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2020
02.17

モッキンバード

桜子が彼女に出会ったのは高校生の頃。
彼女は初恋の人が恋をしている女性だった。
だから彼女に対して激しい嫉妬を覚えた。
彼女は真面目な高校生で自分が女として贅沢な立場にいることに気付かなかった。
まるで漫画のごときふたりの男性がその人に熱をあげ、奪い合いが生じても自分がどれだけ人を魅了しているかに気付くことがなかった。
だからその人を騙し罠にかけ陥れた。
けれどその人は正義感の塊のような人で、彼女に対して行った全てを許してくれた。
そして守ってくれた。
そのとき、これまで自分が抱えていた屈折した気持ちが浄化されたのが分かった。

そして彼女は大切な友人になった。
その人に何かあれば全力で守る。
それはかつてその人に許してもらい守ってもらったからだけではない。
何しろ彼女は他の女性に対しての競争心や嫉妬心を持たない。
人と付き合うことに打算や計算を持たない。他人の思惑というものを気にしない。
だからかつて自分がしたように彼女がいいように利用されることがないように守りたいという思いがあった。

彼女は変な意味で母性本能をくすぐる女性だ。
そして彼女は周囲に甘えたり、我儘を言わない女性なのだが、そのことが時に誤解を生むことがある。
なにしろそれは自分が交際している男に対してもそうなのだから、相手の男にしてみれば、自分以外に他に頼る男がいるのではないか。そう考えてしまうようだ。

そしてその男は自分の持てる物全てを彼女に与えたいと思う男で独占欲が強い。
その男こそ桜子の初恋の男だが、かつて男の前で何も身に付けていない姿で立ったことがある。
その身体は世界最高の腕を持つと言われる美容整形外科医の手で作られた身体で、桜子の決意に見合うだけの身体だった。
そうだ。その身体で男を堕とそうとした。だがその男は見向きもしなかった。

そして桜子が作り出した媚態を見下したが、その態度は、ひとりの女性だけを愛していると、心の底から欲しいと思える女以外は欲しくないと言い放った言葉が嘘ではないということを確信した瞬間だった。

だがその男が現れれば、キャーキャーと黄色い声が上がると同時に溜息が漏れる。
それは女達の目を惹きつけるギリシャ彫刻にも似た彫の深い顏と、財力がそうさせるのだとしても、それだけではない。男には人を惹き付ける何かがあった。
そしてそんな男の恋人であり桜子の友人は、未だに恋人にじっと見つめられると恥ずかしくって勝手に照れる。考えていることが顏に出る。隠し事をするのが下手な女だった。
だから桜子はそんな友人の代わりに男の行動を探っていた。
それに桜子には人の思惑を見抜く自信があった。
怪しいと思われる人間には勘が働いた。



「道明寺さんはエッチな体つきをしてるから、私が恋人だったら人前でもその腰に抱きつきたいと思います。でも先輩はそんなこと思いもしないでしょ?それが世間の女性と先輩の違いなんです。先輩は自分の恋人がどれだけモテるか分かってないんです」

桜子は大切な友人の言葉に冗談のつもりでそう答えたが、友人は自分が目にした光景に動揺していた。
「道明寺が女性と抱き合っていた」
友人はそう言ったが桜子は、それは何かの誤解だと思っている。
それは、いつもはクールな目をした男が恋人を見るとき、その頭の中に描いているのは何であるか。桜子にはすぐに分かる。
早く、ふたりっきりになって恋人の服を脱がせたい。
他人には見せようとはしないが、微かに欲望を湛えた目は間違いなくそう言っていた。

だが、友人の話はこうだった。
仕事で相手先の人間と待ち合わせをしていたメープルのロビーで偶然見かけたのは、恋人が女性と親しげに会話をした後、抱き合っている姿。
そう言った友人の態度は普段とは違った。それは、嫉妬心など持たない友人が目にした自分よりも若い女性が恋人である男の腰に腕を回し抱きついていた光景は余程ショックだったのだろう。

「先輩。いいですか?道明寺さんは浮気するような男性じゃありません。だから何かの誤解だと思います」

だが友人は、普段自ら女性に近づくことがない男がにこやかにほほ笑んでいたと言った。

「先輩。それは絶対に誤解です。あの道明寺さんが先輩以外の女性に微笑むなんてことがありますか?」

だが友人は「でも…」と言って、今まで見たことがないほど落ち込んでいた。
だから桜子はその真相を確かめるため、友人の恋人が女性と抱き合っていたという場所にいて、友人が見たと思われる女性が建物から出て来るのを待っていたが、そこはホテルメープルの1階にあるコーヒーラウンジ。友人の恋人はこのホテルを経営する財閥の後継者であり、そんな男が自分のホテルで女性に抱きつかれてだらしない顏をするはずがない。
それに桜子が好きになった男は、ただひとりの人にしか興味関心がない男のはずだ。
いや。間違っても。絶対に他の女に気持ちを移す男ではない。
だからここで、その女性が現れるのを待っていたが、そうしながら思うのは、自分はまだ狂うほどの恋におちてしまえる相手に出会えてないということ。
そして理想なのは、友人とその恋人のような関係。

あのふたりのどちらの愛が強いか。それを考えたとき、どう考えても男の方が強く女を愛しているのが分かる。そして強いと言われる男の方が女を思い振り回される姿に大きな愛を感じることが出来る。彼女の全てが愛おしい。そう思える男の優しい眼差しには絶対の愛が感じられた。
とはいえ、桜子は友人のように恥ずかしがり屋でもなければ、ひと前で愛情を表現することが苦手ではない。むしろこれと思った男性には積極的に出るタイプだ。
けれど、桜子自身が絶対的な愛というものを信じることが出来るのかと問われれば、未だに与えられたことがないのだから、信じられると答えることが出来なかった。
だがそんな思いを抱えている桜子も、ふたりと一緒にいると不思議と心が浄化されていくのだから、彼らの愛の力というものが桜子には眩しかった。
だからこそ、男が他の女性と微笑みを交し、抱き合うなどあるはずがない。

そんなことを考えていた時だった。
ひとりの女性がロビーを早足で歩いている姿を見つけた。
そしてその女性が友人の言った特徴に良く似た女性だと気付いた。
それは目の覚めるようなピンク色のダウンジャケットに茶色い長い髪。
その女性はフロントに立ち寄ると話をしていた。だから桜子は立ち上るとその女性の後ろに近づき、女性が振り返るのを待った。
そして振り返った女性に驚いた。
何故ならその女性には友人の恋人の姉の特徴があったから。だから名前を訊いて納得した。
彼女の母親の名は椿。女性は椿の娘だが、父親がアメリカ人で、その容貌は父方の血を強く受け継いでいた。そしてまだ13歳だというが、背が高く大人びた容貌は、日本人の13歳の少女の平均と比べたとき、充分な大人の女性に見えた。

つまり抱き合っていたと見えたのは、アメリカ人の姪が叔父に無邪気とも言える親愛の情を込めて抱きついたということ。
そして男が今まで見たことがないほどにこやかな微笑みを浮べていたのは、相手が姪だからだ。

「先輩が見た女性は、椿お姉さんのお嬢さんです。あの頃の年頃の女の子は急に大人びます。
先輩が会わなかった間に随分と大人になったんだと思いますよ。だから分からなかったんですね?ましてやアメリカ人とのハーフですから、大人び方は半端ないですよ?だって胸だってかなりありましたから。それから椿さんはご一緒ではありませんでしたが、お父様のお仕事に付いていらっしゃったそうですよ」

桜子は電話でそう伝えるとメープルの最上階にあるバーのスツールに腰を下ろし、テキーラベースの目の覚めるようなエメラルドグリーンのカクテルを注文した。
それは、モッキンバードという名のカクテル。
モッキンバードとはメキシコなどの北アメリカ大陸にいる鳥。
だからメキシコを代表するスピリッツであるテキーラを使ったこのカクテルはモッキンバードと名付けられたと言われているが、彼らはオス・メス共に相手に忠実で生涯にわたり、つがいの関係を保ち続けると言われている。
そして和名を『マネシツグミ』と言うが、その名の通り他の鳥の声色やピアノや機械の音。犬の鳴き声や人の声など様々な音をそっくり真似る鳥だ。

桜子は自分の姿が本物ではないと分かっている。
だがそれはモッキンバードのように他者の真似したものではない。
だが何故か様々な音を真似することが出来るモッキンバードという鳥が好きだった。
だから鮮やかな緑色をしたカクテルが好きだったが、多分それは、桜子という名前が春を連想させるのと同じで、この色が春の息吹である若芽を感じさせるからだ。
だが本物のモッキンバードは青みがかったグレーの身体で、決してカクテルのような色鮮やかな鳥ではない地味な鳥。
そんなところが容姿を変える前の自分の姿に重なったのかもしれない。
地味だからこそ声色で他の鳥を惹き付けるようとする鳥に。



桜子は月に何度かメープルのバーに来る。
そしてぼんやりと考え事をする。
いつもならもう少し長居をするところだが、何故か今夜はそういった気分になれなかった。
だから今夜は一杯だけ飲んで帰ろう。そう思いグラスを口に運んだ。
その時、隣に誰かが座ったのが分かった。

「いい飲みっぷりですが、カクテルは一気飲みするものではありませんよ?」

隣に座った男は、そう言って「僕にも同じものを」と言って笑ったが、男は桜子と同じくらいの年齢に思えた。

銀縁メガネをかけたスーツ姿の男性は理知的に見えた。
そして「お付き合いしますよ。僕はこう見えて酒には強い男ですから」と言って再び笑った。




< 完 > *モッキンバード*
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