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2018
10.28

紅葉色の記憶

Category: 紅葉色の記憶
移り変わる季節を感じることが出来るひとつに紅葉がある。
そんな紅葉の季節になると一番に思い浮かぶのは楓の木だが、同じように美しく色付く木々の中にマルバノキ(丸葉の木)、別名ベニマンサクという木がある。
春先、青々とした葉を茂らせているその木が目立つことはなく目を止めることはない。
だがその木が秋になると赤紫に色を変え人々の目を惹く木に変わる。
それは楓も同じだが、その木も色を変えることで見る人の心を惹き付ける美しい木に変わっていく。

そんなマルバノキは本州中部以西の限られた場所を原産地とする落葉低木で、見ごろは10月中旬から11月と言われ、道明寺家の軽井沢の別荘にも自生しているその木を見に行こうと司は妻を誘った。

そしてその木はマルバノキと名前が付けられている通り丸い大きな葉をしているのだが、正確に言えば少し違う。
葉の形はハート型をしており、木々が紅葉する季節を迎えると、葉が燃えるように紅葉することから燃えるハートようだと言われ、下から見上げるハート型の真っ赤な葉は、ハートが秋色といった景色だった。

陽の光りに透かし見た葉は葉脈と呼ばれる筋があるが、それは植物にとって人間の血管と同じ役割を果たし、水や栄養分を運ぶ役割があるが、真っ赤なハート型の葉に流れるそれは最愛の人を想う熱い血ではないかと思うのは司だ。







「わあ~!凄いわね。この葉っぱ本当にハート型をしてる!」

「どうだ?俺の言った通りだろ?」

二人が見上げる木は、4メートルほどの高さで沢山の赤いハートが頭の上で陽光を浴び揺れていた。

「ホント!凄いね。こんな景色今まで見た事がないよ!」

「この木はな、紅葉が終って葉が散り始めると花を咲かせる。それも真っ赤な小さな花が2つ背中合わせで咲く。それに一緒に実を付けるが花が2つなら当然実も2つだがその形がハート型をしている。ハートの実がくっついてるんだ。まるで俺たちみたいだろ?」

星型のような額のような小さな赤い花を咲かせるマルバノキは、ハート型の実を2つ付ける。そして結実したそれは、ハートの尖った先端がくっついた状態で翌年の秋、熟してはじけるまで枝にあるが、それはまるで赤く染まったハートの葉が恋する想いを叶えハート型の実を結んだと言えた。

だが人も木もその時が来れば必ず実を結ぶという訳ではない。
世の中には人の手で変えることが出来ない自然の摂理といったものがある。
そしてこうして赤く紅葉したハート型の葉を見上げる女の頬は葉と同じ色に染まっているが、夫である司は妻の考えていることが手に取るように分かった。

春になれば青い芽が、青葉が芽吹き、花が咲き、実を結び種を蒔くように結婚すれば新しい命が生まれることが当たり前のように考えられているが、それは決して当たり前ではないのだ。
付き合い始めてから暫くは、二人に身体の関係はなかった。
だが婚約して2年。その間いつ子供が出来てもいいと周りは思っていた。
そして二人が結婚して2年が経ったが、子供が出来ないことに目に見えない同情が集まり始めると、夫である司は妻が言えない言葉を持っていることに気付いた。
そんな時、妻を連れハート型の葉を持つマルバノキが紅葉したこの場所を訪れた。すると妻に大きな変化が訪れた。
赤ん坊が出来たのだ。







あれから23年。
一生大切にすると言って結婚して25年。
秋はあの頃と同じように巡って来た。
そして銀婚式を迎える二人に子供たちがプレゼントしてくれたのは、想い出のアルバム。
二人の間には男の子がふたりと女の子がひとり。末の女の子も18歳を迎え二人が出会った頃の年齢を越えた子供たち。今ではそれぞれが大人になり親の手から離れていた。

そんな子供たちから二人の想い出が書かれているからと言って渡されたアルバム。
1ページ目を開いたそこには、二人の名前が相合傘に入れられて書かれていた。
子供たちから見た二人の姿は、そこに書かれている通り、仲睦まじい夫婦だったということだが、それを見た時ふたりで笑った。
だがそのアルバムを開くのが少しだけ怖かった。
それは、そのアルバムに書かれているのは、子供たちの目から見た親の姿ではないだろうか。
親としての出来不出来が書かれた通知表を渡されたように感じた。

だが次のページを開いたとき、そこにあったのはマルバノキの赤く色づいたハート型の葉が押し花のように貼られていて、その葉の色に一気に何十年という時を飛び越えたあの頃の二人の姿がそこにあった。
そして「一生」という言葉に見合うだけの年月を過ごした二人は一緒にページを見ていた。

「マルバノキの葉。あの子たちわざわざ軽井沢まで行ったのかしらね?」

「そうだろうな」

「きれいね。この赤。あの時見た赤と同じね?」

丁度この季節に真っ赤に紅葉するマルバノキ。
長男は両親がマルバノキを大切に思っていることを知っていて、その葉を求め軽井沢まで行ったはずだ。

計算してみると長男がお腹に宿ったのは、軽井沢の別荘で過ごしたあの夜だった。
あの日。ハート型の葉が赤く染まったのを見たとき、その花が2つ背中合わせで咲くこと、実がハート型をしてくっついていること。それを二人に例えたとき、何かが起きたはずだ。
あの日のことを思い出すと、秋の匂いも一緒に思い出されるが、それはいたずらな匂い。
その匂いを遠い日の想い出に重ねれば、あの頃と変わらぬ妻の微笑みに司は幸せを感じた。

「ああ。そうだな。自然の色は移り変わるが、この赤はあの時の赤と同じだ」

自然の色がその時々によって違うように、人の心も移り変わることがある。
だが妻と共に歩んで来た25年という歳月があの頃の二人の姿を滲ませたとしても、想いは変わらなかった。心が変わることはなかった。
そして二人の間に流れた歳月は、一瞬たりとも止まることのない砂時計の砂だったが、流れ落ちる砂は二人が紡いだ家族の時間であり、黄金よりも価値があった。
そして砂時計の砂は決して止まることはなく、今も流れ落ち続けていた。

「次のページには何があるのかしらね?」

妻が笑いながらページを捲る。

「なんだろうな。ハート型のマルバノキの次だろ?」

「あはは!雑草だって!」

次のページに貼られてあったのは、つくしで『雑草』と書かれていたが、それは母親を表していた。そして次のページを捲ると、真っ赤な薔薇の押し花が貼られていて、
『高校生の時、むせ返るほどの薔薇の花を贈る』と書かれていた。

「真っ赤な薔薇の花びら!司が高校生の頃、アパートの部屋に入りきらないほどプレゼントしてくれた薔薇ね?」

子供たちがプレゼントしてくれた想い出アルバム。
そこにあったのは、父親が母親に贈ってきた沢山の花の想い出。
子供たちは父親が花を抱えて帰ると、その花の名前を教えてもらい、一緒に持ち帰られた箱に目を輝かせた。何故目を輝かせていたのか。それは甘いものが好きだという母のために、いつも何か甘いものが添えられていたからだ。


細い指先が書かれている文字をなぞり、懐かしそうに触れる花々は、やがて褐色へと変わる。それでも想い出は色褪せることはない。
いつだったか高価な花ばかり贈る男に、花屋で一番安い花でいいから、と言ったことがあった。その時、司が選んだのはガーベラだった。
だからガーベラの花の押し花もあった。

「ガーベラ。覚えてるわ。一番安い花にしたってプレゼントしてくれたけど、花と一緒に貰ったものは安くなかったはずよ?」

「そうだったか?」

「そうよ」

勿論覚えていた。ピンクのガーベラと同じ色の包装紙に包まれた箱から出て来たのは、ピンク色のダイヤが散りばめられた腕時計。その日はピンクリボンの日だと言われ、その趣旨を理解している男は10月になればピンクのネクタイを身に着ける。そして道明寺グループも協賛企業としてその活動を支援していた。
そして愛する妻にはいつまでも元気でいて欲しという思いからピンクに関係するものを贈った。


二人は笑いながらページを捲った。
その度に匂わないはずの花の匂いが感じられ想い出が甦る。
季節は移り時が流れても、どの季節の花も忘れることはない。
そして二人にとってどの時間もかけがえのない時間であり、どの時間もどんな物とも交換出来ない想い出であり、司の前にある紅葉色の微笑みは、これからもそこにある。



「つくし。お前、25年俺と一緒にいるが幸せか?」

「やだ。今更なに言ってるのよ?私が不幸に見える?幸せに決まってるじゃない」

「そうか?」

「もちろんよ。もし私たちの人生がドラマになって放送されるなら絶対に見るから。それくらい素敵な人生ドラマだもん」

そう胸を張って答える妻は、「司はどうなの?ドラマになって放送されたら見るでしょ?だって司ほど強烈なキャラクターの主役はいないと思うもの。だから絶対に視聴率はいいと思うわ」

と言って笑い、「ほら見て。この花。覚えてる?母の日に司が子供たちと一緒にプレゼントしてくれたカーネーションね?」と言った。

「ああ。あん時は店中のカーネーションを買い占めるつもりで行ったが、誰も彼もがカーネーションを買うからどうなってんだって思ったがな」

司は母の日にカーネーションを贈るといった経験をしたことがなかった。
だが子供が生まれ、親となり子供たちが母の日を祝う習慣を家庭に持ち帰れば、自分の母親に花を贈るということをしてこなかった男も、妻と母に花を贈ることを始めた。

「やあねぇ。店ごと買い占めようとするんだから、他のお客さんがいい迷惑よ」

「別にいいだろうが。早いモン勝ちだ。それがビジネスに於ける競争原理だ」

とは言え、今の司は花瓶に挿せる量の花だけを買っていた。



二人がこんな風に想い出を巡ることが出来るのは幸せだから。
だが今の年齢で考える幸せは若い頃とは違うが、今はあの頃とは違う幸せを確かに感じていた。

そして今、自分を主張することがない秋の太陽の物憂げな光りが、アルバムを捲る二人の姿を包み込んでいた。




< 完 > *紅葉色の記憶*

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