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2018
09.16

金持ちの御曹司~Addicted To You~

見つめるだけでため息が出るほどの美男子が頭の中で何を考えているかなど分かるはずないのだが、妄想とは脳内でお産をすることだと誰かが言った。
だから司が日々頭の中で繰り広げることは、かなり大変なことであることは間違いないのだが、色々な事も慣れると耐性がつき、それが美味しく感じる劇薬のようなもので、彼の秘書はそんな男にも慣れていた。
だからいつものように頭の中で仕事以外のことを考えていたとしても、それはそれで必要悪として認めているようで、今も何かを考えている上司のことを気に止めることなく執務デスクに書類を置くと静かに出て行った。

そしてこの部屋の主は毎日ネットで今日の運勢を調べていた。
するとそこに書かれていたのは、『今日の水瓶座の一日は最高にハッピーです』の文字。
そして9月14日はメンズバレンタインデーと呼ばれる男性から女性に下着をプレゼントして積極的に愛を告白する日だったが、牧野つくしと知り合ってから毎日がバレンタインデーな男にとってそんなものは関係ないのだが、それでもそのイベントに乗ってやろうと思った。

恋人に下着をプレゼントする。
それは普通の男にとっては勇気がいることだが、司にしてみれば愛しい女の下着を選ぶことは当たり前のことであり、何も勇気が必要なことではない。
そう言えば昔。女性用下着のカタログを手にしていた司を見た恋人は、まるで変質者を見るような目で彼を見たことがあった。そして執務室から走って出て行ったことがあった。

だが突然見知らぬ男から下着を贈られるよりはマシなはずだ。
それに嫌な男からの下着のプレゼントは性的な嫌がらせだと言われること間違いない。
それに通販で彼女の下着を買う訳にはいかない。やはり自分自身の目で見ることが求められる。だがだからと言って自分の足でランジェリーショップに行くことは躊躇われた。だからランジェリーショップを世田谷の邸に呼び寄せた。そこでわき目もふらず、それこそ一心不乱に、熱心に選んだ。そして手触りは勿論のこと、縫製も入念にチェックした。
そして愛しい女に渡したが、それは司の下着とお揃いの紫のランジェリー。
箱を開けた女は一瞬戸惑ったが、照れながらもありがとう、と言って受け取った。
そしてそこから先は、恋人なら当然の夜を過ごした。



そんな週末が開けた月曜日。
西田が置いていった書類を手にした司は目を通していた。
その紙に書かれていたのは、チャリティーの文字。
道明寺ホールディングスは慈善活動に力を入れていた。だからチャリティーに反対があるはずがない。ただ、そこに書かれていた内容が問題なのだ。
それは経団連に名を連ねる企業の社長婦人たちが開催するチャリティーパーティーへの出席を求める内容。それも今夜。
そしてチャリティーの趣旨がどんなものかを確かめるため読み進めていくうちに、眉間に皺が寄った。
いや。趣旨が問題ではない。ただ、そのパーティーでオークションが行われ、その収益金が寄付されることになるが、問題はそのオークションだ。
オークションと言えば、何かを出品して一番高い値を付けた買い手に売却することだが、何を考えているのか。社長婦人たちは、あろうことか経団連に属する企業の独身経営者たちのうち、見目麗しい男たちをオークションにかけ、一番高い値をつけた落札者がその男たちと1日デートが出来るといった余興を考え付いた。
つまり司の元に届いた案内に書かれていたのは、彼にオークションに出品される男になれということだ。

司はこれまでの人生で大勢の女性から求められた。
それは幼い頃からだが、成長するにつれ女が傍にいることにイライラするようになった。
そしてそのイライラは周囲に向けられ、女に触れられることに嫌悪を感じるようになった。
だがそれは牧野つくしと出会ってから変わった。彼女にだけは触れられることを求めた。
そしてまたその逆で触ったりかわいがったりすることが好きになった。
だが他の女は別だ。そして今回その余興を考え付いたのは、自分の母親であり社長である楓とさして年齢の変わらない婦人たち。いやそれ以上で老婦人と言ってもいいはずだ。

確かに、今まで経団連のパーティーに出席するたび言われていた。

「道明寺さん。いつも素敵ね。あなたみたいな若くて素敵な男性とデート出来るなら夫とは別れてもいいわ」

「あら奥様。わたくしだって同じですわ。本当に道明寺さんは素敵。楓社長はあなたのような素敵な息子さんがいらしてさぞや自慢のことでしょう。本当にねぇ。わたくしがあと50歳若ければあなたと結婚したかったわ」

だからといってまさか司をオークションにかけ、競り落とそうと考えるとは思いもしなかった。それに今回のことはいくらチャリティーとはいえ、自分の身が危険に晒される。それがいいはずがない。
だがそこに書かれていたのは、『楓社長からはご了承を頂きました』の文字。
母親であり道明寺ホールディングスの社長である楓が、我が子をオークションにかけることを認めたというのだから、一体母親は何を考えているのかと問い問いただしたかった。
だからすぐさま電話をかけたが、

「いいじゃない。これはチャリティーよ。我慢なさい。業務命令よ。いやなら自分でなんとかなさい」

そうだ。それなら牧野つくしをオークションに参加させればいい。
金なら幾らでも出す。だから牧野つくしに自分を落札させればいい。
どちらにしても、香水の匂いがむんむんと立ち込める中、大勢の女たちの前でステージに立たされ、値踏みされではないが、向けられる視線は恐ろしいものがあるはずだ。
だから司はつくしに自分を落札させ、早々にステージから立ち去るつもりでいた。














「ねえ、ちょっとつくし。司がオークションにかけられるってどんな気持ち?」

滋はそう言って隣に立つつくしの脇腹を肘でつついた。

「うん。チャリティーだし、そのお金で子供たちが教育を受けることが出来るならいいと思うわ」

今夜のパーティーの趣旨は、経済的に恵まれないと言われる家庭の子供たちが教育を受ける権利を守るために催された。

「つくし。あんた呑気なこと言ってるけど、自分の彼氏が別の女とデートすることを認めるの?たとえチャリティーだとしても、あの男を1日自由に出来るのよ?落札された男は落札した女の言うことを訊くのよ?それでもいいの?」

「うん。でも食事に行ったり買い物に付き合ったりするくらいでしょ?」

つくしは会場にいる大勢の女性たちを見渡したが、ここにいるのは経団連に所属する企業の社長夫人や重役婦人で彼女たちの年齢は高かった。

「あんたねぇ。甘いわよ。ここにいるのは年寄りばかりじゃないのよ?見てよ。ほら。
あそこにいるのは若い女。パパのお金で司を買おうとしてるのよ。あの女なら1億だって平気で出すわよ。うんうん。それ以上も出すつもりでいる。それに見てよ。あの髪の毛ムラサキに染めてる女性。美容業界の大御所で70歳よ?彼女。司を落とす気でいるんだから何考えてるのかしらね。それに司が出ることをしぶしぶ認めたのは、つくしが落札してくれることが分ってるからよ。そうじゃなかったら絶対に参加しなかったわよ」

滋とつくしは、司に頼まれ彼を落札するため、大金を用意していた。というよりも、この金で自分を落札してくれと司から渡された。
そして二人は司の希望なのだから叶えてやるのが恋人の役目であり友人の役目だと心得ていた。

やがてオークションが始まり数人の若い企業経営者たちが落札され、ステージを去り、最後の目玉と言われる司の番がやって来たが、タキシードを着た司が登場すると黄色い歓声とため息と何とも言えない声が口々に漏れた。そして司会者が、

「こちらは道明寺ホールディングス日本支社支社長の道明寺司さんです。いくら出しても惜しくない男性です。本日の目玉です。こちらの男性と1日デートが出来る権利は誰のものに?!さあ皆さん!どうぞ値段をお示し下さい!」

と叫んだ途端、あちこちから手が上がり天文学的な数字が示された。
そしてその金額はどんどん上がり、まるで海外の有名画家が描いた絵画のような値段を付け始めた。

「まあねぇ。司とデートが出来る権利だもんねぇ。いくらお金が掛かっても欲しいわよねぇ。もしあたしがまだアイツのことが好きだったらこれくらいは平気で出してるわね。それにしても司のオークション。他の男達とは全然熱気が違うわよね。何しろ類くんも西門さんも美作さんもいないんだもん。F4が全員揃えば、それはそれで面白い催しだったと思うけど、うまい事逃げたわね。その分みんな司に集中してるから目の色が違うのよね!いや、ホント傍から見てると本当に面白いわ!それにあの司の顔見てよ!こっち睨んでるわよ!あたしたちが金額提示しないから怒ってる!あの顔見て!久し振りにアイツの青筋見たわ!でもそろそろアイツを落札してやらないと、本当にどこかの女に落札されちゃうわね。で、幾らにする?」

滋はそう言って隣に立つつくしを見た。

「…..滋さん。いいんじゃない?」

「え?何?」

「あのね滋さん。一度くらい他の女性とデートしてみるのもいいんじゃないかと思うの。それにこれはチャリティーでしょ?だから世の中のためにこのお金が使われるならいいと思うの」

「なに言ってんのよつくし?あんたがお金を払うってもそれは司のお金でしょ?
それにあんた自分の彼氏が他の女とデートしてもいいって言うの?それに見て見なさいよ!今一番高い値を付けてるのは、ムラサキの髪の毛のおばさんじゃなくてあの若い女よ?パパのお金を好き放題使うことが出来るあの女。司のことを狙ってるのよ。あんな女が司の傍にいてもいいの?いい訳ないでしょ?ほら、そろそろ落札してやらないと本気で怒るわよアイツ。でもさ。アイツが見世物になるってこんなに面白いとは思わなかったけどね」

滋はステージの上から自分達を睨む男に笑いながら大きく手を振ってみせたが、男は酷く恐ろしい顏になって彼女を睨んでいた。

「滋さん。だってこれはお母様から言われたことでしょ?それに道明寺が道明寺司として果たさなければならない義務だと思うの。お金のある人間が社会のためにお金を使うことはいいことでしょ?その為に少しくらい犠牲になるのは仕方がないと思うの。それに道明寺から預かったお金も寄付すればいいでしょ?」

「ちょっとつくし。アイツあんたに落札されると思ってるから出た訳で、もしそうじゃなかったら絶対に逃げてる。宇宙の果てまで逃げてるはずよ。だってたとえビジネスでも他の女と1日中一緒にいたことないでしょ?あたしは慣れてるっていうか、女として見てないから一緒にいてもいいみたいけど、他の女と1日中一緒にいることが耐えられると思うの?それにつくし、本当にいいの?」

そんな二人の会話をよそに、ステージの上では司会者が飛び交う金額に応えていた。

「さあ皆さん!道明寺さんと1日デートが出来る権利ですよ!一生に一度のチャンスです!もう二度とこのようなチャンスはありません!さあ。金額をおっしゃって下さい!」

すると女たちが口にする金額は益々跳ね上がり、天文学的な数字はさらに値を上げた。

「はい!それでは決定しました!道明寺さんとの1日デートする権利はそちらのご婦人に決定です!」






オークションが終り、控室の椅子に腰かけた司の前に現れたのは、ムラサキの髪の毛の女。

「司さん。よろしくね。私のことは順子って呼んで」

自分の母親とさして歳の変わらないその女性は香水の匂いをプンプンとさせ、彼の手を取ったが、濃厚過ぎるその匂いに吐き気を覚えそうになっていた。

「あらいいのよ、遠慮しなくても。順子って呼び捨てで。私、あなたとキス出来るなんて夢みたいよ。ほら。遠慮しなくてもいいのよ。キスしていいのよ」

首に派手なネックレスを巻き付けた年老いた女は、そう言って司に迫って来たが司は厭だった。自分の母親ほどの女とキスをするなんてとんでもない話だった。
だが女は司の手をしっかりと握り離そうとはしなかった。そして司はまるで金縛りにあったように身体が動かなかった。
そして何故か声も出なかった。

「まあ司さん。緊張しているのかしら?いいのよ。そんなに緊張しなくても。私がリラックスさせてあげるわ」

そう言った女は司のタキシードの上着を脱がせ、タイを外し、シャツのボタンをひとつひとつ外し、カマーバンドを慣れた手つきで外し床に落とした。
止めろ。止めてくれ。
この状況は何時だったが夢の中で類に迫られたことがあったが、あの時の状況と似ていた。
だが何故自分がこんな状況に追い込まれているのか分からなかった。

「あら素敵。あなたのこの若さは私には無いものだけど、今日一日は私のもの。ねえ司さん、キスして頂戴」

女はそう言って司の唇に真っ赤に塗られた唇を寄せて来た。
そして司に迫り来る顏はムラサキに染められた巻き毛に覆われていて、やがて唇に感じたのは、冷たい感触とぺちゃぺちゃという音。





ぺちゃぺちゃ?


「ワン!」

「あ~ごめんね司。順子ちゃん司のことが好きみたい。司ってよっぽど犬好きな顔してんのね。いやそうじゃないわよね。動物のメスは全部司のことが好きになるんだもの。ホント。霊長類最強のイケメンって司のことね!」

ソファで横になっていた司の身体の上に乗っていたのは、滋が連れて来ていた頭の毛をムラサキに染めたトイプードル。小さな犬は司の上で彼の顔を舐めていた。

「……滋。なんで会社に犬連れて来てんだよ!」

「え~。だって独りで車の中に残すのは虐待よ。それに順子ちゃん寂しがり屋だし、司のこと大好きだし。会わせてあげようと思ったのよ。それでさ。例のパーティーのことだけど、どうする?やっぱりあたしが司を落札しようか?だってチャリティーだからつくしは絶対に落札しないわよ。でも本当は司が他の女とデートすることは厭だと思うの。でも言えないのよね。あの子は人助けになることなら喜んで犠牲になる子だから」

そうだ。
司もそれを分かっているから滋に頼んだ。
そして司は滋に金を預けると言ったが、必要ない。私も寄付したいから寄付するのであって、司がオークションにかけられるという名目で寄付することが面白いと言った。

そして勿論司も金を出すつもりだ。
人の役に立つことをしたい。
まさか自分がそんなことを思うようになるとは思わなかったが、それが企業経営者の義務だと考えられるようになっていた。

「でさ。あたしが司を落札したら、司とデートする権利はつくしにプレゼントするから、その日はつくしの言うことを訊くのよ?つくしが司を落札したことになるんだからね。まあねぇ。そうは言っても司のことだから文句なしにつくしの言うことは訊くんだろうけど。その日一日は、文字通り犬になってつくしの言いうことを何でも訊いてあげること。あの子。ああ見えて色々と無理してることもあるんだからね?」

「ああ分かってるつもりだ」

司は滋が言いたいことを理解していた。
今では週刊誌に書かれることは滅多にないが、それでも司について根も葉もないことが書かれることがあった。それはどこかの企業のご令嬢と付き合っている。一緒に歩いているところを見たといった話から、婚約したといった話が書かれることがあった。
だがそれは全てが嘘であり、週刊誌が書くことは全部デタラメなのだが、彼女を傷つける事もあった。だからその埋め合わせをするための1日が欲しかった。

「ほら。じゃあさっさと準備しなさい。急なことだけどパーティーは今夜よ。でもつくしの準備は出来てるから心配しないで。うちの車の中で待ってるから拾ってあげて。それから、西田さんがギリギリまで知らせなかったのは、司が逃げると困るからなんだけどね!
それから司がつくし以外の女性とたとえチャリティーだとしても一緒に過ごすことが出来ないってことは小母様もご存知よ!それから今夜はドーンと寄付するから心配しないで!だから司はつくしのものだからね!」







寄付をするという行為は売名行為だと言われ、日本に根付かないと言われているが、大河原も道明寺も違う。何しろどちらの会社も今更名前を売る必要がない知名度を持つ企業だから寄付することに名前を伏せることはない。むしろ名前を出し、他の企業からの寄付を煽るではないが、寄付をすることが偽善だという考え方を無くさせようとしていた。

それにかつて日本にはボランティアという概念が無かった頃があった。
だが今ではボランティアという言葉はごく当たり前のように使われるようになった。
アメリカでは幼い頃からボランティアをすることが当たり前だと教育を受ける。
それは大切なことはみんなでやっていくべきだの精神からだが、司はその教育をアメリカ人の英語教師から訊かされたことがあった。だがその頃は偽善だと思っていたが今は違う。一人で出来ないことも大勢の人間が集まれば違うということを知っている。

そして他者には寛容であれと教えてくれたのは牧野つくしだ。
心が広くて他人の言動を受け入れる。だがそれが仇になったこともあったが、概ね上手くいっているのは、彼女の人徳がそうさせるのだ。

そんな女に夢中になって早ン年。
夢中というよりも中毒だ。そしてこの中毒を緩和する薬は無い。
だが無くて結構。緩和される必要ない。
永遠に牧野つくしに夢中でいたい。中毒でいたい。
そんな男は執務室の扉を開けると彼女が待つ車に向かって廊下を走り出していた。




*Addicted To You あなたに夢中*

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