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2015
12.30

手紙

Category: 手紙
「 身のほど知らずの貧乏女 」
彼女が俺の前を通り過ぎるとき、聞かせ続けた言葉。
そして彼女に必ず聞こえるようにと大声で罵っていた。
それは俺が高校最後の年の出来事だった。

小さな上流社会のなか、16歳の少女に対してのいじめは学園の意志として行われていた。
意志の統率をとり、命令を下していたのは俺だ。
そんな俺の支配力に逆らう者はいなかった。
いたとしても、そんな人間を片づけることなど造作もないことだ。
あの当時、彼女のなにが気に入らなかったのかと言われても、説明のしようがなかったから仕方がない。
ガキ臭いことをやっていたのは確かに俺だ。
だが、ほんの些細な出来事が、人生を狂わすっていうのは本当だと今なら言える。
あの出会いが俺にとってはいい方向に人生を変えたことは確かだ。
だが、彼女にとっては、二度と思い出したくはないことも沢山あったことだろう。
挑発を繰り返しては、喧嘩を繰り返すような時間もあったから。


俺は、少年たちに命令して彼女を辱めようとしたこともあった。
今思えばとんでもないことだ。あの時の俺はどうかしていたに違いない。
あの頃、彼女を救ってくれる人間はひとりとしていなかったはずだから。
だが、そんな彼女を助けたのは類だと聞いたとき、頭の中では余計な事をしやがってと思ったかもしれないが、心のどこかでは感謝していたかもしれない。


夏休みがあけたとき、俺はもっと慎重に、そして注意深く彼女を貶めることを決めていた。
そして彼女を自分だけのものにするために、心と身体を傷つけようとした。
あのとき、彼女が俺を憎んでいることを確信し、彼女の目が他の男に向けられているのを知った。
その時のことを知っているのは、俺と彼女だけだ。
彼女は誰にもあの日の出来事を話してはいなかった。
これは、俺と彼女の暗い歴史のひとつだろうな。
だが彼女を知れば知るほど、俺をあんな行動に駆り立てた何かを、自分の中に認めない訳にはいかなかった。



「 身のほど知らずの貧乏女 」
汚い言葉で罵る。
そうすることが、彼女とコミュニケーションを取る唯一の手段だったのかもしれない。
気おくれせずに彼女と会話をしたいと思っても、俺の口から放たれる言葉は耳に心地よいものではなかったはずだ。

結局俺は彼女のことを罵ることしか出来ずにいた。
それも以前よりも酷く大きな声で罵倒していた。
彼女を信じることが出来ず、暴力の渦のなかに置き去りにしたこともある。
そのことが彼女の人生に何をもたらすかを理解したとき、俺ははじかれたように駆け出していた。
そして校庭で行われていた暴力を目にしたとき、その渦のなか彼女目指して突進していた。
あのとき、彼女は誰に信じてもらえなくても、俺に信じてもらえればそれでいいと言っていた。





17歳の俺はバカで、乱暴者で、自分勝手な男で、思っていることと反対のことを言うひねくれ者だった。
そんなことに気づいたのは何年もあとになってからだ。



南の島で類と彼女が抱き合ってキスをしているのを見つけたとき、確かに彼女は類のことしか考えていなかったはずだ。
俺はそのとき、彼女に精一杯の気持ちを捧げていた。
そんな俺は類を殴り、その顔にあざを付けてやっても、ざまあみろとは思えずにいた。
なぜなら引き裂かれた気持ちは、そんなことでは元には戻ることがなかったからだ。



そして、そこから先のことは・・・・

17歳から18歳にかけての年、はじめて人生に目標が出来た。
考えることは彼女のことだけだった。
あの頃、世界が変わったと思えたのは俺だけだっただろうか。
虚栄心の欠片さえ持たなかった俺が、彼女のためなら自分を少しでもいい男に見せたいとさえ思いはじめていた。
そして、俺は昔からそうだったが、この家に生まれたことが嫌になる出来事に遭遇することになる。
排除されると言うことが、どんな意味を持つのか理解したことがあるか?
彼女は俺の母親によって排除されたんだ。
俺と彼女は別れを経験した。あの日は雨が降っていたな。
雨の中で彼女は俺に背中を向けたままでこう言ったんだ。
好きだったらこんなふうには出て行かない・・と。
あのとき、どうして抱きしめて出て行くのを止めなかったのかを今も後悔している。


それから先のことはよく知ってるだろ?
彼女のことは口にしなくなった。
だが、どれだけ彼女を愛していたのか、俺のことはおまえが一番よく分かっていたはずだ。
おまえはいつも俺と彼女のことを気遣っていてくれた。


俺は彼女と初めて愛し合った日のことは忘れていない。
一生忘れはしないだろう。

誰にも言ってはいなかったが、一度だけそんなことがあったんだ。
いま思い返してみれば、二人ともどんなにぎこちなかったことか。
何も知らないのだから仕方がなかったが、それから先のことなど考えてもみなかった。
俺は彼女と結婚したかったし、子供も欲しかった。
男は初めての女と結婚したがるのかどうか世間のことは知らないが、俺は彼女と結婚したかった。

だが人生は自分の思い通りに行かないものだということは、おまえもよく知っているはずだ。
俺は東京からニューヨークへと向かった。
ニューヨークにいる間、彼女のことが頭を離れることは無かった。
普段は書かない手紙も書いたし、電話もした。
何も話すことはなくても、ただ彼女の声が聴きたいと思い電話をかけていたものだ。

俺の母親は遠く離れた土地に住んでいれば、そのうちに彼女のことを忘れるだろうと考えていたようだ。
そして自分の認める女との縁談を勧めてきたこともあった。
そんな時の俺はさぞ機嫌が悪かったに違いない。


そして4年後、俺がニューヨークから帰国したとき、彼女はひとりで俺を待っていてくれた。
だが、実際はひとりではなかった。
彼女の手には小さな男の子の手が握られていた。
特徴的な髪の毛を見て、俺の子供に違いないと思った。
彼女がひとりで生んで育てた俺の子供だった。








類、おまえにこの手紙を託すのは、もし俺が・・息子が成人に達する前に・・
万が一だが、何かあった時には彼に渡してやってくれないか?
彼の母親と俺が出会った頃の事を伝えてやれるのは、おまえしかいないだろうから。
もしかしたら彼の父親になっていたのは類、おまえだったかもしれないからな。
俺が書いたこの手紙の最後にどんな言葉を書き加えればいいのか考えてみたが、思いつかなかった。
だから、おまえが伝えてくれる言葉がこの手紙の最終章になるはずだ。









この手紙を託されたとき、俺はいくつだった?
司、おまえあれから何年たったと思ってるんだ?
俺はこの手紙を託されてからもずっとひとりで過ごして来た。
彼らの息子の父親代わりとして・・・・いつでもそのつもりでいたから。
そして今でも毎年のように読み返している。



類は鼻の上に乗せられていた眼鏡を外し、冬枯れした庭を見た。






そこには司と牧野と彼らの息子・・・・そして息子夫婦の子供たち。
彼らはもう幾つになるんだ?
そろそろ司の息子が自分の父親に初めて会った頃の年齢にはなるはずだ。

類はそんなことを考えながら、託された手紙は、もう彼らには必要とされていないものだとわかっていた。

司、おまえいい父親だし、いいおじいちゃんだよ。
おまえ達二人の人生と俺の人生は切ってもきれないようだ。
あの南の島で俺が牧野のことを本気で好きになりはじめていたとき、司なんかに譲らなきゃよかったよ。

そうすれば、俺はここでこんなふうにこの手紙を読むことも無かっただろうね。



毎年この季節になると必ず読み返す手紙。



そこに書かれている内容を、彼は一言一句諳んじることが出来るほどに読んでいた。
そして読み終わるとまた封筒に戻す。この動作を30年間やってきた。

その封筒の中には、手紙と共に添えられた一枚の写真があった。
写真は色あせてはいるが、そこに写る二人は今も変わらず元気だ。






その写真の裏には「 二人はいつも一緒 」と書かれていた。











今年の更新は本日が最後です。年明けは四日か五日を予定しております。
いつもご訪問して下さる皆様、拙いお話しではございますが暖かいご声援を有難うございます。皆様の応援が執筆の励みになりました。
引き続き来年も継続出来る様に精進したいと思いますので宜しくお願い致します。
それでは皆様よいお年をお迎え下さいませ。
いつも堅苦しい文章で申し訳ないです(低頭)

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