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2018
11.26

金持ちの御曹司~多幸感~<後編>

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2018
11.25

金持ちの御曹司~多幸感~<前編> 

大人向けのお話です。
未成年者の方、またはそのようなお話が苦手な方はお控え下さい。
*******************************









冬が来た。
そして冬の装いの中で欠かせないのはコートだが黒い上質のカシミアのロングコートは羽織るだけで大人の雰囲気を醸し出す。
だが彼はとっくに大人で嘘みたいにカッコよくてずるい声を持つ男。
その声は低音の魅力を余すことなく感じさせるバリトンだが、引力が強すぎて訊いた人間は足元がふらつくと言われていた。
そして男は唯一無二の存在。全てに於いてスペシャルなひとりと言われるいい男。
そんな男の元を訪ねて来たのはかつて男の婚約者だった滋。だが今はすっかり男の親友であり、そして男の恋人の親友でもあった。そんな女が開口一番放った言葉に司は動揺した。



「ねえ司。つくし何か悩みでもあるんじゃない?」

「……なんだよそれ?あいつ何か悩みがあるのか?何か悩んでんのか?」

「だからそれをあたしが訊いてるの。あの子最近食欲ないみたいだし、もしかして司と喧嘩でもしたのかと思って。もしそうならどうせ司が何かやったに決まってる。だから早く謝んなさいって言いに来た」

「あほか。俺と牧野の関係で喧嘩するはずねぇだろ?」

滋は司を責めたが彼には心当たりはなかった。
それに司には恋人が何か悩んでいるようには思えなかった。

「それにお前にだから言うが俺は牧野を心の底から愛してる。あいつの幸せが俺の幸せだっていうのにそんな俺があいつを傷つけるようなことをすると思うか?」

「そうよね…..あんたはつくしにゾッコンだもんね。だからたとえ喧嘩になったとしても、謝るのは司の方でその謝り方は尋常じゃないことは誰もが知ってる訳だし、それに喧嘩になるとしたら、あんたのしつこさに怒るくらいよね?いい加減寝させてくれってさ!」

と言って滋は笑ったが司にしてみれば恋人が何か悩んでいるとすれば、それは一大事だった。だから何をおいてもその悩みを解決してやりたいと思うのが当然だ。だが恋人はそういったことは彼に心配をかけると思い口に出すことはない。そして気付いた時には既に問題は解決していることが殆どで、どうして相談してくれなかったんだと言っても、もう済んだことだしいいじゃないと言って笑っていた。


だが気になる。
滋の口から愛しい人が悩んでいると訊けば気にならないはずはない。
だから悩みがあるなら打ち明けて欲しい。
だが面と向かって言ったところで話す女じゃない。
何しろ人に心配をかけること。迷惑をかけることを良しとしない女は自己解決型人間なのだから。だがかつて悩みを抱えた女は彼の前から姿を消したことがあった。
それはどこかの漁村の浜辺でトウモロコシを売るという行為に走ることになったが、今はもう冬で誰もいない海だ。誰かの歌じゃないがそんな場所でトウモロコシを売っても人は知らん顔してゆき過ぎていくはずだ。
いや。今のあいつは何か悩みがあるからといって昔みたいに逃げ出す女じゃない。
牧野つくしはそんな女じゃない。
だがその分余計心配だった。心に悩みを抱えた女というのは、たとえその様子を表に出さないとしても、知ってしまった以上見ていて辛いものがある。
彼女の悩みは司の悩みであり、彼女の悲しみは司の悲しみであり、彼女の前に不幸の種が蒔かれることがあってはならないからだ。と、なるとその悩みを訊き出すために何をすればいいかということになるがそれが問題だった。

「でもさぁ。つくしが占い師の所に行ったってのがねぇ。あの子は常に現実と対峙して生きて来た子だから占いを信じるような子じゃないでしょ。でも桜子が見たって言うの。それもよく当たるって有名な銀座の父の所らしいわ。銀座の父と言えば百発百中って言われるくらいよく当たる手相の占い師なの。でね、父って呼ばれてるけど若い人なの。となると女性に人気があるわけよ。ま、それは別として占い師の所に行くなんて、つくしはかなり真剣に悩んでるってことでしょ?それも親友のあたしにさえ言えないような悩みがあるってことよね?だからもしかして司と別れたいって思ってるとかね….そうなると当然あんたの親友でもあるあたしに相談できなくて占い師に相談したんじゃないかってそんなことを考えたわけよ。でもあんたたちが喧嘩もしてない。司の前では普通なら悩みは司のことじゃないってことよね?つくしが司と別れたいって思ってるってことじゃないってことよね?あたしはそのことを確かめたかったの。だってあんたたちが別れちゃったらあたしは辛いじゃない?あたしはふたりの親友なんだから」


滋は最後にあんたたちが別れるとかじゃなくて良かった。安心したと言って帰ったが司は少しも安心出来なかった。
だがかつてそんなことがあった。
過去にもそんなことがあった。
牧野が俺と別れたがっていると思ったことが。
しかしあれは誤解だった。勘違いしていた。
そうだ二度あることは三度あるじゃないが、これもきっとそういうことだ。
あいつが俺と別れたがってそれを占い師に相談に行ったなんてことは間違いだ。
三条桜子が見た牧野つくしというのは他人の空似で牧野つくしではない。
それに司は二日前に恋人と一緒に過ごしたが悩んでいる素振りなど全く感じられなかった。

だが滋の言葉の中に気になることがあった。
それは手相占いという言葉。
その占い師は銀座の父と言う男ということ。
そして若いということ。
つまりその占い師を訪ねたのが本当にあいつなら、その若い男が牧野つくしの手を握ったという事実が司の前にあった。

牧野の手を他の男が握った。
あの白く柔らかく可愛らしい手を自分以外の男が触れた。
そしてあいつも自分の手を他の若い男に握らせた。
今まで司以外の男の手に預けられたことがない手を他の男が触れることを許した。
そのことを想像すると心の中には激しい怒りの感情が沸き起こった。





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2018
11.18

金持ちの御曹司~愛はとまらない~

長い足に見事な逆三角形の背中。
広い肩端でピンストライプのダークスーツを着こなす男。
その姿は見事なまでのフォトジェニックで360度どの角度から写しても最高な写真が撮れると言われるが、司は経済誌以外の雑誌の表紙を飾ったことがない。
だがもちろん沢山のオファーはある。
それは司が表紙を飾ればその雑誌の売り上げが飛躍的に伸びるからだが、司は芸能人ではないのだから大衆に迎合する必要はないし顔を売る必要もない。
それでも、女性向けの雑誌や写真週刊誌に記事として取り上げられることはしょっちゅうある。それは彼の私生活を知りたいという大勢の女の期待に雑誌が応えようとするからだが、その全てが広報部を通した公式なものとは限らず、スクープ記事として扱われているものもあった。

だが司はそんな記事にいちいち目くじら立てることはしない。
むしろ記事を逆手に取るではないが、わざと写真を撮らせるということもある。
それはもちろん愛しい人と一緒にいる写真。
司には恋人がいて、その女とは深い付き合いであることを暗に知らしめるために利用するのだが、女の顔は絶対にバレないように気をつけていた。


「ねえ恭子、今週の『プレジデント』見た?尊敬される上司って記事の写真。道明寺支社長って年齢を重ねるたび素敵になっていくわよね~」

「ほんとよねぇ~。支社長って本当にいい男だわ!」

「そうよ。お金持ちで背が高くてハンサムで頭がいい。まさに希少価値が高い男性でしょ?世の中にはムダな肉ばっかり付けてる男が多いけど、支社長の場合スーツの上からでも分かるムダのない身体に美しい横顔のライン。道明寺支社長って本当に素敵!もしデパートの紳士服売り場に道明寺支社長みたいなマネキンがいたら、あたしそのマネキンを裸にして持って帰るわ!」

「うん。分かる分かる。なんかさぁ。支社長がそこにいるだけで磁場が狂うって言うの?その存在が女を引付けるって言うの?とにかくその存在が世の中の女性を惹き付けて止まないのよね。吸い寄せられちゃうのよね。本当に支社長って稀有な存在よねぇ。あたしこの会社に入るまであんなに素敵な男性見た事なかったもの。ホント、入社出来てよかったって今更だけど思うわ。でも最近全然見かけることがなくて、偶然会わないかなぁって思ってるんだけど全然会えないの。やっぱ秘書課じゃなきゃ無理なのかなぁ」

「そうよね….秘書課になれば最上階のフロア勤務だし、会えるのは確実だけど秘書課は高嶺の花よ。でも海外事業本部は違うわよ。支社長は時々あのフロアにいらっしゃるみたい。この前も突然現れてフロアをサッと眺めてすぐ帰っちゃったらしいわ。でも支社長の顔を見た牧田又蔵部長が慌てて走っていったらしいわよ?何かあったのかしらね?」

「牧田又蔵部長?あの部長も今じゃお腹が出てるけど若い頃はそれなりでモテたらしいわよ?それでね、この前それを確かめようと思って昔の社内報を見たら髪の毛がフサフサの牧田部長の写真があったから噂は本当だったって思ったわ」

「だけどさ。若い時は素敵だった男性も50代ともなればお腹も出るし、髪が少なくなっても仕方がないわよね。でもあたし思うんだけど本物のいい男は脱がなくても色気を感じるものでしょ?道明寺支社長は脱いでも凄いと思うけど、裸よりも着衣の方がいろいろと想像出来て楽しいわ!」

「分かるわ~。あたしなんて自分の手で支社長のネクタイを緩めるところを想像しただけでドキドキしちゃうもん。きっとその時は手が震えちゃって結び目を解くことが出来なくて、その時支社長が自分でやるってあたしの手に自分の手を添えて解こうとするの。それで見つめ合ってそれから支社長が顔を寄せてくるの!それで….キスするの!そこからベッドへ押し倒されて支社長が解いたネクタイで両手を縛られて自由を奪われるの。それでそこから支社長に好きにされるの。止めて下さいって言っても止めてくれなくて一晩中愛されて身体中キスマークだらけにされて朝になっても起きれなくて今日は仕事に行かなくていいって言われてそれからまた愛し合うの!」









そのシュチュエーションは過去にあったし、愛し合えば身体中キスマークだらけにするのはごく当たり前のこと。何しろ司は恋人のことは深く愛しているのだから愛することを止めることは出来なかった。
ところで司は、よく女子社員が自分のことを話すのを耳にする。
だがそれは訊こうと思って訊いているのではない。
たまたま偶然なのだが、それにしても何故うちの女性社員はこんなに自分の話ばかりするのかと思うも、こうした話から社員が何を考えているのか。社内で何が起きているのか知ることが出来るのだから別に構わなかった。
それに女性社員の会話から女が何を求めているのかといったことを知ることが出来るから、なにかと参考にしていた。

それにしても司そっくりなマネキンがいれば裸にして持って帰るという女性社員の言葉にいいことを訊いたと思った。
今まで考えもしなかったことだが、牧野つくしのマネキンを作るというのは実にいい考えだと思った。
そう言えばいつだったか牧野と見た映画の中にデパートのショウウィンドウでポーズを取るマネキンと恋におちた男の話があった。そのマネキンは古代エジプトの女性が転生したもので、男の前だけで人間の姿に変わるという話で、男はそのマネキンを大切に持ち歩くことをしていたが実に楽しそうだった。

司はいつもつくしの顔が見たかった。
出来ることならいつも一緒にいたかった。
ポケットに入るなら持ち歩きたかった。
彼女の優しい顔や笑顔。細い身体だが丸みのある胸や尻。そこに手のひらを押しつけて爽やかな香りを吸い込みたかった。いや、だがマネキンでは香りまでは出せない。
そんなことを考えながら執務室へ戻ると革の椅子に腰を降ろし目を閉じた。












「あの。あなたは誰?」

「俺か?俺は道明寺司だ」

「どうみょうじつかさ?」

「そうだ。道明寺司。お前を作った人間だ」

「作った?」

「ああ。お前の名前は牧野つくし。春になれば芽を出すつくしという植物の名前がお前の名前だ」



司は12年前若くして亡くなった恋人を忘れることが出来なかった。
そんな思いから恋人そっくりのロボットを作らせていた。だが彼が作ったのはただのロボットではない。
道明寺グループには産業用ロボットでは世界でトップクラスの企業がある。
そして彼はアメリカの軍事用ロボットを開発する会社を買収し、その技術を転用させ開発を命じたのは、基礎的な部分は牧野つくしだが、自分で学習し考えることが出来る成人した女の身体を持つアンドロイド。つまりAI(人工知能)を持つロボットだ。

だから彼は、つくしに人間としての日常生活を教えるため学習させた。
本を与えれば読みはじめ、テレビを見て言葉を覚え、人としての仕草を覚えたが、その学習能力は非常に高く、1週間もすればどこにでもいる人間の女性としての牧野つくしがそこにいた。
そしてその外見は人との境界を感じさせないと言われるほど人間らしかった。



「ねえ道明寺。私は若い姿をしているけど、あなたは今幾つなの?」

「俺か?俺は38歳だ」

12年かけ司が作らせた牧野つくしは人間の女そのもので、仕草や話し方は牧野つくしそのものだ。

「ねえ私はこの写真の人と同じ顔をしているわ。この人は25歳の時亡くなったって訊いたけど、この人があなたの恋人だった人ね?だから私はこの人と同じ顔で作られたのね?」

司はアンドロイドの牧野つくしに過去の二人のことを話し二人は恋人同士として暮らし初めていたが、ある写真の中に彼女と同じ顔、同じ髪型をした女を見つけていた。

「ねえ、それから私の隣にいる人は誰?」

司は写真を眺めている牧野つくしの隣で彼女の髪を撫でていたが、彼女が指差した写真には牧野つくしを間に挟み司と類が写っていた。

「こいつか?こいつは花沢類。俺の幼馴染みで親友だ」

「そう。道明寺の親友なら私も会ったことがあるわね?」

「ああ。あるな。俺と類は同じ学園に通っていた。そこで俺とお前は出会った」

「そうなのね。じゃあこの人も本当の私のことを知っている人なのね?」

アンドロイドの牧野つくしは、本当の私と言って過去の自分を表現するが、司にとっては今のつくしも過去のつくしも同じつくしだった。
彼にとっては最愛の人で人生を共に歩む人だった。だが25歳のとき交通事故で亡くなった。
あれから12年が経ったが、今は彼の傍には牧野つくしがいて、司は幸せだった。彼のことを見つめ彼の帰りを待ってくれる人がいるということが、彼女のいなかった12年間を考えれば夢のように思えた。

休みの日には二人で出掛け映画を見た。
車を運転してドライブへも出かけた。
時にはソファの上でゆっくりと寛いだ。
彼女が生きていたなら経験出来たはずのふたりの時間が甦ったように感じていた。
そして司にとって最愛の人の命日。
彼は牧野つくしを連れ彼女が眠る寺を訪れた。そして二人で本当の牧野つくしが眠る墓に花を手向け車に戻ろうとした。すると参道を前方から歩いて来る人影に出会った。それは片手に花束を携えた花沢類。

「….牧野?」

類は司の隣にいる女性の姿に信じられないといった表情を浮かべた。

「司。これはいったいどういうこと?」

「ああ。こいつは牧野つくしのアンドロイドだ。そっくりに作られたロボットだ」

「嘘だろ?」

「いや。彼女は牧野そのものだ。見ろ。この姿を。あの時の牧野と同じだろ?この顔もこの髪型も声もあの時の牧野つくしと同じだ」

「司。お前まだ牧野のことが忘れられないのか?だからこんな__」

と、類は言葉に詰まったが、あまりにも牧野つくしそっくりなその姿に言葉が出なかった。
だがそのとき司は、つくしの目が類を見つめる様子を見ていた。
表情には何の変化もなかったが、瞳には変化があったのを見た。
ああ、と思った。牧野つくしそっくりに作られたアンドロイドは感情も心も彼女の生き写しに作られている。彼女は司を好きになる前、類を好きになった。だからロボットとはいえ、牧野つくしの全てがプログラミングされているロボットは花沢類のことが好きになるのが分かった。好きにならなくても慕うことは間違いないと思った。
それは唐突な思いだったが、過去の事実としてあるのだから牧野つくしの心が花沢類へと傾くのは分かっていた。
そして感じる胸の奥の痛みはあの頃と同じで、それは司にとっては許し難いことだった。
今ではすべてを学習し、ひとりの大人の女性となったアンドロイドは、変化を求め世界の外へ出て行こうとするかもしれない。司が仕事に行っている間に外へ出て、類のところへ行くかもしれない。
そう思うと、いてもたってもいられなくなっていた。




そして類と会って以来、司は仕事を終えるとすぐに彼女と暮らす部屋へ戻った。

「お帰り」

と言われ食事の支度をする彼女の存在にホッとする間もなく、司は牧野つくしに訊いた。

「お前。類と会ってないだろうな?」

「え?何それ?何のこと?」

「俺が訊いた質問に答えろ!花沢類と会ってないだろうな?」

「やだ。どうしたの道明寺?何言ってるの?」

過去にこれと同じような会話をしたことがあった。
あの時は南の島の司の別荘に類や仲間たちと出掛けたとき。彼女は真夜中に部屋を抜け出し浜辺で類と会っていた。そしてキスをしている姿を目撃した。
司は再びその光景を見たくなかった。
彼女は自分だけのもので、自分だけを好きになって欲しかった。
その黒い瞳に映るのは自分だけでいて欲しかった。

司は牧野つくしの身体の内部について知っていた。
どこをどうすればその身体の機能が停止するのかを。
だから牧野つくしの腕を掴みベッドルームへ連れていくとベッドに押し倒し、エプロンをむしり取り、ブラウスのボタンを外し脱がせたが抗いはしなかった。
そして身体のある部分に隠されている小さなスイッチをオフにした。
すると牧野つくしは、自分の身体に起こりつつある変化に気付いたのだろう。静かに言った。

「道明寺….どうして?こんなことをするならどうして私を作ったの?私を作ったのは私のことが好きだったからじゃないの?それとも私のことが嫌いになったの?ねえ、どうして_________」

静かな時間が数秒間過ぎアンドロイドが完全に動きを止めたのを知った。
司は自分が深く暗い穴の中に落ちて行くのを感じていた。
そして動かなくなった姿に事故で彼女を失ったときよりもっと激しい喪失感に襲われていた。










「おい待て!なんだよこれは!なんで牧野が交通事故で死んでアンドロイドになるんだよ!うちには西田ってアンドロイドがいるだろうが!もうこれ以上アンドロイドは必要ねぇ!」

司は嫌な汗をかいたと手で額を拭ぐい、席を立つと廊下へ走り出た。
そして本物の牧野つくしが仕事をする海外事業本部へ向かったが、役員専用ではないエレベーターのなんと遅いことか。
このことから役員専用エレベーターを特別に海外事業本部のフロアにも停止させることに決定した。
だが肝心の牧野つくしは席におらず、どこへ行ったと訊けば多分お手洗いですと言われた男は、女性用化粧室へ向かった。そして迷うことなく扉を開けようとしたところで手を拭きながら出て来たつくしに会った。

「えっ?道明寺?あんたこんな所で何やってるのよ?」

「牧野!お前本物の牧野だよな?」

「はぁ?道明寺何言ってるのよ?どうかしたの?」

「だから、お前は本物の牧野かって訊いてる」

「本物の何もあたしは牧野つくしだけど?でもなんで道明寺がここにいるのよ?それも女性用のトイレの前で何してたのよ?やだもしかしてあたしの後をつけて来たの?そう言えばこの前牧田部長が言ってたけど支社長が突然現れたって驚いてたわよ?」

「ああ、あれはお前の顔を見に寄ったんだ。けどいなかった。それにここで何してたってお前に会いに来たんだろうが!」

「会いに来たってここ女性_」

司はつくしの身体を引き寄せると二度と放すものかとばかり、きつく抱きしめた。

「牧野!俺はお前が消えてしまうんじゃねぇかと思うと、いてもたってもいられなくなった。仕事なんぞ手につかねぇ。だから実際触って確かめて味わってみねぇと不安なんだよ!」

「え?な、なに?まさかここでキスするなんて嫌よ。ここ会社だし女性用トイレの前だし、ちょっと!待って道明寺っ!」

「待てねぇんだよ。それに待てって言われて待つのは犬だ」



司はつくしの前では犬でも良かったが、今は凶暴なライオンの気分だった。
愛しい人が自分を置いて亡くなってしまうという縁起でもない夢に嫌な汗をかき、おまけにアンドロイドのつくしが類に惹かれるという事態には気が狂いそうだった。
だから野蛮人と呼ばれても構わなかった。今ここでキスをして牧野つくしに殴られても、せずして後悔するよりマシだった。

そして顔を上げた司の率直なまなざしと態度は、慌てふためき驚いた顔をしていた女に伝わると、大きな瞳がゆっくりと閉じられ、キスを受け止める顏になった。
すると司は、「牧野。お前絶対に俺より先に死ぬなよ」と言って迷うことなくゆっくりと確実にその唇に唇を重ねていたが、唇が重なる寸前「道明寺こそあたしより先に死なないでね」と柔らかいその唇は言っていた。





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2018
10.14

金持ちの御曹司~Viva La Vida!~

あなたにとって仕事とは?と聞かれたら何と答えるか?
『仕事の流儀』にはその人の生き方が表れるとテレビで言っているが、司は仕事もだが恋にも流儀があった。
だからあの番組への出演依頼があれば、仕事のことよりも恋の流儀について語りたいと思った。
道明寺ホールディングス株式会社。日本支社、支社長道明寺司の恋は命がけの恋で、高校生の頃生死の境を彷徨い恋人のことを忘れたことがあったが、思い出したのはその恋人のおかげで、彼女の存在は何物にも代えがたい唯一無二の存在であり、司の太陽であり月であり星だった。
つまり司の世界全てが彼女で出来ていて、彼女に関するなら塵芥(ちりあくた)といったものも大切な宝物だった。

そして『あなたにとって恋とは?』
と訊かれたら、『私にとって恋とは正義です』と答えるはずだ。

司にとっての正義とは牧野つくしのことだが、彼女は単純そうに見えて正解のない疑問のような人間だった。
その最たるものが、類は心のパートナーだとか、類とは前世で兄妹だったとか、類といると和むとか言われたことだが、それに対し司は人間台風だと言われスネたことがあった。
だがふたりを知る友人たちに言わせれば、牧野はツンデレだが司はそこがいいんだよな。
あいつら丸の内のバカップルだからな。
司はドMで牧野はドSなところがあるから、あのふたりはあれで丁度いいんだよ。と言われる始末だった。
そしてそんな男に対して恋人から放たれた言葉は、お前彼氏の溢れるほどの愛を分ってんのかよ!と言いたくなるものだった。

「ねえ。道明寺?どうしたのそんなに目をパチパチさせて。睫毛が目に入ったの?それともゴミでも入った?」

それは10月11日がウィンクの日だと秘書から教えられた男が社内で偶然出会った恋人に対する愛してるのアピール。
車のブレーキランプ5回点滅がアイシテルのサインなら、ウィンク5回も同じはずだ。
それなのに睫毛が入ったとか、ゴミが入ったのかと言って下から怪訝な顔で見上げる女を抱きしめたら、仕事中に何するよの!と突き飛ばされた。

そんな男に訪れたのは秋の競馬シーズン。
日曜日になれば重賞(G1)レースが開催されるようになるが、司の持ち馬であるツカサブラックは昨年引退し、恋人の名前が付けられたツクシハニーも引退して、二頭は北海道の牧場で余生を過ごしていたが、ツクシハニーはツカサブラックの子供を妊娠していて、人間より長い11カ月という妊娠期間経て来年の春に出産する。
つまり来年の春にはG1レースを何度も制覇した名馬の血を引く2世が生まれるということだ。

そしてそれは今年の春に行われた種付けの結果だが、食用の牛や豚は人工授精で子共を産むが、サラブレッドの場合、それが認められず『行為』が重んじられる。
つまり、自然交配がお約束で、ツクシハニーのお腹にいる仔馬が本当にツカサブラックの種である確たる証拠が必要になるのだが、その証拠としてひと前で行為をする。ヤッてるところを目視で確認しなければならないという決まりがあった。

だから司はつくしを連れ北海道の牧場まで出かけた。だが恋人は馬の繁殖行為を見るとは思わなかったらしく、衆人環視の中、自分の名前が付けられた馬が、やはり恋人の名前が付けられた馬によって行われる行為に目が泳いでいた。

そして司はハニーの後ろからのしかかり、腰を動かすブラックに夜のふたりを重ねたが、牡馬は年中発情OKで牝馬さえその気になればいいのだが、牝馬は発情していない時期は牡馬を寄せ付けず、蹴ったりして拒否をする男嫌いだと言われているが、今思えば牧野つくしが司を拒否していたのは、女として未熟だったのだと納得していた。
何しろ人間も動物だ。
そういった時期があることも理解することが必要だったな、と今なら思えた。


「いやぁ。それにしてもブラックは長年の恋が実ったようで嬉しそうでしたねぇ。私も長年サラブレッドのお世話をして来ましたが、あんなに激しいのは初めて見ましたよ。馬でも相手に恋心があると、ああも違うものなんですかねぇ。それにブラックもハニーも初めてですからぎこちないと思いましたが、ブラックは初恋の人にむしゃぶりついてましたよ!はははっ!」

と豪快に笑ったベテランの厩務員は、ツカサブラックがこの牧場に来た時からずっと世話をして来た男でブラックのことをよく理解していた。

「初めはブラックの片思いでハニーはブラックのことを疎ましそうにしていましたが、馬でも一緒にいる時間が長いと相手の気持ちが分かるんでしょうねぇ。
それにブラックもハニーに相応しい男になると決めたんでしょう。レースに出るたびに順位を上げ勝ち星を増やして行きましたから。極めつけは去年の有馬記念。あれは本当に凄かったですねぇ。ぶっちぎりの強さでしたから」

1枠1番人気のツカサブラック。
ハズレ馬券が紙吹雪となって舞うスタンドを横目に、12月の芝を余裕で駆け抜けたブラックの姿は圧巻だった。そして惜しまれつつ引退したが、花道としては最高だった。

「それにしても二頭は本当に仲がいいんですよ。この牧場の中だけならず、近隣の牧場の中でも一番のバカップルだって言われてますからねぇ」

まさか仲間内で言われる丸の内のバカップルの呼称が馬にまで付けられているとは思わなかったが、自分たちと同じ名前の馬が仲良くしていることは嬉しいことだ。

「道明寺さん。それで生まれた仔馬は当然競走馬として育てればいいんですよね?レースに出されるんですよね?ブラックとハニーの子供ですから血統は間違いありません。今から名前を考えておいて下さいね。それにしてもあの二頭の密着度は本当に高いですからね。まるで今では前世からの恋人同士のようになってますから見てる我々の方が当てられますよ。それもブラックの方が少し小さいハニーを守るように寄り添って歩くんですから、あの馬は凄いですよ」

そんな話を訊かされた司は当然だと思った。
何故なら司とつくしは前世からの恋人なのだから、同じ名前を持つ馬がそうするのは当然だった。
そして馬の名前を考えろと言われ、どういった名前を付ければいいのか、今から悩んでいたが、あの日ふたりでブラックとハニーの交尾を見たあとムラムラして来た。
だからその日の夜はブラックと同じで好きな女の肌にむしゃぶりついた。



「つくし….俺は死ぬまで絶対お前を離さねぇ。いや。死んでも離さねぇ」

無我夢中の交接だった。
深く交わりキスをして、身体から流れ出る甘い蜜を味わった。
目の前の乳房に時々歯を立て甘噛みするのは、牡馬が種付けの時牝馬にするが決して傷つけはしない。それは親愛行動で仲のいい馬同士なら普段から行われる行動だ。

「つくし、キスしてくれ。俺にキスしてくれ」

ゆったりとしたキスから激しいキスに変われば、互いに理性を失うまで相手を求めた。
目にしたものも、目にすることがないものも全てが司のもので、言われなくても彼女からの合図を受け取ることが出来た。

___あたしを奪って。
あたしは司のものだと訴える瞳があった。
だから絡ませていた舌を解き、剥き出しの太腿を掴み、高まりを突き入れた。

「….つくし…愛してる」

「あたしも……愛してる」


世界中のクエスチョンマークを集めても足りないと言われたふたりの交際。
やがてそのクエスチョンマークは周囲を巻き込み胸が躍るリズムに変わった。
そして身体を重ね合わせることが出来るようになった。
司にとっては桃源郷である彼女の身体。愛し合うようになりその身体に包み込まれる幸せを知った。
やがて黒い眉がきゅっとひそめられ、締め付けが感じられると彼女のイク瞬間が分かった。










「つくし。今日のレースはどの馬が勝つと思う?」

今日のデートは珍しく競馬。
だがそれはギャンブルとしてではなく馬の魅力を知ったことによる興味。

「そうねぇ….凱旋門賞を取った馬と兄弟の馬がいるじゃない?その馬が勝ちそうな気がするわ」

毎年10月の第一日曜にパリのロンシャン競馬場で行われる凱旋門賞。
世界的名馬が集まる国際的な重賞(G1)レース。その舞台に立つことが名誉と言われる大舞台。だが日本の馬の勝利はまだなかった。
だから司は思った。ブラックとハニーの子供ならその賞を制覇することが出来るのではないかと。

「そうだな。ま、そのうちのハニーが産む馬が世界のレースを制覇する日が来るはずだ。そうなったらパリまで行くぞ」

だがパリには類がいる。
それが少しだけ気になることだが、類は競馬には興味はなかったはずだ。
それにしても生きていて良かった。
10代の頃はそう思える日が来るとは思わなかったが、今は心からそう思えた。
それは輝かしい本物の人生。
そして今日のレースはどの馬が勝つのか。
秋晴れの空の下。暫くは勝ち馬の行方が気になる季節となりそうだ。





*Viva La Vida! 人生万歳!*

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2018
10.07

金持ちの御曹司~禁じられた生きがい~

世の中で言われる半端ないと呼ばれる男は、何もスポーツの世界だけに存在するのではない。
道明寺司という人物はビジネスに半端ない。
どれくらい半端ないかと言えば、それは朝から晩まで働くことは勿論だが、夜中も働くことが出来ると言われていた。だから部下は困るのだが、彼の秘書はアンドロイド西田と言われ機械で出来ているから問題ないと言われていた。

そして司が仕事を懸命に頑張るには理由があった。
それは愛しい女と過ごす休日をもぎ取るためならたとえ火の中水の中。
働き方改革など関係ないとばかり働いていた。
そんな男の働き方は縛りのない働き方と言えば聞こえがいいが、役員には時間外という概念はない。だから司は週末のために働く。
だが週末のためじゃなくても働く。とにかく愛しい女と過ごす時間をもぎ取る為ならどんなに机の上に種類を積まれようと構わなかった。

「西田。それにしてもさっきからいくら片付けても終わんねぇのはどうしてだ?」

「支社長。それは分かり切ったことでございます。今週は日本にいらっしゃいませんでした。ですから支社長の決済を待つ書類が溜まる一方。ただそれだけのことです」

と、いつものお決まりの台詞を吐く秘書は司が半端ない男なら、やはり秘書も半端ない男だ。
だがそんな秘書もあと15秒すればこの部屋を出て行く。
それは年に一度義務付けられている健康診断のため。
司はその時間が待ちどおしかった。

「支社長。それではわたくしはこれから健康診断に行ってまいります。おそらくそう時間はかからないはずです」

「ああ行ってこい。俺に気を遣うな。ゆっくりしてこい。なんならそのまま帰ってもいいぞ」

時計の秒針がそれからきっかり15秒たった後、秘書は一礼をすると執務室の扉を開け出て行った。
司はそこでちょっとここでひと休みしようとペンを机の上に投げた。
そして首の後ろで手を組み、目を閉じると黒革張りのデスクチェアに深く身を預けた。










「では道明寺さん。こちらです。どうぞお入りください。それから大変申し訳ございません。今日は主治医の田中が急病でお休みですので代わりの先生が診察させて頂きます」

「休み?田中のじいさんが休み?それなら他のドクターか?」

「はい。田中先生の代わりですが、実は女性なんです。道明寺さんは女医は嫌いだとおっしゃっていましたが、どうしても他の先生も都合が悪くて。でも秘書の方から今日でなければスケジュールが取れないと言われましたので」

そこで言葉を切った看護師は司の顔色を窺っていたが、黒のシングルスーツを着た男はそう言われ仕方がないといった顔で看護師が開けた扉の中へ入った。

「先生。道明寺さんです。お願いします」

司が部屋の中に入ったとき、先生と呼ばれた人物は背中を向けていたが、司はその背中に見覚えがあった。背が低く小柄な身体と黒く艶やかな髪。だがその髪はひとつに束ねられていた。そしてその背中から感じられるのは懐かしさ。
その人物が振り返ったとき、司は彼女と目が合った。

「道明寺。久し振りね」

「….牧野?」

「ええ。そうよ、牧野よ」

なんと司の前に現れた女医は高校時代付き合っていた牧野つくしだった。
司は言葉が出なかった。それは彼女と再び、よりにもよって自分の健康診断の場で自分を診察する医者と患者として会うとは思いもしなかったからだ。
出逢いはスローモーションだと誰かが歌っていたが、まさにその状態で一瞬言語中枢が麻痺したようになり、バカみたいに口をパクパクさせていた。

「どうしたの?そんなに驚いて。私、道明寺と別れてから医学部に入ったの」

ふたりは高校生の頃知り合い、司が高校を卒業すると同時にニューヨークに行った後、遠距離恋愛で付き合いはじめだが、結局は上手くいかず1年後別れた経緯があった。
そして彼女は司と別れた後どうなったのかと言えば、元々頭が良かったとはいえ、なんと医者になっていた。そして話を訊けば数年間アメリカの大学で学んだ後、帰国。そして最近財閥系列の病院で働き始めたと言う。

「そうか。懐かしいな。それにしてもお前医者になったって凄いじゃねぇか。まあ昔から頭が良かったんだ。医者でも弁護士でもなれただろうが、それにしてもまさか医者になってたとはな」

「信じられない?でも医者になったの。本当よ?」

「ああ。別に疑ってる訳じゃない。けどどうして医者に?」

別れた女性だが興味はあった。
それにあの頃の恋は距離と時間がふたりを破局に追いやったのではないかと思っていた。
だから別れたことを後悔したことがなかったとは言えなかった。

「医者になったのはね。人助けがしたかったからよ」

「そうか。お前は昔から弱い人間を助ける正義感の強い人間だったもんな」

「…..覚えててくれたのね。私のこと」

「ああ。別れたっていってもあれは今思えばどうしようもなかったような気もする。俺たちはまだ若かった。ニューヨークと東京の距離はふたりの時間を奪ったのもそうだが、俺が忙し過ぎてお前に会う事が出来なかったことも原因だと思ってる。今更だが悪かったな」

司は若かった自分を振り返って言った。

「そんな….。道明寺そんなことないよ。あんただけが悪いんじゃないから。恋愛はどちらかの責任じゃないし、別れたのはふたりに責任がある。だからそんなこと言わないで」

「牧野…」

「それより道明寺。今日の健康診断。私の問診で終わりでしょ?ほら、早く済ませなきゃ西田さんが待ってるんでしょ?西田さん今でも道明寺の傍にいて秘書なんでしょ?お変わりない?」

「ああ。あいつは昔と全然変わってねぇ。あのまんまだ」

「そう。懐かしいわね。じゃあ道明寺上着を脱いでそこの椅子に座ってくれる?それからシャツのボタンを外して?」

司は言われたとおり、上着を脱ぎシャツのボタンを外し、裸の胸を彼女の前に晒した。
そして自分の胸に聴診器を当てる昔の恋人の様子を見ていた。
小さな手に握られた聴診器が胸の上を動くのはくすぐったかったが、それよりも自分の胸の鼓動を真剣な顔で訊いている姿に目を奪われていたが、あの頃と違い大人になった彼女の目は、物事を見定めようとする真剣な目をしていたが、あの頃と同じ輝きを宿していた。

「うん。大丈夫。問題なさそうよ。でも少し鼓動が早いような気がするけど心配ないわ。いいわよ道明寺。ボタンを嵌めてちょうだい」

「牧野。お前まだひとりか?」

司は思わず訊いていた。
もしあの時別れなければ、ふたりは結婚していたのではないだろうか。
そして彼女の左手の薬指を見やったが、指輪は嵌められて無かった。

「え?何?突然?まさか私とまた付き合いたいなんて言うんじゃないわよね?私たちもう別れて何年?ふたりとももいい大人だし、あの頃とは違うわ。それに私は医者として人の命を助けることに生きがいを見つけたの。だから男の人と付き合おうとは思わないの」

そう言った彼女は司に背を向けカルテにペンを走らせていた。
だが司は彼女に再会した今、もう一度やり直せないかと思った。

「牧野。俺たちやり直せないか?」

「道明寺。無理よ。もう遅すぎるわ。私たちあれから何年たったと思ってるの?あれから10年よ。ふたりとも別の人生を歩んでるわ。だからごめんなさい」

「牧野…..。そんなこと言わないでくれ。なあこれ覚えてるか?このネクタイ」

司はそう言って上着のポケットの中に突っ込んでいたネクタイを取り出した。

「これはお前がくれたネクタイだ。俺の19歳の誕生日にお前がくれた。けど、その後で別れちまったけどこのネクタイは一生大事にしようと決めた。だから今でも使ってる」

「道明寺…….。駄目よ。私たちあの頃とは違うもの。それにそのネクタイ。もう古いじゃない。捨てていいのよ」

「いいや。今日こうしてこのネクタイを付けてたからお前に会えたような気がする。いやそうなる運命だったんだ。それに俺はこのネクタイを捨てるつもりはない。これからも一生大切にする。だから牧野。もう一度俺とやり直すことを考えてくれないか?」

「道明寺…..」

「牧野…..」

「そこまで言うならそのネクタイをもう一度私の前で締めてくれる?うんうん。私ネクタイを締めてあげるわ。だって私が道明寺にネクタイを締めてあげたことはなかったもの」

プレゼントは航空便で送られて来た。
だから写真を撮って送ったが、彼女の前でその姿を見せたことは無かった。そしてその後ふたりは別れた。

「ああ。お前の手で締めてくれ。俺はこのネクタイをお前だと思って締めていた。だからお前の手で締めてもらえるならそれ以上に嬉しいことはない」

司はそう言って10年前にプレゼントされたネクタイを彼女に渡した。

「でも道明寺。まさかこうやって道明寺にネクタイを締めてあげる日が来るとは思わなかったわ」

そう言って彼女の手はネクタイを司の喉元で交差させると立ち上がった。そして左右に強く引っ張り首を絞めた。それは突然の出来事。だが所詮女の力だ。司ならその行為を止めさせることが出来たはずだ。だが直ぐに背後に回られ力を込め引っ張られた。

「…..ま、き!?」

「道明寺….私ね。道明寺のことが忘れられなかったの。物分かり良く別れたけど本当は別れたくなかったの。あれから道明寺のことを忘れたことなんて一度もなかったの。ずっとあなたが好きだったの。だからいつか逢える日が来たら想いを伝えようと思ったの。もう離れたくないから。誰にも渡したくないから。私だけのものになって欲しいって言おうと思ったの。だから私だけのものになって、道明寺?」

「….ま…きの……止めろ….」

「大丈夫よ。殺しはしないから。さっき胃のレントゲン取ったわよね?その時バリウムの中に睡眠薬を入れたの。でもやっぱり直ぐには効かないわね。だからちょっと苦しいかもしれないけど我慢して。今度気が付いた時には素敵な場所にいるから」

司が再会した昔の恋人は過去の別れに恨みを抱いた復讐の天使になっていた。









「うわ!なんじゃこりゃ!」

「支社長。何が何じゃこりゃですか?少し目を離すとこれですから。それにしてもネクタイで遊ぶのはお止め下さい」

司の前にいたのは、健康診断を終え戻って来た西田。
そして司の首には無意識に解いたネクタイが何かの拍子に首に絡まっていた。

「いくらそのネクタイが牧野様からいただいた大切なネクタイとは言え、そのように首に捲かれてはネクタイが可哀想です。それにネクタイは自分自身を表すものです。大切になさって下さい」

そう言うと西田はひと呼吸置き言葉を継いだ。

「ところで牧野様が外にお見えですがお会いになられますか?」

司は勿論当然だ。すぐに通せと言った。
そして執務室の扉が開かれ西田と入れ違いに入って来たのは愛しの人。

「道明寺?どうしたの?そのネクタイ?」

「あ?ああ。いやなんでもねぇ」

司はそう言って立ち上がると慌てて首に絡まっていたネクタイを外した。

「それよりどうした?お前がわざわざここに現れるなんて珍しいな」

「….うん。まあね。だって道明寺今日も遅くまで仕事だって西田さんが言ってたから会えないだろうし、だから……その…..」

「なんだよ?」

珍しく遠慮気味に言葉を継ぐ女に司は思わずニヤついた。
だが夢の中ではそんな女に首を絞められたことを思い出し顔が引き締まったが、殺すつもりはないと言われ、私だけのものになってと言われた言葉を思い出し今度は頬が緩んだ。
つまりいつもなら司が彼女を拘束し、自由にするといったパターンだが、今回は逆で彼女に自由にされる。弄ばれるといった夢に何故か心が弾んだ。
牧野の好きにされる。あんなことや、こんなことをされるが、最後には司が彼女を欲しいままにすることは目に見えていた。

「うん。あのね。これを渡そうと思って」

彼女の手には紙袋が握られていたが、その中から取り出されたのは長方形の長い箱。

「これね。ネクタイ。10月1日はネクタイの日なんだって。それでね。道明寺に似合いそうなネクタイがあったから買ったんだけど付けてくれる?」

その言葉と共に差し出された箱を受け取った男は、ついさっきまで見ていたネクタイで首を絞められるという夢が頭の中を過ったが、慌てて振り払った。
その代わりに思い浮かべたのは、優しくそのネクタイを締めてくれる彼女の白い手。
そして箱を開け中を見た瞬間、嬉しさが込み上げた。
中にあったそれはシックなワインレッドのネクタイ。赤が好きな司の為に選んだ色だ。

「すげぇ嬉しい。牧野。締めてくれるか?」

司の言葉にうん、と頷いた女は、彼の前に来ると背の高い男が中腰になるのを待った。そして彼の首にネクタイを回すと、やっぱり結びにくいから座ってと言って椅子に腰掛けさせると結び目を作り始めた。

「ねえ。道明寺。このネクタイ気に入ってくれた?」

「当然だろ?今日締めてたネクタイもだが、このネクタイも気に入った」

「そう!良かった!ネクタイをプレゼントするってあなたに首ったけって意味があるけど知ってた?」

「ああ、当然だろ。それから束縛したいって意味もあるんだろ?ま。俺はお前に首ったけでお前に束縛されるなら全然構わねぇ。お望みならネクタイで俺の手を縛ってくれてもいいんだぜ?」

その言葉に頬を染めるのはセオリーだが、その後の言葉にドキリとした。

「道明寺。もし私のことを裏切ったらこのネクタイが凶器に代わるかもしれないから」

その時の彼女の顔は真剣で冗談など言ってなかった。
だがそれが逆に嬉しかった。ヤキモチを焼く態度をひと前で見せたことがない恋人だが今の言葉はまさにソレだ。裏切ったら怖いわよ。と言われても司は全然怖くは無かった。
何しろ彼の方が絶対的に彼女のことが好きなのだから。

「あほう。誰が裏切るかよ。お前と出会ってから他の女に目をくれたことがあったか?ま、一時訳けの分かんねぇ女が上がり込んで来たことがあったが、それでも俺の細胞はこの女は違うって訴えてた。だから相手にしなかっただろうが」

過去をほじくり返すことはしたくはないが、司の思いは牧野つくしだけに向けられているのだから、後ろめたさなど感じたことはなかった。
むしろあの事があったから、より一層彼女のことを愛おしく思えるようになった。

「いいか。俺にとっての女はお前だけ。お前にとっての男も俺だけ。ふたりとも互いが最初で最後の男と女だろ。だから絶対にお前を裏切ることはない。別れるなんて言葉は俺の辞書にはない。だからお前もそれだけは覚悟しとけ」










司は彼女を見送ると再び仕事に戻ったが、首元を美しく飾るワインレッドのネクタイに手を触れた。
愛する人から贈られるものは何でも嬉しいが、ネクタイは司にとって特別な存在だ。
それはまるで彼女がここにいるように感じられるからだ。
中間決算の9月は終わったが、それでも忙しい日々は続く。
そして暫くは逢えない日が続くが、触れた胸元に彼女の思いを感じることが出来た。
『頑張ってね、道明寺』と。
そして、司の禁じられた生きがいとも言える妄想は少しの間お預けになるかもしれないが、自分がこのネクタイで彼女に拘束されるのも悪くない。そう思っていた。





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