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2015
12.06

慕情

Category: 慕情
東京の午後は真っ黒な雨雲が空一面を覆い隠し、土砂降りの雨が降り始めていた。
雷鳴が響くなか、慌てて建物の軒下に駆け込む者、コンビニで傘を買い求める者、気丈にもずぶ濡れのまま道を進む者と様々だった。

雷雲は冷たい風も一緒に連れて来るが、吹き付けてくる雨は、誰かの怒りを含んでいるように激しく路面を叩きつけていた。
そして、アスファルトは水しぶきで白っぽく煙っていた。
その中を車は派手に水しぶきをあげて走り去り、歩道にまでその水しぶきがかかるほどだった。




それは____まさに彼女の心の中と同じだ。


後悔が水しぶきとなって、彼女の心の中まで降り注いでいた。



そんな土砂降りの雨のなか、彼女は待っていた。
土砂降りの雨にも、冷たい風にも負けずただひたすら待っていた。
友人によれば、彼は今日ニューヨークから帰国するからだ。


だから二人が別れた場所で私は彼を待っている。
ここでこうして待っていることを彼に伝えるべきか迷ったが、連絡をとることはせずに待つことにした。





ケンカした。


この一週間、ずっと後悔してた。
今日になれば会える・・・そう思っていたからここに来た。
待つことがいいとは思えなかったがタイミングとしては理想的だった。




ごめん、のひと言が言い出せないままでいたのだから。




本当はあのときも、自分の気持ちを正直に言えばよかったと後悔ばかりしていた。
この場所に立ったとき、あの日に戻っていた。
ひどい捨て台詞を吐いて嫌われようとしたあの日。
泣きながら彼に別れを告げた日。
憎しみを込めた目で睨まれた。



あのときは惨めな自分がいた。




それももう昔の話だが、それでもここに立つとあの日のことが思い出される。
そしてそれは、それほど前とは感じられなかった。


ここは・・・思い出が多すぎる場所。








司は帰りのフライトのあいだ、ずっと彼女のことに思いを馳せていた。
頭の中にあったのはまさにそれだけだった。


後悔ばかりしていた。
あんなことを言うべきではなかったと。

取り組める仕事があって良かったと思っていた。
気持ちを集中し、他のことを考える余地がないほど、精も根も尽き果てるまで仕事をし、気を紛らわそうとした。だが出来なかった。


孤独を感じていた。

だが、彼女と出会う前の自分はやりたいように、生きたいように生きていたはずだ。
たとえ孤独を感じていたとしても、自分を誤魔化しながらも生きてきた。
だか結果、強がってはみても孤独だった。


そして悪い夢を見た。

ひとりで見る夢はたいがい悪い夢。
彼女が自分から去っていく夢。
あの日が夢になって現れた。



人は求めていたものが手に入った途端、それを手放すことが出来なくなる。
彼は求めていたものを手に入れていた。
それは彼女の心。
何かを犠牲にしても欲しかった彼女の心。
手にしたものの大切さは、よく分かっているはずだが、自分の中にある傲慢さが時に彼女を傷付けていると感じていた。
謝らなくては、と思っていた。そして一秒でも早く会いたいと望んだ。


ジェットが空港に着陸すると、迎えに来ていた車で邸へ向かった。
彼は腕時計を見た。
この時間だともう会社にはいないか?
誰かとどこかへ出かけているか?
誰ってだれだ?
頭をよぎる考えはろくなものが無かった。
だかもしかしたら、もう帰っているかもしれない。
いや・・・いないかもしれない。



もう間もなく邸の門に着こうかというところ、鋳鉄で出来た柵が続く歩道に女がいた。
土砂降りの雨に取り囲まれたなか、傘もささず一歩も動かず立ちすくんでいた。



まさか?


牧野か?


彼はその場で車を降りると雨の中、傘もささずに彼女の傍へ駆け寄っていた。
その時、車のドアが閉まる音が聞こえ女はゆっくりと振り向いた。

「牧野!お前何やってんだ!この雨ん中こんなに濡れてこんなところで何してるんだ!」

「・・・道明寺を待っていたの」

「いいから、早く車に乗れ!風邪をひくぞ!」

「い、いい。謝ろうと思ってここに来ただけだから」


司の顔を雨が流れ落ち、上等な洋服にも雨が流れ落ちていく。

「・・道明寺、濡れちゃうよ?」

と心配そうに呟いた声は雨音にかき消されそうだった。

「どうしてこの場所で謝ろうと思ったんだ?」

「それは・・あのときのことも、ちゃんと謝ってなかったから・・・」

彼女はそれをみなまで言わなかった。

「・・・だからって、何かあるたびにこの場所で謝らなくてもいいだろ?」

司の顔には、微かに得意気な笑みが浮かび、黒い瞳があたたかみを帯びた。
そして唇が優しくカーブをえがいて歪んだ。



それまで激しく降り続いていた雨も、やがて途切れ途切れへと変わり、彼の髪を絶え間なく流れ落ちていた雨も、ぽたぽたと雫を垂らすように変わった。





「雨はやんだぞ?」

「・・そうだね」

司は答えを待っていた。ただ待っていた。
彼女の口から聞きたい言葉を待っていた。


つくしは言うべき言葉を探していた。


司は彼女の顔に浮かんだ躊躇いの表情を見ていた。


何年たってもやっぱり意地っ張りだな。





彼女が何も言わないでいると、彼は大きく息をした。
「おまえ、俺に謝りに来たんだろ?」
彼は柔らかい声で言った。


ささやかな希望が見えたつくしは、ゆっくりと頷いた。




若すぎた私たちのあの日の後悔。

それを二度と繰り返したくないからここにいる。


「 来 い 」

司の顔に温かいほほ笑みが浮かんだ。


「 う ん 」 彼女は頷いた。

司は彼女の手を掴んだが、一瞬躊躇ったのち、荒々しく彼女を抱きしめた。


ふたりの心の中にあった雨の場面は消え去っていた。

間もなく車のエンジンが始動したが、先ほどまで空を覆い隠していた黒い雨雲はどこかに去り、茜色をした夕空が顔をのぞかせ、冷たく感じられていた風も、今はもう雨上がりの潤いを含んだしっとりとした空気に変わっていた。




そして、歩道に出来た沢山の水たまりだけが、先ほどの嵐の痕跡を残していた。








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