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2019
06.02

High Pressure

Category: High Pressure
経験がものを言う。
秘書の仕事の中にはそういったものが多いのが事実。
だからこそ西田は道明寺楓の第一秘書として長年仕事をすることが出来た。
そして道明寺楓の秘書という仕事に非常に大きなプレッシャーを感じていたのは若かった頃の話だが、西田はその頃のことを思い出していた。


大学を卒業し配属されたのは秘書課。
それは思いもよらぬ部署。
何故なら西田は理系の出身であり希望をしていたのは海外事業部。そこで日本の技術を生かしたビッグプロジェクトに係わることを希望していた。
だから秘書という仕事を与えられ戸惑った。そして何より当惑を覚えたのは、何年か経つと彼女の息子の世話をしろと言われたことだ。
日本の最高学府を卒業した申し分ない学歴を持つ男が秘書とは言え、仕える女性の息子の世話をすることに何故自分がという思いがあった。

それに西田は独身であり子供と接した経験が殆どなかった。だから子供の世話と言われた時、どうすればいいのか悩んだ。
それに相手はただの子供ではない。相手は道明寺財閥の跡取りで一人息子だ。
もしその子供に何かあれば西田は首が飛ぶどころではない。文字通り命が無くなる恐れがあった。

だから西田は考えた。
子供にどう接すればいいかを。だが考えただけではどうにもならない。
子供のいない中年に差し掛かった男と生意気盛りの小学生では頭の作りが違う。
それならと西田は、学ぶべきことがあるはずだと書店で未成年の心理教育についての本を数冊買い求め熟読し内容を頭に叩き込んだ。そして子供の心を理解しようと努力した。
だが西田の努力の甲斐もなく子供は彼の想いとは全く別の少年へと変わっていった。

それは少年が初等部の高学年に差し掛かった頃。血まみれで帰宅したと報告があった。
だから西田は少年が怪我をしたと思った。だがそれは少年の血ではなく他人の血。
つまり喧嘩をして相手に大怪我を負わせその返り血を浴びただけだと知ったとき、西田の頭にはある予測が過った。それは少年が将来恐ろしい人間になるのではないかという思い。
そして西田の思った通り少年は中等部に入学すると中学生らしからぬ事件を起こすようになり、西田はその後始末に追われることになった。

だが仕方がないことだと思った。
この家では愛情は金で支払われるもので、少年は親の愛というものを与えられたことがなかった。家族の絆というものはなく、あるのは空虚な空間。
だから愛情を与えられなかった少年が暴力的な大人になったとしても仕方がないことだと思った。

だが西田は思った。自分の仕事が少年の世話をすることなら、どんなことがあってもこの少年の守らなければならないと。
それに男の子というものは女の子に比べ成長が遅い。だから今は過渡期でありいずれ少年も年を重ねれば変わるはずだといった思いを抱いていた。
だが少年が唯一心を許していた姉が海外へ嫁ぐと少年は以前に増して荒れた。
そしてその分だけ西田の仕事も増えた。

それにしてもあれから何年経ったのか。
西田はいつもと変わらぬ朝を迎え、マンションの部屋の窓を開け、いつもはほとんど見上げることがない空を見上げていたが、そこには良く晴れた空が広がっていた。

男の一人暮らしは殺風景なもので、元々部屋の中を飾る趣味のない男の部屋にあるものと言えばベッドとデスク。そして作り付けの箪笥と言った程度で生活上最低限のものしか置かれてなかった。だから散らかることもなければ、訪ねて来る者もいない男の部屋の空気はいつも乾いていた。

だが、そんな西田にも趣味があった。
それはジグソーパズル。
自分のペースでピースを組み合わせることが出来るそれは海外出張が多い男にとっての唯一の楽しみであり、リビングのテーブルに置かれた作りかけのパズルの完成は間近で、残されたピースはあと僅かだ。
だが一度そのパズルをテーブルから落とし大きなため息をついたことがあった。


西田は朝の支度を始めた。
トレードマークとなっている銀縁のメガネをかけ、豊かだが白髪が目立ち始めた髪に櫛を入れ後ろへ撫でつけた。そして背広を着たが、その姿は誰もが見慣れた道明寺司の懐刀と呼ばれる男の姿だ。

道明寺司。
西田は今、その男に仕えている。
その男こそ道明寺楓の息子であり彼が後始末に追われていた少年だが、少年は今では母親である社長の跡を継ぎ数年前社長に就任した。そして社長となった男は今日晴れて華燭の典を挙げる。

相手は荒れていた高校時代に恋をした女性。
その女性と出会ったことで少年は変わっていった。だが二人の間には目には見えないが大きな、そして高い壁があり若い二人の間に立ちはだかった。それは格差というものだが西田は二人の愛の行方を見守った。
深く愛し合うことを始めた二人がその壁を乗り越えていく姿を。
そして二人は結ばれた。

そして時間はかかったが今日という日が巡ってくると、西田は道明寺司の最愛の人をエスコートする役目を仰せつかった。
3年前に亡くなった彼女の父親の代わりにヴァージンロードを歩く役目を。
だがそれは西田にすれば大きなプレッシャー。
仕事ならプレッシャーなど感じない。だが長年二人を見守って来た男にとっての花嫁の父の役目はそうはいかなかった。
それに未婚の男が、ましてや自分が仕える男の妻になる女性をエスコートして男に引き渡すなど考えもしなかったことだ。

だが西田は男から言われた。

「俺たちを一番近くで見守ってくれたのはお前だろ?それに俺もつくしもお前がこの役目をするのに一番相応しいと思っている」






西田はパズルに残されていた最後のピースを嵌めた。
収まる場所に収まった小さな欠片。それがなければその絵は完成しなかった。
そしてその欠片でなければその絵は完成しない。
つまり物事の収まるべき場所というのは、初めから決められているということ。
それは運ばれる命である運命は変えられるが、宿った命である宿命は変えられないと言うのと同じ。
つまりあの二人が結ばれるのは宿命だったということ。

だが決して順調とは言えなかった二人の交際。一度別れを決めたことがあった。
けれど宿命を頭上に頂く二人は、これから先の人生を共に過ごすことを決めた。
そして以前西田がパズルをテーブルから落としたのは、二人が別れを決めたという話を耳にした時だった。あの時はバラバラになったパズルはもう二度と元には戻らないのではないかと思った。だがパズルのピースはひとかけらも失われることはなかった。


西田は改めて完成されたパズルを見た。
そこにあったのは真夏の空の景色。
高くて届かないと思っていた愛を二人が掴んだ時、その視線の先に見えたはずの風景。
真っ青な空と海が交わる景色は、かつて二人が訪れたことがある南の島のリゾート。
6月の花嫁はそこで結婚式を挙げる。
晴れた青空の下、仕える男に最愛の人を引き渡すことを求められる男は、プレッシャーを感じながらもそっと微笑んだ。



< 完 > *High Pressure*
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