こちらのお話は『いつか晴れた日に』の道明寺ファミリーのお話です。
登場人物は『いつか晴れた日に 番外編2』に登場した子供たちと両親。
司の誕生日のひとコマです。
**********************************
「おい。父さんの誕生日だけど、プレゼント何にする?」
「・・そうだな。毎年のことだけど、父さんは何でも持ってるから困るんだよな」
「じゃあパパは何が一番喜ぶの?」
「そりゃあ母さんからのキスだろ?でもそれは母さんからのプレゼントであって俺たちからのプレゼントじゃないからな・・」
「だよな・・。でもさ、あの父さんが未だに母さんからのキスを強請るって、子供の俺の目から見ても異様だぞ?いいか。冷静に考えてみろ?クールで苦み走ったいい男と言われるあの道明寺司が、母さんの前ではデレデレだ。あんな顔世間に見せたらこの先の日本経済が危ぶまれるって言われるのは確実だ」
「それマジ?」
「・・・ああ。多分な・・・」
道明寺家には4人の子供がいる。
1番目の男の子は航(こう)と言い、男の子という呼び方をするには無理がある30代後半。
彼は道明寺HD、NY本社で副社長として働いている。
そして随分と年が離れてはいるが2番目の男の子の圭は大学3年生。
その下の蓮は高校3年生。
そして4人の子供たちの末っ子は、子供たちの中で唯一の女の子で高校1年の彩。
その4人の子供たちのうち、世田谷の邸の一室で頭を寄せ話しているのは、航を除く三人の兄妹たちだ。
航は年が離れていることもあるが、NYで生活していることもあり、彼らが頭を寄せ合う場所にいることはない。それに彼らが幼かった頃からすでにNYで暮らしていることもあり、兄というよりも叔父さんに近い存在だ。
そしてそんな航はまるで判を押したか、同じ鋳型から作られたとでも言うように父親とよく似ているが、2番目の圭も3番目の蓮も何故か皆父親によく似ていて、両親のどちらの遺伝子が強いのかを如実に表していた。
だが末の娘だけは、母親の特徴を受け継いでいるのは間違いなく、黒い大きな瞳と真っ直ぐな黒い髪は父親にとっては若い頃の妻の姿を見ているようで、懐かしさと娘愛おしさで目に入れても痛くないほどの可愛がりようだ。
つまり、娘に対しては過保護な父親ということだ。
そして、娘が産まれた時、絶対に嫁にはやらねぇと言い切った父親だった。
だが何故航と他の弟妹との間にそんなにも年の開きがあるのか。
それは、彼らの両親の間に起こった物語があるからだ。
彼らの両親がまだ高校生だった頃。母親は父親に自分のことを忘れ去られた事があった。
その年月は実に17年にも及び、その間、母親は身ごもっていた長男の航をひとりで産み育てた経緯がある。そして父親である男が彼女のことを思い出したとき、再び二人の恋は始まった。やがて結婚した二人の間には、ふたりの男の子とひとりの女の子が誕生した。
そして、二人の間に生まれた子供たちは、子供にはめっぽう甘い父親と、躾には厳しい母親に見守られすくすくと成長していた。
そんな彼らが毎年悩むのは、父親の誕生日のプレゼントだ。
何故なら父親である道明寺司は、この世の中で手に入らないものは無いと言われるほどの金持ちだからだ。
だがその言葉にいつも反論するのは母親だ。
『世の中にはお金では買えないものがあるのよ』
いつも子供たちにそういって教育をしてきた彼女は、貧しいと言われる家庭で育ったが、お金に大きな価値を置く人間ではなかった。
貧しければ貧しいなりに工夫をすることを学び、生活の知恵といったものを身に付けると言われ、彼らに与えられる小遣いは大財閥の子どもたちにしては少額であり、その中でやり繰りすることを学ばされた。
だがかつて父親は、金で母親の気を引こうとしたことがあったという。
しかしそんな父親に振り向きもしなかった母親は、それから自分を追いかけ回す父親から逃げ回っていたとういうのだから、何故そんな母親が自分達の父親と結婚したのかが未だに疑問として子供たちの頭の中にある。
それでも、今の父親と母親の姿を見れば、そんな話は嘘ではないかというほど仲が良い。
たとえば、父親が母親に向かって何か言っている姿を目撃する。
多分それは、子供たちに小遣いとして毎月決まった金額しか渡さないと決めていたはずだが、夫がその決まりを破ったことが発覚し、妻に咎められた時だ。
すると父親は、自分に都合のいい理由を並べるが、母親の眉間には皺が寄る。
そして父親は、そんな細かいことを言うなと不機嫌になる。
その態度に母親はすっと席を立って部屋から出て行く。そして暫く経っても母親が部屋に戻ってこなければ父親は探しに行くのだが、広い邸の中を探し回り名前を呼び、見つけると拘束し、俺の相手をしろ、傍にいろといった態度を取るのだが、そんな夫に妻である母親は呆れてはいるが、それでも夫の我儘にも付き合うのだから、夫婦のことは夫婦でなければ分からない、という世間の言葉は本当なのだと兄妹たちはいつも思っていた。
そして結論としていつも思うのは、自分達の父親と母親は仲が良いということだ。
そんな父親の誕生日が間もなく来る。
1月31日は、道明寺財閥当主であり道明寺HD社長である道明寺司の54歳の誕生日。
欲しいものは何でも手に入れることが出来る男の誕生日に今年は一体何をプレゼントすればいいのか。
三人の子供たちは考えたが思い浮かばず、NYにいる一番上の年の離れた兄に相談することにした。

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「おい。父さんの誕生日だけど、プレゼント何にする?」
「・・そうだな。毎年のことだけど、父さんは何でも持ってるから困るんだよな」
「じゃあパパは何が一番喜ぶの?」
「そりゃあ母さんからのキスだろ?でもそれは母さんからのプレゼントであって俺たちからのプレゼントじゃないからな・・」
「だよな・・。でもさ、あの父さんが未だに母さんからのキスを強請るって、子供の俺の目から見ても異様だぞ?いいか。冷静に考えてみろ?クールで苦み走ったいい男と言われるあの道明寺司が、母さんの前ではデレデレだ。あんな顔世間に見せたらこの先の日本経済が危ぶまれるって言われるのは確実だ」
「それマジ?」
「・・・ああ。多分な・・・」
道明寺家には4人の子供がいる。
1番目の男の子は航(こう)と言い、男の子という呼び方をするには無理がある30代後半。
彼は道明寺HD、NY本社で副社長として働いている。
そして随分と年が離れてはいるが2番目の男の子の圭は大学3年生。
その下の蓮は高校3年生。
そして4人の子供たちの末っ子は、子供たちの中で唯一の女の子で高校1年の彩。
その4人の子供たちのうち、世田谷の邸の一室で頭を寄せ話しているのは、航を除く三人の兄妹たちだ。
航は年が離れていることもあるが、NYで生活していることもあり、彼らが頭を寄せ合う場所にいることはない。それに彼らが幼かった頃からすでにNYで暮らしていることもあり、兄というよりも叔父さんに近い存在だ。
そしてそんな航はまるで判を押したか、同じ鋳型から作られたとでも言うように父親とよく似ているが、2番目の圭も3番目の蓮も何故か皆父親によく似ていて、両親のどちらの遺伝子が強いのかを如実に表していた。
だが末の娘だけは、母親の特徴を受け継いでいるのは間違いなく、黒い大きな瞳と真っ直ぐな黒い髪は父親にとっては若い頃の妻の姿を見ているようで、懐かしさと娘愛おしさで目に入れても痛くないほどの可愛がりようだ。
つまり、娘に対しては過保護な父親ということだ。
そして、娘が産まれた時、絶対に嫁にはやらねぇと言い切った父親だった。
だが何故航と他の弟妹との間にそんなにも年の開きがあるのか。
それは、彼らの両親の間に起こった物語があるからだ。
彼らの両親がまだ高校生だった頃。母親は父親に自分のことを忘れ去られた事があった。
その年月は実に17年にも及び、その間、母親は身ごもっていた長男の航をひとりで産み育てた経緯がある。そして父親である男が彼女のことを思い出したとき、再び二人の恋は始まった。やがて結婚した二人の間には、ふたりの男の子とひとりの女の子が誕生した。
そして、二人の間に生まれた子供たちは、子供にはめっぽう甘い父親と、躾には厳しい母親に見守られすくすくと成長していた。
そんな彼らが毎年悩むのは、父親の誕生日のプレゼントだ。
何故なら父親である道明寺司は、この世の中で手に入らないものは無いと言われるほどの金持ちだからだ。
だがその言葉にいつも反論するのは母親だ。
『世の中にはお金では買えないものがあるのよ』
いつも子供たちにそういって教育をしてきた彼女は、貧しいと言われる家庭で育ったが、お金に大きな価値を置く人間ではなかった。
貧しければ貧しいなりに工夫をすることを学び、生活の知恵といったものを身に付けると言われ、彼らに与えられる小遣いは大財閥の子どもたちにしては少額であり、その中でやり繰りすることを学ばされた。
だがかつて父親は、金で母親の気を引こうとしたことがあったという。
しかしそんな父親に振り向きもしなかった母親は、それから自分を追いかけ回す父親から逃げ回っていたとういうのだから、何故そんな母親が自分達の父親と結婚したのかが未だに疑問として子供たちの頭の中にある。
それでも、今の父親と母親の姿を見れば、そんな話は嘘ではないかというほど仲が良い。
たとえば、父親が母親に向かって何か言っている姿を目撃する。
多分それは、子供たちに小遣いとして毎月決まった金額しか渡さないと決めていたはずだが、夫がその決まりを破ったことが発覚し、妻に咎められた時だ。
すると父親は、自分に都合のいい理由を並べるが、母親の眉間には皺が寄る。
そして父親は、そんな細かいことを言うなと不機嫌になる。
その態度に母親はすっと席を立って部屋から出て行く。そして暫く経っても母親が部屋に戻ってこなければ父親は探しに行くのだが、広い邸の中を探し回り名前を呼び、見つけると拘束し、俺の相手をしろ、傍にいろといった態度を取るのだが、そんな夫に妻である母親は呆れてはいるが、それでも夫の我儘にも付き合うのだから、夫婦のことは夫婦でなければ分からない、という世間の言葉は本当なのだと兄妹たちはいつも思っていた。
そして結論としていつも思うのは、自分達の父親と母親は仲が良いということだ。
そんな父親の誕生日が間もなく来る。
1月31日は、道明寺財閥当主であり道明寺HD社長である道明寺司の54歳の誕生日。
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『美味しいを分け合いたい。お袋ならそう言うだろうな。あの人は食べものを美味しく食べることが出来ればそれでいい人だから。けど、親父は食べ物に対してお袋とは比べものにならないほど興味がない。それに親父の場合食事は生きる為に仕方なく食べてる人だから自分の妻が作る料理以外はどうでもいい。世間でどんなに美味いと言われている食べ物にも興味は示さない。だから食べ物は止めたほうがいい。
それにその日のお袋は親父の好きな卵焼きとか、えのきのベーコン巻きだとかを作るに決まってる。だからお前たちは食べ物以外の何か別のものを考えた方がいいぞ?』
NYの航はそう言って一番上の弟である圭からの電話に応えた。
「・・・じゃあ何にしたらいいんだよ。毎年考えるともう思いつかなくなるんだよ。ネタ切れだよ。兄さん何かアイデアくれよ?」
『そうだな・・・。親父の喜びそうなものか・・。だけど俺は親父と暮らした時間は短いからな。正直親父が何を喜ぶかってことは分からないんだ』
航は高校生になってから自分の父親が道明寺司だと知り、それから世田谷の邸で暮らしたが、その期間は短く高校を卒業すると大学はNY。そして卒業後は道明寺NY本社の仕事を始めたこともあり、父親と暮らしたのは2年間。だから父親の細かい好みは知らなかった。
『まあ、間違いなく言えるのは、親父が喜ぶっていったらお袋絡みのこと以外ないからな。お袋が喜べば自分も嬉しい。それが親父だ。親父の幸せの基準はお袋だからお袋が幸せならそれでいいって人だ』
圭は航の話に頷いた。
彼が知る家での道明寺司は、書斎で仕事をする時以外、いつも母親の姿を目で追っているからだ。
そして偉そうに何か言うが、後でこっそりそのことの言い訳をしていることも知っている。
そして圭が今よりも幼かった頃こんな話があった。
母親が銀座のデパートのバーゲンセールに行くと言えば、反対した父親。
だが顔を曇らせた母親を見た父親は態度を変え、お前がどうしても行きたいならと言い、それから俺も一緒に行くと言った。
だがあの道明寺司がリムジンにボディガードを引き連れて行くものだから、デパート側は厳戒態勢を取らざるを得なくなり、客は入口で入店を規制される状態が発生。
そんな店内は、客がおらずガラガラで開店休業状態。
そしてそんな状況に、
「これじゃあ人混みに揉まれて掘り出し物を探す楽しみがない」
と言った母親。
「それならデパートごと買ってやる。そこで掘り出しものを探せばいい。ただし人混みは駄目だ。女はいいが男がお前の身体に触れるかもしれねぇから」
と言う父親。
そして呆れる母親という構図があった。
圭はそんな会話をする中年夫婦を見ながら成長した。
つまり圭たちの父親は誰よりも何よりも妻が大切。
そしてつまりそれは、妻は子供たちよりも上の存在。
だから父親が母親のことを愛し過ぎておかしくなったのかと思ったことがあった。
それはある日父親が呟いた言葉だ。
「俺は妖精に見放された・・」
小さなその呟きに一体父親に何が起きたのかと思ったが、丁度その日母親は、亡くなった父方の祖父の法事で北陸へ泊りで行っていた。そんな状況の中、まさか父親の口から妖精というまったく似つかわしくない言葉が出るとは思いもしなかったが、寂しそうな背中に妖精は母親のことであり、聞き間違いではなかったのだと確信した。なぜなら、翌日、妖精に見放されたと言った父親は、母親が戻って来た途端、暗い淵の底から這い上がってきたターミネーターのような不死身の男になっていたからだ。
その瞬間、父親にとって母親はかわいい妖精で、父親は自分だけの妖精を守る不死身の男だったのだと確信した。
だがだからこそ、航の言った親父はお袋が幸せならそれが幸せ、という言葉が信じられるのだが、今では人工衛星すら持つ父親。もしかすると空の上から母親を見ているかもしれない。
いや。かもではない。
断定していいはずだ。
絶対にやっているはずだ。
確実にやっているはずだ。
何しろ自分達の父親は、あの道明寺司なのだから。
だからこそ、そんな父親の誕生日に何をプレゼントすれば喜ばれるのか悩んだ。
だが圭はようやく考えが纏まった。
そしてこれなら父親が喜んでくれることは間違いないという自信を持ち、弟と妹を部屋に呼んだ。
「ねえ。圭お兄ちゃん。それでパパの誕生日のプレゼント、決まったの?」
「ああ。決まった。けどそのプレゼントは彩の協力が必要だ。それに蓮も」
「俺も?」
「ああ。これは俺たち三人で父さんに贈るプレゼントだ。だから当然三人が力を合わせる必要がある。それにこれは今の俺たちじゃなきゃ出来ない贈り物だ」
圭はそう言って弟と妹と頭を寄せ合った。

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それにその日のお袋は親父の好きな卵焼きとか、えのきのベーコン巻きだとかを作るに決まってる。だからお前たちは食べ物以外の何か別のものを考えた方がいいぞ?』
NYの航はそう言って一番上の弟である圭からの電話に応えた。
「・・・じゃあ何にしたらいいんだよ。毎年考えるともう思いつかなくなるんだよ。ネタ切れだよ。兄さん何かアイデアくれよ?」
『そうだな・・・。親父の喜びそうなものか・・。だけど俺は親父と暮らした時間は短いからな。正直親父が何を喜ぶかってことは分からないんだ』
航は高校生になってから自分の父親が道明寺司だと知り、それから世田谷の邸で暮らしたが、その期間は短く高校を卒業すると大学はNY。そして卒業後は道明寺NY本社の仕事を始めたこともあり、父親と暮らしたのは2年間。だから父親の細かい好みは知らなかった。
『まあ、間違いなく言えるのは、親父が喜ぶっていったらお袋絡みのこと以外ないからな。お袋が喜べば自分も嬉しい。それが親父だ。親父の幸せの基準はお袋だからお袋が幸せならそれでいいって人だ』
圭は航の話に頷いた。
彼が知る家での道明寺司は、書斎で仕事をする時以外、いつも母親の姿を目で追っているからだ。
そして偉そうに何か言うが、後でこっそりそのことの言い訳をしていることも知っている。
そして圭が今よりも幼かった頃こんな話があった。
母親が銀座のデパートのバーゲンセールに行くと言えば、反対した父親。
だが顔を曇らせた母親を見た父親は態度を変え、お前がどうしても行きたいならと言い、それから俺も一緒に行くと言った。
だがあの道明寺司がリムジンにボディガードを引き連れて行くものだから、デパート側は厳戒態勢を取らざるを得なくなり、客は入口で入店を規制される状態が発生。
そんな店内は、客がおらずガラガラで開店休業状態。
そしてそんな状況に、
「これじゃあ人混みに揉まれて掘り出し物を探す楽しみがない」
と言った母親。
「それならデパートごと買ってやる。そこで掘り出しものを探せばいい。ただし人混みは駄目だ。女はいいが男がお前の身体に触れるかもしれねぇから」
と言う父親。
そして呆れる母親という構図があった。
圭はそんな会話をする中年夫婦を見ながら成長した。
つまり圭たちの父親は誰よりも何よりも妻が大切。
そしてつまりそれは、妻は子供たちよりも上の存在。
だから父親が母親のことを愛し過ぎておかしくなったのかと思ったことがあった。
それはある日父親が呟いた言葉だ。
「俺は妖精に見放された・・」
小さなその呟きに一体父親に何が起きたのかと思ったが、丁度その日母親は、亡くなった父方の祖父の法事で北陸へ泊りで行っていた。そんな状況の中、まさか父親の口から妖精というまったく似つかわしくない言葉が出るとは思いもしなかったが、寂しそうな背中に妖精は母親のことであり、聞き間違いではなかったのだと確信した。なぜなら、翌日、妖精に見放されたと言った父親は、母親が戻って来た途端、暗い淵の底から這い上がってきたターミネーターのような不死身の男になっていたからだ。
その瞬間、父親にとって母親はかわいい妖精で、父親は自分だけの妖精を守る不死身の男だったのだと確信した。
だがだからこそ、航の言った親父はお袋が幸せならそれが幸せ、という言葉が信じられるのだが、今では人工衛星すら持つ父親。もしかすると空の上から母親を見ているかもしれない。
いや。かもではない。
断定していいはずだ。
絶対にやっているはずだ。
確実にやっているはずだ。
何しろ自分達の父親は、あの道明寺司なのだから。
だからこそ、そんな父親の誕生日に何をプレゼントすれば喜ばれるのか悩んだ。
だが圭はようやく考えが纏まった。
そしてこれなら父親が喜んでくれることは間違いないという自信を持ち、弟と妹を部屋に呼んだ。
「ねえ。圭お兄ちゃん。それでパパの誕生日のプレゼント、決まったの?」
「ああ。決まった。けどそのプレゼントは彩の協力が必要だ。それに蓮も」
「俺も?」
「ああ。これは俺たち三人で父さんに贈るプレゼントだ。だから当然三人が力を合わせる必要がある。それにこれは今の俺たちじゃなきゃ出来ない贈り物だ」
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「パパ!お誕生日おめでとう!」
「ああ。ありがとう彩。パパはお前がパパの誕生日を祝ってくれるのが一番嬉しいぞ」
司の顔に自然に笑みが浮かぶのは、家族の前だけだと言われ、特に子供たちの中で唯一の女の子である彩の前ではデレデレになる男は、手にしたワイングラスを目の高さに上げた。
そして家族だけで祝う誕生日の夕食のテーブルには、妻が腕に撚りをかけて作った料理が並んでいた。
それは、誕生日は定番となった赤飯から始まり、おろし大根とシソが乗った和風ハンバーグ。イワシのつみれ汁。肉じゃが。蓮根のはさみ揚げ。えのきのベーコン巻き。きんぴらごぼう。豚肉と小松菜の炒め物。卵焼き。そして甘さ控えめの紅茶のシフォンケーキが焼かれていた。
それらは、どれもごく普通の家庭料理。
だがそれこそが司にとっては食べたい料理だ。
特に外食が何日も続いた後で口にする卵焼きは、出汁と卵の分量が絶妙で、それが司にとっての「家庭の味」の原点と言える味となっていた。
そして高校時代、妻が作ってくれた弁当は、司にとっては見たこともない衝撃的なものばかりが入れられ「これ。食べれるのか?」と訊いたことがあった。
中でも特に衝撃的だったのは、イソギンチャクと呼んだえのきのベーコン巻き。
それはとても人間が食べるものとは思えなかった。だが彼女が作った弁当の味は、それから彼の味覚の中では別格となった。
だが子供たちはいつも思う。
毎日でもいいからお前の作った卵焼きが食べたいという父親は、よく飽きないものだと。
そして母親は、コレステロールの摂り過ぎになるのではと心配していた。
なにしろ両親は、そういったことを気にしなければならない年齢なのだから。
「ねえパパ。パパに誕生日のプレゼントがあるの。受け取ってくれる?」
食事が落ち着いた頃、彩は父親に言った。
「ああ、勿論だ。彩からのプレゼントは毎年楽しみだからな。それで今年は何を作ってくれたんだ?」
彩は去年まで中学生だったこともあり、小遣いは少なく、彼女の中ではパパへのプレゼントは手作りが定番だった。
そして「初恋はお父さん」と言った娘から毎年贈られるプレゼントを大切にしていた。
幼い頃はクレヨンで書かれたパパの似顔絵が定番。
それが毎年贈られ上達していく様子が嬉しかった。
だから額に入れ執務室の壁に飾った。
そして小学生になると、フェルトという柔らかい布で作られた動物のマスコットに代わり、パンダだというそれが執務室のデスクの上に飾られたが、パンダには見えなかった。
そして毎年贈られるマスコットが6つになると、ガラスケースに収められキャビネットに飾られた。
やがて中学生になると、手作りのクッキーといったお菓子に変わり、母親から作り方を教えてもらったクッキーは懐かし味がした。
そして去年は手編みの青いマフラーをプレゼントされた。だが、娘が編んだそれは、どちらかと言えば下手な部類に入る。だがたとえ編み目が揃っていなくても良かった。父親というのは、娘がくれたものならどんなものでも嬉しいもので、カシミアの黒のロングコートに喜んでそのマフラーを使っていた。
そして周囲に自慢して歩き、今年は何をプレゼントしてくれるのかを楽しみにしていた。
「じゃあこれからプレゼントを渡すから付いて来てくれる?ママも一緒よ!」
彩はそう言うと父親と母親を別の部屋へと連れて行った。
そして圭と蓮も一緒だ。
そこは、大画面で映画が見たいと言った子供たちの願いに整えた、最新の音響システムを備えた通称映画ルームという部屋。だが司がその部屋で映画を見たことはなく、殆どと言っていいほど足を踏み入れたことがなかった。
何しろ道明寺邸には、司が足を踏み入れたことがない部屋が幾つもあり、何のための部屋かという部屋が数多く存在していて、そんな部屋を妻が子供たちを探して走り回っていたことがあった。
それはどういう訳か子供たちは狭い所が好きで、鬼ごっこをして使われていない部屋のクローゼットの中に隠れ、そのまま寝入ってしまったことがあり、その時は誘拐されたのではないかと大騒ぎになった。
そんなことを懐かしく感じるようになったのは、彼自身が年を取ってきたこともあるのだろう。だが誕生日を迎えること。年を取ることが嫌だということはない。なぜなら、彼の傍にはいつも愛する人がいるからだ。
そして永遠という時の流れの中で、一度しか出会うことが出来ない人との出逢いが家族を生み出した。
だが人生というのは時として残酷で、司が彼女のことを忘れ17年という歳月が流れ、その間二人は別々の道を歩んだ。
けれども、時の流れは再び彼女を連れて来ると、こうして家族を持つことが出来た。
そして今では思い出は二人が再会してからの方が多く、離れていた時間を忘れさせてくれた。
「パパはここに座って。それからママもパパの隣に座って」
彩にそう言われた二人は、大画面に向かい合うように置かれたソファに腰を降ろした。
「じゃあこれから始めます。パパ。これはあたしとお兄ちゃんたちからのプレゼントなの。楽しんでね!」
「彩。明かり消してもいいのか?」
「うん。お兄ちゃんお願い」
その言葉に部屋の明かりが消され、暗くなった部屋の、巨大な画面に表れたのは、
『ある愛の歴史』のタイトル。
やがて映し出されたのは、彼らが住む道明寺邸のとある一室。
そこにいるのは、くるくるとした髪の背の高い少年と真っ黒な長い髪の少女。
その二人が睨み合っていた。
『バカにしないでよ!あたしを品物みたいに買おうっていうわけ!?あたしはお金で買える女じゃないわ!』
『貧乏人のくせに自分を何様だと思ってるんだ!俺は道明寺財閥の跡取り息子だ!金で買えないものは世の中にひとつもねぇんだ!』
『ふん!あたしは無印良女よ。そのへんの女と一緒にしないで!何でもお金で買えると思ってるなら大間違いよ!』
少女はそう言うと大きく音をたて扉を閉め出て行った。
そしてそれを見送る少年の姿があった。
そして次に映し出されたのは、英徳学園の中庭の風景。
そこにいるのは、先ほどの少年と少女。
『俺のどこが不服なんだよ!俺ほど完璧な男がこの世の中にいるっていうのか!?』
『あんたのその変な髪型がいや!それに偉そうに私服で練り歩くところがいや!その自意識過剰な性格も、その蛇みたいな目がいや!あんたなんて大嫌いっ!』
『なんだとぉ!この貧乏女が!』
『うるさい!あんたなんて大嫌いっ!』
そして少女は少年を置き去りにして走り去った。
それから暫く映し出される映像には、互いを激しく罵り合う少年と少女の姿があった。
それは、相手の顔が見えなくても敵意を抱く二人の姿。
性格、考え方、価値観がことごとく合わないと言われていた二人。
だが「好き」と「嫌い」は紙一重。
いつの頃からか、少年は彼女のことを愛おしいと感じ、彼女の長い黒髪に手を触れたい。
その唇にキスをしたいと思うようになった。
すると、少女も少年のことを好きだと思うようになり、ある日隣に立つ背の高い少年の顔を見上げたとき、彼の目には今まで見たことがない優しさがあった。そして大きな手がそっと彼女の髪に触れたとき、彼の顔に浮かんだ笑みに心が大きく揺れた。
やがて徐々に二人の距離が近づくと、二人は心を通じ合わせ互いを思いやるようになり、暫くすると、揃って歩く姿が目撃されるようになった。
だが次の場面では、夜を濡らす雨の中、傘もささずに見つめ合う二人の姿があった。
そして映像はそこで終わっていたが、あの時の少年が言葉に出来ない切なさといったものがあることを知ったのは、それから随分と後のことだった。
若い頃の司とつくしに顏も背格好もそっくりな蓮と彩が両親の高校時代を演じた映像。
制服を着た少女が、少年から逃げ回る姿が面白おかしく演じられ、さまざまな色と光りの間を駆け抜けていく姿があった。それはまさに若い頃の自分達の姿。短かった青春。
そしてそこにはかつての司と同じ少年の瞳があった。
それは好きな女を見つめる男の真摯な瞳。
それが彼女に向けられたとき、彼は彼女を一生愛すると誓った。
だが高校生の二人はまだ幼く、運命が彼らに残酷な面を残していることを知らなかった。
司が港で刺され、生死の境を彷徨い、彼女のことを忘れ17年の歳月が流れるということを。
だが少年時代の司の姿は、すぐに54歳の己の姿に重なった。
欲しいものを欲しいと言わなくても簡単に手に入れることが出来た男。
与えられることに慣れていた男が努力して掴んだのは、初恋の人の心。
そしてその人は今は男の隣にいて、彼の彼女に対する想いはあの当時と変わらず、今も彼女を心の底から愛していた。
子供たちは、父親が母親の肩に腕を回し引き寄せる姿を見た。
そして母親が父親の肩に頭を寄せた姿に、そっと部屋を後にすると、静に扉を閉めた。
「それにしても花沢のおじさんが言ってたけど、昔の父さんって相当酷い男だったんだよな。それに俺、父さんの役をやって初めて知ったけど、父さんってあの外見から確実にSだと思ったけど実はMだってこと。信じられねぇけど、どう考えても父さんMだよな?」
「蓮。お前、今頃気付いたのか?今の父さんの母さんに尽くす姿を見ろよ。どう考えてもMだろ?MもM。ドMってヤツだ。それに高校時代の母さんは嫌がってるように見えたけど、あれで案外楽しんでたはずだ。つまり、父さんをいいように弄んでたってこと」
圭は大学生で大人だ。
父親の一連の言動から、父親が母親には絶対服従に近い男だということをとっくの昔に気付いていた。
「それって裏を返せば母さんはツンデレな少女だったってことだろ?父さんそんな母さんを好きになったってことか・・なんかやっぱ信じられねぇよ。道明寺司って言えば、鋭いナイフのような頭脳を持つカリスマ経営者って言われてる男だぞ?絶対に笑わないって言われてるような男だぞ?そんな男がM?・・けど俺たちが生まれてるってことは母さんも受け入れたってことだよな・・」
「そういうことだ。それに今でもあの夫婦。あの頃と同じってことだ。まあ夫は妻がツンデレでもそれでいいんじゃねぇの?それが父さんの好みで、あの夫婦がそれで円満に過ごせるなら」
圭と蓮はあの夫婦と呼んだ自分達の両親が互いを思いやる姿を知っている。
そして朝から頬を赤く染めた母親の姿を目すれば、夫が妻にあらゆる努力を惜しんでいないことを知る。
「ねぇ蓮お兄ちゃん。MとかSとかって何?パパの洋服のサイズMじゃないわよ?」
「え?ああ・・。まあな・・。違うけどいいんだ。あの夫婦はあれで」
子供たちが父親にプレゼントしたのは夫婦の懐かしい思い出だ。
遥か遠い昔の少年と少女の出会い。その出会いは過酷な時もあった。哀しい後悔があったと訊く。そして閉ざされた父親の記憶の中にいたという母親。
だから若い頃の二人が一緒に写った写真は一枚もなく、恋だ愛だと囁く時間は少なかったと言われている。
だが二人は今、こうして自分たちの親としてここにいる。
二人が乗り越えてきた時間と共に。
街の灯が誰かを幸せにしているように、子供たちの幸せは両親がいつまでも健康で長生きしてくれること。
そして二人が喧嘩をしたとしても、すぐに仲直りをしてくれることを望んでいた。
だが彼らの両親のうち、瞬間湯沸かし器のように頭に血がのぼるのはいつも父親で、そんな父親は我儘を言って母親を困らせ17歳の少年のようになる男だ。そしてそんな少年のような父親に、「男っていつまでたっても子供なんだから」と笑う母親。
それが彼らの両親。そんな二人の顔には優しい微笑みが浮かんでいるはずだ。
「あいつら。いつの間にこんなモン作ったんだ?お前は知ってたのか?」
大画面の中で繰り広げられているのは、少女がひたすら逃げ回っている姿。
それを大きな男が必死で追いかけるが、少女は逃げ足が速くて捕まらない。
「うん。航から圭たちが司の誕生日に何をプレゼントしていいか悩んでるって聞いてたから。それに類から圭があたし達の高校時代の話を訊きたいって言ってるって連絡があったの」
つくしは類からの電話で、圭が両親の出会いをドラマ仕立てに再現して父親に見せるから、馴れ初めを教えて欲しいと言われ話をした。そして詳しいことは自分の母親に訊くように言ったと連絡を受けた。だから子供たちに自分達の出会いについて話しをした。そして父親そっくりな我が子のひとりである高校生の蓮が司を演じ、娘の彩がつくしを演じた。
「それに学園の中を走り回るんだって許可をもらったし、子供たちだけで雨の降る夜に外であんなことさせられないでしょ?それからあんな言葉。司とあたしの会話なんてあの子たちが知るはずがないじゃない?」
「ああ。それもそうだな。しかし高校生の頃の俺はあんな酷い男だったか?もう少しお前に優しかったはずだ」
「え~?よく言うわね?あの通りよ!あの通り!出会った頃なんて本当に酷かったんだからね?忘れたとは言わせないからね!ホント、相当酷かった!」
「フン・・。大昔のことなんてとっくに忘れた」
「もう!自分に都合の悪いことはすぐ忘れるんだから!」
だが司は忘れてはいない。
彼女とのことならどんなことでも覚えているし、何年経っても出会った時の煌めきが消えることはない。好きな人に手が触れたのがいつだったが覚えている。それに初めてキスをしたのはいつだったか。初めて結ばれたのは勿論のこと、彼女のことならどんなことも見逃すことがないようにしていた。
だが予期せぬ出来事で当時付き合っていた少女のことを忘れた。
だから二人の青春時代はたった1年。郷愁に浸るとすれば、たった1年の間に起きた出来事しかない。出会い、喧嘩をし、絶交をし、恋じゃない、好きじゃないと言われた雨の夜があった。失恋の痛みを経験したかくも懐かしき高校時代。
子供たちは、その頃の自分達の姿を映像として見せてくれたが、あの頃、何億、何十億、何百億、何千億と積まれようが、彼女を手放すなど考えられなかった。彼女を待つだけで愛しさを感じた時間があった。
「それから航は今忙しくて行けそうにないからごめんって」
「そうか・・。あいつももうすぐ子供が生まれるんだ。今は俺の誕生日なんかよりそっちの方が大切だからな」
航はアメリカで3本の指に入ると言われる資産家の娘と結婚し、まもなく初めての子供が生まれることもあり、心配でNYを離れることが出来ないと分かっていた。それに航にとって初めての子供ということは、司にとっての初孫であり、自分がお爺ちゃんになることがまだ信じられないが、家族が増える歓びは何物にも代えがたい歓びであり、孫の誕生が待ち遠しく早く孫に会いたいと願い、抱きたいと思っていた。
そんな司は怖いくらい幸せを感じていた。
だが人生を試されたこともあった。
挫けそうになったこともあった。
だがそれが人生だということを知ったのは、彼女が傍にいてくれたから。
もしそうでなければ、司の人生は彼女を忘れ冷たい鉄のレールの上を走るだけの人生だった。
だが今ここにあるのは、永遠に結ばれることを約束した二人の気持ちだ。
「・・つくし・・お前は俺が都合の悪いことは忘れるって言ったが、俺はお前のことで忘れたことなんてねぇ・・どんな些細なことでも覚えてる。死ぬまでずっと覚えてるはずだ。それに100まで生きても今日のこの日も絶対忘れねぇからな」
今日という日はもう二度と来ない。
だからその日を目一杯幸せに生きる。
そして人間は生きていく上でたったひとつのことが生きる支えになることを司は知っている。
たったひとつ。
ただひとりの人が__。
その人は彼にとって唯一無二の存在。
ただひとりの大切な人。
世の中を生きていく上で、ただひとりの人が傍にいればそれで充分。
だから、たったひとり。彼女がいてくれればそれだけで幸せ。
二人が辿り着いた場所がどこであろうと二人一緒なら強くなれる。
手の温もりはいつもそこにあり、探していたものは全てここにあり、本当の愛の形は家族と過ごす時間だと教えてくれた人。
そしてこれからも、二人の前に未来は永遠に続いているのだから、見つめ合えるその人と子供の成長を見守り、幾千もの夜を過ごし、日々の暮らしに移ろいを感じ生きて行く。
彼女がすべて。彼女がいるから生きていける。生かされている。
人生が二度でも三度でも、何度巡って来ても彼女と出会うはずだ。そして何度も巡って来る幸せな時間を共に過ごす。
その思いを心に噛みしめている男は、自分が生まれた日を共に過ごしてくれる人に巡り会えたことを心から神に感謝していた。
そして肩にもたれかかる妻の唇にキスをした。
いつもありがとう、つくし。心から愛してると囁いて。
< 完 > *今日のこの日を*

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今日のこの日、司坊ちゃんお誕生日おめでとうございます。
いつまでも魅力的ないい男でいて下さい。
そして幾つになってもつくしちゃんと末長くお幸せに!^^
「ああ。ありがとう彩。パパはお前がパパの誕生日を祝ってくれるのが一番嬉しいぞ」
司の顔に自然に笑みが浮かぶのは、家族の前だけだと言われ、特に子供たちの中で唯一の女の子である彩の前ではデレデレになる男は、手にしたワイングラスを目の高さに上げた。
そして家族だけで祝う誕生日の夕食のテーブルには、妻が腕に撚りをかけて作った料理が並んでいた。
それは、誕生日は定番となった赤飯から始まり、おろし大根とシソが乗った和風ハンバーグ。イワシのつみれ汁。肉じゃが。蓮根のはさみ揚げ。えのきのベーコン巻き。きんぴらごぼう。豚肉と小松菜の炒め物。卵焼き。そして甘さ控えめの紅茶のシフォンケーキが焼かれていた。
それらは、どれもごく普通の家庭料理。
だがそれこそが司にとっては食べたい料理だ。
特に外食が何日も続いた後で口にする卵焼きは、出汁と卵の分量が絶妙で、それが司にとっての「家庭の味」の原点と言える味となっていた。
そして高校時代、妻が作ってくれた弁当は、司にとっては見たこともない衝撃的なものばかりが入れられ「これ。食べれるのか?」と訊いたことがあった。
中でも特に衝撃的だったのは、イソギンチャクと呼んだえのきのベーコン巻き。
それはとても人間が食べるものとは思えなかった。だが彼女が作った弁当の味は、それから彼の味覚の中では別格となった。
だが子供たちはいつも思う。
毎日でもいいからお前の作った卵焼きが食べたいという父親は、よく飽きないものだと。
そして母親は、コレステロールの摂り過ぎになるのではと心配していた。
なにしろ両親は、そういったことを気にしなければならない年齢なのだから。
「ねえパパ。パパに誕生日のプレゼントがあるの。受け取ってくれる?」
食事が落ち着いた頃、彩は父親に言った。
「ああ、勿論だ。彩からのプレゼントは毎年楽しみだからな。それで今年は何を作ってくれたんだ?」
彩は去年まで中学生だったこともあり、小遣いは少なく、彼女の中ではパパへのプレゼントは手作りが定番だった。
そして「初恋はお父さん」と言った娘から毎年贈られるプレゼントを大切にしていた。
幼い頃はクレヨンで書かれたパパの似顔絵が定番。
それが毎年贈られ上達していく様子が嬉しかった。
だから額に入れ執務室の壁に飾った。
そして小学生になると、フェルトという柔らかい布で作られた動物のマスコットに代わり、パンダだというそれが執務室のデスクの上に飾られたが、パンダには見えなかった。
そして毎年贈られるマスコットが6つになると、ガラスケースに収められキャビネットに飾られた。
やがて中学生になると、手作りのクッキーといったお菓子に変わり、母親から作り方を教えてもらったクッキーは懐かし味がした。
そして去年は手編みの青いマフラーをプレゼントされた。だが、娘が編んだそれは、どちらかと言えば下手な部類に入る。だがたとえ編み目が揃っていなくても良かった。父親というのは、娘がくれたものならどんなものでも嬉しいもので、カシミアの黒のロングコートに喜んでそのマフラーを使っていた。
そして周囲に自慢して歩き、今年は何をプレゼントしてくれるのかを楽しみにしていた。
「じゃあこれからプレゼントを渡すから付いて来てくれる?ママも一緒よ!」
彩はそう言うと父親と母親を別の部屋へと連れて行った。
そして圭と蓮も一緒だ。
そこは、大画面で映画が見たいと言った子供たちの願いに整えた、最新の音響システムを備えた通称映画ルームという部屋。だが司がその部屋で映画を見たことはなく、殆どと言っていいほど足を踏み入れたことがなかった。
何しろ道明寺邸には、司が足を踏み入れたことがない部屋が幾つもあり、何のための部屋かという部屋が数多く存在していて、そんな部屋を妻が子供たちを探して走り回っていたことがあった。
それはどういう訳か子供たちは狭い所が好きで、鬼ごっこをして使われていない部屋のクローゼットの中に隠れ、そのまま寝入ってしまったことがあり、その時は誘拐されたのではないかと大騒ぎになった。
そんなことを懐かしく感じるようになったのは、彼自身が年を取ってきたこともあるのだろう。だが誕生日を迎えること。年を取ることが嫌だということはない。なぜなら、彼の傍にはいつも愛する人がいるからだ。
そして永遠という時の流れの中で、一度しか出会うことが出来ない人との出逢いが家族を生み出した。
だが人生というのは時として残酷で、司が彼女のことを忘れ17年という歳月が流れ、その間二人は別々の道を歩んだ。
けれども、時の流れは再び彼女を連れて来ると、こうして家族を持つことが出来た。
そして今では思い出は二人が再会してからの方が多く、離れていた時間を忘れさせてくれた。
「パパはここに座って。それからママもパパの隣に座って」
彩にそう言われた二人は、大画面に向かい合うように置かれたソファに腰を降ろした。
「じゃあこれから始めます。パパ。これはあたしとお兄ちゃんたちからのプレゼントなの。楽しんでね!」
「彩。明かり消してもいいのか?」
「うん。お兄ちゃんお願い」
その言葉に部屋の明かりが消され、暗くなった部屋の、巨大な画面に表れたのは、
『ある愛の歴史』のタイトル。
やがて映し出されたのは、彼らが住む道明寺邸のとある一室。
そこにいるのは、くるくるとした髪の背の高い少年と真っ黒な長い髪の少女。
その二人が睨み合っていた。
『バカにしないでよ!あたしを品物みたいに買おうっていうわけ!?あたしはお金で買える女じゃないわ!』
『貧乏人のくせに自分を何様だと思ってるんだ!俺は道明寺財閥の跡取り息子だ!金で買えないものは世の中にひとつもねぇんだ!』
『ふん!あたしは無印良女よ。そのへんの女と一緒にしないで!何でもお金で買えると思ってるなら大間違いよ!』
少女はそう言うと大きく音をたて扉を閉め出て行った。
そしてそれを見送る少年の姿があった。
そして次に映し出されたのは、英徳学園の中庭の風景。
そこにいるのは、先ほどの少年と少女。
『俺のどこが不服なんだよ!俺ほど完璧な男がこの世の中にいるっていうのか!?』
『あんたのその変な髪型がいや!それに偉そうに私服で練り歩くところがいや!その自意識過剰な性格も、その蛇みたいな目がいや!あんたなんて大嫌いっ!』
『なんだとぉ!この貧乏女が!』
『うるさい!あんたなんて大嫌いっ!』
そして少女は少年を置き去りにして走り去った。
それから暫く映し出される映像には、互いを激しく罵り合う少年と少女の姿があった。
それは、相手の顔が見えなくても敵意を抱く二人の姿。
性格、考え方、価値観がことごとく合わないと言われていた二人。
だが「好き」と「嫌い」は紙一重。
いつの頃からか、少年は彼女のことを愛おしいと感じ、彼女の長い黒髪に手を触れたい。
その唇にキスをしたいと思うようになった。
すると、少女も少年のことを好きだと思うようになり、ある日隣に立つ背の高い少年の顔を見上げたとき、彼の目には今まで見たことがない優しさがあった。そして大きな手がそっと彼女の髪に触れたとき、彼の顔に浮かんだ笑みに心が大きく揺れた。
やがて徐々に二人の距離が近づくと、二人は心を通じ合わせ互いを思いやるようになり、暫くすると、揃って歩く姿が目撃されるようになった。
だが次の場面では、夜を濡らす雨の中、傘もささずに見つめ合う二人の姿があった。
そして映像はそこで終わっていたが、あの時の少年が言葉に出来ない切なさといったものがあることを知ったのは、それから随分と後のことだった。
若い頃の司とつくしに顏も背格好もそっくりな蓮と彩が両親の高校時代を演じた映像。
制服を着た少女が、少年から逃げ回る姿が面白おかしく演じられ、さまざまな色と光りの間を駆け抜けていく姿があった。それはまさに若い頃の自分達の姿。短かった青春。
そしてそこにはかつての司と同じ少年の瞳があった。
それは好きな女を見つめる男の真摯な瞳。
それが彼女に向けられたとき、彼は彼女を一生愛すると誓った。
だが高校生の二人はまだ幼く、運命が彼らに残酷な面を残していることを知らなかった。
司が港で刺され、生死の境を彷徨い、彼女のことを忘れ17年の歳月が流れるということを。
だが少年時代の司の姿は、すぐに54歳の己の姿に重なった。
欲しいものを欲しいと言わなくても簡単に手に入れることが出来た男。
与えられることに慣れていた男が努力して掴んだのは、初恋の人の心。
そしてその人は今は男の隣にいて、彼の彼女に対する想いはあの当時と変わらず、今も彼女を心の底から愛していた。
子供たちは、父親が母親の肩に腕を回し引き寄せる姿を見た。
そして母親が父親の肩に頭を寄せた姿に、そっと部屋を後にすると、静に扉を閉めた。
「それにしても花沢のおじさんが言ってたけど、昔の父さんって相当酷い男だったんだよな。それに俺、父さんの役をやって初めて知ったけど、父さんってあの外見から確実にSだと思ったけど実はMだってこと。信じられねぇけど、どう考えても父さんMだよな?」
「蓮。お前、今頃気付いたのか?今の父さんの母さんに尽くす姿を見ろよ。どう考えてもMだろ?MもM。ドMってヤツだ。それに高校時代の母さんは嫌がってるように見えたけど、あれで案外楽しんでたはずだ。つまり、父さんをいいように弄んでたってこと」
圭は大学生で大人だ。
父親の一連の言動から、父親が母親には絶対服従に近い男だということをとっくの昔に気付いていた。
「それって裏を返せば母さんはツンデレな少女だったってことだろ?父さんそんな母さんを好きになったってことか・・なんかやっぱ信じられねぇよ。道明寺司って言えば、鋭いナイフのような頭脳を持つカリスマ経営者って言われてる男だぞ?絶対に笑わないって言われてるような男だぞ?そんな男がM?・・けど俺たちが生まれてるってことは母さんも受け入れたってことだよな・・」
「そういうことだ。それに今でもあの夫婦。あの頃と同じってことだ。まあ夫は妻がツンデレでもそれでいいんじゃねぇの?それが父さんの好みで、あの夫婦がそれで円満に過ごせるなら」
圭と蓮はあの夫婦と呼んだ自分達の両親が互いを思いやる姿を知っている。
そして朝から頬を赤く染めた母親の姿を目すれば、夫が妻にあらゆる努力を惜しんでいないことを知る。
「ねぇ蓮お兄ちゃん。MとかSとかって何?パパの洋服のサイズMじゃないわよ?」
「え?ああ・・。まあな・・。違うけどいいんだ。あの夫婦はあれで」
子供たちが父親にプレゼントしたのは夫婦の懐かしい思い出だ。
遥か遠い昔の少年と少女の出会い。その出会いは過酷な時もあった。哀しい後悔があったと訊く。そして閉ざされた父親の記憶の中にいたという母親。
だから若い頃の二人が一緒に写った写真は一枚もなく、恋だ愛だと囁く時間は少なかったと言われている。
だが二人は今、こうして自分たちの親としてここにいる。
二人が乗り越えてきた時間と共に。
街の灯が誰かを幸せにしているように、子供たちの幸せは両親がいつまでも健康で長生きしてくれること。
そして二人が喧嘩をしたとしても、すぐに仲直りをしてくれることを望んでいた。
だが彼らの両親のうち、瞬間湯沸かし器のように頭に血がのぼるのはいつも父親で、そんな父親は我儘を言って母親を困らせ17歳の少年のようになる男だ。そしてそんな少年のような父親に、「男っていつまでたっても子供なんだから」と笑う母親。
それが彼らの両親。そんな二人の顔には優しい微笑みが浮かんでいるはずだ。
「あいつら。いつの間にこんなモン作ったんだ?お前は知ってたのか?」
大画面の中で繰り広げられているのは、少女がひたすら逃げ回っている姿。
それを大きな男が必死で追いかけるが、少女は逃げ足が速くて捕まらない。
「うん。航から圭たちが司の誕生日に何をプレゼントしていいか悩んでるって聞いてたから。それに類から圭があたし達の高校時代の話を訊きたいって言ってるって連絡があったの」
つくしは類からの電話で、圭が両親の出会いをドラマ仕立てに再現して父親に見せるから、馴れ初めを教えて欲しいと言われ話をした。そして詳しいことは自分の母親に訊くように言ったと連絡を受けた。だから子供たちに自分達の出会いについて話しをした。そして父親そっくりな我が子のひとりである高校生の蓮が司を演じ、娘の彩がつくしを演じた。
「それに学園の中を走り回るんだって許可をもらったし、子供たちだけで雨の降る夜に外であんなことさせられないでしょ?それからあんな言葉。司とあたしの会話なんてあの子たちが知るはずがないじゃない?」
「ああ。それもそうだな。しかし高校生の頃の俺はあんな酷い男だったか?もう少しお前に優しかったはずだ」
「え~?よく言うわね?あの通りよ!あの通り!出会った頃なんて本当に酷かったんだからね?忘れたとは言わせないからね!ホント、相当酷かった!」
「フン・・。大昔のことなんてとっくに忘れた」
「もう!自分に都合の悪いことはすぐ忘れるんだから!」
だが司は忘れてはいない。
彼女とのことならどんなことでも覚えているし、何年経っても出会った時の煌めきが消えることはない。好きな人に手が触れたのがいつだったが覚えている。それに初めてキスをしたのはいつだったか。初めて結ばれたのは勿論のこと、彼女のことならどんなことも見逃すことがないようにしていた。
だが予期せぬ出来事で当時付き合っていた少女のことを忘れた。
だから二人の青春時代はたった1年。郷愁に浸るとすれば、たった1年の間に起きた出来事しかない。出会い、喧嘩をし、絶交をし、恋じゃない、好きじゃないと言われた雨の夜があった。失恋の痛みを経験したかくも懐かしき高校時代。
子供たちは、その頃の自分達の姿を映像として見せてくれたが、あの頃、何億、何十億、何百億、何千億と積まれようが、彼女を手放すなど考えられなかった。彼女を待つだけで愛しさを感じた時間があった。
「それから航は今忙しくて行けそうにないからごめんって」
「そうか・・。あいつももうすぐ子供が生まれるんだ。今は俺の誕生日なんかよりそっちの方が大切だからな」
航はアメリカで3本の指に入ると言われる資産家の娘と結婚し、まもなく初めての子供が生まれることもあり、心配でNYを離れることが出来ないと分かっていた。それに航にとって初めての子供ということは、司にとっての初孫であり、自分がお爺ちゃんになることがまだ信じられないが、家族が増える歓びは何物にも代えがたい歓びであり、孫の誕生が待ち遠しく早く孫に会いたいと願い、抱きたいと思っていた。
そんな司は怖いくらい幸せを感じていた。
だが人生を試されたこともあった。
挫けそうになったこともあった。
だがそれが人生だということを知ったのは、彼女が傍にいてくれたから。
もしそうでなければ、司の人生は彼女を忘れ冷たい鉄のレールの上を走るだけの人生だった。
だが今ここにあるのは、永遠に結ばれることを約束した二人の気持ちだ。
「・・つくし・・お前は俺が都合の悪いことは忘れるって言ったが、俺はお前のことで忘れたことなんてねぇ・・どんな些細なことでも覚えてる。死ぬまでずっと覚えてるはずだ。それに100まで生きても今日のこの日も絶対忘れねぇからな」
今日という日はもう二度と来ない。
だからその日を目一杯幸せに生きる。
そして人間は生きていく上でたったひとつのことが生きる支えになることを司は知っている。
たったひとつ。
ただひとりの人が__。
その人は彼にとって唯一無二の存在。
ただひとりの大切な人。
世の中を生きていく上で、ただひとりの人が傍にいればそれで充分。
だから、たったひとり。彼女がいてくれればそれだけで幸せ。
二人が辿り着いた場所がどこであろうと二人一緒なら強くなれる。
手の温もりはいつもそこにあり、探していたものは全てここにあり、本当の愛の形は家族と過ごす時間だと教えてくれた人。
そしてこれからも、二人の前に未来は永遠に続いているのだから、見つめ合えるその人と子供の成長を見守り、幾千もの夜を過ごし、日々の暮らしに移ろいを感じ生きて行く。
彼女がすべて。彼女がいるから生きていける。生かされている。
人生が二度でも三度でも、何度巡って来ても彼女と出会うはずだ。そして何度も巡って来る幸せな時間を共に過ごす。
その思いを心に噛みしめている男は、自分が生まれた日を共に過ごしてくれる人に巡り会えたことを心から神に感謝していた。
そして肩にもたれかかる妻の唇にキスをした。
いつもありがとう、つくし。心から愛してると囁いて。
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今日のこの日、司坊ちゃんお誕生日おめでとうございます。
いつまでも魅力的ないい男でいて下さい。
そして幾つになってもつくしちゃんと末長くお幸せに!^^
Comment:14
こちらは大人仕様のお話です。
そういったお話が苦手、またはお嫌いな方はお控え下さい。
***************************
司は何でも思い通りに運ぶのに慣れた男で、人に譲らないと言われるが、今では頭髪には白いものが混じり、目じりの皺は年相応のものがあった。
だが眼光の鋭さは若い頃と変わらず、目を閉じていても開けば獰猛な獣が牙を剥く姿に変わると言われていた。
そんな男の執務室に足を踏み入れる者は、ライオンの巣に入って行くような気持にさせられるが、声は人を惹き付け従わせる響きがあり、誰もが彼の言葉に耳を傾け尊敬する。
そして道明寺司という男は、ビジネスに於いては獲物を狩るライオンそのもので、その姿に怖れを抱く者が多い。
だが、そんな男も家族の元へ帰れば一変する。
夜遅くに帰宅した夫をエントランスで出迎えた妻にただいま、とキスをする姿は邸の誰もが認める夫婦の日常。そして夫が無意識のうちに妻の手を取るのは、いつも彼女が傍にいて欲しいから。遠い昔掴めなかった手を再び失うことを恐れているから。
そして、手をつなぎ共に東の角部屋へと向かう後ろ姿に感じるのは、まるで結婚したばかりの妻を迎えた時と同じ彼女を守るからといった姿勢。
時に遅くなり過ぎた男が、そっと部屋に入れば、ソファという船の中で帰れない男を待つ姿があるが、そんな眠りについた妻の姿は安らかで安堵を覚える。そして起こすことなく小さな身体を抱きかかえベッドまで運んでいく。
そして司は10代の頃と同じ、はにかみを見せる妻に深い愛情を示そうとするが、それは愛し合う行為。
だが妻はお腹が平らじゃないから、というが彼には関係なかった。
たとえ腹が出ようと尻が大きくなろうと、どんな姿になろうと関係ない。
たった一人の男しか知らない女のその身体が愛おしかった。
その身体が彼の全てを受け入れてくれることが嬉しかった。
彼の子供を産んでくれたことが誇りだった。
肉体が滅びても、遺伝子は延々と子孫へ受け継がれていくことが嬉しいと思った。
だがそれは道明寺という家のためではない。
二人の遺伝子が二人の愛を受け継いでいくことが、親としての歓び。
そして原始的本能で女を求めるのが男の本能なら、司は死ぬまで妻を求めるはずだ。
自分の「生」より、彼女の「生」の方が大切。
彼にとって彼女は女神であり天使。
彼の初めての女性で最後の女性。
彼女が死んだら自分も生きていけないと思うほど彼女がすべて。
彼女の黒い瞳が永遠に閉じられることになれば、きっと後を追うはずだ。
だからそんな男の妻を愛する姿は、女なら誰もが求める理想の夫の姿。
そして、それは今では邸の誰もが知る道明寺司の家庭での姿だ。
「なあ。あいつら今頃何してんだろうな?」
「う~ん、みんなそれぞれ楽しんでると思うわよ?」
「そうか?」
司が脱いだスーツの上着を受け取った妻はいつもと変わらない様子で言ったが、司はそんな妻とは正反対で、この日が早く来ないかと待ち焦がれていた。
二人の間には息子が三人と娘がひとりいる。そのうちの三人が一緒に暮らしていて、大学3年の圭は友人達とスイスへスキー旅行に出かけ、高校3年の蓮は卒業旅行でオーストラリア。そして末っ子の彩はカナダの別荘へ行った。
つまり世田谷の邸に子供達はおらず、今日から最低でも10日間は夫婦水入らずという状況だ。
「なあ。俺たち結婚してから初めてだな?」
「何が?」
「子供たちがいないのが」
「そう言えばそうよね?あたし達結婚したときは航がいたし、それから子供達が生まれてからは二人だけになることなんてなかったものね?」
二人が結婚したのは、長男の航が高校生の頃。
それからすぐに次男の圭が産まれると、三男の蓮、一人娘の彩が産まれ広い邸に二人だけの時間といったものは無かった。
だがそれが不満だというのではない。
むしろ家族が増えることが嬉しかった。
寝室に賑やかな子供の声が響くのが楽しかった。
足元やベッドの上に転がったおもちゃを片付けることも苦にはならなかった。
そしていつもなら司が帰宅すれば、パパお帰りと言って顔を覗かせてくれる末娘がいないのは寂しいが、夫婦二人っきりで過ごせる夜が待ち遠しく感じていたのが正直なところで、今夜は仕事を早めに切り上げての帰宅となっていた。
だから司は、秘書にこれから10日間は絶対に夜の会食はしないと言い、仕事も早々に切り上げるつもりだと伝えた。もちろん人の倍以上働いての上だ。
そしてこの10日の間に甘い愛の香りを楽しみたいと思っている。
だからその思いを告げた。
「なあ。今夜からあいつら居ねぇんだし風呂。一緒に入んねぇか?」
「は?」
「だから風呂だ」
「・・・・・・」
「・・何だよ?その目は?いいじゃねぇか。夫婦が一緒に風呂に入るのに何が不満だって?」
「だ、だって一緒にお風呂なんて暫く一緒に入ってないじゃない。ど、どうしてそんな急に」
「だからあいつらが居ねぇんだからいいだろ?」
年齢から来る顔や身体の衰えを感じさせない男。
強靭といわれた身体は、今もその肉体の素晴らしさを保っていた。そして声だけで女を誘惑出来る、虜にすると言われている男は、いつも寝ぼけまなこの妻がパジャマ姿でいるところを襲う羽目になるが、せっかく早く帰宅出来たのだから、妻と一緒に風呂に入りたいと考えていた。
30代になってから結婚した二人の夜の営みは、司の肉体で翻弄することが殆どで、二人が入るには十分な大きさの浴槽の中で、妻の身体を後ろから抱きかかえ、乳首をいじり乳房を弄び、大きな手が湯の中で内股へと移って行くと、恥ずかしいと逃げようとする身体を後ろからさらに抱きしめ、理性を失わせさせる行為を繰り返す。
そして上り詰めさせ、湯の中から引き上げてタオルに包み、まるで処女の花嫁を抱くようにベッドルームまで運ぶことが当たり前だった。
だが最近はそれもご無沙汰だ。
だが妻の方から求めて欲しい時もある。
子どもたちがいない夜に何がしたいかと問われれば、まずこう答える。
愛し合いたいと。
それはバスルームでの行為でもベッドルームの行為でもいいのだが、いつも彼ばかりが欲しがるのは不公平というものだ。
だから司は妻の手を自分の唇にあて、
「俺を愛してくれ」
と言った。

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そういったお話が苦手、またはお嫌いな方はお控え下さい。
***************************
司は何でも思い通りに運ぶのに慣れた男で、人に譲らないと言われるが、今では頭髪には白いものが混じり、目じりの皺は年相応のものがあった。
だが眼光の鋭さは若い頃と変わらず、目を閉じていても開けば獰猛な獣が牙を剥く姿に変わると言われていた。
そんな男の執務室に足を踏み入れる者は、ライオンの巣に入って行くような気持にさせられるが、声は人を惹き付け従わせる響きがあり、誰もが彼の言葉に耳を傾け尊敬する。
そして道明寺司という男は、ビジネスに於いては獲物を狩るライオンそのもので、その姿に怖れを抱く者が多い。
だが、そんな男も家族の元へ帰れば一変する。
夜遅くに帰宅した夫をエントランスで出迎えた妻にただいま、とキスをする姿は邸の誰もが認める夫婦の日常。そして夫が無意識のうちに妻の手を取るのは、いつも彼女が傍にいて欲しいから。遠い昔掴めなかった手を再び失うことを恐れているから。
そして、手をつなぎ共に東の角部屋へと向かう後ろ姿に感じるのは、まるで結婚したばかりの妻を迎えた時と同じ彼女を守るからといった姿勢。
時に遅くなり過ぎた男が、そっと部屋に入れば、ソファという船の中で帰れない男を待つ姿があるが、そんな眠りについた妻の姿は安らかで安堵を覚える。そして起こすことなく小さな身体を抱きかかえベッドまで運んでいく。
そして司は10代の頃と同じ、はにかみを見せる妻に深い愛情を示そうとするが、それは愛し合う行為。
だが妻はお腹が平らじゃないから、というが彼には関係なかった。
たとえ腹が出ようと尻が大きくなろうと、どんな姿になろうと関係ない。
たった一人の男しか知らない女のその身体が愛おしかった。
その身体が彼の全てを受け入れてくれることが嬉しかった。
彼の子供を産んでくれたことが誇りだった。
肉体が滅びても、遺伝子は延々と子孫へ受け継がれていくことが嬉しいと思った。
だがそれは道明寺という家のためではない。
二人の遺伝子が二人の愛を受け継いでいくことが、親としての歓び。
そして原始的本能で女を求めるのが男の本能なら、司は死ぬまで妻を求めるはずだ。
自分の「生」より、彼女の「生」の方が大切。
彼にとって彼女は女神であり天使。
彼の初めての女性で最後の女性。
彼女が死んだら自分も生きていけないと思うほど彼女がすべて。
彼女の黒い瞳が永遠に閉じられることになれば、きっと後を追うはずだ。
だからそんな男の妻を愛する姿は、女なら誰もが求める理想の夫の姿。
そして、それは今では邸の誰もが知る道明寺司の家庭での姿だ。
「なあ。あいつら今頃何してんだろうな?」
「う~ん、みんなそれぞれ楽しんでると思うわよ?」
「そうか?」
司が脱いだスーツの上着を受け取った妻はいつもと変わらない様子で言ったが、司はそんな妻とは正反対で、この日が早く来ないかと待ち焦がれていた。
二人の間には息子が三人と娘がひとりいる。そのうちの三人が一緒に暮らしていて、大学3年の圭は友人達とスイスへスキー旅行に出かけ、高校3年の蓮は卒業旅行でオーストラリア。そして末っ子の彩はカナダの別荘へ行った。
つまり世田谷の邸に子供達はおらず、今日から最低でも10日間は夫婦水入らずという状況だ。
「なあ。俺たち結婚してから初めてだな?」
「何が?」
「子供たちがいないのが」
「そう言えばそうよね?あたし達結婚したときは航がいたし、それから子供達が生まれてからは二人だけになることなんてなかったものね?」
二人が結婚したのは、長男の航が高校生の頃。
それからすぐに次男の圭が産まれると、三男の蓮、一人娘の彩が産まれ広い邸に二人だけの時間といったものは無かった。
だがそれが不満だというのではない。
むしろ家族が増えることが嬉しかった。
寝室に賑やかな子供の声が響くのが楽しかった。
足元やベッドの上に転がったおもちゃを片付けることも苦にはならなかった。
そしていつもなら司が帰宅すれば、パパお帰りと言って顔を覗かせてくれる末娘がいないのは寂しいが、夫婦二人っきりで過ごせる夜が待ち遠しく感じていたのが正直なところで、今夜は仕事を早めに切り上げての帰宅となっていた。
だから司は、秘書にこれから10日間は絶対に夜の会食はしないと言い、仕事も早々に切り上げるつもりだと伝えた。もちろん人の倍以上働いての上だ。
そしてこの10日の間に甘い愛の香りを楽しみたいと思っている。
だからその思いを告げた。
「なあ。今夜からあいつら居ねぇんだし風呂。一緒に入んねぇか?」
「は?」
「だから風呂だ」
「・・・・・・」
「・・何だよ?その目は?いいじゃねぇか。夫婦が一緒に風呂に入るのに何が不満だって?」
「だ、だって一緒にお風呂なんて暫く一緒に入ってないじゃない。ど、どうしてそんな急に」
「だからあいつらが居ねぇんだからいいだろ?」
年齢から来る顔や身体の衰えを感じさせない男。
強靭といわれた身体は、今もその肉体の素晴らしさを保っていた。そして声だけで女を誘惑出来る、虜にすると言われている男は、いつも寝ぼけまなこの妻がパジャマ姿でいるところを襲う羽目になるが、せっかく早く帰宅出来たのだから、妻と一緒に風呂に入りたいと考えていた。
30代になってから結婚した二人の夜の営みは、司の肉体で翻弄することが殆どで、二人が入るには十分な大きさの浴槽の中で、妻の身体を後ろから抱きかかえ、乳首をいじり乳房を弄び、大きな手が湯の中で内股へと移って行くと、恥ずかしいと逃げようとする身体を後ろからさらに抱きしめ、理性を失わせさせる行為を繰り返す。
そして上り詰めさせ、湯の中から引き上げてタオルに包み、まるで処女の花嫁を抱くようにベッドルームまで運ぶことが当たり前だった。
だが最近はそれもご無沙汰だ。
だが妻の方から求めて欲しい時もある。
子どもたちがいない夜に何がしたいかと問われれば、まずこう答える。
愛し合いたいと。
それはバスルームでの行為でもベッドルームの行為でもいいのだが、いつも彼ばかりが欲しがるのは不公平というものだ。
だから司は妻の手を自分の唇にあて、
「俺を愛してくれ」
と言った。

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Comment:4
妻が身に付けていたものを一枚一枚剥いだ男は、悪戯が成功した子供のように、ニヤリと笑う。
全てを脱ぎ捨てた身体は開放感に包まれ、ここにあるのは二人の身体と時間だけで、子供たちは邸にいない。
結婚してから今まで、純粋に夫婦二人だけの夜といったものはなく、子供たちの誰かが必ず邸の中にいた。
そして、子供たちが幼い頃は、何かに怯えたように子供部屋を飛び出し、小さな足で両親の部屋へと駆け込んで来たこともあった。そんな時、迷わず布団を捲り、ベッドの温もりの中へと掬い上げるのだが、時に夫婦の営みの最中だったことがあり司も慌てた。
その時、妻が脱ぎ捨てたパジャマを慌てて掴み、何もなかったように着る姿が子供たちの記憶にあるかと言えば、訊いたことがないのだから知る由もないのだが、いつの頃からか、突然両親の寝室に駆け込んで来ることは、なくなっていた。
だが、それでも妻はささやかな抵抗をする。
子供たちが起きてる時間はダメ。
真夜中ならいい。
その時刻が一体いつなのか。
そんなものは有って無いようなもので司は気にはしていなかった。
そして司は妻を説得などしない。
何しろ、欲しくても欲しいとは決して言わない女は、自分から求めることはない。
それに我慢強いと言われる妻を説得などしても無駄だからだ。
遠い昔、あんたが好きなのといった言葉を聞くのにどれだけ時間がかかったことか。
だからいつも司の方から妻を求めていた。
バスルームのタイルの壁の前に立つ男は、他愛もないゲームに勝つと命令した。
俺を愛してくれと。
黒髪が身体をくすぐる。
目の前にひざまずいた女が照れて赤らむ顔は今更だが、躊躇いながらも屹立した目の前の固いものに手を伸ばし、それを掴まれた途端、身体がブルりと震えた。
それは、滅多に自分からはすることがない苦手な行為だと分かっている。
だが一瞬躊躇いを浮かべたその顔が、可愛らしく美しい。
結婚前、長男の航に母親のどこが好きなのかと訊かれたことがあった。
その時こう答えた。
母さんの怒った顔が好きだと。
だがそれは嘘だ。
高校生の息子に、母親が自分を斜め下から見上げる顔が好きなど言えないからだ。だが今、司の前にひざまずき、少し顔を上げた姿が彼の好きな角度であり、閉じた黒い瞳を開き自分を見て欲しいと思う。
身体をタイルに押し付けた姿勢に、背中に感じる冷たさとは逆の気持の高揚さが感じられ、苦痛と快感の両方を与えてくれるが、舌先と唇で尖った肉の塊を舐め含む姿を見下ろせば、タイルに磔にされた人間だとしても、動きたくなる。
だが今は妻に触れることのないように、手のひらはタイルに付けていた。
それは、ある意味己に架した拷問とも言える行為。
時に彼自身が己の貪欲さに呆れることがある。だから今夜は、妻の指先がふとももに伸ばされ己のものを捉えた瞬間、きしむように呻いたが決して妻に触れなかった。
ただ、彼女に愛して欲しかった。
そして司の性器は、柔らかな口腔内の奥深くに呑み込んで貰いたいと訴えるが、彼を食べてはくれず、ただ先を舐めるだけを繰り返す行為に耐えがたくなり、髪の毛をつかみ、喉の奥深くまで含んでくれと、容赦なくその口を自分のものにしたかった。
だが司のそんな想いが伝わったのか、赤い舌が亀頭の先をぐるりと舐め、喉の奥深くまで咥え、袋を片手で弄び始めた。
「・・つくし・・」
今夜は子供たちが居ない。
そのことが妻の開放感を大きくしたことは分かる。
そしていつもなら感じられる羞恥はなく、夫婦としての性愛に積極的になった女がいた。
だからもっと貪って欲しい。
身体の中の体液の全てを絞りつくし、吸い取って奪って欲しい。
それと同時に裸で立つ身体全体で、男とは違う柔らかな胸の膨らみを、ぬめぬめと潤っている深い内側を感じたかった。
だがそれを渾身の力で我慢し、呻いて膝をつきそうになる身体を冷たいタイルに押し付けたまま、己の腰で蠢く黒髪に手を差し入れるのを堪えた。
だがやがて妻の指が触れる感覚と、舌と唇の感触だけでは我慢出来なくなった。
だから妻の頭を掴み、濡れた口から熱く硬い塊を一度引き抜き、顎に手を当て、己を見上げるのに丁度いいと言われる角度に顔を上げさせた。
「・・ん・・あっ・・」
そこには、バラのように染まった頬と、あまりの大きさに、含むたびに溢れる生理的な潤いと、司自身の体液を乗せた唇が開かれてはいるが、太い分身の全てを含むことは無理だ。
そして司は、これまでにないほど硬く太くなった自身を口の中で解放するよりも、本来収めるべき場所へ受け入れさせることに決め、少し戸惑ったような表情を浮かべた妻の身体を両腕で持ち上げた。
天井の灯りを落した寝室は、片隅に置かれたオレンジ色の間接照明の灯りがぼんやりと部屋の中を照らしていた。
「つくし・・愛してる」
何度も繰り返すその言葉を、キスと共に落す細い鎖骨の窪みと滑らかな肩のラインは、若い頃と変わらない。
かつて一歩も引かないといった態度で司に向かってきた少女は、見つけられて、捕らえられたとき、真っ直ぐな瞳で彼を見つめ虜にしたがそれも今でも変わらない。
だから彼はその気持ちを伝えたかった。
今でも心の底から愛してると。
この世の中で一番好きなのは妻で、彼女の存在があるから司は生きていける。
彼女の愛によって救い上げられた男は彼女がいるから穏やかでいられる。
そして司が惚れた女は柔らかくか細いが、その身体の中には鋼の芯が通っていて、大きな黒い瞳の中に強い意思となって現れる。
司はそんな彼女の瞳が好きだ。
彼女の瞳に見つめられれば、優しい気持ちになれる。
だが愛するときは容赦がない。
時に荒々しく、時に優しく一晩中愛することを止めない。限界まで貪る。
そしてベッドの中の行為はバスルームとは逆転し、司が妻を貪った。
乳房を執拗に愛撫し、同時に口を近づけては乳首を甘噛みし、舐め、転がした。
「あぁ・・・」
すでに十分濡れていることは分かっているから、大きな手は細い腰を抱き上げ、先走った汁を湛え我慢できなくなった昂りを濡れそぼった場所に擦りつけ、潤いを広げ奥まで突き入れた。その瞬間柔らかな肉の襞が司を包み込み耐えがたいほど締め付けた。
「・・つかさ・・」
愛しげに名を呼ばれた司は、いつもより激しく動くと細い身体が昇り詰めるスピードに合わせ身体をぶつけ、妻を苛めるように愛して誰に遠慮する必要がない声をあげさせた。
「ああっ!」
「・・つくし。愛してる。俺の気持は今もあの頃と同じだ」
そう言って触れる温かな大きな手と濡れた柔らかな唇の感触。
それは50代の男のものとは思えないほど甘く切ない言葉。
二人が初めて愛し合ったのは、10代の頃。
ふたりの初めての時は痛みが少ないものにしたかった。
あの時は、あまりの気持よさに司は離れたくなかったが、彼女は苦痛に涙を流した。
共に初めての相手だとしても、男は本能で愛し方を知っている。
司はその間、ただ彼女を抱きしめ、愛してるという言葉を囁き続けた。そして慎重に彼女の中で動き、苦痛の波を取り去ろうとした。
だが翌朝シーツに着いた血の染みは大きかった。
夜の闇よりも黒いと言われる切れ長の瞳は、あの頃を思い出し、ただ一人の女を見つめていたが、組敷いた身体が弛緩すると、荒い息遣いと汗で濡れた身体で強く抱きしめ、唇を額に押し当てた。
そして温かい息が漏れる口元へキスを繰り返し、渇いているはずの喉に唾液を送った。
だがたとえ残滓なきほど吐き出し開放感を感じたとしても、身体は遠慮を知らず、汗まみれになった身体をなお一層激しくぶつけ、吐き出した己のモノと中から溢れる甘い蜜が何度混ざり合ってもまだ欲しかった。
それは愛に賞味期限などないのだから、いつまでも男と女でいたいと思う男の願いと欲望。
だから腰を浮かせることもなく、いまだに妻の中に身体の一部を留め繋がっていた。
そして両手を彼女の頭の両脇につき、見下ろす顔は、息を切らしながらも、満足げにふわりと微笑んだ。
「・・どうした?」
「・・ん・・」
荒い呼吸を繰り返しながら答えた短い返事。
「言いたいことがあるなら言えよ?」
「ん・・司の誕生日、子供達たちが見せてくれたアレ、懐かしかった・・」
それは、遠い過去から届けられた思い出。
司の誕生日に子供たちが演じた彼らの高校時代のエピソード。
二人の瞳の中に映し出されていたのは、校内を自由に駆け回る少年と少女の姿。
「お前を守ってやる」
と言えば
「守られるだけの女じゃない」
と返され恋に不器用だった少年の初恋は前途多難だった。
そんな二人が手に手をとって共に歩むまでは長い時間が流れたが、今は笑顔を浮かべ、子供たちに囲まれた日々を過ごすことが当たり前となった。
そして愛する心を隠す事も、感情も言葉も誤魔化すことをしなくなった二人。
だがあの頃だって司は自分の感情を隠さなかった。
彼女が自分の名前を呼んでくれれば、真夜中だろうが、どこにいようが駆けつけていた。
彼女しか見えなくて、彼女しか欲しくなくて、ひと言彼が欲しいと言ってくれればそれだけで良かった。
だから今でも必ず彼女に言って欲しい言葉それは、司を求める言葉。
それは『あんたが欲しい』
二人っきりの東の角部屋で交わされる夫婦としての会話に感じられるのは愛だけ。
だが時に己の執着の深さが恐ろしいと感じられることもあった。
二人でシーツに包まり幾度となく繰り返してきた行為と、妻を求める尽きない気持ちは異常だと言われるかもしれないが、決してそうではない。
それは、愛しているから出来ることであり、愛のない行為など司には出来なかった。
そして優しく響くバリトンで甘美な興奮を高めるが、組敷いた女の指先が触れれば筋肉が収縮し、未だに繋がったままでいる身体が硬度を増す。何度も求めてしまうのは、相手が妻だからで他の女では絶対にこうはならない。
だから出来ることなら朝から夜まで愛に溺れていたい。
二人は、今日のこの日まで人生を共に楽しんできた。
失った時間が流れはしたが、愛に囲まれた今はその時間も受け止めることが出来る。
何故なら失っていた時間は、いつか旅立つ天国へつづく道の途中で起きたハプニングであり、赤い糸はもつれたり、からまったりしたが決して切れることはなかった。
そして司が彼女のことを忘れていた時間があったとしても、心の片隅には彼女だけのスペースがあったはずだ。だが、それに気付くのが遅かっただけだ。
時に優しすぎることもあり、ときに恐ろしいほどのこともある彼女。
彼女のことを思い出した時は、思い出すのが遅いと大層怒られた。
そんな女に、
「我儘に生きてもいいんだぞ?」
と言えば、
「何言ってるのよ?我儘なのは司だけで充分よ?」
と返された。
そして
「おい、つくし」
と、何気なく名前を呼んで振り向く姿はいつもと変わらない笑顔があった。
そして夫婦の間にもルールがある。
脱いだ下着は必ず洗濯かごに入れること。
子どもに小遣い以上のお金を渡してはダメ。
プレゼントは誕生日とクリスマスと家族の記念日だけ。
だから家族の記念日を増やすことをした。
はじめてデートをした日。
はじめてキスをした日。
はじめて抱き合った日。
子どもたちの歯が生えた日。
テストで100点を取った日。
とにかく何でもいいから記念日を作ったが、そんな夫を冷たい目で見た妻がいたのも事実だ。
司は隣でまどろむ妻の手を取ると、甲にキスをした。
そして妻は、夫の癖のある髪に両手を埋め愛おしげにクシャリと掴む。
それは、妻の前では我儘な子供のようになる男に対しての母性とも言える愛情表現。
やがて疲れ切った二人は、抱き合ったまま眠りにつく。
心の中に互いの心を抱いて。
二人の心はひとつで、気持ちも鼓動もひとつ。
そんな二人の世界は愛に満ちているはずだ。
時が終るその時まで。

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結婚してから今まで、純粋に夫婦二人だけの夜といったものはなく、子供たちの誰かが必ず邸の中にいた。
そして、子供たちが幼い頃は、何かに怯えたように子供部屋を飛び出し、小さな足で両親の部屋へと駆け込んで来たこともあった。そんな時、迷わず布団を捲り、ベッドの温もりの中へと掬い上げるのだが、時に夫婦の営みの最中だったことがあり司も慌てた。
その時、妻が脱ぎ捨てたパジャマを慌てて掴み、何もなかったように着る姿が子供たちの記憶にあるかと言えば、訊いたことがないのだから知る由もないのだが、いつの頃からか、突然両親の寝室に駆け込んで来ることは、なくなっていた。
だが、それでも妻はささやかな抵抗をする。
子供たちが起きてる時間はダメ。
真夜中ならいい。
その時刻が一体いつなのか。
そんなものは有って無いようなもので司は気にはしていなかった。
そして司は妻を説得などしない。
何しろ、欲しくても欲しいとは決して言わない女は、自分から求めることはない。
それに我慢強いと言われる妻を説得などしても無駄だからだ。
遠い昔、あんたが好きなのといった言葉を聞くのにどれだけ時間がかかったことか。
だからいつも司の方から妻を求めていた。
バスルームのタイルの壁の前に立つ男は、他愛もないゲームに勝つと命令した。
俺を愛してくれと。
黒髪が身体をくすぐる。
目の前にひざまずいた女が照れて赤らむ顔は今更だが、躊躇いながらも屹立した目の前の固いものに手を伸ばし、それを掴まれた途端、身体がブルりと震えた。
それは、滅多に自分からはすることがない苦手な行為だと分かっている。
だが一瞬躊躇いを浮かべたその顔が、可愛らしく美しい。
結婚前、長男の航に母親のどこが好きなのかと訊かれたことがあった。
その時こう答えた。
母さんの怒った顔が好きだと。
だがそれは嘘だ。
高校生の息子に、母親が自分を斜め下から見上げる顔が好きなど言えないからだ。だが今、司の前にひざまずき、少し顔を上げた姿が彼の好きな角度であり、閉じた黒い瞳を開き自分を見て欲しいと思う。
身体をタイルに押し付けた姿勢に、背中に感じる冷たさとは逆の気持の高揚さが感じられ、苦痛と快感の両方を与えてくれるが、舌先と唇で尖った肉の塊を舐め含む姿を見下ろせば、タイルに磔にされた人間だとしても、動きたくなる。
だが今は妻に触れることのないように、手のひらはタイルに付けていた。
それは、ある意味己に架した拷問とも言える行為。
時に彼自身が己の貪欲さに呆れることがある。だから今夜は、妻の指先がふとももに伸ばされ己のものを捉えた瞬間、きしむように呻いたが決して妻に触れなかった。
ただ、彼女に愛して欲しかった。
そして司の性器は、柔らかな口腔内の奥深くに呑み込んで貰いたいと訴えるが、彼を食べてはくれず、ただ先を舐めるだけを繰り返す行為に耐えがたくなり、髪の毛をつかみ、喉の奥深くまで含んでくれと、容赦なくその口を自分のものにしたかった。
だが司のそんな想いが伝わったのか、赤い舌が亀頭の先をぐるりと舐め、喉の奥深くまで咥え、袋を片手で弄び始めた。
「・・つくし・・」
今夜は子供たちが居ない。
そのことが妻の開放感を大きくしたことは分かる。
そしていつもなら感じられる羞恥はなく、夫婦としての性愛に積極的になった女がいた。
だからもっと貪って欲しい。
身体の中の体液の全てを絞りつくし、吸い取って奪って欲しい。
それと同時に裸で立つ身体全体で、男とは違う柔らかな胸の膨らみを、ぬめぬめと潤っている深い内側を感じたかった。
だがそれを渾身の力で我慢し、呻いて膝をつきそうになる身体を冷たいタイルに押し付けたまま、己の腰で蠢く黒髪に手を差し入れるのを堪えた。
だがやがて妻の指が触れる感覚と、舌と唇の感触だけでは我慢出来なくなった。
だから妻の頭を掴み、濡れた口から熱く硬い塊を一度引き抜き、顎に手を当て、己を見上げるのに丁度いいと言われる角度に顔を上げさせた。
「・・ん・・あっ・・」
そこには、バラのように染まった頬と、あまりの大きさに、含むたびに溢れる生理的な潤いと、司自身の体液を乗せた唇が開かれてはいるが、太い分身の全てを含むことは無理だ。
そして司は、これまでにないほど硬く太くなった自身を口の中で解放するよりも、本来収めるべき場所へ受け入れさせることに決め、少し戸惑ったような表情を浮かべた妻の身体を両腕で持ち上げた。
天井の灯りを落した寝室は、片隅に置かれたオレンジ色の間接照明の灯りがぼんやりと部屋の中を照らしていた。
「つくし・・愛してる」
何度も繰り返すその言葉を、キスと共に落す細い鎖骨の窪みと滑らかな肩のラインは、若い頃と変わらない。
かつて一歩も引かないといった態度で司に向かってきた少女は、見つけられて、捕らえられたとき、真っ直ぐな瞳で彼を見つめ虜にしたがそれも今でも変わらない。
だから彼はその気持ちを伝えたかった。
今でも心の底から愛してると。
この世の中で一番好きなのは妻で、彼女の存在があるから司は生きていける。
彼女の愛によって救い上げられた男は彼女がいるから穏やかでいられる。
そして司が惚れた女は柔らかくか細いが、その身体の中には鋼の芯が通っていて、大きな黒い瞳の中に強い意思となって現れる。
司はそんな彼女の瞳が好きだ。
彼女の瞳に見つめられれば、優しい気持ちになれる。
だが愛するときは容赦がない。
時に荒々しく、時に優しく一晩中愛することを止めない。限界まで貪る。
そしてベッドの中の行為はバスルームとは逆転し、司が妻を貪った。
乳房を執拗に愛撫し、同時に口を近づけては乳首を甘噛みし、舐め、転がした。
「あぁ・・・」
すでに十分濡れていることは分かっているから、大きな手は細い腰を抱き上げ、先走った汁を湛え我慢できなくなった昂りを濡れそぼった場所に擦りつけ、潤いを広げ奥まで突き入れた。その瞬間柔らかな肉の襞が司を包み込み耐えがたいほど締め付けた。
「・・つかさ・・」
愛しげに名を呼ばれた司は、いつもより激しく動くと細い身体が昇り詰めるスピードに合わせ身体をぶつけ、妻を苛めるように愛して誰に遠慮する必要がない声をあげさせた。
「ああっ!」
「・・つくし。愛してる。俺の気持は今もあの頃と同じだ」
そう言って触れる温かな大きな手と濡れた柔らかな唇の感触。
それは50代の男のものとは思えないほど甘く切ない言葉。
二人が初めて愛し合ったのは、10代の頃。
ふたりの初めての時は痛みが少ないものにしたかった。
あの時は、あまりの気持よさに司は離れたくなかったが、彼女は苦痛に涙を流した。
共に初めての相手だとしても、男は本能で愛し方を知っている。
司はその間、ただ彼女を抱きしめ、愛してるという言葉を囁き続けた。そして慎重に彼女の中で動き、苦痛の波を取り去ろうとした。
だが翌朝シーツに着いた血の染みは大きかった。
夜の闇よりも黒いと言われる切れ長の瞳は、あの頃を思い出し、ただ一人の女を見つめていたが、組敷いた身体が弛緩すると、荒い息遣いと汗で濡れた身体で強く抱きしめ、唇を額に押し当てた。
そして温かい息が漏れる口元へキスを繰り返し、渇いているはずの喉に唾液を送った。
だがたとえ残滓なきほど吐き出し開放感を感じたとしても、身体は遠慮を知らず、汗まみれになった身体をなお一層激しくぶつけ、吐き出した己のモノと中から溢れる甘い蜜が何度混ざり合ってもまだ欲しかった。
それは愛に賞味期限などないのだから、いつまでも男と女でいたいと思う男の願いと欲望。
だから腰を浮かせることもなく、いまだに妻の中に身体の一部を留め繋がっていた。
そして両手を彼女の頭の両脇につき、見下ろす顔は、息を切らしながらも、満足げにふわりと微笑んだ。
「・・どうした?」
「・・ん・・」
荒い呼吸を繰り返しながら答えた短い返事。
「言いたいことがあるなら言えよ?」
「ん・・司の誕生日、子供達たちが見せてくれたアレ、懐かしかった・・」
それは、遠い過去から届けられた思い出。
司の誕生日に子供たちが演じた彼らの高校時代のエピソード。
二人の瞳の中に映し出されていたのは、校内を自由に駆け回る少年と少女の姿。
「お前を守ってやる」
と言えば
「守られるだけの女じゃない」
と返され恋に不器用だった少年の初恋は前途多難だった。
そんな二人が手に手をとって共に歩むまでは長い時間が流れたが、今は笑顔を浮かべ、子供たちに囲まれた日々を過ごすことが当たり前となった。
そして愛する心を隠す事も、感情も言葉も誤魔化すことをしなくなった二人。
だがあの頃だって司は自分の感情を隠さなかった。
彼女が自分の名前を呼んでくれれば、真夜中だろうが、どこにいようが駆けつけていた。
彼女しか見えなくて、彼女しか欲しくなくて、ひと言彼が欲しいと言ってくれればそれだけで良かった。
だから今でも必ず彼女に言って欲しい言葉それは、司を求める言葉。
それは『あんたが欲しい』
二人っきりの東の角部屋で交わされる夫婦としての会話に感じられるのは愛だけ。
だが時に己の執着の深さが恐ろしいと感じられることもあった。
二人でシーツに包まり幾度となく繰り返してきた行為と、妻を求める尽きない気持ちは異常だと言われるかもしれないが、決してそうではない。
それは、愛しているから出来ることであり、愛のない行為など司には出来なかった。
そして優しく響くバリトンで甘美な興奮を高めるが、組敷いた女の指先が触れれば筋肉が収縮し、未だに繋がったままでいる身体が硬度を増す。何度も求めてしまうのは、相手が妻だからで他の女では絶対にこうはならない。
だから出来ることなら朝から夜まで愛に溺れていたい。
二人は、今日のこの日まで人生を共に楽しんできた。
失った時間が流れはしたが、愛に囲まれた今はその時間も受け止めることが出来る。
何故なら失っていた時間は、いつか旅立つ天国へつづく道の途中で起きたハプニングであり、赤い糸はもつれたり、からまったりしたが決して切れることはなかった。
そして司が彼女のことを忘れていた時間があったとしても、心の片隅には彼女だけのスペースがあったはずだ。だが、それに気付くのが遅かっただけだ。
時に優しすぎることもあり、ときに恐ろしいほどのこともある彼女。
彼女のことを思い出した時は、思い出すのが遅いと大層怒られた。
そんな女に、
「我儘に生きてもいいんだぞ?」
と言えば、
「何言ってるのよ?我儘なのは司だけで充分よ?」
と返された。
そして
「おい、つくし」
と、何気なく名前を呼んで振り向く姿はいつもと変わらない笑顔があった。
そして夫婦の間にもルールがある。
脱いだ下着は必ず洗濯かごに入れること。
子どもに小遣い以上のお金を渡してはダメ。
プレゼントは誕生日とクリスマスと家族の記念日だけ。
だから家族の記念日を増やすことをした。
はじめてデートをした日。
はじめてキスをした日。
はじめて抱き合った日。
子どもたちの歯が生えた日。
テストで100点を取った日。
とにかく何でもいいから記念日を作ったが、そんな夫を冷たい目で見た妻がいたのも事実だ。
司は隣でまどろむ妻の手を取ると、甲にキスをした。
そして妻は、夫の癖のある髪に両手を埋め愛おしげにクシャリと掴む。
それは、妻の前では我儘な子供のようになる男に対しての母性とも言える愛情表現。
やがて疲れ切った二人は、抱き合ったまま眠りにつく。
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