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2020
03.03

また、恋が始まる 11

アルマトイからキルギスの首都、ビシュケクまでジェットでの移動は約45分。
離陸したかと思ったらあっという間に着陸した。
つくしは、この街に来たことがある。その時は乗り合いバンで陸路国境を越えたが移動に4時間かかった。
そしてその時窓から見たのは広い草原。山と草原の国と呼ばれるキルギスは中央アジアのスイスと呼ばれているが、札幌と同じ緯度のビシュケクは緑の溢れるのんびりとした街だった。

空港に迎えに来ていた車は2台。1台目の車に乗り込んだのは、副社長とつくしと運転手の隣にボディガード。西田と高橋と他のボディガードは2台目の車に乗ったが、機内で西田からこれから会う相手が変更になり大統領になったと訊かされた。

「高橋からお知らせしていたように当初は首相と面会する予定でしたが、大統領がどうしても副社長に会いたいとスケジュールを調整されたそうです。何しろ世界的な企業である道明寺グループの副社長が、突然この国を訪れることに驚かれているようですが、これまで日本はこの国の発展のため有償無償問わず援助をしてきました。大統領としては今後も日本からの援助を期待することもですが、我社にこの国へ投資してくれるように訴えたいのでしょう」

日本の国土の約半分の面積のキルギスは資源が貧しい国だ。
だから海外からの投資を呼び込もうにも魅力に欠ける。だからこそ大統領自らが世界的企業のトップに会いたいと望んだのだろう。

それにしても面会相手が大統領に変更になったことには驚いた。
だが相手が誰になったとしても通訳としての仕事を全うすればいい。
それに今回は相手が国の要人ともなれば、その人物の傍には日本語の通訳がいて、男が話す日本語は、その通訳が大統領に伝え、つくしは大統領が言った言葉だけを男の耳に伝えることになるはずだ。
だが突然のことで日本語の通訳が手配できないことも想定されるが、あらかじめ首相と面会することが分かっていたから、会う前にやっておかなくてはならないことをメモしていた。

それはアルマトイの市長との面会の時のように、相手が日本語を理解できないことをいいことに、延々とつくしに対する思いを口にするということ。
だから今回もあの時と同じようなことを言い出すなら、それなりの答えを用意しておかなければ、国としての日本が恥をかくように思え、念のためという思いから道明寺の副社長に恥ずかしくない言葉を用意していた。
そしてやはり頭を過るのは、アルマトイの市長と会った日のことだ。

「……まったくこの男は何を考えてるのか。副社長としての自覚をニューヨークに置き忘れてきたんじゃないの?」

「何か言ったか?」

「いいえ。なにも」

つくしは小さく呟いてから強く否定した。
そして窓の外に目をやったが、無いとは思いながらも、あの日と同じことが起きないように念を押さなければと視線を隣の男に向けた。

「道明寺副社長。先日の市長との会談の時のようなことが起きないようにくれぐれもよろしくお願いします」

言われた男は、つくしに目を合わせると言った。

「ああ。分かってる。あの時は悪かった。お前に会って嬉しくなって気持ちが先走った。
だがこれだけは分かって欲しい。あれは決してふざけてたんじゃない。俺はお前とやり直したいと心から思っている。その思いが止められなかった。
それにお前が妻子のある男と付き合っていると思ったのは俺の勘違いだ。悪かった」

その言葉は何故か心からの言葉に思えつくしを驚かせた。
何故なら男がまだ少年で俺様だった頃。自分の好意が報われなかったとき、その鬱憤を他人にぶつけるようなところがあったからだ。
だが今隣にいる男の態度は真摯に感じられた。
そして機内でもそうだったが、隣にいる男はあの時とは打って変わって無口だった。
だがその態度に何かよからぬことを考えているのではないかと思ってしまうのは考え過ぎなのか。

「どうした?俺の顏に何か付いてるか?」

そう言われて、つくしは自分がじっと男の顏を見つめていたことに気付くと慌てて前を向いた。

「いいえ。眉と目と鼻と口以外何もついていません」

「そうか。ならいい。今の俺に必要なのはお前を見つめることが出来る目と、お前の匂いを感じることが出来る鼻と、キスできる唇があればそれでいいんだからな」と男は言ったが、その言葉には笑みが含まれていた。

やはりこの男は何を考えているか分かったものじゃない。
まかり間違って大統領の前で、つくしに対しての思いを口にし始めれば大変なことになることを理解しているのか。
だがつくしは何も言わなかった。自分は通訳としての仕事をいつもと同じようにすればいい。それに男が言いたいことがあるなら言えばいい。
この男の口から語られる言葉を訳すことで自分が恥ずかしい思いをしたとしても、恋愛映画の翻訳をしていると思えばいい。
そんなことを考えながら視線を窓の外に向けた。
するとそこに見えたのはロシア正教会の建物。
キルギスの主な宗教はイスラム教だが、ロシア正教の結婚式を終えたのだろうか。教会の前で写真を撮るためポーズをとる花婿と花嫁の姿が見えた。




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2020
03.04

また、恋が始まる 12

車は信号待ちで止まっていた。
司は彼女が教会の前にいる花婿と花嫁を見ている様子を見つめていた。
その姿は、ただぼんやりと窓の外を見ているようでそうではないと感じたのは、それまで開かれていた彼女の手がキュッと握られたからだ。
それは何の意味も持たないことだとしても、司には意味があるように思えた。

彼女が握りしめている手は司が掴もうとして掴むことが出来なかった手だ。
その指に永遠の愛を誓う指輪を嵌めるつもりでいた。けれど、彼女のことを忘れたことでその思いが叶うことはなかった。
だがこうして彼女のことを思い出した以上その指に自分の指輪を嵌めたい。
司のことを好きだと言ってくれた少女の指に永遠の絆の印を与えたかった。

だがあれから16年が経つ。
ふたりの間にある16年という歳月は高いハードルで重すぎる歳月。
だが司はこれまで飛び越えることは難しいと言われるハードルも飛び越えてきた。
しかし、このハードルを飛び越えるのは簡単ではない。
それに何ごともなかったようにあの頃に戻れるとは思ってはいない。

そして思うのはあの時、将来を誓ったからといって上手くいったのかと言えば、若い二人が向かい合って恋愛の結論を出すには早すぎたのかもしれないということ。だから運命はふたりが共に過ごす時間を奪ったのではないか。だが本当にそう考えているかと言えば違う。
それは16年もの間彼女を忘れていたことの言い訳に過ぎない。
だから長い時を経て彼女のことを思い出し、こうしてふたりでいれば、あの頃より彼女を思う気持ちは強い。つまり、彼女を誰にも渡したくはないという思いは強かった。
そしてどうしても訊きたいことがあった。
この国の花婿と花嫁が写真撮影のためポーズをとる様子を見つめている彼女に。


「牧野。お前。なんでその年になるまで結婚しなかった?」

「え…..?」

男の声はつくしのすぐ近くから聞こえた。
だから慌てて横を向いたとき、すぐそこに男の端正な顏があって近すぎて息を呑んだ。

「お前。なんでまだひとりなんだ?」

「な、何よ。急に….」

「お前、誰かと付き合うことを考えたことがないって言ったが、結婚することを考えたことはないのか?なんでまだひとりなんだ?もしかして俺のことを待ってたのか?」

司は更に彼女顏を近づけた。
そして彼女の目に視線を据えた。

「な、何言ってるのよ。ち、違うわよ!あたしはアンタのことなんて待ってないわよ!」

「それならなんで結婚しなかった?」

「うるさいわね…..あたしの結婚はアンタに関係ないでしょ?」

「いいや。関係ある。俺はお前のことを思い出した時、もしかするとお前は結婚しているかもしれない。結婚していてもおかしくないと思った。けど独身だと訊いてホッとした。けどお前に会いに来てみれば妻子ある男と付き合ってると思った。ああ、分かってる。それが勘違いだったってことは。
けど何でお前は結婚してないんだ?なんでまだひとりなんだって思ったら俺のことを待っててくれたんじゃねえかって。だから_」

――――だから、お前。まだ俺のことを愛しているんだろ?

司は心の中から溢れてきたその言葉を口にしようとした。
だが目の前にいる女は、まっすぐ司の目を見て言った。

「だから何よ?いい?よく訊いて。あたしはアンタのことなんて待ってない。アンタとはあの時、お邸にネックレスを返しに行ったときに終わった。あの時アンタはあたしに向かって二度とここに来るなって言った。
それに大体ひとのこと16年も忘れてたアンタにあたしがどうして結婚してないって訊く権利なんてない!」

彼女は言うと顏を窓の外に向けた。
そして司の方を見ようとはしなかった。









どこの国でも大統領と呼ばれる人間にはカリスマ性がある。
その大統領が「ようこそ我が国へ」と言って男に手を差しだした。
そして相手がどこの国の大統領だろうと臆することの無い男はその手を握ると、つくしのことを「私の通訳の牧野つくしです」と紹介して腰を下ろすと話し始めたが、その口から出たのは英語。そして相手の大統領も英語で答えた。

つまりふたりとも流暢に英語を話し、通訳は必要ないということ。
だからつくしは、男の左斜め後ろでふたりの話を訊いていたが、男の態度はアルマトイ市長との面会とは異なり、道明寺の副社長としての立場を忘れてはいないようだ。
だからつくしは、これならおかしなことを言い出さないはずだとホッとしていた。




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2020
03.05

また、恋が始まる 13

ふたりの男性の声だけで会話が成り立つのは、通訳にとっては楽だと言えた。
だからつくしは拍子抜けをしたとまでは言わないが、手持ち無沙汰だった。
そして大統領には大統領の男性通訳がいて、膝の上に置かれたノートに何やら書いてはいるが大したことは書いていないだろう。

二人の男性が交わしている言葉の内容は、中央アジアの情勢から道明寺グループの事業展開について。ひとりの男は国が発展することを願い道明寺に投資を呼びかけ、呼びかけられた男は、この国の繁栄と発展を望んでいると答えたが、国のトップと企業のトップに立つ男たちは置かれた立場こそ違っても、どちらも明確な言葉で自分が何をすべきかを口にしていた。そして話題は多岐にわたっていた。

つくしは自分の右斜め前に座っている男の左側の顔を見ていた。
突然の再会から数日。こうして男をじっくりと見る時間はなかったが、通訳としての仕事がない今、こうして男を見つめていた。
癖のある髪は一流のヘアスタイリストによってカットされているのだろう。
あの頃とは違いビジネスマンらしく整えられていた。
だが出会った頃は、その髪型がまるで鳥の巣のようでおかしくて笑った。鳥が間違って卵を産んでもおかしくないと思った。
そしてその髪は濡れるとストレートになり乾くとまた元のような巻き髪に戻るが、その髪をストレートにしたことがあった。

だがその髪は数時間で元に戻り、そのことを嘆いていたが、それは生まれ持ったものを変えることは難しいということ。
だから大人になった男の性格は昔と変わっていない。あの頃、我儘で自分勝手だった少年は大人になった今でも自分勝手だ。
そうだ。自分勝手だから相手のことを考えずに行動する。
相手の気持ちを考えることなく自分の思いだけを一方的に伝えようとする。
だから、それを伝えられた相手がどんなに悩んで苦しんだかなど気づきもしなかった。

だがそれは普通ではない道明寺財閥の後継者という男が自分の周りにはいなかった平凡な人間が思うことなど分かるはずがないということ。
だからふたりの思いは何度もすれ違った。すれ違って、それから周りを巻き込んで気持ちが擦り切れそうになって雨の中で別れを告げたことがあった。
それは随分と昔の懐かしい話だが、そんなことを思い出しながら男の左側の顏を見ていたが、男が大統領の言葉に一瞬笑ったその表情は、つくしが知っている男の顏。
いつも不機嫌な顏をしていた男も、つくしが焼いたクッキーに大きな笑みを浮かべたあの時の顏は輝いて見えた。

そしてつくしは男が車の中で言った言葉を思い出していた。
『なんでまだひとりなんだ?もしかして俺のことを待ってたのか?』
その言葉に対してノーだと言った。
つくしはただひたすら男を待つ女じゃない。
だから男が言いかけた言葉を遮るように、『16年もあたしを忘れていた男にあたしがどうして結婚してないって訊く権利なんてない』と言ったが、自分のことを待っていたように言った男の言葉の先にあるのは恐らくこうだ。
『お前。まだ俺のことを愛しているんだろ?』
きっとそう言うつもりだったはずだ。

「冗談じゃないわよ……どれだけ自分勝手なのよ…..16年も待つだなんてあたしのことをウィスキーが何かと同じにしないでよ….」

つくしは呟いたが、右斜め前にいる男の顏が少しだけ左に動いたことから、男の耳がつくしの呟きに反応したのは間違いない。
だが振り返ってつくしを見ることはなかった。

やがて決められた時間が終わりを迎えようとしていた。
だからつくしは膝の上に広げられていたノートを書く言葉はないと閉じたが、そのとき男の口から出た言葉にギョッとした。

「大統領。実はこちらにいる通訳の牧野つくしと私はかつて付き合っていました。
しかし16年前ある事件に巻き込まれた私は彼女のことを忘れていました。
ですがある日突然彼女のことを思い出したのです。そして彼女がカザフスタンにいることを知った私は何もかも投げ出して彼女に会いに来ました。彼女に今でも彼女を愛していると丁寧に自分の気持ちを伝えました。しかしながら彼女は受け入れてくれませんでした。彼女は16年も自分のことを忘れていた男を許せなかったのです」

「ち、、、ちょっと!アンタ何言ってるのよ!」

つくしは焦った。
まさかこの場でもバカなことをするとは思いもしなかった。
だから立ち上がると慌てて男の言葉を遮ったが、男も立ち上がると左斜め後ろにいるつくしの方へ向いた。

「何って訊いた通りだ。俺のお前への思いを大統領に訊いてもらってるところだが悪いか?」

「悪いかって…..なんでこの国に大統領にあたしたちの恋愛……..違う….あたしたちの昔ばなしをしなきゃならないのよ?それに自分に都合のいいことばっかり言わないでよ!」

「自分の都合のいいこと?」

「そうよ!何が丁寧によ。アンタはあたしが不倫をしてると思ったじゃない!妻子ある男と付き合っても未来はないってあたしを非難したわよね?勝手に決めつけて勝手に責めたわよね?」

「牧野。それについては悪かったって謝ったはずだ」

「謝ったって….」

「何だよ?謝っただろうが!もうその話は終わったはずだ。蒸し返すな!しつこいぞ牧野!」

「よく言うわよ!しつこいのはアンタの方でしょう?あたしがアンタのことを避けても避けても追っかけてきて…..そのせいであたしがどんな目に遭ったか….」

まるでストーカーのようにつくしのことをつけ回した男がいた。
そしてどこへ逃げようと地獄の果てまで追いかけて行くと言ったことがあった。
だが結局追いかけてくることはなかった。いや。今はそんなことはどうでもいい。
それよりも今はこの男の発言を止めなければという思いでいるが、自分でも何を言っているのかという思いの方が強い。

「仕方ねえだろうが!俺はお前のことが好きになったんだ。だから好きな女を追っかけるのは当たり前だろうが!」

「当たり前って….」

「まあまあおふたりとも冷静になって下さい。それに道明寺副社長。ここで言い争っても解決にはなりませんよ?」

ふたりの間に割って入ったのは、この国の大統領。
ふたりの言い合いは日本語だったが、大統領の通訳がここぞとばかりに自分の仕事をしたことから会話の内容は大統領に筒抜けだった。

「おふたりとも少し冷静になってはいかがですか?もしよろしければお部屋をご用意しますが、そちらでおふたりだけでゆっくりとお話をされてはいかがですか?」

と言った大統領はふたりの顏を交互に見た。

「お申し出を感謝します。ですがこの女…..いえ。彼女は頑固な女性で人の話を訊こうという気がありません。ですが、ひとつお願いがあります。あなたはこの国の大統領です。閣下がこれから私のすることを不問に付して下さるなら、この国に投資をしましょう。いかがですか?」

「不問?」

「はい」

「ほう…..不問に付すことを望まれるということは、副社長は我が国で罪を犯そうとしているということですかな?」

「ええ。これから彼女の気持ちを取り戻すために罪を犯すつもりでいます。ですが閣下が許して下さるなら罪ではない」

そう言われたこの国の大統領は少し考えていたが、「なるほど。いいでしょう。道明寺グループが我が国に投資をして下さるなら、これから副社長がなさることに我が国は関知しません。好きなようになさって下さい」と言ってからひと呼吸おいて「それにしてもあなたのように女性にモテる方がそこまでするということは、余程彼女のことがお好きなんですな」と言って意味ありげに笑った。

司は、「ありがとうございます。では早速ですが失礼して始めさせていただきます」と言うと部屋の外に待機させていたボディガードを呼び、自分を見上げる女を抱き上げた。
そして「ちょっと!何するのよ!降ろしてよ!ちょっと道明寺!降ろしなさ….」と言って暴れ出した女を黙らせるためにキスをしたが、16年ぶりに味わった唇は甘かった。













司がこの国に投資することを条件に大統領が許したのは、キルギス語で「アラカチュー」と言う誘拐婚。
それは男が嫌がる女性を自宅に連れていき、一族総出で女性を説得して無理矢理結婚させるという習慣だが、女性は承諾するまで部屋に閉じ込められ説得され続けることになる。
だが今その習慣は女性の人権を無視していることから法律で禁止されてはいるが未だ行われていて、警察や裁判所は黙認しているところがある。
司は高橋からキルギスのその習慣を訊き、彼女をこの国に連れてくることに決めた。
そして大統領の承諾を得たことから、彼女を文字通り誘拐することにした。




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2020
03.06

また、恋が始まる 14

「牧野。このシチュエーション懐かしいとは思わないか?」

「何が懐かしいなよ。こんなことしてアンタは記憶が後退しちゃったわけ?」

「記憶が後退?ああ。お前を思い出すことが出来たのは記憶が後退したからだ。だから記憶の後退には感謝しねえとな」

司はそう言って彼女のことを思い出した瞬間を振り返った。
執務室で書類にサインをしているとき突然頭の中に降って湧いた少女。
その瞬間、それまで抱えていた得体の知れないモヤモヤとしていた感情が消え、心の中に澄み切った風が吹いた。そして窓の外に見えるニューヨークの街並みに光りが差し、昨日までは見えなかった風景がそこに見えた。それは東の空に浮かんだ飛行機雲と、その雲のずっと先にいるであろう大人になった少女の姿だ。

「何が記憶の後退に感謝よ。今のアンタは記憶が後退しただけじゃなくてやることも後退してるわよ!市長の前でバカなことを言い出したかと思ったら今度は大統領の前でもあんなこと言って道明寺の副社長が高校生の頃に戻ってどうするのよ?
それにあたしの意思に反してこんなところに連れてくるなんてアンタは何がしたいのよ?」

つくしは男に抱きかかえられキスされると車に運ばれ、あっと言う間にどこかの屋敷に連れてこられ、暖炉のある豪華な内装の部屋にいたが、この状況は高校生の頃、学校帰りにこの男に拉致され道明寺邸に連れてこられた時と同じだ。
つまりつくしは誘拐されたということ。
すなわち、この状況は大統領と男の会話の中に出てきた男が罪を犯したということだ。


「何がしたいってそんなこと決まってるだろうが。俺はお前とゆっくり話したい。ただそれだけだ」

司の頭の中にあるのは揺蕩うことのない彼女への思いを伝えたいということ。

「話をするだけの理由ならこんなことする必要ないでしょ?それに帰りの飛行機の中でも話せるはずよ?」

あの時のつくしは、あたしはお金で買える女じゃないと言って邸を後にした。
だがここはキルギスで、つくしは外国人で、手元に自分の鞄がないこともだが、パスポートがなければこの国を出ることは出来ない。
だから男を前にして出来ることは……はっきり言って何もない。

「いや。理由はある。俺がお前をここに連れてきたのは、お前には人の話を訊こうって態度が見られねえからだ。冷静さに欠けている。だから_」

「よく言うわよ!あたしが冷静さに欠けてるって、アンタの方が余程_」

「牧野。その態度が冷静さに欠けてるってことだ。俺はまだ話している途中だ。ひとの話は最後まで訊け。それにお前は会った瞬間から俺の話を拒もうとした。それに俺の言葉をことごとく遮ろうとする。だからお前とじっくりと膝を交えて話をするためにここに連れてきた。だがお前の意思に反してここに連れてきたことは謝る」

司はそこまで言うと、「まあ座れ」と彼女に座るように勧め自分もソファに腰をおろした。
するとまるでその光景を見ていたかのように扉がノックされるとコーヒーが運ばれて来た。
だがつくしは座らなかった。
そんなつくしに対し、男は手を伸ばしてテーブルの上のカップを手に取り、ひと口飲むと「美味いぞ。牧野、お前も飲め」とコーヒーを勧めた。

つくしは躊躇った。
頭の中ではコーヒーなんて飲みたくない。断れという声がした。
だが「牧野、頼むから座ってくれ。座ってコーヒーを飲んでくれ」と言った男の口ぶりは、これまでとは違い男らしくない必死さが伝わった。
だから腰をおろすとカップを手に取った。


司は彼女がカップを口に運ぶのを見ていた。
視線を落として目を閉じた彼女がコーヒーを味わう間、口を開くことはなく、ただ彼女を見つめていた。そして彼女が目を開いたとき口を開いた。

「牧野。俺は市長の前でも大統領の前でも言ったが、お前のことが好きだ。
お前のことを忘れていた16年については悪かったと謝ることしか出来ない。
出来れば過去に戻って、何もかもやり直せたらと思う。だが起こったことを変えることは出来ねえ。けどお前のことを思い出してからは、すぐにお前に会いに行こうと思った。
俺の性格からして待つのは性分じゃない。俺は好きな女が振り向いてくれるのを待つような男じゃない。惚れた女をただぼんやりと眺めて満足する男でもない。それにその女の姿を想像して喜んでるような男じゃない。惚れた女は抱きしめたいしキスしたい。
だから一刻も早く、一分一秒でも早くお前に会いたくて仕事は全てキャンセルしてきた。お前のことを思い出したその瞬間から俺の心はお前が欲しいと言った。牧野。俺はお前のことが好きだ。その気持ちはあの頃と同じだ」

目を閉じていても感じられた強い視線。
つくしは自分がコーヒーを口に運んでいる間、男が自分をじっと見つめていることを感じていた。
それに男が口を開くまでに1分以上の時が流れたことも。
そんな男が口を開いたのは、つくしが目を開いたからだが、この男は世界を相手にビジネスをしてきた男だ。
だから相手の瞳に映る感情の動きを読み取ることで心の動きを知ることが出来る。
そんな男がつくしの目をじっと見つめて言った。

「それにしても牧野。お前は昔と変わってねえな」

司は笑って言った。

「な、何よ!何が昔と同じなのよ?どうせこう言いたいんでしょ?顏は童顔だし胸は小さいし、いつまでたっても幼児体型だってね!」

「あほう。俺はそんなことを言ってるんじゃない」

「じゃあ何よ?」

「お前が俺に向かってムキになって喋るところだ」

「え?」

「お前のその態度は初めて会った時から変わらねえ。俺はそんなお前を好きになった。今俺の前にいる牧野つくしは、あの時と同じ牧野つくしだ。それにお前の顏は可愛い。俺はお前の真っ直ぐなその瞳が俺を見つめる顏が好きだ」




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2020
03.07

また、恋が始まる 15

黒い切れ長の目がつくしを見つめている。
そして男の口から語られるのは誉め言葉であり女性なら言われたら嬉しい言葉。
ましてや、道明寺司のような男から言われれば間違いなく飛び上がって喜ぶ言葉だ。
けれど、つくしはその言葉を素直に訊くことが出来なかった。

「す、好きだを言えば何でも許されると思ってるなら大間違いよ!」

「じゃあ愛してる。惚れてる。とにかく俺はお前のことが好きだ。お前という存在に惚れてる。真っ直ぐな瞳で俺を見つめる顏も好きだが、どんな顏だろうがどんな姿だろうが構わねえのが本音だ。だってそうだろ?どんな顏形だろうとお前の本質は変わりようがない。
こうして16年経って会ってみればそれを実感した。牧野つくしは牧野つくし以外になりようがないってことをな」
司は、そこで一旦言葉を切ったが話を続けた。
「なあ、牧野。そうカッカするな。男からの愛の告白にそんなに怒る女がどこにいる?」

つくしはここに居ると言いたかった。
けれど、どうしてこんなに自分は怒っているのか。
道明寺司は昔の恋人で、つくしを忘れた男で、長い間会うことのなかった男であって、今のふたりがこうして会っているのは、たまたま男がつくしのことを思い出したからであって、もし思い出さなければこうして会うこともなかった男だ。
だからそんな男が突然現れ、さもつくしの事を分かったような眼差しで見ていることが憎らしいのだ。

「牧野」

「何よ…」

「唇を噛むな」

「噛んでなんかないわよ!」

だがつくしは無意識のうちに唇を噛んでいて、言われるまで気づかなかった。

「いいや噛んでる。それにしてもお前は相変わらず忙しい女だな。怒ってたと思えば今度は悔しがる。ま、コロコロと変わる表情はあの頃と比べりゃ多少大人になってるが何が悔しいんだか知らねえけどそんなに悔しがる必要はねえだろ?」

「べ、別に悔しがってなんかないわよ!」

だが言われる通り何が悔しいのか分からないが、悔しいという感情はつくしの中にあった。
それに大人になった男にはつくしにはない余裕がある。
それは大勢とは言わなくても女性との噂が絶えなかった男の経験がそうさせるのか。
けれどつくしは、高校生だったあの頃と同じ。
いや、それ以下で男を前に小学生並にまごついていた。

「牧野。俺はお前をここに連れて来たことがお前の意思に反していることは分かってる。
だからこれ以上力技を使うつもりはない。けど俺のお前に対する思いを伝えることを止めるつもりはない。だからもう一度俺を見て欲しい。俺はお前以外の女は欲しくない。誰よりもお前のことが好きだ。だからチャンスをくれ」










つくしは数を10まで数えた。
そして意を決したように扉を開けたが、そこはこの邸でのつくしの部屋。
そこは、リビングルームなのか。中央にはテーブルとソファが置かれ、窓際の小さな丸テーブルの上にはクリスタルの花瓶に赤いバラの花が活けられていた。そして部屋の奥の開かれた扉の向こうにベッドが見えたことから、そこがベッドルームであることが分かった。

10まで数を数えたのは何故か緊張していたから。
ふたりの距離を縮めたいと思う男の頭の中に何があるか分からないという思いがそうさせたが、男は「お前がもう一度を俺を好きになるためのチャンスが欲しい」と言い部屋の前までつくしを連れてくると、「お前の鞄はこの部屋の中にある」と言って背中を向けた。
だから何かを心配する必要はないはずだ。

鞄は確かに部屋の中にあった。
だからつくしはソファに近づくと、置かれていた鞄の中を確かめた。
中には財布や携帯電話やパスポートが入っていた。宿泊を伴う旅ではなかったことから他に荷物は無かったが、あの男のことだ。きっと女性に必要なものは用意してあるはずだ。

つくしは昔から恋に不器用だった。
だからこれまで誰とも付き合ったことがない。
あの男を除いては。
だから、好きだ。あの頃と変わらない気持ちでいる。と言われ、どぎまぎとする心中と自分の経験の無さを誤魔化すことでいっぱい、いっぱいだった。
つまり、恋に関してはあの頃と同じで進歩がないということ。
だから、あの頃の思い出が入り交じって感情的に対応してしまった。
そして16年たった今。キスされて無人島でした最後のキスを思い出していた。
沼に落ちたつくしを助けるため飛び込んだ男は、助け出すと離れるのは嫌だと言った彼女を抱きしめてキスをした。だが男は港で暴漢に刺され、つくしのことを忘れた。
あの事件から16年経ち、仕事に没頭することで忘れようとしていたあの島での出来事。
けれど男は、あの島で見せたのと同じ決意みなぎる眼差しを持ってつくしの前に戻ってきた。

「なんで今になって現れるのよ」

そう呟いたつくしは窓際の丸テーブルの上に箱が置かれているのに気付いた。
それは正方形の小さな箱で見覚えがあった。
だから思わず手に取って蓋を開けたが中には思っていた通りの物が入っていた。
それは、つくしが男に返したネックレスだった。




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