2016
01.31

最後の初恋

彼の美貌は生まれつきのもので、その残忍さは人格形成におけるひとつの通過点だったのかもしれない。
孤独に成長する人間に見られる自己憐憫は無く、むしろ傲慢だった。

そんな彼が恋した相手は人生における未知だ。
彼女は彼にとって未知の存在だった。
上流と呼ばれる家で育てられた彼は、上っ面を繕うような人間ばかりに囲まれて育ったのだから、無為自然として振る舞う彼女は眩しく感じられた。
そして気取りも自惚れもなく、言葉は素直で飾り気がなかった。


いつの頃からか、彼の会話の中にだんだんと彼女の名前が出て来ることが増えてくるようになった。
それは一種の好奇心なのか?
それとも彼女が自分達と同じような人間ではないと言う思いからだったのだろうか?
そんな彼女は学園では孤立していたが、奇妙なことに彼は彼女に対して自分の気持ちを隠せなくなっていた。
だが棘を含んでいる口は、自分の思いを素直に語ろうとはしなかった。





彼が心に秘めた熱烈な思いは、彼女に伝わることはなかった。
なぜならその表現方法は決して良い結果を生むようなものではなかったから。

そしてそんな彼に応じたのは、彼女の無関心と彼に対しての怖れでしかなかった。

彼にとって彼女の愛情を得ようと努力することは、まず人間の愛情が何であるかを理解することから始まった。
周りの人間は彼がそれを理解するようになるまでには、相当な時間がかかるだろうと思っていた。
なぜならば彼自身、愛情というものを与えられたことが無かったから。
だから愛の定義が何であるか理解できないでいた。
もちろん、愛の定義は人それぞれに異なるのだから、何が正しくて何が悪いということを決めることなど誰にも出来はしない。



富と権力に囲まれて育った男は、自分に持てる力を使って彼女の関心を惹こうとした。
高価なものを与えればいいと彼は思った。
そして品物のように彼女の心が買えると思っていた。
だが彼の魂胆なんて彼女には通用しなかった。

俺の何が気に入らないんだ?おまえが望めば何だって手に入れてやる。
そんな彼に対し、彼女が扉の前で振り返って放ったひとことは彼に大きな驚きを与えた。

『あんたなんかにあたしの価値がわかってたまるもんですか!』

まるでそう言われたかのようだった。
価値ってなんだ?人間に価値なんてあるのか?
価値のある人間が俺の周にいるのか? 
当時の彼がそう考えたのは無理もなかった。
彼が目にしていたのは欲にまみれ権力にこびへつらう人間ばかりだったから。
そんな人間は彼にとっては価値をなさなかった。


あのときの彼女はいつもより魅力的で、愛らしくもあり、彼の気持ちが彼女に向かって急速に傾いていくことを手助けしたことにしかならなかった。
そしてそんな彼女の凛とした潔さに、一瞬だが苦々しい思いをしたのも確かだった。
敬意を払われることがあっても蔑まれることには慣れていなかった。
そんな敬意も親の威光を笠に着てと言われていたことは事実だったから。


漠然としたままの思いを抱えた彼は彼女の貧しさを笑い、生意気さをうとましく思った。
だが彼がその夏、生まれてはじめての口づけをしたとき彼は彼女の魅力を理解した。


未知と思われていたものは、彼の心の中ではじめての恋として花ひらくこととなった。



だが、異常とも言えるような彼女に対してのアプローチとは裏腹に彼女が彼に心を許すことはなかった。
自分を拒否されることに我慢が出来なかった彼は、彼女を自らの欲望の世界に引きずりこもうとしていた。それは17歳の少年の性衝動と言えるものだった。
その結果、彼女に顔をそむけられた時は絶望した自分がいた。





あれほど嫌悪していた女という生き物に対してこの男がこび、へつらう姿を見た友人たちはどんなに富があったとしても、どんなに権力があったとしても彼女には砂糖一袋分の価値にしか思えていないのだと思った。
そんな彼の恋はこの先も前途多難だと思われていた。
だが恋は盲目とはよく言ったもので、誰も彼の思いを止めることは出来なかった。



彼が大勢の他人の前で初めて彼なりの愛情を示したことがある。
怒りに駆られた彼は、彼女をめぐっての乱闘事件を引き起こした。
彼を知る人物がその光景を目にしたとき、どう思っただろうか?
彼は自分が恋している女性に対し、他の誰かが手を伸ばして触れることが許せなかった。
例え相手がどんな立場にいる男であろうと彼の気持ちは変わることはなかった。

そして曖昧な恋愛感情だと思われていたものは、やがてひとつの大きな愛へと変わっていった。
まさか自分がこの世の中の常套句として使われる言葉をこれから先、一生、好んで口にするようになるとは思いもしなかった。



「 愛している 」

その言葉が、自分の口をついて出てくるようになるとは思いもしなかった。
自分の気持ちを伝えるのに、もっと気の利いた言葉を言えないものかと自嘲したが、月並みの言葉しか思い浮かばなかった。



あるとき彼は彼女の顔に浮かぶ満面の笑みを見ながら自分の心臓の鼓動を聞いていた。

胸の高まり・・・

それは・・・

まるで彼女の笑顔が、その笑顔だけが、この世の中で一番の重大事だという思いだった。
彼女の幸せこそが自分の幸せだと気づいたとき、彼は本当の意味での愛を理解した。








司の脳裏に甦った彼の人生で一番輝き、生き生きとした日々。
そして愚かだった自分と彼女に出会ってから輝き出した日々を思い出していた。


1月31日の朝、彼はいつものように大勢の人間に見送られて邸を出た。
愛する人からの貴重な包みを見つけたのはその日の朝、ベッドルームへと届けられたひとつの箱だった。

リムジンが1台彼のすぐ前に止まっている。
彼は今朝届けられた箱を手にその車へと乗り込んだ。



司は包装紙を無頓着に破ることはしなかった。
彼はゆっくりと、慎重に手にした箱の包みを剥がしていった。
そして箱の蓋に手をかけると中を覗いてみた。


何だこれ?


なかから出て来たのは封筒に入った1枚のカード。

その文面は短かった。

『 お誕生日おめでとう 』

と書かれたカード。


司は思った。
たったこれだけか?
こんな大きな箱に入っていたのはたった1枚のカードだけ?

司はこのカードの他に何か封筒に入っていないかを確かめてみたが他には何も無かった。
あいつ、カードだけ入れてプレゼントを入れるのを忘れたんじゃねぇのか?
司はそう思った。



だが、そのカードを裏返したとき、彼はこの大きな箱の意味を知った。
司は自分が微笑みを浮かべていることに気づきもせずカードを見ていた。

そのプレゼントはこの箱でもまだ小さいくらいだと思った。
彼はこの箱には入りきらないほどのプレゼントを受け取った。








『 それで、あたしたちいつ結婚するの? 』





そこに書かれていたのは彼が1カ月前、彼女の誕生日にプロポーズした言葉に対する返事だった。




それは、彼を一番幸せにしてくれる言葉だった。









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司くん、お誕生日おめでとうございます。つくしちゃんとお幸せに。
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