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2020
02.12

Bittersweet <前編>

Valentine’s Day Story 2020
****************







日本でのバレンタインは女性の方から愛を告白することが当たり前となっているが、海外では男の方から愛を伝えるのがバレンタイン。
だから男はこの日アメリカから帰国すると愛してるという言葉を伝えるためバラの花束を手に恋人の元を訪れようとしていたが、そこは東京ではなく地方都市の郊外にある大型スーパー。
彼女は去年の春。転勤でその街へ引っ越しをしていた。

ふたりが遠距離恋愛を始めたのは、男が高校を卒業し大学進学のためニューヨークに住まいを移してから。
そして男がニューヨークの大学を卒業した1年後。
日本で大学を卒業した彼女が就職したのは大手食品会社。所属は菓子事業部。
そこで営業をしているが、仕事は小売店にひとつでも多く自社の商品を販売してもらうこと。そのためには自社商品がいかに売れるかということを説明する。
そして自社の商品が客の目に触れやすい場所に置かれるようにすることが仕事。
だから他社の商品よりもいい場所に棚を貰い陳列が出来るようにすることが求められる。
つまり彼女の仕事は商品を売る為の仕掛けを考えることだが、菓子というのは主食である食品とは違い、「ついで買いの商品」であり、どうすれば手に取ってもらえるかを考えなければならない。
だからこそ商品が陳列される場所は重要だが、新商品が発売されれば自ら売り場に立ちプロモーションをすることも彼女の仕事のひとつだ。

そんな営業活動の中で一番忙しいのは、年に一度チョコレートが爆発的に売れる冬。
それはバレンタインデーの前。女性は意中の男性に自分の気持ちを伝える手段としてチョコレートを買い求めるからだが、本命と言われる男性に贈られるチョコレートはデパートで売られている海外の高級なチョコレートであり、スーパーの棚に並んだ安価なチョコレートではない。
だがそれでも小売店には小売店の商機がある。
誰もが皆高級なチョコレートを買い求めるとは限らない。それは会社の同僚や友人に贈るちょっとしたチョコレートであったり、自分が食べるものであったりするからだ。
だから彼女はその商戦のために日々担当するスーパーを回っていた。

そしてバレンタインデーともなれば、そんな女性を恋人に持った男の元にいつも大量に送られてくるのは自社のチョコレート使って作られた菓子。
それは溶かしたチョコレートの中にフルーツやナッツ類が入っていたり、カップケーキになったり、ブラウニーだったり、とにかく毎年大量にチョコレートを使った菓子が送られてくるが、その量からして試作した物ではないかとさえ思えた。
だが彼女の会社のチョコレートのキャッチフレーズは『ずっとかわらない優しさ。』であり、そのフレーズ通り、どの菓子も優しい味がした。

それに男は嬉しかった。
何しろ全てが彼女の手作りであり、男の顏を模したクッキーを貰った時と同じくらいの歓びがある。そして初めて手作りのクッキーを貰った時、その嬉しさに彼女を引き寄せ思わずキスをしていた。
だが元々甘いものが苦手な男だ。だからその全てを一度に食べることはない。コーヒーブレイクの時、ほんの少し摘まんで後は冷蔵庫の中に仕舞った。そして時間をかけて食べていた。

そんな彼女から、「うちの会社の今年の販促グッズはクリアファイルなの」と訊かされたがピンとこなかった。
大手食品メーカーである彼女の会社は、チョコレートを売るために毎年販売促進グッズを用意するのだが、今年の販促グッズはクリアファイル。
会社の看板商品でありロングセラーである板チョコを5枚買えばそのクリアファイルが1枚貰えるらしいが、何故クリアファイルを販促グッズにしたのか?
そんなどこにでもあるものを販促グッズにして商品が売れるのか?
だが、どうやらそのクリアファイルには日本で人気のある男性アイドルの姿が印刷されていて、それを目当てに買う女性が大勢いると言う。
だが、それだけで満足していては営業として失格だ。
どうすればライバル会社よりも売り上げを伸ばすことが出来る?
そんな思いから仕事熱心な恋人はバレンタインデーが近づくと毎年頭を悩ませていた。
そして男は彼女の会社に電話をすると、今日彼女がいるスーパーの場所を訊き出し、車を走らせていた。




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2020
02.13

Bittersweet <中編>

つくしは自分が担当しているスーパーに設けられたバレンタイン催事場にいた。
だがそこには時々顏を合わせるライバルである食品会社の営業担当の男と、どこかのモデル事務所から派遣されたと思われる男性が自社のチョコレートをアピールしていた。

「いかがですか?こちらの商品をお買い上げいただいたお客様は彼と写真を撮ることが出来ますよ!とっても素敵な彼と一緒に写真を撮りませんか?」

ライバル会社の販促は男性モデルと写真を撮ること。
つくしはその様子を眺めていたが、モデル男は女性の扱いに慣れた様子でチョコレートを買った女性客の肩に手を回し、にこやかな笑顔をカメラに向け撮影に応じていたが、一段落ついたところで、つくしが自分を見ていることに気付くとこちらに視線を向け、彼女と視線を合わせると笑った。
そして、つくしの方へ向かって歩いて来ると彼女の前で立ち止まり「久し振り」と言った。

つくしは久し振りだと言われてもモデル男に知り合いはいない。
けれど男は、つくしの戸惑いをよそに「やだな。俺のこと忘れちゃった?」と、真面目くさった顔つきで言った。
だがオレオレ詐欺じゃあるまいし、名前も名乗らず俺と言われてもピンとこなかった。
だから無視していたが、男は相手が自分を覚えているかどうかなど関係ないといった態度で「俺だよ。本当に分かんない?」と言葉を続けた。

だから「分かるもなにも私はあなたのことを知りませんけど?」と冷たく答えたが、モデル男はそれでも躊躇することなく自信に溢れた態度でつくしの前から離れようとしなかった。
それは多分つくしの素っ気ない態度が、モデルである男の何かを煽ったのだとしても、これ以上他社の商品の販促のために呼ばれたモデル男に係わりたくなかった。
それに新手のナンパならお断りだ。
だから、「すみません。あなたは向うの会社の販売促進ために雇われた方ですよね?だからうちの商品の前に立たれたら迷惑なんですけど?」と言った。
するとモデル男は「あ、悪い。でも本当に俺が誰か分からないんだね?牧野さん」
名前を呼ばれたつくしは、胸元から下げている入店許可証に名前でも書いてあったかと思い許可証を見たが書かれてなどいない。
それなら何故モデル男が自分の名前を知っているのか。
つくしは怪訝な顏をして男を見た。

「そんな顏しないでよ。俺だよ、俺。順平。織部順平だよ」

「….織部順平…..?」

織部順平はひとなつっこい笑顔を、つくしに向けた。









織部順平は、かつて英徳学園でつくしのひとつ下にいた男で、慕っていた知人に重傷を負わせた道明寺司に復讐を抱き、つくしを利用して司を傷つけた男だ。
「友達いらない?」と言って学園中からシカトされていたつくしに友達になろうと言った。
そして自分がモデルをしている雑誌の表紙をつくしと一緒に飾り司を挑発した。
それを見た司は彼女を責めた。だがあの頃のつくしは司から離れたかった。なんとかして逃れようとする思いが強かった。好きだという思いはなかった。
あんたといると窒息しそうになる。構わないでほしいと言って彼から離れようとしていた。
だがそんなつくしに対し司は言った。

好きだ。
俺が欲しいのはお前だけだ。
お前が逃げるなら追いかける。
地獄だろうが、どこだろうが追いかけてつかまえてやる。

そう言った司に対し織部順平はつくしを守ると言った。
けれどそれは偽りであり、友達になったつくしを囮にして司を呼び出し肋骨を折る怪我をさせた。
だが、順平は司の過去の行いがそうさせたのだと言った。
そう言われたとき、全く否定できない自分がいた。けれど、人に大怪我を負わせることは許されることではない。だから謝られた時も許すという言葉が出ることはなかった。
だがいつかは許せる。そんな思いを抱いていた。
そんなことを思い出しながら、目の前に立った織部順平を見ていたが、順平はつくしよりひとつ年下だから27歳。当然だが10代のあの頃よりも大人びた顔つきに変わっていた。



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2020
02.14

Bittersweet <後編>

あのとき、順平と一緒に取った写真が表紙を飾った雑誌にはバレンタインの特集記事があった。
あれは今から11年も前の話だが、まさかあの頃と同じ季節にスーパーのバレンタイン催事場で順平に会うとは思わなかった。

それにしても何故ここに織部順平がいるのか。
あの頃の順平はグラビアモデルで人気があった。
だがあれから順平がどうしているかなど気に留めたこともなく、突然現れた男に驚きはしても、年月がそうさせるのか。こうして本人を目の前にしてもあの時のことが許せないという思いは今はもうなかった。
それにしても、今もモデルとして活躍しているなら何故そんな男が地方都市のスーパーの催事場で客と写真を撮っている?
そんな思いが伝わったのか。順平は「どうして俺がここにいるか不思議そうだね?」と言った。

「そうよ。どうしてこんな所にいるの?」

最初の驚きが去ると、つくしの口調は落ち着いたものになり、まじまじと見返していた。

「ま、色々あってさ」

と、はぐらかすように答えた男は逆につくしのことを訊いて来た。

「それよりも牧野さん。牧野さんこそどうしてこんな所に?あれからあなたが道明寺司と付き合い始めたのは知ってます。それにテレビで見ましたよ。彼が高校を卒業してニューヨークに向かう前に開いた会見。好きな人がいて4年後その人を必ず迎えに行くって言ってましたけどあれは牧野さんのことですよね?でもあれから何年ですか?4年なんてとっくに過ぎてますよね?つまりあなたがここにいるということは彼は迎えには来なかったってことですよね?約束の4年は反故にされた。別れたってことですよね?だから28歳になったあなたは食品会社の営業をしていて、こうして地方のスーパーでチョコレートやお菓子を売っているんですね?」

織部順平は自分がいるチョコレートに囲まれた場所を顎でしゃくるようにしたが、その態度に見え隠れするのは、自分はこんな場所にいる男ではないと言う思い。
そして言葉に込められているのは、男に棄てられた女に向けられる哀れみだ。

「ねえ。牧野さん。後でお茶しませんか?休憩時間くらいあるんでしょ?」

「え?」

「だから。休憩時間くらいあるんでしょ?せっかく会ったんだから昔のよしみで一緒にお茶飲でも飲みませんか?上に小さいけどコーヒーショップがあるのを見つけたんです。
だけどびっくりしたな。こんな所で牧野さんに会うなんて。でも牧野さん全然変わってないね。あ。これは褒めてるんだ。つまり牧野さんは年齢が顏に出てないってこと。それに体型も全然変わってないですね?」

順平は有無を言わさない押しの強さで言っていたが、その態度はつくしとの写真が雑誌の表紙を飾ることを画策した時の態度と同じで強引さを感じた。
そうだ。あれからあの時のことを振り返ったが、ああして表紙を飾ることになったことに作為を感じる。つまり道明寺司という男の気持ちを煽るために計画されたものだと思っている。

そしてあの頃のつくしは人を簡単に信じる人間であると同時に簡単に人を許してしまう人間だとも言われていた。
けれど社会に出て場数を踏んだ女はあの頃とは違い、人の言葉を鵜呑みにすることは危険だということを学んだ。
だからつくしは順平とお茶をするつもりはない。それは、つくしがチャラチャラした男が嫌いだからということもあるが、順平はライバル会社のイベントに呼ばれたモデルだ。
そんな男が競合他社の社員と一緒にお茶を飲むという自分の立場を考えていない行動を取ろうとしていることに社会人としての常識を疑った。
それにつくしは男に棄てられた女ではないし、順平に自分の恋愛について言われたくない。
そして今の順平はあの頃以上に何を考えているか分からない男に思えた。


「あのね。織部さん。私はここに仕事をしに来たんです。だからあなたと一緒にお茶を飲んでいる暇はありません」

「やだな。牧野さん。織部さんだなんて。昔みたいに順平くんでいいよ。なんなら順平って呼び捨てにしてくれてもいいんだけど?」

そう言った順平はつくしの手を取ろうとした。
だがその瞬間低い声が背中に響いた。

「おい。テメェなにしてる?きたねえ手で牧野に触るんじゃねえよ」

その声につくしは後ろを振り返った。
そこにいたのはニューヨークにいるはずの恋人。
その男が赤いバラの花束を手に立っていた。

「ど、道明寺?!どうしたの?え?なんで?なんでアンタがここにいるのよ?」

だが呼ばれた司はつくしの声を訊いてなかったし見ていなかった。
それよりも恋人の手を取ろうとしていた男に視線を合わせ睨んでいた。

「あ。道明寺サン。お久しぶりです」

司は砕けた調子で自分の名前を呼んだ男に見覚えはなかった。
だが司の顏は新聞紙面に載り経済誌の表紙を飾る。
だから知られていても不思議ではなかったが、男のチャラチャラとしたその態度は司の目には不愉快にしか映らなかった。
それに司は同性から畏敬の眼差しを向けられることはあっても笑みを浮かべられたことはない。だが男は司に睨まれても気にすることはなく悠然とした微笑みを浮べていた。

「道明寺サン。俺が誰だか分かりませんか?」

「ああ分かんねぇな。それともテメェは俺に知られていて当然の男か?」

司にそう言われた男は「いいえ」と言ってから、楽しそうに「織部です。織部順平です」と言った。




織部順平。
司はその名前に聞き覚えがあった。
いや。覚えどころではない。しっかりと記憶に刻まれていた。
何故なら織部順平は恋人を罠にかけ傷付けた男だからだ。
それはかつて司が内臓破裂という大けがをさせた男が織部順平の知り合いだったことが発端となり、当時はまだ恋人ではなかったが、牧野つくしは司を憎む織部順平に捕らえられた。
そして喧嘩無敗と言われていた司は彼女が人質として捕らえられたことにより、反撃することが出来ず彼女の無事だけを望み殴られ続け肋骨を折った。

「道明寺サン。思い出してくれたようですね?」

「思い出したも何もテメェがあん時牧野にしたことは一生忘れるつもりはねえな」

織部順平は肋骨を折り入院している司の前に現れ、悪びれることなく、やったことを後悔はしていないと言った。
だが司が傷つけられ殴られるところを見て満足したと言った。
そして司も、かつて重傷を負わせた相手に対しての思いというものから、順平とのことは喧嘩両成敗とでも言おうか。あのことはあれで終わりにした。

だが今日はそうはいかない。
司は織部順平が牧野つくしの傍にいることが気に入らなかった。
彼女に触れようとしていたことが気に食わなかった。

「それで?織部。テメェはなんでここにいる?それから牧野。お前。まさかこいつとここで待ち合わせしてたんじゃねぇよな?」

「何バカなこと言ってるのよ!あたしもさっき彼に気付いたばかりなのよ?」

司は口に出したが恋人が織部順平と示し合わせてここにいるとは思ってない。
それなら偶然の再会ということになるが、司はそんな偶然は必要としていない。
それに司が恋人に会う為にニューヨークからここまで来たのは愛を伝えるためであり、過去に自分がしでかした事件級の問題に向き合うためではない。

「俺がどうしてここにいるかですか?俺、モデルですからね。仕事ですよ。チョコレートのキャンペーンの仕事でここに来たんですよ。それで牧野さんに再会した。ただそれだけですよ」

「そうか。それなら自分の仕事をしろ。牧野に近づくな」

「道明寺サンは相変わらずですね?牧野さんのことになると目の色が変わる。
それにしてもあなたたちはまだ付き合ってたんですね?
あれはあなたが高校を卒業してニューヨークへ渡る前でしたよね?テレビで言いましたよね?好きな女がいて4年後必ず迎えに来るって。でもあれから何年ですか?こうしているってことはあの時言った約束が果たせてないようですね?道明寺サンほど押しの強い人がひとりの女に手間取ってるなんて信じられない思いですけど、俺あの時ちょっと感動したんですよ?道明寺司は牧野つくしのために変わろうとしてんだってね?それからのご活躍はやっぱり牧野さんのためですよね?でもまだ約束が果たせないのは牧野さんがイエスって言わないからですか?あ、もしかしてその花束は牧野さんに何か伝えるための小道具ですか?」

順平は司が手にしているバラの花束を見ると意味ありげに笑った。
だが司はそんな順平に対し睨む表情を変えなかった。

「織部。俺とこいつとのことがお前に関係あるか?人のことをどうこう言うより自分のことを考えた方がいいんじゃねえのか?職業を差別するつもりはねぇがモデルは男が本気でする仕事じゃない。それにお前はあの頃は人気モデルだったかもしれねぇが、こんな地方のスーパーの売り場に売れっ子のモデルが来るとは思えねぇ。今のお前の仕事はあの時と同じでチンケな雑誌、いや。スーパーのチラシで安物のジャケットを着てポーズを取ってる。良くて安手の通販雑誌のモデルか?それにちょっと顏がよけりゃ女が寄ってくる。遊び相手に不自由はない。そんな女たちとだらしない生活を送ってる。違うか?」

司は織部順平がどんな生活をしているか知らなかったが、人気の落ちたモデルの今を想像するのは簡単だった。

「ハハハ!言いますね。道明寺サン。あなたは今では立派な道明寺家の跡取りで世間に見せる顏は優秀な経営の人間の顏をしている。だけど牧野さんのこととなるとすぐムキになる。それは変わってないようですね」

つくしは険悪な雰囲気を漂わせ始めているふたりの男の間に立っていたが、ここはつくしが担当するスーパーのバレンタインの催事場であり揉め事を起こすことは出来ない。
それに買い物に来ている女性客は何事かと様子を窺っている。

「あのね道明寺。ここはあたしが担当しているスーパーのバレンタインの催事場なの。
だからここで騒がれたらお店に迷惑をかけることになるの。それに織部さん、あなたは仕事でここに来たんでしょ?だから向うに戻って仕事して?ほら見て。お客さんがあなたと写真を撮りたいって待ってるわよ?」

順平はつくしの言葉にフッと笑い余裕たっぷりに言った。

「分かりました。俺は自分の仕事をします。道明寺サンに言わせれば賞味期限が過ぎたモデルの俺を呼んでくれた会社のためにチョコレートを売りますよ。売って売ってあなたの会社のチョコレートよりも沢山売ってみせますよ」

つくしは、それは困ると思った。
ライバル会社は営業担当と織部順平のふたり。
それに対してつくしの会社はつくしがひとり。
いくら販促グッズが人気のある男性アイドルのクリアファイルだとしても、ビジュアルが足りない。視覚に訴えるものが不足している。
だが何らかの手を打って女性客の目を引くようなことをしなければライバル会社に勝てそうにないと感じた。だから焦るあまりつくしは思わず叫んでいた。

「皆さん!今日はこちらのスーパーに我社のチョコレートのCMにご出演いただいているジュン・マツモトさんをお招きしました!わたくしどものチョコレートを買って下さった方には彼からバラの花をプレゼントさせて頂きます!数に限りがありますのでお急ぎ下さい!早い者勝ちです!どうぞみなさん我社のチョコレートをお買い求め下さい!」

そして、つくしは隣に立つ司に言った。

「道明寺。お願い。手伝って。アンタが持ってるそのバラの花。うちのチョコレートを買ったお客様に1本ずつ渡して欲しいの。それにアンタ、どことなくジュン・マツモトに似てるじゃない?だから彼のフリをして…..うんうん。彼になりきってバラを渡して!」

「おい。ちょっと待て!ジュン・マツモト?誰だその男は!なんで俺がその男のフリをしなきゃならねぇんだよ!それに俺はこの花をお前にと思って持ってきたんだぞ?それなのになんで__」

司は最後まで言うことが出来なかった。
それは、これまで遠巻きに様子を窺っていた女性たちが喚声と共に押し寄せて来たからだ。

「キャーッ!やっぱりジュンだったのね?似てると思ったの!ジュン!ジュン!あたしジュンがデビューした時からずっと応援して来たの!」

「嘘!ジュンがこんな田舎の店に来てくれたなんて信じらんない!ジュン!愛してる!」

「あたしジュンから赤いバラの花を貰えるなら買うわ!買う!いくらでも買うわ!毎日の食事がチョコレートになっても構わないわ!」

女性たちはこの偶然を逃してなるものかとチョコレートを掴むと司の前に集まったが、それぞれが大量に抱えていた。

「はい。お客様。一列にお並び下さい。今日のジュン・マツモトさんは皆様のために特別にこちらのスーパーに来て下さいました。皆様はとても運がいいお客様です。きっとバレンタインデーには皆様の思いがお相手の方に伝わるはずです」

つくしは言いながら司を見た。
司は恋人から口に出すことなく表情で『おねがい』と下から見上げる視線で言われれば、願いを叶えないわけにはいかなかった。何故ならそれは彼が一番弱い彼女の態度だからだ。
だから司はひと呼吸して、つくしではなく、一番前に並んだ女性に真顔で言った。

「ハッピーバレンタイン」

そして手にしていたバラの花束の中から1本を抜いて渡した。
















「道明寺。ありがとう。お蔭でうちが用意したチョコレート。全部売れたわ」

つくしは仕事を終え、売り場を後にすると、司が乗って来た車の中にいた。

「ねえ。それにしてもなんでアンタがここにいるの?」

「ここにいちゃ悪いか?」

「悪いも何も。来るなら来るって電話してよ!」

「何だよ?その言い方は。せっかく彼氏がニューヨークから来たっていうのに俺たちは電話しなきゃ会えないのか?アポ取らなきゃお前に会えないのか?」

「ち、違うわよ!ただ……突然だから驚いたのよ。それにまさか地方のスーパーにアンタが現れるなんて思わないじゃない….だから驚いたのよ。それにバレンタインのチョコ。ニューヨークに送ったし……」

まさか恋人が地方のスーパーのバレンタイン催事場に現れるとは思いもしなかった。
だから驚いた。それにしても一体何をしに来たのか?仕事のついで?

「仕事のついでじゃない。俺はお前に会うためにあのスーパーに行った。それに渡したい物があったからだ。それなのにお前は….」

司は彼女に渡すバラの花束を抱えてこの街に来た。
だがバラは彼女のひとことで彼女の会社のチョコレートを買った女たちの手に渡った。

「ごめん。道明寺。バラの花よね?本当にゴメン」

恋人は司の落胆に謝った。

「牧野。俺はお前が日本で仕事がしたいって言うから自由にさせていたが、いつまでもお前を一人にしておいたらこんな羽目だ」

「こんな羽目?」

「ああ。大体お前は自覚がなさすぎる。織部順平のような男がお前の回りに何人いると思ってる?あの男のお前を見る目は男が女を見る目だった。俺は覚えてる。アイツが俺の病室でお前に言った言葉をな」

あのとき司は織部順平の歪んだ性格に自分と同じものを感じた。

「もしお前が俺の好きな女じゃなかったら友達になりたかったってな。だが俺に言わせれば男と女の間にダチとしての友情が成り立つのはよっぽどだ。それにお前のように真っ直ぐな女に近づいて来る男は、大体が歪んだ性格の持ち主だ。無いものねだりと言えばそうかもしれねぇが、ま、それは俺が筆頭だが?とにかくお前のその真っ直ぐなところは男には眩しい。惹き付けられる」

世間は司という男が強い男で、主導権は常に司にあり女に左右される男だとは考えもしないだろう。
だが司は自分が分かっている。
自分は牧野つくしと言う女の態度に気を揉むことがあるということを。

「それに目が覚めたとき隣にお前が寝てないことに虚しさを感じる」

ニューヨークと日本の距離を飛び越えて愛し合ったあと、離れ離れになれば、そこのあるのは記憶の影で実体のない女に手を伸ばしたところで温もりを感じることは出来ない。

「それにもしかするとお前の傍に他の男がいて、お前がその男のことを好きになるんじゃねえかと思うと気が狂いそうになる」

とはいえ司は恋人を信じていた。
彼女が他の男を好きになるなど絶対にないということを。
けれど時に不安になることもあった。
だから今日この日。彼女に伝えたい言葉を言った。

「俺はかけがえのない女が手の中をすり抜けていくことがないようにしたい。それにチョコレートはこれ以上もういらない。俺が欲しいのはお前だ。俺の傍にいて欲しい。だからいい加減俺と結婚してくれないか?」

司はそれを言うために帰国した。
だからポケットの中から小さな箱を取り出すと蓋を開けたが、中にあるのはダイヤモンドの指輪。
そして言った。

「イエスと言えよ?」














次の日の朝。
つくしはいつも通りに起きなかった。
何故ならその日はバレンタインデーの翌日の土曜で仕事が休みだったから。
隣に寝ている男を起こさないように、そっと左手を布団の外に出すと、薬指に嵌められている指輪を見た。
それは、恋人から贈られた婚約の印。
今まで日本で仕事がしたいという彼女の願いを訊いてくれた恋人は、彼女の指に指輪を嵌めると、しっかりと確認した。

『いいんだな?』

だからつくしは、「いいわ。結婚するわ。アンタと一緒にニューヨークで暮らすわ」と答えた。


「もう朝か?」

寝息を立てていたはずの男が声をかけてきた。

「うん。でもまだ暗いから」

「そうか。何時だ?」

つくしはベッドの脇に置かれているテーブルの上の時計を見た。

「5時半よ」

「仕事は?」

「休み」

「それなら今日は一日一緒にいられるな?それからこの先もずっとな」

「うん」

ふたりの口調には、かすかな笑いが滲んでいた。




< 完 > *Bittersweet*
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