FC2ブログ
2020
10.01

金持ちの御曹司~Ups and Downs~

こちらのお話は「Saudade」の番外編的にお読み下さい。









「恋は麻疹(はしか)のようなものだ」

そんなことを言ったのは、司の幼馴染みで親友の総二郎。
だが司の恋を麻疹のようにすぐに治る病気と一緒にしてもらっては困る。
何しろ司の恋は一生に一度の恋。それは最後の初恋と言われる純粋な恋であり、総二郎のように一期一会と言ってスマートにこなす沢山の恋とは根本的に性質が違う。それにあきらのように年上の既婚者を相手にする陳腐な恋とも違う。
だがそう思う司に対して類は言った。

「司はあいつらの恋をバカにするけど、俺から見たお前だって恋に呆けた男だよ。だってそうだろ?プライドの高いお前が、そのプライドを置き去りにして牧野に縋りついて行かないでくれって言ったんだからさ」

近くまで来たから寄ったという類の言うそれは高校生の頃、彼女が別の男に走ってしまうのではないかと思い彼女の乗ったバスを追いかけた話。
だが何故類があの時のことを知っているのか。

「どうして俺が知ってるのか?牧野から聞いたんだ。昔ばなしだけどあの時の司の焦った顏は見ものだったってさ」

類にそう言われたが司は怒ることはなかった。
そうだ。司は支社長として感情をコントロールすることを心掛けている。
それはアンガーマネジメント。かつて他人に対して攻撃的な行動を取っていた男は、牧野つくしと出会ったことで性格が丸くなった。怒りのスイッチを押す回数が少なくなった。
だがそれでも時にムカつきイライラすることがある。だからその感情をコントロールすることを学んだ。そのおかげで類の言葉も一蹴することが出来た。

「じゃあ。俺帰る。コーヒーごちそう様」

司の執務室を喫茶店のように使う類が帰ると司は執務室を出た。
そしていつものように、こっそり恋人のいるフロアに向かおうとしていたところで女性社員の会話を耳にした。

「私さあ、少し前に牧野さんを見かけたの。それがね?弁護士事務所から出て来るところだったの」

「え?弁護士事務所?」

「そうなの。私、昼休みに妹と会うのに妹の会社が入るビルの前で待ち合わせしてたの。そうしたら、そのビルから牧野さんが出て来るのを見たの。で、そのビルね?妹の会社以外全部弁護士事務所で弁護士ビルなのよ。だから牧野さんもどこかの弁護士事務所に行ってたってことよ。それにそれらしい封筒を手にしてるのを見たの。牧野さん。困ったことでもあるのかしらね?」

司はその話を訊いて首をかしげた。
恋人が弁護士事務所を訪ねるとは、いったいどういうことだ?
それはつまり法律の専門家を雇わなければならない問題が生じたのか?
だがそうなら司に言えばすぐに自分の顧問弁護士に対処させるが何故言わない?
心配になった司は急いで恋人の元へ向かった。だがフロアの恋人の姿はなかった。

司は執務室に戻ると考え始めた。
法律の専門家に頼らなければならない問題とは一体なんなのか。
だが恋人の身ではなく家族の身に何か起こったのかもしれない。
だがそれは一体なんなのか。
そう思いながら目を閉じるとトンボ帰りの香港出張から戻ったばかりの男は眠りについていた。












司はこれまで負けたことがない敏腕弁護士だが、正義は金で買えると思っているところがある。
そんな司は、ある女性の弁護を担当していたが、彼女は不実な夫を西伊豆の別荘のテラスから海に突き落とし殺した罪に問われている。
だが当初、夫が海に落ちた場所は柵が壊れてなくなっていたことから誤って転落したと思われいた。だが、そうではないのではという疑惑が持ち上がり捜査が始まり、検察は起訴に持ち込んだ。
そして裁判が始まったが、女性は交通事故が元で足が不自由になり歩くことが出来ず車椅子での生活を送っている。だから夫を海に突き落とすことなど出来ない。つまりこれは不慮の事故だというのが弁護士である司の言い分だ。

そして司は法廷で検事と対峙していた。

「及川さんはご主人が海に落ちるところを目撃していません。いえ彼女は見ていたとしても覚えていないのです。何しろ彼女の記憶は長い時間持たないのですから。可哀想な彼女は今も何故ここに自分がいるのか理解出来ていないはずです」

及川椿は事故で足が不自由になったこともだが、頭を打ったことで記憶能力の低下が見られるようになっていた。

「異議あり!裁判長。発言を求めます!」

「牧野検事どうぞ」

この事件を担当する検事は司の高校時代後輩の牧野つくし。
彼女と司は短い間だったが交際していた過去がある。
そんなふたりは共に法曹界に入り今は検事と弁護士という立場にいるが、彼女は地味なスーツ姿で司の前にいた。

「弁護人は及川さんが歩くことが出来ないと言いますがそれは嘘です。それに彼女の頭はしっかりしています。こうして車椅子に座っているのも、記憶が持たないフリをしているのも全て嘘です」

「ほう。牧野検事。そうおっしゃるなら証拠を見せて下さい。私の手元には医者が書いた診断書があります。及川椿さんは立つことが出来ない。歩くことが出来ないと書かれている。それに脳に関しても同じで記憶をつかさどる海馬に委縮が見られると書かれている。検察はそれを否定するとおっしゃるんですね?日本で最高と言われる病院の検査結果を否定なさるんですね?」

司は牧野つくしの目をしっかりと見て言ったが、彼女の目は検事である自分の言うことは絶対に間違いないという自信に溢れていた。

「ええ。否定します。それらは全て嘘です。道明寺さん。あなたはそれをご存知のはずです。及川椿さんは立って自分の足で歩くことが出来ます。それに頭もしっかりしています。その証拠は私どもの証人が証言してくれます」

と言って牧野つくしが証人として呼んだのは西伊豆を訪れていた非番の刑事。
彼は駿河湾の上、ちょうど別荘の下あたりに船を浮かべ釣りをしていた。そしてそのとき女性の夫である及川徹が落ちて来るところを目撃したと言う。
そして断崖の上に目を転じたとき、そこに長い髪の女性が立っていたと言った。

「では刑事さん。まずあなたのお名前と立場をおっしゃって下さい」

牧野つくしは証言台に立った刑事に言った。

「はい。私の名前は船越英二郎。麻布警察署の警部補です」

「船越警部補。ありがとうございます。ではお伺いします。あなたは及川さんが落ちて来るところを目撃した。そして断崖の上には髪の長い女性がいて下を見ていたんですね?」

「はい。そうです。私は目がいい。あの場にいたのは、そこにいる及川椿さんに間違いありません」

警部補の船越英二郎はそう断言して車椅子に座っている椿を指差した。
すると司は声を上げた。

「裁判長!異議を申し立てます。船越警部補は自分の目は確かだと言いましたが、本当にそうでしょうか。何しろあの場には後からですが三条桜子さんが駆けつけて壊れた柵の間から下を見たと言っています。それに三条さんも髪が長い。警部補は彼女と私の依頼人である及川さんを見間違えたのではありませんか?」

「証人。いかがですか?」

裁判長の問いに刑事の船越はそんなことはないときっぱりと否定した。
そして次に証言台に立ったのは司の証人だ。

「それではわたくし共の証人にも話を訊きましょう」

司がそう言うと女性が口を開いた。

「私は片平さなぎと申します。片平葬儀社の社長をしています。
弊社は亡くなられた及川様の葬儀を担当させていただきましたが、打ち合わせで西伊豆の別荘を訪れたとき、三条さんが奥様の椿様にご主人は亡くなれたと一生懸命お話していらっしゃいました。でも奥様は分からないといったご様子で戸惑っていました。そしてご主人の帰りは何時なのと言って三条様を困らせていました。それにそのとき奥様は立てない足で立ち上がろうとしたのか、膝から崩れ落ちるように地面に倒れてしまわれました。そこは水たまりの上でした。ですから奥様は水の中に倒れ泥を被ってしまわれました。もし奥様の足が動くなら咄嗟になんとかしたはずです。でも奥様は何も出来ませんでした。手をつくこともできなかったんです」

司の証人は椿の足が不自由でなければ泥水の中に倒れ込むことは無かったはずだと言った。
それに記憶を長い時間保つことが出来ない椿だが、夫のことを心から愛していると証言した。

司は検事の牧野つくしに言った。

「牧野検事。あなたはどうしても私の依頼人を犯罪人にしたいようですが、それは私が彼女を弁護しているからではないですか?あなたは彼女を罰したいのではない。あなたは私を打ち負かしたいだけじゃないんですか?これまで負けたことがない私が負けるのを見たいと思っている。違いますか?」

「道明寺さん。それはどういう意味でしょうか?おっしゃっている意味が分かりません。
あなたの今の言い方は女性検事の私をバカにしているように聞こえますね?それにまるで私があなたに個人的な恨みがあるように聞こえます」

と、牧野つくしは言ったが、司が言ったことは正しいはずだ。
そしてふたりの過去を考えたとき、彼女は自分を振った司を許していないような気がしていた。

ふたりが付き合っていたのは高校生の頃。
ひとつ年上の司は先に高校を卒業してアメリカの大学に進学したことでふたりは離れ離れになった。だが司は牧野つくしと遠距離恋愛をするつもりでいた。しかしニューヨークと東京という1万キロ以上の距離は、ふたりの心を繋ぐことが難しかった。
結果としてふたりは別れたが、別れようと言い出したのは牧野つくしの方であり司ではない。
それは彼女いわく司から別れの手紙を貰ったからだ。しかし司はそんな手紙など書いていない。その手紙を書いたのは当時ふたりの交際を邪魔していた人間の仕業だ。だが彼女はその手紙を司からの手紙だと信じ別れの言葉を口にした。

「牧野……あの時のことだが俺はお前と別れたいなど思ったことがない。それに俺はお前と別れたいという手紙など書いた覚えはない。あれは俺の筆跡を真似た誰かが書いたもので俺が書いたんじゃない。どうせお前のことだ。あの手紙。持ってんだろ?それなら筆跡鑑定に回せばいい。そうすりゃ俺が書いたものじゃないことが分かるはずだ」

「道明寺さん。ここは法廷ですよ?この事件に関係ない話は止めて下さい。それにいきなり何を言い出したかと思えば益々あなたの話は訳がわかりませんね?」

「牧野….」

司は牧野つくしの名前を呼んで検事席にいる彼女に近づいた。

「な、なによ….それにさっきから牧野牧野って呼び捨てにしないでくれる?私は牧野検事よ!」

「牧野。お前が検事でもお前は俺にとってはただの牧野だ。いいか。お前は牧野で俺は道明寺だ。それにいい機会だから何度でも言わせてもらう。あの手紙は俺が書いたものじゃない。絶対に違う。これは神に誓ってもいい」

そう言った司は地味なスーツの女の真正面に立つと彼女を見下ろした。

「今更そんなこと言っても言い訳にしか聞こえないわよ…..それにあの手紙があなたの書いたものじゃなくても、あなたは私が別れると言ったのを引き留めなかったじゃない!もし本当にあの手紙があなたが書いたものじゃないならもっと強く言えばよかったでしょ?俺が書いたものじゃないって!それに私のことが本当に好きだったらどんなことをしても私を引き留めたはずよ!それなのにあなたは私を引き留めなかったわ!あなたはあっさりと私の言葉を受け入れたわ。食い下がらなかったじゃない!」

確かにそうだ。司は別れを口にした彼女に食い下がることはしなかった。

「牧野……」

「何よ!高校時代はあんなにしつこい男だったのにアメリカの大学へ行ったら人が変わっちゃって…..」

司は彼女の言うことはもっともだと思った。
だがあの頃の司は学業に追われていたこともだが、自分は彼女を幸せに出来るだろうかという思いもあった。

「牧野。悪かった。あの頃の俺は自分に自信がなかった。だからお前から別れたいと言われたとき、お前の意思に従おうと思った。それでお前が幸せになるならそれでいいと思った」

司は優しい目で牧野つくしを見ていたが、彼女は司を睨み返していた。
そんな彼女の目を見て司は思った。
牧野つくしが言った通り司は強引な男だった。
そして彼女がそれを待っているように思えた。
だから司は検事の牧野つくしを抱きしめた。

「ちょ……ちょっと!何するのよ!ここは法廷よ!裁判中よ!さ、裁判長!止めさせて下さい!ちょっと道明寺!離しなさいよ!きゃー何するのよ!離しなさいよ!」

司はつくしにキスをしようとしていた。
だから牧野つくしはされてなるものかと必死に抵抗していた。だが司は離すものかと彼女の身体を抱きしめた。

「牧野…..悪かった。許してくれ。俺は今でもお前のことが好きだ!」

「何が好きよ!もう離してよ!それに止めて!キスしないでよ!」

「牧野…..牧野…..」

司は必死で抵抗する女の唇に唇を重ねようとした。
それは最愛の人に愛を伝えたいから。
それに山のように愛を与えたいから。
もうこれ以上要らないと言われても余すことなく愛を与えたいから。
だからまずはキスから____

「支社長!!」

「は?」

司は自分を支社長と呼ぶ声に目を開けた。
すると司が抱きしめているのは秘書。
司はギョッとして慌てて西田の身体を突き飛ばした。















「牧野。お前何か心配ごとでもあるのか?だから弁護士が必要なのか?いや。お前じゃなくても親父さんとかお袋さんとか….」

司は仕事を終え恋人と待ち合わせの場所に行ったが、そこには女子社員が言っていたように弁護士事務所の名前が入った封筒を手にしている恋人がいた。
だから訊いた。

「ああこれ?ここ進がお世話になってる弁護士事務所よ」

司はそう言えば、と思い出した。
恋人の弟は今年司法研修所を終え弁護士として働き始めたということを。

「あの子。この前うちに寄った時忘れ物をしてね?それを届けに行ったらこれ、御礼にってくれたの。大したものじゃないけどよかったらあんたにもどうぞって」

と言って封筒の中から恋人が取り出したのは、弁護士事務所の名前入りの黒と赤と青の3色ボールペンが3本。
恋人はそのうちの1本を司に差し出し、「でもあんたに3色ボールペンなんて似合わないわよね?」と言って笑ったが恋人がくれるものならエコバッグもそうだが、どんなものでも喜んでもらうのが司のポリシーだ。それに恋人とお揃いのものなら嬉しいことこの上ない。

「でも進、3本くれたから、1本余るわね?類にあげ_」

「いいや。類には渡すな!絶対に渡すな!余るなら俺にくれ」

司は類とお揃いになるなどとんでもないと恋人から2本の3色ボールペンを貰うと、いや奪うとスーツの内ポケットにさっさと仕舞った。
すると、その様子を見た恋人はクスッと笑った。







司の感情の浮き沈みは牧野つくしの行動に依るところが大きい。
それは彼女の表情。彼女の言葉。そして彼女の態度が司にとって何よりも大切だということ。
そして、いい時も悪い時も彼女が傍にいてくれれば、それだけで気持が上がる。
それは獰猛な犬も飼い主が命じれば大人しくなるのと同じで、司も恋人に何か言われれば、その通りにするのだから男は単純な生き物だ。
それに小さな声で好きと言われるだけでこの世の全てを手に入れた気になれる。

「牧野。俺のこと好きか?」

「え?何よ、突然」

「いいから答えろ。好きか?」

「もう……本当に我儘なんだから…….」

「ああ、俺は我儘だ。お前に関しては輪をかけて我儘だ。だから言ってくれ」

その言葉に恋人は少し間を置いた。
それから小さな声で言った。

「…..好きよ。好き。あんたのことが好き」

その言葉に司は立ち上ると恋人をギュッと抱きしめていた。




にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



Comment:9
back-to-top