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2017
12.22

追憶のクリスマス ~空からの手紙~ 前編

Christmas Story 2017
**************




『あなたはお伽話を信じますか?』

そう聞かれたとき、あなたは信じますと答えますか?

それがもし我が子からの質問だとすれば、あなたは何と答えますか?

東京の夜空にそびえ立つ高いタワーの色が変わる頃、あなたは何をしていますか?

世界中の恋人たちが肩を寄せ合い楽しそうに歩く姿に何を思いますか?

クリスマスの過ごし方といった本があるとすれば、あなたはその本を買いますか?








あなたはクリスマスの日、何をしていますか?











冬の夜空に冷たい風が吹き、街に赤や緑が目立つようになり、クリスマスツリーが飾られる頃になるといつも聞かれることがある。

「ねえ、ママ。サンタさんて本当にいるの?」

「うん。いるわよ」

「ホント?本当にいるの?」」

「本当にいるの。でもね、遅くまで起きてる子と悪い子の所には来ないの。だから駿が早く寝ていい子にしてたら来てくれるわよ?」

「そっか。じゃあ僕が早く寝ていい子にしてたら絶対に来てくれるんだよね?」

「そうよ?駿はいい子だもの。きっとサンタさんは来てくれるわ」

「本当?じゃあ僕が欲しいものを持って来てくれるかな?」

「大丈夫。だってサンタさんは早く寝ていい子の願いは絶対に聞いてくれるもの」

「そうだよね?僕、今年もいい子だったよね?だから大丈夫だよね?サンタさん絶対に家にも来てくれるよね?」

「うん。絶対大丈夫よ!サンタさん、駿のこと忘れる訳ないじゃない。だからね、もう寝なさい」


街がクリスマスイルミネーションに彩られるようになった頃から何度も繰り返される言葉。

『サンタさん本当にいるの?』

だが母であるつくしは、早く寝ていい子だったら必ず来てくれるとしか言えなかった。






つくしは笑顔を作ると、眠りについた我が子の髪をそっと撫でた。
ここのところ息子の顔を見るたび感じることがある。
よく似ているのだ。癖のある髪も、細い眉も、黒く長い睫毛も、そして切れ長の瞳も。
眠っている顔も、笑っている顔も、怒った顔も、くしゃみをした顔も。
どんな表情をしても似ているのだ。
移り行く季節と共に成長していく息子の顔立ちは、父親譲りの綺麗な顔立ちをしていた。
そしていつも思う。自分がお腹を痛め産んだ子なのにどうして母親である自分に似たところはないのかと。
そしてまるであの人のミニチュアのような我が子は、まだ幼いせいか母親の言うことを素直に信じる。だが果たしてそれがいつまで続くのかと思う。


『サンタさん。絶対に来てくれるよね?』

『大丈夫。きっと来てくれるわ』

つくしもその言葉を信じていた。
言葉は口をついた途端、魂を持つ。
だからその言葉通りきっと来てくれる。
だが息子とはまた別の意味で『来てくれる』という言葉を信じていた。
何年経ってもいい。必ず戻って来るはずだと信じていた。
いや信じたかった。
だがそれは『いつかまた逢える』と言った方が正しいのかもしれない。


人は縁がない人とは一生出会うことはない。
逆にどんなに抗ったとしても、縁があれば出会ってしまう。
だからどんなに住む世界が違っていた人だとしても、縁があるから出会ったのだ。
そしてその縁というのは、何かが始まるきっかけになるはずだ。
それは一生切れない何かを生み出していくものだと知った。
だが息子の父親は、自分の子供が存在することを知らない。


あれは冬だった。
今夜のように寒い冬の夜。
吐く息が白く、指の先が凍りそうになるほどの冷たさを感じる夜。
仕事を終えた二人はサンタクロースの格好をした人間が溢れる街の中にある公園で待ち合わせをした。

彼は普段から海外と日本を行き来する生活が続いていた。だからあの日は久し振りに会える日だった。
だが1時間ほど待ったが彼はこなかった。手にした携帯電話が鳴ることもなかった。
自分からかけることは躊躇われた。もし、仕事中なら迷惑になると思ったからだ。
それにこんなことはいつものことだと慣れていた。今までだってそうだった。だから落胆はしなかった。それでもあと30分待とうと思った。そして待った。だが彼は来なかった。

それから暫くしてベンチから立ち上がり歩き出したが立ち止まった。そして顔を上げ真正面に見える高層ビルの窓の灯りの場所を確かめたかったが、不規則に並んだ窓の灯りはどの場所が彼のいる部屋か分からなかった。だが知ったところでどうなるというものでもない。
ただ、あの窓のひとつに彼がいる。それだけは間違いがないのだから。
そうだ。別に今日会えなくてもいい。何も今日でなくてもいい。
だが会いたいと言ったのは彼のほうだ。それでも腹を立てるつもりはない。
会えない日がまた再び始まるとしても。



つくしは気を取り直すと再び足を踏み出した。
ちょうどその時、手にしていた携帯電話が鳴った。
相手は彼の秘書だ。今まで秘書が電話をして来たことはない。
だから何かあったのだといった思いが頭を過った。
そしてその思いは当たっていた。
彼が交通事故にあった。その言葉が一瞬理解出来ずにいた。

「こ、交通事故?」

「はい。牧野様、今すぐ病院へ来て下さい。病院は__」


それからはよく覚えていなかった。
すぐに走り出し、大通りに出るとタクシーを拾った。そして秘書から教えられた病院の名前を告げるとシートにもたれかかり目を閉じた。そして祈った。どうぞ無事でいて下さいと。それと同時に高校生だった頃のことが甦った。彼が刺された日の事が。
そして病院に駆け付けたとき、目にしたのはあの時と同じ沢山のチューブに繋がれた身体だった。
そこで隣に立った秘書から聞かされた言葉。
事故に遭ったのは横断歩道を渡ろうとしたとき、信号無視をした車にはねられたと訊いた。
運転手はまだ免許を取ったばかりの大学生の若者。ぼんやりとしていたのか信号を見ていなかったと言う。

そういえばあのとき、救急車のサイレンの音が響いていた。
そしてそこは、つくしが待っていた公園の入口。
彼女が座っていたベンチまで僅かな距離を残しての場所だった。




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2017
12.23

追憶のクリスマス ~空からの手紙~ 中編

あれから6年の歳月が流れた。

あのとき26歳と27歳だった二人は、先の見通せない世界にいた。
出会ってから10年近くの時間が流れ、肌を寄せ愛を確かめ合う回数は増えた。
好きだ。愛してる。俺から離れないでくれ。
そう言って抱きしめ合う二人がいたが、心の中には目に見えない不安というものがあった。

4年という別離を経て帰国した彼との交際は5年になっていたが、その間、全てが順調といった訳には行かなかった。人生には波があると言われるが、二人の間にも波が押し寄せた。
それは道明寺HD財務担当者による不正経理の発覚。子会社による製品の品質データ改ざん。
どちらも企業としての信頼を著しく裏切る行為であり、強い不信感を巻き起こす。そしてそういった行為がひとつでも見つかれば、他にもあると思ってしまうのが社会であり、あの会社は内部統制、コンプライアンス体制が欠如しているとのレッテルを貼られる。

そしてどちらの問題も業績に大きく関わることであり、財務体質の見直し、新たなる検査体制の構築を早急に求められた。だが問題となったどちらの部門も、会社が大きくなればなるほど経営トップが直接関わることがないことだが、それでも責任が問われることは間違いない。

そして、現実社会の波といったものは、寄せては返す波とは違い、その場にとどまり続け、企業の土台を侵食していく。それはしっかりと固められていたコンクリート作りの土台であっても、原材料の一部が砂であることを思い出させるような出来事だった。
一度土台が崩れ始めるとそう簡単には修復できない。だが彼はそれを修復するために力を尽くしていた。

彼と出会って、彼を好きになり、永遠に一緒にいたいと彼と生きていこうと決めていたが、彼は今でもそうなのだろうか。時にそんな思いを抱くようになっていた。何故そう思ったのか。その時は分からなかった。

そして結婚の約束は果たされないまま、時間が流れた。
仕事が忙しいのは分かっている。それは十分理解しているつもりでいた。
昼も夜も働き続ける彼の力になりたいといった思いで傍にいたが、本当に自分が力になっているのだろうかといった思いがあった。もしかすると自分の存在は、彼にとって重荷になっているのではないだろうか。そう感じたのは、財閥の危機に救済の手を差し伸べた企業が彼との婚姻を念頭に置いていることを知ったからだ。

だからあの日、会う約束をしたが、どんな話になるか分からないと思った。
もしかすると__
と、二人の別れが頭の中を過った。だがそれはそれで仕方がないことなのかもしれない。
どこかでそう自分自身に言い聞かせていた。彼は大きな責任を担う仕事をしているのだから仕方がないのだと。ちっぽけな小さな世界に生きる自分とは違い、多くの従業員とその家族。系列と呼ばれる多くの企業に働く大勢の人間とその家族。彼らを守るのが経営に携わる者の仕事のひとつだから。

だがそんなことを考えたのが悪かったのかもしれない。
だからあんなことになったのだ。
それに彼が知れば『ばかやろう。お前は何を考えてるんだ。俺はお前とじゃねぇと幸せになんかなれねぇんだ』と怒鳴ったはずだ。

それは永遠の不在となったかもしれないあの日。

道明寺財閥の一人息子が交通事故に遭い重傷を負った。
一時は生命の危険も囁かれた。だが彼はその危機を乗り切った。
それは医学の力と本人の精神力の強さ、体力といったものがあったからだろうと言われていた。

その翌年、息子が生まれた。
彼そっくりの息子が。そして母親を見つめる瞳は純粋な眼差し。
自分を愛してくれる人をただ一心に見つめるその瞳は、彼と同じ瞳。
だがそれは恋人が愛する女性を見つめる瞳ではない。自分を無条件で愛してくれる人に向けられる無垢な視線。
そしてその視線に既視感が感じられるようになった。それもそのはずだ。
息子と彼が親子であることを考えれば、当たり前のことなのだから。
だが彼は息子の存在を知らない。

事故に遭った日。
手術を受け、集中治療室で治療を受け、生命の危機は乗り切った。
だが目を覚ますことはなかった。
死からは逃れたが、彼はあの日以来硬く目を閉じ眠ったままで、生からは見放されたのではないかと言われている。

そしてあれから時間だけが流れて行く日々が過ぎた。

今では何故あの日、彼が別れたいと思っているといったことを考えたのかが分る。
あの時はまだ分からなかったが、子供が出来たことがそんな思いを抱かせたのだ。
妊娠したことが、感情の揺れを呼び起こし、精神的に不安定になった。
そんな心を抱え普段なら思いもしないようなことが頭を過った。
そして丁度あの頃、二人の未来がどうなるのか分からない時だったことが、彼が別れたいと望んでいるのではないかといったことを考えてしまった。



『赤ちゃんが出来たの』

もし、もっと早く気づいていれば。
もっと早く分っていれば。
あの日、彼が事故に遭わなければ。
彼に嬉しい知らせを伝えることが出来たはずだ。

その時の彼の顏が目に浮かぶ。
少し照れた様子で、それでも次の瞬間には本当に嬉しそうな表情を浮かべたはずだ。

『俺たちの子供か。楽しみだな』

そう言って抱きしめてくれたはずだ。そしてその時の顔は、既に父親の顔をしていたはずだ。
と、同時にやはり嬉しさを隠しきれず、どこの父親でもまず一番初めにすると言われる行為をしたはずだ。それは、しゃがみこんでまだ何の気配も感じることのないお腹に耳をつけることだ。そして顔を上げて言うはずだ。

『元気な子供を産んでくれ』





たとえ結婚できなくても良かった。
ただ、大きく迫り出してくるお腹を愛おしそうに撫でてくれる。それだけで良かった。

そしてあの日。
彼のコートのポケットには小さな箱が入っていた。
それは白いリボンが掛けられた青い箱。

『つくしちゃん、司はこれをあなたに渡そうと思っていたのね。きっと言うつもりだったのよ。遅くなって悪かったってね』

嗚咽を漏らす椿から渡されたその箱の中にはダイヤの指輪が輝いていた。





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2017
12.24

追憶のクリスマス ~空からの手紙~ 後編

『雨は夜更け過ぎに雪へと変わる』

そんな歌がある。
だがクリスマスイブの夜、東京に雪が降ったのは、50年以上も前の話で降れば奇跡と呼ばれている。そして今年のクリスマスイブも雪は降ることはないはずだ。
つまり奇跡は起きないということだ。

そしてその歌の続きは_

『きっと君は来ない』

またいつか逢えるはずだと願う人間には辛い歌詞。
だがもし、今夜降る雨が雪に変われば奇跡が起きるはずだ。
だから毎年願う。この日に雨が降り雪へと変わりますようにと。
だがビロードのような空には星が瞬いているのだから落ちてくるものなど何もないはずだ。

息子が生まれてからずっと二人で生きてきた。
彼の姉である椿は世田谷の邸で暮らしましょうと言ったが、結婚していない女がそんなことは出来ないと断った。

彼の子供は椿にとって甥だが、父親である弟は目を覚ますことなく眠り続けており、認知されていない子供だ。もし、彼が永遠に覚めなければ誰が財閥の跡を継ぐのかといった問題が浮上するが、そのことに我が子を巻き込みたくはなかった。だからシングルマザーとして働きながら子育てをしている。

そして嗚咽を漏らしながら渡された指輪は、一度も嵌められたことはない。
いつか彼が目覚めて嵌めてくれることを願うからだ。
きっといつかまた逢えると、逢える日を願っている。








「ママ!雨だ!雨が降り始めたよ?サンタさん雨だけど来てくれるかな?大丈夫かな?」

「・・ん?」

つくしは窓の傍にいる息子の声に気のない返事をした。

「だから、ママ雨が降って来たよ・・あ、でも雪だ!雪だよ!」

「本当に?雨じゃないの?」

息子が窓の外を見て言った言葉は本当なのだろうか?
もしそうなら降る雨が雪へ変わることを願わずにはいられない。何故なら東京の街に50年振りに降る雪は奇跡を連れてくるはずだから。

「違うよ!本当に雪だよ。白くてふわふわしてる!ねえママ雪だってば!見に来てよ!」

「うん。わかった。わかったから。でも待って。ママ今手が離せないの」

二人だけのクリスマス。
彼によく似た我が子と過ごす日に奇跡が起こることを願う。
今までもずっとそうして来た。そしてこれから何年経とうが、ずっとそうするつもりでいる。

用意したケーキは、イチゴが乗った真っ白で小さな丸い形。
ハンバーグが大好きだという我が子のため焼く楕円形の上にはチーズが乗るが、その焼き具合を確かめ、ベランダに面した窓に張り付いている我が子の傍へ行った。

「どこ?本当に雪が降ってるの?雨じゃないの?」

「違うよ!本当に雪だから!」

我が子の言った言葉は正しかった。
降り出した雨が雪に変わったのだろう。
窓から見上げた空から降り始めたのは確かに雪だ。そして真っ白な雪の結晶は、ベランダの手すりに薄っすらとだが積り始めていた。

「ね。ママ、雪だよね?」

「うん。そうだね・・・。今年のクリスマスイブは雪になったね?」

イブに雪が降る。
50年以上降ったことがない東京のイブの夜。
あの日、どこかのビルの窓一面に大きなクリスマスツリーの形をした明かりが灯されていた。
あの日、二人は会う約束をしていたがその約束は・・・まだ果たされていない。
だがその約束を今夜果たして欲しいと願うことは、無理な願いだと分かっている。
それでも、もし奇跡が起こるなら今夜起きて欲しいと願う。
真っ白な部屋のなか、静にベッドへ横たわっている彼が目を覚ましてくれることを。

「・・・道明寺・・」

「・・ママ?どうしたのママ?」

つくしはたまらなくなった。
下から見上げる我が子が一瞬寂しそうな表情を浮かべたのを母は見逃さなかった。
そしてそんな表情をさせてしまった自分は母親失格だと感じていた。ひとりで育てると決めたとき、我が子の前では決して寂しい表情を見せないと決めたはずだ。

「うんうん。何でもないわよ。さあ、ハンバーグ食べなきゃね?今日もママのハンバーグは美味しく焼けたはずよ?」

「うん!早く食べようよ!」

5歳の男の子は母親の手を取り、窓の傍を離れた。
そのとき、玄関のチャイムが鳴る音がした。
だがこんな夜、誰がチャイムを鳴らすのかといった思いがある。
つくしの家は都心から離れた郊外にある賃貸マンションの2階だがオートロックではない。
頭を過ったのは宅配便かという思い。我が子を残し玄関に向かった。

「・・はい?どなたですか?」

扉の向うから返って来る声は聞こえない。

「あの?・・どなたですか?」

再び問いかけたがやはり返事はなかった。
仕方なく恐る恐るだが扉に近づき、そっと魚眼レンズに目を近づけた。
するとそこに見えたのは黒いコートを着た男の後姿。
大きな背中に広い肩幅。
その後ろ姿にはどこか見覚えがあった。だが少し痩せて見える。
そしてまさか。という思いがして自分自身に問いかける。

あの人なの、と。

もしそうなら椿から連絡があるはずだ。だがその後ろ姿は紛れもなくあの人のものだ。
間違えるはずがない。どんなに遠くにいてもあの人の姿なら見つけることが出来る。
つくしは、防犯のため用意してあるバットの位地を確かめ、大丈夫だと思い切って扉を開けた。
その瞬間男が振り向いたが、頭には薄っすらとだが白いものがあり、肩にも白い雪の結晶がついていた。
そしてその男の姿が視界いっぱいに広がった。

「・・・どうみょうじ?」

そこにいたのはずっと逢いたかった人。

「・・牧野・・」

名前を呼ばれたがつくしは言葉が出なかった。
そして目の前の男を見つめたまま動かなかった。
もしこれが幻なら、夢なら、彼の姿はすぐに消えてしまうからだ。
だがしっかりと確認したい思いを持っていた。

「・・・どうみょうじ・・・道明寺なの?」

口を開いたが声は哀しいのか嬉しいのか分からないほど震えていた。
少し痩せた身体に似合いのコート着た男は、顔色はよく、長い間眠りについていたとは思えない。そして自分の足で立っている。だからこれは夢でもなければ、幻でもない。現実だ。マンションの廊下に佇む男の姿だ。

「・・ああ。・・牧野・・俺だ。道明寺司だ」

信じられない思いがしていた。
1ヶ月前、病院を訪ねたとき彼は特別室で静かに眠っていた。
その姿は本当にただ寝ているだけで、少し痩せていたとしても、6年前と変わらない姿は今にも起き出して来そうだった。
だがつくしが年を取るように、彼も少しずつ年を重ねていく姿があったはずだ。そして今は真剣な顔をしてつくしを見つめていた。
だがそのときだった。パタパタと小さな足音がして玄関に現れたのは、息子の駿だ。

「ママ、この人誰?宅急便の人?・・・それとも、もしかしておじさんがサンタさん?でも赤い服も着てないし白いお鬚もないよね?でもプレゼント、持って来てくれたんだよね?僕ママにお願いしたんだ。パパに会いたいって!僕パパに会ったことがないんだけど、パパは外国に行く船に乗る船長さんなんだって!だから日本に帰って来ることが出来ないんだって!僕のパパはね、ずっと海の上で暮らしているんだ。・・だからクリスマスも帰って来ることが出来ないんだ。・・・でも今年は帰って来てくれそうな気がしてたんだ!ねえサンタさん、パパを連れてきてくれたんだよね?ねえ、パパはどこ?」

つくしは我が子がパパと言う男性の存在を意識し始めると話をした。
パパは、外国航路の船に乗っていて長い航海へ出ていると。
そしてその船は滅多に港に立ち寄ることはなく、1年のうちの殆どを海の上で過ごすのだと。丁度その頃、駿を連れ港の傍を通ったことがあるが、その時見た船はとてつもなく大きな船。
それを彼の会社に例えるとすれば、まさにその通りと言える大きさだ。だから息子には、パパはああいったお船の船長さんで大変なお仕事をしているの。だから帰ってくることが出来ないのと話をした。

まだ高校生だった頃、彼に言われたことがある。
『俺の夢は叶った。欲しかったものを手に入れることが出来た。それがお前だ』
今のつくしも同じことが言える。

いつも心の中で祈っていた願いは叶えられた。

クリスマスイブ。

やっと会えた。

東京の夜に降れば奇跡だという雪とともに_。










司は屈みこんで我が子と同じ目線の高さに視線を合わせ、癖のある髪に手を置いた。

一目でわかる我が子。
姉からあなたには5歳の息子がいると訊かされた時は驚いた。
そしてすぐにつくしちゃんに連絡をするからと言った姉を自らが会いに行くからいいと言って止めた。そしてあの時出来なかったことをすると言った。


父親は海の上で暮らしていると我が子に言った彼女。
それは的確な表現だと司は思った。

まさに司は大海原の底にいた。何も見えず何も感じず真っ暗な海の底に沈んでいた難破船の中にいたようなものだった。そしてその船は海中の景色に同化したように動くことはなかった。だが何かがその船を動かした。そして波間に揺蕩う小船のように船は浮上した。

すると長い間なんの反応も示さなかった身体が動き、意識が水面を漂い始めた。
そしてある日突然目が覚めたが、何故白い部屋に横たわっているのか分からなかった。
そして記憶は冬の夜、交差点で信号が変わるのを待っていたところで止っていたが、事故に遭ったことを思い出した。その日は生涯の相手に大切な話をしに行く途中だった。

そしてその事故がいつのことだと訊かれれば、ついこの前のことだと思う。だが目覚めた男に告げられたのは、その日から6年の歳月が流れているということ。そして季節はあの頃と同じ冬だということを告げられた。

そしてそれはクリスマスイブの10日前に起きた奇跡。
深い闇の中に沈んでいた彼に生きたいという意志が働いた。
彼女に会いたいという意志が。
そして今、司は彼女と我が子の前にいた。

今、司がすべきことは決まっている。
あの時出来なかったプロポーズの指輪を渡すことをする。だがその指輪は彼女の元にあると椿から聞かされた。言葉はなくても彼女はその指輪を受け取ってくれた。そして自分の子供を産み育てていた。今の司には天からの二つの大きな贈り物が目の前にある。

司は立ち上がり、大きな瞳で自分を見つめる女に言った。

「牧野、もう一度俺と始めてくれないか?あの日からもう一度。俺はお前じゃなきゃ駄目だってことは知ってるだろ?お前がいなきゃ駄目だってな」

司の記憶は6年前のあの日で止っている。
一度は駄目になりそうになった二人の絆を結び直そうとしたあの日の夜で。
だからあの日に彼女に言いたかった言葉を言った。

「・・牧野・・」

初めて互いの肌を寄せたとき、背中に回された指が震えたのを覚えている。
裸で互いの体温を感じ合い求め合った。
そしてあの日から何年経とうとも、変わることがない想いがある。
互いが互いでなければならないといった想い。
それでも一度は二人の間に見えない力が働いたことがあった。
けれど、その力に打ち勝つ努力をした。そしてその力に打ち勝った。

「・・牧野?」

神は乗り越えられない試練を与えない。
だが時を巻き戻すことは出来ない。
そして、二度と帰らない日があっても今はそれを語らなくていい。
今は過ぎてしまった過去を語る必要はない。
今が目の前にあればそれでいい。
二人がここにいることが生きている歓びであり、過去など必要ない。
今の二人には過去など無力だから。
だからその手をゆだねて欲しい。

「どうみょうじ・・」

司は泣いている女を見つめていた。
唇が、頤(おとがい)が震えていた。
だが泣かないで欲しい。
あの頃の愛しさは今も変わらないから。
哀しみよりも、6年の歳月よりも長いキスをすればいい。
心が求める人はただ一人。一瞬閉じられた瞼が開かれたとき流れた涙に“お願い”という言葉を聞いた。

「・・牧野・・」

司はしゃがみ、事情が呑み込めずキョトンとしている我が子を抱き立ち上り、女を優しく抱き寄せた。そして女が彼の背中に両手を回し、少し痩せてしまった体躯に必死でしがみついてくるのを感じた。

「・・道明寺・・・」

二人が今叶えようとしているのは、6年前成し遂げることが出来なかった想い。
そして今、互いの腕の中に永遠の愛を見つけていた。
それは、司にそっくりな我が子の存在だ。

「・・牧野。この子の名前は_」

司は姉から息子の名前を聞いている。それでも彼女の口から訊きたい思いでいたが、答えようとしていた母親の言葉を遮ったのは彼の腕に抱かれている男の子だ。

「僕、駿って言うんだ!5歳だよ!」

真っ直ぐな瞳で自分を抱いている男に嬉しそうに言った。
司は自分に似た幼子の精一杯の自己主張に胸を衝かれていた。初めて会う幼子だがどうしてこうも愛おしいのかと。

「そうか。駿か。いい名前だな。おじさんは司って言う名前だ。・・・駿のパパだ。やっと船を降りることが出来た」














クリスマスイブの夜、50年以上前に東京に降った雪が今年降った。
それは奇跡。
だからこそこんな夜には愛する人と一緒に過ごしたい。
そしてこの雪が誰の上に降ろうが、東京の景色を白く変えてくれるはずだ。

長い間たったひとつの愛だけを待っていた女に神が与えたのは、奇跡という贈り物。
そして長い眠りについていた男の元にも神は奇跡を持って現れた。
そんな男と女には、互いに言えなかった言葉と言い尽くせなかった言葉は沢山あるが、それをこれからの人生で告げていくつもりだ。






中谷宇吉郎という世界で初となる人工雪の制作に成功した物理学者が言った有名な言葉がある。それは『雪は天から送られた手紙である』という言葉。
雪の結晶は様々な形があるが、愛にも人それぞれに形がある。
二人がこれまで経験したことは二人の愛の形。
そんな二人の元に降る雪の結晶は果たしてどんな形なのか。
だが、どんな形をしていたとしても、それが二人の元へ送られてきた天からの手紙。
今日こうしてイブの夜、50年を超える時を経て東京に降る雪は、奇跡はきっと起きるからと神が知らせてくれた手紙。
その手紙が一人の男と一人の女に奇跡をもたらしてくれ、司は彼女から大切な贈り物を受け取った。
自分が命を分け与えた我が子という宝物を。


これからは、今夜降る雪のように真っ白なカンバスに家族3人の人生を描く。
そしてここに3人の心を包む夜があるように、これから始まる新たな人生は、男が一生包み守っていく。

あの頃の愛しさ以上に強く抱き、決して離さないと誓って。





< 完 > *追憶のクリスマス ~空からの手紙~*
Happy Holidays! 明日はアフターストーリーです。

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2017
12.25

追憶のクリスマス ~遅れてきたプロローグ~

クリスマスイブの10日前に目覚めた司。
簡単には利かなかった身体の自由。
それでもどうしてもクリスマスイブに二人に逢いたかった。
そしてその思いが司の身体に奇跡を起こした。


椿から息子がいると聞かされたとき、まさかといった思いと同時に湧き上がった歓びがあった。それは、何が起ころうと、誰に何かを言われようと、自分の意思を貫き通すことを決めた彼女が二人の間に出来た子供を産み育てることを決断したことだが、その決断は司にとっては嬉しいものだった。

だが、椿からの援助の申し出を断り、シングルマザーとして仕事と育児をこなす女の苦労は並大抵ではなかったはずだと思う。
しかし彼女は昔から苦労を苦労と思うことがなかった。そして苦しいといった素振りを見せたこともなかった。守ってもらわなきゃ幸せになれない女じゃないと言ったこともあったが、司には分っていた。それが健気な強がりであることを。

そして息子に駿(しゅん)という名前をつけた理由を教えられたが、どんな困難にも怯むことなく立ち向かう馬のようになって欲しいといった意味があると。
そして活発で活動的。行動力のある人間になって欲しいといった願いを込めたと訊かされたが、まさに活発な男の子はパパの存在を心から喜んでいた。




「ママ!パパが来たよ!パパはお船に乗って海の上にいたけど、来てくれたよ!きっとサンタさんのソリに乗せてもらったんだね!パパいいな~。サンタさんのソリに乗るなんて!いつか僕も乗りたいな」

幼児らしく頬を赤く染めた我が子の話は、サンタクロースの存在を信じているからだが、司がその存在を否定することは出来なかったし、もちろんそのつもりはない。

「ああ。駿も乗せてやる。今年のサンタは帰っちまったが、来年は必ず乗せてやる」

「ほんと?僕サンタさんに会いたいよ!だって今年はパパを連れてきてくれたんだもん。僕サンタさんにお礼を言わなきゃね。でもママはサンタさんはいい子でいて、早く寝る子のところにしか来てくれないって言うんだ。それじゃあ僕永遠にサンタさんに会えないよね?だから来年からは夜更かししてもいいよね?」

「駿ダメでしょ?子供は早く寝るって決まってるの。遅くまで起きてたら、サンタさん来てくれないわよ?それでもいいの?」

駿は母親からそう言われ、哀しそうな顔をした。
母は嘘を言ったことはなく、いつも正しいことしか言わなかったからだ。だから母の言うことは絶対だ。そして親子揃って真面目なのだから駿は母の言葉を疑うことはない。

「・・それは困るよ。だってサンタさんには来年もパパを連れて来てもらわなきゃならないもん・・・」

来年もパパを連れて来てもらわなきゃならない_

その言葉に司は胸の奥から突き上げるものを感じていた。
この年頃の子供は素直だ。そして正直だ。自分の思ったことをそのまま口にする。
今我が子が口にしたその言葉は、パパはまた海の上の生活に戻ってしまうと思っているようだ。

「・・駿。いいか。パパはもう船には乗らねぇし海の上に戻ることはもうねぇぞ。これからはずっとお前の傍にいてやる。それにな。心配するな。パパがサンタのプレゼントよりもっといいものをプレゼントしてやる」

そう言って司は息子の髪に手を差し入れ、くしゃりと掴んだ。癖のある髪の感触は自分の髪の毛と同じだが、見つめる瞳の輝きは母であるつくしのものだ。そしてその母親は司の言葉に鋭く反応を示した。

「ちょっと!な、なに言ってるのよ!子供の夢を壊すようなこと言わないでよ!クリスマスのプレゼントはサンタクロースが持って来ることに決まってるんだからね!勝手なこと言わないでよね?」

「あぁ?なんでサンタじゃなきゃなんねぇんだよ!今までだってお前がサンタやってたんだろうが。それに俺がサンタなんかに負けるわけねぇだろうが!それに子供にプレゼントをやるのはサンタじゃなくて父親の役目だろうが!」

だが司は親からクリスマスプレゼントといったものを贈られた記憶がない。
世間から見れば、裕福な家の子供で、当然のように沢山のプレゼントが贈られては来た。
だが心から欲しかったものが何かと言えば、物ではない。それにどんなに高価な物が贈られても、子供には不相応と言えるものばかりであり、心に響くような物はひとつもなく、サンタクロースという人物がプレゼントを配達してくれるリストからは漏れたのだと感じていた。
だから枕元にそっと置かれるプレゼントといった物はなく寂しい思いをした。司は、そんな思いもあり自分が経験したような子供に無関心な親になるつもりはない。

「ちょ・・子供の前でそんなこと言わないでよ!こ、子供には夢ってものがあるの。それを親のアンタが壊してどうするのよ!」

「・・パパ・・サンタさん・・本当はいないの?」

司は我が子のしょんぼりした声に慌てていた。
今まで寂しい思いをさせてきた我が子が悲しむ顔など見たくない。
それに父親である自分が傍にいなかったことを考えれば、息子をここまで育ててきた女の言葉に同調しなくてどうするのかといった思いが沸き上がった。

「いや。駿。サンタはいる。サンタクロースはいるぞ。だからパパはそのサンタのソリに乗せてもらって海の上を飛んでここまで来た。とにかくサンタはいる。いつも忙しい男だが確実にいる。絶対にいる。けど来年はサンタからソリを借りてやるからな。それにあの男はソリを沢山持ってるから心配するな?・・な、つくし?」

「えっ?う、うん」

司は話をつくしに振り、これ以上サンタクロースの件で話をするのは止めたとばかり部屋の片隅に置かれたプラスチックで出来た小さな緑の木に目を止めた。

「それにしてもチンケなツリーだな」

「ちょっと!今度はなによ!うちのツリーに文句つけるつもり?」

「ああ悪りぃ。つい本音が出ちまった。まあいい。それより行くぞ」

司は、本当はそんなことを言うためここに来たのではない。
離れ離れになっていた家族をひとつにするためここに来た。

「・・?行くってどこに行くのよ?」

「決まってるだろうが。うちだ。邸にはデカいクリスマスツリー飾ってある。それを駿に見せる」

司は我が子の存在を知り、大きなツリーを用意し、豪勢な料理と大きなクリスマスケーキも用意した。そしてクリスマスプレゼントも準備した。だが自分によく似た息子とその母親が真剣な顔で自分を見つめている姿に気付いた。

「あのね、あたしと駿はこれからケーキを食べて、ハンバーグを食べるの。だから_」

司は言葉に詰まった女の思いを理解した。
毎年親子二人。小さなツリーを前に、丸く白い小さなケーキと、手作りハンバーグを食べるのがこの家の大切な行事。これが年の瀬の息子の楽しみであり、この親子にとって小さな部屋の中で過ごすこのスタイルが彼らのクリスマスであることを。
そして願い事を叶えて欲しいとサンタクロースに祈り、翌朝になればパパがいることを願っていた我が子。だが叶えられることはなかったその願いの代わりに、枕元に置かれた母親からのプレゼントを開けていた我が子の姿が見え、司はその思いを受け止めた。

「・・ケーキもハンバーグも持って行けばいい・・それにお前が用意したプレゼントもだ。駿、支度しろ。ママのハンバーグを持って出掛けるぞ。勿論ケーキもだ。パパの家にはデカいツリーが飾ってある。それを見に行くぞ」









クリスマスキャンドルが揺らめく部屋は、赤や緑。銀や金の飾りが施され、中央にある大きなモミの木は本物だ。
そしてその木に飾られているのは、小さなプレゼントボックスや、靴下。雪の結晶や、赤と白のストライプの杖、金色に輝くベル。天使やキラキラと輝くボールといった色とりどりのオーナメント。
そしてキリスト誕生を告げたベツレヘムの星と呼ばれる煌めきは、高い木の頂上で輝きを放っていた。

そんなクリスマスツリーの根元に置かれたリボンが掛けられた沢山の箱は、我が子と愛しい人への贈り物。
本来なら毎年贈るはずだったが、逢えなかった6年という長い年月の思いを込めた贈り物の数々。たとえそれが贅沢だ。こんなに沢山勿体ないと言われようと、どのプレゼントにも思いが込められている。

「駿。あれは全部お前へのプレゼントだ。パパが今までお前に逢えなかった分だ」

駿は突然連れて来られた大きな邸と大勢の使用人の出迎えに戸惑っていたが、活発な子供らしさと、好奇心に満ちた眼差しで色とりどりの紙で包まれた箱に目を向けていた。

「わぁ~!パパ!本当にいいの?あれ全部僕が貰っていいの?こんなに沢山プレゼントを貰うなんて初めてだ!ありがとう、パパ!」

駿はそれまで握っていた司の手を離し、プレゼントの箱が詰まれたツリーの元へ走って行くと、床に座り込んだ。そして、リボンが掛けられた大きな箱の包み紙を剥がし始めた。

「駿!今日はまだイブよ?プレゼントを開けるのは明日でしょ?」

「別にいいじゃねぇか。今日だろうが明日だろうが。それに沢山あるんだ。少しくらい開けても構わねぇだろ?いいぞ、駿。沢山あるんだ。ちょっとくらい開けても構わねぇからな」

中から出てくるのは、5歳の男の子が喜びそうなもの。だがそれは司が見たことがないようなおもちゃが入っていた。もっと高価なものをと考えたが姉に言われたことを思い出していた。

『子供は値段なんか関係ないの。それよりも手にして遊べるおもちゃが一番いいの』

そう聞いた司は、それならと考えたが結局分からず邸の中で5歳児がいる使用人を集め、聞いていた。その結果選ばれたおもちゃの数々が用意されたが、その中に多少現実離れしたものがあったとしても、それは仕方がない話だ。何故なら司が幼い頃、貰ったプレゼントもそういったものだったのだから。

例えばそれが高級外車をそのまま小さくしたレーシングカートだとしてもいいではないかという気でいた。何しろ、息子がいると知り、行動を調べたが、車にいたく興味があることを知った。だから息子が好きだというものなら与えてやりたいと思うのが親だ。そして当然、邸の庭に走行コースも作らせたが安全面も考慮されている。
だがもし息子が鉄道を好きだというなら、どこかの鉄道会社を買収してもいい。
それに鉄道模型が走る部屋も作ってやるつもりだ。
たとえ親バカと言われようが一向に構わない。これから今まで出来なかったことをもっとするつもりでいるのだから親バカ上等といった思いだ。

そして、自分をそんな親バカにしてくれる女にも渡したいものがある。

「それからつくし・・お前にも6年分のプレゼントだ」

司が用意したプレゼンとは、オニキスのように曇のない漆黒の瞳に似合う宝石たち。
だが彼女が持つ人としての輝きには負けることは分かっている。そしてそんな宝石は要らないと断られることも分っている。しかしそれでも好きな女を美しい宝石で飾りたいといった思いを持つのが男だ。最上の女には、これ以上ないと言われる最上のものを贈りたい。

だが司が本当に渡したいプレゼントは、6年前のクリスマスイブに渡すつもりでいた指輪。
これまでずっと彼女の家にあったが、嵌められたことがないという指輪だ。
だから今夜その指輪を彼女の指に嵌めるつもりでいた。

「メリークリスマス。つくし。今まで哀しい思いをさせて悪かった。それから長い間ひとりにさせて悪かった。・・・それと、駿を産んでくたことに感謝する」

司は小さく頷いた女の左手を取り指輪を嵌めた。

「・・あたし、この指輪をアンタに嵌めてもらう日を待ってた。でもね、もしアンタが目を覚ましてまたあたしのことを忘れてたらどうしようと思った。あたしを忘れて駿のことなんてどうでもいいって思われたらどうしようって・・」

高校生の頃、司は彼女のことを忘れたことがある。
そして彼女に対し酷い言葉を吐いた。

「_んな訳ねぇだろ?俺が二度もお前のことを忘れるなんてこと許されるか?もしそんなことになるようなら俺は神を恨んでやる。それこそ、サンタのソリに乗って神のいる天まで飛んでって文句を言ってやる」

「バカ。サンタの存在なんて信じてないくせに何言ってるのよ」

「いや。俺は信じてる。駿が信じるものは俺も信じる。子供のいうことを信じてやれねぇ親は親じゃねぇだろ?」

親は何があっても子供のことを信じてやる。
世界でただ一人、無償の愛を与えることが出来るのは親だけなのだから。
今の司は息子の言うことならどんな望みでも叶えてやるし、信じてやることが出来る。

「・・でも突然親になって驚いたでしょ?」

「ああ。驚いたかって言われれば驚いたがすぐに驚きよりも嬉しさの方が上回った。それに俺にそっくりだってことにも驚いたが、我が子ってのは可愛いモンだってことに気付くに時間は掛からなかったな。けど性格はお前に似てるな?頑固そうだし、それに見ろよアレ」

そう言われ、ツリーの下でプレゼントが包まれた紙を丁寧に剥がす我が子の姿につくしは笑った。

「ああ、アレね?包装紙は再利用できるから丁寧に剥がすのよっていつも言ってるから」

勿体ないと言うのが口癖の女の教育は、ちゃんと我が子に伝えられているようだ。
だがそんな我が子の姿も愛おしいと感じる父親は、息子の母であるつくしを抱きしめた。
そしてただひと言言った。

「・・つくし。ありがとな」

「・・うん・・」

そう言って笑顔で流す涙は美しかった。












二人にはクリスマスツリーの下に置かれているプレゼントなどどうでもいい。
欲しかったのは、たった一人の人。
そして神が与えた宝物である男の子が司にとっては最高のプレゼント。

光が溢れる部屋の外は真っ白な雪が降り続いている。
それは冷たい雨ではなく、真っ白な雪。
そしてそれは、50年以上前のクリスマスイブに降った雪と同じ雪かもしれない。

いつだったか雪のように冷たい雨に打たれ、心が張り裂けそうな思いをしたことがあった。
だが、今降る雪は沢山の雪の結晶が作り出した柔らかな雪。
その雪は、街のざわめきを呑み込み、灰色の景色を真っ白に変える。
そして、今始まる二人の物語。
物語の始まりは遅れてきたが終わりが良ければそれでいい。
そう思う男は、今この瞬間の幸せを噛みしめながら、共に過ごせなかった時をどうやって取り戻そうかと考えていた。





*追憶のクリスマス ~遅れてきたプロローグ~*

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