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2019
01.31

贅沢な時間

「はぁ~。参りました」

「何が参ったんだ?」

「この前ちょっと遅くなって午前様になったんです。そうしたらドアの内側にチェーンがかかって入れなかったんです」

「おいおい。それって締め出されたってことか?」

「そうなんです。あんなこと初めてだったから焦せりました」

「そうか。締め出されたのは初めてだったのか。まあ、お前はまだ新婚だ。あんまり遅く帰ると嫁さんは自分が放っておかれたって腹が立つんだろうよ。俺もたまに締め出されるが、そんな時はひたすら謝るしかないんだが、何しろマンションだろ?隣近所は寝静まってる状況で謝るわけだが、インターフォンに延々と話しかけてる男ってのは見られたモンじゃねぇぞ。もし誰か通り掛かってみろ。あそこのご主人締め出されたって言われることになる。だからそんな時は一旦マンションを出て携帯で電話をするんだ。そこで謝り倒す。ゴメン悪かった。もう二度とこんなに遅く帰らないって謝るしかない。
これは俺の長年の経験からも言えることだが、女ってのは夫がフラフラと外で飲み歩いて帰ってくることに腹立つ生き物だ。だから仕事じゃないなら午前0時には家に帰ることを勧める。それに遅くなるなら手土産のひとつでも持って帰れ。コンビニのスィーツでもいい。お前これ好きだろ?美味そうだったから買って帰ったとでも言え」

「そうですか。先輩でも締め出されることがあるんですか」

「ああ。どんなに外で偉そうにしている男でも家に帰ればただの男だ。嫁が恐ろしいって男は多いぞ?」

「でも道明寺社長の場合は違いますよね。あの方はどんなに遅くお家に帰られても奥様が起きて待たれていて、優しく迎えてくれるんでしょうね?」

「ああそうだ。俺は一度だけ夜遅くに西田室長の代わりに社長をお屋敷までお送りしたことがあったが、奥様は玄関までお迎えに出られた。それから俺にも労いの言葉を下さったが社長の奥様は素敵な方だ。社長と奥様は大恋愛で結婚されて、とにかく仲がいいらしい。けど社長はそれを外で見せることはない。分かるだろ?あのクールな顔。男の俺が見てもいい男だって思える。仕事は出来るし顏はいいし金持ちだ。天は二物を与えずっていうが道明寺社長の場合は二物どころか三物も四物も与えてるって感じだ。まあ世の中にはそんな男がいるということだが、社長の家庭生活ってのは、どんなものだか見て見たい気もするな」

「そうですよね。社長の家庭生活。なんだか想像するのは憚られますが、どんな生活をされてるんでしょうね?社長の若い頃から傍にいらっしゃる西田室長ならご存知ですよね?」

秘書室で働く二人の男性は、自分達の生活と社長の生活を比べようとは思わなかったが、家庭での社長はどんな表情を見せるのかが興味があった。
だから二人は社長秘書である西田に訊いた。

「下田さん。西川さん。社長はご家庭では良き父親であり良き夫ですよ」

「西田室長。でも社長は少年の頃ひどく荒れていた頃があったと訊きました。でもそれは嘘ですよね?あの社長が昔やんちゃだったとは思えなくて。だからその手の話は都会にある噂で信じるか信じないかはあなた次第って言うやつですよね?」

「そうですね。それは単なる噂でしょう」

西田は自分よりも若い二人の秘書にそう言ったが、世界的にも有数の企業と言われる道明寺ホールディングス株式会社の社長である道明寺司の幼さが残る頃を知る男は、何かを我慢していた少年の姿を覚えていた。
それは身体の内側に溜まった熱を解き放つことが出来ない少年の姿であり寂しさ故に心が荒れて凶暴だった少年時代の姿。
そんな少年がひとりの少女に出会い、はじめての恋に心を燃やすことで少年から大人の男へと変わった姿を知っていた。
だが少年は思いを仄かに燃やすというタイプではなく、心に宿ったのは燃え盛る炎であり一度心に灯った恋の炎は誰も消すことは出来なかった。
それは傍若無人な生き方をしていた男の心に宿った初めての恋心。
どれくらい相手を愛しているか伝える言葉すら満足に知らなかった少年の恋。
そんな恋もウエディングベルを鳴らしキスをすることで永遠のものに変わった。

そして大きな翼を持つ鳥がその翼の下に守るべきパートナーと結婚した時、男は初めて今まで周りにいた全ての人間に感謝することを覚えた。
それはどんなに偉いと言われる人間も、ひとりでは生きていけないということ。
惑うことなき今の生活は、家族が、親友たちが、彼の周りにいる全ての人間が二人を支えているからだ。






「それにしても今日は社長の誕生日ですけど、社長の誕生日のお祝いってどんなものを貰うんでしょうね?そう言えば、まだ未成年で免許も取ってないのにフェラーリをプレゼントされたって聞いたことがありますけど、室長それ本当ですか?」

「ええ。本当です。真っ赤なフェラーリでした」

18歳の誕生日に車を貰う。そんなことは意外ではなく、むしろ誰もが考え付くこと。
だからあの日プレゼントの中に何台もの車の鍵があった。

「はぁ~。流石道明寺社長。我々とはレベルが違いますね?きっと今夜も盛大なパーティーが催されるんですよね?」

「いいえ。社長は本来ご家族で静かにお祝いされる方がお好きです。今まで毎年パーティーが開かれていましたが、お子様もご成長されましたので今年から誕生パーティーを開くことをお止めになりました」

それまでは当然のように開かれていた道明寺家の一人息子の誕生日パーティー。
少年時代開かれていたパーティーは、所謂企業戦略のひとつとして開かれていたパーティーであり本人の意思には関係がなかった。
そして結婚してから数年間開かれていたパーティーというものは、自分がいかに妻を深く愛しているかを世間に知らせるためであり、子供が生まれれば子供たちの楽しみでもあったため開かれていたが、子供たちが成長したことを期に今年から開くことを止めた。

「そうですか。じゃあ今夜はご家族だけでということですね?」

「ええ。そうです。では私はこれから社長をご自宅までお送りしてきます。あなたたちも早く帰って下さい。定時で帰ることが出来るのは滅多にありませんから」










「西田。お前今夜何か予定があるか?」

西田は車の後部座席で隣に座る男からそう訊かれ、「いえ。ございません」と答えたが、男の問いかけは今までなかった問いかけだ。だから訊いた。

「何か御用がございますか?」

家族だけで自身の誕生日を祝うことが決められれば、今日のこの日の西田の仕事は世田谷の邸に男を送り届ければ終わる。だから西田にしてみれば形ばかりの問いかけだったが男は、「ある」と答えた。
西田は果たして家族で祝う誕生日にも秘書が必要な仕事があったかと思うも、あると言われれば返事は決まっていて、「承知致しました」と答えたが、邸に着けば、ついて来いと言われずとも行くべき部屋は決まっている。だから西田は玄関でいつものように夫を出迎えた奥様に挨拶をした。

「奥様。本日は社長のお誕生日です。こちらで失礼しようと思いましたが、用があるとおっしゃられましたので少しだけお時間を頂戴いたします」と言った。

「西田さん。いつもありがとうございます。司がこうして毎日仕事が出来るのは、西田さんのおかげです」

そう言われた西田は、道明寺つくしとなった女性の若い頃の姿を思い出しながら、「いえ。わたくしの仕事は社長にお仕えすることですから」と答えた。
そしていつものように執務室に向かおうとしたが、そこで男から「こっちだ西田」と言われ向かったのは、家族が集うダイニングルームだった。
そしてそこに居たのは、西田とは生まれた時からの付き合いがある二人の男の子とひとりの女の子。父親の誕生日を祝うべく席に座っていたが、女の子は立ち上がると西田に向かって言った。

「西田さん。ママが言うの。西田さんは会社でパパの女房役で大変だから結婚しなかったんだって。だからママは西田さんには申し訳ないって言うの。でも私もそれは本当だと思うの。だから西田さん。いつもパパのお世話をありがとうございます」

西田が道明寺を就職先として選択したのは、生涯の仕事として世界を飛び回ることが自分に相応しいと考えたからだ。だが配属されたのは秘書課であり、ビジネスマンとして世界を飛び回るのとはまた別のレベルで世界を旅していた。
それは道明寺楓の第一秘書に抜擢されてからだが、やがて息子の秘書になり今も世界を飛び回る生活が続いていた。だから忙しくて結婚することが出来なかったと思われているが、実はひとりでいる方が性に合っていた。

「望(のぞみ)お嬢様。わたくしはお父様の秘書であって女房役ではございません。お父様の女房はお母様のつくし様だけですよ」

西田はそう言ったが、「それは違うわ。西田さん」と、つくしに言われ「俺もつくしの意見と同じだ。西田は俺の女房役だ。俺にとっては欠かせない存在だ。俺はお前を尊敬している。我社にとって、いや。俺にとっては欠かせない人材だ」と、司からも言われ、西田は「ありがとうございます」と礼を言ったが、いつまでも家族の集まりを邪魔してはいけないという思いから男の方を見た。
すると、「西田。ここに座れ」と言われた場所は、料理が並べられ飾り付けがされたダイニングテーブル。
その一角に座れと言われた西田は戸惑った。

「いいから西田。お前はここに座れ」

それはまさに意表を突かれた行動としか言えなかったが、仕える男からここに座れと言われれば、断わることなど出来なかった。だから腰を下ろしたが、その真正面に腰を下ろした道明寺夫妻から言われた言葉に目をしばたたかせた。

「西田。今日は俺の誕生日だ。だから俺を祝ってくれ。どうせ帰っても暇だろ?それならここで一緒にメシ食っていけ。それにお前の誕生日も1月だったろ?祝ってくれた人間がいたかどうか知らねぇけどメシくらい付き合え。今までの俺の誕生日はパーティーが多かった。こうして家でゆっくりメシを食うことはなかった。だが今年からは、こうして家でのんびりする時間が取れるようになった。だからお前とこうしてメシも食える」

物言いは笑いながら砕けたものであり、それが心からの言葉だと分かるのは、長い付き合いだからだ。そして西田の私生活を知る男は彼を家族と同様に気にしていた。

「それからこれはお前への誕生日プレゼントだ」

西田は司から車の鍵を渡されたが、鍵のエンブレムはスリーポインテッド・スター。
それは言わずと知れたメルセデスのマーク。

「俺は18の誕生パーティーで車を何台も貰った。まだ免許も持ってねぇのにフェラーリを運転した。あの時こいつを助手席に乗せて走ったが、お前が乗った車が後をつけてたのは知ってた。それを撒いた俺の腕を褒めたお前は未成年の俺のお守りでさぞや大変だったはずだ。それこそ事故をおこすんじゃねぇかってハラハラしてたはずだ」

西田が司の秘書となったのは、司が社会に出てからだが、それ以前から社長に命じられ彼の世話をしていた。

「あんとき、お前にどれでも好きな車をやるって言ったが、お前は分不相応だって断った。
だが今のお前は俺の第一秘書であり腹心だ。お前はこの車に乗ることに値するはずだ。だから受け取ってくれ。ああ。駐車場の心配ならするな。ちゃんとお前のマンションに確保しておいた。けど乗らねぇで置きっぱなしじゃ車も可哀想だ。だからたまには乗ってやれ」

西田の上司はそう言うと隣に座る妻も頷いた。












西田が仕える男は好きな女性と結婚したことで成長した。
その人を幸せにしようと考え努力した。
愛する人が憂う事がないようにすることが男の幸せであり、家族の幸せだと気付いている。
だから男が語る言葉には重みがあったが、大きな愛情に満たされた男は、自分の誕生日にひとり身の秘書を気遣っていた。


世界一凶暴と言われたことがある男の誕生パーティー。
それは家族と家族同然の、いや。家族よりも今日の主役を知る秘書が共にテーブルを囲み過ごす時間。
今日誕生日を迎えた男に誕生日が二度あるなら、一度目はこの世に生を受けた日。
そして二度目は最愛の人と巡り合えた日。そして男の成長を見続けて来た秘書は、仕える男の幸せが彼の幸せでもあった。


「西田。笑えよ。俺の誕生日だぞ?嬉しくねぇのか?」

と言われた西田は、「はい」と言うと、これも秘書の仕事とばかりにっこりと笑ってみせた。




< 完 > *贅沢な時間*
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