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2018
06.10

金持ちの御曹司~将来の夢~

ある日、司の元へ届けられた一冊の文集。
それは間違っても「文春」ではなく「文集」であり、もし仮にそんな名前の週刊誌に司について書いていることがあったとしても、それは全て嘘であり虚言以外の何物でもない。

そして文集は司が英徳学園の幼稚舎時代に書かれたもの。
送って来たのはタマ。長年道明寺家のメイドとして働いた老女は、随分と年を取り身の周りの整理。いわゆる断捨離や終活といったものに励んでいた。
そこでタマの部屋の押し入れから出て来たのが、幼い司が書いた作文が綴られた卒業文集だった。
そのタイトルは「将来の夢」
子供の文字で書くと、「しょうらいのゆめ ばらぐみ どうみょうじ つかさ」

司はそんなものを書いた記憶がないのだから、懐かしさなどあるはずもなく、自分がどんなことを書いたのか分かるはずもなかった。
だがタマが大切に保管していた二十数年前の安い紙で出来た文集は、若干紙の端が黄色に変色しているが、比較的綺麗な状態だ。その表紙をそっと捲ってみれば、何人もの子供の字で書かれた文章が目に飛び込んできたが、さっそく司は自分が書いた文章を探した。
そして見つけたのは、どうみょうじ つかさ と書かれたページ。
そこに書かれていた幼い自分のつたない文字を追った。




『ぼくのゆめは、せかいをせいふくすること。
そしてねーちゃんのようなきれいな女のひとと、けっこんすること』

たったそれだけが書かれた文集だが、司はその言葉に笑っていた。
世界を征服するといったことを書く幼い子供がいるとすれば、彼くらいではないだろうか。

そして自分の姉を女性の基準と考えているところに、司の女の好みの原点があると言われている。何しろ司の恋人は、姉である椿並の強烈なパンチで彼をノックアウトした初めての女だからだ。だがそのパンチは恋のパンチであり、虚しさが溢れる日常から彼を別の世界へ導いてくれたパンチだった。

そしてその年頃の子供が書くことは、所詮その程度であり、誰も似たり寄ったりの内容だった。
ちなみに花沢類の作文は、

『ぼくのゆめは、ありません。
しずかといっしょなら、それでいいです』

そして西門総二郎はと言えば、

『ぼくのゆめは、おちゃをおいしくいれること。
それから、たくさんの女の子と、なかよくすることです』

ついでと言っては何だが美作あきらは、

『ぼくのゆめは、ほんとうにだいすきな人とあそぶこと。
おひるねは、まいにちちがう女の子のとなりでしたいです』

所詮幼い子供の戯言とも言える内容だが、何故か3人とも見事に将来を予見したような言葉が並んでいたことが可笑しかった。

だが親なら誰もが我が子に訊くはずだ。
あなたは将来何になりたいの?あなたの夢は?と。
だが司はそんな言葉をかけられたことはなかった。訊かれたことはなかった。
それは、彼の将来が生まれた時から決められていたから。
だから誰も彼に将来の夢など訊かなかった。そして司もある年齢に達した頃から、自分の将来が決められていて、自分の意思ではどうにも出来ないことが分かっていた。
だから思春期の反抗以上の行動を取ることになったのだが、その行動を止めるきっかけとなったのが、牧野つくしとの出会いだ。

司は牧野つくしに出会ってから人生が変わった。
司にとって牧野つくしは宗教のようなもので、まるで新手の宗教の勧誘にあったように彼女を崇拝した。寝ても覚めても牧野つくしで、それは牧野という名の沼の落ちたといってもいいほどで、その沼から這い上がることは自ら止めた。
出来ればずっとその沼の中に浸かっていたいほどだ。
そしてそこで、くんずほぐれつを繰り返したい。
あの温かく、ねっとりとした沼の中に永遠に浸かっていたい。
司だけが入ることを許されているあの沼の中へ。

だがその為には、まず彼女と結婚をしなければならなかった。
永遠という言葉を手に入れる為には結婚しかない。
だが世の中には結婚したくても結婚できない男というのも多いと訊く。
だがまさか自分が好きな女性との結婚に焦りを感じているなど、とてもではないが言えなかった。だが実のところできるだけ早く結婚したいと望んでいた。
それにしても、まさか自分がここまで結婚願望が強い男だとは思いもしなかった。
そんなことを思う自分はもしかすると迷路に迷い込んだ犬なのかもしれない。


結婚という名の迷路に迷い込んだ犬が見た夢は___









司は結婚相手を探すため結婚相談所を訪れていた。
だがそれは、道明寺財閥の当主であった父親の遺言を履行するためだ。
それは、父親が亡くなった日から半年以内に結婚して、それから1年以内に子供を作らなければ、財閥の財産は国沢亜門という自分にそっくりな男に行くと書かれていたからだ。
その遺言に、司は親父はとうとう頭のネジが外れたかと思った。
だが家族は知っていた。女嫌いで結婚しようとしない息子に業を煮やした父親が、なんとか結婚させようとそんな遺言を書いたということを。

つまり司がこのまま道明寺ホールディングスの経営を続けるためには、どうしても女と結婚する必要があった。
だが永遠の結婚生活を求めているのではない。
彼が求めるのは契約結婚。
決められた期間が過ぎれば、きれいさっぱり後腐れなく別れてくれる女が必要だった。
もちろん慰謝料はきちんと払うが、子供については道明寺家の跡取りとして置いていくこと。
そんな条件を飲む女を探すためこの場所に来た。




「お待たせいたしました。道明寺さんの幸せのお手伝いをさせていただきます牧野と申します」

司の前に現れたのは、結婚相談所の社員で牧野つくし。
司は彼女に会った途端、見惚れてしまった。
そして頭の中をこんな言葉が過っていた。

『ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある。
見知らぬあなたと、見知らぬあなたに
デートを取り持つ___』

「よろしく。道明寺だ」

司はすぐさま手を差し出し握手を求めた。
そしてここぞとばかりしっかりと彼女の手を握った。

「それでは道明寺さん。女性会員の方に見ていただくためのポートレート、お顔と全身のお写真を撮影しますので、そちらの帽子とサングラスとマスクを外していただけませんか?」

司は変装してこの場所を訪れていた。

「外すのは構わないが他の女性会員に見てもらう写真は必要ない」

女は司の言葉に戸惑っていた。
結婚相手を探すというのに、自分の写真を見てもらう必要がないという男に会うのは初めてだからだ。それに完全に顔を隠す行為は逆に目立つと思うが、もしかして自分の顔に自信がないのか?だがそうだとしても顔が全てではない。気にしないでいいと言うつもりだ。

「…..あの。道明寺さん。他の女性会員に見てもらう必要はないとおっしゃいますが、見て頂かなくてはお相手を探すことは出来ませんが?それに写真はどうしても必要なんですよ?でもお顔が全てではありませんから。それに内面を重視される方が多いのがうちの相談所なんですよ?ですから安心してご登録いただけますよ?」

「いや。もう相手は決めた。あなたです。私はあなたと結婚したい」

司は牧野つくしが気に入った。だから、他の女に自分の写真を見せる必要もなければ、見せたくない。そこで司は自分の顔を隠していた帽子もサングラスもマスクも外した。

「私は道明寺司と言います。道明寺ホールディングスの経営者です。あなたが気に入った。あなたと結婚したい。だから他の女性に見せる写真は必要ありません」


それから二人は順調に愛を育み結婚することになった。
期間が定められた契約結婚ではなく、本当の愛を見つけた男は晴れ晴れとした表情で彼女が教会の中を歩いて来るのを待っていた。
それは二人の結婚式。
6月の花嫁は幸せになると言われているが、司は牧野つくしを幸せにする自信があった。
それまで女にも結婚にも懐疑的だった男は、彼女に出会って変わった。
ああ、結婚とはなんと素晴らしいシステムだ。
彼女は司だけのものになり、永遠に自分の傍にいてくれる。
頭の中はハートでいっぱいで、心はウキウキを止められない。
司は結婚行進曲が流れるなか、前を向きヴァージンロードを歩いてくる牧野つくしを待った。
そして隣に純白のドレスを着た彼女が立ったのを感じた。
神父に促され二人で結婚の誓いの言葉を述べた。
指輪の交換をと言われ、彼女の方を向き、手を取り指輪を嵌めようとした。
だが掴んだ手はいつもの柔らかな感触とは違った。

硬い
ごつい。
たくましい。
薬指に指輪を嵌めようとしたが、嵌まらなかった。

司はそれまで女の手ばかり見つめていたが、そこでふと顔を上げた。
するとそこにいたのは西田。
そして掴んでいたのは、書類を渡そうとした西田の手。

「支社長。私の手に何か問題でも?」

司はパッと手を離すとクールに言った。

「書類を置いたらさっさと出て行け」










司は幼稚舎の卒業文集をマンションに持ち帰ると、リビングのテーブルの上に置いた。
そして笑いながらソファに座るつくしの隣に腰を下ろした。

「道明寺?それこの前タマさんが言ってた幼稚舎の頃の文集でしょ?何か面白いことでも書いてあったの?」

つくしは、タマから司が幼稚舎の頃に書いた文集が見つかったと訊き、司がどんなことを書いたのか知りたいと思い見せて欲しいと頼んだが、坊ちゃんに渡してあるから見せてもらいなと言われていた。

「将来の夢を書けって言われて書いてるらしいが、大したことは書いてねぇな」

司は見ていいぞ。見たいんだろ?と言い見ることを許したが、つくしがまずはじめに見つけたのは、花沢類のページ。そのことに司はムッとした。

『ぼくのゆめは、ありません。
しずかといっしょなら、それでいいです』を見て類っぽいと笑っていた。

「それで道明寺の子供の頃の夢って何だったの?」

つくしは、道明寺司のページを探しながら本人に訊いた。

「俺の夢か?俺の夢は世界を征服することらしい」

「あはは!道明寺らしいわね?だって道明寺って子供の頃から俺様で唯我独尊だったんでしょ?でもまさかそんなことを書いてたなんて、さすがと言えばさすがね?」

だが唯我独尊と言われていた男は、バカげたプライドを捨てると大切なものが何であるかを理解した。

「言っとくが、今の俺の夢はそんなんじゃねぇからな」

「そう?でも世界征服は当たってるんじゃない?だって道明寺の会社は世界中に支社があるし、世界中にネットワークがあるんだからあながち当たってないとは言えないでしょ?」

「まあそうだな。けど俺の夢はそんなモンじゃねぇんだ」

それなら司の今の夢は一体なんなのか。
そんなもの勿論決まっている。
いとしの牧野つくしと結婚することだ。
高校時代、初めて人に対して使った「愛してる」の言葉。
そして『もう かなった 一番欲しくて手に入らなかったもの』は嘘ではない。
だが実際に手に入れたのかと言えば、中途半端な状態だ。
何しろ未だに結婚には至ってないのだから。それに花開く大輪の決意とまで言われた司の牧野つくしに対する思いは、花で言えば8分咲きといったところで、満開とは言えなかった。

「あ!あった。ここ道明寺のページよ?ホントだ。せかいをせいふくするって書いてある!子供なのにこんなこと書くなんてさすが道明寺!」

と言って笑ったが、司はつくしから文集を取り上げると文字を書き加えた。

『俺の将来の夢は、牧野つくしと結婚すること。
子供を育て幸せな家庭を築くこと。
長生きしてジイさんとバアさんになったら手を繋いで散歩すること。
死んだら生まれ変わってまた牧野つくしと一緒になること』


夢が叶うノートがあるなら、今すぐに買いに走るし、なんとしても手に入れてやるつもりだ。だが、彼女は他力本願は嫌いだ。努力して自分の手で未来を掴み取ることが人間の生き方だと言った。だから司は今でも日々努力している。そして彼女の愛を疑うことはないが、牧野つくしの名前が道明寺つくしに変わるまで気を抜く事はしない。
司は書き終えると真剣な顔でつくしの顔を見た。
そして彼女の両手を取り言った。

「これが俺の夢。俺の人生の中で叶えたい夢。将来の夢じゃなくて出来れば近い夢であって欲しい」

司は黙ったままのつくしに満面の笑みを向けた。

「何してる。さっさと返事をしろ」

つくしは返事の代わりに司の唇にキスをした。
そして「よろしくお願いします」と言った。
だがそれがいつ叶えられるのか。
それは牧野つくし次第だが、司はこんな風にじゃれ合う関係でもいいと思っている。
何しろ牧野つくしと言えば、昔から考え過ぎるほど考える女で、簡単にはイエスとは言わない。だから「よろしくお願いします」の言葉もまたいつものことで、それに対し司は、内心苦笑しながらいつもこう言っていた。

「俺の人生でただひとり。惚れたのはお前だけだ。だからお前のことは間違いなく幸せにしてやるよ」

司はそう言うと、つくしを抱き上げた。
唇を重ね、ゆっくりとなめつくすようなキスをしながら二人を待つ大きなベッドへと向かった。

司はベッドにつくしを横たえると服を脱がせ、自らのシャツのボタンを外し床に脱ぎ捨てた。靴とスラックスを脱ぎ、身に付けているものを全て脱ぐと、つくしの隣に寄り添いブラとパンティを剥ぎ取った。そして司はゆっくりと覆い被さった。

「….道明寺…すき…..」

「分かってる。….俺も好きだ。愛してる」





大人になり愛し合うことが当たり前になった二人には、これ以上ベッドの上での言葉は必要なかった。
その代わり、司の身体をギュッと抱きしめてくれる柔らかな手があれば、それだけでよかった。
そして彼女に愛されることが最高の幸せだと考える男は、将来何があろうとその手を放しはしないと心に固く誓っていた。

そして、司の将来の夢は、いつかきっと叶えられるのだから、まだこうして二人だけの世界を楽しむのも悪くはない。そう思っていた。




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