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2021
01.04

扉のない部屋 1

あけましておめでとうございます。
今年は心身共に健康な日々が過ごせますように。
そして今年もよろしくお願いいたします。

なお、こちらのお話は短編です。
***********************







カラカラカラカラカラ........
どこかが壊れているのか。そんな音をさせながら自転車はいつものように邸の横を通り過ぎて行った。

司がその音を耳にするようになってから1ヶ月が経った。
彼は毎晩同じ時間にここにいて、その音を訊いていた。

ここは高級住宅地に広い敷地を持つ道明寺邸の一角にある古い洋館。
母屋はコロニアル様式だが、この建物は大正末期から昭和初期にかけて流行ったスパニッシュ様式。
建物がある場所は日が当たらないと言われる北側だが、それでもここは鬱蒼と葉を茂らせた背の高い常緑の木々が森の様相を呈していた。そして風が強く吹けば枝がいっせいに揺れてざわざわと音を立てる。だが茂った葉は地上に届くはずの日の光りを全て吸い込む。だから地面は湿り気を帯び苔に覆われていた。

そんな場所だから洋館の中は薄暗く陽光が射し込むことはない。
けれど目が慣れてしまえば、その暗さは気にならなかった。
それにどの部屋も隅々まで手入れが行き届いていて、家具は優雅な本物のアンティークだ。
だが司がこの建物に足を踏み入れたのは、道明寺財閥の後継者として副社長の地位についてから。
それまでここに古い洋館があることは知っていたが、足を踏み入れようとは思わなかった。
だがあるとき、暇潰しにこの場所を訪れた。

この建物は司の祖父が建てた。
その祖父は司が幼い頃に亡くなっていて、その姿は記憶の中にない。
そんな祖父は戦前から続く道明寺財閥の当主だったが、絵を描くことを趣味としていたという。だからこの建物の中には祖父がアトリエとして使っていた部屋があるが、司は絵を描く趣味はない。
それなら何故司が毎日決まった時間にここにいて、壊れそうな自転車が立てる耳障りな音を訊いているのか。それはこの場所を気に入っているからだ。

はじめてこの建物の中に足を踏み入れたとき、鍵が掛けられた部屋を見つけた。
邸を管理している執事はこの建物について前任の執事から聞いていることがあると言った。
それは鍵のかかった部屋があるが、その鍵は祖父が持っていたということ。だが祖父が亡くなったことから鍵がどこにあるのか分からないということ。だから執事は業者を呼んで鍵を開けようとした。だが開かなかった。

しかし司は道明寺の男が大切なものがあるならそこに隠すであろうという予測の元に探した場所で鍵を見つけた。
そして祖父が亡くなって以来誰も足を踏み入れたことがないと言われる部屋の扉を開いて中に入った。するとそのとき死んだ祖父の息づかいが聴こえたような気がした。
そして記憶にはない祖父だが、その祖父が机の引き出しの中に自分の趣味に使っていた道具を整然と並べて保管している様子から自分の性癖は祖父譲りなのだと知った。




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2021
01.05

扉のない部屋 2

司は金も権力もある家に生まれた男だ。
母親は元華族の家に生まれ家柄も申し分がない。
そんな男が望んで叶わないことはない。実際子供時代から今までそうだった。
稀に自分の意思に反する人間がいれば、低い声で凄みを効かせれば良かった。
だがそんな男は心の底に眠っている本当の欲望を口に出して言ったことはない。
しかし祖父が自分の趣味のために使っていた部屋の机の引き出しの中を見たとき、影にのまれたようなこの洋館が自分の欲望を叶えてくれる場所だと確信した。

そしてこの部屋には祖父が描き上げた絵が壁際にずらりと並んで残されていたが、それらの絵は人の心が休まる風景画や静物画ではない。
それならどんな絵なのか。ひと言で言えば陰鬱。そして偏執的という言葉が相応しい絵。
恐怖に歪んだ女の顏や上半身が血まみれの裸の女の姿。切りつけられた白い背中やカッと見開かれた目が赤い涙を流している様子が描かれているが、それらの絵は一様に暗く、見る者にとっては気味が悪いだけでは済まされない、おぞましくて暴力的であり嫌悪感を抱く光景で作者の精神状態を疑ってしまうような絵だ。
だがそんな病的と言える絵も見る角度を変えれば魅力的な絵だと思えたのは、身体の中に流れる祖父の血がそう思わせたのかもしれない。

だがそんな絵の中に明らかにそれまでの絵と違うものを見つけた。
それは厳重に包装された5枚のキャンバス。
描かれているのは他の絵と同じでどれも女性だが、それはこれまで見た暗くおぞましい光景ではなく明るい絵の具が使われた若い女性の肖像画。描かれている女性はどれも同じ人物。一瞬だがブルーのドレスを着たその女性は祖父の妻。つまり司の祖母ではないかと思った。
だが記憶の片隅にある祖母とは違う。それはその女性の髪が赤毛で瞳の色は緑で描かれているからだ。

女性の絵は椅子に腰かけた上半身の構図や横顔のものがある。
それに後ろ姿や帽子を被ったものもあった。だが、これらの絵はどれもモデルを前にして描かれたものではないと思えた。
何故なら真正面を向いている女性の目には強さが感じられない。人間の顏の中で一番感情が現れるはずの目に光がないからだ。それに絵の女性は、こちらを見ているように思えるが輪郭は微妙にずれていて祖父を見ていない。

だが司は気付いた。この女性は祖父が恋をした相手だ。
それはたとえ視線が祖父を見ていないとしても、明るい絵の具で描かれた女性の肖像画には優しさが感じられたからだ。
若い頃イギリスに留学したことがあるという祖父。恐らくそこでこの絵の女性と恋におちたのだろう。だがその恋が実ることはなかった。その理由は推し測るまでもない。祖父も司と同じで道明寺の跡取りだ。だから親が決めた相手と結婚することは留学前から決まっていたはずだ。許嫁として祖母の存在はあったはずだ。
そして帰国した祖父は女性のことを思いこの絵を描いた。だからこの絵には怖く、冷たいと言われた道明寺財閥の総帥だった祖父の隠された一面を見ることが出来た。

しかし祖父は厳重に包装していたこれらの絵を日の当たる場所に出すことはなかった。
その代わりおぞましく暴力的な光景の絵を描くようになった。
だが何故そうなったのか。それは愛していた人と結ばれなかった反動なのか。
そしてそれらの絵とは真逆の優しい筆使いで描かれた絵は緑の目をした女性への思慕だと思った。

司は机の引き出しに几帳面に並べられている道具を手に取った。それは祖父が暴力的な絵を描くことを始めるために揃えたもの。
だから司も、これまで口に出すことがなかった欲望を叶えるためそれを使うことにした。




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2021
01.07

扉のない部屋 3

司にはこれまで口に出すことがなかった欲望がある。
それは女を泣かせること。
それを訊いた人間は、なんだ。そんなことかと笑うだろう。何しろ司は道明寺財閥の跡取りであり、女を惹き付ける外見のみならず地位や名誉や金をいくらでも持っている。だから自分が望めばどんな女でも泣かせることが出来ることは知っている。

だが司はただ泣かせたいのではない。
それに女なら誰でもいいという訳ではない。
何故なら司の容姿や道明寺の財産に寄ってくる女は、悔しがることはあっても、この世の終わりのように泣くことはないからだ。
それならどんな姿が見たいのか。
司は自分に歯向かう気の強い女が本気で泣く姿が見たかった。
それは生意気で威勢のいい女が恐怖で頬を濡らし助けてと言って自分に縋りつく姿。
そこにいるのは司だけで彼に助けて欲しいと懇願している女の姿だ。

司はそんな女を強く抱きしめたい。
泣いた後でかき抱いて大丈夫だ。心配はいらない。もう泣く必要はないと言って優しく髪を撫でたい。
しかしこれまで司がそうしたいと思える女はいなかった。
何しろ司の周りにいる女たちは外見こそ美しいが頭の中は打算で一杯だ。
そんな女たちとの繋がりは所詮肉と肉との繋がりでしかなく、司の外見と道明寺という名が欲しいだけの女たちを泣かせても、その涙に価値などない。

司が望むのは外見や地位など求めない生意気で威勢のいい女。その生意気さが生意気であればあるほど、威勢がよければよいほど泣かせる価値があるというものだ。
そしてそう思う司の前にひとりの女が現れた。

司が乗ったリムジンは邸を出て数百メートル走った後、急ブレーキをかけ止まった。
書類を見ていた男は顏を上げた。
運転手は後部座席に座っている司に、「お怪我はございませんか。お急ぎのところ申し訳ございませんが少しお待ち下さい」と声をかけてから車を降りた。すると車のすぐ傍から女の声が聞こえた。

「ちょっと!危ないじゃない!」

車のすぐ傍から聞こえて来たのは女の声。
女は司の車が自分の乗っている自転車とぶつかりそうになったことを責めていた。

「大きな車だからこそ普通の車以上に運転に気を付けるべきでしょ!それにスピードの出し過ぎだと思いますけど!?」

ここは邸に近い一般道で幹線道路ではないことから交通量は少ない。
それに高級と言われる住宅地にある道はスピードを上げて走るような道ではない。
そして運転手は法定速度を守ることを絶対としている。だから女が言うようなスピードは出ていないはずだ。
と、なると女はわざと車に当って金を取ることを目的としている当たり屋か。
もしそうならこの女は因縁をつける相手を間違えている。この界隈でリムジンを見れば誰もが道明寺の車だと思う。だから避けることはあっても近づいてくることはない。だからこの女はいい根性をしていると思った。

司は運転手に文句を言う女をじっと見ていた。
スモークガラスの向こうにいる女は、パンツスーツ姿で髪は後ろでひとくくりにしてリュックを背負っていた。足元は自転車を漕ぐのに相応しくヒールのない靴を履いている。そんな女の顏は色付きのガラス越しで化粧の具合は分からないが、大きな目の周りに派手な色が塗られているようには思えなかった。

やがて女は喋り終えると今度は司が座っている後部座席に目を向けた。
それは思いがけず真っ直ぐな視線。
その視線が司の目を射抜いた。だが外から車内は見えない。だから女の目に自分は映っていない。だが司の目は女の姿を捉えていた。

「あの。キツイ言い方をしましたが、どなたか乗っていらっしゃるのなら驚かせてすみませんでした」

そう言って女は中の見えない車に向かって頭を下げた。
司はその態度に説明のできない感情に包まれた。
そして女が去ったあとに気付いた。待っていたのだ。自分は気の強さと生意気さと、いさぎよさを持つ女を。そしてその女がたった今、目の前に現れた。

自転車に乗っていた女の名前は牧野つくし。
運転手は何かあった時のためにと自転車に貼られていた防犯登録シールに書かれた番号を記憶していた。だから女を調べるのは簡単だった。




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2021
01.09

扉のない部屋 4

監視カメラが映し出した女の服装はパンツスーツ。そして背中にリュックを背負っている。
それは車の窓越しに見た時と同じだった。
司は牧野つくしの行動を調べた。

女は大学の理数系教科書や参考書を出している小さな出版社で編集の仕事をしている。
今、担当しているのはドイツの物理学者が書いた宇宙線に関する著書を日本の物理学者が日本語に翻訳して本にすること。
そしてもうひとつは、大学教授に小学生向けの物理読み物風の本を書いてもらうこと。
その大学教授の家は司の邸の近くにあり、女は原稿を受け取るため毎晩同じ時刻に司の家の傍を通っていた。
だが何故毎日教授の家に通うのか。それは教授と呼ばれる男がテレビ出演や講演会で忙しく執筆作業が捗らないためだ。だから少しでもいいから原稿を書いてもらうために毎日自転車で教授の家に足を運んでいた。

司は牧野つくしの生活パターンを知ると、洋館の近くに設置された邸の周りを監視するカメラを高性能の物に変えた。
すると、程なく女が乗っている自転車がカラカラと音を立て始めた。
それはどこかに異常があるということ。いや。明らかに壊れている。いや。壊れる前なのかもしれない。しかし忙しい女は修理することもなければ買い替えることもせず1ヶ月が過ぎた。
そして司はこの1ヶ月、祖父が残した道具の手入れをしていた。
絵を描くことを趣味としていた祖父。だがそれはおぞましく暴力的な光景が描かれた絵。
それらの絵を描くために祖父が用意した道具は机の引き出しに几帳面に並べられ司が使うのを待っていた。


ある日の夜。
いつものように自転車に乗った牧野つくしは、大学教授の家からの帰り司の邸の傍を通りかかった。
だがちょうどその時、彼女の自転車は動かなくなった。

「どうしよう…..チェーンが切れたのかしら…..」

高性能の監視カメラは聞えるか聞こえないほどかすかな女の呟きを拾った。
司の邸がある場所は都心ではない。それにこのあたりに商業を営む店はない。
それにいくつもの街灯がある高級住宅地とはいえ夜道に危険性はつきものだ。
女は自転車を街灯の下に止め、背中からリュックを降ろし携帯電話を取り出した。
そして画面に指を走らせようとしていた。




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2021
01.11

扉のない部屋 5

「どうかされましたか?」

司は牧野つくしが携帯電話をかける前に声をかけた。
背後の暗がりから声をかけられた女は驚いて振り返った。

「おや?チェーンが切れたようですね?」

女は強張った表情で携帯電話を握りしめ自転車のチェーンが切れたことを指摘した男を警戒した様子で見ていた。

「どうぞご安心下さい。私は怪しい者ではありません。私はこの家の住人です。この界隈は治安がいいと言われていますが夜道に女性がひとりでいては危険です。お困りのようでしたらお手伝いしましょう」

司は高い塀の奥が自分の家であることを示し、散歩をしている途中だと言った。
けれど女は人影のない夜道に突然現れた司の言葉を半信半疑で訊いているのは明らかだ。
だから司は、これまで誰にも見せたことがない笑みを浮かべ言葉を継いだ。

「私はあなたに何かするつもりはありません。もし私のことを変質者か何かだと疑うなら今すぐ私の身分を証明しましょう。私は道明寺ホールディングスの副社長の道明寺司と言います」

そう言って名刺を差し出した司の後ろには、足を開き手を後ろで組んだ男が二人いた。
司は振り返ると彼らに向かって目配せをした。すると二人の男は自転車に近づいた。

「自転車をここに置いておくと処分されてしまいます。それに今すぐに修理をするのは無理でしょう。ですから私のところで預かりましょう。彼らが邸に運びます。それからどなたかに連絡をされるなら私の家でその方が来るまでお待ちになればいい。夜道に女性がひとりでいるのは危険です」





***




司は女を邸に案内した。
世の中には司の邸に招かれることを望む女が大勢いる。
だが司はこれまで女を招いたことはない。けれど今は積極的にひとりの女を招いていた。

玄関ホールの天井は高く、シャンデリアが輝いている。
だがそこに人の気配はなく司の足音と緊張した女の小さな足音が響いていた。

「さあ。どうぞ中へ」

司はまっすぐな廊下を進み、奥まった部屋へ女を連れて行った。
そしてコーヒーか紅茶でもどうかと勧め、女がコーヒーをと言うとメイドにコーヒーを運ばせた。

「そうでしたか。お仕事でこの近くへ」

「はい。私は小さな出版社で働いています。今、大学で物理学を教えている先生に子供のための本を書いていただいています。今日も……いえ実は毎日先生が書いた原稿を受け取りに来ています。何しろ先生はお忙しい方なのでそうでもしなければ原稿を書いてもらえないからです」

ソファに腰掛けた女は足元に置いたリュックを見て言った。

「なるほど。毎日とは大変ですね」

「ええ。大変といえば大変ですが仕事ですから」

女はそう言って笑うとカップをソーサーに戻し、まだ半分残っているコーヒーに目を落としてから遠慮がちに「すみません。お手洗いをお借りしたいのですが」と言った。
だから司はメイドを呼ぶと案内するように言った。

女の口から語られた話は調べた通りだった。
司は牧野つくしが部屋を出て行くとソファの足元に残されているリュックを手に取った。
そして中に入っていた封筒から原稿を引き出し書かれている文字にじっと見入り、再び原稿を封筒の中に収めるとリュックを元の場所に置き女が戻って来るのを待った。
暫くして戻ってきた女は、「道明寺さん。そろそろ失礼します。コーヒーをごちそうさまでした。それからあの、お手数ですがタクシーを呼んでいただければ助かります」と言った。
だが司はタクシーを呼ぶ必要はありません。送りましょうと言った。
すると女は少し躊躇ったが「ありがとうございます」と礼を言ってリュックを掴んだ。

「あ!」

女が声を上げたのはリュックの口が開いて、そこから原稿用紙が床に散らばったから。
だから女は慌ててしゃがみ込むと原稿用紙をかき集めていた。司もしゃがんで集めるのを手伝った。
そして女に原稿用紙を渡したが、司の顏は女の息がかかりそうなほど近くにあった。




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