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2019
07.07

七夕の夜に~続・理想の恋の見つけ方~

Category: 七夕の夜に
笹の葉さらさら
のきばにゆれる
お星さまきらきら
きんぎんすなご



それは子供が好んで歌う童謡。
今年もまたその歌が聞こえる日が近づいて来た。
英徳学園の幼稚舎では毎年七夕が近づくと子供たちに将来何になりたいかを短冊に書かせ、大きな笹にその短冊を結び願いが叶えられるように祈った。
そして七夕が終るとその短冊を家に持ち帰ることになっていたが、司は今年年長になった我が子が何を書いたか興味があった。




「それで?航(わたる)。お前は将来何になりたいんだ?」

「僕?僕はクワガタになりたい!クワガタだよ!クワガタ!パパ、クワガタって分かる?」

「ああ。勿論だ。クワガタってのはアレだろ?デカい角が1本生えてる黒い奴だろ?」

「パパ違うよ!それはカブトムシだよ!クワガタは角が2本なんだよ!パパ本当にクワガタ知ってるの?」

「知ってるに決まってるだろ?ちょっと間違えただけだ。それにしてもなんでお前はクワガタになりたんだ?」

「だってクワガタってカッコいいもん!テレビでも悪者をやっつけるのはクワガタだよ?だから僕はクワガタになって世の中の悪者を退治するんだ!」

クワガタが悪者をやっつける。
それは日曜日の朝。テレビで戦隊シリーズと言われる子供向けの番組に出て来るヒーローがクワガタをモチーフにしているからだ。

司が子共の頃からあった戦隊シリーズ。
クリスマスパーティーの時、邸に呼んだのは、当時放送されていた「ゴレンジャイ」で仲間たちと楽しんだ覚えがあった。
あの頃、司たちF4も正義のヒーロー活躍に一喜一憂していた。
そして司は我が子が将来クワガタになりたいという言葉を真に受けてはいなかったが、大きくなったら絶対にクワガタになりたいと懸命に訴える姿は自分が我が子と同じくらいだった頃、クワガタやカブトムシといった昆虫に興味がなかっただけに、この興味の示し方は海洋生物学者である妻の影響だと思った。

そして拙い字で短冊に書かれているはずの、

『クワガタになれますように。 どうみょうじ わたる』

その内容に笑ったのは周りの大人だけで、本人はいたって真面目な表情でクワガタになりたいと書いたはずだ。
司はかつての自分が何と書いたかなど覚えてはいなかったが、姉によれば、
『カッコいい大人になりたい』と書いていたそうだ。

だが記憶にある限り司は七夕に短冊など吊るしたことはない。
だが子供が成長していく過程で経験する様々な行事は、大人になればいい想い出になると妻に言われた。それに年頃になれば、家族とは別の関係が築かれていき、そういったイベントも友達と一緒に楽しむようになり、なおざりになって行く。
それは人間が成長する中で当たり前のことで、子供はいずれ親から独立し遠ざかっていく。
だから司は、いつかその日が来るまで我が子が経験する行事には極力参加することにしていた。だから我が子と同じように短冊に願いごとを書いた。


「ねえパパ」

「なんだ?」

「パパは子供の頃何になりたかったの?」

「パパか?」

「うん。パパはママと会う前は海に棲んでたんだよね?」

「は?」

「ママが言ってた。パパは昔サメだったって。だから広い海の中をグングン泳いで遠くまで行ってたって。でも今はサメから人間になったから泳いで行くんじゃなくて飛行機で遠くまでお出かけするんだよね?」

カッパを着て、傘をさして、雨靴を履いた我が子はクルクルとした髪と長い睫毛を持って司を見上げていて無邪気に話をしていたが、今二人は母親が勤務先の大学から帰ってくるのを庭で待っていた。

だが何故雨の日に庭にいるのか。
それは雨が降るとカエルを見ることが出来るからだ。
結婚当初、司のペントハウスで暮らしていたが、子供が生まれると緑がある環境で子育てをしたいという妻の希望から世田谷の邸で暮らすことになった。
そして生まれた子供は男の子で道明寺航。昆虫から爬虫類。海洋生物は勿論のことサバンナを駆け巡るライオンやキリン。人間以外の動物と言われるものに深い興味を示すのは、やはり妻の血のせいだと思っていた。

司の妻は海洋生物学者で深海ザメの研究をしていた。
だから我が子にサメの話をしているのは知っていたが、まさか自分の父親が生物の進化の過程の中でサメだったと教えているとは思いもしなかった。

「あっ!パパ見て!カエルがいた!ほら見て!」

それはアジサイの上にちょこんと座っているアマガエルの姿。

「かわいいよね!カエルって!」

緑の小さな生き物は葉の上でじっとして動かなかったが、我が子はそんなカエルに手を伸ばした。

「あ!」

だがカエルは小さな手を避けてピョンと飛び他の葉の上に飛び移ったが、近くの別の葉にはカタツムリがいた。
司は我が子が生まれるまでカエルのことなど気にしたこともなければ、カタツムリのことも気にしたことがなかった。第一カタツムリと言えば、フランス料理のエスカルゴとして食べていたもので鑑賞などしたことがなかった。
だが息子は小さな昆虫や虫に興味を示す。だから将来は母親と同じ道を歩みたいのかと思えば、将来なりたいのはクワガタで、司の頭の中を過った光景はクワガタの着ぐるみを着た男の姿…。
いや。だがまさかそれはないはずだと慌ててその光景を打ち消したが、息子はアジサイの葉の上にいるカエルとカタツムリを見ていた。

「ねえパパ?パパは子供の頃、何になりたかったの?」

幼い子供は自分の口から出たことをすぐに忘れるようで案外そうではない。
だから自分が訊いたことに対し父親の返事がないことから再び訊いた。

「パパか?パパはカッコいい大人になりたいと書いたそうだ」

「カッコいい大人?だったらパパはカッコいいよ!進おじちゃんよりも背が高いし、類おじさんよりもカッコいいと思うよ!」

今の我が子が言うカッコいいとは外見のこと。
そして司もあの当時思っていたのは、我が子と同じ外見を言っていたはずだ。
けれど、今の司は外見のカッコよさなど求めてなかった。

「航。パパは子供の頃はカッコいい大人になりたいって書いた。でも今は違う。パパが短冊に書いたは航が元気でいてくれることだ。家族が健康で過ごせるようにってことだ。パパは家族が健康ならそれでいい。それから家族を守るのがパパの役目だ」

「そっか!じゃあ僕と同じでパパもクワガタになりたんだね?悪い奴から家族を守る正義の味方がパパだ!」

我が子はそういってアジサイの葉の上にいるカタツムリをじっと見ていたが、よく見ればそのカタツムリの傍には小さなカタツムリが2匹いた。

「ねえ、パパ。このカタツムリはきっとお父さんカタツムリだね?だってほら、角を出して怒ってる。きっと僕たちから子供を守ってるんだよ!」

角と呼ばれる触角を突き出し揺らしているカタツムリのその姿は威嚇しているように見えたが、その様子を見ながら我が子は父親に言った。

「僕ね。クワガタになりたいって書いたけど、もうひとつなりたいものがあるから書いたんだ。いいお兄ちゃんになれますようにって書いたんだよ?」

それは大きなお腹を抱えた母親に対する思い。
サメの研究者は間もなく産休に入り小さなサメを産むための出産準備に入る。

「そうか。航はいいお兄ちゃんになりたいのか。大丈夫だ。お前はいいお兄ちゃんになれる。だから心配するな」












晴れた七夕の夜。
リビングの掃き出し窓の外のテラスに飾られた大きな七夕飾りには、色とりどりの短冊が結わえ付けられているが、司は食事を終え眠りについた我が子をベッドに運ぶと妻を伴い庭に出た。
森のように広いと言われる道明寺邸には日本庭園が設えられ小川が流れているが、そこは5月から7月半ばにかけホタルが舞う様子を見ることが出来た。

「つくし。大丈夫か?無理するなよ?」

足元を気遣いながら妻の手をひく夫に妻は「大丈夫よ」と言うと夜空を見上げた。

「晴れて良かったね?」

「ああ。そうだな」

「それに今年もホタルが沢山いるわね」

小さな黄色い光の点滅は1週間から2週間と言われるホタルの生命の輝き。
寿命は個体によって違うが、それぞれが与えられた自分の命を懸命に生きていた。

「つくし?」

「ん?」

「航がクワガタになりたいそうだが、お前はアイツがクワガタになることは賛成か?」

二人の息子の将来夢はクワガタになること。
もちろん、妻もそのことは知っていた。
そして司のその言葉に「賛成よ。だってクワガタは正義の味方でしょ?」と笑って答え、
「それにこの子には強いお兄ちゃんが必要だもの。強くて頼もしいお兄ちゃんがね?」
と、言葉を継ぐと大きくせり出したお腹に手を当てた。

「ああ。そうだな。けどこの子にはサメの父親も付いてる。だからどんなに広い海を泳ごうと守ってやることが出来る。それに航にしてもそうだ。俺たちの子供は世界を股にかけて活躍する子供になるはずだ。俺はそう思う。それに予感がする」

司は、道明寺という家に生まれた我が子が何をしたいか。
何を望むのか。それはまだ分からなかったが、子供たちがなりたいというものになれるように手を貸すつもりでいた。
何故ならそれが親の役目だからだが、たとえそれが本気でクワガタになりたいとしてもだ。
だから司は航にクワガタに変身できるコスチュームを用意した。
それは昆虫のクワガタではなく正義の味方のクワガタ。
そしてそれを父親からプレゼントされた息子は喜んだ。

「それにしても、司って親バカよね?我が子がクワガタになりたいって言ったらクワガタの衣装を用意するし、海外から希少クワガタを空輸させるんだから」

それは世界中の道明寺の現地法人に届いたメールを見た社員が山で捕獲した珍しいクワガタ。
世界中にいる珍しいクワガタを捕獲して欲しいと副社長から言われた彼らが手を尽くしたのは間違いなかった。

「つくし。我が子はどんな物にも変えられない宝物だろうが。だから俺はあの子のためならどんなことでもしてやるつもりだ」

自分が幼かった頃、親は名ばかりで傍にいなかった。
唯一会えたのは誕生日だけ。それも毎年ではない。
そして当然だが七夕もなければ、端午の節句もなかった。
だから司は自分が親になったとき決めた。
親である自分が生きているうちは、どんなことをしても家族を守ることを。
子供たちに寂し思いをさせないようにすることを。
そして、そのことは妻であるつくしも理解していた。だから夫の行動を咎めはしなかったが、過保護がよくないことを知っている。
だから夫の思いの激しさを窘めることは妻の役割だと心得ていた。

「司….でもね?」

「ああ。分かってる。過保護が過ぎるのが良くないってことは。だから今だけだ。この子が生まれれば、航はお兄ちゃんだ。航はすぐに自分の立場を理解するようになる。あの子は俺が言うのもなんだが賢い子だ。だからおかしなことになることはない」

司のきっぱりとした口調は自信がある証拠。
だからつくしは、夫の言葉に異議を挟むことを止めた。

「それに航は妹が生まれて来るのを楽しみにしている。いいお兄ちゃんになることも航の夢だ」

夫婦にとっては二人目の子供。
そして航にとっては初めての妹。
だから七夕飾りに結わい付けられた短冊のひとつに書かれているのは、

『元気な赤ちゃんが生まれて来ますように 司 つくし 航』

それは三人の願いが込められた言葉。
風が吹くと短冊は揺れ、近くに結わい付けられた三人がそれぞれの願いを書いた短冊に触れたが、その様子はまるで家族が手を繋いだように見えた。




< 完 >
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