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2019
09.16

金持ちの御曹司~受け止めて!この気持ち。~<前編>

神々しい横顔をした男がいる。
その男はまだ若く若さには自惚れが付きものだと言うが男の辞書に自惚れという文字はない。
だが世間はそれを自惚れと言うかもしれないが、男は世界中の誰もが認めるほどいい男だ。
だから、やはり自惚れという言葉は彼には当てはまらなかった。

そんな男が支社長を務める会社で毎年開催されるイベントがある。
それは社内対抗のど自慢大会。
大声で歌を歌うことでストレスを発散することが出来るが、のど自慢大会は日常からの解放であり、働き方改革のひとつで数年前から実施されていた。

大会は各部署の一番歌が上手い人間が出場するが、日曜の昼間に放送される某国営放送の番組とは違い、鐘が鳴ったら終わりではなく最後まで歌い切ることが出来る。
そして優勝者を出した部署に贈られるのは、支社長のポケットマネーからの金一封の百万円。その金をどう使おうと部署の自由。
だからどの部署も気合いを入れて歌い手を送り出すのだが、当然のことながらメイクも衣装もバッチリ。演出にも凝っていてシュレッダーの紙吹雪が舞い、銀テープが乱れ飛ぶ中、バックダンサーもいて本格的な舞台を見ることが出来た。

本気の仕事をする社員たちの本気ののど自慢大会。
そんな大会にある人物が出るという噂があるのだから誰もが驚いた。

「ねえ。あの噂本当だと思う?」

「う~ん。でも所詮噂でしょ?だってうちの会社の噂って噂の域を出たことがないでしょ?だから今回のその話も噂だと思うわ」

「そうよねえ……。それにあの方にそんな暇ないわよね?」

「そうよ。あの方は多忙を極めてるわ。だから社内対抗のど自慢大会に出るとは思えないわ」



最上階のフロアの片隅で交わされる重役付き秘書たちの話ぶりは落ち着いていた。
そしてその話を耳にした男は執務室に戻ると、先日恋人が作ってくれた自分の顏を模したクッキーを口に入れコーヒーを飲んだ。
必ず食べるようにと言われたクッキー。だから保存することなく毎日数枚ずつ食べていた。


多忙を極めるあの方と言われる人物の名前は道明寺司。
最上階の執務室が彼の職場であり、社内で見かけるチャンスは殆どなく、見かけるとすればビルの入口からエレベーターまで歩く短い距離。
そしてその男の声は魅惑のバリトンボイスと言われ、訊く者をうっとりさせる声をしているが、そんな男が社内対抗のど自慢大会に出る。そんな噂が社内に流れているが、そんなことは露ほども知らない男は、海外事業本部から牧野つくしが出場するという話を訊いて驚いた。

牧野がのど自慢大会で歌を歌う?
司はそんな話を本人の口からは訊いていない。
それに彼女が歌を歌っているところを見たこともなければ、訊いたこともない。
いや。料理をしながらの鼻歌なら訊いたことはあるがマイクを手に本格的に歌う姿を見たことがなかった。
だから上手いのか下手なのか分からなかった。
だが部の代表として出るからには上手いのだろう。

高校時代から付き合っている彼女が訊く歌は、いわゆる歌謡曲と呼ばれるものが多く、司が知らない歌手の曲も多かった。
だから司は彼女がどんな歌を歌うのか興味があった。
そこで司は彼女がもし歌手だったらと想像した。












真夜中のスタジオにいるのは人気歌手、牧野つくし。
そして司は敏腕と言われる音楽プロデューサーで、これまでも彼女の曲を数多く手掛けて来た。
司が彼女と出会ったのは新人歌手発掘のためのオーデション会場。
名前を呼ばれて入って来た時の第一印象は、化粧気もなく髪の毛を三つ編みにした地味でさえない子だと思った。
だが彼女の歌を訊いた瞬間、この子だと思った。
そしてオーデションを勝ち抜き、スポットライトを浴び歌う姿を見たとき間違いなくスターになると思ったが、ほどなくして司のプロデュースした曲を歌った彼女はすぐに売っ子の歌手になった。

それからは、まさにスターという言葉に相応しい活躍。
出す曲は全てミリオンセラー。
コンサートをすると決まればチケットは即完売。
それはまさに歌手として順風満帆な人生。
そして司はそんな彼女と共に曲作りをすることが楽しかった。





「今の音。もう一度プレイバックしてくれる?」

「どうした?まだ気になるところがあるのか?」

「ええ。ちょっとね」

「そうか。分かった。それで?どこから流す?」

「ダルセーニョからお願い」

司はその言葉に頷くと音を流した。
そして彼女はソファにもたれ目を閉じスタジオに流れる音に耳を傾けていた。

「ほら今の音。ちょっとキーが低いと思わない?だからもう一度取り直したいわ」

「そうか?俺にはこの音程が一番いいと思うが?」

「ダメよ。私の声はどうしても低くなりがちなの。だからもう一度お願い」

彼女はそう言ってガラスの向こう側に行くとヘッドフォンを付け、彼に向かって頷いた。
そして耳から流れる音楽に合わせ歌い始めたが、その歌声は訊く者の心を揺さぶるような切ない声をしていた。


司は彼女の声が好きだ。
これまで大勢の歌手を育てて来たが彼女ほど才能がある歌手はいないと思っていた。
だから彼女が望めばどんなことでもしてやるつもりでいた。
だがこのレコーディングを始める前、彼女から思いもしないことを告げられていた。
それは、このアルバムを最後に引退しようと思っているという言葉。
もちろん司は理由を訊いた。


「今、なんて言った?どうして歌手を辞める?君はスターだぞ?今、日本で一番売れている女性歌手だ。君はステージの上では輝いている。君の声は人の心を癒す。それなのに何故なんだ?」

「好きな人がいるの。だから歌手を辞めようと思うの。辞めてその人の傍にいたいの」

そんな彼女の言葉には歌手として大勢の人の前で歌うよりも、たったひとりの人の傍にいたいという思いが込められていた。
司は彼女の口から語られた言葉にショックを受けた。
何故なら彼はプロデューサーという立場だが彼女に恋をしていたから。
だから自分の恋は終わったことを知った。

言葉がもどかしい時というものがある。
だから司は彼女を抱きしめ言った。

「つくし。俺はお前のことが好きだ。初めはお前を単なる歌い手と見ていた。だが違う。いつの頃からかお前に恋をしている自分がいることに気付いた。だから俺がお前のために書いた曲は俺の気持ちが込められている」

「ええ。気付いていたわ。あなたの気持ちには……。だから私は___」

司は、それ以上の言葉を訊きたくなかった。
だから抱きしめていた腕を解くと背中を向けた。
そして「分かった」とだけ言ってレコーディングを始めようと言った。
だが心の中では彼女を奪った相手の男に対しての憎悪というものがあった。
そして同時に湧き上がったのは、彼女を他の男に渡したくはないという気持ちだった。




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2019
09.17

金持ちの御曹司~受け止めて!この気持ち。~<後編>

部屋の中は明るかった。
つくしは目覚めたとき大きなベッドの真ん中に横たわっていたが、服は着ておらずバスローブを着ていた。
何故自分がこんな姿でここにいるのか。レコーディングを終えプロデューサーの道明寺司に飲みに行こうと誘われ、バーに着いてからジントニックを飲んだ後の記憶が無かった。

起き上がって顏にかかっていた髪を振り払い、バスローブをかき合わせ辺りを見回した。
そしてここがメープルの一室であることに気付いたのは、壁に掛けられている絵が印象的なもので見覚えのあるものだったからだ。

そうだ。つくしは以前この部屋に来たことがある。
それは道明寺司がこの部屋を自分の部屋として使用していて、打ち合わせで何度か訪れたことがあったからだ。

つくしを見出した道明寺司は、道明寺財閥の御曹司だが家業を継ぐことはなく音楽の道に入った。
それは御曹司のほんの気まぐれかと思われていたが、彼には音楽の才能があった。
そして俳優だと言われてもおかしくないその外見から女性にモテる男だった。
だから常に大勢の女性が彼の傍にいた。
そんな男のプロデューサーとしての才能は他の誰よりも秀でていて数多くの歌手を世に送り出した。
つくしは、その男に好きだと言われた。だが彼女は好きな人がいる。だから歌手を辞め、その人の傍にいたいと言った。
すると、好きだと言われ抱きしめられたが、つくしは彼の気持ちに気付いていた。
だが気付かないフリをしてきた。そうしなければ一緒に仕事をすることが出来なかったからだ。二人は仕事上の良きパートナー。そう思うようにしてきた。
だから気付いていたとはいえ、突然の告白にどう答えればいいのか分からず言葉に詰まった。たが彼は「分かった」と言って話はそれで終わった。
しかし、この状況からすれば話はそれで終わってはいなかったということになる。
バーでジントニックを飲んだ後のことは覚えていないということは、薬か何かが入った酒を飲まされたということになるが、これからどうすればいいのか。
ベッドに腰かけ考えていたが、逃げ出そうにも着ていた洋服は何処かへ持ち去られ着るものがない。

その時だった。
カチリと音がして扉が開き彼が入って来た。
そして後ろ手に扉を閉めると鍵をかけたのが分かった。

「気が付いたか?」

「気が付いたかって。こんなことしてどういうつもりなの?」

つくしはバスローブをかき合わせた姿勢で言った。

「どういうつもりか?」

「そうよ」

「つくし。俺はお前を諦めることが出来そうにない。それはお前の周りに大きな金が動いているからじゃない。その才能を終わらせることもだが、お前が俺の傍からいなくなることに耐えられそうにない。それに俺は本当にお前のことが好きだ。いや好き以上だ。愛してる。お前を放したくない」

司は言うと、着ている服を床に脱ぎ捨てながら彼女に近づいた。
そして驚いて司を見上げる大きな瞳をした女の頬に手を添え言った。

「俺はお前が欲しい。これまで出会ったどんなに才能豊かな歌手よりも、どんな美人の女優よりもお前の事が愛おしくてたまらない。歌手の代わりならいくらでもいる。女優の代わりもいくらでもいる。だが俺にはお前しか見えない。だから相手の男が誰であっても、その男にお前を渡すつもりはない」

司はつくしをベッドに押し倒すとローブを脱がせようとした。

「いや!道明寺!止めて!こんなことしないで!」

「暴れるな。暴れても無駄だ。男の力に女が敵うはずがない」

「違うの!道明寺!止めて!お願い訊いて!」

「何が違う?お前は俺じゃない男が好きなんだろ?」

「違うのよ!お願い訊いて!私が……私が好きなのはあなたなの!私が歌手を辞めて傍にいたいと思う人はあなたなの!」

「…..つくし」

司は押し倒した女の頬を流れる涙に気付いた。

「最近のあなたはどこか遠い眼をしてる。時々寂しそうな表情を浮かべてるわ。それはあなたのお姉さまが亡くなったことに関係あるんでしょ?あなたはお姉さまとは仲がよかった。それに私もお姉さまには大変よくしていただいた。お姉さまがお亡くなりになってからのあなたはひとりになったと思っているんでしょ?私はそんなあなたの傍にいたい。ひとりの女性としてあなたを支えたいの。だから歌手を辞めてあなたの傍であなたの仕事の支えになりたいの。だからいつかあなたに私の気持ちを伝えるつもりでいた。でも何か言おうにも言葉が見つからなかったの」

司は半年前に姉である椿を病気で亡くした。
そしてそれからの司は心の拠り所だった姉を亡くしたことで気持ちが沈むことがあった。

「つくし。お前、本当に俺のことが好きなのか?」

「ええ。好きよ。長い間歌手とプロデューサーとして過ごして来たけど、司のことが好きだった。ずっとあなたが好きだったわ」

「つくし……」

「司…..」

司はベッドに押し倒した女の髪に触れ、それから頬に手を触れた。
そして唇を重ねるため顏を近づけ_____


「支社長。それ以上お顔を書類に近づけるのはお止め下さい。そちらに欲しいのはサインであって唇ではございません」

司は西田の声に目を開いたが、目の前には手にしていた書類があった。

「あほう!こ、これは字が小さすぎて読めねえから顏を近づけただけだ!」

「そうですか。それではルーペをお持ちいたしましょうか?わたくしの私物ではございますがブルーライトがカットされている日本製で大変よく見えます。それから先日うっかりその上に腰を下ろしてしまいましたが壊れない優れものでございます」

司は西田の言葉を無視して書類を読むとサインをした。














「ねえ。海外事業本部の牧野さん。今までのど自慢大会出たことがなかったけど、彼女、上手いわね?」

「本当ね。あの伸びやかな声。凄いじゃない?それになりきってるって言うの?雰囲気までそっくりだったわ。もしかして優勝は彼女かもね?」

司は初めて社内対抗のど自慢大会の審査員として席に着いていた。
それは恋人が出場しているからだが、恋人からのど自慢大会に出ると訊かされ、どんなに多忙だろうとその日の夜はスケジュールを入れさせなかった。
そして社内行事とは言え本気の勝負。
だから恋人からは喉を労わりたいからと言って数日前からは愛し合うのも禁止となった。

会場は会社の近くのホールを貸し切り演奏はオーケストラによる生演奏。
司は恋人が心を込めて歌う曲を訊いていたが、『ブレーキランプ5回点滅。愛してるのサイン』という歌詞に、これからはそうしようと思った。

そして司会者が、「それでは最後の方です。どうぞ!」と言ってオーケストラが演奏を始めたのは、どこか悲しげなメロディー。
照明は少し暗めから徐々に明るくなり舞台の袖から出て来たのは、着物姿で日本髪を結った女性。その女性が『上野発の夜行列車おりた時から 青森駅は雪の中』と歌い始めて司は腰が抜けた。


「お、お袋!?」

舞台で恋に終止符を打った女の悲しみを歌うのは道明寺楓。
その時、以前秘書課の女性が話していた言葉が頭を過った。

『あの方にそんな暇ないわ』

『あの方は多忙を極めてるわ』

確かにあの方にそんな暇はない。
それにあの方は多忙を極めている。
そうだ。確か今朝はスイスにいたはずだ。
だがこの大会に出るために過密スケジュールをやり繰りして、わざわざスイスから来た。
そして大物演歌歌手並の堂々とした態度で歌う社長の登場に会場が息を呑んでいるのが分かった。
やがて天井から雪を表す白い紙がハラハラと舞い落ちて来たが、舞台中央で歌う女は冬の津軽海峡を越え北海道へ帰る女の気持ちを切々と歌った。
そして津軽海峡の冬景色を歌い上げると視線は見えるはずのない津軽半島の北の果てにある竜飛岬を見ていた。

「いやあ。まさか楓社長がいらっしゃるとは思いませんでしたが、今年の優勝は楓社長ですな」

司の隣にいる専務はそう言うと、「もちろん忖度などしておりません」と言葉を継いだが、他の審査員も同感だといった風に頷いた。













「ねえ。道明寺。まさかお母さまが参加されるとは思わなかったけど、お上手ね?」

司は帰りの車の中で恋人からそう言われ「そうか?」としか答えなかったが優勝したのは母親だった。
司は母親が歌を歌うのを初めて見た。
そして恋人の熱唱も。
つまり司は期せずして自分にとって大切な女性二人の本気の歌を訊いたことになるが、やはり恋人の方が上手いと思った。
だが思った。
もしかすると将来恋人も母親のように着物姿でああいった歌を歌うようになるのではないかということを。
だが司は嫌いではない。
人の心情を切々と歌い上げる母親の姿に何かを見たような気がしたからだ。

それは自分の気持ちを歌で表すということだが、司も自分の気持ちを受け止めて欲しいという思いからある歌を口ずさんだ。
だがそれは彼女だけに届けばいい歌声。
だから司は恋人の耳元に唇を寄せると、彼女のためだけに愛の歌を囁いていた。




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