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2017
09.05

はじまりの日 ~時の撚り糸 番外編~

Category: はじまりの日
その日は虹が見えた日だった。
虹が現れるのは必ず太陽がある方向の反対側の空だ。
何故なら虹は、雨粒に反射した太陽の光りだからだ。

昼間は晴れていたが夕方近くになり大雨が降り、その雨がピタリと止み、晴れ渡った空に夕焼けが広がり、東の空へ現れたマンハッタンの摩天楼を大きく包む虹の輪。
それは、この街に何十年も住んでいる人間が、今までこんな虹は見たことがないと言うほど大きな虹。街中にいた人間は全体を見ることは出来なかったが、郊外から見た風景は、まるで街全体が神の祝福に包まれていると言われたほどの大きなダブルレインボーが現れたのだ。
激しい雨のあと、見上げた空に架かる奇跡の虹。
虹は神様の気まぐれだと言われるが、その虹は道明寺夫妻の間に生まれた子供に、神が祝福を与えているとしか思えなかった。そして、その虹を見た人間には、必ず幸せが訪れるはずだ。






生後7ヶ月の赤ん坊は、光りと色彩の中にいた。
ベビーベッドの上には、カラフルな鳥たちがぶら下がったモビールが静かに揺れ、頭の傍にはやはりカラフルなイグアナのぬいぐるみが置かれているが、それは土産としてカリブ海の島でつくしが購入したものだ。

二人にとって想い出の場所となったカリブ海。
何故なら、赤ん坊が授かったのは、カリブ海での一夜だと固く信じていたからだ。

ペントハウスの一室が子供部屋へと改装されたのは、つくしの妊娠が分かってからすぐだ。
まだ男か女かわからないうちから、司の思いが取り入れられた部屋は、壁はパステルカラーの柔らかなブルーへと変わり、天井には大きな虹が描かれていた。
それは男の子をイメージして選ばれた色であり、司は産まれて来るのは男の子だと言って譲らなかった。
そして、後になって考えてみれば、天井に描かれた虹の絵は、赤ん坊が生まれた日の光景が描かれていたと言ってもいいはずだ。

そしてまさに生まれてくる子が男の子だと分かったとき司は、もしかすると俺は預言者かもしれねぇな。と言ったが妻は「そんなの二分の一の確率でしょ?」と笑っていた。



長い陣痛に耐え妻が産んだ司の遺伝子を受け継ぐ道明寺蓮は、4000グラム近い体重で生まれ、気性が激しいのか火が付いたように激しく泣く姿は、「さすが親子ね。司の生まれた時とよく似ているわ」と楓に言われていた。

そして懸案事項だった髪の毛の遺伝。
それは見事に我が子に受け継がれ、まだ幼いからか、それほどくるくるとした癖は見られなかったが、やはり誰の遺伝子を強く受け継いだか一目瞭然だ。
そんな我が子の小さな指が、司の指を力強く握り返してきた瞬間、彼の心は一瞬にして奪われていた。
まだ目の開かない我が子は父親の存在をその指だけで感じ取り、自分が誰の腕に抱かれているかを本能で知っているといった顔に、司の顔にも笑みが浮かんでいた。

それは、今まで誰も見たことがないような微笑み。
そして妻に対し畏怖の念を抱いていた。
どれだけ医学が進歩しても、出産というのは女性が命がけで行うということを知り、その偉業を成し遂げた妻に対し何をしてやることが出来るだろうかと考えていた。
勿論、司ならどんな望みも叶えることが出来る。
そしてその思いを口にしたとき、妻から返された言葉に司は大きく頷いた。

それは、自分のことはいいから、この子にしてやって欲しいことがあると。
この子は強くなるより、人に優しい子であって欲しい。だから司もこの子に、父親が教えてあげられる男としての優しさを教えてやって欲しい、と。

司はその時、感じていた。
妻は、産まれなかった子供のことを考えていると。
性別は不明だったが産まれていれば、ひとりで育てることを決意していたといった言葉があった。だが、母親が男親の役割をこなすのは、無理があることを分かっていたのだろう。
男の子には、どうしても男の力強さと男として生きて行く上でのルールといったものがあるが、それを自分では教えてやることは出来ない。恐らくあの頃、そんなことも考えていたはずだ。だからその時の思いが今こうして口をついて出てしまったと感じていた。だが、彼女ならひとりでも立派に育てることが出来たはずだ。

司は、そんなつくしの思いを汲み取ったと、躊躇いも迷いもなく、はっきりとした言葉を返していた。

「心配するな。この子には俺が男としての生き方をちゃんと教えてやる」










静寂の中に零れるのは赤ん坊の微かな寝息。
赤ん坊は握った片手を口に当て、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。

「可愛いだろ?」

「本当に可愛いわね?やっぱり男の子は母親に似るって言うから目はつくしちゃんに似てるんじゃない?大きな目だもの」

普段LAに暮らす椿は、自分の子供達が東海岸のアイビーリーグと呼ばれる名門私立大学へ進学していることもあり、アメリカ大陸を横断しNYまで飛んで来ることも多く、蓮に会うことを楽しみにしていた。
自分の子供達が成長し、手は掛からなくなったが、弟の子供に会うと、我が子が幼かった頃が思い出されていた。そして司はそんな椿の子供たちを可愛がってくれていた。

椿の言葉に目を覚ました赤ん坊は、黒い瞳を大きく開き、本能的に温もりを求め辺りを見回した。そしてその瞳は自分を見下ろす司の姿に、安堵の色を浮かべたように見えた。

やがて抱いて欲しいといった仕草を見せれば、司はベビーベッドから我が子を抱き上げ腕の中に抱いていた。その姿は堂に入ったもので、やわらかい頬が自分の胸に押し付けられれば、癖のある柔らかい髪の毛を優しく撫でていた。

椿から見た弟のその姿は、紛れもなく父親としての態度だ。
そして、弟の幸せそうな姿に安心した。
長い間離れていなければならなかった恋人とやっと一緒になることが出来た弟。
世間からは息を呑むほどハンサムで金持ちと言われる弟だが、今の司の姿に感じられるのは、優しさだ。その優しさは我が子に対し親が向ける無償の愛だ。
かつて何でも金で買えると思っていた弟が、金では買えないものがあることを知ったのは、ひとりの女性と出会ったからだが、今はその言葉通り、金では買えない大切なものを手にしていた。




「蓮。椿伯母ちゃんだぞ。抱っこしてもらうか?」

すると赤ん坊は、司の顔をじっと見つめ、アウアウと喋りかけた。
それは父と子だけに分かる会話。

「そうか。伯母ちゃんに抱っこしてもらうか?」

司は腕に抱いた我が子が一心に自分を見つめる姿に頬を緩めていたが、椿の差し出された腕の中に優しく蓮を渡した。
すると赤ん坊は小さな手を椿の胸に伸ばし、小さな口を動かし始めた。

「あら。蓮君ママのおっぱいが欲しいのね?でもつくしちゃん、今いないんでしょ?」

「ああ。進と叔母さんを見送りに行った」

つくしは、子供の誕生を祝い渡米してきた弟の進と叔母を空港まで見送りに行ってくるといって子供の世話を司に任せていた。

NYで暮らす妻の元に東京で暮らす親族を招いたのは司だ。
結婚する前、叔母の紹介で見合いをしたが、纏まりかけていたと言われる話を断り、司と結婚したつくし。弟の進にすれば姉と司の付き合いが駄目になったとき、姉の哀しみの深さを知っていただけに、再会した二人が結婚したことが嬉しくて仕方がなかった。

だが叔母は、纏まりかけた見合いを断り、突然仕事を辞め、渡米したかと思えば、結婚すると聞かされ、あんなに条件のいい見合いを断ったのはその男のせいなのね、と姪からの電話に苛立ちを隠さなかった。しかし、相手が道明寺財閥の道明寺司だと知り、腰を抜かすほど驚いていた。

その叔母は結婚式で初めて司に会い、姪が妊娠していることを告げられたが、世界的大富豪と言われる男性に会い、緊張に火照った顔と頭で姪をよろしくお願いしますと言うのが精いっぱいで、それ以上言葉に出来なかったのが実情だ。
だがそんな叔母も、姪の幸せを祈っていることに疑う余地はなく、これで千恵子姉さんにも嬉しい報告が出来るわ、と言って喜んでいた。

そして、赤ん坊が生まれ、暫く経ち、進と共に赤ん坊に会いに来て欲しいと言われ、再びこの地を訪れたが、その手には東京土産が握られており、つくしの好物と言われる甘い物がふんだんにあった。そして蓮ににっこりと微笑みを浮かべ、姪の子供にどこか自分に似たところはないかと思ったが、蓮はパパ似ねと言い、少し残念そうにしていた。



「叔母様と進君は喜んでた?」

「ああ。進も立派な大人だ」

かつて司を慕い尊敬していた弟の進も結婚し二人の子供の父親だ。
姉と同じで頭がいい弟は、奨学金を使い大学へ進学し、銀行マンとして真面目に仕事をしていた。

と、そのとき椿に抱かれていた蓮がぐずり始め、大きな声で泣き始めた。

「あら、やっぱりママのおっぱいが欲しいの?蓮くん、ママもうすぐ帰ってくるからね?」

椿は泣き出した甥をよしよし、と言いながらあやし始めたが、顔を真っ赤にして泣き出した蓮は、椿の言葉に耳を貸すはずもなく、一層大きな声で泣き始めた。


「ねーちゃん大丈夫だ。ちょっと待っててくれ」

司は待ってろよ、と蓮の顎を指で優しく触り、それから子ども部屋から出て行った。
そしてすぐに哺乳瓶を手に戻って来ると、泣く我が子を受け取り、椅子に腰掛け、慣れた手つきで授乳を始めた。
それは、つくしが出かける前に搾乳した母乳。

弟の大きな手が我が子の身体をしっかりと抱き、懸命に母親のおっぱいを飲む我が子を愛おしそうに見つめるその姿は、とても初めての子育てに参加する父親には見えず、椿は思わず言っていた。

「司、あんたが赤ん坊にミルクをあげる姿を見るなんて、あたし未だに信じられないわ」

そして椿の言葉に同意するのは、友人達も同じはずだ。
だが椿は思った。弟は自分が守ると決めた人間は、真綿で包むようにして大切に守るということを。しかしそれはひとつ間違えば愛で相手を雁字搦めにする恐れもある。
だが弟は、妻と我が子に対しそんなことはしない。今の司は自分が若い頃経験したことを踏まえた上で行動できる男になっていた。

それは愛とは押し付けるものではないということ。
そして愛は相手を思いやり優しく包むことだ。

幼い頃、自暴自棄な態度を取ってはいたが、愛情を求めていた弟の本当の姿を椿は知っている。
そして愛はお金では買えない、簡単に手に入る愛は偽物であるということを知るまで、問題ばかり起していた弟だった。だがそんな弟も牧野つくしと出会い変わっていった。だが自分の愛を一方的に押し付けようとしたことがあった。しかし簡単には受け取って貰えなかった弟の姿を姉は知っていた。



「蓮はつくしが哺乳瓶を使おうとしたら嫌がるんだが、俺が使うのは問題ねぇんだよな…」

と、呟いたが、確かに赤ん坊は、つくしが哺乳瓶でおっぱいをあげようとすると嫌がり、直接つくしの胸からおっぱいを欲しがる。だがパパが哺乳瓶を差し出すと、どこか納得したような仕草を見せるのだから不思議だ。
それはパパの胸は大きくて暖かいが、おっぱいを出すことは出来ないと知っているからだ。
だが赤ん坊はパパが大好きだ。自分を見つめる優しい瞳と、抱き上げてくれるときの大きな手。そして胸に抱かれればママとは違ういい匂いがすることも知っていた。だからパパが部屋に入れば、姿が見えなくてもすぐにわかる。
だがパパも好きだがママの方がもっと好きだ。そしてその大好きなママをパパと取り合っていることも蓮は知っていた。



その大好きなママの声が聞えた。

「ただいま!ゴメンね司。遅くなっちゃって。お姉さんすみませんでした。せっかく来ていただいたのに留守にしちゃって」

「いいのよ、つくしちゃん。あたしに気を遣わないで」

「おう。お帰り。今ちょうど蓮におっぱいをやってたところだ」

司は空港から戻って来た妻に向かってほほ笑んだ。その微笑みは我が子に向ける以上の微笑み。だが今日は椿がいるため抑え気味とも言えた。

「それにしても司が蓮にミルクを与える姿を初めて見たわ。案外上手いもんね?この子昔からどこか器用なところがあったし、このくらいのことは出来るわよね?」

二人の大人の目は、司の腕に抱かれた小さな男の子へと向けられていた。
すると、まるでその瞬間を待っていたように赤ん坊は哺乳瓶から口を離し、小さな手はママに向かって伸ばされた。

「あら…蓮くんはやっぱりパパよりママがいいのね?残念だったわね、司。パパの役目なんて所詮そんなものよ」

「・・・るせぇ。いいんだよ、これで。蓮はこいつのおっぱいが好きだから仕方ねぇだろ?」

姉に同情的な視線を向けられ、そんなこと分かってる、と負け惜しみとも言える言葉を返した弟。

「蓮はって言うけどあんたも同じでしょ?あんたもつくしちゃんのおっぱい大好きなんでしょ?」


蓮を受け取ったつくしは授乳を始めていたが、椿の言葉に顔が真っ赤になっていた。
つい先日医者から夫婦としての夜の営みを許されたと告げた途端、ただでさえ授乳で敏感になっている乳首に唇で甘い攻撃を仕掛けて来た夫がいたからだ。
そしてそれまで裸で寝る習慣があった司は、自主規制だといって暫くパジャマを着ていたが、その日の夜からゴージャスな裸が熱心に妻を愛することを始めていた。

「…ゴメンね、つくしちゃん…あたしったらなんだか余計なことを。…口が滑っちゃったわ」

椿はつくしの顔がこれ以上ないほど赤くなっていることに、自分が思わず口にした言葉に苦笑した。だが、元気いっぱい母親のおっぱいを吸う我が子を見つめる弟の顔が満足そうに微笑んでいるのを見て胸がいっぱいになっていた。
何故ならその表情は、父親の我が子に対する愛情と親としての誇りが感じられたからだ。
椿が親代わりとなり育てた弟が父親になっていた。そのことがどれだけ誇らしいことか。
思わず零れそうな涙を誤魔化していた。







親が年を取ってから出来た子供は可愛いと言うが、まさにその通りだと言えるはずだ。
椿にしてもそうだが、司とつくしの夫婦を目にする人間は皆そう思っていた。
世間から見れば確かに遅い年齢での出産だが、二人の元へ生まれて来た子供は、今生まれるべきして生まれて来た子供だ。特にこの夫婦にとっては、産まれて来なかった我が子に対する思いといったものがある。だからこそ、蓮の誕生は涙が出るほどに嬉しく、息子の命の重さを感じていた。

それは遠い祖先から伝わる数えきれない命が、二人の元へ蓮という赤ん坊を連れてきてくれたことだ。

二人が願うのは、この子にとってありふれた日常も決してありふれたものでないということを知って欲しいということ。
ただ、道明寺といった家に生まれれば、世間で言うありふれた日常とは定義が異なっているかもしれないが、大切なことが心の外へ零れてしまわないよう育てていくつもりでいた。
そして若い夫婦でないからこそ、出来ることもあるはずだ。
だが子供の運動会には父親として親子リレーには出るつもりでいる。
キャンプに行きたいと言えば、連れて行き、釣りを教えてやるつもりでいる。
子供が望むことなら何でも叶えてやりたい。だが、そのやり方については妻から何か言われるはずだ。何しろ司には“物事には限度といったものがある”という言葉はないからだ。
だが、ダメなものは駄目だとハッキリと言うことも子供の教育には必要だ。


親となった司は思った。
自分の父親とはそういったチャンスは皆無だったが、記憶にないだけで、あったのかもしれないと。
そして父親も我が子に対する思いは今の自分と同じではなかったかと。

遠くの景色は美しく見える。
だが近くに寄ればその景色もまた違った景色に見える。
それは人に対しても同じことだ。分ろうとしなければ、知ろうとしなければ分からないこともある。
大人になれば、互いに歩み寄ることも必要だったと今になれば思うことが出来た。









「寝たか?」

「うん。寝たわ」

ベビーベッドをそっと覗き込んだ司は、小さな声で聞くと、つくしを後ろから抱きしめ、頭を自分の胸に預けさせた。
日に日に体重が増え、身長も伸び、小さかった身体はどんどん大きくなる我が子。
子供の成長は、振り返ればあっと言う間だと言われるが、二人はその成長を傍で見守ると決めていた。

司は企業経営者としての責任も大きいが、だからといって子育てを妻ひとりに任せるつもりはない。かつての自分がそうであったように、父親と遊んだ記憶が無いといったことを我が子には味合わせたくない。
子供が親を求める年頃までは、出来る限り傍にいてやりたい。
いつか、親父、ウザイ、と言われる時が来るまで。

我が子がヒーローを求めることがあるならそのヒーローになるのが父親の役目。
そして父親には父親の、母親には母親の役割といったものがあるはずだ。
だがビジネスについては鋭い洞察力があると言われても、何しろ子育ては初めてだ。
だから司はそれを我が子を通し学ぶつもりでいた。
妻と一緒に。


「そろそろ俺たちも寝るか?」

司はベビーモニターをセットすると、妻を寝室へと促した。
そろそろひとりで寝かせても大丈夫だと医者から言われ、それまで夫婦の寝室に置かれたベビーベッドで寝ていた蓮も子供部屋でひとりで寝ていた。
はじめの頃、もし赤ちゃんの泣き声が聞えなかったらどうするのかと不安がり、同じ部屋で寝ることを望んだ妻。しかし今ではその不安もないとわかっていた。

ベビーモニターの片方は、夫婦のベッドのすぐ傍にあり、赤ん坊が泣きだせばすぐ分かるようになっていたが、それとは別にベビーセンサーがマットレスの下に取り付けられていた。
日本ではあまり普及していないが、アメリカではごく当たり前のように売られているベビーセンサー。

モニターは文字通り、モニタリングしかしないが、センサーなら赤ちゃんの動きを敏感に察知するからだ。つまりその機能は、SIDS(乳幼児突然死症候群)の原因と言われるうつぶせ寝のリスクを下げることが出来ると言われ、異常な動きがあれば、大きな警報音で知らせてくれる仕組みになっており、今ではつくしも安心して眠ることが出来るようになっていた。

そしてこれから夫婦二人だけの時間を過ごす。
妻の身体を気遣い避妊をしていたが、蓮にもそろそろ弟か妹がいてもいいはずだ。
夫婦だけの甘い時間はいつでも必要だが、これから過ごす時間は新しい命を生み出す時間になるはずだ。

司は妻が妊娠したらすぐに淡いピンク色の部屋を造ろうと思った。
何しろ蓮がまだ男だと分からない頃、子供部屋は男の子が好きそうなブルーにしたのだから。
そしてお腹に向かって女の子が好きそうな話しを聞かせてやろうと思った。
そうすれば今度は娘が産まれるはずだから。
司は娘が欲しかった。妻によく似た娘が。
だが司は小さな女の子の相手をしたことがない。椿の子供は二人とも男の子だったから。
だがなんとかなるはずだと思った。
何故なら、道明寺司という男に不可能なことはないはずだから。






出会って愛し合って命を生み出す。
一番哀しかった日はもう過去となった。
だがあの日の哀しさを忘れることはない。



はじまりがあるのなら、終わりもある。
いつか二人の命が尽きる日が来る。
だが二人の、いや三人の人生は今はじまったばかりだ。
そしてこれから増えることを望む家族がいる。
家族を増やし、未来へ繋いでいく命を育てていきたい思いがある。

そして子供が生まれることは、幸せが産まれることだと思っていたが、息子が生まれまさにその通りだと感じていた。
それと同時に想い出が生まれていた。
新しい想い出は、家族としての想い出。
やがてその想い出は、写真となり司の執務室を飾るフォトフレームが増えていく。
その楽しみは、彼だけのもの。

そして今の司は、執務室に飾る次の写真は娘の写真だと心に固く誓っていた。





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