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2020
09.03

さよなら、夏の日

「ああ重かった」

そう呟いた恋人は、家の近所の八百屋で買ったという大きなスイカを手に司のペントハウスを訪れた。
重い物を持って来るなら迎えに行ったのにと言ったが、「いいの。いいの。だってアンタ疲れてるでしょ?」と言うと「ヨイショ」とキッチンのカウンターにスイカを置いて「食べる?」と訊いてきた。
だから「ああ、食う」と答えた。すると恋人は、「じゃあ冷やすから少し待って。だってスイカは冷やして食べた方が美味しいから。でもあまり冷やし過ぎても美味しくないのよね。
それからお昼まだでしょ?適当に作るけどいいわよね?」と言うと「バケツ、バケツ」と言って勝手知ったる納戸からバケツを取り出したが、それは家にバケツがないという男に驚いた恋人が「これ知ってる?すごく便利なの」と言って持ってきた折りたたみ式のバケツ。その中にスイカを入れ、バスルームに持って行くとスイカの上にタオルを掛けた。そして「この上からチョロチョロ水をかけ続けると冷えるから」と言い、寝起き姿でその様子を見つめる司に「ねえ?シャワー浴びてきたら?」と言った。だから司はスイカが水浴びをしているのとは別のバスルームに向かった。









「仕事終わった?____じゃあこれから行ってもいい?__え?___うん。実は近くまで来てるの」

司が金曜の夕方から取りかかった仕事は急を要するものだった。
だから徹夜覚悟で挑んだが、実際終えたのは土曜の午前5時。そしてそれをメールで西田に送るとそのまま寝たが、12時にかかってきた恋人からの電話で目が覚めた。

不思議なものだ。
毎日忙しくしているが恋人の声を訊けば疲れは吹き飛び力がみなぎる。そしてパワーが貰える。
声だけでそうなるのだから会えば尚更のことで、恋人が訪ねて来るのは大歓迎だ。
だから玄関の扉を開け「おはよう道明寺。お疲れ様」と言われれば、疲れ切った脳細胞も元気を取り戻す。
そしてシャワーを浴びた司は、恋人が適当に作ると言った昼食を食べたが、それは卵が沢山使われたオムライスと野菜サラダ。だが司の冷蔵庫には卵はない。いやそれ以前に料理に使えるような物がない。だから材料は恋人が持ってきたものだが、スイカと一緒に持ってきたのだから大変だったはずだ。そう思うと尚の事、迎えに来て欲しいと言えばいいものの、寝ている人間を起こすことはせず近くまで来て電話をした。

だがそれにしても何故スイカを持ってきたのか?
だから司は訊いた。すると「だって今年の夏はスイカ食べてないでしょ?」という返事が返ってきたが、夏にスイカを食べていないことが問題なのか。
司は特段スイカに興味もなければ思い入れもない。だから別に食べなければ食べなくてもいい。けれど恋人の人生では夏にスイカを食べることが行事として確立されているのか。DNAがスイカを食べることを求めるのか。スイカの季節は夏だが夏が終わる前にどうしても食べたかったようだ。




「そろそろ食べごろかも?」

そう言った恋人はバスルームからスイカを持ってきた。
そして、まな板の上でスイカの真ん中を包丁で切ったが、半分になったスイカの片方には、「また後で」と言ってラップをかけると冷蔵庫に入れた。
それから残った半分を四等分に切り、半月の形になったスイカを皿に乗せ「ねえ、外で食べない?」と言ってリビングから繋がっているテラスへ出ようと言った。


司が半月状に切られたスイカを食べるようになったのは恋人と付き合い始めてから。
それまではシェフの手で小さくカットされたスイカをフォークで食べていた。
当然だが緑の皮は付いておらず一番甘い部分だけ。それに黒い種は可能な限り取り除かれていた。だから初めて恋人と一緒に半月状に切られたスイカを食べたとき、彼女が口の周りに黒い種をつけている姿がおかしくて笑った。

すると「なに笑ってるのよ?スイカっていうのは、こうやってかぶりつくのが正しい食べ方なのよ?それにスイカは赤い所が消えるまで食べるのよ?上の方だけちょっとだなんて贅沢な食べ方をしたら怒られるんだからね?あ、でもカブトムシやクワガタを飼ってるなら赤い所を残しておかなきゃダメなのよ」と言い再びスイカをかじった。

そして「スイカと言えばおばあちゃん家の縁側でセミの合唱を訊きながら食べたのが一番おいしかった」と言葉を継いだのを覚えているが、あれは何年前のことか。
今でもスイカを食べる時には口の周りに種を付ける恋人は、テラスにある縁側風のベンチにスイカを乗せた皿を置いて座ると言った。

「かき氷もいいけどやっぱり夏はスイカよ。今年は夏祭りも無かったし、花火大会も無かったけど、スイカだけは食べなきゃ夏が終わらないわ」

恋人はスイカを食べなければ夏が終わらないと言ったが、確かに今年はいつもと違う夏が訪れた。
それは、治療薬の無いことから世界中で猛威をふるうウイルスが、これ以上広がらないように人が大勢集まることが禁止されたから。
だから神社の夏祭りは中止され屋台が並ぶことはなかった。
それに毎年行われる花火大会は、いつもならここからその様子を見ることが出来たが、神社の祭りが中止になったのと同じ理由で開催されることはなかった。

「それに今年は綿あめを買うことが出来なかったでしょ?それからヨーヨー釣りも出来なかった。だからせめてスイカだけは食べなきゃね?」

ふたりは毎年司のペントハウスの近くにある神社の夏祭りに足を運んでいたが、そこで司が楽しみにしているのはリンゴ飴を買うこと。だが高校生だった頃、司は恋人に「自分が庶民の食べ物を美味いと思うことはない」と言った。
だがいざ食べてみれば、ただ甘ったるいだけの食べ物だと思われていた飴も最愛の人が舐めたとなれば味は違った。だから司はリンゴ飴を見つけると1本だけ買い、それを恋人と舐め合うことを楽しみにしていた。
だが今年はそれも出来なかった。

「それに商店街の夏祭りもなかったでしょ?だから抽選会もなかった。今年はどんな景品があるか楽しみにしてたのに残念。それに今年は絶対に一等賞を取るつもりでいたのに!」

買い物金額に応じて渡される抽選券をため、六角形の木製の箱に付いた取っ手を回して出た玉の色で商品が決まる商店街の抽選会。
昨年恋人が狙っていたのは一等の電子レンジ。恋人の家の電子レンジはタイマーが壊れていて充分温めがされないまま終了の音がなる症状が出ていた。だから司が新しいのを買ってやると言えば、「大丈夫。まだ使えるから。それに福引で当てるから」と言ったが当たらなかった。そしてそれからすぐに電子レンジは壊れた。だから司は最新式のオーブンレンジを届けさせた。
だが今年は商店街の夏祭りもない。

「なんだか今年の夏は別の意味で忘れられない夏になったね?」

そう呟いた恋人は司と自分の間に置かれているスイカを手に取った。

「でもスイカは食べなきゃ。だってこんなに大きなスイカ。売れ残ったら可哀想でしょ?八百屋さん安くしてくれたんだし」

と言うとスイカにかぶりついた。
だから司もスイカと手にすると同じようにかぶりついた。







人は今年の夏を何もない夏。我慢の夏と言う。だが司はどこに行くことが出来なくても、恋人が傍にいればそれで充分だ。最愛の人と家で過ごす時間が増えたことを嬉しいと思う。
だが来年の夏は神社の夏祭りも花火大会も商店街の抽選会もあることを望んでいる。
それは来年の夏がいつもの夏に戻っていることを願う気持だ。
それに時は止まることはない。
だから時がいい方向に流れて行くことを願っている。
いや。きっと状況は良い方に変わって行くはずだ。

「ねえ。なんだか雲行きが怪しくなってきたみたい。ほら。あれ雨雲じゃない?」

そう言われ空に目をやれば、確かに黒い雲が湧いているのが見えた。
それに冷たい風が吹き始めた。

「雨。降りそうね?」

「中に入るか?」

「うん」

二人はスイカを乗せていた皿を手にすると部屋の中に戻った。
やがて空が翳り始めたが、降り出した雨は天地を揺るがす雷鳴を伴う嵐になり、窓を閉めていても、ごうごうと風が鳴っているのが分かった。そしてテラスは波打つほど水浸しになった。
だが暫くすると、雨は上がり風もピタリと止んだ。
そして雲は去り太陽が顏を覗かせたが、そこには雨の置き土産があった。
空に現れたのは大きな虹。それも幸運の縁起物と言われるダブルレインボー。
それが何もなかった夏の終わりに打ち上げられた特大の花火に思えた。





< 完 > *さよなら、夏の日*
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今年の夏はこれまでとは違った夏になりましたが、皆様にとってはどのような夏だったでしょうか。来年の夏がいつもの夏に戻っていることを願わずにはいられません。
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