長い足に見事な逆三角形の背中。
広い肩端でピンストライプのダークスーツを着こなす男。
その姿は見事なまでのフォトジェニックで360度どの角度から写しても最高な写真が撮れると言われるが、司は経済誌以外の雑誌の表紙を飾ったことがない。
だがもちろん沢山のオファーはある。
それは司が表紙を飾ればその雑誌の売り上げが飛躍的に伸びるからだが、司は芸能人ではないのだから大衆に迎合する必要はないし顔を売る必要もない。
それでも、女性向けの雑誌や写真週刊誌に記事として取り上げられることはしょっちゅうある。それは彼の私生活を知りたいという大勢の女の期待に雑誌が応えようとするからだが、その全てが広報部を通した公式なものとは限らず、スクープ記事として扱われているものもあった。
だが司はそんな記事にいちいち目くじら立てることはしない。
むしろ記事を逆手に取るではないが、わざと写真を撮らせるということもある。
それはもちろん愛しい人と一緒にいる写真。
司には恋人がいて、その女とは深い付き合いであることを暗に知らしめるために利用するのだが、女の顔は絶対にバレないように気をつけていた。
「ねえ恭子、今週の『プレジデント』見た?尊敬される上司って記事の写真。道明寺支社長って年齢を重ねるたび素敵になっていくわよね~」
「ほんとよねぇ~。支社長って本当にいい男だわ!」
「そうよ。お金持ちで背が高くてハンサムで頭がいい。まさに希少価値が高い男性でしょ?世の中にはムダな肉ばっかり付けてる男が多いけど、支社長の場合スーツの上からでも分かるムダのない身体に美しい横顔のライン。道明寺支社長って本当に素敵!もしデパートの紳士服売り場に道明寺支社長みたいなマネキンがいたら、あたしそのマネキンを裸にして持って帰るわ!」
「うん。分かる分かる。なんかさぁ。支社長がそこにいるだけで磁場が狂うって言うの?その存在が女を引付けるって言うの?とにかくその存在が世の中の女性を惹き付けて止まないのよね。吸い寄せられちゃうのよね。本当に支社長って稀有な存在よねぇ。あたしこの会社に入るまであんなに素敵な男性見た事なかったもの。ホント、入社出来てよかったって今更だけど思うわ。でも最近全然見かけることがなくて、偶然会わないかなぁって思ってるんだけど全然会えないの。やっぱ秘書課じゃなきゃ無理なのかなぁ」
「そうよね….秘書課になれば最上階のフロア勤務だし、会えるのは確実だけど秘書課は高嶺の花よ。でも海外事業本部は違うわよ。支社長は時々あのフロアにいらっしゃるみたい。この前も突然現れてフロアをサッと眺めてすぐ帰っちゃったらしいわ。でも支社長の顔を見た牧田又蔵部長が慌てて走っていったらしいわよ?何かあったのかしらね?」
「牧田又蔵部長?あの部長も今じゃお腹が出てるけど若い頃はそれなりでモテたらしいわよ?それでね、この前それを確かめようと思って昔の社内報を見たら髪の毛がフサフサの牧田部長の写真があったから噂は本当だったって思ったわ」
「だけどさ。若い時は素敵だった男性も50代ともなればお腹も出るし、髪が少なくなっても仕方がないわよね。でもあたし思うんだけど本物のいい男は脱がなくても色気を感じるものでしょ?道明寺支社長は脱いでも凄いと思うけど、裸よりも着衣の方がいろいろと想像出来て楽しいわ!」
「分かるわ~。あたしなんて自分の手で支社長のネクタイを緩めるところを想像しただけでドキドキしちゃうもん。きっとその時は手が震えちゃって結び目を解くことが出来なくて、その時支社長が自分でやるってあたしの手に自分の手を添えて解こうとするの。それで見つめ合ってそれから支社長が顔を寄せてくるの!それで….キスするの!そこからベッドへ押し倒されて支社長が解いたネクタイで両手を縛られて自由を奪われるの。それでそこから支社長に好きにされるの。止めて下さいって言っても止めてくれなくて一晩中愛されて身体中キスマークだらけにされて朝になっても起きれなくて今日は仕事に行かなくていいって言われてそれからまた愛し合うの!」
そのシュチュエーションは過去にあったし、愛し合えば身体中キスマークだらけにするのはごく当たり前のこと。何しろ司は恋人のことは深く愛しているのだから愛することを止めることは出来なかった。
ところで司は、よく女子社員が自分のことを話すのを耳にする。
だがそれは訊こうと思って訊いているのではない。
たまたま偶然なのだが、それにしても何故うちの女性社員はこんなに自分の話ばかりするのかと思うも、こうした話から社員が何を考えているのか。社内で何が起きているのか知ることが出来るのだから別に構わなかった。
それに女性社員の会話から女が何を求めているのかといったことを知ることが出来るから、なにかと参考にしていた。
それにしても司そっくりなマネキンがいれば裸にして持って帰るという女性社員の言葉にいいことを訊いたと思った。
今まで考えもしなかったことだが、牧野つくしのマネキンを作るというのは実にいい考えだと思った。
そう言えばいつだったか牧野と見た映画の中にデパートのショウウィンドウでポーズを取るマネキンと恋におちた男の話があった。そのマネキンは古代エジプトの女性が転生したもので、男の前だけで人間の姿に変わるという話で、男はそのマネキンを大切に持ち歩くことをしていたが実に楽しそうだった。
司はいつもつくしの顔が見たかった。
出来ることならいつも一緒にいたかった。
ポケットに入るなら持ち歩きたかった。
彼女の優しい顔や笑顔。細い身体だが丸みのある胸や尻。そこに手のひらを押しつけて爽やかな香りを吸い込みたかった。いや、だがマネキンでは香りまでは出せない。
そんなことを考えながら執務室へ戻ると革の椅子に腰を降ろし目を閉じた。
「あの。あなたは誰?」
「俺か?俺は道明寺司だ」
「どうみょうじつかさ?」
「そうだ。道明寺司。お前を作った人間だ」
「作った?」
「ああ。お前の名前は牧野つくし。春になれば芽を出すつくしという植物の名前がお前の名前だ」
司は12年前若くして亡くなった恋人を忘れることが出来なかった。
そんな思いから恋人そっくりのロボットを作らせていた。だが彼が作ったのはただのロボットではない。
道明寺グループには産業用ロボットでは世界でトップクラスの企業がある。
そして彼はアメリカの軍事用ロボットを開発する会社を買収し、その技術を転用させ開発を命じたのは、基礎的な部分は牧野つくしだが、自分で学習し考えることが出来る成人した女の身体を持つアンドロイド。つまりAI(人工知能)を持つロボットだ。
だから彼は、つくしに人間としての日常生活を教えるため学習させた。
本を与えれば読みはじめ、テレビを見て言葉を覚え、人としての仕草を覚えたが、その学習能力は非常に高く、1週間もすればどこにでもいる人間の女性としての牧野つくしがそこにいた。
そしてその外見は人との境界を感じさせないと言われるほど人間らしかった。
「ねえ道明寺。私は若い姿をしているけど、あなたは今幾つなの?」
「俺か?俺は38歳だ」
12年かけ司が作らせた牧野つくしは人間の女そのもので、仕草や話し方は牧野つくしそのものだ。
「ねえ私はこの写真の人と同じ顔をしているわ。この人は25歳の時亡くなったって訊いたけど、この人があなたの恋人だった人ね?だから私はこの人と同じ顔で作られたのね?」
司はアンドロイドの牧野つくしに過去の二人のことを話し二人は恋人同士として暮らし初めていたが、ある写真の中に彼女と同じ顔、同じ髪型をした女を見つけていた。
「ねえ、それから私の隣にいる人は誰?」
司は写真を眺めている牧野つくしの隣で彼女の髪を撫でていたが、彼女が指差した写真には牧野つくしを間に挟み司と類が写っていた。
「こいつか?こいつは花沢類。俺の幼馴染みで親友だ」
「そう。道明寺の親友なら私も会ったことがあるわね?」
「ああ。あるな。俺と類は同じ学園に通っていた。そこで俺とお前は出会った」
「そうなのね。じゃあこの人も本当の私のことを知っている人なのね?」
アンドロイドの牧野つくしは、本当の私と言って過去の自分を表現するが、司にとっては今のつくしも過去のつくしも同じつくしだった。
彼にとっては最愛の人で人生を共に歩む人だった。だが25歳のとき交通事故で亡くなった。
あれから12年が経ったが、今は彼の傍には牧野つくしがいて、司は幸せだった。彼のことを見つめ彼の帰りを待ってくれる人がいるということが、彼女のいなかった12年間を考えれば夢のように思えた。
休みの日には二人で出掛け映画を見た。
車を運転してドライブへも出かけた。
時にはソファの上でゆっくりと寛いだ。
彼女が生きていたなら経験出来たはずのふたりの時間が甦ったように感じていた。
そして司にとって最愛の人の命日。
彼は牧野つくしを連れ彼女が眠る寺を訪れた。そして二人で本当の牧野つくしが眠る墓に花を手向け車に戻ろうとした。すると参道を前方から歩いて来る人影に出会った。それは片手に花束を携えた花沢類。
「….牧野?」
類は司の隣にいる女性の姿に信じられないといった表情を浮かべた。
「司。これはいったいどういうこと?」
「ああ。こいつは牧野つくしのアンドロイドだ。そっくりに作られたロボットだ」
「嘘だろ?」
「いや。彼女は牧野そのものだ。見ろ。この姿を。あの時の牧野と同じだろ?この顔もこの髪型も声もあの時の牧野つくしと同じだ」
「司。お前まだ牧野のことが忘れられないのか?だからこんな__」
と、類は言葉に詰まったが、あまりにも牧野つくしそっくりなその姿に言葉が出なかった。
だがそのとき司は、つくしの目が類を見つめる様子を見ていた。
表情には何の変化もなかったが、瞳には変化があったのを見た。
ああ、と思った。牧野つくしそっくりに作られたアンドロイドは感情も心も彼女の生き写しに作られている。彼女は司を好きになる前、類を好きになった。だからロボットとはいえ、牧野つくしの全てがプログラミングされているロボットは花沢類のことが好きになるのが分かった。好きにならなくても慕うことは間違いないと思った。
それは唐突な思いだったが、過去の事実としてあるのだから牧野つくしの心が花沢類へと傾くのは分かっていた。
そして感じる胸の奥の痛みはあの頃と同じで、それは司にとっては許し難いことだった。
今ではすべてを学習し、ひとりの大人の女性となったアンドロイドは、変化を求め世界の外へ出て行こうとするかもしれない。司が仕事に行っている間に外へ出て、類のところへ行くかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられなくなっていた。
そして類と会って以来、司は仕事を終えるとすぐに彼女と暮らす部屋へ戻った。
「お帰り」
と言われ食事の支度をする彼女の存在にホッとする間もなく、司は牧野つくしに訊いた。
「お前。類と会ってないだろうな?」
「え?何それ?何のこと?」
「俺が訊いた質問に答えろ!花沢類と会ってないだろうな?」
「やだ。どうしたの道明寺?何言ってるの?」
過去にこれと同じような会話をしたことがあった。
あの時は南の島の司の別荘に類や仲間たちと出掛けたとき。彼女は真夜中に部屋を抜け出し浜辺で類と会っていた。そしてキスをしている姿を目撃した。
司は再びその光景を見たくなかった。
彼女は自分だけのもので、自分だけを好きになって欲しかった。
その黒い瞳に映るのは自分だけでいて欲しかった。
司は牧野つくしの身体の内部について知っていた。
どこをどうすればその身体の機能が停止するのかを。
だから牧野つくしの腕を掴みベッドルームへ連れていくとベッドに押し倒し、エプロンをむしり取り、ブラウスのボタンを外し脱がせたが抗いはしなかった。
そして身体のある部分に隠されている小さなスイッチをオフにした。
すると牧野つくしは、自分の身体に起こりつつある変化に気付いたのだろう。静かに言った。
「道明寺….どうして?こんなことをするならどうして私を作ったの?私を作ったのは私のことが好きだったからじゃないの?それとも私のことが嫌いになったの?ねえ、どうして_________」
静かな時間が数秒間過ぎアンドロイドが完全に動きを止めたのを知った。
司は自分が深く暗い穴の中に落ちて行くのを感じていた。
そして動かなくなった姿に事故で彼女を失ったときよりもっと激しい喪失感に襲われていた。
「おい待て!なんだよこれは!なんで牧野が交通事故で死んでアンドロイドになるんだよ!うちには西田ってアンドロイドがいるだろうが!もうこれ以上アンドロイドは必要ねぇ!」
司は嫌な汗をかいたと手で額を拭ぐい、席を立つと廊下へ走り出た。
そして本物の牧野つくしが仕事をする海外事業本部へ向かったが、役員専用ではないエレベーターのなんと遅いことか。
このことから役員専用エレベーターを特別に海外事業本部のフロアにも停止させることに決定した。
だが肝心の牧野つくしは席におらず、どこへ行ったと訊けば多分お手洗いですと言われた男は、女性用化粧室へ向かった。そして迷うことなく扉を開けようとしたところで手を拭きながら出て来たつくしに会った。
「えっ?道明寺?あんたこんな所で何やってるのよ?」
「牧野!お前本物の牧野だよな?」
「はぁ?道明寺何言ってるのよ?どうかしたの?」
「だから、お前は本物の牧野かって訊いてる」
「本物の何もあたしは牧野つくしだけど?でもなんで道明寺がここにいるのよ?それも女性用のトイレの前で何してたのよ?やだもしかしてあたしの後をつけて来たの?そう言えばこの前牧田部長が言ってたけど支社長が突然現れたって驚いてたわよ?」
「ああ、あれはお前の顔を見に寄ったんだ。けどいなかった。それにここで何してたってお前に会いに来たんだろうが!」
「会いに来たってここ女性_」
司はつくしの身体を引き寄せると二度と放すものかとばかり、きつく抱きしめた。
「牧野!俺はお前が消えてしまうんじゃねぇかと思うと、いてもたってもいられなくなった。仕事なんぞ手につかねぇ。だから実際触って確かめて味わってみねぇと不安なんだよ!」
「え?な、なに?まさかここでキスするなんて嫌よ。ここ会社だし女性用トイレの前だし、ちょっと!待って道明寺っ!」
「待てねぇんだよ。それに待てって言われて待つのは犬だ」
司はつくしの前では犬でも良かったが、今は凶暴なライオンの気分だった。
愛しい人が自分を置いて亡くなってしまうという縁起でもない夢に嫌な汗をかき、おまけにアンドロイドのつくしが類に惹かれるという事態には気が狂いそうだった。
だから野蛮人と呼ばれても構わなかった。今ここでキスをして牧野つくしに殴られても、せずして後悔するよりマシだった。
そして顔を上げた司の率直なまなざしと態度は、慌てふためき驚いた顔をしていた女に伝わると、大きな瞳がゆっくりと閉じられ、キスを受け止める顏になった。
すると司は、「牧野。お前絶対に俺より先に死ぬなよ」と言って迷うことなくゆっくりと確実にその唇に唇を重ねていたが、唇が重なる寸前「道明寺こそあたしより先に死なないでね」と柔らかいその唇は言っていた。

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広い肩端でピンストライプのダークスーツを着こなす男。
その姿は見事なまでのフォトジェニックで360度どの角度から写しても最高な写真が撮れると言われるが、司は経済誌以外の雑誌の表紙を飾ったことがない。
だがもちろん沢山のオファーはある。
それは司が表紙を飾ればその雑誌の売り上げが飛躍的に伸びるからだが、司は芸能人ではないのだから大衆に迎合する必要はないし顔を売る必要もない。
それでも、女性向けの雑誌や写真週刊誌に記事として取り上げられることはしょっちゅうある。それは彼の私生活を知りたいという大勢の女の期待に雑誌が応えようとするからだが、その全てが広報部を通した公式なものとは限らず、スクープ記事として扱われているものもあった。
だが司はそんな記事にいちいち目くじら立てることはしない。
むしろ記事を逆手に取るではないが、わざと写真を撮らせるということもある。
それはもちろん愛しい人と一緒にいる写真。
司には恋人がいて、その女とは深い付き合いであることを暗に知らしめるために利用するのだが、女の顔は絶対にバレないように気をつけていた。
「ねえ恭子、今週の『プレジデント』見た?尊敬される上司って記事の写真。道明寺支社長って年齢を重ねるたび素敵になっていくわよね~」
「ほんとよねぇ~。支社長って本当にいい男だわ!」
「そうよ。お金持ちで背が高くてハンサムで頭がいい。まさに希少価値が高い男性でしょ?世の中にはムダな肉ばっかり付けてる男が多いけど、支社長の場合スーツの上からでも分かるムダのない身体に美しい横顔のライン。道明寺支社長って本当に素敵!もしデパートの紳士服売り場に道明寺支社長みたいなマネキンがいたら、あたしそのマネキンを裸にして持って帰るわ!」
「うん。分かる分かる。なんかさぁ。支社長がそこにいるだけで磁場が狂うって言うの?その存在が女を引付けるって言うの?とにかくその存在が世の中の女性を惹き付けて止まないのよね。吸い寄せられちゃうのよね。本当に支社長って稀有な存在よねぇ。あたしこの会社に入るまであんなに素敵な男性見た事なかったもの。ホント、入社出来てよかったって今更だけど思うわ。でも最近全然見かけることがなくて、偶然会わないかなぁって思ってるんだけど全然会えないの。やっぱ秘書課じゃなきゃ無理なのかなぁ」
「そうよね….秘書課になれば最上階のフロア勤務だし、会えるのは確実だけど秘書課は高嶺の花よ。でも海外事業本部は違うわよ。支社長は時々あのフロアにいらっしゃるみたい。この前も突然現れてフロアをサッと眺めてすぐ帰っちゃったらしいわ。でも支社長の顔を見た牧田又蔵部長が慌てて走っていったらしいわよ?何かあったのかしらね?」
「牧田又蔵部長?あの部長も今じゃお腹が出てるけど若い頃はそれなりでモテたらしいわよ?それでね、この前それを確かめようと思って昔の社内報を見たら髪の毛がフサフサの牧田部長の写真があったから噂は本当だったって思ったわ」
「だけどさ。若い時は素敵だった男性も50代ともなればお腹も出るし、髪が少なくなっても仕方がないわよね。でもあたし思うんだけど本物のいい男は脱がなくても色気を感じるものでしょ?道明寺支社長は脱いでも凄いと思うけど、裸よりも着衣の方がいろいろと想像出来て楽しいわ!」
「分かるわ~。あたしなんて自分の手で支社長のネクタイを緩めるところを想像しただけでドキドキしちゃうもん。きっとその時は手が震えちゃって結び目を解くことが出来なくて、その時支社長が自分でやるってあたしの手に自分の手を添えて解こうとするの。それで見つめ合ってそれから支社長が顔を寄せてくるの!それで….キスするの!そこからベッドへ押し倒されて支社長が解いたネクタイで両手を縛られて自由を奪われるの。それでそこから支社長に好きにされるの。止めて下さいって言っても止めてくれなくて一晩中愛されて身体中キスマークだらけにされて朝になっても起きれなくて今日は仕事に行かなくていいって言われてそれからまた愛し合うの!」
そのシュチュエーションは過去にあったし、愛し合えば身体中キスマークだらけにするのはごく当たり前のこと。何しろ司は恋人のことは深く愛しているのだから愛することを止めることは出来なかった。
ところで司は、よく女子社員が自分のことを話すのを耳にする。
だがそれは訊こうと思って訊いているのではない。
たまたま偶然なのだが、それにしても何故うちの女性社員はこんなに自分の話ばかりするのかと思うも、こうした話から社員が何を考えているのか。社内で何が起きているのか知ることが出来るのだから別に構わなかった。
それに女性社員の会話から女が何を求めているのかといったことを知ることが出来るから、なにかと参考にしていた。
それにしても司そっくりなマネキンがいれば裸にして持って帰るという女性社員の言葉にいいことを訊いたと思った。
今まで考えもしなかったことだが、牧野つくしのマネキンを作るというのは実にいい考えだと思った。
そう言えばいつだったか牧野と見た映画の中にデパートのショウウィンドウでポーズを取るマネキンと恋におちた男の話があった。そのマネキンは古代エジプトの女性が転生したもので、男の前だけで人間の姿に変わるという話で、男はそのマネキンを大切に持ち歩くことをしていたが実に楽しそうだった。
司はいつもつくしの顔が見たかった。
出来ることならいつも一緒にいたかった。
ポケットに入るなら持ち歩きたかった。
彼女の優しい顔や笑顔。細い身体だが丸みのある胸や尻。そこに手のひらを押しつけて爽やかな香りを吸い込みたかった。いや、だがマネキンでは香りまでは出せない。
そんなことを考えながら執務室へ戻ると革の椅子に腰を降ろし目を閉じた。
「あの。あなたは誰?」
「俺か?俺は道明寺司だ」
「どうみょうじつかさ?」
「そうだ。道明寺司。お前を作った人間だ」
「作った?」
「ああ。お前の名前は牧野つくし。春になれば芽を出すつくしという植物の名前がお前の名前だ」
司は12年前若くして亡くなった恋人を忘れることが出来なかった。
そんな思いから恋人そっくりのロボットを作らせていた。だが彼が作ったのはただのロボットではない。
道明寺グループには産業用ロボットでは世界でトップクラスの企業がある。
そして彼はアメリカの軍事用ロボットを開発する会社を買収し、その技術を転用させ開発を命じたのは、基礎的な部分は牧野つくしだが、自分で学習し考えることが出来る成人した女の身体を持つアンドロイド。つまりAI(人工知能)を持つロボットだ。
だから彼は、つくしに人間としての日常生活を教えるため学習させた。
本を与えれば読みはじめ、テレビを見て言葉を覚え、人としての仕草を覚えたが、その学習能力は非常に高く、1週間もすればどこにでもいる人間の女性としての牧野つくしがそこにいた。
そしてその外見は人との境界を感じさせないと言われるほど人間らしかった。
「ねえ道明寺。私は若い姿をしているけど、あなたは今幾つなの?」
「俺か?俺は38歳だ」
12年かけ司が作らせた牧野つくしは人間の女そのもので、仕草や話し方は牧野つくしそのものだ。
「ねえ私はこの写真の人と同じ顔をしているわ。この人は25歳の時亡くなったって訊いたけど、この人があなたの恋人だった人ね?だから私はこの人と同じ顔で作られたのね?」
司はアンドロイドの牧野つくしに過去の二人のことを話し二人は恋人同士として暮らし初めていたが、ある写真の中に彼女と同じ顔、同じ髪型をした女を見つけていた。
「ねえ、それから私の隣にいる人は誰?」
司は写真を眺めている牧野つくしの隣で彼女の髪を撫でていたが、彼女が指差した写真には牧野つくしを間に挟み司と類が写っていた。
「こいつか?こいつは花沢類。俺の幼馴染みで親友だ」
「そう。道明寺の親友なら私も会ったことがあるわね?」
「ああ。あるな。俺と類は同じ学園に通っていた。そこで俺とお前は出会った」
「そうなのね。じゃあこの人も本当の私のことを知っている人なのね?」
アンドロイドの牧野つくしは、本当の私と言って過去の自分を表現するが、司にとっては今のつくしも過去のつくしも同じつくしだった。
彼にとっては最愛の人で人生を共に歩む人だった。だが25歳のとき交通事故で亡くなった。
あれから12年が経ったが、今は彼の傍には牧野つくしがいて、司は幸せだった。彼のことを見つめ彼の帰りを待ってくれる人がいるということが、彼女のいなかった12年間を考えれば夢のように思えた。
休みの日には二人で出掛け映画を見た。
車を運転してドライブへも出かけた。
時にはソファの上でゆっくりと寛いだ。
彼女が生きていたなら経験出来たはずのふたりの時間が甦ったように感じていた。
そして司にとって最愛の人の命日。
彼は牧野つくしを連れ彼女が眠る寺を訪れた。そして二人で本当の牧野つくしが眠る墓に花を手向け車に戻ろうとした。すると参道を前方から歩いて来る人影に出会った。それは片手に花束を携えた花沢類。
「….牧野?」
類は司の隣にいる女性の姿に信じられないといった表情を浮かべた。
「司。これはいったいどういうこと?」
「ああ。こいつは牧野つくしのアンドロイドだ。そっくりに作られたロボットだ」
「嘘だろ?」
「いや。彼女は牧野そのものだ。見ろ。この姿を。あの時の牧野と同じだろ?この顔もこの髪型も声もあの時の牧野つくしと同じだ」
「司。お前まだ牧野のことが忘れられないのか?だからこんな__」
と、類は言葉に詰まったが、あまりにも牧野つくしそっくりなその姿に言葉が出なかった。
だがそのとき司は、つくしの目が類を見つめる様子を見ていた。
表情には何の変化もなかったが、瞳には変化があったのを見た。
ああ、と思った。牧野つくしそっくりに作られたアンドロイドは感情も心も彼女の生き写しに作られている。彼女は司を好きになる前、類を好きになった。だからロボットとはいえ、牧野つくしの全てがプログラミングされているロボットは花沢類のことが好きになるのが分かった。好きにならなくても慕うことは間違いないと思った。
それは唐突な思いだったが、過去の事実としてあるのだから牧野つくしの心が花沢類へと傾くのは分かっていた。
そして感じる胸の奥の痛みはあの頃と同じで、それは司にとっては許し難いことだった。
今ではすべてを学習し、ひとりの大人の女性となったアンドロイドは、変化を求め世界の外へ出て行こうとするかもしれない。司が仕事に行っている間に外へ出て、類のところへ行くかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられなくなっていた。
そして類と会って以来、司は仕事を終えるとすぐに彼女と暮らす部屋へ戻った。
「お帰り」
と言われ食事の支度をする彼女の存在にホッとする間もなく、司は牧野つくしに訊いた。
「お前。類と会ってないだろうな?」
「え?何それ?何のこと?」
「俺が訊いた質問に答えろ!花沢類と会ってないだろうな?」
「やだ。どうしたの道明寺?何言ってるの?」
過去にこれと同じような会話をしたことがあった。
あの時は南の島の司の別荘に類や仲間たちと出掛けたとき。彼女は真夜中に部屋を抜け出し浜辺で類と会っていた。そしてキスをしている姿を目撃した。
司は再びその光景を見たくなかった。
彼女は自分だけのもので、自分だけを好きになって欲しかった。
その黒い瞳に映るのは自分だけでいて欲しかった。
司は牧野つくしの身体の内部について知っていた。
どこをどうすればその身体の機能が停止するのかを。
だから牧野つくしの腕を掴みベッドルームへ連れていくとベッドに押し倒し、エプロンをむしり取り、ブラウスのボタンを外し脱がせたが抗いはしなかった。
そして身体のある部分に隠されている小さなスイッチをオフにした。
すると牧野つくしは、自分の身体に起こりつつある変化に気付いたのだろう。静かに言った。
「道明寺….どうして?こんなことをするならどうして私を作ったの?私を作ったのは私のことが好きだったからじゃないの?それとも私のことが嫌いになったの?ねえ、どうして_________」
静かな時間が数秒間過ぎアンドロイドが完全に動きを止めたのを知った。
司は自分が深く暗い穴の中に落ちて行くのを感じていた。
そして動かなくなった姿に事故で彼女を失ったときよりもっと激しい喪失感に襲われていた。
「おい待て!なんだよこれは!なんで牧野が交通事故で死んでアンドロイドになるんだよ!うちには西田ってアンドロイドがいるだろうが!もうこれ以上アンドロイドは必要ねぇ!」
司は嫌な汗をかいたと手で額を拭ぐい、席を立つと廊下へ走り出た。
そして本物の牧野つくしが仕事をする海外事業本部へ向かったが、役員専用ではないエレベーターのなんと遅いことか。
このことから役員専用エレベーターを特別に海外事業本部のフロアにも停止させることに決定した。
だが肝心の牧野つくしは席におらず、どこへ行ったと訊けば多分お手洗いですと言われた男は、女性用化粧室へ向かった。そして迷うことなく扉を開けようとしたところで手を拭きながら出て来たつくしに会った。
「えっ?道明寺?あんたこんな所で何やってるのよ?」
「牧野!お前本物の牧野だよな?」
「はぁ?道明寺何言ってるのよ?どうかしたの?」
「だから、お前は本物の牧野かって訊いてる」
「本物の何もあたしは牧野つくしだけど?でもなんで道明寺がここにいるのよ?それも女性用のトイレの前で何してたのよ?やだもしかしてあたしの後をつけて来たの?そう言えばこの前牧田部長が言ってたけど支社長が突然現れたって驚いてたわよ?」
「ああ、あれはお前の顔を見に寄ったんだ。けどいなかった。それにここで何してたってお前に会いに来たんだろうが!」
「会いに来たってここ女性_」
司はつくしの身体を引き寄せると二度と放すものかとばかり、きつく抱きしめた。
「牧野!俺はお前が消えてしまうんじゃねぇかと思うと、いてもたってもいられなくなった。仕事なんぞ手につかねぇ。だから実際触って確かめて味わってみねぇと不安なんだよ!」
「え?な、なに?まさかここでキスするなんて嫌よ。ここ会社だし女性用トイレの前だし、ちょっと!待って道明寺っ!」
「待てねぇんだよ。それに待てって言われて待つのは犬だ」
司はつくしの前では犬でも良かったが、今は凶暴なライオンの気分だった。
愛しい人が自分を置いて亡くなってしまうという縁起でもない夢に嫌な汗をかき、おまけにアンドロイドのつくしが類に惹かれるという事態には気が狂いそうだった。
だから野蛮人と呼ばれても構わなかった。今ここでキスをして牧野つくしに殴られても、せずして後悔するよりマシだった。
そして顔を上げた司の率直なまなざしと態度は、慌てふためき驚いた顔をしていた女に伝わると、大きな瞳がゆっくりと閉じられ、キスを受け止める顏になった。
すると司は、「牧野。お前絶対に俺より先に死ぬなよ」と言って迷うことなくゆっくりと確実にその唇に唇を重ねていたが、唇が重なる寸前「道明寺こそあたしより先に死なないでね」と柔らかいその唇は言っていた。

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