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2018
09.18

大人の喧嘩が終るまで<前編>~出逢いは嵐のように 番外~

「知ってたら教えて欲しいんだが?」

「はい。何でしょう?お答えできることならお答えしますけど」

「多分知ってるはずだ。桜子は彼女のストーカーだったんだろ?」

「いえ。そういった訳ではありません。でも遠からずも当たってますね。私としても自覚は十分ありますから」

「そうだろうな。桜子は彼女のことにはやけに詳しいもんな。それでどうして道明寺ホールディングス副社長夫人がこんなところで働いてるんだ?」

「こんなところとは?」

「だからなんで彼女がホームセンターで働いてるのかってこと。それも彼女の周りにいるのは客じゃなくてボディーガードだろ?服装こそカジュアルだが、あれはどう見ても商品を見てるっていうよりも彼女を見てる….つまり彼女を見張ってるってバレバレだ」

あきらが指差した方向にいるのは、四人の男性と二人の女性。
全員ラフな服装でそれぞれに植物を眺めたり、少し離れた場所に置かれているペットの餌を見ていた。だがそれは客を装ったボディーガードだ。
つい先ほども、展示されていた鉢がコンクリートの地面に落ち派手な音を立て割れた瞬間、全員つくしの周りに駆け寄り周囲に鋭い視線を配っていたが、状況を確認すると再び元いた場所に戻って行った。

「そうですか?私にはお客さんに見えますけど?ほら。ちゃんと買い物してるじゃないですか。あ、今の人、菊の苗を買いましたよ?植えるんでしょうか?でもさっきは犬の餌を買ってましたけど、あれはゼウスの餌かもしれませんね?」

あきらと桜子はつくしが届いたばかりの大量の花の苗を所定の場所へ並べているのを眺めていたが、二人がいるのはホームセンターの敷地内にあるアイスクリーム専門店。
そこの窓際の席に陣取りせっせと苗を並べる女性の姿を眺めていた。

「だから桜子。どうして彼女がホームセンターで働いているのか理由を教えてくれ」

道明寺夫妻の馴れ初めから桜子と付き合い始めたあきらは2週間ほどロンドンにいて二日前に戻って来たばかりだった。
そして土産を持ち、世田谷の道明寺邸に出向うと友人の携帯に電話をしたところ、今は取り込んでいると言われ電話を切られた。そしてその様子が尋常ではないほど取り乱していたのが感じられ、桜子に電話をして道明寺夫妻に何があったのかと訊いた。すると、

『あの二人。喧嘩をしてるんです』

と、ひと言返されたが、理由は教えてもらえなかった。
だがここに来れば分かりますからと桜子に呼び出され、道明寺夫妻に何があったのか話を訊こうとしていた。

「でもなんで喧嘩をしたからってホームセンターで働いてるんだ?それも苗とか花とか担当してるって、もしかして彼女は植物に興味があるのか?」

「ええ。興味があると言えばあると思いますよ。でも興味があるのは植物というよりも野菜ですけどね。先輩の弟さんは長野の農協にお勤めされていて営農指導員として働いています。だから同じ緑でも興味があるとすれば野菜です。今までマンションでしたけど結婚してからあの広いお庭で野菜作りを始めましたから本人も興味があるんでしょうね」

「へぇ。野菜作りねぇ….。人は意外な趣味があるっていうが、司の奥さんの趣味は野菜作りだったとは知らなかったな」

あきらは結婚式のとき会った牧野つくしの弟の日に焼けた顔を思い出し、なるほど弟は農業青年だったからその影響かと頷いていた。

「ええ。私もまさか先輩が野菜作りが好きだとは知りませんでした。でもあれだけ広いお庭ですから、道明寺さんも気にしてないと思いますよ」

「そうか。それで何で彼女はここで働いてる?って言うかよく司が許したな?」

道明寺ホールディングス株式会社副社長、道明寺司を夫に持つ女がホームセンターで働く。それが意外性を持つことも勿論だが、週に数日間とは言えここでこうして働くということの意味が分からなかった。

「もちろん大反対です。でも先輩は強行突破したんです」

桜子はそう言ったが、あきらには強行突破してまでホームセンターで働きたい理由が全く分からなかった。

「しかし強行突破って…..だから一体何が喧嘩の原因だ?」

「ゼウスです」

「ゼウス?ゼウスってあのドーベルマン犬か?」

ゼウスと言えば道明寺邸で飼われている犬で、元々は主を守るため邸の警備のため番犬として飼い始めた犬だ。だが牧野つくしと出会い、彼女に飛びつき抱き合って以来、彼女のことを大好きになった犬は今では大きな成りをした愛玩犬となり、彼女の後をついてまわる始末だ。

「はい。そうです。ゼウスのことで二人は喧嘩をしたんです」

「おいおい、たかが犬のことで喧嘩か?夫婦喧嘩は犬も食わないって言うが、あいつらが喧嘩をした原因は犬か?」

「ええ。そうです。でもたかが犬って言いますけどゼウスは今では牧野先輩のペットですから大切な犬ですよ。そんなゼウスを道明寺さんは去勢するって言ったんです。それが喧嘩の原因です」

理由は様々あるが犬の去勢は珍しいことではない。
だから驚くことではないのだが、邸で飼っていた警備犬が今では女主人のペットなら、その犬に対する愛情は深いものがあるはずだ。だがその愛情が故に去勢をすることもある。
それは病気であったりするがいったいどんな理由があるのか。

「でもなんで去勢することにしたんだ?」

「それが…..ゼウスが先輩にマウンティングをするようになったからです」

「マウンティング?交尾する時の恰好をするってことか?」

「ええ。犬は人の足やクッション相手に腰を振るじゃないですか。道明寺さんはあれを先輩にしているところを見ちゃったんです。ゼウスが前足で先輩の足にしがみついて腰を振っているところを見たんです」

オス犬は何故か人間の女性の足にしがみつきたがる。
それは女性独特の匂いやホルモンに興奮しているからだと言われるが、本当のところはよく分からないと言われていて、女性の方が男性より優しいからだという話もある。

「おい…..そんなことで去勢するって?まあ犬とはいえ自分の嫁に他のオスがマウンティングしているのを見たらいい気はしないかもしれねぇけど、そんなことで何も去勢する必要があるのか?あそこの他の犬がどうだか知らねぇが、もし他の犬も去勢してるならゼウスがそうなったとしても仕方がないと思うがな」

あきらはゼウスの顔を思い出しながら言ったが、あの犬が女主人を見上げる姿は信頼に満ちた眼差しで種族を越えた愛が感じられた。

「でも犬のマウンティング行為は性的な興奮とは違うことが多いんです。あれは遊んで欲しい。遊んでくれて嬉しいという気持ちの表れで興奮してああいった行為になるらしいんです。先輩もマンションで暮らしていた頃お隣のお宅のワンちゃんで経験してますからそれを知っています。だから気にしてなかったんです。でも道明寺さんにすれば先輩の足にしがみついて腰を振っているゼウスに男としてのライバル心が湧き上がったってことです」

確かに犬が人間の女の足にしがみつき腰を振る姿は積極的に見たいとは思わない光景だ。
そしてそんな場面に遭遇すると、なんとも言えない恥ずかしい雰囲気になる。

「なるほどな。自分の女にちょっかい出す男は例え我が家の犬でも許せない。犬に嫉妬した男はその犬を去勢するって言った訳か。それでそれに反対している嫁と喧嘩になったってことか。でもなんでホームセンターで働いてんだ?」

そうだ。
それにしても何故ホームセンターで働いているのか?

「ここのホームセンターはペットショップも経営してるんです。先輩はゼウスのマウンティングが増えたのでそこにいるドーベルマンの女の子をゼウスのお嫁さんにしようと思ってたんです。その犬は仔犬とは言えなくて、行き遅れたっていったら言葉が悪いんですけど、売るにはちょっと大人になり過ぎてるって言うのか。はっきり言って売れ残ってる犬なんです。とにかく、先輩はその子を見つけてゼウスのお嫁さんにしようと思ってたんです。だからゼウスが去勢されるなんてとんでもない話なんです。つまり先輩からすればここで働くことは、道明寺さんに対する抗議なんです。ゼウスを去勢しない。ここのペットショップにいる女の子のドーベルマンをゼウスのお嫁さんとして迎え入れてくれる。先輩の望みはそれだけです」

「へぇ。夫婦のことはそれこそ夫婦じゃなきゃ分からんことがあるが、ゼウスに嫁さんが来れば彼女に対するマウンティングも終わるんだろ?それなら犬が一匹増えたところでいいだろう。それなのに司はそれを認めねぇって?それってアレか?いいぞ、が言えないだけ。そのタイミングを逃したってことだろ?」

「ええ。簡単に言えばそういうことです。だからどうしてそんなことで喧嘩をしたのか分からないんです。本当に馬鹿みたいな喧嘩です。でも見てて下さい。もう少しすると面白い光景が見れますから」

あきらは桜子がアイスクリームが入ったカップをテーブルに置き、視線を巡らせた方向を見た。

「何だよ?面白い光景って?」

「ほら。あれですよ、あれ見て下さい。喧嘩相手の登場です」





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2018
09.19

大人の喧嘩が終るまで<後編>~出逢いは嵐のように 番外~

司はつくしが働き始めたホームセンターに顔を出すのは今日で5日目。
だが妻がここで働き始めて6日経っていた。
来ることが出来なかった1日というのは初めの1日だけ。何をバカなことを。いきなり近くのホームセンターでパートタイムで週3日働くと言い出した時は冗談だと思っていた。
それにすぐに辞めると高を括っていた。そして当然だが周りは驚いた。
道明寺つくしとなった女がパートで働く?誰がそんなことを考える?
どう考えてもまともだとは思わないはずだ。だが本気だと気付いたのは2日目の朝。
司が出かける支度を終える頃、同じように出かける支度をしている妻の顔は確固たる決意を持っていた。だからすぐにそのホームセンターに手を回し、旧姓で雇われた女が誰であるかを告げ身分を明らかにしてボディーガードを配置した。

それに働きたいなら財閥の仕事をすればいい。彼女がやりたいと望む仕事ならどんなものでも用意してやることが出来る。だがホームセンターがいいと言った妻の意図は今では十分理解していた。

ゼウスにお嫁さんを、と言った妻の言葉にいいぞと言えなかった男は、何故あの時ダメだと言ってしまったのか。
それは売り言葉に買い言葉。




「俺よりゼウスの方が大切なのか?」

「ええそうよ。司よりゼウスの方が可愛いわよ。それにゼウスを去勢したら子供が出来なくなるじゃない。彼の人生を奪わないでよ!」

「ゼウスはヤリたい年頃だ。お前があの犬を甘やかすから付け上がってんだ!」

「付け上がってなんかないわよ。私とゼウスは相性がいいのよ!あの子がああいった行動を取るのは嬉しいからよ。….それにお嫁さんがいれば違うわよ!」

それにしても犬を去勢することで喧嘩になった夫婦というのが世の中にいるのだろうか。
だがこの喧嘩の原因が犬の去勢についてではないことを二人は知っていた。


「赤ちゃんが欲しい」

それが彼女の望み。
一晩で何度ものぼり詰めるようなセックスをしていたが、まだ子供は出来なかった。
非常に矛盾する話だが、牧野つくしと出会うまで結婚など考えたことなどなかった男は、当然だが子供のことなど考えたこともなかった。だが結婚し、それまでの考え方やライフスタイルが変われは、すればすぐにでも子供が出来ると思っていた。

だが1年近く経つがその気配が見られなければ不妊を疑うのは当然で、妊娠の可能性は35歳で急激に下がると言われているが、34歳で結婚した女はゼウスを去勢すると言ったとき、彼の人生を奪わないでと言ったが、その言葉に含まれた彼女の思いを理解出来ない訳ではなかった。

子供が出来るチャンスがあるなら与えてあげたいと思う女が、ゼウスの子供が生まれることで、寂しさを紛らわそうとしているのではないか。
そして道明寺という家に嫁いだ女は自分が存在する意味を考えたとき、子供が出来ないことに申し訳ないといった気持ちを持っている。
そして由緒ある家なら言われる血縁の絶対化。つまり血の繋がりを考えている妻が夫の子供を宿すことが出来ないことを悩み始めていることは気付いていた。
だが妻だけに責任があるとは言えない。不妊の原因の3割は夫にあると言われているからだ。

どことなく感じていた妻の家族に対する思い。
犬と言えど今では家族の一員のようにゼウスを可愛がっている妻にすれば、犬でもいいから家族が増えることを望んでいる。そう考えてもおかしくはないはずだ。
だから司は彼女の気持を汲んでやるつもりでここに来た。
売れずに残っているメスのドーベルマンを買い、ゼウスの妻として迎え入れるつもりでここに来た。



「つくし。お前の気持は分かった。ゼウスに嫁さんをって気持ちは分かった。だからここのペットショップにいるドーベルマンをゼウスに連れて帰ってやろう。あいつを去勢することはしない。あいつにも家族を持たせてやればいい。何匹でも仔犬を産めばいい」

司はそう言ったが、しゃがみ込んだ姿勢の女は顏を上げることはなく苗が入ったポットを並べていた。

「つくし。悪かった。俺が悪かった。お前にとって、いや俺たちにとってゼウスは大切な家族の一員だっていう思いは十分理解しているつもりだ。それなのに去勢すればいいと言った俺が悪かった。あいつは家族だ。それに俺がいない間いつもお前の傍にいてお前を守ろうとしているあいつは立派な番犬だ。自分の役割を心得た立派な犬だ」

司が長い出張に出たとき、妻が同行することもあったが、世田谷の邸で待つことが殆どだ。そんなとき傍にいたのはゼウスだ。

司は妻の現状に向き合っているつもりだったが、子供が出来なことをふたりで真剣に話し合ったことはなかった。だから伝えていなかった。たとえふたりに子供が出来なかったとしても愛している、愛し合っていることに変わりはないのだから、ふたりの遺伝子が受け継がれなくてもいいと思っていた。ふたりで同じ人生を歩むことが重要であり、生命の誕生は自分たちの存在があってのことであり、子供を誕生させることが運命として背負わされているのではないということを伝えたかった。

「つくし…..」

そう言いかけたとき、しゃがんでいた妻が立ち上がり司の方を見た。

「司。私ね、私たちの間に赤ちゃんが出来ないのは私のせいだって思ってる。私たちの組み合わせが悪いんだと思えてならないの。だから私じゃなくって他の人。若い女性なら違うような気がする。このままじゃ司の跡を継ぐ人間がいなくなっちゃう。そのことを考えたらお母様に申し訳なく感じるの。それに司にも申し訳ないと思えるの」

そこで言葉は途切れ、そして瞳はいつもより弱々しく司を見ていた。

「つくし。俺たちは子供がいなけりゃどうにかなるような関係じゃないはずだ。それにそんなに真剣に考えるな。もっと気楽に思えばいい。お前は俺と結婚したんであって家と結婚したんじゃねぇだろ?お前は子供を産むための機械じゃない。それにたとえお前がおっぱい一個になったとしても俺は全然構わねぇ。もしそうなったとしても、その姿で何十年でも一緒いたいと思う。いいか?俺はお前という人間と結婚したんであって一緒に過ごせることが幸せだと思ってる。実際俺たちは今までそれで良かったろ?だから子供のことは気にするな。子供がいることが人生の全てじゃないはずだ」

司は結婚するまで夫婦としての在り方といったものが何であるかなど考えたことがなかった。だがそれはどこの男も同じはずだ。だが今は違う。夫婦のどちらかが精神的に満たされていない状況で過ごすことがいいはずがない。だからその状況を改善するためならどんなことでもすると決めていた。そして今は自分の思いが妻の心に届いてくれることを祈った。

「男と女の関係は家族になったとしても変わらないはずだ。子供を産むことだけが本当の夫婦になることじゃないはずだ。それに子供がいなくても深い絆で結ばれている夫婦はいる。子供がいなきゃふたりの間に安定化が図れない夫婦ならそれは夫婦じゃないはずだ」

そこまで言って司は黙って自分を見つめる女に、
「もし誰かにお子さんはって言われたら、余計なお世話だって言ってやれ」
と吐き捨てるように言って今度は優しく言葉を継いだ。

「子供のいない夫婦の在り方を他人に指図されるつもりはない。それに子供を間に挟まなくても夫婦として、男と女として一対一で向かい合うことが出来ることは悪いことじゃないはずだ。だから子供のことは気にするな。お前はお前でいてくれればそれでいい」

その言葉に曇っていた表情がわずかに和らいだのが感じられた。
そしてその顏には話し始めた時と違って幸福感が感じられ、口を開いた女は「うん」と言って小さく頷いたが、それは彼の言葉が妻の心に届いた証拠。そんな妻を司はぎゅっと抱きしめたが、胸に押し付けられた顔からは涙が流れていた。
そして暖かい小さな身体は背中を撫でる夫の手のやさしさに、こらえていたものを吐き出していた。











「あきらさん。どうやら大人の喧嘩は終わりを迎えたようです」

「お!そうだな。それにしてもホームセンターであの二人が抱き合う姿を見るとは思わなかったな。それにどんな会話が交わされたか知らねぇけど、司がやることは相変わらず派手だ。見ろよアレ。彼女を抱上げたぞ。おいおい。あのまま車まで行くようだぞ?今日の彼女の仕事はどうなるんだ?」

あきらが見つめる先にいるふたりは番(つがい)のオオカミよろしく互いの顔を突き合わせじゃれ合っているように見えた。そして妻を抱いた男はボディーガードたちを従え堂々とした足取りであきらと桜子の視界から消えた。














戌の日の水天宮の境内は、大勢の参拝客でごった返していた。
そんな中、本殿の前で背の高さと美貌がひと際目立つ男が手を合せていた。
妻が妊娠していることが分かったのは、ゼウスの花嫁のキナコが妊娠していることが分かったのとほぼ同じ。犬は安産の神様と言われているが、どうやらキナコが二人に赤ん坊を運んで来てくれたようだ。そしてキナコは7匹の仔犬を産んだ。

司は合掌を解くと、隣に立つ妻に目をやったが、まだ手を合せ瞑目している妻は我が子が丈夫で安全に生まれることを祈っていた。
妊娠5ヶ月の戌の日に行われた安産祈願。
晴れた休日の空に輝く太陽は、手を取り合い境内を歩く二人の姿を柔らかく包んでいた。





< 完 >

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