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2019
10.27

魔女のハロウィン

「どきなさい」

そう言ったのは見るからに高級だと分かる黒い服を着た女性。
真っ黒な髪はきっちりと結われ、化粧は非の打ちどころがないといえるほど完璧に仕上げられ、その雰囲気は、まさに優雅という言葉が相応しいと言えた。
そしてその言葉にもう一言付け加えるなら冷たいという言葉。
それが道明寺楓を形容する鉄の女と同じ意味を持つことは誰もが知っているが、そんな女性も二人の子供の母親で、結婚してロサンゼルスで暮らす娘と高校生の息子がいた。

気丈な性格で夫が病に倒れた後に事業を継ぎ、後継者である息子が一人前になるまでは彼女が財閥の舵を取ると言われていたが、肝心な息子は気性が激しく手に負えないことは誰もが知るところであり、財閥の未来は不透明だと言われていた。

だからその不透明さを透明に変えるため、財閥にただひとつたりなかった石油事業を必要だと考えた母親は、息子を政略結婚させることで財閥の未来を変えようとしていた。
だがそんなことを思う楓の前に現れたのはひとりの少女。
息子はその少女を愛しているといって結婚したいと言った。しかし、その娘は息子の結婚相手に相応しいとは言えなかった。だから楓は息子の前から少女を排除しようとした。
少女のことを薄汚いドブネズミと卑下した。
だが少女は生意気にも言った。「あなたは最低です。世の中にはお金よりも大切なものがある」と____


だが人生とは不思議なもので、まさか自分がその少女を息子の伴侶として認める日が来るとは思わなかった。
そしてある日、結婚した二人は楓の前でこう言った。

「赤ちゃんが出来ました」















「おばあ様!早く!」

楓はあの時、息子の妻のお腹の中にいた赤ん坊の祖母になった。
生まれたのは髪の毛がクルクルと巻いる我が子によく似た活発な男の子。
4歳の孫が楓の手をひっぱり連れて行こうとしているのは、家族が過ごすリビングルーム。
楓は普段ニューヨークで暮らしていて世田谷の邸を訪れたのは久し振りだった。

「ほら!おばあ様見て!これ凄いよね?ハロウィンだからママが作ってくれたんだよ!
これヘンゼルとグレーテルに出てくる家だよ!ヘンゼルとグレーテルは森で悪い魔女に捕まっちゃうんだ。でも悪い魔女は最後にパンを焼く釜で焼かれて死んじゃうんだ」

楓はそこにあるヘクセンハウスを見た。
ヘクセンハウスとはドイツ語で直訳すると魔女の家という意味。
元々グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』に登場するお菓子の家を指す言葉だが、それがいつの間にかお菓子で作ったミニチュアの家のこともヘクセンハウスと呼ぶようになったが、楓の前にあるのは文字通りテーブルの上に乗ったお菓子の家だ。

そして楓は孫が悪い魔女という言葉を口にしたとき思わず笑った。
何故なら楓は孫の母親がかつて彼女のことを魔女と呼んでいたことを知っているからだが、それは懐かしい昔話であり、あの当時手を焼いていた息子も今では自慢の息子だ。
だがもしかするとこのお菓子の家は嫁の楓に対する嫌味かと思った。

「ねえ、おばあ様。これ全部食べれるんだって!ママこんなの作れるなんて凄いよね?」

「そうね。ママはお菓子作りが上手ね?」

「うん!ママはクッキーが一番得意だって言ってた。だからこの家の壁も屋根もママが焼いたクッキーで出来てるよ。それに屋根が茶色いのはチョコレートがかかってるからだよ。
それから白いのは雪なんだ。その雪もとっても甘い雪でアイシングってやつなんだって!」

楓の前でお菓子の家について説明をしてくれる孫は、ハロウィンのお菓子を貰うことを楽しみにしているが、道明寺家の子供が近所の家を訪ねてお菓子を貰うことなど出来るはずもなく、父親の友人達の家を訪ね用意されている菓子を貰っていた。

「ねえおばあ様。明日は僕と一緒にお菓子を貰いに行ってくれるんだよね?僕がお菓子をくれないと悪戯するぞって言うから、今までママがしてくれたようにおばあ様も僕の後ろに立って見てて欲しいんだ!」

楓は息子から二番目の子供がお腹にいて、つわりが酷い息子の嫁の代わりにお菓子を貰う孫に付き添ってくれないかと言われていた。
だからいいわよと答えた。
そして海賊の衣装を着た孫と一緒に車に乗り込むと目的の場所へ向かった。










「総二郎おじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」

楓は孫を連れ茶道家元の息子にして無類の女好きだが、我が子の幼馴染みである西門総二郎の邸を訪れた。すると楓の付き添いに総二郎の笑顔は引きつっていたが、「今年はおばあ様と一緒か?よかったな」と言った。


「あきらおじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」

次に訪れた美作商事の専務、美作あきらの邸でも、あきらの顔は笑いながらもやはり引きつっていたが、「お母さんの具合はどうだ?まだ具合が悪そうか?」と言って母親のことを心配していた。


「類おじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」

最後に訪れた花沢物産の後継者であり副社長の類は、表情を変えることなく暫く楓をじっと見つめると言った。

「おばさん。その恰好、お似合いです」

「そうかしら?」

楓は片眉を上げながら言ったが、楓のことをおばさんと呼ぶのは類だけだ。
そして楓は3人のうち誰が楓の装いを口にするだろうと思っていたが、それが息子の幼馴染みの中でも一番考えていることが分かりにくいと言われる類だとは思いもしなかったが、マイペースを貫きながらも着実に仕事の成果を挙げる花沢類が嫌いではない。
そして類から似合うと言われた楓の格好は、これを巧のために着て欲しいと息子が用意していた黒いドレス。そしてドレスと一緒に用意されていたのは、てっぺんが尖った黒い帽子と老木で出来た長い杖。
それは誰が見ても魔女の姿で、楓は黒い帽子を被り手に杖を持ち立っていた。

「はい。おばさんによくお似合いです。それにしてもおばさんのように息子には厳しかった人も孫には違うんですね?」

孫は可愛い。
目の中に入れても痛くないとはよく言ったもので、楓も孫を持って初めて知った。
そして孫という存在は、楓の心に安らぎを与え、孫になら何をされても何を言われても受け入れることが出来る。
もし孫がニューヨークのビルが欲しいと言えば買ってやるし、孫のためなら楓の持つ権力の全てを使ってどんなことでも叶えてやるつもりだ。

「ええ。司は厳しく育てたわ。その結果はあなたも知っての通り。あの子はつくしさんに会わなければ今頃どうなっていたかしらね?考えるのも恐ろしいわ」

楓はそこで自分の傍に立つ男の子が、類から貰った大きな袋の中を覗いて、「やったー!類おじさんのお菓子の中にはフランスのチョコレートが入ってるよ!」とはしゃいでいる様子を見ていた。

「孫は、巧は司とは全く違う存在よ。この子はわたくしの血を受け継いでいるけどわたくしには似てないわ。それに外見は司が子供の頃にそっくりとだけど性格は全く違うわ。
見てちょうだい。この子のコロコロ変わる豊かな表情。司がこの子と同じ年頃の頃にはいつもムスッとしてたわ。それにこの子はつくしさんの慎重さと司の大胆さを併せ持つ性格ね。
あなたは知っていると思うけど、つくしさんは考え始めるとこれでいいのか。彼女はうじうじと考えることが多かったでしょ?だから最終的な結論に辿り着くまでが長いのよ。そしてこの子もそういった所があるわ」

実際楓が二人の結婚を認めてから、尻込みしたとは言わないが色々と悩んだのは彼女の方だ。

「でも司は何かに向かって進む時は一生懸命で脇目も振らないわ。あの子はつくしさんと結婚するため課されたことを確実にこなしていった。ビジネスには真摯に取り組んだわ。
巧はそんな父親と母親のものの考え方を受け継いでいるわ。つまりこの子は時々後ろを振り返るような子。今日だってわたくしがちゃんと付いて来ているかを振り返って確認する子よ。司と違って独りよがりではないわ。周りのことを気遣う子。でも司は我儘で周りのことなんてお構いなしだった。そうでしょ?」

楓はそう言って孫が被っている海賊の帽子の傾きを直した。

「そうですね。司は独善的なところがありましたから。でも牧野に出会ってから変わりましたけどね。それにしても、おばさん。その恰好本当によくお似合いですよ」

「そう?まさかこの年になってこんな恰好をするとは思いもしなかったけど、似合うと言ってくれたのはあなたが初めてよ」

「ええ。とても。それに巧くんの後ろに控えているあなたの姿は威圧感があり過ぎですよ。
それに鉄の女と呼ばれたおばさんが持つ杖は世の中の全てを変えてしまいそうな気がします。そして僕はその杖でカエルに変えられてしまうでしょう」

楓はそう言われ少し気取った様子で帽子に手をやった。
類の言葉には嫌味とも取れる言葉が含まれていたが気にはならなかった。
むしろ魔女のコスチュームが似合うと言われ何故か嬉しかった。

「花沢物産の副社長をカエルに変えるのも面白そうね?それで?もしわたくしがあなたをカエルに変えたとして誰があなたを人間に戻してくれるのかしらね?」

楓はかつて類が牧野つくしのことが好きだったという話を訊いていた。
だから口調こそやさしいが、もし類が息子の妻であり孫の母親を奪おうというなら絶対に解けない魔法で永遠にカエルのままにしておくつもりだ。

「おばさん。心配しないで下さい。僕が牧野の事を好きだったのは随分と昔の話で今は司の奥さんとしか見ていませんから。それに僕の牧野に恋をしていると思ったのは長い人生の中の一瞬でおばさんが気にすることではありませんから」

類はそう言って微笑んだが、花沢類は策士であり油断が出来ない男だ。
だから楓は類の微笑みを受け入れながらも、その目は類をじっと見つめた。

「おばあ様!類おじさんをカエルに変えちゃダメだよ!だっておじさんはカエルが苦手なんだから!」

楓は、祖母を見上げて言った巧に目を落とすと今度は類を見た。

「あらそう。あなたカエルが苦手なの?」

「ええ。実はそうなんです。だから僕をカエルに変えるのは止めて下さい。それに僕をカエルから人間に戻してくれる人が現れるかどうか分かりませんから。となると僕は一生をカエルで終えることになる。だから僕に魔法をかけるのは止めて下さい」

と、言った類は真面目な顏をしていた。











「ねえ、おばあ様」

「なあに?」

「さっき類おじさんと話していたおばあ様って本物の魔女みたいに見えたよ!」

「本当?」

「うん……ちょっと怖い顔してたから。でもおばあ様は悪い魔女じゃないよ。いい魔女だよ!」

「いい魔女?」

「そうだよ。シンデレラがお城の舞踏会に行くことが出来るようにカボチャの馬車を用意してくれるやさしい魔女だよ」

楓は車の中で貰ったお菓子を大事そうに膝に抱えた孫の姿に頬がゆるみ、自分のことをいい魔女だという孫を微笑みを浮かべて見た。
そして巧の笑顔に幼かった頃の我が子の姿を見たような気がした。
それは我が子幼かった頃に一緒に過ごすことがなかったとしても、その笑顔を直接見ることがなかったとしても、いつも心の中には、今、目の前で見ている笑顔があった。
だがそれは我が子の成長を見ることが出来なかった自分が生み出した幻だったとしても、今ここでこうして孫が浮かべる微笑と、我が子が浮かべていた微笑みは同じだったはずだと思った。

「巧。おばあ様はあなたのためなら、悪い魔女にもなれるわ。それに魔女はどんな願いでも叶えてあげることが出来るのよ。でもその代わり悪い子にはその子を懲らしめる魔法をかけるわ。だから悪い事をしちゃダメ。ママの言うことをちゃんと聞いていい子でいなきゃダメよ。今のママは巧の弟か妹がお腹の中にいて大変なんですもの」

「うん。分かってるよ。だってパパも凄く心配してるよ。朝だって起きて来なくていいっていつも言ってるから。でもママは頑張って起きてくるんだ。僕はひとりで服も着れるし歯も磨けるし、ちゃんとハンカチを持って出かけることも出来るから大丈夫だって言うんだけどママは心配性なんだって!」

ママは心配性。
だが親なら誰でもそうだ。
我が子を想い心配するのは当たり前だ。
楓も我が子が命を失うかもしれないというとき、仕事を放り出してニューヨークから駆け付けたが、太平洋の上を飛行する機内で一秒でもいいから早く息子の傍に行きたいと望んだ。

「そうね。ママは心配性ね?でも巧は自分のことは自分で出来るのね?偉いわね?さあ、お家に帰ったら頂いたお菓子を開けて食べましょうね?」

「うん!おばあ様も一緒に食べようよ!」

「あら。おばあ様にも分けてくれるの?巧は優しいわね?」

楓は愛情表現が苦手だった。
自分は子供を褒めることも可愛がることも出来ない性格だと思っていた。
だがそれは孫が生まれるまでの話で、孫が生まれてからの彼女は変わった。
それに自分をおばあ様と慕ってくれる孫は本当に可愛い。
その存在を愛おしく思えば思うほど顏には自然に笑みが広がる。
そしてこの瞬間は、かけがえのない大切な時間であり、こんなに愛らしい孫を生んでくれた息子の妻に対しての今の気持ちは感謝しかなかった。

「でもね、巧。ご夕食の前にお菓子を食べたらママに怒られるから、おばあ様のお部屋でこっそりいただきましょうね?」

そう言った楓は孫の柔らかな頬に触れたが、かつて孫の母親からは魔女と言われ、世間からは日本経済を牛耳る鉄の女と言われた女の顔にも、今は優しい祖母の微笑みが浮かんでいた。




< 完 >*魔女のハロウィン*
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