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2019
04.07

金持ちの御曹司~春爛漫~

『特定の人間にだけ受け入れられる人間は誰かと訊かれたとき、支社長は誰の名前を挙げますか?』

雑誌に載ればそこからフェロモンが流れ出て来ると言われ、イケメンにもほどがあると言われる男に向けられたその質問に彼は答えた。

『そんなの決まってんだろ?牧野つくしだ。つまり特定の人間という言葉が指すのは俺のことを指すのであって、その人間に受け入れられる人間はひとりしかいない。それは牧野つくしという女だ。それに俺の身体は他の女にアレルギーを起こす。だから牧野以外の女とセックス_』

それは新年度を迎えた社内報のためのインタビューという形で西田が取り纏めようとしていた記事の一文だが、質問の意図することとは全く別のことを答える男の言葉は秘書によって速やかに削除され差支えのない記事へと変えられた。



世間では沼にはまるという言葉がある。
それはその人なりその物にはまり抜け出せなくなることらしいが、司の場合とっくに牧野という沼にはまっていた。
その沼にはまったのは17歳の時。
17歳の少年にとってのその沼は底なしの沼で、その沼にはまり早ン年。
だが思っていた。それは自分では沼にはまったと思っていたが、実は沼ではなく一生登頂出来ない山の途中にいるのではないかということだ。

その山の名前は牧野山。
標高は不明。頂は雲に覆われ下から見ることは出来ない。
だがその山は春になれば桜が咲き鳥たちのさえずりが聞こえ、夏は緑に覆われ心地いい風が吹く。秋になれば木は実を結び葉は赤く色付き、そして冬になれば雪に包まれ静寂を迎える。

そんな山にアタックを繰り返す男。
だが何度アタックしても山頂に辿り着くことは出来ずにいた。

そして二人が付き合うようになった迎えた何度目かの春。
街には真新しいスーツを着た新入社員と思われる若者が大勢いるが、司が支社長を務める道明寺ホールディングス日本支社にも大勢の新入社員が入社した。

思い起こせば司がアメリカの大学を卒業して数年を過ごし日本に帰国した時から牧野つくしと同じ会社で働けることを楽しみにしていた。
そして同じ会社で過ごす中で楽しいこともあれば悲しいこともあった。まさに悲喜こもごもと言ってもいい会社生活。だがそれでも楽しい会社生活。そしてどんなに苦しいことがあったとしても、牧野つくしがいれば乗り越えることが出来た。

だが牧野が司の会社ではなく別の会社を就職先として選んでいたらと思うことがあった。それは例えば花沢物産だったり、美作商事だったり、青池商会だったり、大河原財閥だったとしてもおかしくはない。そしてもし牧野が花沢物産に就職したとすれば、類の秘書になることは目に見えていた。
それに類のことだ。友達面して牧野の心を自分に振り向かせようとするはずだ。そうだ類は牧野の心を掴むのが上手い。事実高校生の頃、最初に彼女の心を掴んだのは類であり司ではない。そして彼女を取り合った。
そんな過去の想い出が脳裡を過るとモヤモヤとしたものが心に宿った。

そのとき、執務室のデスクの上に置かれた新聞記事が目に留まった。
それは『女性があこがれる制服の職業』
1位はキャビンアテンダント。
2位は巫女。
3位は看護師。
4位は警察官。
そして5位が医者となっていた。

司は思った。
『彼女が制服に着替えたら』。そんな映画があれば自分は牧野にどの制服を着させるか。
だが牧野つくしは、どの制服を着ても似合うはずだと思った。
例えばキャビンアテンダント。
航空会社の制服を着た牧野がキャリーケースを引き颯爽と空港内を歩く。その姿は凛とした中にも可愛さがあり男どもの目を惹く。
その可愛さから機内で男どもから名刺を渡され食事に誘われる………….。

「却下だ!」

そして2位の巫女。
だが巫女は神聖な職業であり、もし牧野が巫女になったとすれば、
『道明寺。私は神様に仕える巫女なの。だから私の身体は神様のものなの。ゴメンね、あんたとは一生清いままの関係でしかいれないの』と言って司とのセックスを拒むはずだ。

それなら看護師はどうだ?と考えたとき、看護師は夜勤がある。それに医者と看護師は不適切な関係に陥りやすい。だからやはり却下した。
そして4位の警察官。牧野つくしは曲がったことは大嫌いな性格で相手が誰であろうと怯むことなく正々堂々立ち向かう女だ。それに司のように学園の権力を握っていた男に宣戦布告をしたような女だ。そんな女の態度は司の心を掴み離さなかった。つまり『君の瞳をタイホする』とばかりに司は牧野つくしに逮捕されたと言ってもいい。
だが警察官という職業は危険が伴う仕事で、あの女の性格からして自らその危険に飛び込んで行くはずだ。だから却下した。

そして5位の医者。
つまり女医。
最後に残ったのは医療という場で患者のために人生を捧げることを選んだ女。
牧野つくしの白衣姿はクールで知的に見えるはずだ。












「それで道明寺さん。お腹の調子が悪いということですね?どのような症状がみられるのでしょうか?」

「どうもこのところ内側から突き上げるように激しく痛む」

「突き上げるようにですか?」

「ああ」

「そうですか。それは心配ですね?何か心あたりはありますか?」

「いや。特にないんだが」

「そうですか…..」

道明寺ホールディングスの産業医のひとりである牧野つくし。
今日の彼女は財団法人道明寺病院で司を診察していたが、はだけた司の胸に聴診器を当てる姿は真剣だった。そして司はそんな女の髪の毛から立ち昇るシャンプーの香りを嗅いでいた。

牧野つくしの存在は司にとってオアシスだ。
牧野つくしに会うことが仕事の励みになる。
だから本当は身体の調子は悪くないのだが、牧野つくしを間近に感じたいがために病院に通っていた。

「ところで道明寺さん今朝はお食事を召し上がられましたか?」

胸に聴診器を当てた女の声は司の裸の胸に響いた。
そして吐く息は胸をくすぐった。するとこのまま女の頭を抱え自分の胸に押し付けたい気持ちが湧き上がった。だがそれをグッと堪え答えた。

「いや。食ってない」

「そうですか。では昨夜はいかがですか?」

「いや。昨日の夜も食ってない」

「ではご提案したいのですが昨夜も今朝もお食事をされてないということですので、今日はこれから大腸の検査をさせていただきたいと思うのですがいかがですか?」

「大腸の検査?」

「ええ。大腸の検査です。お時間をいただくようになりますが何かご不便はありますか?もしなければ私は内視鏡検査をお勧めしたいと思っています。それから私の専門分野は消化器内科です。ニューヨークの大学病院で胃腸医学の世界的権威の先生から大腸内視鏡検査を直接ご指導いただきました。ですからご安心下さい」

司は良い悪いも返事をしなかった。
だが牧野つくしは、「それでは道明寺さんさっそく準備をしましょうか。服を脱いで検査着に着替えて下さい。それから下剤を入れていただきます。ええ。もちろんお尻からです。ご自分で入れることが出来ますか?もし出来ないとおっしゃるならお手伝いさせていただきますが?」

と言われ、はだけていたワイシャツを脱がされると、「さあ。どうぞ全部脱いで検査着に着替えて下さいね。それから下剤を入れてお腹の中に残っているものを出して下さい」と言われた。

司は女医の牧野つくしが好きだ。
だが彼女の専門が消化器内科でしかも内視鏡検査のエキスパートだとは知らなかった。
そしてこれから彼女に尻を向けそこから内視鏡を入れられることを想像した時、これが夢であることを切実に希望していた。
だから誰か早く起こしてくれ。目を覚まさしてくれ。西田はどうした。どこにいる?何故こんな危機的状況なのに誰も止めない?まさかこれは夢じゃなくて本物か?もしかして自分は異次元の世界にいて、女医の牧野つくしにケツから内視鏡を入れられることになるのか。

「おい。待ってくれ牧野。俺は本当はどこも悪くない。お前に会いたくて病院に来ているだけだ。だから内視鏡を入れる必要はない」

司は焦った。
何故なら牧野つくしは背中を向け検査の準備を始めていたからだ。そして振り向いたその手にはワイヤーロープのようなものが握られ、その先端には小さなカメラが付いていて司を見ていた。

「さあ。道明寺さん。早くズボンを脱いで下さい」

この状況でなければ牧野つくしからズボンを脱いでと言われることがどんなに嬉しいか。
だが今のこの状況下でズボンが脱げるはずがない。
しかしいつの間にか司のズボンは脱がされ検査着一枚の姿でベッドの上に横になっていた。
そして麻酔が効いているのか。身体の自由が効かなかった。

「止めろ。牧野。俺は元気だ!本当はピンピンしている。だから検査は必要ない!」

「道明寺さん。心配しなくても大丈夫ですよ。私は内視鏡検査は得意ですから。それとも私にお尻を見られるのが恥ずかしいですか?ご安心下さい。たとえあなたのお尻に恥ずかしい何かがあったとしても誰にもいいませんからね?」

そう言った消化器内科が専門の牧野つくしは、内視鏡を持ち司の方へ近づいて来たが、あれが自分のケツに入れられる。司はそう思うと恐ろしくなった。

「止めろ…..牧野。止めてくれ。お前は女医じゃなくて俺の会社に勤める会社員の女だ!これは夢だ!牧野っ!止めろ牧野!止めるんだ!止めてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」












「支社長。何を止めるんですか?」

「西田!おせぇぞ!なんでもっと早く起こさねぇんだよ!」

「そうはおっしゃいますが、先ほどから何度も声をお掛けしております。しかし支社長はぐっすりとお休みでしてなかなかお目覚めにはなりませんでした」

西田が言う通りでなかなか目が覚めなかった。
だがまあいい。女医の牧野つくしにケツから内視鏡を入れられるところだったが、間一髪でそれを逃れた。
それにしても今日は疲れを感じていた。
だが新年度早々これでは駄目だ。リフレッシュが必要だ。
そんな時だった。一足先に帰った牧野から携帯にメールが届いた。
司はそのメールを確認すると西田に言った。

「西田。悪い。今日は帰るわ」


牧野つくしから届いたメールに書かれていたのは、
『仕事帰りだけどちょっと付き合ってよ』
だから彼女が待つ場所へ出向いた。そこは会社から歩いてすぐの場所。
夜7時。東京駅近くの八重洲さくら通りで見上げた空は満開のソメイヨシノが夜空を淡いピンクに変えていた。

「春爛漫って感じできれいよね~。ねえ道明寺。永遠は無いって言われてるけど、でもあるような気もする。だってこの桜を見て。花は一度咲いたら終わるけど来年またこの場所で同じように花を咲かせてくれるはずよ?だからこの木は永遠に桜でしょ?でも永遠に桜でいることも疲れるかもしれないけど、命ある限り桜は桜。それに桜を見てると春が来たって実感できると思わない?」

薄手のトレンチコートを着た女は、そう言って上を見たが、隣に立つ男は永遠も大切だが、愛しい人と同じ景色をこうして見ることの方が大切だと思った。
それは今を生きることが大切だと知っているからだ。
そして牧野つくしにとって春が来た実感が桜なら、司にとって春が来たと感じるのは、満開の桜を見て満面の笑顔を浮かべる女を見ること。だから二人でいつまでもこうして桜を眺めていたい。
だが勿論未来も大切だ。そして、どこもかしこも桜が満開の街で最愛の人の傍にいるだけで永遠の愛を感じていた。

司は満面の笑みで隣に立つ愛しい人を抱き寄せた。

「そうだな。春はやっぱり桜だな。来年もどこでもいいからお前と一緒に桜を見れたら俺は幸せだ」

その声が桜に届いたように一陣の風が吹き、花びらが二人の上に降り注いでいた。




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