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2019
05.12

子の心、親知らず <前編>

Mother’s Day Story
***********







「母さん。何が食べたい?」

僕のその問いかけに母は天ぷらが食べたいと言った。
だがその答えを訊くまでには時間がかかった。それは母の遠慮というものが感じられたからだ。だから一度目に訊いた時は、「そうねぇ~。母さんは食パンの耳が食べたいな。あれを揚げて砂糖をまぶして食べると美味しいのよね?」と言って笑った。
そして何度か訊いてやっと出た天ぷらという言葉に、やっぱり母さんは遠慮していると思った。

「天ぷら?もっと豪華な食事でもいいんだよ?お寿司とかお肉とか。他にも食べたいものがあるんじゃない?」

「いいの、いいの。母さんは天ぷらが食べたいのよ。何しろ自分で揚げたての天ぷらを食べることなんてなかったから。それに自分で後片付けをしなくてもいいじゃない?だから天ぷらが食べたいの」

僕は母のその言葉に頷いていた。
確かに母はつい最近まで揚げたての天ぷらを食べたこともなければ、上げ膳据え膳で食事をしたこともなかった。  
何しろ僕の家は母子家庭で外食をするほどの余裕はなく生活が苦しかったからだ。

僕には父がいない。それは母が未婚のまま僕を生んだからだ。
母が僕を宿したのは高校生の頃。
妊娠が分かり高校を退学し僕を生んだ。
それから女手ひとつで僕を育てた母。今の世の中片親だけで暮らす子供は珍しくない。
だがそれでも幼い子供というのは、どうして自分には父親がいないのかと訊くはずだ。
だから僕は訊いた。するとこう言われた。

「お父さんとは事情があって一緒にいることができなかったの」

そして母はこう言葉を継いだ。

「お父さんはね。病気になって母さんのことを忘れちゃったの。だからゴメンね。祐(たすく)には父さんのいない人生を送らせちゃって」

だが母は僕に惨めな思いをさせなかった。
小学生になり野球がしたいと言った僕に野球道具一式を買ってくれたのは2年生の頃。
日曜に試合がある日は弁当持参で応援に来てくれた。そして野球少年になった僕が6年生まで野球を続けることができたのは、僕がやりたいことは多少の無理をしてもやらせてあげたい。片親だけで育つ我が子に負いや引け目を感じさせたくないという親心だと今なら充分理解することが出来た。

そんな我が家の天ぷらと言えば、ゴボウや玉ねぎのかき揚げ、サツマイモやレンコンといったどこにでもある野菜を使ったもので、中学に入るまで海老の天ぷらなど見たこともなければ食べたこともなかった。
だがそれでも僕は充分だった。それに天ぷらはどんなに安い野菜でも美味しく食べることが出来る。それは食べ盛りの子供がいる家庭にすれば、沢山の野菜でお腹を満たすことができることから、我が家では天ぷらを経済料理と呼び月末近くになるといつも天ぷらが食卓に並んでいた。
それに天ぷらは応用が利いて便利だ。
卵でとじて天玉丼にしてもいいし、天ぷらうどんにとして食べることも出来ることから、忙しい母にすれば料理をしなくていいというメリットがあった。

そして母は、学校から帰った僕のおやつにと、職場である食品加工会社で残った食パンの耳を持ち帰り、パンの耳揚げを作ると仕事に出掛けていた。
そんな状況から、僕にとっての天ぷらと言えば、食べ飽きた料理といった感じだった。
だが母は母の日にご馳走するから何が食べたい?と訊くと天ぷらが食べたいと言った。
だから僕は母の望みを叶えるため、目の前で揚げた食材を食べられるカウンター式の天ぷらの店を予約していた。

僕は来年高校を卒業する。
そこは大学への進学率が高い都立だが、大学に行くかどうかは、まだ決めてない。
だが母は行けという。
そしてこう言った。

「今だから出来る勉強っていうものがあるでしょ?それに若いうちじゃないと覚えられないこともあるし知識は邪魔にはならないでしょ?だから大学へ行くべきなのよ」

高校を中退した母のその言葉は、これからの僕の将来を考えて言っていると分かっている。
だが経済的に恵まれない家庭にとって大学へ入学するために必要なお金を工面することは大変だということも知っている。
だから僕は家計を助けるためにアルバイトをしている。
それは新聞配達のアルバイトであり、学校から帰ると近所のコンビニで数時間ではあるが働いていた。
だがそんな僕を取り巻く状況が変わった。
ある日。コンビニのレジで「いらっしゃいませ」と声をかけた僕に「君が牧野祐君か?」と言った男性は店の入口に並べられていた新聞を手にしていた。
僕はコンビニの制服を着て名札をつけている。だから名字は知られても下の名前は分からないはずだ。だがその男性は僕の名前を呼んだ。
そして「ちょっといいかな?話があるんだ」と言い「もうすぐバイトは終わるんだろ?」と言ったとき、時計の針は丁度午後8時を指していた。



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2019
05.13

子の心、親知らず <中編>

コンビニで働く僕の前に現れた一人の男性。
その人は自分が僕の父親であると言い話がしたいと言った。
だから近くの公園まで歩いて行くとベンチに座ったが、夜の8時を過ぎたそこは人影もなく、淡い光の外灯が園内を照らしていた。

僕の前に現れた父と名乗る男性は自己紹介をすると、ある日突然母のことを思い出したと言った。
それは、厳格で冷淡な両親の元に生まれた男と貧しい家に生まれた女の話。
男は両親に反抗し続け生きていた。それに対して女は努力家で真面目。そんなふたりが恋に落ちたのは運命なのか。しかし運命は時に残酷だと言われる通り男性は不慮の事故で女の記憶を無くし今までいた。だが記憶を取り戻した男性は自分の思いがあの時と変わらないことを知った。

僕はその話を黙って訊いていた。
そしてその時初めて自分のルーツを知ることになったが、男性の言葉に嘘はないと感じたのは何故なのか。それが血の繋がりから来るものだと言われれば、そうとしか言えなかった。

子供の頃、何度も想像したことある父親の姿。
その姿は都会の賑やかさと華やかさの中に生きてきた男ではなかった。
それは母の性格から父親は物作りの現場でコツコツと働くといったイメージ。
母の弟のように素朴な人ではないかと思った。
だが僕の前に現れた男性は想像とは全く違いクールでエレガントを絵に描いたような男性で、とても高校生の息子がいるようには思えなかった。
それに父親と名乗った男性が母親よりひとつ年上だということを考えれば、男性も母と同じで若くして親になったということだ。
そして36歳の男性は今までニューヨークで暮らし、つい最近帰国したと言った。

男性の髪の毛の先がクルリと巻いているのは僕と似ていた。
背の高さは僕と同じくらいあった。
そしてその男性が記憶の中に母の存在を見つけたとき、母を探すと僕がいることが分かったと言った。

それは男性にすれば全く予期しなかったこと。
それもそのはずで、ふたりがそういった関係になったのは18年も前の話であり、海外に暮らしているなら尚更のこと18年前の時間というのは、はるかに遠い昔の話だ。
だから僕のことを知った時、まさかという思いだけがあったはずだ。
だがそれは僕の方も同じで、今になって自分の父親だと名乗る男性が現れるとは思いもしなかった。
そして男性が僕の顔に母の面影を探しているのが感じられた。

「君が生まれた時、私はこの国にいなかった。君のお母さんのことを忘れニューヨークで大学に通っていた」

僕はその言葉に何と答えればいいのかを考えようとした。
だが考えることなどなかった。それは思いが口をついたからだ。

「あなたが僕の父親なら、するべきことは分かってますよね?」

それは母と子が暮らして来た17年間の思いを受け取れと言っているのではない。
それに何をしに来たんだと初めから存在しなかった父に恨み事を言うつもりはない。
その代わりこうして現れた男性が僕の父というのなら、母にとっては大きな意味を持つはずだ。それは今まで母が誰かと結婚することなく、ひとりでいたことの意味を考えて欲しいということだ。

母には結婚の話があった。
それは、食品加工会社で働く課長さんから、結婚を前提に付き合って欲しいと言われたことがあることを僕は知っていた。
何故ならその課長さんは僕に会いに来て言った。

『お母さんと結婚したいと思っている。もし私が君の父親になるとしたら、君は私を受け入れてくれるだろうか』

その質問に僕は言った。

『母がよければそれでいいです。僕は母の人生に口出しをすることはありません』

だが結局母は結婚の申し込みを断った。

母は次から次へと微笑みが湧き上がるように、いつも笑顔を浮かべている人だ。
そんな人だから男性から好かれることは子供の僕でも理解していた。
そして母が結婚の申し込みを断ったのは、自分を忘れてしまった男性のことを今でも忘れられずにいるからだと思っていた。
だから僕は男性に言った。

「それに僕のことより母のことを考えて下さい。もしかして母より先に僕に会いに来たのは、母に会うのが怖いからですか?僕から母にあなたのことを伝えて欲しいということですか?僕を味方につけて母を忘れたことを許してもらうつもりですか?」

僕はその時思った。
それは母に結婚の申し込みをする前に僕に伺いを立ててきた食品加工会社の課長さんと同じだと。だからその事を父親だと言う男性に言った。

「母はある人から結婚を前提に付き合って欲しいと言われたんですけど断わりました。その男性も僕に自分を受け入れてもらえるかと訊きにきました」

「そうか。そんな男がいたのか。それで君は私のことを父親として受け入れてくれるのか?」

それにしても何故誰も彼も僕の気持ちを訊きたがるのか。
確かに僕は母の子供で、母は自分のことはさておき僕のことを一番に考えているのは知っている。だがだからと言って僕は母親が結婚することが嫌だとか反対しようとは思わない。母が幸せな生活を送れるなら、母を大切にしてくれる人なら、その人を喜んで父さんと呼ぶつもりだ。

「僕は母が受け入れるなら問題はありません。でも母が嫌だと言ったらそれまでです。あなたが生物学上僕の父親だとしても母があなたを受け入れなければ父親と認めることは出来ないと思います」

僕が少し尖った口調でそう言うと、

「厳しい言葉だが君の言うことは正しい。長い間お母さんと君を顧みることがなかった人間がいきなり現れて自分を受け入れて欲しいなどおこがましいにも程があるな」

父親と名乗った男性はそれ以上何も言わず少し寂しそうな顔をした。



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2019
05.14

子の心、親知らず <後編>

あの日から毎日コンビニに現れるようになった男性。
その男性の名前を訊いた僕は、家に帰ってすぐに男性のことをインターネットで調べた。
すると父親と名乗った男性が大きな会社を経営していることを知った。
その人の名は道明寺司。日本の経済を牽引する会社をいくつも所有する道明寺ホールディングスの社長だと書いてあった。

バイトが終わる8時に来て、それから30分、近くの公園で僕と話をして帰る男性。
その人と話していて分かったことがある。
それは今まで会ったことがない人だが、話し始めると身近で懐かしい感じがするのだ。
そして父親と名乗ったその男性に対し、初めこそ腹立たしさを感じた部分もあったが、今ではそんなことは感じられなかった。そして感じていた腹立たしさというものは、戸惑いといった方が正しかったのかもしれない。なにしろ父という存在は僕の人生の中になかったのだから接し方が分からなかった。

そして会う度に色々な話を訊かせてくれる男性は、男ということもあって母親よりも話す内容に分かり合える部分もあった。それは親子の共通点と言えばそうなのかもしれないが、今まで身近にいた男性と言えば母の弟しかなく、それを思えば男性と過ごす時間を楽しみに思えるようになっていた。

だが母のことを思えば僕は腹を立てなければいけない立場なのかもしれない。
それは、不慮の事故とはいえ母のことを忘れた男性は何度も自分の元を訪ねて来た母を追い返し、母の話を訊こうとはしなかったからだ。

だがどちらにしても、今のこの状況がいつまでも続くものだとは考えてはいなかった。
それは父親と名乗る男性が現れたことを母に告げなければならないということ。
だが、僕はこの状況を母に告げることは出来なかった。それに父親と名乗る男性の母に対する想いを訊かされるにつれ、今の母の気持ちを確かめずにはいられなかった。

それは母が結婚しなかったのは、僕の父である道明寺司のことが忘れられなかったからなのか。けれど僕がそう思っているだけで、本当は好きでも何でもないということも考えられる。
僕は父と名乗る男性と別れ家に帰ると、暫くして仕事から帰って来た母に訊いた。

「ねえ。母さん。もしも…..もしもだけど。もし今ここに僕の父さんが現れたらどうする?」

仕事がローテンションの母は、今週は遅番で9時過ぎに帰って来ると作り置きをしていた料理を冷蔵庫から取り出し皿に取り分けながら言った。

「何?いきなりそんなこと言って。そんなことあるはずないでしょ?言ったでしょ?あなたの父さんは母さんのことを忘れちゃったんだから」

「でも、もしもだよ。もし現れたらどうする?やっぱり驚くだろ?」

「ふふふ。そうねぇ。驚く以前に幽霊かと思っちゃうかもしれないわね?」

母の中では幽霊になっている僕の父親。
それは18年という時の流れがそうさせたのか。
それとも今では母子家庭を新しい家族のあり方と捉え、自分を忘れた男のことなどどうでもいいと思っているとも言える。
それに僕と母は健康で仲良く暮らして来た。だからよく考えてみたら夫の存在は今更であり必要ないのかもしれないが、僕には母の心の裡は見えないのだから分からなかった。
だがそれを知る方法がひとつだけある。

「ねえ。母さん。明日の日曜。母の日。揚げたてのてんぷらが食べられる店での食事だけど、いつもの格好じゃなくて化粧もちゃんとしておしゃれをして欲しいんだ」

母は普段化粧をすることもなければ、おしゃれをすることがない。
それは食品加工の仕事という化粧気も飾り気も必要ない職場で働いているからだが、本来自分のために使われてもおかしくないお金も僕のために使われていた。
だが明日はきれいな服を着て、きちんと化粧をして欲しいと言った。

すると母は、
「うんうん。分かってるわよ。ちゃんとお化粧して行くから。だって祐がご馳走してくれるんだもの。大丈夫。それにちゃんとした服装で行くから心配しないで」
と言って頷いた。








***








「ねえ。祐。本当にこんな店で食事をして大丈夫なの?いくらバイトしてるからってこんな高そうな店で食事しなくてもいいのに……お金。足りないようだったら母さん出すからね?それにしても他にお客さんがいないんだけど大丈夫なの?高いからお客さんが来ないんじゃないの?」

銀座の喧騒から距離を置いた場所に、まるで隠れ家のように佇む店の客席は、L字型のカウンターに設えられた8席で他の客はいなかった。

「母さん。お金のことは心配しなくても大丈夫だよ。それにここは完全予約制なんだ。だからそのうち他のお客さんも来るはずだよ」

僕はそう言って遠慮気味な母を中央の席に座らせたが、やはり心配そうに隣に座った僕に言った。

「でも本当に大丈夫?それにこんな所は初めてだから、なんだか緊張するわね」

母は無駄遣いが嫌いな人だ。
だからこんな店は分不相応だと考えていることは分かっていた。
けれど僕はどうしてもこの店で母に天ぷらを食べさせたかった。
贅沢をせず節約を心掛けてきた母に食べたいものを沢山食べさせてあげたい。それが母の日に贈る僕の感謝の気持ちなのだから。

「母さん。食事をするだけだから何も緊張することはないよ。それに今日は母の日だから母さんが主役なんだよ?だから揚げたての天ぷらを思う存分堪能して」

財布の中身を心配する母に、何度も大丈夫だからと言う僕は、まるで親子の立場が逆転してしまったような気にさせられた。
それは17歳という年齢を除けば、僕の方が母よりも大人になったということ。
だがそれは決して母の精神年齢が幼いと言っているのではない。
母は間違いなく大人だが、男の僕に比べたら力は弱く頼りない存在に思えるからだ。

「うん。分かった。祐がご馳走してくれるんだから、しっかり味わわなきゃね?それにしてもどんな天ぷらが出て来るのか楽しみね?こんな高級な店だから___」

母が言葉に詰まったのは、僕の後ろに現れた人物に気付いたからだ。
そんな母は何を喋ったらいいのか分からないといった風で沈黙していた。
そして現れた人物も何も言わなかった。
僕は振り返らなくてもその人物が誰だが分かっていた。だからその沈黙を破ったのは僕だ。

「母さん。これは偶然じゃないから。道明寺さんは母さんのことを思い出したんだ。それで
バイトをしている僕に会いに来た。それから道明寺さんは自分の思いを話してくれた。実は今日までもバイト帰りに何度も会って話をした。道明寺さんの母さんに対する思いはあの頃と変わらないそうだよ」

僕は二人の大人の間にいて、どちらかが言葉を発するのを待っていた。
だがどちらも黙ったまま何も言おうとはしなかった。
恐らくそれは18年振りの再会に何を言えばいいのか分からないというもの。
そして僕は母の顔を見つめていたが声が聞こえた。
それは初めて訊く母の嗚咽。
今まで僕の前では決して見せなかった泣き顔がそこにあって、それが母の今の気持ちを表していた。












必死で働いて僕を育ててくれた母。
きっと沢山の我慢というものがあったはずだ。
だがこれからは我慢という言葉に別れを告げて生きて欲しい。
それに母が幸せなら子供である僕も幸せだ。
そして親が幸福なら子供も幸福だ。

「母さんごめん。僕財布を忘れたみたいだ。だから取りに帰って来る。食事は道明寺さんと先に始めていいからね」

僕はそう言うと店を出ようとした。
そのとき後ろから聞こえたのは、

「祐。今まで母さんを守ってくれたことを感謝する」

僕は母を守って来たのだろうか。
だが言われてみればそうかもしれない。
いつか母さんが愛した人が現れることを待っていたのかもしれない。
そしてその人が現れた今、息子である僕が母を守る役目は終わったはずだ。
だから僕はこう言った。

「母さんをこれ以上泣かせないでくれよ。……父さん」




< 完 > *子の心、親知らず*
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2019
06.15

ロングシュート~続・子の心、親知らず~<前編>

Father’s Day Story
***********







ある日、僕の前に突然現れた父。
そして父は母の日に18年振りに再会した母と3ヶ月後に結婚した。
もちろん、そのことに僕は反対しなかった。
ただ、いい年をした大人の男が、これまたいい年をした大人の女と結婚するのに盛大な式を挙げる必要があるだろうか?そのことを口にした僕に父は、

「おい。祐。結婚式ってのは一生に一度しか挙げねぇものだ。それに俺たちの結婚は恥ずかしいものじゃない。だからちゃんとした式を挙げて世間に母さんのことを知らせる。それが俺の母さんに対する誠意だ」

その言葉通り父は母と教会で式を挙げると、メープルの一番広い宴会場で盛大な披露宴を開いた。そこに招かれたのは各界の著名人と言われる人々。
それにしても、まさかそこに現役の内閣総理大臣が列席するとは思いもしなかった。
それはまさに道明寺司の妻に対する並々ならぬ決意とでも言おうか。この先何があっても妻を離さないといった思いと共にこの結婚に文句がある人間がいれば容赦しないといったものが感じられた。

そして父と暮らすようになって知ったことがある。
たとえばそれは寝る時は裸で寝るということ。
歯磨きはミントフレーバーだということ。
いつも付けるコロンは決まっていて、それは高校時代から変わらないということ。
意外なことだけど好き嫌いは無いということ。だから母が作る料理は何でも食べるということ。
誰もが振り返る男でクールに見えるけど、何故か玄関に脱いだ靴下がカタツムリのように丸まって落ちていることがあるってこと。
つまり経済誌の表紙を飾る父は誰が見ても大人の男でビジネスマンの顔をしているけど、僕や母の前にいる父は全くの別人にしか思えなかった。
そして父という人間は、包容力のある大人の男と我儘な男が同居しているということを知った。

それにしても母は父のどこに惹かれたのか。
二人のキャラクターは全くといって言いほど違うのに、何故この二人が愛し合うようになったのかが不思議だった。
けれど父と結婚した母は、そんな父を上手くコントロールしていた。

そして家族となった僕には父に対しての気遣いというものがあったが、気遣いというのは想像力が必要で、僕の父に対する気遣いとは、広大な邸の中に作らせた母専用の台所にいる母がエプロン姿で立ち振る舞っているとき、そっと席を外すこと。

僕は生まれてからずっと母の傍にいた。だからそれだけ母のことはよく分かっているつもりだ。けれど父と母の付き合いは高校時代の1年にも満たない時間。
それは僕の知らない二人のドラマがあった時間だが、それは余りにも短い時間。
だから父と母が二人でいるための時間を少しでも持つことが出来るならと、親子とはいえ男同士の義理がそうさせた。

それにしても、あの道明寺司がエプロン姿の妻の後姿に目を細め嬉しそうにしているとは世間の誰も想像すらしないはずだ。だが父は間違いなく、そういった種類の人間だ。
つまりそれは妻を溺愛するタイプの男ということ。
それを結婚して10ヶ月たった今、改めて思うのは僕の父は親バカならぬ妻バカだということだ。

そして父と母が再会を果たしてから1年と1ヶ月。
僕にとっては初めての父の日が来た。去年の父の日は出会って1ヶ月ということもあり、何かをしようというところまで気が回らなかった。
だが今年も母の日が終り巡って来た父の日。
そして、ここで僕は父に初めての父の日の贈り物をすることにした。
だが欲しい物は何でも簡単に手に入れることが出来る父に何をプレゼントすればいいのか。
正直僕は悩んだ。髭剃り?ポロシャツ?万年筆?ありきたりな物しか思いつかなかった。
そんな中、僕は父の親友の花沢類さんからある話を聞かされた。



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2019
06.16

ロングシュート~続・子の心、親知らず~<後編>

僕は花沢類さんとの会話から父がスポーツ万能であることを知った。
父は背の高さは185センチあると言うが、そんな父は高校時代、母を巡って親友である花沢さんとバスケで決着をつけることにしたことがあった。
父と母には恋愛事件と呼ばれるものが数多くあるが、それは母が学園を退学するかどうかが掛かっていた試合であり、F4と呼ばれる仲間のうち、父と西門さんと美作さんがひとつのチーム。そして花沢さんと青池さんと母がひとつのチームを組んでの試合。

つまりそれは僕の知らない父と母二人のドラマのひとつということになるが、どう考えても自分のチームが負けると思った花沢さんは、勝つため父を精神的に動揺させラフプレーを誘い得点を稼いだと言った。
それは母を愛する父を嫉妬させたということだが、やはり父のチームの勝ちは間違いないと言われ、あと10秒で試合が終わるという時に何故か父は勝ち試合を放棄した。
花沢さん曰く、父はそういった形で母に対する愛情と自分に対する友情を示したと言った。
つまり勝敗を付けることをせず問題を問題としないことを選んだということだが、それはまるで青春時代を描いた少女漫画のような世界。
そんな父がいたことを知り、僕は父にプレゼントするものを決めた。

それはバッシュ。
つまりバスケットシューズ。
でも僕は野球少年だったからバスケットシューズについては詳しくない。だから幼馴染みの元バスケ部員に訊いたが、「お前。道明寺司にバッシュかよ?全然似合わねぇな」と笑われたが、僕はどうしてもバスケットシューズを父に贈りたかった。
何故なら僕は父が必死になった姿を見たいと思ったから。
花沢さんと母を巡って行われたバスケ試合は、訳のわからない父のプライドをかけた試合だったが、父の必死の姿があったはずだ。
今でこそ優れた経営者と呼ばれる父だが、僕は父の若かった頃の必死さを見たいと思った。
父の青春時代の1ページを。









「父さん。父の日の僕からのプレゼント。高いものじゃないけど受け取ってくれる?」

「サンキュ祐。贈り物に値段は関係ない。心が込められていればそれが一番だ」

僕が差し出した箱を嬉しそうな顔をして受け取った父は、包み紙を外した時点で中身がバスケットシューズだと分かると片眉を上げ、「どうしてこれを俺に?」と言った。

「どうしてだと思う?」

「さあな。どうしてだ?」

父は箱からシューズを取り出し眺めていた。

「うん。父さんはスポーツ万能だって花沢さんから訊いたけど、野球ってイメージじゃないんだ。僕の中での父さんのイメージはバスケ。だから僕とバスケの対決をしてくれないかと思って。それにバスケならうちの庭にコートがあるし、二人でも出来るしキャッチボールより面白いだろ?」

道明寺司という男はチームプレーよりも、ましてや飛んで来る球を待つよりも一人で相手の陣地を責めるスタイルが似合う。
だから僕はそう言って父の顔にどんな表情が浮かぶかと見ていたが、そこに浮かんだのはニヤリとした表情。そして、
「いいだろう。俺も最近身体を動かすことが減った。運動不足解消には丁度いい。ひと汗かくか」と言った。






邸の広い庭にあるのはバスケのコートもだがテニスコートもあった。
だがテニスをする父をイメージするのは、野球と同じでやはり難しい。
けれど、今では母を相手にテニスをする姿を見ることがあるが、母はテニス初心者で父の相手としては物足りないはずだ。
それでも、「ヘタクソ!どこ見て打ってんだよ!ボールはラケットの中心で打つもんだ!」と言いながら母の方向が定まらないボールを打ち返す父は楽しそうだ。


「それで?祐。1対1のゲームってことだが、お前俺に勝てると思ってるのか?」

どちらが多くシュートを打つことが出来るかで決まるバスケの試合。
30代半ばの父とまだ10代の僕とでは、明らかに若い僕の方が優位なはずだ。
だから負けるはずがないと思った。
だから父の余裕の発言に僕はムッとした。

「当たり前だろ?僕の方が若いんだ。勝つに決まってるよ」

だが移動速度の速いドリブルをする父の姿は30代半ばの男のものではない。
それはまるでボールが手に吸い付いているようなドリブル。
そして見事に決めるダンクシュート。得点は父の方がリードしていた。

「祐!お前俺より若いんだろうが!もたもたするな!もっとしっかり走れ!」

「汗で滑ったんだよ!」

僕は顔に流れる汗を手で拭った。

「ぬかせ。汗のせいにするな!そんな足腰で俺に勝てると思ってるのか?」

見事なハンドリングを見せる父の姿は、やはり30代の男とは思えなかった。
だがそうは言っても時間が経つにつれ、若い僕のとの体力の差は徐々に出て来た。
そしてリードを許していた得点はわずかとなり同点になった時点で残り時間は10秒。
このまま同点で終わるか。
それとも___。

どちらが勝つにしても、それはどちらが多くシュートを決めることが出来るかだが、僕はドリブルしていたボールを父に奪われた。
残り時間はあと5秒。
すると父はかなりの距離があるにもかかわらず、その場でボールを頭の上に構えた。
そしてバッグボードに向かってシュートを打った。
それは梅雨の晴れ間の濃い青空にオレンジ色の放物線を描きながら飛んでいく見事なロングシュート。
ボールはバッグボードに命中すると鉄のリングの中に入った。と同時に残り時間はゼロになった。

たった5秒で決まる勝敗。
けれどその5秒のために戦った時間は5秒以上。
そして勝負に勝った父は満足そうな表情を浮かべたが、すぐに何かを考える表情に変わり口をついた言葉は静かだった。

「俺がお前と母さんと離れていた時間は5秒じゃなかった。18年もの間、母さんを忘れ離れていた俺の時間は長かった。記憶が戻った途端その長さに愕然とした。だがお前に近づいてその時間は過去のものになった。それに今の俺の手の中には大切なものが二つある。それはお前と母さんのことだが、俺は失った過去よりも二人と暮らせるこれからの未来が楽しみだ」

父が母と離れていた時間。
それは父が僕と離れていた時間でもある。
そして戻ることのない時間は父が母と僕に出会うまで歩んだ遠回りの時間。
だが父は遠回りした分だけ大人だ。そんな父の口から語られる言葉は、そこら辺にいる大人と違い重みがあった。
それに父が母と再会してから母を思うその姿には失っていた18年分の愛情と、その歳月を感じさせない深い絆を感じることが出来た。

「祐。お前あと5秒だってとき諦めただろ?いいか。勝負は最後の最後まで諦めるな。たとえ残りが5秒だろうが1秒だろうが最後の最後まで相手に食らい付け。そうすることで見えるものがある。俺は昔試合の途中でゲームを投げ出したことがある。あの時はそれで良かったと思えたが、今思えば勝敗をつけておくべきだったと思っている。何しろ相手は類だ。中途半端なことをしてあの男に笑われることだけは避けるべきだった。それにあの男、ああ見えて根に持つ男だ」

と言って笑ったが勘のいい父のことだ。僕がバスケをしたいと言ったとき、あの時の試合のことが頭を過ったはずだ。それに僕とゲームをすることにした父は、僕が何を考えているのか分かったような目をしていた。だから花沢さんの名前が口をついたとしか思えなかった。
それにしても、母にまつわる花沢さんのことになると機嫌が悪いことこの上ない。


「それにしてもこんなに汗をかいたのは久し振りだ。どうだ?これからプールで軽くひと泳ぎして汗を流すか?」

「父さん冗談は止めてくれよ。バスケだけで充分だよ。それにこれ以上身体を動かしたらぶっ倒れるよ!」

プールで軽くひと泳ぎと言う父の体力は、やはり30代の男のものではない。

「そうか。止めとくか。それならシャワーで済ませるか」

僕が頷くと父は一緒に戻るか?と言ったが「もう少しここでクールダウンするよ。だから先に戻っていいよ」と答えた。すると父は、「じゃあな、先に戻ってるぞ」と言って邸へ足を向けた。











僕が父と出会ったのは大人になってから。
だから精悍な顔をした父を父というよりも一人の男性として見ていた。
そしてつい今しがた見た父の顔は高校生の頃の父の顔。
子供の僕を相手に絶対に負けないというその態度は、どこか子供っぽかった。
つまり青春時代の父は今も父の中にいて、時々顔を覗かせることがあるということを知った。


日曜の東京の空は梅雨を忘れたように青い。
僕は足元に転がっているボールを拾うと頭の上に構えた。
そしてついさっき父がロングシュートを決めたようにボールを投げた。
するとボールは父が投げたのと同じような放物線を描いた。それなのにシュートを決めることは出来なかった。

「なかなかやるよな。中年親父のクセに」

そう呟いた僕はそれなら来年はゴルフで対決しようと思った。
大学生になってから父に教えられ、めきめきと上達したゴルフの腕。
たが父はまたきっとこう言うはずだ。

『お前俺に勝てると思ってるのか?』

負けず嫌いの性格で子供の僕にもムキになる父。
それはどこか少年のような父の姿。
けれど僕はそんな父が好きだ。

それにしても、父の日に自分の父親に勝負を挑む息子というのも、父にとってはやっかいな息子なのかもしれない。
けれど、親子が離れていた間の溝を埋めるという訳ではないが、これが僕と普段は忙しい父にとってのコミュニケーション手段のひとつだったと父も分かっているはずだ。


僕はもう一度ボールを拾った。
そして今度こそはという思いで投げた。
すると今度は見事に決まったロングシュート。
もしここに父がいたらどんな顔をするだろう?
きっと片眉を上げ「やるな」と言ってニヤリと笑い「けど、まだまだだな」と言うはずだ。




< 完 > *ロングシュート*
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