「道明寺!」
と、気軽に呼ぶが、この名字の偉大さを牧野は分かっているのか訊いてみたい気がする。
つい先日だが某国営放送『人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!』という番組の中で「なぜか憧れる名字ベスト10」のうちの8位にランクインをした「道明寺」という名前。
ちなみに俺の周りの奴らの名字で唯一ランクインしたのは、藤堂静の「藤堂」が道明寺よりひとつ上の7位だが、花沢も西門も美作もその中には入ってなかった。
ま、それだけ俺の名字は憧れの的という訳だが、どうして道明寺が8位に選ばれたか知りたいか?
なら教えてやろう。
それは言葉のリズムがいい。
濁点がつく名前は堂々としている。
良家の名前で金持ちのイメージがあると言われているが、一番の理由は考えれば簡単だろ?
それは誰もが憧れる男の名字だからだ。
何しろ世界で一番いい男と言われる俺。
いいか?口に出してみろ。
道明寺。実にいい響きじゃねぇか。
だからって気安く呼ぶんじゃねぇぞ?
けど会社の名前が道明寺ホールディングスって言うんだから、例え日本に唯一の名前だとしても、この名前は世界的に有名で誇れる名前だ。
そんな大勢の人間が憧れる名字を持つ男が愛する女の名前は牧野つくし。
牧野。
その名前がどこにでもあるありふれた名前だとしても、「つくし」って名前はそうあるもんじゃねぇよな?
でも春らしくていいじゃねぇか。
春になれば道端に芽を出すつくし。
まさに春の雑草として代表的な草。
そして佃煮にして食べれると言うが、まだ食べたことはない。
だがそのうち食べさせられるなら、覚悟は出来ている。
そんな俺の恋人がよりにもよって犬を飼いたいと言ってきた。
それも秋田犬。
なんでも最近あったオリンピックでゴールドメダルを取ったフィギュアスケート選手がその犬をご所望だと来た。
優しさと強さを持つと言われる秋田犬。
犬と比べるのは癪だが、だがそれなら俺で充分なはずだ。
何しろ俺は牧野を溺愛する男だ。
いや。普段ライオンだと言われる俺が犬と同等に扱われることはないが、牧野のためなら犬になるのはやぶさかではない。
それにかつて道明寺、犬みたいと呼ばれた男だ。まさにアイツが呼べばすぐに駆けつけるつもりでいる。だから仲間内では忠犬司と呼ばれているとかいないとか。
いや、今はそんな話しはどうでもいい。
今の俺と牧野は決算で忙しい日々を過ごしデートをする時間がない。
だがせめて桜くらい一緒に見てぇだろ?
牧野との花見。その場所は毎年決まっている。
それは、世田谷の道明寺邸。
そこには大きな桜の木があるが、今年の桜はいつもより随分と早く花を咲かせた。
その下でシェフ特製の花見弁当を食いながら桜を愛でるのが恒例だが、今年はあいつらが押しかけて来るとは思いもしなかった。
「よう司!今日はいい天気でまさに花見日和だな!こんな天気なら野点するのもいいかもな」
「俺、桜の下で弁当喰うっての久々」
「俺は牧野が来るならどこで弁当喰ってもいいけどね?」
そんなことを言う幼馴染み3人。
「本当ですよね?こんなにいい天気にお庭で桜を見ながらお食事が出来るなんて素敵です。でも私の美貌と桜の美しさとを比べれば、私の方が断然綺麗ですけどね?」
「ちょっと桜子!あんた言うわね?桜と自分を比べるなんて、そんなこと出来るのはあんただけよ」
「滋さん。当たり前じゃないですか。私の名前は桜子ですよ?桜の季節に生まれたからこの名前なんです。それに名は体を表すって言うじゃないですか。日本の美を代表する桜の美しさ、しとやかさってまさに私のことですから」
「げ。どこがしとやかなんだか。それより司!あんたんちの桜って本当に凄いよね?」
と、のたまう女たち。
こんな調子で仲間が集まれば、ワインの瓶や熱い酒の入った徳利が回され、花見というよりもただの酒飲みの集まり状態だが、いつも誰かが海外といった状況で、こうやって全員が揃うことは滅多になく、だからこうして集まることは司にとって嬉しいはずだが何故かムカつく。
「類!お前、何こいつの弁当に入れてんだ!」
桜の木の下。
ピクニックシートの上に、類と司はひとりの女性を挟み座っていた。
「うん。だって俺緑の豆嫌いだから。牧野に食べてもらうと思って」
「何だよ!緑の豆ってのは!」
「あ~それうぐいす豆よね??類くん嫌いなんだ」
うぐいす豆とは青えんどうを甘く柔らかく煮た物で、うぐいす色をしているため、そう呼ばれていた。
「うん。そう。俺緑の豆が甘いっての?どうも苦手」
「類。お前フルーツグラタンが好きななら緑の豆が甘くても喰えるだろうが!」
「だめ。どうも視覚と味覚が一致しないっていうの?緑っていったら野菜だろ?それが甘いってのが無理」
そう言った類の箸は器用に豆を摘まみ、隣の女の弁当箱に移していた。
「きゃははは!類くんらしいわよね?で?司も甘い物が苦手だけど、うぐいす豆食べてるんだ。やっぱつくしの教育の賜物ね?好き嫌いしたら嫌われちゃうもんね?」
「うるせぇ。滋。お前ら弁当喰ったらとっとと帰れ!本当なら今日は俺と牧野だけの花見だったんだ!それなのに湧いて来やがって!」
「うわ!湧いて来ただなんて酷い!でも分ってるって。二人とも忙しい中でなかなか会えないんでしょ?だから今日が久々の逢瀬っての?大丈夫、夜には帰るから二人でゆっくり夜桜でも楽しんでよね?」
と、分かった風に笑う女は、筍の木の芽和えを口に運び美味しいといい、若竹とハマグリの葛打ちの椀に手を伸ばす。
「あたりめぇだ!久々の休みだってのにいつまでもこいつにくっついてるんじゃねぇよ!特に類!お前、それ以上豆を移すな!食え!ダメなら滋にやれ!」
司は、そうは言っても、春物のニットのアンサンブルにスカートの女が、久し振りに会う仲間と楽しそうにしている姿を見ることが嬉しかった。
大きな会社の後継者である彼らは、社会に出ればそれぞれに役割といったものがある。それを果たすことは、生まれた時に決められていたことだ。だから誰も抗うことはなかったが、それでも高校時代の彼らはやりたい放題な人間だった。
一晩だけの恋愛。
年上の女との逢瀬。
とても真面目な高校生とは言えなかった彼ら。
そして惰眠を貪ることが最高の幸せという男。
だがそんな仲間も今は大人になり、社会の第一線で活躍していた。
そんな彼らとの久し振りの集まりは、誰に気兼ねすることなく、言いたいことを言って時間が過ぎていく。
そして弁当も食べ終わり、デザートの菓子までたどり着いたとき、ほうじ茶と一緒に出されたのは桜餅。
つまりそれは別名道明寺。
それは憧れの名字。
司は思った。
日本人の憧れの名字の道明寺が食い物と同列に扱われるってのもどうかと思うが、関西ではその呼び名が使われてるって言うんだから仕方ねぇと。
だが司は甘い物が苦手だ。
だが司の恋人は甘いものが大好きな女だ。
何しろ高校時代団子屋でアルバイトをしていただけに、洋菓子もだが和菓子にも目がない。
だから隣に座る女にやるつもりだが、彼女の向うに座る類は、そんな司に冷たい視線を向けた。
「司。俺に甘い豆を自分で食えって言ったよね?その桜餅だけど、当然食べるよね?牧野。司の桜餅。受け取ったらダメだからね?俺に緑の甘い豆食べろって言うんだ。当然自分が嫌いな物を食べて見本を見せるのが大人のやり方だよね?」
と言った類は、このピンクの餅って道明寺って言うんだよね?牧野。これ食べるとき司を食べてるって想像しちゃわない?と確かめるように訊いたがそれにいち早く反応したのが滋だ。
「やだ類くん!つくしがこれ食べるとき、『道明寺って美味しそう!頂きます!』って食べちゃうってこと?やだ~なんかイヤラシイ!でも司のってピンク色?」
「滋!お前帰れ!」
「きゃー冗談だから!それにさ。あたし自分の裸は見せたけど、司の裸は見たことないから知らないの!ゴメンねつくし分ってあげられなくて!」
仲間が集まってのこうしたやりとりの最後には、決まってつくしが真っ赤になるのだが、それも今更で、誰もがいつまでたってもどこか少女のような女と大財閥の後継者との関係を微笑ましく見つめていた。
「ねえ。今日は皆でお花見出来て楽しかったよね?ホント、何年振り?それにしても類がうぐいす豆が嫌いだなんて知らなかった」
「お前な。類のことより俺の桜餅のことを心配しろ」
司は類にうぐいす豆を食えと言った手前、何故か類から桜餅を食べろと言われ食べた。
食べたというよりも、丸呑みしたといった感が大きく、その後ほうじ茶をがぶ飲みしたが、喉の奥にどうも餡の味がして仕方がない。だから今はシャンパンを片手に桜を見ていた。
今二人がいるのは、道明寺邸の一角に造られた離れ。
高級旅館にも負けない贅沢な造りの和室。
そこから見える庭には、大きな枝垂れ桜が見事な花を咲かせていた。
そしてその桜の向うに、椿と水仙が同時に花を咲かせていた。
つまり、桜色と赤色と黄色がいっぺんに花を咲かせているが、すでに暗闇となり、色は見えなかった。それでもまだ明るいうちは春が一度に来たように思え、賑やかで楽しい庭があった。
「なあつくし。あいつら突然押しかけて来たが、今日は楽しかったか?」
「うん。楽しかったよ?皆に会えたのも久し振りだしね。なんだかリフレッシュ出来た」
「そうか」
と言って笑ったが、司は自分の類に対する嫉妬心があまりに幼いことに苦笑した。
勿論、類が言うことは全て冗談だと分かっているが、人を愛してしまうと、ほんの些細なことさえ気になるのだから恋するという心は、不可解だとしか言いようがない。
そしてどうして彼女を好きになったのか理由を言えと問われても、それは天から恋の矢が放たれたとしか言いようがない。
「綺麗だよね?こうして今年も二人で桜を見ることが出来て良かったね?」
庭園灯に明かりが灯り、漆黒の闇をバックに浮かび上がる枝垂れ桜は、二人だけの桜として誰にも邪魔されず二人で見ることにしていたが、今年の桜はいつも以上に美しいと感じた。
ものには、始まりと終わりがあるように、花にも命がある。
だが花は散れど、樹齢1000年を超える桜もあるという。
二人だけの桜はそんな木と比べればまだ若い木だが、二人が成長すればこの木も大きくなる。
司は暫く窓の外に見える桜を見上げていたが、シャンパングラスを置くと、バスローブを着た女を抱上げた。
「つくし。桜もいいが、俺はもう一度お前が欲しい」
二人は、仲間が帰ったあと離れに移り抱き合った。
年度末となり休日でさえ仕事をしなければならない日が続いていた。
だから今日の日曜は、二人にとって貴重な休日。司は無理やり休んだに近いが、二人で桜を見るチャンスはこの日しかなかった。そんな二人は桜が間近に見えるこの離れがお気に入りだ。
司は自分と同じシャンパンの味がする唇に口づけをした。
そして彼の胸に顔を埋めた女をぎゅっと抱きしめた。
「いいよな?」
と言って。
それにうん。と小さく頷く女がいた。

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*NHK総合『人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!』3月1日放送分にて、なぜか憧れてしまう名字第8位として「道明寺」が取り上げられました。ちなみに第1位は「西園寺」さんでした。
と、気軽に呼ぶが、この名字の偉大さを牧野は分かっているのか訊いてみたい気がする。
つい先日だが某国営放送『人名探究バラエティー 日本人のおなまえっ!』という番組の中で「なぜか憧れる名字ベスト10」のうちの8位にランクインをした「道明寺」という名前。
ちなみに俺の周りの奴らの名字で唯一ランクインしたのは、藤堂静の「藤堂」が道明寺よりひとつ上の7位だが、花沢も西門も美作もその中には入ってなかった。
ま、それだけ俺の名字は憧れの的という訳だが、どうして道明寺が8位に選ばれたか知りたいか?
なら教えてやろう。
それは言葉のリズムがいい。
濁点がつく名前は堂々としている。
良家の名前で金持ちのイメージがあると言われているが、一番の理由は考えれば簡単だろ?
それは誰もが憧れる男の名字だからだ。
何しろ世界で一番いい男と言われる俺。
いいか?口に出してみろ。
道明寺。実にいい響きじゃねぇか。
だからって気安く呼ぶんじゃねぇぞ?
けど会社の名前が道明寺ホールディングスって言うんだから、例え日本に唯一の名前だとしても、この名前は世界的に有名で誇れる名前だ。
そんな大勢の人間が憧れる名字を持つ男が愛する女の名前は牧野つくし。
牧野。
その名前がどこにでもあるありふれた名前だとしても、「つくし」って名前はそうあるもんじゃねぇよな?
でも春らしくていいじゃねぇか。
春になれば道端に芽を出すつくし。
まさに春の雑草として代表的な草。
そして佃煮にして食べれると言うが、まだ食べたことはない。
だがそのうち食べさせられるなら、覚悟は出来ている。
そんな俺の恋人がよりにもよって犬を飼いたいと言ってきた。
それも秋田犬。
なんでも最近あったオリンピックでゴールドメダルを取ったフィギュアスケート選手がその犬をご所望だと来た。
優しさと強さを持つと言われる秋田犬。
犬と比べるのは癪だが、だがそれなら俺で充分なはずだ。
何しろ俺は牧野を溺愛する男だ。
いや。普段ライオンだと言われる俺が犬と同等に扱われることはないが、牧野のためなら犬になるのはやぶさかではない。
それにかつて道明寺、犬みたいと呼ばれた男だ。まさにアイツが呼べばすぐに駆けつけるつもりでいる。だから仲間内では忠犬司と呼ばれているとかいないとか。
いや、今はそんな話しはどうでもいい。
今の俺と牧野は決算で忙しい日々を過ごしデートをする時間がない。
だがせめて桜くらい一緒に見てぇだろ?
牧野との花見。その場所は毎年決まっている。
それは、世田谷の道明寺邸。
そこには大きな桜の木があるが、今年の桜はいつもより随分と早く花を咲かせた。
その下でシェフ特製の花見弁当を食いながら桜を愛でるのが恒例だが、今年はあいつらが押しかけて来るとは思いもしなかった。
「よう司!今日はいい天気でまさに花見日和だな!こんな天気なら野点するのもいいかもな」
「俺、桜の下で弁当喰うっての久々」
「俺は牧野が来るならどこで弁当喰ってもいいけどね?」
そんなことを言う幼馴染み3人。
「本当ですよね?こんなにいい天気にお庭で桜を見ながらお食事が出来るなんて素敵です。でも私の美貌と桜の美しさとを比べれば、私の方が断然綺麗ですけどね?」
「ちょっと桜子!あんた言うわね?桜と自分を比べるなんて、そんなこと出来るのはあんただけよ」
「滋さん。当たり前じゃないですか。私の名前は桜子ですよ?桜の季節に生まれたからこの名前なんです。それに名は体を表すって言うじゃないですか。日本の美を代表する桜の美しさ、しとやかさってまさに私のことですから」
「げ。どこがしとやかなんだか。それより司!あんたんちの桜って本当に凄いよね?」
と、のたまう女たち。
こんな調子で仲間が集まれば、ワインの瓶や熱い酒の入った徳利が回され、花見というよりもただの酒飲みの集まり状態だが、いつも誰かが海外といった状況で、こうやって全員が揃うことは滅多になく、だからこうして集まることは司にとって嬉しいはずだが何故かムカつく。
「類!お前、何こいつの弁当に入れてんだ!」
桜の木の下。
ピクニックシートの上に、類と司はひとりの女性を挟み座っていた。
「うん。だって俺緑の豆嫌いだから。牧野に食べてもらうと思って」
「何だよ!緑の豆ってのは!」
「あ~それうぐいす豆よね??類くん嫌いなんだ」
うぐいす豆とは青えんどうを甘く柔らかく煮た物で、うぐいす色をしているため、そう呼ばれていた。
「うん。そう。俺緑の豆が甘いっての?どうも苦手」
「類。お前フルーツグラタンが好きななら緑の豆が甘くても喰えるだろうが!」
「だめ。どうも視覚と味覚が一致しないっていうの?緑っていったら野菜だろ?それが甘いってのが無理」
そう言った類の箸は器用に豆を摘まみ、隣の女の弁当箱に移していた。
「きゃははは!類くんらしいわよね?で?司も甘い物が苦手だけど、うぐいす豆食べてるんだ。やっぱつくしの教育の賜物ね?好き嫌いしたら嫌われちゃうもんね?」
「うるせぇ。滋。お前ら弁当喰ったらとっとと帰れ!本当なら今日は俺と牧野だけの花見だったんだ!それなのに湧いて来やがって!」
「うわ!湧いて来ただなんて酷い!でも分ってるって。二人とも忙しい中でなかなか会えないんでしょ?だから今日が久々の逢瀬っての?大丈夫、夜には帰るから二人でゆっくり夜桜でも楽しんでよね?」
と、分かった風に笑う女は、筍の木の芽和えを口に運び美味しいといい、若竹とハマグリの葛打ちの椀に手を伸ばす。
「あたりめぇだ!久々の休みだってのにいつまでもこいつにくっついてるんじゃねぇよ!特に類!お前、それ以上豆を移すな!食え!ダメなら滋にやれ!」
司は、そうは言っても、春物のニットのアンサンブルにスカートの女が、久し振りに会う仲間と楽しそうにしている姿を見ることが嬉しかった。
大きな会社の後継者である彼らは、社会に出ればそれぞれに役割といったものがある。それを果たすことは、生まれた時に決められていたことだ。だから誰も抗うことはなかったが、それでも高校時代の彼らはやりたい放題な人間だった。
一晩だけの恋愛。
年上の女との逢瀬。
とても真面目な高校生とは言えなかった彼ら。
そして惰眠を貪ることが最高の幸せという男。
だがそんな仲間も今は大人になり、社会の第一線で活躍していた。
そんな彼らとの久し振りの集まりは、誰に気兼ねすることなく、言いたいことを言って時間が過ぎていく。
そして弁当も食べ終わり、デザートの菓子までたどり着いたとき、ほうじ茶と一緒に出されたのは桜餅。
つまりそれは別名道明寺。
それは憧れの名字。
司は思った。
日本人の憧れの名字の道明寺が食い物と同列に扱われるってのもどうかと思うが、関西ではその呼び名が使われてるって言うんだから仕方ねぇと。
だが司は甘い物が苦手だ。
だが司の恋人は甘いものが大好きな女だ。
何しろ高校時代団子屋でアルバイトをしていただけに、洋菓子もだが和菓子にも目がない。
だから隣に座る女にやるつもりだが、彼女の向うに座る類は、そんな司に冷たい視線を向けた。
「司。俺に甘い豆を自分で食えって言ったよね?その桜餅だけど、当然食べるよね?牧野。司の桜餅。受け取ったらダメだからね?俺に緑の甘い豆食べろって言うんだ。当然自分が嫌いな物を食べて見本を見せるのが大人のやり方だよね?」
と言った類は、このピンクの餅って道明寺って言うんだよね?牧野。これ食べるとき司を食べてるって想像しちゃわない?と確かめるように訊いたがそれにいち早く反応したのが滋だ。
「やだ類くん!つくしがこれ食べるとき、『道明寺って美味しそう!頂きます!』って食べちゃうってこと?やだ~なんかイヤラシイ!でも司のってピンク色?」
「滋!お前帰れ!」
「きゃー冗談だから!それにさ。あたし自分の裸は見せたけど、司の裸は見たことないから知らないの!ゴメンねつくし分ってあげられなくて!」
仲間が集まってのこうしたやりとりの最後には、決まってつくしが真っ赤になるのだが、それも今更で、誰もがいつまでたってもどこか少女のような女と大財閥の後継者との関係を微笑ましく見つめていた。
「ねえ。今日は皆でお花見出来て楽しかったよね?ホント、何年振り?それにしても類がうぐいす豆が嫌いだなんて知らなかった」
「お前な。類のことより俺の桜餅のことを心配しろ」
司は類にうぐいす豆を食えと言った手前、何故か類から桜餅を食べろと言われ食べた。
食べたというよりも、丸呑みしたといった感が大きく、その後ほうじ茶をがぶ飲みしたが、喉の奥にどうも餡の味がして仕方がない。だから今はシャンパンを片手に桜を見ていた。
今二人がいるのは、道明寺邸の一角に造られた離れ。
高級旅館にも負けない贅沢な造りの和室。
そこから見える庭には、大きな枝垂れ桜が見事な花を咲かせていた。
そしてその桜の向うに、椿と水仙が同時に花を咲かせていた。
つまり、桜色と赤色と黄色がいっぺんに花を咲かせているが、すでに暗闇となり、色は見えなかった。それでもまだ明るいうちは春が一度に来たように思え、賑やかで楽しい庭があった。
「なあつくし。あいつら突然押しかけて来たが、今日は楽しかったか?」
「うん。楽しかったよ?皆に会えたのも久し振りだしね。なんだかリフレッシュ出来た」
「そうか」
と言って笑ったが、司は自分の類に対する嫉妬心があまりに幼いことに苦笑した。
勿論、類が言うことは全て冗談だと分かっているが、人を愛してしまうと、ほんの些細なことさえ気になるのだから恋するという心は、不可解だとしか言いようがない。
そしてどうして彼女を好きになったのか理由を言えと問われても、それは天から恋の矢が放たれたとしか言いようがない。
「綺麗だよね?こうして今年も二人で桜を見ることが出来て良かったね?」
庭園灯に明かりが灯り、漆黒の闇をバックに浮かび上がる枝垂れ桜は、二人だけの桜として誰にも邪魔されず二人で見ることにしていたが、今年の桜はいつも以上に美しいと感じた。
ものには、始まりと終わりがあるように、花にも命がある。
だが花は散れど、樹齢1000年を超える桜もあるという。
二人だけの桜はそんな木と比べればまだ若い木だが、二人が成長すればこの木も大きくなる。
司は暫く窓の外に見える桜を見上げていたが、シャンパングラスを置くと、バスローブを着た女を抱上げた。
「つくし。桜もいいが、俺はもう一度お前が欲しい」
二人は、仲間が帰ったあと離れに移り抱き合った。
年度末となり休日でさえ仕事をしなければならない日が続いていた。
だから今日の日曜は、二人にとって貴重な休日。司は無理やり休んだに近いが、二人で桜を見るチャンスはこの日しかなかった。そんな二人は桜が間近に見えるこの離れがお気に入りだ。
司は自分と同じシャンパンの味がする唇に口づけをした。
そして彼の胸に顔を埋めた女をぎゅっと抱きしめた。
「いいよな?」
と言って。
それにうん。と小さく頷く女がいた。

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