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2019
09.08

金持ちの御曹司~至高の幸せ~

「ねえ。萌え萌えの支社長ってどんな感じだと思う?」

「え!?支社長が萌え萌え?キャー。そんなの想像出来ないけど見て見たい!」

「そうでしょ?でも想像出来ないって言うのか。想像しちゃダメなのか。とにかく萌え萌えの支社長がそこにいるとすれば、あんたも行くでしょ?」

「うん。行く、行く、もちろん行くわよ!道明寺支社長がいるなら絶対に行くわ!あたしあの低くてセクシーでちょっと卑猥に聞こえる声で名前呼ばれたら失神しちゃうかも!」

「キャー。同じよ!同じ!あの声で香織って呼ばれたらあたし失禁しちゃうかも!あたしにとって支社長は神に近い存在よ!あたし支社長とデート出来るなら全財産投げ出してもいいわ!それにあたし毎日支社長に会えるように祈ってるの!でも偶然の出会いってないのよねえ。でもいつか支社長があたしの前に現れて『香織。俺と付き合ってくれ』って言ってくれるのを待ってるわ!」









後ろ姿に背徳感がありすぎる男は女子社員の会話に背を向けその場を離れたが、聞こえてくる声は何かを祈っているように聞こえた。
人を祈る気持ちにさせる男はもはや宗教家。
だが司は宗教家ではく企業家だ。

それにしても「もえもえ」って何だ?
それに行くってのはどういう意味だ?
司は女子社員の会話に出て来た「もえもえ」という言葉の意味が分からなかったが、思い浮かぶのは「燃え燃え」。

つまりあの女子社員が言っているのは、司が燃える男と言っているのだと思った。
何しろ司は熱い男と言われたことがある。だからその熱さで何かが燃えるという意味なら「もえもえ」を漢字に変換するなら「燃え燃え」で合っているはずだ。
いや。だがよく分からない言葉の意味を放置しておくのは良くない。
だから司は執務室に戻ると秘書に訊いた。

「おい、西田。お前『もえもえ』って言葉を知ってるか?」

「もえもえ…..ですか?」

「ああ。さっき若い女子社員が廊下で話してたんだが、さっぱり意味が分かんねぇ。それに行くと言ってたがどういう意味か分かるか?」

西田は支社長がまた社内を徘徊していたのかと思ったが、30分くらいなら業務に差し障りのない許容範囲内だと認めていた。
だから30分で大人しく戻ってきた男に多分こうだろうと思うことを言った。

「恐らくですが女子社員が言った『もえもえ』と言うのは、ある物や人物に対し、一方的に強い愛着心や情熱、欲望といった気持ちを抱くことです。ですから漢字にすると草冠に明暗を分けるの「明」を組み合わせて萌えという漢字になります。すなわち『萌え萌え』というのは、その愛着を抱く対象に酷く心を奪われている。盲目的に愛しているということでしょうか」



愛着心。
情熱。
欲望。
盲目的。

司は、その言葉の全てが、自分が恋人に対して抱く感情と同じだと思った。
けれど司と恋人との関係は一方的ではない。
二人は相思相愛であり立場は対等だ。
だが気になるのは行くと言うことだが、一体どこに行くというのか?

「それで西田。行くってのは、どういう意味だ?」

「はい。恐らくそれは萌えの対象がいる店に行くという意味ではないでしょうか」

その時、西田の頭を過ったのは少し前に流行ったメイドカフェという言葉。
だがその言葉を口に出すことはなかった。
何故なら話をしていたのは若い女子社員だというのだから、女性がメイドカフェに足しげく通うというよりも別の場所に行くのではないかと考えた。
つまりそれは彼女たちの萌えの対象となる男性がいるであろう場所と言えば____



「ホストクラブ?」

「はい。やはり妙齢の女性が店に行くとすればホストクラブではないでしょうか?ですが悪いことにホストクラブで働く男性に入れ上げるあまり身を持ち崩してしまう女性も大勢います。お気に入りの男性のために昼間の仕事が終わった後、夜の仕事を始める女性も多いと言います。それは高価な品物をプレゼントして男性の気を惹くためであったり、男性の売り上げに貢献したいということで店で金を使い、彼女たちをそういった方向へ向かわせてしまうということです」

司も接待で銀座のクラブで飲んだことがある。
だがそれはあくまでも仕事であり、女を同席させることを望まない。
だから司が受ける接待で女が隣に座ることはなかった。
そして司は女子社員が全財産を投げ出してもいいと言っていたことから、その話に「なるほどな」と言いって西田が執務室を出た後、椅子に身体をもたせ掛け、いつものように目を閉じた。













「Flower4」と言う店は新宿のネオンがひしめく一角にあった。
そこは新宿で一番カッコいいという男達がいる店だと言われ、連日大勢の女性客が訪れていた。
実際そこにいる4人の男達は見目麗しい花と言われている。
だから店の名前はFlower4。そして彼らはF4と呼ばれていた。
男達は一様にパーティーへ出るような正装をして女性たちをもてなしていた。
いや。実際にはもてなしてなどいない。ただ男達はそこにいるだけだ。

身に付けているのは高価な腕時計やカフスボタンや指輪。
毎日のように大勢の女性客が詰めかけ、自分へ好意を向けて欲しいと、彼らに贈り物を差し出していたが、彼らの中でも一番人気があるのは司だった。
そして司の視線は心臓を10回くらい叩かれたほどの破壊力を持ち、見つめられた女は腰砕けになると言われていた。


「ねえ司。来週はあたしの誕生日だからドンペリプラチナでシャンパンタワーをするわ!それから来月の司の誕生日にはリシャールでブランデータワーをするわ!」

ドンペリの中でも最高ランクのドンペリプラチナの店での1本の値段は100万。
バカラ社のクリスタルのボトルに入ったリシャールは最高級ブランデーで店での値段は1本250万円以上。
タワーにするために沢山のグラスが使われるが、女性はタワーを3つ作ると言った。
そのグラスを満たすための酒は1本や2本では済まない。つまりその女性が自分の誕生日と司の誕生日に使う金は1億を超えるのではと言われていた。

そして誕生日当日。

「ねえ司。あたし贈り物を持って来たの。これ司に使って欲しいの」

女性が差し出したのは、1千万は下らないと言われるスイス製の腕時計の箱。

「司!お誕生日おめでとう。これ受け取って」

と言って別の女性が差し出したのは跳ね馬のエンブレムの車の鍵で、店の前に止められている赤い車にはゴールドのリボンがかけられていた。
そして別の女性が差し出したのは最近売り出された高級マンションの権利書。
そこに書かれていたのは司の名前。他にも司のためなら金に糸目を付けないといった贈り物が彼の前に並べられた。

だが司は、そういったものに興味はない。
何故なら彼は道明寺財閥の御曹司で金は唸るほどあるからだ。
それなら何故そんな男がホストクラブにいるのか。
それは仲間のあきらに「おい。司。俺らでホストクラブを経営したらどれだけ客を集めることが出来るか興味はないか?いやな。うちの親父の会社。新宿のビルを手に入れたんだが、そこを壊して新しいビルを建てるまでの間。自由に使っていいぞって言われた。だから試しにやってみねぇか?」
と言って誘われたからであり本業が大学生の彼らにすれば、ホストクラブは女達がどれだけ自分達の為に金を使うかを競うゲームの場だ。

だが司はその街でひとりの女性に出会った。
女性は小さな花屋で働いている牧野つくし。
店が終った早朝、いつもなら迎えの車に乗るところだが、その日は違った。
ブラブラと歩いているとき、花屋の店先で段ボールの箱を開け、伝票をチェックしながら花の状態を調べている彼女を見かけた。
冷たい水に花を生け、水切りをする様子を見つめた。
そして司はその女性に一目ぼれをした。

そこは繁華街に近いという場所柄、売り花だけでなく、近隣の店へ花を生け込みに行くこともあった。
そして配達することもあり、開店前の司の店にも彼女が花を届けに来たことがあったが、赤いバラの花束は司宛のもの。
それをアレンジしたのが彼女だと思うと、いつもは花など捨ててしまう男も、その花を持ち帰り部屋に飾った。

司は彼女の彼氏になりたかった。
だから、きっかけを作ろうと毎日花屋に立ち寄った。
そして彼女と親しくなった。だが司は自分が大財閥の御曹司でホストをしていることは言わず、大学生で経営を学んでいるとだけ伝えた。

やがて親しくなった二人はデートをするようになった。
そのデートは彼女の希望に合わせ動物園や公園といったもので、司が普段暮らしている華やかな世界には縁のない場所ばかりだった。

そして今日も都内の公園でデートをした二人は、夕暮れ時になりその場を離れようとした。
その時、司はプレゼントを貰った。それは紙袋に入れられた彼女の手作りのクッキー。
だがそれを受け取った時、誰かが司の名前を呼んだ。

「司?司でしょ?」

名前を呼ばれた司が振り向いたそこにいたのは店の常連客。

「嘘!本当に司なの?後ろ姿が似てたからまさかと思ったけど。でもどうして司がこんな所にいるの?」

そう言った女は近づいて来ると司の前で立ち止まり彼を見上げ、甘えた口調で言った。

「ねえ。司。あたしこの前お店に行ったけどいなかったわよね?会えなくて凄く寂しかったんだから!でもいいわ。今度お店にいったらあたしの傍から離れないでよね?」

そして女は司の隣に立つつくしに値踏みするような視線を向けた。

「ねえ司。誰この女?」

と言うと司に視線を戻し、「まさか付き合ってるなんて言わないわよね?こんな地味でさえない女と」と言った。

司は悪態をつき女に黙れと言った。だが女は黙らなかった。
それは女が見た司のつくしに向けた視線に、自分には向けられたことがない真摯な態度が感じられたから。
だから女は、つくしに向かって言った。

「ねえあなた。どれだけ司につぎ込んだか知らないけど、司があなたのような女と本気で付き合うわけないでしょ?だって司は新宿のホストクラブで一番カッコいいって言われている男よ?そんな男があなたみたいな地味な女に本気になるはずないでしょ?」

とそこまで言った女は笑った。

司は隣に立つつくしの顏を見た。
目に入ったのは、不自然なほど青白い顏。そして噛みしめた唇。
それは明らかに動揺している姿で、彼女は司の傍から一歩退いた。
するとその様子を見た女は再び笑った。

「あら。早速あたしの言うことを理解してくれたのね?あなた物分かりがいいようだから、もうひとつ教えてあげる。司はね道明寺財閥の御曹司なの。だから本気にならない方がいいわよ。彼のような人間はね、遊びならどこの誰と付き合っても許されるけど未来は決まってるの。つまり結婚相手は決まってるってこと。だから本気なら傷付くのはあなたよ」

司はペラペラと余計なことを喋る女を無視してつくしに言った。

「違うんだ。この女の言うことを信じるな。俺はお前のことは本気だ」

するとそれを訊いた女は高笑いをして言った。

「司が本気?冗談でしょ?」

「うるさい!黙れ!お前は黙ってろ!」

司は女を殺してやりたいと思った。
だから、つくしから視線を外し女の方に一歩踏み出した。
だがその時、手に握られていた紙袋がそっと引き抜かれ司は振り向いた。

「牧野?」

「ゴメンね。あたしが作ったクッキー。きっと口に合わないと思う。だから返して?」

そして踵を返すと走って行った。

「待ってくれ!」

司は追いかけようとした。だが女が抱きつき司は追いかけることが出来なかった。
そして女の力は強く、司の脚に縋りつき、引きずられても離れようとしなかった。

「離せ!離れろ!このクソ女!」










「どなたがクソ女ですか?」

パッと目を開いた男の前にいるのは西田。
だが今の司は西田の言葉に答えるよりも先にすることがあった。
それは彼女が高校生の頃にくれたクッキーの存在を確かめること。

司はあの時のクッキーを食べることなく保存していた。
それは自宅の冷凍庫の中と、執務室の隣にある仮眠を取るための部屋の冷凍庫の中。
そこに慌てて向かうと冷凍庫を開けた。そして自分の顏をしたクッキーが存在していることに胸を撫で下ろした。

「よかった……。マジで焦った」

と呟いたところで背後にいた西田が、「支社長。そちらのクッキーですがいつまで保存されるおつもりですか?」と、明らかに呆れた口調で言ったが、司にすれば、このクッキーは初め貰った彼女からの誕生日プレゼントであり記念として永久保存するつもりでいた。
だがあの時、ひとつだけ類に食べられたことは悔いが残っていた。

「いつまでだっていいだろ?俺はこのクッキーを眺める度にあの頃のことが思い出される。だから食べるつもりはない」

「そうですか。それではこちらは必要ございませんか?」

と西田が差し出したのは小さな紙袋。

「何だ?それは?」

「はい。さきほど牧野様からお預かりしました。3時の差し入れとのことです」

司は西田の手から紙袋をひったくるように受け取ると中を見た。
するとそこには少し焦げ魚の匂いがする司の顏をしたクッキーがあった。

「こちらですが久し振りに実家に帰ったので家の魚焼きの網で焼いてみたとおっしゃっていました。それからご伝言がございます。『保存せずに食べるように』とのことです」




司は届けられたクッキーを食べようか食べまいか迷った。
それは自分の顏をしたクッキーを食べることに躊躇いがあるのではない。
迷っているのは彼女があの当時のことを思い出して作ってくれたクッキーに愛を感じ眺めていたい気分になっていたからだ。
それにあの時と同じ魚焼きの網で焼かれたものは貴重であり、その網によって付けられた焦げさえも愛おしいと思えたからだ。
だが保存せずに食べろと西田が強調したことから、彼女の強い思いを感じ食べることにした。


ひと口かじった。
甘かったが魚の匂いがした。
二口目をかじった。
卵とバターの味がしたが焦げが口に入った。
そして三口目を口に入れたが、髪の毛の部分は少しほろ苦いココアの味がした。

そんなクッキーに感じられるのは優しさと温もり。
司は、やはりこのクッキーには愛があると感じた。
そして幸せを感じた。
だが司が永久保存を決めた高校生だった彼女が作ったクッキーには愛はなかったはずだ。
先に惚れたのは司であり愛の大きさから言えば彼の方が大きかった。
そして誕生パーティーに招待され仕方なく作ったとも言えるクッキー。
だから、あの時のクッキーに練り込められたのは愛ではない。
それなら何かと言えば、まだ胸の中に浮かぶことさえなかった感情とでも言えばいいのか。
何しろあの頃の彼女は意地っ張りで素直に自分の気持ちを認めることがなかったのだから。
だがそれも愛おしさのひとつだったが、あの時のクッキーの味は複雑な感情の味がするはずだ。

司は西田が運んで来たコーヒーを口に運ぶと机の上に積まれた書類を手に取った。
そして二つ目のクッキーを口に入れたが、このクッキーは司にとって至高の味。
それを味わえる幸せを噛みしめながら書類に目を通し始めた。





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