ふんわりとした雪がはらはらと落ちてきて髪の毛や肩を白く染めていく。
その雪も、アスファルトで覆われた地上へと落ちるころには溶けて無くなっていた。
だが今は溶けてなくなっている雪も、あと数時間もすれば、通行人が踏み固めて歩かなくてはならないまで積りそうな予感がしていた。
公園の芝生の上に積もり始めた雪は、そのうちに一面を真っ白な絨毯のように変えるだろう。
ベンチのうえに降り積もった雪は、すでにその厚みを増してきていた。
やわらかく舞い落ちてくる雪は、やがて重い雪となって家々の屋根を白く覆っていく。
暗いイメージのあるロンドンだが、こうしてふわふわと舞う白い雪が、モノトーンの街並みを幾分明るく感じさせてくれる。
「うわぁ。きれいだね!司、見てよ!
NYで見たツリーも素敵だけど、ロンドンのクリスマスツリーは落ち着いていていいね」
「そうか?今年はロンドンで過ごすことになったけど、おまえはそれでよかったのか?」
「うん。司と一緒ならどこでもいい」
ロンドン中心部のトラファルガー広場に毎年飾られる大きなもみの木は、毎年ノルウェーからはるばる海を渡って贈られてくる。
なぜノルウェーからか?
第二次世界大戦中、イギリス軍がノルウェーを援護したことに感謝して贈られるようになったという長い歴史がこのツリーにはある。
NYのロックフェラーセンターのツリーのような派手さはないが、ロンドンの街並みに配慮されたように落ち着いた装飾がされている。
ロンドンは、言うまでもないが世界有数の古い都市である。
日本とは異なり石造りの建物の歴史は古く、そんな都市の風景に溶け込むようなツリーがこの街には似合っていた。
「ねえ司。これこれ。このライオン像。銀座のデパートの前にいるのと同じだね?」
「ああ、銀座のデパートの方が真似をしたんだからよく似ていてあたり前だ。モデルになったのはこっちだ。けど銀座のライオンも出来て100年以上が経ってるらしいな」
「へぇ。そうなんだ。司ってなんでもよく知ってるんだね」
吐く息は白くても、二人でいればその景色も特別なものに見えた。
その大きなライオン像の上に、よじ登って写真を撮る観光客を見ながら二人で広場を横切った。
ぎゅっと握られた手の感触は、柔らかな革の手袋の上からでも分かるくらい暖かかった。
日本では、いい大人がこうして手を繋いで歩くことに抵抗を感じる人間も多い。だがこちらでは年齢など関係なく手を繋ぐ。
むしろ、年齢層が高いほどその光景をよく目にすることができた。
つくしは信号待ちで隣に立つ背の高い男性を見やった。
イギリス人に負けないくらいの上背を持ち、上質な黒のカシミアのコートを着こなす男性。
英国スタイルの服装を着こなす司には、やはりノーブルな気品があった。
そんな司の髪にもふわふわと舞い落ちてくる雪がとどまると、彼の頭を白く見せていた。
その光景を目にしたつくしは、いつの日かこの人が真っ白い頭になる時までずっと傍にいたいと思った。
そんなふうに考えていたとき、さっと頭を振り払われ、その雪ははらはらと舞い散った。
「信号は青だぞ?」
そう言われ、握りしめられた手をぎゅっと握り返すと道を渡って行く。
沢山の観光客が訪れるこの街の雑踏に紛れても、この男性は人を惹きつける何かがある。
様々な人種が多様に見られる街のなか、すれ違った人間が思わず振り返って見てしまいそうになる程の人物が、いったいこの街にどのくらいいるだろう。だが道明寺司という人間は、人が振り返るだけの何かが確かにある。
寒く憂鬱な日々が多いこの季節、ただでさえ暗いイメージのあるこの街に灯る明かり。
日本の白く照らす照明と異なりイギリスの照明は薄ぼんやりとしたオレンジ色。
街も、家の中から漏れる光もオレンジ色だ。
最近ではLED照明に変えようという動きも見られるようだが、やはりこの暖かみを感じられるオレンジ色がこの街並みには似合っている。
そんなロンドンで一番派手だと言われるネオンサインは、ピカデリーサーカスと呼ばれる広場の角のビルの壁面だ。
ここは随分と長い間日本のメーカーの派手な看板が飾られていたが、それもすでに無くなっていた。
だが、こうして二人で歩いてみれば、ロンドンの街も楽しかった。
きっとそれはどこへ行こうとも同じだろうけれど。
二人が暮らし始めるロンドンの街。
この国の夜はどちらかといえば暗い。
夜間照明は歴史的な建造物を除けば地味であった。
それでも、夜間飛行で空から見るロンドンの街は、全体にオレンジかかった明かりに包まれていて、柔らかで暖かみを感じさせてくれるこの明かりが心をなごませてくれた。
そして、空から眺めた家々の明かりのひとつひとつにそれぞれの生活がある。
日々の暮らしとはごく平凡に過ぎていくものだ。
平凡な生活の積み重ねこそが幸せだということに気づかない人々も多い。
「暮らし」とは生きること。
安らぎとか、落ち着きが得られる場所で生活をしていくことが暮らしだろう。
だから、たとえ異国の地であろうとも、二人で生きていける場所に暮らしがある。
司にとってはニューヨークに次ぐ海外赴任地。
つくしにとっては初めての海外での生活。
イギリス人はシンプルな暮らしを好む。つくしも質素でシンプルな暮らしを実践してきただけに、この国の文化にはすぐに慣れると思った。何故なら、堅実さとは彼女の為にあるような言葉だからだ。
だが過去、この国も花形産業であった鉄鉱業の繁栄とともに、大量消費文化が生まれはしたが、その地位はアメリカと日本に譲られていた。
つくしも、イギリス人の暮らしを見習ってシンプルな暮らしをしたいとは思ったが、そうはさせてもらえないのが財閥のお家柄だった。買い物にしても、超一流のブランドを誇る店にしか行かせてもらえないことが残念でたまらなかった。
「わたし、司をびっくりさせるようなプレゼントを用意してるの」
「なんだ?」
「うちに帰ったら教えてあげる」
二人で過ごすクリスマス。
レストランへ行って食事をしようと言われたが断った。
つくしはこの国の習慣にならってクリスマスディナーを用意した。
ローストターキーとクリスマス・プディング。
お腹の中に詰め物をしたターキーとプディングは欠かせない。
イギリスではドライフルーツたっぷりのケーキのことをプディングと呼ぶ。
そのケーキにブランデーを注いで火をつけると、青い炎がゆらゆらと揺らめきながら消えていく。そして、中にコインが隠されていて、切り分けたとき、そのコインが入っていた人には幸運が訪れるという言い伝えがある。
だがつくしはコインを入れなかった。
なぜなら二人とも幸運は手に入れたから。
そして神様からの祝福という奇蹟を手に入れていたから。
彼と知り合ってから多分はじめて不意打ちをくらわせることが出来るはずだ。
たとえ今が寒くても、家に帰れば暖かい光が窓から零れているはずだ。
外出をするとき、真っ暗な家に帰るのは嫌だから必ずエントランスには明かりを灯してある。
これから先、二人で歩く道には暗闇もあるかもしれない。
たとえ暗い淵の傍を歩くことになったとしても、つくしは司の人生のひと筋の明かりでいたいと思っている。
二人の描く未来像はどんなものか?
平凡な暮らしはとても望めそうにない。だが大きな波に揺らされるヨットになろうとも、強い風に流される小舟になろうとも、二人で人生を歩んでいくと決めたのだから、未来なんていつでもこの手のなかにある。
未来は望むのではなく、自分の手で作り出していくもの。
そして、いつまでも二人で手を繋いで歩いていく。
決してこの手を離さない。
司にとっては今までで最高のクリスマスだ。
つくしとの未来がこの手のなかに入ったから。
司は妻となった女性を抱き寄せながら、彼女が用意したというプレゼントを考えてみた。
彼女が用意してくれたプレゼント・・・
ピカデリーサーカスから老舗の店が立ち並び、優雅なカーブを描く建物が特徴のリージェントストリートを歩きながら、店のガラス窓に映し出された妻の顔を見た。
そのとき二人は、ある店の前に立ち止まってガラス窓に映った互いの顔を見ていた。
そして司は、何かを感じ取ったのか、妻の唇にキスをすると優しく抱きしめていた。
なぜなら、そこで立ち止まった意味を知ったから。
その店は創業1760年の老舗玩具店。
司の顔は大きく輝いていた。
Best Wishes for a Happy Holiday !
※1760年創業で世界最古、最大級の玩具店がリージェントストリートにあります。
英国王室御用達 『Hamleys』(ハムリーズ)

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その雪も、アスファルトで覆われた地上へと落ちるころには溶けて無くなっていた。
だが今は溶けてなくなっている雪も、あと数時間もすれば、通行人が踏み固めて歩かなくてはならないまで積りそうな予感がしていた。
公園の芝生の上に積もり始めた雪は、そのうちに一面を真っ白な絨毯のように変えるだろう。
ベンチのうえに降り積もった雪は、すでにその厚みを増してきていた。
やわらかく舞い落ちてくる雪は、やがて重い雪となって家々の屋根を白く覆っていく。
暗いイメージのあるロンドンだが、こうしてふわふわと舞う白い雪が、モノトーンの街並みを幾分明るく感じさせてくれる。
「うわぁ。きれいだね!司、見てよ!
NYで見たツリーも素敵だけど、ロンドンのクリスマスツリーは落ち着いていていいね」
「そうか?今年はロンドンで過ごすことになったけど、おまえはそれでよかったのか?」
「うん。司と一緒ならどこでもいい」
ロンドン中心部のトラファルガー広場に毎年飾られる大きなもみの木は、毎年ノルウェーからはるばる海を渡って贈られてくる。
なぜノルウェーからか?
第二次世界大戦中、イギリス軍がノルウェーを援護したことに感謝して贈られるようになったという長い歴史がこのツリーにはある。
NYのロックフェラーセンターのツリーのような派手さはないが、ロンドンの街並みに配慮されたように落ち着いた装飾がされている。
ロンドンは、言うまでもないが世界有数の古い都市である。
日本とは異なり石造りの建物の歴史は古く、そんな都市の風景に溶け込むようなツリーがこの街には似合っていた。
「ねえ司。これこれ。このライオン像。銀座のデパートの前にいるのと同じだね?」
「ああ、銀座のデパートの方が真似をしたんだからよく似ていてあたり前だ。モデルになったのはこっちだ。けど銀座のライオンも出来て100年以上が経ってるらしいな」
「へぇ。そうなんだ。司ってなんでもよく知ってるんだね」
吐く息は白くても、二人でいればその景色も特別なものに見えた。
その大きなライオン像の上に、よじ登って写真を撮る観光客を見ながら二人で広場を横切った。
ぎゅっと握られた手の感触は、柔らかな革の手袋の上からでも分かるくらい暖かかった。
日本では、いい大人がこうして手を繋いで歩くことに抵抗を感じる人間も多い。だがこちらでは年齢など関係なく手を繋ぐ。
むしろ、年齢層が高いほどその光景をよく目にすることができた。
つくしは信号待ちで隣に立つ背の高い男性を見やった。
イギリス人に負けないくらいの上背を持ち、上質な黒のカシミアのコートを着こなす男性。
英国スタイルの服装を着こなす司には、やはりノーブルな気品があった。
そんな司の髪にもふわふわと舞い落ちてくる雪がとどまると、彼の頭を白く見せていた。
その光景を目にしたつくしは、いつの日かこの人が真っ白い頭になる時までずっと傍にいたいと思った。
そんなふうに考えていたとき、さっと頭を振り払われ、その雪ははらはらと舞い散った。
「信号は青だぞ?」
そう言われ、握りしめられた手をぎゅっと握り返すと道を渡って行く。
沢山の観光客が訪れるこの街の雑踏に紛れても、この男性は人を惹きつける何かがある。
様々な人種が多様に見られる街のなか、すれ違った人間が思わず振り返って見てしまいそうになる程の人物が、いったいこの街にどのくらいいるだろう。だが道明寺司という人間は、人が振り返るだけの何かが確かにある。
寒く憂鬱な日々が多いこの季節、ただでさえ暗いイメージのあるこの街に灯る明かり。
日本の白く照らす照明と異なりイギリスの照明は薄ぼんやりとしたオレンジ色。
街も、家の中から漏れる光もオレンジ色だ。
最近ではLED照明に変えようという動きも見られるようだが、やはりこの暖かみを感じられるオレンジ色がこの街並みには似合っている。
そんなロンドンで一番派手だと言われるネオンサインは、ピカデリーサーカスと呼ばれる広場の角のビルの壁面だ。
ここは随分と長い間日本のメーカーの派手な看板が飾られていたが、それもすでに無くなっていた。
だが、こうして二人で歩いてみれば、ロンドンの街も楽しかった。
きっとそれはどこへ行こうとも同じだろうけれど。
二人が暮らし始めるロンドンの街。
この国の夜はどちらかといえば暗い。
夜間照明は歴史的な建造物を除けば地味であった。
それでも、夜間飛行で空から見るロンドンの街は、全体にオレンジかかった明かりに包まれていて、柔らかで暖かみを感じさせてくれるこの明かりが心をなごませてくれた。
そして、空から眺めた家々の明かりのひとつひとつにそれぞれの生活がある。
日々の暮らしとはごく平凡に過ぎていくものだ。
平凡な生活の積み重ねこそが幸せだということに気づかない人々も多い。
「暮らし」とは生きること。
安らぎとか、落ち着きが得られる場所で生活をしていくことが暮らしだろう。
だから、たとえ異国の地であろうとも、二人で生きていける場所に暮らしがある。
司にとってはニューヨークに次ぐ海外赴任地。
つくしにとっては初めての海外での生活。
イギリス人はシンプルな暮らしを好む。つくしも質素でシンプルな暮らしを実践してきただけに、この国の文化にはすぐに慣れると思った。何故なら、堅実さとは彼女の為にあるような言葉だからだ。
だが過去、この国も花形産業であった鉄鉱業の繁栄とともに、大量消費文化が生まれはしたが、その地位はアメリカと日本に譲られていた。
つくしも、イギリス人の暮らしを見習ってシンプルな暮らしをしたいとは思ったが、そうはさせてもらえないのが財閥のお家柄だった。買い物にしても、超一流のブランドを誇る店にしか行かせてもらえないことが残念でたまらなかった。
「わたし、司をびっくりさせるようなプレゼントを用意してるの」
「なんだ?」
「うちに帰ったら教えてあげる」
二人で過ごすクリスマス。
レストランへ行って食事をしようと言われたが断った。
つくしはこの国の習慣にならってクリスマスディナーを用意した。
ローストターキーとクリスマス・プディング。
お腹の中に詰め物をしたターキーとプディングは欠かせない。
イギリスではドライフルーツたっぷりのケーキのことをプディングと呼ぶ。
そのケーキにブランデーを注いで火をつけると、青い炎がゆらゆらと揺らめきながら消えていく。そして、中にコインが隠されていて、切り分けたとき、そのコインが入っていた人には幸運が訪れるという言い伝えがある。
だがつくしはコインを入れなかった。
なぜなら二人とも幸運は手に入れたから。
そして神様からの祝福という奇蹟を手に入れていたから。
彼と知り合ってから多分はじめて不意打ちをくらわせることが出来るはずだ。
たとえ今が寒くても、家に帰れば暖かい光が窓から零れているはずだ。
外出をするとき、真っ暗な家に帰るのは嫌だから必ずエントランスには明かりを灯してある。
これから先、二人で歩く道には暗闇もあるかもしれない。
たとえ暗い淵の傍を歩くことになったとしても、つくしは司の人生のひと筋の明かりでいたいと思っている。
二人の描く未来像はどんなものか?
平凡な暮らしはとても望めそうにない。だが大きな波に揺らされるヨットになろうとも、強い風に流される小舟になろうとも、二人で人生を歩んでいくと決めたのだから、未来なんていつでもこの手のなかにある。
未来は望むのではなく、自分の手で作り出していくもの。
そして、いつまでも二人で手を繋いで歩いていく。
決してこの手を離さない。
司にとっては今までで最高のクリスマスだ。
つくしとの未来がこの手のなかに入ったから。
司は妻となった女性を抱き寄せながら、彼女が用意したというプレゼントを考えてみた。
彼女が用意してくれたプレゼント・・・
ピカデリーサーカスから老舗の店が立ち並び、優雅なカーブを描く建物が特徴のリージェントストリートを歩きながら、店のガラス窓に映し出された妻の顔を見た。
そのとき二人は、ある店の前に立ち止まってガラス窓に映った互いの顔を見ていた。
そして司は、何かを感じ取ったのか、妻の唇にキスをすると優しく抱きしめていた。
なぜなら、そこで立ち止まった意味を知ったから。
その店は創業1760年の老舗玩具店。
司の顔は大きく輝いていた。
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