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2015
12.02

追憶

Category: 追憶
二人が出会ったのは高校生のころ。  
なんといっても出会いは最悪で記憶の中から消し去りたいくらいだ。
だが男はそれから何年たっても女を忘れることが出来なかった。
いつかまた巡り逢うときが来るだろうと信じていた。



あるとき、司は親友から夕食に招待をされた。
それは親友の婚約記念の夕食会だ。


誰かの婚約記念。
誰かの結婚式。
こんなとき、独りでいる人間は可哀想だと思うのが世の常らしい。
三十歳を過ぎても独身でいる男に、周りは自分の知りうる範囲の女性を紹介したがる。
いい加減にしてくれと思いながらも、仕事に差しさわりのない程度であしらっていた。
いっそのことどうでもいい女と付き合ってみようかと考えなくもなかったが、後々面倒なことになるのは嫌だと思い辞めた。


親友が用意した司の席の隣、今はまだ空いているその席に座った女性。

司が昔失恋した女だった。
当然だが互いに自己紹介の必要はなかった。





司はその女性に振られたあと国外で暮らしていた。
今もその国で暮らしている。
その女性が声をかけてきた。

「ご無沙汰してます。お元気ですか?」

牧野つくしの懐かしい声を耳にして、彼は一気に高校生に戻ったような気持になっていた。

「ああ。元気だ。おまえは?」
「おかげ様で」とほほ笑んだ。
「いま、どこで何をしてるんだ?」
「ニューヨークにいます」とつくしは答えた。

意外な答えだった。
同じ街にいるとは思いもしなかった。
「ニューヨークでなにを?」と聞きながら彼女の左手に収まっているかもしれないものを確認したが見当たらなかった。

「日本の旅行代理店のNY支店で働いています」
「あの・・道明寺さんは?」
「俺か?俺もニューヨークだ。お前は・・東京にはいつまでだ?」
「類の婚約のお祝いに来ただけなので、すぐに向こうに戻ります」




昔のわだかまりが無いと言えば嘘になる。
だが、司は一晩中でも彼女と話していたかった。
何年も前の話に花が咲き、二人して盛り上がっていた。

司がどうしようもなく意地悪だった話。
つくしがどうしようもなく意地っ張りだった話。
「あれはそう簡単に忘れるはずがない」と言う話まで、あんなことやこんなことがあったと懐かしく語りあった。
幼い頃からの親友の婚約記念の食事会だと言うのに、そんなことは頭の片隅にもなかった。

だが「あのときのこと、許してくれないんじゃないかと思っていた」と言われたときには返事が出来なかった。



「司、牧野、2人とも懐かしい再会を楽しんでるみたいだね?」と今日の主役の男が言った。
類が話しかけてくるまで2人とも一晩中語りあっていたかのようだった。
だが、実際にはそんなに時間はたってはいない。

「類、婚約おめでとうございます」とつくしは言った。
「牧野はいつまでこっちにいるの?」
「明日ニューヨークに戻ります」
「そう・・忙しいのに来てくれてありがとう」
「おい、類、俺だって忙しいのは同じだ」
司は親友に向かってそう言ってからつくしに視線を戻した。

そしてつくしは言った。
「道明寺さんも・・ご婚約されたそうで、おめでとうございます」
その言葉とは裏腹に、司に向けられた視線はどこか遠慮がちだった。




「牧野、申し訳ない。うちの運転手なんだけど他の人間を送って行ったままでまだ帰ってきてないんだ」
「いいのよ類。気にしないで・・タクシーで帰るから」
「ねえ司。悪いんだけど牧野をホテルまで送ってあげてくれない?この雨だからタクシーもなかなか来ないと思うんだ」


外は土砂降りの雨が降っていた。

まるで二人が別れを決めたときのように。




「いつごろ・・NYに戻るの?」
「東京のあと、ロンドンに飛ぶ」
「そう・・」
「類とは付き合いが?」
「類とはNYで偶然会ったの・・・今はもうあの頃の知り合いとは付き合いはないから・・」

確かにそうだろう。
誰の口からも彼女の話しは出たことがなかった。
単に自分に気を使っていたのかと思ったがそうでは無かったようだった。


車のなか、それまでは弾んでいた会話もなく二人とも口をつぐんでいた。
ホテルに到着したとき、つくしが口をひらいた。



「・・わたしの部屋でコーヒーでもどう?」


二人ともその言葉が意味することは十分承知していた。

狭いエレベーターが上昇して行くなか、どちらからともなく二人はそっと手を握り合っていた。




***




次の日、彼女を空港まで送っていったとき、何年も待った甲斐があったと思った。
だが彼女は、自分の姿が見えなくなるまで、司が見送っていたのを知るよしもなかった。

そして、司は自分の顔に笑みが浮かんでいるのに気づかなかった。

また会えるかもしれない。

次はニューヨークで。










司は自分の噂を気に留めたことはなかった。
NYのタブロイド紙にプレーボーイとして余多の噂話が書かれても、どんなゴシップが書かれても気にはしていなかった。
その実像を知ってもらいたいと思った人間はNYにいないと思っていたから。
だから、タブロイド紙が作り上げた噂話を払しょくするような努力はしてこなかった。






ひとりの男が颯爽とやってきて牧野つくしはどこにいる?と聞かれた女性は、彼女ならランチを買いに出かけていますと言った。
司はその場所はどこかと聞くとその場所へと向かった。

街角にあるデリに彼女はいた。
司は彼女が出て来るのを外で待っていた。
ガラス窓の向う側でショーケース越しになにやら注文をしている姿があった。
やがて彼女は、薄茶色の小さな紙袋を手渡され、片手にはテイクアウト用のコーヒーを持っていた。


ドアの向うから彼女が出て来たとき、彼は自分が何故ここにいるのかを思い出した。
自分の前を通りすぎる彼女は、そこに彼がいることに気がつかなかった。
そこにはいるはずがない人物がいるのだから・・・
そして声を掛けた彼に驚いていた。

「ど、道明寺・・どうしたの?どうしてこんなところにいるの?」

「どうしてだと思う?」

「わからない・・」 か細い声で言った。

「おまえだよ」 司はそれだけを答えた。

「でも・・道明寺には・・」

「婚約なんてしてねぇし、俺には女なんていない」
司は言いよどむことがなかった。

司は、彼女が手にしていた紙袋とコーヒーを取り上げた。
そして、そうすることが自然だとばかりに、彼女を抱き寄せていた。











あの婚約記念の夕食会から5年が経っていた。
今夜もこうして大勢の人間がここに集まってくれている。
どのテーブルも活気に満ち会話が弾んでいた。
類はつくしに視線を向けた。
彼女は5年前と同じように司を見ている。
見ていると言うより見つめているのほうが正しいかもしれない。
司も自分に向けられた視線には気づいていて、同じように見つめている。
この二人は5年経っても変わらないね。



あのとき、二人が偶然の再会をしたと思っているのは本人たちだけ。
牧野が俺とNYで再会したのも偶然だと思っているのは本人だけ。
この二人は誰かが手助けをしてやらないといつまでたっても本心を偽ったままだから。




今夜の主役は俺じゃない。






今夜は学生時代の恋を実らせた男と女の、結婚5周年記念の夕食会だった。








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