Christmas Story 2020
「今年はどんな年だった?」
そう訊かれたらあなたはどう答えますか?
ここにいる男はきっとこう答えるはずだ。
「今年は色々なことがあって大変だった。春も夏も満喫できなかった。それに秋すら楽しめなかった。それなのに季節はもう冬か」
そして男は言った。
「だから冬くらいは楽しもうじゃないか」
すると女は男に言った。
「じゃあ今年は家の中で楽しめることをしようね!」
「おい……なんで俺が脱税発覚で追徴金を払うはめになる?」
「なんでって言われてもルーレットを回して出た数だけ進んだ升目にそう書いてあるんだもの。だから文句言わずに書いている通り支払って」
「パパ。ゲームでもルールはルールよ。決められたことを守らなきゃゲームにならないでしょ?だからちゃんと払ってよね?」
「そうだよ、父さん。ルールは守らなきゃ。それに納税は国民の義務だって先生も言ってたよ!」
「わかった!払う…..払えばいいんだろ!ったくなんで俺が……」
司はブツブツと言いながらもゲームの中で使われているドル紙幣で追徴金を支払った。
司には娘と息子の二人の子供がいて英徳の初等部に通っている。
6年生の12歳の娘は生徒会長で人に命令することに慣れているが、それは道明寺の血だと思っている。
そして2年生の8歳の息子は数字に強く頭の回転が速いが、それは妻の血で、そんな子供たちと億万長者を目指す『人生ゲーム』というボードゲームをしていた。
妻いわく『人生ゲーム』はアメリカ発祥のゲームで子供の頃に遊んだ人間も多いと言う。
だが司はそのゲームで遊んだことがない。何しろ彼は億万長者どころかそれ以上の金持ちの家に生まれた男だ。そんな男が億万長者のレベルを目指すゲームをして何が楽しいというのか。だが妻は子供の頃、家族でこのゲームを楽しみ金持ちになった夢を見たと言う。
だからこの先どんなミッションが書かれたマスがあるのかと妻に訊けば、
「このゲームはね、人生には山あり谷あり。何が起こるか分からない。それを疑似体験するゲームなの。だから衝撃的な内容が書かれている升目もあるけど、宝くじで一等が当たるとか世界一周旅行に出発するとか家を買うとかが書いてあるわね。あとクルーザーを買うとか、それから金鉱を発見するとか夢のあることが書かれた升目が結構あるの。でもね、中にはシリアスなものもあって家族が罪を犯して捕まるとかもあるの。それから面白いところではミイラのコレクションを博物館に預けるとかあるわね」と言った。
司は地球儀を俯瞰とまで言わないが世界一周は何度したか分からないくらいした。
それに世田谷の一等地に広大な邸を構えていることもだが、日本国内だけでなく世界各国に別荘も持っている。そしてクルーザーも金鉱も持っている。資産は宝くじなど到底足元にも及ばないほどある。家族が罪を犯して捕まったことは無いが、ミイラのコレクションに似たようなもので、じいさんが集めた甲冑のコレクションならある。だからゲームでの疑似体験など必要ない。
それに人生とは山あり谷ありで何が起こるか分からないと言うが、司の人生に山はあっても谷はない。いや、谷はあったが、その谷に長く留まることはしなかった。そして山は高いほど乗り越え甲斐があると感じ乗り越えてきた。そして妻と結婚した。
「いち、にい、さん、し….やった!私、ノーベル賞を受賞するですって!」
「ママ。凄い!よかったね!」
「本当だね!母さんノーベル賞を受賞なんて凄いや!」
「えへへ…..ノーベル賞を受賞して賞金もらっちゃった」
と、ゲームが用意した架空の物語に喜ぶ妻と子供たち。
そして次に娘がルーレットを回して出た数字の数だけ進んだマスに書かれているのは、『エベレスト登山に成功する』
すると娘は「エベレストかあ。でも私まだ富士山にも登ったことがないから富士山登山に成功の方がいいな」と言った。
そして次にルーレットを回した息子が進んだマスに書かれていたのは、『ロールスロイスを買う』
すると息子は「ロールスロイス?それ父さん持ってるよね?だったら要らないや。だって同じ車が2台あっても仕方ないよね?」と言った。
娘も息子も現実的な言葉を口にするが、それは地に足が着いた生活を心がける妻の教育の賜物だ。だが人生をゲームで疑似体験するならもっと破天荒でもいいはずだ。
「じゃあ次。父さんの番だよ?」
息子に言われ回ってきた司の番。
ルーレットを回し止まった数字の数だけ升目を進んだ。
するとそこに書かれていたのは、『先祖代々の土地を売る』
「おい、ちょっと待て!俺はさっき脱税発覚で追徴金を払ったばかりだぞ?それなのに今度は先祖代々の土地を売るだと?なんで俺ばっかりこんなミッションなんだ?」
すると娘は「でもパパは追徴金払ってお金がないんでしょ?だから土地を売ればちょうどいいんじゃない?はいパパ。ほらこれ。土地を売ったお金よ」と言って司にドル紙幣を渡した。
次に妻がルーレットを回して進んだ升目に書かれていたのは『火星からの使者が来る』という意味不明の文言。
すると妻は「実は言ってなかったけど私土星人じゃなくて火星人なの。だから時々火星から親戚が来るの」と言って笑ったが、子供たちは母親の私土星人じゃなくての言葉にきょとんとしていた。
だが司は妻の言葉に彼女に土星のネックレスを渡した夜のことを思い出していた。
そして次にルーレットを回した息子が進んだ升目に書かれていたのは『牧場の跡継ぎになる』
娘は『逃げたサーカスの像を見つける』といった現実とはかけ離れたものばかり。
だが次に司が回したルーレットの数字が示した升目に書かれていたのは『離婚して子供を手放し、慰謝料を払う』という現実的な文言。
「父さん。母さんと離婚するの?」息子は心配そう言ったが、娘はと言えば、「パパ。離婚するならちゃんとママに慰謝料払ってよね?あ、それから書いてないけど月々の養育費の支払いも忘れないでね。それと親子の面会は月に一度でいい?」と明るく言った。
「……….」
面白くない。
楽しくない。
このゲームの楽しさが全く分からない。理解できない。
それにこのゲームは悪意に満ちている。
だがそう思う司をよそに妻は、「それにしても司って俺は強運の持ち主だって言うわりには、このゲームに関しては悪運の方が強いのかもしれないわね?」と言って笑った。
冬休み。
短くても子供たちにとっては待ちわびていた休み。
それはクリスマスがあるからだが、サンタクロースを信じているのは息子だけで、娘はすでにサンタクロースが父親だと知っていて、こう言った。
「パパ。目が覚めちゃうからプレゼントを置く時は静かに置いて」
あれは3年前の真夜中の出来事。
司は娘が欲しいと言っていた巨大なエンペラーペンギンのぬいぐるみを寝ている娘の枕元に置こうとして床に落とした。
だが柔らかいぬいぐるみを落としただけで娘は目を覚まさなかった。けれど実はそうではなかったのだ。目を覚ました娘はあのとき父親がサンタクロースだと知ったのだ。
そして来年中等部に進学する娘は、いつの間にかおしゃれに気を遣うようになっていて、希望したプレゼントはブーツ。前もって試着をしているようで、サイズとブランドを母親に伝えていた。
そして息子へのクリスマスプレゼントはラジコンカー。妻はサンタクロースが間違えないようにと何かから切り抜いた写真を司に見せてくれた。
「はーい。じゃあゲームは終わり。楽しかったわね!じゃあご飯にしましょうか」
そして食事は笑いながらするのが道明寺家の決まり事になったのは、司が結婚した女性がそうすると決めたからだ。
「食事は誰かとお喋りしながら食べるから美味しく思えるんじゃない?」
お喋りも味付けのひとつだという妻。
だが守るべきマナーは、しっかりと教えていた。
「口に食べ物が入っている時はお喋りしちゃだめよ」
食卓に並ぶ料理は妻が作る時とコックが作る時との半々になる。
それは妻も働いているから。彼女は財団法人道明寺美術館で理事のひとりとして働いていた。
肉汁が溢れるハンバーグは子供たちの好物。司の好きな出汁巻き卵は初めて食べた時と同じ味。里芋の煮っ転がしは結婚するまで食べたことがなかったが、ほくほくとして美味い。
そしてきんぴらレンコンや、ベーコンのエノキ巻きは弁当に入ることもある。
「いただきまーす!」
と元気に言ったのは息子だが、その息子はピーマンが苦手だ。
だから皿の端に除けられている緑の野菜を箸で摘まんで取ってやるのが司の務めだ。
だがそのチャンスを逃すこともある。すると息子は母親から、「ピーマンも食べなきゃダメでしょ?」と言われると恨めしそうに司を見て、「え~だっておいしくないもん」と言う。
「あんたねえ、パパに向かって言ったらバレるでしょ?」と、娘は言ったが、「もうバレてるわよ。父さんが母さんの目を盗んでピーマンを取ってるの。何しろ母さんは火星人だから背中にも目があるんだからね?」と妻は答えた。
家族と食べる美味い夕食。
そこには距離の誓いキャッチボールのような会話が常にある。
そして家族で分け合う笑いがある。
それはクリスマスでなくてもいつでもそこにある光景。
「ほら、駄目よ。ピーマンもちゃんと食べなさい。でないとサンタさん。クリスマスプレゼント持ってきてくれないわよ?」
「えー!ダメだよ!そんなの!……..でもそれよりもサンタさん。プレゼント間違えずに持ってきてくれるかな?」
「大丈夫。サンタさんには優秀なアシスタントが付いてるから絶対に間違えないわよ。それにピーマン食べたらラジコンカーが貰えるなんて凄いことだと思うけど?」
「そうだよね……」息子はそう言うとピーマンに箸を伸ばし、ひとつだけ摘まむと口に運んだ。それから眼をつぶって食べた。そして食べ終わると慌ててお茶を口にしていた。
「ちゃんと食べたの?偉いわね!これでサンタさんがラジコンカーを持って来てくれることは間違いないからね!」
と母親に言われた息子は司に向かってVサインをした。
家は司の一番落ち着く場所。
だらしなくシャツをはだけていても、髪がボサボサでも家族は何も言わない。
それは、いつもスーツ姿でいる男の家族だけが見ることが出来る夫であり父親の姿だからだ。
それに家族は本当の道明寺司を知っている。妻には甘く妻の願いは絶対に叶える男で、子供たちが望むことは、彼らがそれを叶えるための努力に手を貸す男だということを。
そして男は妻に優しい眼差しを向け愛おしそうに匂いを嗅ぐ。
それは凶暴と言われる肉食動物が甘える姿。強面とは違うクールな顏をした男がそんな姿を見せるのは妻の前だけだが、ふたりが出会った頃、未来がこんな風になるとは思わなかった。
かつての司は家族というものに対してなんの感情もなかった。
自分の代で道明寺という家を終わらせればいいと思っていた。
生きた証などこの世に残すなど考えたこともなかった。
だが好きな女性と結婚して子供を持ち家庭を築くと、家族の存在が自分に力を与えてくれることを知った。
そして自分が親となって知ったことがある。
それは子供と喧嘩をしても親の自分が子供を嫌いになることは無いということ。
つまり自分が若かった頃、いくら母親と仲が悪くても母親は母親なりに司のことを愛していたのだということ。それを知ったとき自分には『親の心、子知らず』の部分があったのだと気付いた。
だが、そう思う司に母親は言った。
「親も子供の気持ちがわからないこともあるわ」
司は自分が子供たちにとっていい親なのか。悪い親なのか。
口に出して訊いたことはない。
ただ、子供たちが自分の生きた証としていてくれればいい。
そしてかつては、どうでもいいと言っていた邸が我が家の始まりであり、ここで家族と一緒に暮らせることに幸せを感じていた。
「ねえ司。クリスマスプレゼント。ちゃんと枕元に置いてね?」
「ああ。心配するな。ちゃんと置いてくる」
クリスマスの日。司はサンタクロースの格好はしないが、プレゼントを楽しみに待っているふたりの子供のため、ブーツの入った箱とラジコンカーの箱を抱え東の角部屋を出た。
< 完 > * 我が家の始まり *

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そう訊かれたらあなたはどう答えますか?
ここにいる男はきっとこう答えるはずだ。
「今年は色々なことがあって大変だった。春も夏も満喫できなかった。それに秋すら楽しめなかった。それなのに季節はもう冬か」
そして男は言った。
「だから冬くらいは楽しもうじゃないか」
すると女は男に言った。
「じゃあ今年は家の中で楽しめることをしようね!」
「おい……なんで俺が脱税発覚で追徴金を払うはめになる?」
「なんでって言われてもルーレットを回して出た数だけ進んだ升目にそう書いてあるんだもの。だから文句言わずに書いている通り支払って」
「パパ。ゲームでもルールはルールよ。決められたことを守らなきゃゲームにならないでしょ?だからちゃんと払ってよね?」
「そうだよ、父さん。ルールは守らなきゃ。それに納税は国民の義務だって先生も言ってたよ!」
「わかった!払う…..払えばいいんだろ!ったくなんで俺が……」
司はブツブツと言いながらもゲームの中で使われているドル紙幣で追徴金を支払った。
司には娘と息子の二人の子供がいて英徳の初等部に通っている。
6年生の12歳の娘は生徒会長で人に命令することに慣れているが、それは道明寺の血だと思っている。
そして2年生の8歳の息子は数字に強く頭の回転が速いが、それは妻の血で、そんな子供たちと億万長者を目指す『人生ゲーム』というボードゲームをしていた。
妻いわく『人生ゲーム』はアメリカ発祥のゲームで子供の頃に遊んだ人間も多いと言う。
だが司はそのゲームで遊んだことがない。何しろ彼は億万長者どころかそれ以上の金持ちの家に生まれた男だ。そんな男が億万長者のレベルを目指すゲームをして何が楽しいというのか。だが妻は子供の頃、家族でこのゲームを楽しみ金持ちになった夢を見たと言う。
だからこの先どんなミッションが書かれたマスがあるのかと妻に訊けば、
「このゲームはね、人生には山あり谷あり。何が起こるか分からない。それを疑似体験するゲームなの。だから衝撃的な内容が書かれている升目もあるけど、宝くじで一等が当たるとか世界一周旅行に出発するとか家を買うとかが書いてあるわね。あとクルーザーを買うとか、それから金鉱を発見するとか夢のあることが書かれた升目が結構あるの。でもね、中にはシリアスなものもあって家族が罪を犯して捕まるとかもあるの。それから面白いところではミイラのコレクションを博物館に預けるとかあるわね」と言った。
司は地球儀を俯瞰とまで言わないが世界一周は何度したか分からないくらいした。
それに世田谷の一等地に広大な邸を構えていることもだが、日本国内だけでなく世界各国に別荘も持っている。そしてクルーザーも金鉱も持っている。資産は宝くじなど到底足元にも及ばないほどある。家族が罪を犯して捕まったことは無いが、ミイラのコレクションに似たようなもので、じいさんが集めた甲冑のコレクションならある。だからゲームでの疑似体験など必要ない。
それに人生とは山あり谷ありで何が起こるか分からないと言うが、司の人生に山はあっても谷はない。いや、谷はあったが、その谷に長く留まることはしなかった。そして山は高いほど乗り越え甲斐があると感じ乗り越えてきた。そして妻と結婚した。
「いち、にい、さん、し….やった!私、ノーベル賞を受賞するですって!」
「ママ。凄い!よかったね!」
「本当だね!母さんノーベル賞を受賞なんて凄いや!」
「えへへ…..ノーベル賞を受賞して賞金もらっちゃった」
と、ゲームが用意した架空の物語に喜ぶ妻と子供たち。
そして次に娘がルーレットを回して出た数字の数だけ進んだマスに書かれているのは、『エベレスト登山に成功する』
すると娘は「エベレストかあ。でも私まだ富士山にも登ったことがないから富士山登山に成功の方がいいな」と言った。
そして次にルーレットを回した息子が進んだマスに書かれていたのは、『ロールスロイスを買う』
すると息子は「ロールスロイス?それ父さん持ってるよね?だったら要らないや。だって同じ車が2台あっても仕方ないよね?」と言った。
娘も息子も現実的な言葉を口にするが、それは地に足が着いた生活を心がける妻の教育の賜物だ。だが人生をゲームで疑似体験するならもっと破天荒でもいいはずだ。
「じゃあ次。父さんの番だよ?」
息子に言われ回ってきた司の番。
ルーレットを回し止まった数字の数だけ升目を進んだ。
するとそこに書かれていたのは、『先祖代々の土地を売る』
「おい、ちょっと待て!俺はさっき脱税発覚で追徴金を払ったばかりだぞ?それなのに今度は先祖代々の土地を売るだと?なんで俺ばっかりこんなミッションなんだ?」
すると娘は「でもパパは追徴金払ってお金がないんでしょ?だから土地を売ればちょうどいいんじゃない?はいパパ。ほらこれ。土地を売ったお金よ」と言って司にドル紙幣を渡した。
次に妻がルーレットを回して進んだ升目に書かれていたのは『火星からの使者が来る』という意味不明の文言。
すると妻は「実は言ってなかったけど私土星人じゃなくて火星人なの。だから時々火星から親戚が来るの」と言って笑ったが、子供たちは母親の私土星人じゃなくての言葉にきょとんとしていた。
だが司は妻の言葉に彼女に土星のネックレスを渡した夜のことを思い出していた。
そして次にルーレットを回した息子が進んだ升目に書かれていたのは『牧場の跡継ぎになる』
娘は『逃げたサーカスの像を見つける』といった現実とはかけ離れたものばかり。
だが次に司が回したルーレットの数字が示した升目に書かれていたのは『離婚して子供を手放し、慰謝料を払う』という現実的な文言。
「父さん。母さんと離婚するの?」息子は心配そう言ったが、娘はと言えば、「パパ。離婚するならちゃんとママに慰謝料払ってよね?あ、それから書いてないけど月々の養育費の支払いも忘れないでね。それと親子の面会は月に一度でいい?」と明るく言った。
「……….」
面白くない。
楽しくない。
このゲームの楽しさが全く分からない。理解できない。
それにこのゲームは悪意に満ちている。
だがそう思う司をよそに妻は、「それにしても司って俺は強運の持ち主だって言うわりには、このゲームに関しては悪運の方が強いのかもしれないわね?」と言って笑った。
冬休み。
短くても子供たちにとっては待ちわびていた休み。
それはクリスマスがあるからだが、サンタクロースを信じているのは息子だけで、娘はすでにサンタクロースが父親だと知っていて、こう言った。
「パパ。目が覚めちゃうからプレゼントを置く時は静かに置いて」
あれは3年前の真夜中の出来事。
司は娘が欲しいと言っていた巨大なエンペラーペンギンのぬいぐるみを寝ている娘の枕元に置こうとして床に落とした。
だが柔らかいぬいぐるみを落としただけで娘は目を覚まさなかった。けれど実はそうではなかったのだ。目を覚ました娘はあのとき父親がサンタクロースだと知ったのだ。
そして来年中等部に進学する娘は、いつの間にかおしゃれに気を遣うようになっていて、希望したプレゼントはブーツ。前もって試着をしているようで、サイズとブランドを母親に伝えていた。
そして息子へのクリスマスプレゼントはラジコンカー。妻はサンタクロースが間違えないようにと何かから切り抜いた写真を司に見せてくれた。
「はーい。じゃあゲームは終わり。楽しかったわね!じゃあご飯にしましょうか」
そして食事は笑いながらするのが道明寺家の決まり事になったのは、司が結婚した女性がそうすると決めたからだ。
「食事は誰かとお喋りしながら食べるから美味しく思えるんじゃない?」
お喋りも味付けのひとつだという妻。
だが守るべきマナーは、しっかりと教えていた。
「口に食べ物が入っている時はお喋りしちゃだめよ」
食卓に並ぶ料理は妻が作る時とコックが作る時との半々になる。
それは妻も働いているから。彼女は財団法人道明寺美術館で理事のひとりとして働いていた。
肉汁が溢れるハンバーグは子供たちの好物。司の好きな出汁巻き卵は初めて食べた時と同じ味。里芋の煮っ転がしは結婚するまで食べたことがなかったが、ほくほくとして美味い。
そしてきんぴらレンコンや、ベーコンのエノキ巻きは弁当に入ることもある。
「いただきまーす!」
と元気に言ったのは息子だが、その息子はピーマンが苦手だ。
だから皿の端に除けられている緑の野菜を箸で摘まんで取ってやるのが司の務めだ。
だがそのチャンスを逃すこともある。すると息子は母親から、「ピーマンも食べなきゃダメでしょ?」と言われると恨めしそうに司を見て、「え~だっておいしくないもん」と言う。
「あんたねえ、パパに向かって言ったらバレるでしょ?」と、娘は言ったが、「もうバレてるわよ。父さんが母さんの目を盗んでピーマンを取ってるの。何しろ母さんは火星人だから背中にも目があるんだからね?」と妻は答えた。
家族と食べる美味い夕食。
そこには距離の誓いキャッチボールのような会話が常にある。
そして家族で分け合う笑いがある。
それはクリスマスでなくてもいつでもそこにある光景。
「ほら、駄目よ。ピーマンもちゃんと食べなさい。でないとサンタさん。クリスマスプレゼント持ってきてくれないわよ?」
「えー!ダメだよ!そんなの!……..でもそれよりもサンタさん。プレゼント間違えずに持ってきてくれるかな?」
「大丈夫。サンタさんには優秀なアシスタントが付いてるから絶対に間違えないわよ。それにピーマン食べたらラジコンカーが貰えるなんて凄いことだと思うけど?」
「そうだよね……」息子はそう言うとピーマンに箸を伸ばし、ひとつだけ摘まむと口に運んだ。それから眼をつぶって食べた。そして食べ終わると慌ててお茶を口にしていた。
「ちゃんと食べたの?偉いわね!これでサンタさんがラジコンカーを持って来てくれることは間違いないからね!」
と母親に言われた息子は司に向かってVサインをした。
家は司の一番落ち着く場所。
だらしなくシャツをはだけていても、髪がボサボサでも家族は何も言わない。
それは、いつもスーツ姿でいる男の家族だけが見ることが出来る夫であり父親の姿だからだ。
それに家族は本当の道明寺司を知っている。妻には甘く妻の願いは絶対に叶える男で、子供たちが望むことは、彼らがそれを叶えるための努力に手を貸す男だということを。
そして男は妻に優しい眼差しを向け愛おしそうに匂いを嗅ぐ。
それは凶暴と言われる肉食動物が甘える姿。強面とは違うクールな顏をした男がそんな姿を見せるのは妻の前だけだが、ふたりが出会った頃、未来がこんな風になるとは思わなかった。
かつての司は家族というものに対してなんの感情もなかった。
自分の代で道明寺という家を終わらせればいいと思っていた。
生きた証などこの世に残すなど考えたこともなかった。
だが好きな女性と結婚して子供を持ち家庭を築くと、家族の存在が自分に力を与えてくれることを知った。
そして自分が親となって知ったことがある。
それは子供と喧嘩をしても親の自分が子供を嫌いになることは無いということ。
つまり自分が若かった頃、いくら母親と仲が悪くても母親は母親なりに司のことを愛していたのだということ。それを知ったとき自分には『親の心、子知らず』の部分があったのだと気付いた。
だが、そう思う司に母親は言った。
「親も子供の気持ちがわからないこともあるわ」
司は自分が子供たちにとっていい親なのか。悪い親なのか。
口に出して訊いたことはない。
ただ、子供たちが自分の生きた証としていてくれればいい。
そしてかつては、どうでもいいと言っていた邸が我が家の始まりであり、ここで家族と一緒に暮らせることに幸せを感じていた。
「ねえ司。クリスマスプレゼント。ちゃんと枕元に置いてね?」
「ああ。心配するな。ちゃんと置いてくる」
クリスマスの日。司はサンタクロースの格好はしないが、プレゼントを楽しみに待っているふたりの子供のため、ブーツの入った箱とラジコンカーの箱を抱え東の角部屋を出た。
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