年も付き合っても結婚出来ない男と女は運命じゃなくてただの腐れ縁だったのよ。だから私もスパッと忘れることにしたの」
それから彼女は仕事に没頭したと言った。
好きで入社した会社だ。だから倒れる寸前まで仕事をしたと言った。
そして月日が流れ、アメリカで暮らしている元恋人が離婚したことを訊いた。
そしてある日。男と別れた後に変えた電話番号に「結婚してくれ」と男から電話がかかってきた。
だから早く会社を辞めて東京を離れようとした。
電話がかかって来た翌日、会社に辞意を伝えた。だが引き留められすぐに辞めることは出来なかった。そして退職出来るのは2ヶ月後になった。
だからそうこうしているうちに、帰国して来た男は花束を持って彼女の前に現れると再び「結婚してくれ」と言った。
だが彼女はそんな男に「今度こんなことをしたら警察に通報する」と言った。
すると今度は頻繁に電話がかかってくるようになった。だが無視した。
すると今度はメールが届くようになった。見慣れぬアドレスからの送信に誰かと思って開けば男からで、それ以来そのアドレスを登録すると迷惑メールに振り分けることでメールを開くことなく無視した。すると男は送信者が自分だと分かると開いてもらえないことを悟り、会社名で送って来るようになった。
そしてその会社は仕事の関係先の名前だったから、開かないわけにはいかなかった。
だが開いたが返信は一切しなかった。
そして彼女は、アメリカ帰りの元恋人と縁を切るために東京を離れることにしたと言うが、彼女のその頑なさの裏には何かがあるように思えた。
それに10年間付き合ったのは腐れ縁だったと言ったが、私には彼女が裕福な家の息子である男の立場を気遣って身を引いたように思えた。
「あの。その男性は他の女性と結婚しましたけど、結婚してからもずっと牧野さんのことが好きだったんじゃないですか?男性もそう言ったんじゃないですか?」

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