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2018
09.02

金持ちの御曹司~OL KILLER~

牧野つくしのことで心がいつも忙しい男は、その目線だけでOLをメロメロにすると言われていた。
そんな男も高校生の頃は殺傷能力を感じさせる表情が浮かんでいたことがあった。
だが今の男は、癒される男を目指していたが、それはもちろん牧野つくし限定だ。
そしてそんな男は、廊下の曲がり角で女性社員の会話を耳に挟んだ。


「ねえ、うちの会社って大きすぎて社員旅行がないけど、もし支社長が社員旅行に行ったとしたら、どんな宴会芸をすると思う?」

「やだ。何言ってんのよ。支社長が芸なんかすると思う?それって無茶ぶりもいいところよ。だいだい支社長が社員旅行なんかに行く訳ないじゃない」

「やっぱりそう思う?」

「そうよ、だってよくある温泉地に支社長がいると仮定して、そこで露天風呂に浸かってる姿を想像してみなさいよ?もうそれだけでテンション上がるわよ?だって社員の誰も支社長の裸を見たことがないんだもの。そりゃあもうそのお身体拝見じゃないけど間違いなく殺到するわね。それに旅館の浴衣を着た支社長の姿なんてもうレア過ぎて、倒れる社員続出すること間違いないわよ?」

「確かに!支社長の浴衣姿!もうヨダレものよね?なんかさぁ、胸なんて肌けちゃって、おみ足が裾から見える姿もだけど、腰に巻いた帯がスルって解かれたら….下着付けてなくって…..キャー!」

「ちょっと声が大きいってば!でもさ、噂では支社長の下着はパープルかヒョウ柄って話しだけど、あんたが悲鳴を上げたくなるのも分かるわよ。だって確実に鼻血ものだもの!」



司はその話しを訊きながら温泉と言われ思い浮かんだのは、高校時代。
滋に連れて行かれた大河原家の別荘。だがあれにはいい思い出がなかった。何しろ好きでもない滋にのしかかられ求められた。
そして後で話しを訊けば類と牧野が同じ布団で寝たが何もなかったという。そんな二人の関係に頭を捻ったのは司だけではなかった。だが二人の関係が間違いなくプラトニックだったのは、身をもって証明されたが、とにかく温泉というものには、あれから行ったことがなかった。

「温泉か…..」

執務室へ戻った司は、そう言えば修善寺の別荘には露天風呂があったことを思い出していた。
これからの季節。涼しくなれば二人で露天風呂に入り、星の煌めきを眺めるつくしを後ろから抱きしめ、いい雰囲気になってきたところでそのまま繋がる。そして湯の温かさ以上に身体を燃え上がらせ一気に昇天......。
だがそれは余りにも平凡だ。
もっとドラマティックな何かが欲しい。








「道明寺様。お湯加減はいかがでしょうか?」

「ああ。いいね。丁度いいよ」

「そうですか。それはよろしゅうございました。では浴衣はこちらに置かせていただきますので、どうぞごゆっくりお過ごし下さいませ」

「申し訳ないんだが確かそこにシェービングクリームとカミソリがあるはずだが、取ってくれないか。いや。中で剃ろうと思ったんだが持って入るのを忘れてしまってね」

そこは、伊豆の山奥に一軒だけある小さな温泉旅館。
母屋を中心に露天風呂付の離れが四つ広い庭に点在していて、隣の離れまでかなりの距離があった。そしてそれぞれの離れは、孟宗竹に取り囲まれ一見してそこに建物があるとは思えない作りになっていた。

そして隠れ家的存在のそこは、部屋の数からしても宿泊客は一日四組しかないのだが、知る人ぞ知る場所と言われていた。
そんな宿を訪れるのは、芸能人カップルや何らかの理由でひと目に触れたくない男女。いわゆる不倫カップルや静かに執筆活動に励む作家。そして企業のトップや政治家が訪れることもあるという。

司がここを訪れたのは、修善寺の別荘が改築中で使えなかったから。
そして初めてここを訪れた司は、用意されていた浴衣の丈が短いことに気付き、変えてくれないかと電話をして風呂に入った。そして新しい浴衣が届けられたようだが髭剃り道具を持って入ることを忘れていた。


「カミソリですか?少々お待ち下さいませ」

そして露天風呂に繋がる掃き出し窓を開け現れたのは、仲居ではなく宿に着いた時挨拶に現れた女将だったが、可愛い人だと感じた。今まで恋をしたことがない男の前に現れた女性は彼の好みのタイプだった。そしてその女性が現れたことに、胸をズキンと走るものがあった。


「道明寺様。浴衣の件では大変失礼いたしました。一番大きなサイズにお取替えさせていただきました。それからカミソリはこちらでよろしかったですか?」

湯に浸かった司に差し出されたカミソリは、使い切りカミソリではなく、理容室で使われているような本格的なカスタム使用と呼ばれるオーダーもの。髭が濃いと言われる男の髭剃りは、電動シェイバーでは剃り残しが感じられ満足がいかなかった。だからオーダーで自分の肌に合う髭剃り用カミソリを作らせていた。

「ああ。すまないね」

と答えた男は、カミソリを受け取るため湯から手を出したが、掴んだのは彼女の手だった。
そしてカミソリはカランと音を立て御影石が敷き詰められた床に落ちた。

「女将さん。私は先ほどあなたにお会いした瞬間。あなたを好きになりました。それにあなたとはどこかで会ったことがあるような気がする。とても初めてお会いしたとは思えない。女将さん。あなたはマキノさんと仰いましたよね?マキノさん。以前私と会ったことはありませんか?」

司は今から15年前。高校3年生の頃、暴漢に刺され意識不明の重体に陥った。
以来、記憶の一部を失った特殊な記憶喪失患者だと言われていたが、本人は失われた記憶があるとは思ってもいなかった。
だがそんな男の前に現れたマキノという女性が彼の記憶の奥深くにいる誰かの姿に似ているように感じていた。だが彼女が一体誰なのか。何故司の記憶の奥深くにいるのか分からなかった。そして今の思いは、マキノという女将に好意を抱いているということ。
つまり彼女が欲しかった。彼女の中に入れば、温もりを感じれば失われた記憶と言われるものを取り戻すことが出来るような気がしていた。

「…..道明寺…..さん」

司は小さく呟かれた自分の名前に掴んでいた彼女の手をギュッと握った。
そして立ち上ると、裸の司に驚いた様子で見つめる彼女を抱上げ素早く部屋の中に運び、畳の部屋とは別の部屋に設えられたベッドの上へ下ろし、濡れた身体からポタポタと雫を垂らしながら彼女の身体を跨いだ。


「女将さん。いやマキノさん。私はあなたが好きだ。あなたとは会ったことがあるような気がする。だが思い出せない…私たちは過去に会ったことがあるはずだ。それはあなたの中に入れば分かるような気がする。私はあなたを知っている気がする。いや気じゃない。知っているはずだ。あなたとはどこかで会っている。それが遠い過去のことならそれを思い出したい」

司は女将の着物の袂に手を差し入れようとした。

「駄目です!止めて下さい!私はお客様とそのようなことは致しません!道明寺様!止めて下さい」
組敷いた女は激しく抵抗し、目から涙が零れた。
「私は結婚しています。夫のいる身です。たとえ過去にあなたと何かあったとしても今はもう関係ない.....」

「結婚している?誰とだ?誰と結婚している?相手は誰だ?今過去と言ったよな?俺とお前は過去に接点があったんだな?お前は俺を知っているんだな?なあそうなんだろ?」

彼女の口から結婚しているという言葉が出た途端。司はカッとなった。
そして思わず彼女の首に手をかけ、強く締め付けていた。

「一体誰だ?誰と結婚している?この宿の亭主か?」

司は言いながら更に強く締め付けた。
すると、やめてと言って苦しそうに顔を歪め司の腕を掴んでいた白い手が、ぱたんとシーツの上に落ちた。
そして乱れた着物の袂から覗いた白い肌の上に輝いているネックレスが目に止まった。
それを見た瞬間。司は手を離した。そして狂ったように叫んでいだ。
それは彼が15年前に彼女に贈ったものだった。







「おい!なんで俺があいつを殺すんだよ!いや。殺してなんかねぇぞ!ただ気絶しただけだ!それになんで俺が15年もあいつを忘れてんだよ!ンな訳あるわけねーだろうが!」

司は目覚めた瞬間、冷や汗をかいていた。
そして自分を罵ると、頭を激しく執務デスクに打ちつけたい思いでいた。
暑さで脳みそが腐ったんじゃないかと本気で思った。
そして西田を呼び、どうかした頭を冷やすため言った。

「西田!バケツ一杯に氷を入れて持って来い!」









司は執務室の窓から灰色の空を見上げていた。
そして今司が考えるのは、明日雨が降ればいいのに、ということだ。
日曜はいつもつくしとデートすると決めているが、忙しい司はそうそうデートをすることは出来なかった。
何故なら明日の司は伊豆で取引先の重役とゴルフの約束があった。
緑の芝の上で小さな球を打つスポーツに、しぶしぶといった形だが参加せざるを得ないのは、ゴルフは大人の付き合いであり、重役のたしなみだからだ。

だが行きたくなかった。つくしと一緒に過ごしたかった。
それに小球をクラブ(打棒)で打ち、ホール(穴)に入れるなら、つくしとヤッてる方が良かった。

それにしても何故あんな恐ろしい夢を見たのか。
もしかするとあの夢はゴルフに負けたくない取引先の重役が見させたものなのか。
そんなことを考える男は、彼女にメロメロだ。

「クソッ。いっそのことすっぽかすか?仮病でも使うか」

いや。だがそんなことをすればつくしに怒られることは間違いない。

「約束を破るということは、嘘をつくことと同じくらい信頼を損なう行為なのよ」と言って。

そうだ。それなら彼女も一緒に伊豆に行けばいい。
司のゴルフが終るまで修善寺の別荘でのんびり過ごせばいい。
そして当初頭を過った思いを実行すればいい。
それは満天の星を見上げながら露天風呂に浸かり、身体がいい感じで温もったとき、後ろから抱きしめていた身体を持ち上げてこちらを向かせ、ゆっくりと繋がること。
いや。後ろからだったか?ま、どっちでもいいか。
とにかく明日の司は、支社長としての義務を果たし、牧野つくしとデートすることに決めた。
そして会社では落ち着いてみえるがアゲアゲが基本の男は、マイナス思考をとっとと捨てると彼女に電話をした。


「牧野?俺だ。____ああ。分かってる。ゴルフだろ?行くよ、行く。すっぽかさねぇから。それより温泉の話。明日真面目にゴルフに行くからお前は別荘で待っててくれ。___ん?そうだ。ゴルフはさっさと終わらせる。俺が本気出せば全部ホールインワンだ。____ああ。任せろ。18ホールなんてあっという間に終わらせてやるよ」

ボールをより正確に目的地に飛ばすことが出来る人間が勝者となるスポーツ。
バスケも得意だがゴルフも得意な男は、スポーツは誰にも負けない自信があった。
そしてスポーツ以上に得意なのは愛する人を文字通り全身全霊で愛することだ。

フランスでは愛し合った後に落ちる短くて深い満ち足りた睡眠を「プチ・モール」(la petite mort)というが、それは「小さな死」という意味。
そしてOLキラーと呼ばれる男が、その小さな死を一緒に迎えたい相手は牧野つくしだけ。
愛する人と迎えるトロトロとした柔らかな眠りは何度でも経験したい眠り。
だから明日のゴルフは何がなんでも早々に終わらせて、彼女の温かい腕の中に飛び込んでやると誓っていた。





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