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2020
04.03

幸福の黄色い絨毯

<幸福(しあわせ)の黄色い絨毯>









「それで?司の様子はどうなんだ?」

「あの子は大丈夫。ちょっと驚いただけよ」

「そうか。それにしても司が親になるとはな。何か信じられんような気もするが君はどう思う?」

「あなた。司は結婚したんですもの。それに妻となった女性を愛しているんですもの。
だから子供が出来ることに不思議はありませんわ。それにあなたもご存知の通り司はつくしさんに出会ってから変わりました。大学生の頃から早く結婚したいと口にしていたくらいですもの。それにしてもあの子が早く家庭を持ちたいと願うとは…昔のことを思えば信じられませんでしたわ」

「そうだな。司は道明寺の家など自分の代で潰してやる。どうなってもいいと言ったことがあったそうだが今の司はそうではない。それに今の司の顏は立派な男の顏だ。自分の立場を理解し家族を守ることを決めた男の顏だ。だから司がどんな親になるのか楽しみにしている。
だが私は司が子供の頃に傍にいることはなかった。親として何をしたかと言われれば何もしていない。そんな父親だがあの子は私を子供の祖父として受け入れてくれるだろうか?」

「あなた。受け入れるもなにも司は自分の父親のことを尊敬しています。それにあの子に拒否されると心配しているならそれは杞憂ですわ。あの子はつくしさんと出会ってから変わりました。つくしさんがいるから今のあの子がいるんです。だから司は父親であるあなたの事を迷惑だなんて思わないわ。喜んで祖父として受け入れてくれるはずです」

「そうか….そうだといいんだが….。
それにしても司の少年時代はわんぱく小僧だったが、今は副社長として立派に仕事をしている。それもこれもつくしさんに出会ったからだな。きっと司は彼女のためなら素手でライオンと戦うことも厭わんだろう」




楓は夫とジェットで太平洋の上を移動していた。
それは東京にいる息子の秘書からつくし奥様が破水して入院したという連絡を受けたから。
その連絡にすぐにジェットを用意しろと言ったのは夫だった。
道明寺財閥の総帥であり楓の夫である道明寺祐は病で命が危ぶまれたことがあった。
そのとき息子は財閥の跡取りとして渡米することを決めたが、我が子がひとりの女性のために自分を変えようとしたことを知った夫は、息子を変えた牧野つくしという少女に興味を持った。そして少女のことを調べ、彼女の人となりを気に入った。
それにしても、我が子の手に負えなかった少年時代をわんぱく小僧だと言って笑った夫は、自分の若かりし頃のことを息子に重ねているのか。
そう思う楓の脳裡にはまだ結婚する前の夫の姿が思い出された。










楓は美しさと聡明さを備えた娘だと言われていたが、自分の生き方を自由に選ぶことは出来ないと知っていた。
それは楓の家が旧家であり資産家だったから。だからその家柄に合う家へ嫁ぐことは分かっていた。そして女子大の卒業を間近に控えたある日。父親から道明寺家の長男と結婚することになったと告げられた。

親の決めた結婚相手に否とは言わなかった。
それに相手のことを知ろうとも思わなかった。
それは、これまで楓が誰かを好きになる。恋をするという経験をしてこなかったことから、結婚相手などどうでもいいと思っていたからだ。
だが道明寺家と言えば知らぬ者はいないと言われる資産家であり日本を代表する企業をいくつも所有する大財閥。その家の長男と結婚するということは、跡取りを生むという役目がある。つまり役目が果たせなければ、嫁としての立場が失われることも知っている。
夫になる男は楓に子供が出来なければ愛人を作るか。それとも楓とは縁を切ることを選び他の女性を妻として迎え入れることになるのか。どちらにしてもそれは旧家や資産家ではよくある話だ。

そしてその男と会う日。待ち合わせの料亭に現れたのは、ポマードでリーゼントを決めた頭に、鋲が打たれた黒い革ジャンとジーパン姿で大型バイクに跨った2メートル近い大きな男。
楓は思った。結婚する相手との顔合わせに砕けた服装で現れた人物は本当に道明寺家の跡取りなのかと。
だがその男の後ろに現れた黒縁の眼鏡をかけたスーツ姿の男性が慌てた様子で「専務。着替えをなさって下さい」と言ったことから、目の前の男が楓と結婚することになる道明寺祐だと知ったが、その風貌から街中を騒々しい音を立て走り回る暴走族だと思われてもおかしくはなかった。
それにバイクに現を抜かし、結婚相手との顔合わせの場で常識外れの格好をする男が道明寺家の跡取りだとすれば財閥の将来は見えたと思った。
だが男は言った。

「あなたが私と結婚する人ですか?申し訳ない。私はあなたと結婚するつもりはありません。いや失礼。あなたが嫌だと言うのではありません。いずれ私は誰かと結婚しなければならないことは分かっている。だが私はまだ自由でいたい。誰かに縛られるのはまだ早いと思う。だから今回のことは両親が決めたこととは言え無かったことにして欲しい。そのことを謝ろうと思いここに来ました。大変申し訳ない」

と言った男は頭を下げた。

「それにあなたもせっかくの休日を私のような男との会食に費やすよりもっと有意義なことにお使い下さい」

と言った男は楓に背を向けると立ち去ろうとした。
そのとき楓は咄嗟に男の革ジャンに手を伸ばし掴んでいた。
そして振り向いた男に言った。

「あの……バイク。後ろに乗せてくれませんか?」

少し沈黙があった。
男は「その恰好で?」と言った。
だから楓は「はい。この恰好ではダメですか?」と言ったが男は再び沈黙してから「いいよ」と言って笑った。







楓は男から、これを着てと革ジャンを渡されたことからワンピースの上に羽織ると、ハイヒールで大型バイクの後ろに乗ったが、初めて乗る大型バイクの後ろは、エンジンがかかると大きな音を立て、それと同時に振動が身体に伝わった。

「じゃあ行くよ。しっかり掴まって」

そう言われた楓はどこに掴まればいいのか分からなかった。
するとその躊躇いを感じ取った男は、「私の腰にだ」と言って楓の手を取り自分の腰に回させた。

初めて乗った大型のバイク。
いや、それ以前にバイクに乗ったことはない。だから風を切って走るのは初めてだ。
それに男の腰に腕を回し、しがみついたのも初めてだった。
そして大きな背中から伝わる温もりは、これまで感じたことのない温もりだった。

咄嗟に掴んだ男の革ジャン。
何故そうしたのか。
楓は自分が旧家の因習と保守。義務と責務に囚われているのに対し、道明寺祐は同じような家柄に有りながら、それらに反抗するようにリーゼント姿で大型バイクに乗っている。
だからその姿に自分に無い何かを感じた。

男がどこに向かうのか分からなかったが、バイクの後ろから黒塗りの車が追尾しているのは分かっていた。だから不安はなかった。
そしてバイクの後部座席から見る景色は、これまで幾度となく見た景色であり見慣れた景色。
けれど車の中から見える景色には色が付いてなかった。だが今こうして風を切って走るバイクの後部座席から見る景色には色があった。それは芽吹く木々の色。空の青さ。太陽の光りが反射するビルの窓。そして風の音と排気ガスの匂いだ。

やがてエンジン音を高鳴らせるバイクは混雑する都内を抜け、交通量の少ないどこかの街の中を通り抜け、くねくねと曲がる山道を通って行くと見晴らしのいい場所に出た。
そして男はバイクのエンジンを止めると後部座席から楓を降ろした。

「ここは?」

楓は隣に立つ道明寺祐に訊いた。

「ここは私のお気に入りの場所だ。ひとりになりたい時にここに来る。とは言っても厳密に言って私がひとりになれることはない」

振り向いたそこに見たのは黒塗りの車が2台。
それは道明寺家の車と楓の家の車。だが楓は車のことなどどうでもよかった。
それよりも目の前に広がるパノラマに心を奪われた。だから楓は静かに目に映る景色を眺めていたが、やがて訊いた。

「あの。ここにはいつもバイクで?」

「いや。車で来ることもある」

そう言った道明寺祐の視線が楓の横顔を見た。

「ここもいいけど、もっといい場所もあるが見るかい?」

「ええ」

楓は迷うことなく答えたが、連れて行かれたのは、そこから少し離れた日当たりのいい平坦な場所。目の前にあるのは三角定規の斜辺のような斜面。そこに見たのは黄色い花が絨毯のように広がる光景。

「この花はフクジュソウ。フクジュソウはスプリング・エフェメラル。春を告げる花と言うが、この花は一株に一輪しか花を付けない小さな花だ。それにスプリング・エフェメラルの名の通り花は初春に咲いて枯れる。春の短い命だ。だがまた来年には花を咲かせる。ここでね」

「きれいね」

楓は呟いた。

「それに可愛い花だわ」

「そう思うか?」

「ええ。でも可愛いだけじゃないわ。寒かった冬が終わって春が来る。そのとき一番に咲く黄色の花は力強いパワーを感じるわ。それに明るい未来を感じさせるわ。命の息吹を感じる。そう思わない?」

と言った楓は祐を見た。








あの日以来、楓は祐に誘われると、彼のバイクの後部座席に乗って出掛けるようになった。
それは、自分でも思いもしなかったことだが、祐にとっても同じだったようだ。
初めて会ったあの日。髪をリーゼントにしていたのは、その風貌を見た楓が彼との結婚話を断るようにするためだと言った。それに祐の髪は癖がある髪だったことから、ポマードを付けることでその癖を隠すことが出来るからだと言った。
そして女神アフロディーテに愛されたと言われるアドニスのような美しさを持つ男は、「私の髪は私と同じで扱いにくい髪なんだよ」と笑ったが、ポマードを付けない祐の髪は確かに癖の強い巻き髪だった。

そんな道明寺祐は頭のいい男性だった。
だがただ頭のいい男性ではなかった。
気骨のある、それでいて平気で冗談も言う男性は楓の心を掴んだ。

だがある晴れた日。祐は楓と一緒に出掛けた帰りに事故に遭った。
それは伊豆半島の道沿いにある駐車場から出ようとしたとき、楓が風で飛ばされたスカーフを追いかけ車道に出たことで起きた。
そのとき訊いたのは怒鳴り声。そして車の急ブレーキの音。
楓は気付けば車道の端にいたが、目の前には血を流した男性が倒れていて、それが祐であることに気付いたとき叫んでいた。

祐は走って来た車から楓を守ってはねられた。
幸い命は助かった。骨折はしたが折れた骨はいずれ繋がると言われた。
そして楓は見舞いのため何度も病院を訪れた。だが何度行っても会えなかった。
だから手紙を書いたが返事はなかった。
何故会えないのか。何故手紙の返事がこないのか。
やがて交通事故で入院していた道明寺祐が仕事に復帰したことが記事になった。
だから自宅にも会社にも電話をかけた。だが不在だと言われ繋いではもらえなかった。
そしてある日、父親から告げられたのは、道明寺祐との縁談は破談になったということ。
父親は理由を言わなかったが何かが起きたことだけは分かった。
そしてある日、楓はなんとかツテを頼って祐に会ったが、ホテルの部屋にいる彼はスーツ姿で窓辺に立っていた。

「祐さん。良かった。ご退院おめでとうございます。お身体が回復して本当に良かった」

楓は離れた場所でそう言葉をかけたが、本当はもっと近くへ行きたかった。
だが、そこにあるのはこれまでになかった遠慮。それは自分のせいで怪我をさせてしまった人への申し訳なさだ。

「楓さん。ご心配をおかけしました。お蔭様でこの通り元気になりました」

と答えた祐の態度はこれまでと変わらなかった。だがどこか違和感があった。
それは部屋の中にいるというのに祐の左手には革の手袋が嵌められていたからだ。

「ああ。これかい?バイクに乗ってきたからね」

楓の視線を感じた祐はそう言ったが、祐がスーツ姿で大型バイクに乗るとは考えられなかった。それに手袋はバイク用の手袋ではなく、しなやかで上品なブラウンの革手袋。それを片方だけ嵌めている。
楓は祐の傍に行くと、初めて会ったとき自分に背中を向けた男の革ジャンを咄嗟に掴んだのと同じように彼の左手を掴んだ。
するとその手には違和感があった。

「祐さん…….」

楓は言葉に詰まった。

「あなた…….」

「楓さん。そんな顏をしないでくれないか。これは君のせいじゃない。ただ私が上手く車をよけきれなかっただけの話だ。それにしても失敗したな。バイクに乗って来たなら片方だけの手袋じゃダメだ。両方嵌めるべきだった」と言った祐は笑みを浮かべた。

楓が祐の手袋が嵌められた左手に感じた違和感。
それは5本あるはずの指のうち小指の部分の指が感じられなかったこと。

「楓さん」

祐は楓の名前を呼ぶとひと呼吸おいてから言った。

「私の指が失われたからと言って、そのことで自分を責めないで欲しい。それに左手の指全部が無くなったんじゃない。無くなったのは小指の一部分だよ。
そんな指をあなたの目に触れさせたくなかった。だからこうして手袋を嵌めていたんだが、勘のいいあなたは部屋の中で手袋を嵌めている男をおかしいと思ったんだね」

楓は泣きたくなった。
祐は失ったのは小指の一部分と言ったが、楓を助けたことで失った指は第二関節から上の指。
自分のせいで好きになった人の大切な身体が傷つき、そして失われてしまった指を思えばどんなに謝っても許してはもらえないと思った。
そして結婚が破談になったのは、指を失うことになった女が許せないからだと思った。

「楓さん。泣かないで下さい。これは本当にあなたのせいじゃない」

「それなら!」

楓は思わず大きな声を上げていた。

「どうして私との結婚を止めたの?」

と言ったが祐に言われるまで自分が泣いていたことに気づかなかった。

「楓さん。私はあなたに私の怪我のことを悔いながら人生を送って欲しくない。
所詮私とあなたは親同士が決めた結婚相手だ。そんな私と無理に結婚する必要はない。それにもし罪の意識にかられて私と結婚するというなら、それは自分を犠牲にしているということになる。私は自分を犠牲にして結婚するような人とは結婚したくない」

と言った祐は左手を楓の手から引き離し、「何故なら私はあなたのことが好きだから。好きな人が私を見るたび辛い思をするなら結婚することは出来ないよ」と言葉を継いだが、その言葉に楓は涙が止まらなくなっていた。

「私は親が決めたからあなたと会っていたのではありません。それに罪の意識で結婚するんじゃありません。それにあなたにバイクで出掛けようと誘われて嬉しかった。だからいつも喜んで出掛けたわ。そんな私の気持をあなたは分かっていると思っていたわ」

楓は引き離された祐の左手を再び手に取った。

「私はあなたのことが好きだから結婚するんです。私はあなたと結婚したいんです!」










「楓。そろそろ東京に着くぞ」

「あら。もうそんなに時間が経ったの?」

楓は夫の声に瞳を開けたが、身体には毛布がかけられていた。

「ああ。君は目を閉じたと思ったら、そのまま寝てしまったようだが、微笑んでいたから何か楽しい夢でも見たのかね?」

そう言われた楓は笑みを浮かべて答えた。

「ええ。楽しい夢を見ました。私とあなたが出会った頃が夢に出てきたんです」

「そうか。懐かしい話だな」

「ええ。そうですわね。随分と懐かしい話ですわ。黄色いフクジュソウが沢山咲いていたあの場所。あの場所は今でもあるのかしら。もしそうなら今頃あの斜面には沢山の花が咲いているはずね?」

「そうだな。君と初めてあの場所に行ったのは丁度今頃の季節だったな。そう言えば、『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』という映画があったが、あそこは私たちにとっては幸せの黄色い絨毯だ。何しろフクジュソウの花言葉は幸せを招くと言うじゃないか。まさにその通りで私は君とあの場所を訪れて恋におちたんだからな。よし!孫に会った後、あの場所に行ってみるか?」

「ええ。いいわね。そうしましょう」

と言うと楓は自分の右側にいる夫の左手を握った。













暖かい風に乗って様々な匂いが香るようになった。
そして、世の中がどんなに殺伐としていても季節が廻れば花が咲く。
それはスイセンだったり桜だったりするが、このふたりの前に間もなく咲くのは小さな命の花。
いや。こうしている間に新しい命はもう咲いているかもしれないが、その命がこれから先どんなふうに花開くのか。
だがどんな花を咲かせようと、その命は尊いものであり、ふたりの命を受け継ぐかけがえのない命。そんな命の輝きは美しいはずだ。
だから、ふたりは会う前から小さな命の成長を心から楽しみにしていた。





< 完 > *幸福(しあわせ)の黄色い絨毯*
こちらのお話が、先が見通せない現在のこの状況に於いて癒しのひとつになれば幸いです。
そして皆様。張り詰めた毎日をお過ごしのことと存じますが、体調を崩されませんよう、どうぞご自愛下さい。   アカシア
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