永遠の5歳と言う女の子が大人に向かって講釈を垂れる。
そんなテレビ番組があるが、その女の子の決め台詞は、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」。司は今までの人生でそんな言葉を言われたことはない。
それに司にそんな言葉を言おうと思う人間もいない。
何しろ司は道明寺財閥の後継者で、人が見る姿は引き締まった身体と凛々しい横顔に鋭い視線。それは近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、ボーっとしているようには見えないからだ。
だがこの瞬間、5歳の女の子にそう言われてもおかしくないと感じていた。
それは今ここにある危機とでも言えばいいのか。この危機を乗り越えなければ恋人にそう言われるのではないかという思いがあった。
「ねえねえ道明寺。この卵。ゆで卵だと思う?それとも生卵だと思う?」
土曜日。
司は取引先の社長と予定していたゴルフが社長の愛人が自宅に乗り込んで来て修羅場になっているという先方の都合で流れると、その足で恋人のマンションを訪ねドライブに連れ出した。
その時恋人は、ドライブに行くなら弁当を作るからと言ったが時間がもったいないから弁当はいい。昼メシはどこかで食えばいいと言った。
すると恋人は、「待って!じゃあ昨日の夜ゆでた卵を持って行くから!」と言って冷蔵庫の中から卵を掴んできた。
それにしても何故ドライブに行くのに卵を持って出かける?
お前はゆで卵が好きな女だったか?
そう言いたかったが、恋人は時々突拍子もない行動を取る。だから気に留めることはなかった。
だが休憩を取ろうとサービスエリアに止めた車の中でハンカチに包まれた卵を差し出し言った。
「道明寺。あたしもしかして生卵を持って来たかもしれない。あたし卵はいつも冷蔵庫の卵ポケットに置くんだけどね。つい最近までパックから出さずにそのまま入れてたの。
でもそれを止めてパックから出して置くようにしたの。そうしたら今までだったらパックに入っていたら生卵だって分かったけど、出して並べるようにしたら、生卵とゆで卵がごちゃごちゃになってどれがゆで卵か分からなかくなったの。だからもしかするとこれ生卵かもしれない」
司は恋人が言った卵ポケットやパックと言われてもよく分からなかったが、結論として言えるのは、今恋人が手にしている卵が生卵ならとっくに割れているはずだということ。
だから心配そうな顏をしている恋人に言った。
「あのな。この卵が生なら、ここに来るまでの間に割れてお前の鞄の中は黄色い液体でドロドロになってるはずだ」
「そうよね。やっぱりそうよね?これゆで卵よね?」
司の言葉に、もしかすると生卵を掴んで来たのではないかと思っていた恋人はホッとした表情を浮かべた。
「ああ。ゆで卵だ。俺が言うんだから間違いない。俺が何か間違ったことを言ったことがあるか?」
その言葉に恋人は少しだけ考えたが、「じゃああたしちょっと手を洗って来るね。戻ってきたらこの卵を食べるから預かってくれる?」と言って卵を司に渡し車を降りた。
時々……いや。大人になっても相変わらずおっちょこちょいな所がある司の恋人。
だが司はその恋人が手を洗って来ると言って車を降りた途端、頭を過ったのはもしかすると…という思い。
それは、これはゆで卵だと言ったが、もしかすると生卵かもしれないということ。
だが自信を持ってゆで卵だと言い切った。
生卵ならとっくに割れていると言った。
けれど急に自分の言葉に自信が持てなくなった。
それに、もしこの卵が生卵だとすれば、恋人が卵の殻をむいた途端、黄色いドロリとした液体が彼女を汚すということになる。そして嘘つき!と言われることになるが、司は恋人に嘘をつきと呼ばれたくはない。司は恋人の前ではいい男でいたい。それは頼れる男だということだが、卵ひとつでその信頼を失うことは避けたかった。
だからスマホを取り出すと調べ始めた。
それは生卵とゆで卵を見分ける方法。そこに書かれていたのは、テーブルの上でコマを回すようにクルクルと回転させて止めて動き出すのが生卵。
だが車の中に回す場所などない。
そして他に書かれているのは見た目で判断。光りに透かして光りを通さないのがゆで卵。
だが確実性がない。
だから今司の手にある卵はゆで卵なのか。それとも生卵なのか。
そこで司はあきらに電話することにした。
あきらは人妻との付き合いが多い。
だから卵の見分け方を知っているはずだ。
「ああ。俺だ。お前、卵が生か茹でたものか見分ける方法を知ってるか?」
『はあ?卵がなんだって?』
「だから卵が生かそうでないかを見分ける方法だ!」
『司お前の話はいつもいきなりだが、なんでそんなことを訊く?』
「ああっ?!なんでもいいだろ!いいから早く教えろ。お前は生卵とゆで卵の違いを見分ける方法を知ってるか?」
『そんなこと知るかよ。それに卵ならテーブルの隅でもなんでもいいからぶつけてみれば分かることだろ?生なら殻が割れた途端黄色い液体が零れる。そうじゃないなら白身が覗く。ただそれだけのことだろ?』
あきらは呆れた様に言ったが、まさにその通りだ。
だが今の司が求めているのは、殻を割ることなく見分ける方法だ。
「あきら。俺が訊きたいのは、割ることなく見分ける方法だ。お前人妻と付き合ってんだろ?人妻なら料理くらいするだろうが!だから誰でもいい。人妻に電話して訊け!」
『あのなあ司。俺の付き合ってる人妻は自分で料理をすることはない。はっきり言って卵の茹で方すら知らん。だから俺の周りにいる女に訊くのは無駄だ。それに道明寺司ともあろう男が卵が生かそうじゃないかを確かめる方法を知ってどうすんだよ?』
ダメだ。
話になんねえ。
それに訊いても分からない人間といつまでも話をしていては時間が無駄になる。
こんなことをしている間に恋人は手を洗って戻って来る。
だから司は電話を切ると再びスマホの検索を始めようとしていたところで、電話が鳴ったが、それは恋人から。
『あ、道明寺。あのね、お手洗い終わったんだけどお土産とか見ていい?』
サービスエリアの土産物を見て回るのが好きという恋人。
だから司は卵問題を解決する時間が持てることを喜び「ああ。いいぞ。俺のことは気にするな。ゆっくり見てこい」と言った。そして電話を切ると再び検索を始めたが、指先は動画共有サービスのサイトに触れていた。
それは卵スプーンリレーの動画。
文字通りスプーンを使ってひとつの生卵をリレー方式で受け渡していくゲーム。
卵は重くないが、何故か渡す方も受け取る方もプルプルと手が震えて今にも落としそうになっていた。
司はそれを見ながら思った。
これがスプーンではなく他の手段ならもっと面白いのにと。
それは生卵を手や道具を使うことなく隣の人間に渡すというゲームだが、手を使わないということは、男なら顎の下に挟むが女なら胸の谷間に挟み、隣にいる人間に身体を密着させ受け取ってもらうことになる。
つまり生卵を恋人の胸の谷間に挟み、司はその卵を身体で受け取ることをする。
だが渡すものは生卵。もし割りでもすれば、それこそ洋服は黄色い液体に塗れることになる。
だから慎重さを要することになる。
そしてこのゲームの参加者は司と恋人のふたりだけ。
いつだったか。ポッキーゲームとやらで咥えた菓子を無視して唇を重ねたことがあったが、あれは子供じみた遊び。だがこれはスリルを伴う大人の遊び。
いやだが生卵じゃ色気もへったくれもない。
それなら何を挟んで渡す?
ドキドキしながらもエロさが感じられるもの。
それは_______
桃。
そうだ。甘くてジューシーな桃。
それなら卵と違って身体についても舐めることが出来る。
つい先日夢の中に出て来たのはマンゴーだったが桃も捨てがたい。
それにこれは無事に相手に受け渡すことや勝つことが目的じゃない。
ゲームと言う名でいかに相手の身体に密着することが出来るかを楽しむセクシーな戯れ。
そこで司は桃を使った受け渡しゲームの様子を想像した。
「いいか。牧野。このゲームに負けた方は相手チームの言う事を何でも訊くことになる。
俺たちの対戦するチームはあきらと人妻のチームだ。だから絶対に負けられない戦いだ。そのためにも練習が必要になる」
そう言った司の顎の下に挟まれているのは熟れ切った桃。
それを落とすことなく恋人に渡すにはどうすればいいか。
ルールはとにかく桃が床に落ちなければいい。
だから恋人の身体を引き寄せ密着させると、司と同じように顎で挟めるようにしようとした。
だが恋人は身体をひねって受け取ろうとしたとき足を滑らせ転びそうになった。
だから司は恋人を抱き、その身体を自分の上にして床に倒れこんだ。
「牧野。大丈夫か?」
「ええ。大丈夫。それに桃も無事よ。落ちてないわ。桃はあたし達の間にあるわ」
恋人が言った通り桃はふたりの間にある。
だがこの状況は司が抱きしめていることもあり、いつも小ぶりな胸が両側から寄せられて谷間が出来て桃はその谷間に収まっていた。
「そうか。桃も無事か。それなら練習を続けるか」
司は言うと恋人を抱きしめたまま身体を捻り彼女を自分の身体の下にした。
そして恋人の胸の谷間にある桃を押し上げて顎の下に挟もうとした。
だがそうするためには、顔を恋人の胸に押し付けることになるが、それは実に楽しくてやらしい行為だが、司は先日恋人から受け取ったメールを思い出していた。
それはかしこまった社内メールの文末に書かれた「やらしくお願いします」。
だがそれは「よろしくお願いします」を打ち間違えたに過ぎないと分かっているが、そのメールを受け取ったのが司だけで良かったと思った。
何しろ「やらしくお願いします」そんなメールが送られて来た男は、頼まれた以上送って来た女にやらしい事をするに決まってる。
だからこそ司は、送られてきた男の権利とばかりやらしい事を続けることにしたが、これから桃運びよりもっと露骨にやらしいことをするつもりだった。
そうだ。シルクのシャツが桃の汁で汚れても構わなかった。
裸になった身体に桃の果肉を擦り付け、スムージーのようになったとしても、ふたりして桃源郷に行くことが出来るならそれで___
その時だった。
「ごめんね、道明寺。遅くなっちゃった。ねえこれ見て。これここのサービスエリアの名物なんだって。試食したら凄く美味しかったから買っちゃった」
と言って助手席のドアが開き乗って来た恋人が見せてくれたのは何かの漬物。
「あ、それからこれもね?」
次に見せてくれたのはブルーベリージャム。
「ブルーベリーは目にいいから買っちゃった」
と言ったが、それならそれを喰って「よろしく」と「やらしく」を間違えないようにしてくれと言いたかったが、「さてと。ゆで卵食べなくちゃ。道明寺。それ頂戴?」と言われ司は慌てた。
預けられたこの卵が茹でたものか。それとも生なのかの結論を出せていないからだが、恋人は司がゆで卵だと言ったことを信じて卵の殻を剥こうとしていた。
「ま、牧野。ちょっと待て。お前なにもここで___」と言いかけたが時すでに遅し。
次の瞬間悲鳴が上がると思ったが悲鳴は上がらなかった。
そこには丁寧に卵の殻を剥く恋人の姿があって司はマジマジと卵を見つめたが、それに気付いた恋人は、「やだ。どうしたの?道明寺、もしかして卵食べたいの?それならそうと言えばいいのに。じゃあどうぞ。食べていいわよ?」
と言ってきれいに殻を剥いた卵を差し出したが、司はいや、そうじゃないんだと言いたかったが、微笑みを浮かべた恋人の手から卵を受け取った。
そして暫く卵を見つめ、それから恋人を見た。
「牧野」
「なに?どうかした?」
「これ、半分にしないか?」
「?」
「だから半分お前が食え。俺とお前はふたりでひとりだ。だからこの卵も半分お前にやる」
司は言うと卵を半分だけ食べた。
そして残りを差し出すと恋人が、「道明寺遠慮しなくてもいいのに。本当にいいの?」と言ってから食べる様子を見ていたが、「いいか。牧野。卵は生命の誕生や再生の象徴だ。それに今はごく当たり前に手に入る卵だが昔は贅沢なもので庶民は手に入れることが出来なかった。その卵を俺とお前は分け合って食べた。これから先も俺は何でもお前と分け合いたい。それは喜びも苦しみもってことだが、この卵は喜びのひとつだな。美味かったぞ、牧野」
と言って怪訝な顔をして司を見る恋人に笑ってみせたが、内心では卵が生じゃなくて本当に良かったと胸を撫で下ろしていた。
大財閥の御曹司である男が恋人とゆで卵を分け合い食べる。
それは微笑ましい光景を通り越して何かの儀式かまじないに見えるかもしれない。
だがそうだとしてもいいじゃないか。
愛する人とは全てを分かち合いたいと思うのが司なのだから。
喜びも哀しみも。
そして快楽も。
「なあ牧野。ところでお前。桃。好きだろ?」
「も…..桃?」
「そうだ。桃だ」
「え?….うん…..嫌いじゃないけど」
だがそう言った女の言葉に若干の戸惑いがあるのは、司の顔に浮かんだ何かを読み取ったから。
そして司は恋人の戸惑いの表情に対し自身の顔に笑みを浮かべたが、その笑みが深まり、やがてそれが捕食者の笑みへと変わるのを感じていた。
「牧野…..」
「え?なに?」
恋人が助手席で身じろぎをしたのは、司が近づいて来たから。
「ちょっと待って!ま、待って!周りに人がいる!ちょっとここサービスエリア___!!」
周りに人がいようがサービスエリアだろうが、パーキングエリアだろうがキスをするのに場所は関係ない。キスはしたくなったらするもので遠慮なんかするものか。
それに卵を食べた後だとしても関係ない。
それにしても卵が生卵じゃなくてゆで卵で本当に良かった。
あの卵がゆで卵だったことで男としての威厳は保たれた。
何しろ男は威厳が肝心なのだから。
司は常に大局を見る。
それは企業の経営に係わる人間にとって必要なこと。
だから普段の司なら卵が生だろうが茹でたものであろうがどうでもいい。
だがそれに恋人が係わってくると全く違う。
何故なら恋人は司の全てで、司の世界は彼女を中心に回っているのだから。
それに司の人生ですべきことは決まっている。
そして今すべきことは、恋人を抱きしめてキスして愛してると言うこと。
だから唇を離すと言った。
「愛してる。牧野」と。

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そんなテレビ番組があるが、その女の子の決め台詞は、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」。司は今までの人生でそんな言葉を言われたことはない。
それに司にそんな言葉を言おうと思う人間もいない。
何しろ司は道明寺財閥の後継者で、人が見る姿は引き締まった身体と凛々しい横顔に鋭い視線。それは近寄りがたい雰囲気を醸し出していて、ボーっとしているようには見えないからだ。
だがこの瞬間、5歳の女の子にそう言われてもおかしくないと感じていた。
それは今ここにある危機とでも言えばいいのか。この危機を乗り越えなければ恋人にそう言われるのではないかという思いがあった。
「ねえねえ道明寺。この卵。ゆで卵だと思う?それとも生卵だと思う?」
土曜日。
司は取引先の社長と予定していたゴルフが社長の愛人が自宅に乗り込んで来て修羅場になっているという先方の都合で流れると、その足で恋人のマンションを訪ねドライブに連れ出した。
その時恋人は、ドライブに行くなら弁当を作るからと言ったが時間がもったいないから弁当はいい。昼メシはどこかで食えばいいと言った。
すると恋人は、「待って!じゃあ昨日の夜ゆでた卵を持って行くから!」と言って冷蔵庫の中から卵を掴んできた。
それにしても何故ドライブに行くのに卵を持って出かける?
お前はゆで卵が好きな女だったか?
そう言いたかったが、恋人は時々突拍子もない行動を取る。だから気に留めることはなかった。
だが休憩を取ろうとサービスエリアに止めた車の中でハンカチに包まれた卵を差し出し言った。
「道明寺。あたしもしかして生卵を持って来たかもしれない。あたし卵はいつも冷蔵庫の卵ポケットに置くんだけどね。つい最近までパックから出さずにそのまま入れてたの。
でもそれを止めてパックから出して置くようにしたの。そうしたら今までだったらパックに入っていたら生卵だって分かったけど、出して並べるようにしたら、生卵とゆで卵がごちゃごちゃになってどれがゆで卵か分からなかくなったの。だからもしかするとこれ生卵かもしれない」
司は恋人が言った卵ポケットやパックと言われてもよく分からなかったが、結論として言えるのは、今恋人が手にしている卵が生卵ならとっくに割れているはずだということ。
だから心配そうな顏をしている恋人に言った。
「あのな。この卵が生なら、ここに来るまでの間に割れてお前の鞄の中は黄色い液体でドロドロになってるはずだ」
「そうよね。やっぱりそうよね?これゆで卵よね?」
司の言葉に、もしかすると生卵を掴んで来たのではないかと思っていた恋人はホッとした表情を浮かべた。
「ああ。ゆで卵だ。俺が言うんだから間違いない。俺が何か間違ったことを言ったことがあるか?」
その言葉に恋人は少しだけ考えたが、「じゃああたしちょっと手を洗って来るね。戻ってきたらこの卵を食べるから預かってくれる?」と言って卵を司に渡し車を降りた。
時々……いや。大人になっても相変わらずおっちょこちょいな所がある司の恋人。
だが司はその恋人が手を洗って来ると言って車を降りた途端、頭を過ったのはもしかすると…という思い。
それは、これはゆで卵だと言ったが、もしかすると生卵かもしれないということ。
だが自信を持ってゆで卵だと言い切った。
生卵ならとっくに割れていると言った。
けれど急に自分の言葉に自信が持てなくなった。
それに、もしこの卵が生卵だとすれば、恋人が卵の殻をむいた途端、黄色いドロリとした液体が彼女を汚すということになる。そして嘘つき!と言われることになるが、司は恋人に嘘をつきと呼ばれたくはない。司は恋人の前ではいい男でいたい。それは頼れる男だということだが、卵ひとつでその信頼を失うことは避けたかった。
だからスマホを取り出すと調べ始めた。
それは生卵とゆで卵を見分ける方法。そこに書かれていたのは、テーブルの上でコマを回すようにクルクルと回転させて止めて動き出すのが生卵。
だが車の中に回す場所などない。
そして他に書かれているのは見た目で判断。光りに透かして光りを通さないのがゆで卵。
だが確実性がない。
だから今司の手にある卵はゆで卵なのか。それとも生卵なのか。
そこで司はあきらに電話することにした。
あきらは人妻との付き合いが多い。
だから卵の見分け方を知っているはずだ。
「ああ。俺だ。お前、卵が生か茹でたものか見分ける方法を知ってるか?」
『はあ?卵がなんだって?』
「だから卵が生かそうでないかを見分ける方法だ!」
『司お前の話はいつもいきなりだが、なんでそんなことを訊く?』
「ああっ?!なんでもいいだろ!いいから早く教えろ。お前は生卵とゆで卵の違いを見分ける方法を知ってるか?」
『そんなこと知るかよ。それに卵ならテーブルの隅でもなんでもいいからぶつけてみれば分かることだろ?生なら殻が割れた途端黄色い液体が零れる。そうじゃないなら白身が覗く。ただそれだけのことだろ?』
あきらは呆れた様に言ったが、まさにその通りだ。
だが今の司が求めているのは、殻を割ることなく見分ける方法だ。
「あきら。俺が訊きたいのは、割ることなく見分ける方法だ。お前人妻と付き合ってんだろ?人妻なら料理くらいするだろうが!だから誰でもいい。人妻に電話して訊け!」
『あのなあ司。俺の付き合ってる人妻は自分で料理をすることはない。はっきり言って卵の茹で方すら知らん。だから俺の周りにいる女に訊くのは無駄だ。それに道明寺司ともあろう男が卵が生かそうじゃないかを確かめる方法を知ってどうすんだよ?』
ダメだ。
話になんねえ。
それに訊いても分からない人間といつまでも話をしていては時間が無駄になる。
こんなことをしている間に恋人は手を洗って戻って来る。
だから司は電話を切ると再びスマホの検索を始めようとしていたところで、電話が鳴ったが、それは恋人から。
『あ、道明寺。あのね、お手洗い終わったんだけどお土産とか見ていい?』
サービスエリアの土産物を見て回るのが好きという恋人。
だから司は卵問題を解決する時間が持てることを喜び「ああ。いいぞ。俺のことは気にするな。ゆっくり見てこい」と言った。そして電話を切ると再び検索を始めたが、指先は動画共有サービスのサイトに触れていた。
それは卵スプーンリレーの動画。
文字通りスプーンを使ってひとつの生卵をリレー方式で受け渡していくゲーム。
卵は重くないが、何故か渡す方も受け取る方もプルプルと手が震えて今にも落としそうになっていた。
司はそれを見ながら思った。
これがスプーンではなく他の手段ならもっと面白いのにと。
それは生卵を手や道具を使うことなく隣の人間に渡すというゲームだが、手を使わないということは、男なら顎の下に挟むが女なら胸の谷間に挟み、隣にいる人間に身体を密着させ受け取ってもらうことになる。
つまり生卵を恋人の胸の谷間に挟み、司はその卵を身体で受け取ることをする。
だが渡すものは生卵。もし割りでもすれば、それこそ洋服は黄色い液体に塗れることになる。
だから慎重さを要することになる。
そしてこのゲームの参加者は司と恋人のふたりだけ。
いつだったか。ポッキーゲームとやらで咥えた菓子を無視して唇を重ねたことがあったが、あれは子供じみた遊び。だがこれはスリルを伴う大人の遊び。
いやだが生卵じゃ色気もへったくれもない。
それなら何を挟んで渡す?
ドキドキしながらもエロさが感じられるもの。
それは_______
桃。
そうだ。甘くてジューシーな桃。
それなら卵と違って身体についても舐めることが出来る。
つい先日夢の中に出て来たのはマンゴーだったが桃も捨てがたい。
それにこれは無事に相手に受け渡すことや勝つことが目的じゃない。
ゲームと言う名でいかに相手の身体に密着することが出来るかを楽しむセクシーな戯れ。
そこで司は桃を使った受け渡しゲームの様子を想像した。
「いいか。牧野。このゲームに負けた方は相手チームの言う事を何でも訊くことになる。
俺たちの対戦するチームはあきらと人妻のチームだ。だから絶対に負けられない戦いだ。そのためにも練習が必要になる」
そう言った司の顎の下に挟まれているのは熟れ切った桃。
それを落とすことなく恋人に渡すにはどうすればいいか。
ルールはとにかく桃が床に落ちなければいい。
だから恋人の身体を引き寄せ密着させると、司と同じように顎で挟めるようにしようとした。
だが恋人は身体をひねって受け取ろうとしたとき足を滑らせ転びそうになった。
だから司は恋人を抱き、その身体を自分の上にして床に倒れこんだ。
「牧野。大丈夫か?」
「ええ。大丈夫。それに桃も無事よ。落ちてないわ。桃はあたし達の間にあるわ」
恋人が言った通り桃はふたりの間にある。
だがこの状況は司が抱きしめていることもあり、いつも小ぶりな胸が両側から寄せられて谷間が出来て桃はその谷間に収まっていた。
「そうか。桃も無事か。それなら練習を続けるか」
司は言うと恋人を抱きしめたまま身体を捻り彼女を自分の身体の下にした。
そして恋人の胸の谷間にある桃を押し上げて顎の下に挟もうとした。
だがそうするためには、顔を恋人の胸に押し付けることになるが、それは実に楽しくてやらしい行為だが、司は先日恋人から受け取ったメールを思い出していた。
それはかしこまった社内メールの文末に書かれた「やらしくお願いします」。
だがそれは「よろしくお願いします」を打ち間違えたに過ぎないと分かっているが、そのメールを受け取ったのが司だけで良かったと思った。
何しろ「やらしくお願いします」そんなメールが送られて来た男は、頼まれた以上送って来た女にやらしい事をするに決まってる。
だからこそ司は、送られてきた男の権利とばかりやらしい事を続けることにしたが、これから桃運びよりもっと露骨にやらしいことをするつもりだった。
そうだ。シルクのシャツが桃の汁で汚れても構わなかった。
裸になった身体に桃の果肉を擦り付け、スムージーのようになったとしても、ふたりして桃源郷に行くことが出来るならそれで___
その時だった。
「ごめんね、道明寺。遅くなっちゃった。ねえこれ見て。これここのサービスエリアの名物なんだって。試食したら凄く美味しかったから買っちゃった」
と言って助手席のドアが開き乗って来た恋人が見せてくれたのは何かの漬物。
「あ、それからこれもね?」
次に見せてくれたのはブルーベリージャム。
「ブルーベリーは目にいいから買っちゃった」
と言ったが、それならそれを喰って「よろしく」と「やらしく」を間違えないようにしてくれと言いたかったが、「さてと。ゆで卵食べなくちゃ。道明寺。それ頂戴?」と言われ司は慌てた。
預けられたこの卵が茹でたものか。それとも生なのかの結論を出せていないからだが、恋人は司がゆで卵だと言ったことを信じて卵の殻を剥こうとしていた。
「ま、牧野。ちょっと待て。お前なにもここで___」と言いかけたが時すでに遅し。
次の瞬間悲鳴が上がると思ったが悲鳴は上がらなかった。
そこには丁寧に卵の殻を剥く恋人の姿があって司はマジマジと卵を見つめたが、それに気付いた恋人は、「やだ。どうしたの?道明寺、もしかして卵食べたいの?それならそうと言えばいいのに。じゃあどうぞ。食べていいわよ?」
と言ってきれいに殻を剥いた卵を差し出したが、司はいや、そうじゃないんだと言いたかったが、微笑みを浮かべた恋人の手から卵を受け取った。
そして暫く卵を見つめ、それから恋人を見た。
「牧野」
「なに?どうかした?」
「これ、半分にしないか?」
「?」
「だから半分お前が食え。俺とお前はふたりでひとりだ。だからこの卵も半分お前にやる」
司は言うと卵を半分だけ食べた。
そして残りを差し出すと恋人が、「道明寺遠慮しなくてもいいのに。本当にいいの?」と言ってから食べる様子を見ていたが、「いいか。牧野。卵は生命の誕生や再生の象徴だ。それに今はごく当たり前に手に入る卵だが昔は贅沢なもので庶民は手に入れることが出来なかった。その卵を俺とお前は分け合って食べた。これから先も俺は何でもお前と分け合いたい。それは喜びも苦しみもってことだが、この卵は喜びのひとつだな。美味かったぞ、牧野」
と言って怪訝な顔をして司を見る恋人に笑ってみせたが、内心では卵が生じゃなくて本当に良かったと胸を撫で下ろしていた。
大財閥の御曹司である男が恋人とゆで卵を分け合い食べる。
それは微笑ましい光景を通り越して何かの儀式かまじないに見えるかもしれない。
だがそうだとしてもいいじゃないか。
愛する人とは全てを分かち合いたいと思うのが司なのだから。
喜びも哀しみも。
そして快楽も。
「なあ牧野。ところでお前。桃。好きだろ?」
「も…..桃?」
「そうだ。桃だ」
「え?….うん…..嫌いじゃないけど」
だがそう言った女の言葉に若干の戸惑いがあるのは、司の顔に浮かんだ何かを読み取ったから。
そして司は恋人の戸惑いの表情に対し自身の顔に笑みを浮かべたが、その笑みが深まり、やがてそれが捕食者の笑みへと変わるのを感じていた。
「牧野…..」
「え?なに?」
恋人が助手席で身じろぎをしたのは、司が近づいて来たから。
「ちょっと待って!ま、待って!周りに人がいる!ちょっとここサービスエリア___!!」
周りに人がいようがサービスエリアだろうが、パーキングエリアだろうがキスをするのに場所は関係ない。キスはしたくなったらするもので遠慮なんかするものか。
それに卵を食べた後だとしても関係ない。
それにしても卵が生卵じゃなくてゆで卵で本当に良かった。
あの卵がゆで卵だったことで男としての威厳は保たれた。
何しろ男は威厳が肝心なのだから。
司は常に大局を見る。
それは企業の経営に係わる人間にとって必要なこと。
だから普段の司なら卵が生だろうが茹でたものであろうがどうでもいい。
だがそれに恋人が係わってくると全く違う。
何故なら恋人は司の全てで、司の世界は彼女を中心に回っているのだから。
それに司の人生ですべきことは決まっている。
そして今すべきことは、恋人を抱きしめてキスして愛してると言うこと。
だから唇を離すと言った。
「愛してる。牧野」と。

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