鳥の世界ではよく訊くオスの方がメスよりも派手だという話。
その理由をひとことで言えばメスを惹き付けるため。
だからオスは派手な羽根を広げ、その美しさを必死にアピールする。それに派手さだけではなく立派な巣を作ってメスを引き寄せるオスもいる。だが鳥も種類が違えば美しさにも真新しい立派な巣にも興味がないメスもいる。
そして司が好きになった女はそういった女。煌びやかで華やかで裕福な男に興味がない。
だから出会った頃、司の求愛を無視して逃げた。だが、そんな女に壁ドンではなく床ドンしたのは高校生の頃だ。
そんな司は夢を見た。
それは今年初めて見た夢で、いわゆる初夢というものだが、どんなものかと言えば、それは_____
司が黒いシャツを着れば男前が2割増しになると言われるが、夢の中の司は黒いシャツを着てサングラスをかけている。
その姿は近寄り難く、目が合えば何をされるか分からない男に見えた。
そんな男がコンビニの入口にある新聞スタンドの前に立つと、挿してある全てのスポーツ新聞を抜き取りレジに持ち込んだ。
「150円が8部…..130円が10部……140円が15部……」
それにしても何故男はスポーツ新聞を買い漁っているのか。
それは自分の恋愛記事が写真付きで載っているからだ。
『道明寺財閥の御曹司。世界的なヴァイオリニストと熱愛中』
司は店員がレジを通している間、どうしてふたりのことがマスコミに漏れたのかを考えていた。
何しろふたりの交際を知るのはごく僅かの友人達で彼らは口が堅くマスコミに話すことは絶対にない。それにふたりが会うのは、厳重なセキュリティが施された道明寺が所有する建物の中であり、出入りは地下の駐車場からで外部の人間がその様子を見ることは出来ない。
だからこそ外部の人間が簡単に入ることが出来ない場所で撮られたこの写真はいったい誰が撮影したのか?
……………まさか彼女がみずからマスコミに話してふたりの姿を撮らせた?
いや。まさかそんなことはない。
彼女は有名なヴァイオリニストだがマスコミを嫌っている。
そして音楽以外のことはさして興味がないという女性だ。そんな彼女は司と出会ったとき彼が何者かを知らなかった。
司が彼女と出会ったのは使う予定だったジェットを母親に横取りされ、仕方なく民間機に乗ったとき。ファーストクラスの席の隣にいたのが彼女だ。
司は彼女の向こう側の席にヴァイオリンが置いてあるのを見た。それから彼女を見た。
すると彼女は、「このヴァイオリンは私の命と同じです。だから席が必要なの」と言って自分はヴァイオリニストだと言った。
だから司は彼女と別れたあと、彼女が出しているCDを探し購入し、ジャケットの彼女の顏を見つめながらヴァイオリンとオーケストラの演奏に耳を傾けた。
「9600円です」
「……….」
「あの?お客さま?お支払金額は9600円になります。袋はご入用ですか?」
と、店員に言われた司は黒いカードを渡し、「ああ」と言った。
司が交際している女の名前は吉村つくしと言う。
恵まれない育ち方をした彼女は絶対音感を持っていた。
その才能を小学校の音楽の教師によって見出されると、教師の恩師である有名な大学教授の元に預けられ養子となりヴァイオリンを習うことになった。そして国内のコンクールの賞を総なめにするとイタリアに留学し、世界的なヴァイオリニストとして活躍するようになった。
司は才能あふれる彼女のことが自慢だ。
それに世間にバレてもいいと思っている。
だが彼女は秘密にして欲しいと言った。だからこれまで秘密にしてきた。
だからこそ、彼女がみずからマスコミに話すとは思えなかった。
「どうしよう。何故あなたとの交際が分かったのかしら….」
司の恋人はそう言って慌てていた。
だが司はこうなったからには、ふたりの交際を堂々と世間に公表しようと言った。
けれど恋人は首を横に振った。
「だめよ。実はあなたには話してなかったけど私にはイタリア人の夫がいるの。ええ。そうよ、イタリアに留学していたとき知り合ったの。彼はピアニストなの」
司は恋人の口から語られる夫の話に耳を傾けた。
イタリア留学時代に知り合ったふたりは、同じ音楽家同士気が合った。
だから結婚したが破局は早かった。一年も持たなかった。
「一緒に暮らし始めてふたりが合わないことはすぐに分かった。だから別れて欲しいと言ったわ。でも彼は別れてくれなかった。それどころか私がヴァイオリニストとして世界中に名前が知られるようになると、結婚していることは秘密にしてやる。その代わりにお金を寄越せと言ってきたの。だからこうしてあなたのことが新聞に載った以上、きっと彼は他人の妻に手を出したと言ってあなたにお金を要求するわ。ごめんなさい。あなたに迷惑をかけることになって…..」
だが司は迷惑とは思わなかった。
むしろ、これをいい機会だと捉え、彼女と別れようとしない男に引導を渡してやるつもりでいた。

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その理由をひとことで言えばメスを惹き付けるため。
だからオスは派手な羽根を広げ、その美しさを必死にアピールする。それに派手さだけではなく立派な巣を作ってメスを引き寄せるオスもいる。だが鳥も種類が違えば美しさにも真新しい立派な巣にも興味がないメスもいる。
そして司が好きになった女はそういった女。煌びやかで華やかで裕福な男に興味がない。
だから出会った頃、司の求愛を無視して逃げた。だが、そんな女に壁ドンではなく床ドンしたのは高校生の頃だ。
そんな司は夢を見た。
それは今年初めて見た夢で、いわゆる初夢というものだが、どんなものかと言えば、それは_____
司が黒いシャツを着れば男前が2割増しになると言われるが、夢の中の司は黒いシャツを着てサングラスをかけている。
その姿は近寄り難く、目が合えば何をされるか分からない男に見えた。
そんな男がコンビニの入口にある新聞スタンドの前に立つと、挿してある全てのスポーツ新聞を抜き取りレジに持ち込んだ。
「150円が8部…..130円が10部……140円が15部……」
それにしても何故男はスポーツ新聞を買い漁っているのか。
それは自分の恋愛記事が写真付きで載っているからだ。
『道明寺財閥の御曹司。世界的なヴァイオリニストと熱愛中』
司は店員がレジを通している間、どうしてふたりのことがマスコミに漏れたのかを考えていた。
何しろふたりの交際を知るのはごく僅かの友人達で彼らは口が堅くマスコミに話すことは絶対にない。それにふたりが会うのは、厳重なセキュリティが施された道明寺が所有する建物の中であり、出入りは地下の駐車場からで外部の人間がその様子を見ることは出来ない。
だからこそ外部の人間が簡単に入ることが出来ない場所で撮られたこの写真はいったい誰が撮影したのか?
……………まさか彼女がみずからマスコミに話してふたりの姿を撮らせた?
いや。まさかそんなことはない。
彼女は有名なヴァイオリニストだがマスコミを嫌っている。
そして音楽以外のことはさして興味がないという女性だ。そんな彼女は司と出会ったとき彼が何者かを知らなかった。
司が彼女と出会ったのは使う予定だったジェットを母親に横取りされ、仕方なく民間機に乗ったとき。ファーストクラスの席の隣にいたのが彼女だ。
司は彼女の向こう側の席にヴァイオリンが置いてあるのを見た。それから彼女を見た。
すると彼女は、「このヴァイオリンは私の命と同じです。だから席が必要なの」と言って自分はヴァイオリニストだと言った。
だから司は彼女と別れたあと、彼女が出しているCDを探し購入し、ジャケットの彼女の顏を見つめながらヴァイオリンとオーケストラの演奏に耳を傾けた。
「9600円です」
「……….」
「あの?お客さま?お支払金額は9600円になります。袋はご入用ですか?」
と、店員に言われた司は黒いカードを渡し、「ああ」と言った。
司が交際している女の名前は吉村つくしと言う。
恵まれない育ち方をした彼女は絶対音感を持っていた。
その才能を小学校の音楽の教師によって見出されると、教師の恩師である有名な大学教授の元に預けられ養子となりヴァイオリンを習うことになった。そして国内のコンクールの賞を総なめにするとイタリアに留学し、世界的なヴァイオリニストとして活躍するようになった。
司は才能あふれる彼女のことが自慢だ。
それに世間にバレてもいいと思っている。
だが彼女は秘密にして欲しいと言った。だからこれまで秘密にしてきた。
だからこそ、彼女がみずからマスコミに話すとは思えなかった。
「どうしよう。何故あなたとの交際が分かったのかしら….」
司の恋人はそう言って慌てていた。
だが司はこうなったからには、ふたりの交際を堂々と世間に公表しようと言った。
けれど恋人は首を横に振った。
「だめよ。実はあなたには話してなかったけど私にはイタリア人の夫がいるの。ええ。そうよ、イタリアに留学していたとき知り合ったの。彼はピアニストなの」
司は恋人の口から語られる夫の話に耳を傾けた。
イタリア留学時代に知り合ったふたりは、同じ音楽家同士気が合った。
だから結婚したが破局は早かった。一年も持たなかった。
「一緒に暮らし始めてふたりが合わないことはすぐに分かった。だから別れて欲しいと言ったわ。でも彼は別れてくれなかった。それどころか私がヴァイオリニストとして世界中に名前が知られるようになると、結婚していることは秘密にしてやる。その代わりにお金を寄越せと言ってきたの。だからこうしてあなたのことが新聞に載った以上、きっと彼は他人の妻に手を出したと言ってあなたにお金を要求するわ。ごめんなさい。あなたに迷惑をかけることになって…..」
だが司は迷惑とは思わなかった。
むしろ、これをいい機会だと捉え、彼女と別れようとしない男に引導を渡してやるつもりでいた。

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「お前か。彼女の夫というのは」
司は恋人の夫に会うためにローマに飛んだ。
そしてホテルの一室に男を呼び出した。
「ああ。そうだ。俺がツクシの夫だがアンタが道明寺司か。なるほど。ツクシもいい金づるを見つけてくれたものだ。アンタがツクシの傍についている以上、俺は金には困らん。何しろアンタは彼女の名誉を守るためなら幾らでも金を払うだろうからな」
司の恋人の別れようとしない夫はピアニストだと言った。
だがその風貌はピアニストというよりも、ただの酔っ払いだ。それに司が誰であるかを知っている上でのその態度は挑戦的だ。
だが司はその態度を無視して夫である男に言った。
「彼女と別れるならそれなりの金を払おう」
「へえ。それなりの金ねえ......」
「ああ」
「ふうん。それで?世界に名だたる財閥の後継者が払ってくれる金ってのは一体幾らだ?」
司は恋人をこの男から守るためなら幾らでも金を払うつもりでいた。
だが、こういった手合いは金を貰ったからといって大人しく引き下がりはしない。
だが敢えて訊いた。
「いくら欲しい?」
「そうだな。最低でも彼女が持っているヴァイオリンの値段以上の金が欲しい。知ってるだろ?彼女が大切にしてるヴァイオリンだ。あのヴァイオリンはストラディバリウスだ」
恋人が自分の命だというストラディバリウスはイタリアの楽器職人ストラディバリ父子が制作したヴァイオリン。
値段は高いものでは数十億円するものもあるが、恋人のヴァイオリンも数億円の価値がある。彼女はそれを財団や大学からの貸与ではなく個人で所有していた。
「アンタ。彼女があのヴァイオリンをどうやって手に入れたか知ってるか?」
司は男の質問に答えなかった。
「そうか。知らないか。それなら教えてやろう。あのヴァイオリンは俺の姉が持っていたものだ。アンタは俺のことを調べたはずだ。俺の家は今でこそ落ちぶれてはいるが貴族の家柄だ。そんな家に育った姉は小さな頃からヴァイオリンを習っていて父親はそんな姉のためにヴァイオリンを買った。それが今彼女が持っているヴァイオリンだ。だがどうして彼女が姉のヴァイオリンを持っているか?それは彼女が姉を殺して手に入れたからだ。彼女が俺のことをどう話したか知らないが、彼女は真面目そうに見えて悪女だ。俺に近づいて来たのも姉がストラディバリウスを持っていることを知ったからだ。ああ、だが彼女に姉がストラディバリウスを持っているのを話したのは俺だ。だから俺が悪い。いいか?彼女が俺と結婚したのはあのヴァイオリンを手に入れるためだ。彼女は俺と結婚すると姉を殺した。姉に毒入りのカルヴァドスを飲ませて殺したんだ!」
男はそこで言葉を切ると乾いた笑い声を上げた。
「どうだ?驚いたか?彼女は恐ろしい女だ。まるでボルジア家の人間のように野心家だ!道明寺さん。あんたも気を付けた方がいい。もし二人切りになって彼女からフランスのりんご酒を出されたら気を付けるんだな!」
「ありがとう。あなたのおかげであの人と別れることが出来たわ」
恋人はそう言って司の前にグラスを置いた。
「これは?」
「これ?これはカルヴァドス。フランスのりんご酒よ。どうぞ召し上がって」
司は恋人からそう言われたがグラスを手に取らなかった。
だが彼女は「乾杯」と言って自分のグラスを掲げると、琥珀色の液体を飲み干した。
「どうしたの?飲まないの?美味しわよ?」
そう言われた司はグラスを手に取ると恋人と同じように飲み干した。
すると恋人は司の目を真っ直ぐに見て言った。
「ねえ。大丈夫?なんだか顔色が悪いみたい」
聞こえますか。
聞こえますか。
私は今あなたの心に直接語り掛けています。
そして大切なことなので3回言いました。
「支社長。起きて下さい!今夜は牧野様とコンサートに行かれるのではありませんか?」
司は驚いたように目を剥いた。
そして西田を見た。そうだ。今日は恋人とコンサートに行く約束をしていたが、とんでもない夢を見た。
「支社長。お顔の色がいつもと違うようですが、ご体調が優れないのではありませんか?もしかして熱があるのではございませんか?」
「いや。大丈夫だ。熱はない。平熱だ」
「そうですか。それならよろしいのですが今夜のコンサートは牧野様が大変楽しみにされているコンサートです。何しろヴァイオリニストの早瀬太郎と言えば、ドキュメンタリー番組のテーマ曲が有名です。あの曲はわたくしも好きな曲です」
西田はそう言って「さあ。遅れます。お急ぎ下さい」と司を執務室から送り出した。
「今日のコンサート良かった!やっぱり凄いわねえ。早瀬太郎」
司のマンションに戻った恋人はコンサートのパンフレットを見て言ったが、司には気になることがあった。
それはヴァイオリンと言えば類の得意な楽器だからだ。
そして思うのは、もしかして恋人はまだ類のことが好きなのではないかということ。
「なあ」
「ん?何?」
「お前まだ類のこと好きなのか?」
「はあ?」
「いや、ヴァイオリンと言えば類だ。お前は高校生の頃、類のヴァイオリンが好きだと言った。だからあのヴァイオリニストのコンサートに行ったのは、まだ類のことが好きだから_」
「あのねえ、あの頃から何年経ってると思ってるのよ。いい?よく訊いて。私はあの番組が好きなの。それにあの曲が好きだから一度生で訊きたいと思ってたの!それに早瀬太郎は類には全然似てないし、髪の毛だけ言うならクルクル頭であんたに似てるし....もう…..本当にあんたって人はどこまでやきもち焼きなのよ…..」
司は恋人から早瀬太郎がテーマ曲を演奏している番組が好きだ。だから生で訊きたかったと言われた。
それなら自分もその番組とやらに出てやろうじゃないか。なんなら道明寺がその番組のスポンサーになってもいい。
人間密着ドキュメンタリー、『平熱大陸』いや、『情熱大陸』だったか?
司はいつかその番組に絶対に出てやると固く心に誓ったが、今情熱を注ぐ先は目の前で眉間に皺を寄せている女。
「牧野」
「何よ?え…..何?……あっ…..」
そして、その女は男に抱きかかえられると、大人しく寝室へ運ばれて行った。

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司は恋人の夫に会うためにローマに飛んだ。
そしてホテルの一室に男を呼び出した。
「ああ。そうだ。俺がツクシの夫だがアンタが道明寺司か。なるほど。ツクシもいい金づるを見つけてくれたものだ。アンタがツクシの傍についている以上、俺は金には困らん。何しろアンタは彼女の名誉を守るためなら幾らでも金を払うだろうからな」
司の恋人の別れようとしない夫はピアニストだと言った。
だがその風貌はピアニストというよりも、ただの酔っ払いだ。それに司が誰であるかを知っている上でのその態度は挑戦的だ。
だが司はその態度を無視して夫である男に言った。
「彼女と別れるならそれなりの金を払おう」
「へえ。それなりの金ねえ......」
「ああ」
「ふうん。それで?世界に名だたる財閥の後継者が払ってくれる金ってのは一体幾らだ?」
司は恋人をこの男から守るためなら幾らでも金を払うつもりでいた。
だが、こういった手合いは金を貰ったからといって大人しく引き下がりはしない。
だが敢えて訊いた。
「いくら欲しい?」
「そうだな。最低でも彼女が持っているヴァイオリンの値段以上の金が欲しい。知ってるだろ?彼女が大切にしてるヴァイオリンだ。あのヴァイオリンはストラディバリウスだ」
恋人が自分の命だというストラディバリウスはイタリアの楽器職人ストラディバリ父子が制作したヴァイオリン。
値段は高いものでは数十億円するものもあるが、恋人のヴァイオリンも数億円の価値がある。彼女はそれを財団や大学からの貸与ではなく個人で所有していた。
「アンタ。彼女があのヴァイオリンをどうやって手に入れたか知ってるか?」
司は男の質問に答えなかった。
「そうか。知らないか。それなら教えてやろう。あのヴァイオリンは俺の姉が持っていたものだ。アンタは俺のことを調べたはずだ。俺の家は今でこそ落ちぶれてはいるが貴族の家柄だ。そんな家に育った姉は小さな頃からヴァイオリンを習っていて父親はそんな姉のためにヴァイオリンを買った。それが今彼女が持っているヴァイオリンだ。だがどうして彼女が姉のヴァイオリンを持っているか?それは彼女が姉を殺して手に入れたからだ。彼女が俺のことをどう話したか知らないが、彼女は真面目そうに見えて悪女だ。俺に近づいて来たのも姉がストラディバリウスを持っていることを知ったからだ。ああ、だが彼女に姉がストラディバリウスを持っているのを話したのは俺だ。だから俺が悪い。いいか?彼女が俺と結婚したのはあのヴァイオリンを手に入れるためだ。彼女は俺と結婚すると姉を殺した。姉に毒入りのカルヴァドスを飲ませて殺したんだ!」
男はそこで言葉を切ると乾いた笑い声を上げた。
「どうだ?驚いたか?彼女は恐ろしい女だ。まるでボルジア家の人間のように野心家だ!道明寺さん。あんたも気を付けた方がいい。もし二人切りになって彼女からフランスのりんご酒を出されたら気を付けるんだな!」
「ありがとう。あなたのおかげであの人と別れることが出来たわ」
恋人はそう言って司の前にグラスを置いた。
「これは?」
「これ?これはカルヴァドス。フランスのりんご酒よ。どうぞ召し上がって」
司は恋人からそう言われたがグラスを手に取らなかった。
だが彼女は「乾杯」と言って自分のグラスを掲げると、琥珀色の液体を飲み干した。
「どうしたの?飲まないの?美味しわよ?」
そう言われた司はグラスを手に取ると恋人と同じように飲み干した。
すると恋人は司の目を真っ直ぐに見て言った。
「ねえ。大丈夫?なんだか顔色が悪いみたい」
聞こえますか。
聞こえますか。
私は今あなたの心に直接語り掛けています。
そして大切なことなので3回言いました。
「支社長。起きて下さい!今夜は牧野様とコンサートに行かれるのではありませんか?」
司は驚いたように目を剥いた。
そして西田を見た。そうだ。今日は恋人とコンサートに行く約束をしていたが、とんでもない夢を見た。
「支社長。お顔の色がいつもと違うようですが、ご体調が優れないのではありませんか?もしかして熱があるのではございませんか?」
「いや。大丈夫だ。熱はない。平熱だ」
「そうですか。それならよろしいのですが今夜のコンサートは牧野様が大変楽しみにされているコンサートです。何しろヴァイオリニストの早瀬太郎と言えば、ドキュメンタリー番組のテーマ曲が有名です。あの曲はわたくしも好きな曲です」
西田はそう言って「さあ。遅れます。お急ぎ下さい」と司を執務室から送り出した。
「今日のコンサート良かった!やっぱり凄いわねえ。早瀬太郎」
司のマンションに戻った恋人はコンサートのパンフレットを見て言ったが、司には気になることがあった。
それはヴァイオリンと言えば類の得意な楽器だからだ。
そして思うのは、もしかして恋人はまだ類のことが好きなのではないかということ。
「なあ」
「ん?何?」
「お前まだ類のこと好きなのか?」
「はあ?」
「いや、ヴァイオリンと言えば類だ。お前は高校生の頃、類のヴァイオリンが好きだと言った。だからあのヴァイオリニストのコンサートに行ったのは、まだ類のことが好きだから_」
「あのねえ、あの頃から何年経ってると思ってるのよ。いい?よく訊いて。私はあの番組が好きなの。それにあの曲が好きだから一度生で訊きたいと思ってたの!それに早瀬太郎は類には全然似てないし、髪の毛だけ言うならクルクル頭であんたに似てるし....もう…..本当にあんたって人はどこまでやきもち焼きなのよ…..」
司は恋人から早瀬太郎がテーマ曲を演奏している番組が好きだ。だから生で訊きたかったと言われた。
それなら自分もその番組とやらに出てやろうじゃないか。なんなら道明寺がその番組のスポンサーになってもいい。
人間密着ドキュメンタリー、『平熱大陸』いや、『情熱大陸』だったか?
司はいつかその番組に絶対に出てやると固く心に誓ったが、今情熱を注ぐ先は目の前で眉間に皺を寄せている女。
「牧野」
「何よ?え…..何?……あっ…..」
そして、その女は男に抱きかかえられると、大人しく寝室へ運ばれて行った。

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