FC2ブログ
2018
10.07

金持ちの御曹司~禁じられた生きがい~

世の中で言われる半端ないと呼ばれる男は、何もスポーツの世界だけに存在するのではない。
道明寺司という人物はビジネスに半端ない。
どれくらい半端ないかと言えば、それは朝から晩まで働くことは勿論だが、夜中も働くことが出来ると言われていた。だから部下は困るのだが、彼の秘書はアンドロイド西田と言われ機械で出来ているから問題ないと言われていた。

そして司が仕事を懸命に頑張るには理由があった。
それは愛しい女と過ごす休日をもぎ取るためならたとえ火の中水の中。
働き方改革など関係ないとばかり働いていた。
そんな男の働き方は縛りのない働き方と言えば聞こえがいいが、役員には時間外という概念はない。だから司は週末のために働く。
だが週末のためじゃなくても働く。とにかく愛しい女と過ごす時間をもぎ取る為ならどんなに机の上に種類を積まれようと構わなかった。

「西田。それにしてもさっきからいくら片付けても終わんねぇのはどうしてだ?」

「支社長。それは分かり切ったことでございます。今週は日本にいらっしゃいませんでした。ですから支社長の決済を待つ書類が溜まる一方。ただそれだけのことです」

と、いつものお決まりの台詞を吐く秘書は司が半端ない男なら、やはり秘書も半端ない男だ。
だがそんな秘書もあと15秒すればこの部屋を出て行く。
それは年に一度義務付けられている健康診断のため。
司はその時間が待ちどおしかった。

「支社長。それではわたくしはこれから健康診断に行ってまいります。おそらくそう時間はかからないはずです」

「ああ行ってこい。俺に気を遣うな。ゆっくりしてこい。なんならそのまま帰ってもいいぞ」

時計の秒針がそれからきっかり15秒たった後、秘書は一礼をすると執務室の扉を開け出て行った。
司はそこでちょっとここでひと休みしようとペンを机の上に投げた。
そして首の後ろで手を組み、目を閉じると黒革張りのデスクチェアに深く身を預けた。










「では道明寺さん。こちらです。どうぞお入りください。それから大変申し訳ございません。今日は主治医の田中が急病でお休みですので代わりの先生が診察させて頂きます」

「休み?田中のじいさんが休み?それなら他のドクターか?」

「はい。田中先生の代わりですが、実は女性なんです。道明寺さんは女医は嫌いだとおっしゃっていましたが、どうしても他の先生も都合が悪くて。でも秘書の方から今日でなければスケジュールが取れないと言われましたので」

そこで言葉を切った看護師は司の顔色を窺っていたが、黒のシングルスーツを着た男はそう言われ仕方がないといった顔で看護師が開けた扉の中へ入った。

「先生。道明寺さんです。お願いします」

司が部屋の中に入ったとき、先生と呼ばれた人物は背中を向けていたが、司はその背中に見覚えがあった。背が低く小柄な身体と黒く艶やかな髪。だがその髪はひとつに束ねられていた。そしてその背中から感じられるのは懐かしさ。
その人物が振り返ったとき、司は彼女と目が合った。

「道明寺。久し振りね」

「….牧野?」

「ええ。そうよ、牧野よ」

なんと司の前に現れた女医は高校時代付き合っていた牧野つくしだった。
司は言葉が出なかった。それは彼女と再び、よりにもよって自分の健康診断の場で自分を診察する医者と患者として会うとは思いもしなかったからだ。
出逢いはスローモーションだと誰かが歌っていたが、まさにその状態で一瞬言語中枢が麻痺したようになり、バカみたいに口をパクパクさせていた。

「どうしたの?そんなに驚いて。私、道明寺と別れてから医学部に入ったの」

ふたりは高校生の頃知り合い、司が高校を卒業すると同時にニューヨークに行った後、遠距離恋愛で付き合いはじめだが、結局は上手くいかず1年後別れた経緯があった。
そして彼女は司と別れた後どうなったのかと言えば、元々頭が良かったとはいえ、なんと医者になっていた。そして話を訊けば数年間アメリカの大学で学んだ後、帰国。そして最近財閥系列の病院で働き始めたと言う。

「そうか。懐かしいな。それにしてもお前医者になったって凄いじゃねぇか。まあ昔から頭が良かったんだ。医者でも弁護士でもなれただろうが、それにしてもまさか医者になってたとはな」

「信じられない?でも医者になったの。本当よ?」

「ああ。別に疑ってる訳じゃない。けどどうして医者に?」

別れた女性だが興味はあった。
それにあの頃の恋は距離と時間がふたりを破局に追いやったのではないかと思っていた。
だから別れたことを後悔したことがなかったとは言えなかった。

「医者になったのはね。人助けがしたかったからよ」

「そうか。お前は昔から弱い人間を助ける正義感の強い人間だったもんな」

「…..覚えててくれたのね。私のこと」

「ああ。別れたっていってもあれは今思えばどうしようもなかったような気もする。俺たちはまだ若かった。ニューヨークと東京の距離はふたりの時間を奪ったのもそうだが、俺が忙し過ぎてお前に会う事が出来なかったことも原因だと思ってる。今更だが悪かったな」

司は若かった自分を振り返って言った。

「そんな….。道明寺そんなことないよ。あんただけが悪いんじゃないから。恋愛はどちらかの責任じゃないし、別れたのはふたりに責任がある。だからそんなこと言わないで」

「牧野…」

「それより道明寺。今日の健康診断。私の問診で終わりでしょ?ほら、早く済ませなきゃ西田さんが待ってるんでしょ?西田さん今でも道明寺の傍にいて秘書なんでしょ?お変わりない?」

「ああ。あいつは昔と全然変わってねぇ。あのまんまだ」

「そう。懐かしいわね。じゃあ道明寺上着を脱いでそこの椅子に座ってくれる?それからシャツのボタンを外して?」

司は言われたとおり、上着を脱ぎシャツのボタンを外し、裸の胸を彼女の前に晒した。
そして自分の胸に聴診器を当てる昔の恋人の様子を見ていた。
小さな手に握られた聴診器が胸の上を動くのはくすぐったかったが、それよりも自分の胸の鼓動を真剣な顔で訊いている姿に目を奪われていたが、あの頃と違い大人になった彼女の目は、物事を見定めようとする真剣な目をしていたが、あの頃と同じ輝きを宿していた。

「うん。大丈夫。問題なさそうよ。でも少し鼓動が早いような気がするけど心配ないわ。いいわよ道明寺。ボタンを嵌めてちょうだい」

「牧野。お前まだひとりか?」

司は思わず訊いていた。
もしあの時別れなければ、ふたりは結婚していたのではないだろうか。
そして彼女の左手の薬指を見やったが、指輪は嵌められて無かった。

「え?何?突然?まさか私とまた付き合いたいなんて言うんじゃないわよね?私たちもう別れて何年?ふたりとももいい大人だし、あの頃とは違うわ。それに私は医者として人の命を助けることに生きがいを見つけたの。だから男の人と付き合おうとは思わないの」

そう言った彼女は司に背を向けカルテにペンを走らせていた。
だが司は彼女に再会した今、もう一度やり直せないかと思った。

「牧野。俺たちやり直せないか?」

「道明寺。無理よ。もう遅すぎるわ。私たちあれから何年たったと思ってるの?あれから10年よ。ふたりとも別の人生を歩んでるわ。だからごめんなさい」

「牧野…..。そんなこと言わないでくれ。なあこれ覚えてるか?このネクタイ」

司はそう言って上着のポケットの中に突っ込んでいたネクタイを取り出した。

「これはお前がくれたネクタイだ。俺の19歳の誕生日にお前がくれた。けど、その後で別れちまったけどこのネクタイは一生大事にしようと決めた。だから今でも使ってる」

「道明寺…….。駄目よ。私たちあの頃とは違うもの。それにそのネクタイ。もう古いじゃない。捨てていいのよ」

「いいや。今日こうしてこのネクタイを付けてたからお前に会えたような気がする。いやそうなる運命だったんだ。それに俺はこのネクタイを捨てるつもりはない。これからも一生大切にする。だから牧野。もう一度俺とやり直すことを考えてくれないか?」

「道明寺…..」

「牧野…..」

「そこまで言うならそのネクタイをもう一度私の前で締めてくれる?うんうん。私ネクタイを締めてあげるわ。だって私が道明寺にネクタイを締めてあげたことはなかったもの」

プレゼントは航空便で送られて来た。
だから写真を撮って送ったが、彼女の前でその姿を見せたことは無かった。そしてその後ふたりは別れた。

「ああ。お前の手で締めてくれ。俺はこのネクタイをお前だと思って締めていた。だからお前の手で締めてもらえるならそれ以上に嬉しいことはない」

司はそう言って10年前にプレゼントされたネクタイを彼女に渡した。

「でも道明寺。まさかこうやって道明寺にネクタイを締めてあげる日が来るとは思わなかったわ」

そう言って彼女の手はネクタイを司の喉元で交差させると立ち上がった。そして左右に強く引っ張り首を絞めた。それは突然の出来事。だが所詮女の力だ。司ならその行為を止めさせることが出来たはずだ。だが直ぐに背後に回られ力を込め引っ張られた。

「…..ま、き!?」

「道明寺….私ね。道明寺のことが忘れられなかったの。物分かり良く別れたけど本当は別れたくなかったの。あれから道明寺のことを忘れたことなんて一度もなかったの。ずっとあなたが好きだったの。だからいつか逢える日が来たら想いを伝えようと思ったの。もう離れたくないから。誰にも渡したくないから。私だけのものになって欲しいって言おうと思ったの。だから私だけのものになって、道明寺?」

「….ま…きの……止めろ….」

「大丈夫よ。殺しはしないから。さっき胃のレントゲン取ったわよね?その時バリウムの中に睡眠薬を入れたの。でもやっぱり直ぐには効かないわね。だからちょっと苦しいかもしれないけど我慢して。今度気が付いた時には素敵な場所にいるから」

司が再会した昔の恋人は過去の別れに恨みを抱いた復讐の天使になっていた。









「うわ!なんじゃこりゃ!」

「支社長。何が何じゃこりゃですか?少し目を離すとこれですから。それにしてもネクタイで遊ぶのはお止め下さい」

司の前にいたのは、健康診断を終え戻って来た西田。
そして司の首には無意識に解いたネクタイが何かの拍子に首に絡まっていた。

「いくらそのネクタイが牧野様からいただいた大切なネクタイとは言え、そのように首に捲かれてはネクタイが可哀想です。それにネクタイは自分自身を表すものです。大切になさって下さい」

そう言うと西田はひと呼吸置き言葉を継いだ。

「ところで牧野様が外にお見えですがお会いになられますか?」

司は勿論当然だ。すぐに通せと言った。
そして執務室の扉が開かれ西田と入れ違いに入って来たのは愛しの人。

「道明寺?どうしたの?そのネクタイ?」

「あ?ああ。いやなんでもねぇ」

司はそう言って立ち上がると慌てて首に絡まっていたネクタイを外した。

「それよりどうした?お前がわざわざここに現れるなんて珍しいな」

「….うん。まあね。だって道明寺今日も遅くまで仕事だって西田さんが言ってたから会えないだろうし、だから……その…..」

「なんだよ?」

珍しく遠慮気味に言葉を継ぐ女に司は思わずニヤついた。
だが夢の中ではそんな女に首を絞められたことを思い出し顔が引き締まったが、殺すつもりはないと言われ、私だけのものになってと言われた言葉を思い出し今度は頬が緩んだ。
つまりいつもなら司が彼女を拘束し、自由にするといったパターンだが、今回は逆で彼女に自由にされる。弄ばれるといった夢に何故か心が弾んだ。
牧野の好きにされる。あんなことや、こんなことをされるが、最後には司が彼女を欲しいままにすることは目に見えていた。

「うん。あのね。これを渡そうと思って」

彼女の手には紙袋が握られていたが、その中から取り出されたのは長方形の長い箱。

「これね。ネクタイ。10月1日はネクタイの日なんだって。それでね。道明寺に似合いそうなネクタイがあったから買ったんだけど付けてくれる?」

その言葉と共に差し出された箱を受け取った男は、ついさっきまで見ていたネクタイで首を絞められるという夢が頭の中を過ったが、慌てて振り払った。
その代わりに思い浮かべたのは、優しくそのネクタイを締めてくれる彼女の白い手。
そして箱を開け中を見た瞬間、嬉しさが込み上げた。
中にあったそれはシックなワインレッドのネクタイ。赤が好きな司の為に選んだ色だ。

「すげぇ嬉しい。牧野。締めてくれるか?」

司の言葉にうん、と頷いた女は、彼の前に来ると背の高い男が中腰になるのを待った。そして彼の首にネクタイを回すと、やっぱり結びにくいから座ってと言って椅子に腰掛けさせると結び目を作り始めた。

「ねえ。道明寺。このネクタイ気に入ってくれた?」

「当然だろ?今日締めてたネクタイもだが、このネクタイも気に入った」

「そう!良かった!ネクタイをプレゼントするってあなたに首ったけって意味があるけど知ってた?」

「ああ、当然だろ。それから束縛したいって意味もあるんだろ?ま。俺はお前に首ったけでお前に束縛されるなら全然構わねぇ。お望みならネクタイで俺の手を縛ってくれてもいいんだぜ?」

その言葉に頬を染めるのはセオリーだが、その後の言葉にドキリとした。

「道明寺。もし私のことを裏切ったらこのネクタイが凶器に代わるかもしれないから」

その時の彼女の顔は真剣で冗談など言ってなかった。
だがそれが逆に嬉しかった。ヤキモチを焼く態度をひと前で見せたことがない恋人だが今の言葉はまさにソレだ。裏切ったら怖いわよ。と言われても司は全然怖くは無かった。
何しろ彼の方が絶対的に彼女のことが好きなのだから。

「あほう。誰が裏切るかよ。お前と出会ってから他の女に目をくれたことがあったか?ま、一時訳けの分かんねぇ女が上がり込んで来たことがあったが、それでも俺の細胞はこの女は違うって訴えてた。だから相手にしなかっただろうが」

過去をほじくり返すことはしたくはないが、司の思いは牧野つくしだけに向けられているのだから、後ろめたさなど感じたことはなかった。
むしろあの事があったから、より一層彼女のことを愛おしく思えるようになった。

「いいか。俺にとっての女はお前だけ。お前にとっての男も俺だけ。ふたりとも互いが最初で最後の男と女だろ。だから絶対にお前を裏切ることはない。別れるなんて言葉は俺の辞書にはない。だからお前もそれだけは覚悟しとけ」










司は彼女を見送ると再び仕事に戻ったが、首元を美しく飾るワインレッドのネクタイに手を触れた。
愛する人から贈られるものは何でも嬉しいが、ネクタイは司にとって特別な存在だ。
それはまるで彼女がここにいるように感じられるからだ。
中間決算の9月は終わったが、それでも忙しい日々は続く。
そして暫くは逢えない日が続くが、触れた胸元に彼女の思いを感じることが出来た。
『頑張ってね、道明寺』と。
そして、司の禁じられた生きがいとも言える妄想は少しの間お預けになるかもしれないが、自分がこのネクタイで彼女に拘束されるのも悪くない。そう思っていた。





にほんブログ村
スポンサーサイト
Comment:8
back-to-top