パーティー会場から逃げ出した司は地下にある駐車場を目指し走っていた。
だがそんな司を女たちが追ってきた。
「ツカサ!どうして逃げるのよ!」
「ちょっと!私とのことは遊びだったの?!」
「ねえ!感謝祭の前の日の夜に言ったことは嘘だったの?!」
「一緒にジェットコースターに乗ったとき私のことを好きだと言ったじゃない!」
「ハワイで夕陽を見ながらクルージングしたとき愛してるって言ったわよね?!」
「シドニーのオペラハウスで一緒にオペラを見たとき私の手を握って永遠の愛を君に誓うって言ったわよね?」
「独立記念日の花火を見ながら二人の未来のためにってワインで乾杯したわよね!」
「サンモリッツのスキー場でゲレンデが溶けるほどの恋がしたいって言ったわよね!」
「カリブ海で海賊の船を撃沈させたとき、これで世界はふたりのものだって言ったわよね!」
「ツカサ!」
「ツカサ!」
「ツカサ!」
「ツカサーーーーー!!!」
叫びながら追いかけてくるパーティードレスの女たち。
そんな女たちの口から銃弾よろしく、ほとばしる言葉は全て嘘でそんなことを言った覚えもなければ、した覚えもない。大体ジェットコースターなどこれまでの人生の中で一度も乗ったことがない。いや、ジェトコースターのような恋ならしたことがある。そう、あの時は時のレールを走りながら恋人の手をしっかりと握りしめていた。
それに恋人とはハワイで夕陽を見ながらクルージングをしたことがある。シドニーのオペラハウスで有名オペラ歌手の舞台を見たこともある。アメリカ独立記念日の夜。ニューヨークで打ち上げられる花火を見たこともある。
だがカリブで海賊と闘ったことなどない。あの女は現実と映画を混同している。
それに誰かと闘わなくても、すでに世界は司のものだ。
だが司は振り返った時に見た女たちが髪を振り乱して追いかけてくる姿に恐怖を感じ、背中がゾクリとした。
それに今のこの状況は現実とは思えず、何か得体のしれない力が行使されているような気がしていた。
__もしかして神は何もかもを持つ司を憎んでいるのか。
もしそうだとすれば、これから地獄への転落が始まるのか。
だが司は地獄になど落ちたくはなかった。
だから女たちに掴まるわけにはいかなかった。
それにもし仮に地獄に落ちるのなら、それは恋人のためであって訳の分からない女たちのためであってはならない。
司は地下駐車場に降りてくると自分が乗ってきた車を見つけた。
運転手はいつでも車を出せるようにスタンバイしている。
だから車に向かって走って来る司を見た運転手は、後部座席のドアを開けて待っていた。
「出せ!」
司は座席に滑り込むと一秒も無駄にすることなく運転手に言った。
すると運転手はすぐに車を出した。
司は助かった。
落ち着こうと、大きく息を吐いた。
そして呟いた。
「けどマジでどうなってるんだ……」
すると運転手が言った。
「ツカサ様。これはもしかすると邪(よこしま)なものの仕業かもしれません」
「邪(よこしま)…..なもの?」
司はこの運転手は何を言っているんだという思いで言ったが、運転手は真剣な声で答えた。
「はい。イーブル・スピリットのせいではないでしょか」
「イーブル・スピリット?」
「はい」
イーブル・スピリットとは悪霊のこと。
司はますますこの男は何を言っているんだという思いで言ったが、運転手は神妙な口調で話し始めた。
「邪(よこしま)な力というものは聖なる力が失われたときにやってきます。ツカサ様は今、聖なる力を失っておられるのではないですか?ですからあのような災いが起きたのです」
司は、ばかばかしいと笑い飛ばそうとした。
だが何故か出来なかった。
それは司にとって生きる糧と言える恋人が司の浮気を疑い電話にも出ない。メールの返信もしないこの状況は、司の存在が無視されていることと同じであり、そのことによって聖なる力が失われていると言っても過言ではないからだ。
「ツカサ様。私はカトリックです。悪いものが憑いているときは司祭様にお願いしてお清めしてもらうのが一番です。今から私が通う教会の司祭様の元へ参りましょう」
と言うと運転手はハンドルを左に切った。
そして「冷たい飲み物をご用意してございますので、どうぞお飲みください」と言った。
***
信仰のない司は教会に行くのは気が進まなかった。
だが車を降りると運転手の後に続いた。
それは意志とは関係なく足が動いたから。
そして教会の中に入った運転手は恭しい態度で司祭に司を紹介した。
それから司の身の上に起こった災難について話をした。すると司祭は厳かな口調で「分かりました。清めを行いましょう」と言った。
キリスト教の基盤を持たない人間は教会で行われる清めがどんなものなのか知らない。
だから司は清めと訊いてオカルト映画の悪魔祓いのようなものを想像していた。
それは司祭が祈りの言葉を唱え十字架を掲げると、窓がガタガタと揺れて明かりが消え、バーンと部屋の扉が開いて部屋の中に風が吹き荒れる。ガラスが割れ、家具や調度品が揺れ始め置いてあるものが部屋の中を飛び回る。そして清めを受けている人間の首が360度回転すると白目を剥き出しにして不気味に笑い汚い言葉で司祭を罵る。
だから司は身体を硬くして自分の身に起こることに身構えた。
だが穏やかな祈りの声が続き、聖水が降りかけられても、そういったことは全く起こらなかった。やがて儀式が終ると、司祭は司に向かい真摯な表情で言った。
「心配しなくても大丈夫です。あなたに悪い霊は憑いていません」
司はホッとした。
だが「しかし」と司祭は言葉を継いだ。
そして「悪い霊は憑いていないのですが女性の生き霊が憑いています」と言った。
「い、生き霊?」
「はい。あなたは大切な女性を裏切ったのでは?だからその女性の生き霊が憑いています。自分を棄てて他の女の元に行くあなたに対して恨みを持っているようです」
「おい、待て。待ってくれ。俺は裏切ってなどいない。他に女はいない。それにあれは陰謀だ。誰かが俺を罠に嵌め__」
司はそこまで言ってから、自分は悪い夢を見ているのではないかと思った。
そうだ。これは夢だ。
これは夢の中の話で現実ではない。
何しろこれまでも何度かおかしな夢を見たことがあった。
つまりこれは夢で何も心配することはない。
目が覚めればそこに恋人がいて司のことを愛してくれている。
だから司は頬を叩いて目を覚まそうとした。
だがいくら頬を叩いても何かが変わることはなかった。
そんな司を見ていた司祭は驚いた様子で言った。
「いかん。彼は自分で自分を傷つけようとしている。そんなことをするのは悪魔が彼の中に入ったからだ。彼は女の生き霊に殺されようとしている」
司は「違う。そうじゃない!」と叫び声を上げた。だがそれはつもりであり声にならなかった。
そんな司に司祭は十字架を手にすると、その声で魑魅魍魎を退散させようとするように声を張り上げた。
「父なる神と子なるイエス・キリストよ。邪悪な力からこの男を守りたまえ!」
と言ったが、これはまさにオカルト映画の展開だ。
そして「イエス・キリストの名において汝に命じる。悪魔よ!この男から立ち去れ!ここを去り元の世界へ戻れ!」と叫んだ。
それにしても何故声が出ない?
司は口を開けたが浜に打ち上げられた魚のようにパクパクとするだけだ。
そんな司の様子に運転手は「司祭様。生き霊はツカサ様の声を奪ったようです」と言ってから祈りの言葉を口にすると大仰な仕草で十字を切った。
すると司祭は「悪魔というのは信ずるものを持たない人間の心をいとも簡単に乗っ取ることが出来ます。声が出ないというのは悪魔が彼の心に手を伸ばしている証拠です」と言った。
司は再び「違う。そうじゃない!」と言ったつもりだったが、ふたりの耳には届かなかった。
そして今度は身体が動かなくなった。
立っている場所から一歩も動くことが出来なかった。
「司祭様、大変です!生き霊はツカサ様の身体の動きを奪ったようです!」
運転手は司祭に向かって言うと今度は司に向かって、「ツカサ様、生き霊に負けてはなりません。頑張って下さい!」と励ました。
すると司祭は、「ご安心なさい。主(しゅ)は救いを求めてやってくる者を拒むことはしません」と司に言った。
そして運転手に向かい「私はあなたの主(あるじ)を助けます」と言った。
そして、やにわに懐からナイフを取り出した。
「いいですか?悪魔との闘いは時に死を覚悟しなければなりません」
そう言った司祭は運転手と視線を交わし、うなずき合った。
司は嫌な予感がした。それはもしかすると自分はあのナイフで刺されるのではないかということ。
つまりナイフを手に近づいてくる司祭は本当の司祭ではなく偽者。そして運転手もまたしかり。
これは司を亡き者にしようとしている誰かの陰謀で、車の中で運転手が飲むように言った飲み物には身体の自由を奪うものが入っていたということだ。
司は逃げようとした。
だが身体が動かないのだから、逃げようにも逃げることが出来なかった。
そこまで読み終えると、司はノートを置いた。
「いかがですか?私が書いた物語は?」
西田は小説を書いた。
それは趣味で書いていたもの。
西田は、そのノートを秘書室の自分の机の上に出しっぱなしにして化粧室へ行った。
秘書室に西田を探しにきた司は、不注意でそのノートを床に落とした。
そのとき開いたページに自分の名前を見つけたことから、西田が司を主人公に物語を書いていることを知った。
西田は物語を途中まで読んだ司に感想を求めた。
すると返ってきた言葉は、「西田。悪いがお前には小説家の才能はない」だった。
「何故でしょう」
西田は訊いた。
「言ったとおりだ。お前には才能がない」
「ですから何故でしょう」
「いいか、西田。お前の書いている話は荒唐無稽だ。はじめは恋愛かと思ったら次第にホラーの様相を呈してきた。そして今度はサスペンスに傾き始めた。一体お前はどんな分野の話を書こうとしている?それに何で俺が主人公なんだ?」
そう訊かれた西田は言った。
「はい。分野は別としても支社長が主人公であれば、どんな分野の話もヒーローとして成り立つと思ったからです。何しろ支社長はこれまでビジネスに於いても私生活に於いても様々な場面で様々な経験をされています。その経験値の高さから、どんな物語であっても主役に相応しい。そんな思いから支社長を主人公にしました」
それを訊いた司は嬉しい気持が湧き上がった。
そして「まあ、いい。俺が主人公でも構わないが、最後はハッピーエンドで終わらせてくれ。いいか?間違っても主人公が死ぬとか、恋人と別れるとかは止めてくれ」と言った。
西田は上機嫌で執務室を出て行く男を見送ったが、男の行先は分かっている。
そこは社内にいる恋人の部署だ。
西田は机の上に置かれたノートを手に取った。
そしてひとりごちた。
「司様。司様が主人公である本当の理由は、あなたが物語にしたいほど劇的な本物の人生を歩んでいるからです」
西田は男が少年の頃から男の傍にいた。
そして男の成長を見守ってきた。
だから男のある意味で波乱に満ちた人生を知っている。
自暴自棄になりかけた男の姿を知っている。
しかし、本当の幸せというものを知った男は人間が生きることの大切さを知った。
「さてここから先は危険なアクションシーンが満載なのです。もっとも、道明寺司ならどんなアクションシーンもそつなくこなすでしょうから心配しておりません。ですが、やはり最後は違う。そうじゃないと言われないように、あの方と結ばれる。そんな最後を執筆いたしましたのでご安心下さい」
そして司が読まなかった物語の続きが書かれているページを開いた。

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「ツカサ!どうして逃げるのよ!」
「ちょっと!私とのことは遊びだったの?!」
「ねえ!感謝祭の前の日の夜に言ったことは嘘だったの?!」
「一緒にジェットコースターに乗ったとき私のことを好きだと言ったじゃない!」
「ハワイで夕陽を見ながらクルージングしたとき愛してるって言ったわよね?!」
「シドニーのオペラハウスで一緒にオペラを見たとき私の手を握って永遠の愛を君に誓うって言ったわよね?」
「独立記念日の花火を見ながら二人の未来のためにってワインで乾杯したわよね!」
「サンモリッツのスキー場でゲレンデが溶けるほどの恋がしたいって言ったわよね!」
「カリブ海で海賊の船を撃沈させたとき、これで世界はふたりのものだって言ったわよね!」
「ツカサ!」
「ツカサ!」
「ツカサ!」
「ツカサーーーーー!!!」
叫びながら追いかけてくるパーティードレスの女たち。
そんな女たちの口から銃弾よろしく、ほとばしる言葉は全て嘘でそんなことを言った覚えもなければ、した覚えもない。大体ジェットコースターなどこれまでの人生の中で一度も乗ったことがない。いや、ジェトコースターのような恋ならしたことがある。そう、あの時は時のレールを走りながら恋人の手をしっかりと握りしめていた。
それに恋人とはハワイで夕陽を見ながらクルージングをしたことがある。シドニーのオペラハウスで有名オペラ歌手の舞台を見たこともある。アメリカ独立記念日の夜。ニューヨークで打ち上げられる花火を見たこともある。
だがカリブで海賊と闘ったことなどない。あの女は現実と映画を混同している。
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だが司は振り返った時に見た女たちが髪を振り乱して追いかけてくる姿に恐怖を感じ、背中がゾクリとした。
それに今のこの状況は現実とは思えず、何か得体のしれない力が行使されているような気がしていた。
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もしそうだとすれば、これから地獄への転落が始まるのか。
だが司は地獄になど落ちたくはなかった。
だから女たちに掴まるわけにはいかなかった。
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司は地下駐車場に降りてくると自分が乗ってきた車を見つけた。
運転手はいつでも車を出せるようにスタンバイしている。
だから車に向かって走って来る司を見た運転手は、後部座席のドアを開けて待っていた。
「出せ!」
司は座席に滑り込むと一秒も無駄にすることなく運転手に言った。
すると運転手はすぐに車を出した。
司は助かった。
落ち着こうと、大きく息を吐いた。
そして呟いた。
「けどマジでどうなってるんだ……」
すると運転手が言った。
「ツカサ様。これはもしかすると邪(よこしま)なものの仕業かもしれません」
「邪(よこしま)…..なもの?」
司はこの運転手は何を言っているんだという思いで言ったが、運転手は真剣な声で答えた。
「はい。イーブル・スピリットのせいではないでしょか」
「イーブル・スピリット?」
「はい」
イーブル・スピリットとは悪霊のこと。
司はますますこの男は何を言っているんだという思いで言ったが、運転手は神妙な口調で話し始めた。
「邪(よこしま)な力というものは聖なる力が失われたときにやってきます。ツカサ様は今、聖なる力を失っておられるのではないですか?ですからあのような災いが起きたのです」
司は、ばかばかしいと笑い飛ばそうとした。
だが何故か出来なかった。
それは司にとって生きる糧と言える恋人が司の浮気を疑い電話にも出ない。メールの返信もしないこの状況は、司の存在が無視されていることと同じであり、そのことによって聖なる力が失われていると言っても過言ではないからだ。
「ツカサ様。私はカトリックです。悪いものが憑いているときは司祭様にお願いしてお清めしてもらうのが一番です。今から私が通う教会の司祭様の元へ参りましょう」
と言うと運転手はハンドルを左に切った。
そして「冷たい飲み物をご用意してございますので、どうぞお飲みください」と言った。
***
信仰のない司は教会に行くのは気が進まなかった。
だが車を降りると運転手の後に続いた。
それは意志とは関係なく足が動いたから。
そして教会の中に入った運転手は恭しい態度で司祭に司を紹介した。
それから司の身の上に起こった災難について話をした。すると司祭は厳かな口調で「分かりました。清めを行いましょう」と言った。
キリスト教の基盤を持たない人間は教会で行われる清めがどんなものなのか知らない。
だから司は清めと訊いてオカルト映画の悪魔祓いのようなものを想像していた。
それは司祭が祈りの言葉を唱え十字架を掲げると、窓がガタガタと揺れて明かりが消え、バーンと部屋の扉が開いて部屋の中に風が吹き荒れる。ガラスが割れ、家具や調度品が揺れ始め置いてあるものが部屋の中を飛び回る。そして清めを受けている人間の首が360度回転すると白目を剥き出しにして不気味に笑い汚い言葉で司祭を罵る。
だから司は身体を硬くして自分の身に起こることに身構えた。
だが穏やかな祈りの声が続き、聖水が降りかけられても、そういったことは全く起こらなかった。やがて儀式が終ると、司祭は司に向かい真摯な表情で言った。
「心配しなくても大丈夫です。あなたに悪い霊は憑いていません」
司はホッとした。
だが「しかし」と司祭は言葉を継いだ。
そして「悪い霊は憑いていないのですが女性の生き霊が憑いています」と言った。
「い、生き霊?」
「はい。あなたは大切な女性を裏切ったのでは?だからその女性の生き霊が憑いています。自分を棄てて他の女の元に行くあなたに対して恨みを持っているようです」
「おい、待て。待ってくれ。俺は裏切ってなどいない。他に女はいない。それにあれは陰謀だ。誰かが俺を罠に嵌め__」
司はそこまで言ってから、自分は悪い夢を見ているのではないかと思った。
そうだ。これは夢だ。
これは夢の中の話で現実ではない。
何しろこれまでも何度かおかしな夢を見たことがあった。
つまりこれは夢で何も心配することはない。
目が覚めればそこに恋人がいて司のことを愛してくれている。
だから司は頬を叩いて目を覚まそうとした。
だがいくら頬を叩いても何かが変わることはなかった。
そんな司を見ていた司祭は驚いた様子で言った。
「いかん。彼は自分で自分を傷つけようとしている。そんなことをするのは悪魔が彼の中に入ったからだ。彼は女の生き霊に殺されようとしている」
司は「違う。そうじゃない!」と叫び声を上げた。だがそれはつもりであり声にならなかった。
そんな司に司祭は十字架を手にすると、その声で魑魅魍魎を退散させようとするように声を張り上げた。
「父なる神と子なるイエス・キリストよ。邪悪な力からこの男を守りたまえ!」
と言ったが、これはまさにオカルト映画の展開だ。
そして「イエス・キリストの名において汝に命じる。悪魔よ!この男から立ち去れ!ここを去り元の世界へ戻れ!」と叫んだ。
それにしても何故声が出ない?
司は口を開けたが浜に打ち上げられた魚のようにパクパクとするだけだ。
そんな司の様子に運転手は「司祭様。生き霊はツカサ様の声を奪ったようです」と言ってから祈りの言葉を口にすると大仰な仕草で十字を切った。
すると司祭は「悪魔というのは信ずるものを持たない人間の心をいとも簡単に乗っ取ることが出来ます。声が出ないというのは悪魔が彼の心に手を伸ばしている証拠です」と言った。
司は再び「違う。そうじゃない!」と言ったつもりだったが、ふたりの耳には届かなかった。
そして今度は身体が動かなくなった。
立っている場所から一歩も動くことが出来なかった。
「司祭様、大変です!生き霊はツカサ様の身体の動きを奪ったようです!」
運転手は司祭に向かって言うと今度は司に向かって、「ツカサ様、生き霊に負けてはなりません。頑張って下さい!」と励ました。
すると司祭は、「ご安心なさい。主(しゅ)は救いを求めてやってくる者を拒むことはしません」と司に言った。
そして運転手に向かい「私はあなたの主(あるじ)を助けます」と言った。
そして、やにわに懐からナイフを取り出した。
「いいですか?悪魔との闘いは時に死を覚悟しなければなりません」
そう言った司祭は運転手と視線を交わし、うなずき合った。
司は嫌な予感がした。それはもしかすると自分はあのナイフで刺されるのではないかということ。
つまりナイフを手に近づいてくる司祭は本当の司祭ではなく偽者。そして運転手もまたしかり。
これは司を亡き者にしようとしている誰かの陰謀で、車の中で運転手が飲むように言った飲み物には身体の自由を奪うものが入っていたということだ。
司は逃げようとした。
だが身体が動かないのだから、逃げようにも逃げることが出来なかった。
そこまで読み終えると、司はノートを置いた。
「いかがですか?私が書いた物語は?」
西田は小説を書いた。
それは趣味で書いていたもの。
西田は、そのノートを秘書室の自分の机の上に出しっぱなしにして化粧室へ行った。
秘書室に西田を探しにきた司は、不注意でそのノートを床に落とした。
そのとき開いたページに自分の名前を見つけたことから、西田が司を主人公に物語を書いていることを知った。
西田は物語を途中まで読んだ司に感想を求めた。
すると返ってきた言葉は、「西田。悪いがお前には小説家の才能はない」だった。
「何故でしょう」
西田は訊いた。
「言ったとおりだ。お前には才能がない」
「ですから何故でしょう」
「いいか、西田。お前の書いている話は荒唐無稽だ。はじめは恋愛かと思ったら次第にホラーの様相を呈してきた。そして今度はサスペンスに傾き始めた。一体お前はどんな分野の話を書こうとしている?それに何で俺が主人公なんだ?」
そう訊かれた西田は言った。
「はい。分野は別としても支社長が主人公であれば、どんな分野の話もヒーローとして成り立つと思ったからです。何しろ支社長はこれまでビジネスに於いても私生活に於いても様々な場面で様々な経験をされています。その経験値の高さから、どんな物語であっても主役に相応しい。そんな思いから支社長を主人公にしました」
それを訊いた司は嬉しい気持が湧き上がった。
そして「まあ、いい。俺が主人公でも構わないが、最後はハッピーエンドで終わらせてくれ。いいか?間違っても主人公が死ぬとか、恋人と別れるとかは止めてくれ」と言った。
西田は上機嫌で執務室を出て行く男を見送ったが、男の行先は分かっている。
そこは社内にいる恋人の部署だ。
西田は机の上に置かれたノートを手に取った。
そしてひとりごちた。
「司様。司様が主人公である本当の理由は、あなたが物語にしたいほど劇的な本物の人生を歩んでいるからです」
西田は男が少年の頃から男の傍にいた。
そして男の成長を見守ってきた。
だから男のある意味で波乱に満ちた人生を知っている。
自暴自棄になりかけた男の姿を知っている。
しかし、本当の幸せというものを知った男は人間が生きることの大切さを知った。
「さてここから先は危険なアクションシーンが満載なのです。もっとも、道明寺司ならどんなアクションシーンもそつなくこなすでしょうから心配しておりません。ですが、やはり最後は違う。そうじゃないと言われないように、あの方と結ばれる。そんな最後を執筆いたしましたのでご安心下さい」
そして司が読まなかった物語の続きが書かれているページを開いた。

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Comment:1
それにしても恋人はどうして司の言葉を信じないのか。
だが、それらのことを別としても思うことがある。
それは恋人が何故あの時間、あの場所にいたのかということ。
恋人は会社員で平日のあの時間は仕事中だったはずだ。
だからあのことが何故か仕組まれたような気がしてならない。
誰かが司と恋人との間に揉め事を起こし、ふたりの仲を引き裂こうとしているのではないか。
もしかして母親の楓か?
いや。そんなはずはない。
かつて恋人のことを認めなかった母親も今では彼女のことを知り、その人間性を認めている。だから母親が司と恋人の仲を邪魔することはない。
それなら誰が?ということになるが、今はそれよりも恋人の誤解を解くのが先だ。
だから司は仕事の間に日本に電話をした。
しかし恋人は電話に出てはくれなかった。
メールを送っても返事はなかった。
そして今夜の司は社長である楓の命令でパーティーに出ることになっていたが、朝からスケジュールの変更があり忙しく食事が取れなかった。だから何も口にしていなかった。
すると秘書の西田が移動中の車の中で「支社長。どうぞこちらをお召し上がりください」と言って箱を差し出した。
差し出された箱の中身はクッキー。
西田はニューヨークでは色々な物が流行るが、今この街で流行っているのがこのクッキーだと言った。そして「それからこちらのクッキーは失われた恋が戻ると言われているそうです」と言葉を継いだ。
司は迷信やまじないを信じる人間ではない。
それに西田もそんな人間ではない。
だが西田は自分が仕える男が恋人に相手にされない状況に思うことがあったのかもしれない。それは慰めようという思い。だから司は秘書の気持を汲んでクッキーをつまむと口に入れた。
***
「司くん。久し振りだね。元気そうでなりよりだ。それからその節は世話になったね」
パーティー会場で声をかけてきたのは、ニューヨークで会社を経営する日本人男性。
「平岡社長もお元気そうでなによりです。こちらこそ、その節は大変お世話になりました」
司はビジネスマンだ。
だからその節が、どの節だろうと取りあえず挨拶を返した。
「ところで司くん。今日は娘が一緒なんだが紹介させてくれないか」
司は大人になった。
だから娘を紹介させてくれと言われて露骨に嫌だとは言わない。
ただ自分には恋人がいて他の女に興味がないことを伝えるだけだ。
だから「申し訳けないのですが、私には_」と言いかけたところで誰かが名前を呼んだ。
「ツカサ!」
司の名前を呼んで近づいてきたのは小柄なブロンドの女。
そして次に「ツカサ!」と呼んで近づいてきたのは大柄の赤毛の女。
それにもうひとりダークブランの髪の女も「ツカサ!」と名前を呼んで近づいてきたが、司は三人の女に見覚えがなかった。
だが三人の女達は眉を上げて司に迫ってきた。
司がこれまで浴びてきたのは思わせぶりな視線や、望みをこめた眼差し。
それにさりげない様子で近づいてくる偶然を装った出会いだ。
だが今、三人の女達から感じられるのは、司の額に銃を突き付けて引き金を引いてやろうかという思い。そしてここはアメリカだ。だから女達が手にしている口紅しか入らないようなクラッチバッグの中に銃が入っていて、突然額の真ん中に銃口が押し付けられてもおかしくはない。
だがそれにしても、何故三人の女達は怒りに満ちた顔で自分に迫ってくるのか。
そして司は直感的に後ろを振り向いた。
すると振り向いた司の背後には女が10人くらい立っていた。
その中でひときわ目を惹くのは、眉間に皺を寄せた真っ赤なロングドレスの女。黒髪で背が高くドレスの中に射程距離の長いライフルを隠していてもおかしくないようなその女が言った。
「ツカサ!あなたの本命は誰なのか。ここではっきり聞かせてちょうだい!」
司は言葉が出なかった。
それはこの状況が理解できなくて言語中枢が一時的に凍り付いたから。
だがすぐにシナプスは機能し始めた。
そして「お、お前ら一体なんなんだよ!」と言った。
すると女達は口々に言った。
「ちょっと!何よそれ!」
「ツカサ!あなた愛してるのは私だけだって言ったじゃない!」
「なんですって!ツカサ!あなた私と結婚するって言ったわよね!?」
「バカなことを言わないでよ!ツカサは私と結婚するのよ!」
「バカはアンタの方でしょ!」
「うるさいわね!代用品は黙ってなさい!」
「誰が代用品ですって!」
「なによ!このメギツネ女!」
「サソリ女!」
司はゾッとした。
司はそういう男じゃない。
はじめて愛した人は今の恋人で、それ以来他の女を好きになったことはない。
当然だが他の女と寝たこともない。
だからこの状況は悪い夢だ。
司は修羅場と化したパーティー会場から逃げ出した。

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だが、それらのことを別としても思うことがある。
それは恋人が何故あの時間、あの場所にいたのかということ。
恋人は会社員で平日のあの時間は仕事中だったはずだ。
だからあのことが何故か仕組まれたような気がしてならない。
誰かが司と恋人との間に揉め事を起こし、ふたりの仲を引き裂こうとしているのではないか。
もしかして母親の楓か?
いや。そんなはずはない。
かつて恋人のことを認めなかった母親も今では彼女のことを知り、その人間性を認めている。だから母親が司と恋人の仲を邪魔することはない。
それなら誰が?ということになるが、今はそれよりも恋人の誤解を解くのが先だ。
だから司は仕事の間に日本に電話をした。
しかし恋人は電話に出てはくれなかった。
メールを送っても返事はなかった。
そして今夜の司は社長である楓の命令でパーティーに出ることになっていたが、朝からスケジュールの変更があり忙しく食事が取れなかった。だから何も口にしていなかった。
すると秘書の西田が移動中の車の中で「支社長。どうぞこちらをお召し上がりください」と言って箱を差し出した。
差し出された箱の中身はクッキー。
西田はニューヨークでは色々な物が流行るが、今この街で流行っているのがこのクッキーだと言った。そして「それからこちらのクッキーは失われた恋が戻ると言われているそうです」と言葉を継いだ。
司は迷信やまじないを信じる人間ではない。
それに西田もそんな人間ではない。
だが西田は自分が仕える男が恋人に相手にされない状況に思うことがあったのかもしれない。それは慰めようという思い。だから司は秘書の気持を汲んでクッキーをつまむと口に入れた。
***
「司くん。久し振りだね。元気そうでなりよりだ。それからその節は世話になったね」
パーティー会場で声をかけてきたのは、ニューヨークで会社を経営する日本人男性。
「平岡社長もお元気そうでなによりです。こちらこそ、その節は大変お世話になりました」
司はビジネスマンだ。
だからその節が、どの節だろうと取りあえず挨拶を返した。
「ところで司くん。今日は娘が一緒なんだが紹介させてくれないか」
司は大人になった。
だから娘を紹介させてくれと言われて露骨に嫌だとは言わない。
ただ自分には恋人がいて他の女に興味がないことを伝えるだけだ。
だから「申し訳けないのですが、私には_」と言いかけたところで誰かが名前を呼んだ。
「ツカサ!」
司の名前を呼んで近づいてきたのは小柄なブロンドの女。
そして次に「ツカサ!」と呼んで近づいてきたのは大柄の赤毛の女。
それにもうひとりダークブランの髪の女も「ツカサ!」と名前を呼んで近づいてきたが、司は三人の女に見覚えがなかった。
だが三人の女達は眉を上げて司に迫ってきた。
司がこれまで浴びてきたのは思わせぶりな視線や、望みをこめた眼差し。
それにさりげない様子で近づいてくる偶然を装った出会いだ。
だが今、三人の女達から感じられるのは、司の額に銃を突き付けて引き金を引いてやろうかという思い。そしてここはアメリカだ。だから女達が手にしている口紅しか入らないようなクラッチバッグの中に銃が入っていて、突然額の真ん中に銃口が押し付けられてもおかしくはない。
だがそれにしても、何故三人の女達は怒りに満ちた顔で自分に迫ってくるのか。
そして司は直感的に後ろを振り向いた。
すると振り向いた司の背後には女が10人くらい立っていた。
その中でひときわ目を惹くのは、眉間に皺を寄せた真っ赤なロングドレスの女。黒髪で背が高くドレスの中に射程距離の長いライフルを隠していてもおかしくないようなその女が言った。
「ツカサ!あなたの本命は誰なのか。ここではっきり聞かせてちょうだい!」
司は言葉が出なかった。
それはこの状況が理解できなくて言語中枢が一時的に凍り付いたから。
だがすぐにシナプスは機能し始めた。
そして「お、お前ら一体なんなんだよ!」と言った。
すると女達は口々に言った。
「ちょっと!何よそれ!」
「ツカサ!あなた愛してるのは私だけだって言ったじゃない!」
「なんですって!ツカサ!あなた私と結婚するって言ったわよね!?」
「バカなことを言わないでよ!ツカサは私と結婚するのよ!」
「バカはアンタの方でしょ!」
「うるさいわね!代用品は黙ってなさい!」
「誰が代用品ですって!」
「なによ!このメギツネ女!」
「サソリ女!」
司はゾッとした。
司はそういう男じゃない。
はじめて愛した人は今の恋人で、それ以来他の女を好きになったことはない。
当然だが他の女と寝たこともない。
だからこの状況は悪い夢だ。
司は修羅場と化したパーティー会場から逃げ出した。

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「違う、違う。そうじゃない。そうじゃない!まて、待ってくれ!誤解だ!」
男は叫んだが女は背中を向け去って行った。
叫んだ男は金も権力も持つ男。
体脂肪が4.8パーセントしかない男。
おかしいくらい濃くて長い睫毛を持つ男。
そして、コンプレックスなど無いと言われる男。
つまり男は男性的魅力を持つ男で神の憐憫の情を必要としない男。
そんな男が恋人にフラれた。
そしてそんな男の前にいるのは心配する男。
面白そうに笑う男
それから喜ぶ男だ。
「おい司。お前、牧野に何をした?」
「わはは!司。お前、ついに牧野にフラれたか!」
「ふーん。司、牧野にフラれたんだ。じゃ俺、シャンパン持って牧野んとこ行かなきゃ」
最後の言葉を発した男はかつての司の恋のライバル。
だから司はその男が立ち上がろうとしたところで睨んだ。
「それにしてもお前。何でフラれた?」
それは三人の男達の誰もが知りたいこと。
だが司は口を閉ざしたまま開かなかった。
しかしそれでは問題は解決しない。
「………た」
「は?何だって?」
「あいつに見られた」
「見られたって…..何を見られたんだ?」
「だから他の女とキスしているところを見られた」
「おいお前….他の女とキスって…..」
「やるじゃん司。ついにお前も牧野以外の女とキスしたいと思ったってわけか」
「へえ….司が牧野以外の女とキスねえ」
司は牧野つくしと知り合う前まで挨拶のひとつとしてキスを受け入れていたことがあった。
だが好きでキスをしたことはなく、女たちが勝手に唇を合わせていただけ。
だから彼女を知って他の女とのキスは気持ちの悪いものになった。
それ以来彼女以外の女と唇を重ねたことはない。
そんな司にキスしてきたのはニューヨーク留学時代の同窓生。
父親はフランス人のダイヤモンド商で母親は日本人。
そして女性は新進気鋭のジュエリーデザイナー。
司は恋人に特別なジュエリーを贈ることを決めた。
それは二人が出逢ったことを記念するためのもの。
だからその制作を同窓生の女性に依頼した。
だが何故その女性に依頼したか。それは女性が建築学を学び独創的でありながら、繊細かつ女性らしさを意識させるデザインを得意としているから。
だから司は女性に恋人のことを話し、彼女をイメージしたジュエリーを作らせた。
そして仕上がったと連絡を受けた司は待ち合わせをした店で、そのジュエリーを受け取り、女性に礼を言ってふたりで店の外に出たが、彼女はフランス人の習慣で別れ際に司の頬にキスをした。だがそれは頬を合わせてリップ音を立てる「ビズ」というフランスでは定番中の定番の挨拶であり唇はどこにも触れていない。だがその瞬間を見た恋人はふたりがキスをしていると誤解をした。そして、よりにもよって司が喜んで女のキスを受け入れ、女を抱きしめようとしていると勘違いをした。
司は背中を向けて走り出した恋人を追いかけた。
追いついて腕を掴んで振り向かせた。
だが振り払われた。
そして浮気をしていると疑って決めつけた。
本来、恋人はやきもち焼きかと言われれば、そうではない。
恋人は、さっぱりとした性格をしている。
だが、こと恋愛に関してはいじいじと考え込む。
だから居もしない女の話を勝手にこじらせて、ひとりで思い詰めていく恐れがある。
挙句の果てに考え過ぎてどうすればいいのか分からなくなってしまう。
そして渡るはずの石橋を叩いても渡ることを止め、別の橋を渡ろうとする。
それはかつて司と恋人の間に起きた雨の日の別れ。
だから今回のことは説明すれば分かってくれるはずなのだが事実を話したくなかった。
何故ならこれは秘密にしておきたいプレゼント。
だから司は幼馴染みである三人の男達にどうすれば彼女の誤解を解くことができるか訊くことにした。そして聖書に出て来る東方の三賢者よろしく問題を解決する知恵を授けてくれることを期待したのだが、彼らから返されたのは、「司よ。お前もいい年をした大人だろ?自分の身に降りかかった災難は自分で解決しろ」だった。
司は恋人以外の女に1ミリたりとも興味を持ったことはない。
それに司は誰かと違って何人もの女と同時に付き合えるような器用な男ではない。
だから司は、あれは誤解だと説明しようとした。
しかし、恋人は電話にも出てくれなければ会ってもくれなかった。
そしてそれから数日後、司は恋人に会えないまま仕事でニューヨークへ向かった。

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男は叫んだが女は背中を向け去って行った。
叫んだ男は金も権力も持つ男。
体脂肪が4.8パーセントしかない男。
おかしいくらい濃くて長い睫毛を持つ男。
そして、コンプレックスなど無いと言われる男。
つまり男は男性的魅力を持つ男で神の憐憫の情を必要としない男。
そんな男が恋人にフラれた。
そしてそんな男の前にいるのは心配する男。
面白そうに笑う男
それから喜ぶ男だ。
「おい司。お前、牧野に何をした?」
「わはは!司。お前、ついに牧野にフラれたか!」
「ふーん。司、牧野にフラれたんだ。じゃ俺、シャンパン持って牧野んとこ行かなきゃ」
最後の言葉を発した男はかつての司の恋のライバル。
だから司はその男が立ち上がろうとしたところで睨んだ。
「それにしてもお前。何でフラれた?」
それは三人の男達の誰もが知りたいこと。
だが司は口を閉ざしたまま開かなかった。
しかしそれでは問題は解決しない。
「………た」
「は?何だって?」
「あいつに見られた」
「見られたって…..何を見られたんだ?」
「だから他の女とキスしているところを見られた」
「おいお前….他の女とキスって…..」
「やるじゃん司。ついにお前も牧野以外の女とキスしたいと思ったってわけか」
「へえ….司が牧野以外の女とキスねえ」
司は牧野つくしと知り合う前まで挨拶のひとつとしてキスを受け入れていたことがあった。
だが好きでキスをしたことはなく、女たちが勝手に唇を合わせていただけ。
だから彼女を知って他の女とのキスは気持ちの悪いものになった。
それ以来彼女以外の女と唇を重ねたことはない。
そんな司にキスしてきたのはニューヨーク留学時代の同窓生。
父親はフランス人のダイヤモンド商で母親は日本人。
そして女性は新進気鋭のジュエリーデザイナー。
司は恋人に特別なジュエリーを贈ることを決めた。
それは二人が出逢ったことを記念するためのもの。
だからその制作を同窓生の女性に依頼した。
だが何故その女性に依頼したか。それは女性が建築学を学び独創的でありながら、繊細かつ女性らしさを意識させるデザインを得意としているから。
だから司は女性に恋人のことを話し、彼女をイメージしたジュエリーを作らせた。
そして仕上がったと連絡を受けた司は待ち合わせをした店で、そのジュエリーを受け取り、女性に礼を言ってふたりで店の外に出たが、彼女はフランス人の習慣で別れ際に司の頬にキスをした。だがそれは頬を合わせてリップ音を立てる「ビズ」というフランスでは定番中の定番の挨拶であり唇はどこにも触れていない。だがその瞬間を見た恋人はふたりがキスをしていると誤解をした。そして、よりにもよって司が喜んで女のキスを受け入れ、女を抱きしめようとしていると勘違いをした。
司は背中を向けて走り出した恋人を追いかけた。
追いついて腕を掴んで振り向かせた。
だが振り払われた。
そして浮気をしていると疑って決めつけた。
本来、恋人はやきもち焼きかと言われれば、そうではない。
恋人は、さっぱりとした性格をしている。
だが、こと恋愛に関してはいじいじと考え込む。
だから居もしない女の話を勝手にこじらせて、ひとりで思い詰めていく恐れがある。
挙句の果てに考え過ぎてどうすればいいのか分からなくなってしまう。
そして渡るはずの石橋を叩いても渡ることを止め、別の橋を渡ろうとする。
それはかつて司と恋人の間に起きた雨の日の別れ。
だから今回のことは説明すれば分かってくれるはずなのだが事実を話したくなかった。
何故ならこれは秘密にしておきたいプレゼント。
だから司は幼馴染みである三人の男達にどうすれば彼女の誤解を解くことができるか訊くことにした。そして聖書に出て来る東方の三賢者よろしく問題を解決する知恵を授けてくれることを期待したのだが、彼らから返されたのは、「司よ。お前もいい年をした大人だろ?自分の身に降りかかった災難は自分で解決しろ」だった。
司は恋人以外の女に1ミリたりとも興味を持ったことはない。
それに司は誰かと違って何人もの女と同時に付き合えるような器用な男ではない。
だから司は、あれは誤解だと説明しようとした。
しかし、恋人は電話にも出てくれなければ会ってもくれなかった。
そしてそれから数日後、司は恋人に会えないまま仕事でニューヨークへ向かった。

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司は用意された髭剃りを手にバスルームの背景幕の前にいた。
そしてカメラのレンズを見つめていた。
いや。カメラの向こうにいる女を見つめていた。
「ええっと、あなたの名前は__」
「道明寺司だ」
「では道明寺さん。あなたの状況は朝起きて下着を付けて髭を剃っているところよ」
と言った女はファインダーを覗いた。
だから司は言われた通り髭を剃るポーズを取った。
すると女はシャッターを切り始めた。
「なあ」
司は髭剃りを顎に当てたまま言った。
「なに?」
「あんたの名前は?」
「牧野よ」
「ちがう。下の名前だ」
「つくし。牧野つくしよ」
「つくし?変わった名前だな?」
「ええ。よく言われるわ。でも私は気に入ってるわ。つくしは雑草でどんなに踏まれてもへこたれない。何度踏まれても起き上がる植物。だから私も名前のつくしのように逞しく生きたいと思ってるの」
「へえ。それであんたカメラマンになってどれくらいだ?」
「このスタジオを構えたのは3年前よ。でもその前にアシスタントとして助手を務めていたわ」
「それで裸に近い男の身体を撮るのは初めてか?」
「そ、そんなことないわ。これまで何人もの裸に近い男性を撮影したわ。ええ何人もね」
と女は言ったが、その声には間違いなく嘘が感じられた。
女が言う裸に近い男性というのは、きっと赤ん坊だ。
「はい。髭剃りシーンは終了。次はワイシャツを着るところを撮るわ」
女はほっとした様子でカメラから離れた。
そしてハンガーラックに近づくと、その中から白いシャツを選んできて司に差し出した。
だが司はシャツを受け取らなかった。
「なあ。あんたは下着のアップの部分をメインで撮るって言ったよな?それなのに裸の俺に服を着させるってのはクライアントの希望と反対じゃあねえの?」
司はニヤリと笑った。
すると女は火照った頬をして、「わ、分かってるわよ。だけどものには順序ってものがあるわ。だからまず着衣を撮影して次に下着を撮るの。だから早くこれを着て!」と言ってシャツを押し付けたが、その様子からやはり女は裸に近い男に慣れていないようだ。
それにしても分かりやすい反応をする女だ。
そして司は自分を雑草と呼ぶ女に興味を惹かれた。
「ものには順序か…..」
司はシャツを受け取った。
だがすぐに脇に放り投げると前に出た。
「な、何?」
「分かってるんだろ?」
「何が?」
「俺があんたに惹かれてることだ。だってそうだろ?こんなピッタリのブリーフじゃ勃起は隠しようがないんだから」
司の興奮は髭を剃っているポーズを取っている時から隠しようがなかった。
そして女もそれを知っている。気付いていた。だができるだけ見ないようにしていた。
「それにあんたも俺に惹かれてる」
「ひ、惹かれてる?そんなことないわ!あなたの勘違いよ!」
「いや。そうだ。俺があんたに惹かれているのと同じで、あんたも俺に惹かれてる」
司はさらに前へ出た。
すると女は後ろに下がったが、そこにはテーブルがあった。
ほぼ裸の司は牧野つくしを追いつめた。
「ど、どうして私があなたに惹かれてるって言うのよ」
司は唇の片方の端を上げた。
「これだ」
司は牧野つくしを逃がさないように、彼女の身体を挟む形でテーブルに手を着くと唇を重ねた。
抵抗されることはなかった。だから一旦唇を離し、もう一度重ねた。
そして脈打つペニスを擦りつけ低く掠れた声で言った。
「牧野つくし。俺と付き合ってくれ」
司は牧野つくしと愛し合う光景を想像して更にペニスが硬くなるのを感じた。
「ダメ。あなたとは付き合えない」
司はこれまで女からの交際の申し込みを断ったことはあった。
だが断られたことはない。
それは女に交際を申し込むのは牧野つくしが初めてだから。
だから、これまで女にフラれた経験のない男はバッドで頭を殴られたような衝撃を受けた。
「何故だ?理由を教えてくれ」
司はどんな女も自分に従うのが当たり前だと思っていた。
「理由?あなたとは知り合ったばかりよ。お互いのことを全く知らないわ。だから付き合うことは出来ないわ」
「そんな理由か。それなら俺のことを知ってくれ。お前には俺の全てを知って欲しい。俺はお前に隠し事は一切しない。だから俺は全てをさらけ出す」
司はそう言うとヒョウ柄のブリーフに手を掛けた。
その瞬間、女は悲鳴を上げて司を突き飛ばした。
「それから言っとくけど私は自信過剰な男は嫌いなの。女は間違いなく自分を好きになる。どんな女も自分に身を投げ出してくるって思い上がっている男は大嫌いなの!それにひと前ですぐにパンツを脱ごうとする男とは付き合えないのよ!」
「待て!待てよ!」
司はスタジオを出て行こうとする女を追いかけた。
だが女の逃げ足は早く追いつくことが出来なかった。
だから司は叫んだ。
「俺はお前以外の女の前でパンツを脱ぐことはない!だから牧野!俺を棄てないでくれ!」
「支社長」
「………」
「支社長」
「………」
「支社長!」
司は西田の声に目を覚ました。
「パンツがどうのとおっしゃっていましたが、どうかされましたか?」
「いや…..なんでもない」
「そうですか。それならよろしいのですが、お薬が必要ならご用意いたしましょうか?」
「いや。必要ない」
司はそう言うと西田がデスクに置いていった封筒を手に取った。
それにしてもおかしな夢を見たものだ。
だがそれはデジャヴ。
恋人と知り合ったばかりの頃、自信過剰だと言われたことがある。
だがどんな女も自分に身を投げ出してくるなど考えたこともない。
それにひと前でパンツを脱いだことはない。
けれど彼女に乱暴しようとしたことがあった。
しかし司は見た目とは違って繊細なところがある男だ。
好きな女に泣かれれば気持が落ち込むし、嫌いと言われれば悲しい。
だからあのとき彼女に泣かれ、手に優しく力がこもった。
司は封筒の中身を取り出した。
出てきたのは姉の椿から送られてきたロスのホテルのブライダル部門のカタログ。
『あんたがモデルをしてくれたパンフレット。まだ倉庫の中にあったから送るわね。記念に持っておきなさい』
昔、姉に頼まれ恋人に内緒で撮った写真。
後ろ姿の司は白いタキシード姿で海を眺めていた。
司は己のその姿の隣にウエディングドレスを着た恋人の姿を思い描く。
恋人の手が司の腕に添えられ、ふたりでオーシャンブルーの海を眺めている姿を。
そしてふたりは靴を脱ぎ裸足になると、タキシードとウエディングドレスのまま砂浜に駆け出すのだ。
きらめきの先へと___
ネクタイを締め、革靴を履いていても、背広の下にあるのは恋人への熱い思い。
どこにいても、何をしていても片時も恋人の事を思わない時はない。
心は恋人だけに向けられていて他の女に興味はない。
そして恋人の前では自分を飾る必要がない。
だから心が裸になれるのは恋人の前だけだ。
「それにしてもあいつ。どこをうろついてる?」
司は呟いた。
そのとき携帯電話の短い着信音が鳴った。
それは恋人からのメッセージ。
『ねえ、10階の自販機コーナーに新しいアイスの自販機が入ったの!
道明寺が入れてくれたんでしょ?ありがとう!さっき期間限定のバニラを食べたけど、すごく美味しかった!』
司はしまったと思った。
そうだ。恋人から某アイスクリームメーカーのアイスを買うため、昼休みにコンビニまで走るという話を聞いたとき、そのメーカーの自販機を入れろと西田に言ったのだが、そのことをすっかり忘れていた。
司は膝を叩いた。そうだ。社内にある全てのアイスクリームの自販機を支社長室のある最上階のフロアに移動させればいい。そうすれば甘い物に目がない恋人は、このフロアに上がって来ることになる。つまり司は恋人の姿を求め社内を歩き回る必要が無くなるということだ。
だが社内を歩きまわることが無くなるのも少し寂しいような気がした。
それは、仕事をしている恋人の姿をそっと見つめる楽しみが失われるからだ。
だから自販機はそのままにすることにした。
司は西田を呼ぶと言った。
「悪いが10階の自販機コーナーにあるアイスの自販機から期間限定のバニラを買ってきてくれ」
恋人が美味いと言うものは、とりあえず食べてみるのが司だ。
それは恋人の思いを共有するためだが、実はそのせいで最近体重が1キロばかり増えた。
だがそんなことは大したことではない。何しろ歳月は過ぎ去るのみ。過ぎてから、しなかったことを悔いても間に合わないのだから。
それに躍動するリズムに合わせて踊れば体重はすぐ元に戻る。
だが、固くなった身体でロックを踊れと言われても身体は言うことを聞かない。
司は背広の上着を脱いだ。
そして軽く肩を回すと書類に目を通し始めた。

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そしてカメラのレンズを見つめていた。
いや。カメラの向こうにいる女を見つめていた。
「ええっと、あなたの名前は__」
「道明寺司だ」
「では道明寺さん。あなたの状況は朝起きて下着を付けて髭を剃っているところよ」
と言った女はファインダーを覗いた。
だから司は言われた通り髭を剃るポーズを取った。
すると女はシャッターを切り始めた。
「なあ」
司は髭剃りを顎に当てたまま言った。
「なに?」
「あんたの名前は?」
「牧野よ」
「ちがう。下の名前だ」
「つくし。牧野つくしよ」
「つくし?変わった名前だな?」
「ええ。よく言われるわ。でも私は気に入ってるわ。つくしは雑草でどんなに踏まれてもへこたれない。何度踏まれても起き上がる植物。だから私も名前のつくしのように逞しく生きたいと思ってるの」
「へえ。それであんたカメラマンになってどれくらいだ?」
「このスタジオを構えたのは3年前よ。でもその前にアシスタントとして助手を務めていたわ」
「それで裸に近い男の身体を撮るのは初めてか?」
「そ、そんなことないわ。これまで何人もの裸に近い男性を撮影したわ。ええ何人もね」
と女は言ったが、その声には間違いなく嘘が感じられた。
女が言う裸に近い男性というのは、きっと赤ん坊だ。
「はい。髭剃りシーンは終了。次はワイシャツを着るところを撮るわ」
女はほっとした様子でカメラから離れた。
そしてハンガーラックに近づくと、その中から白いシャツを選んできて司に差し出した。
だが司はシャツを受け取らなかった。
「なあ。あんたは下着のアップの部分をメインで撮るって言ったよな?それなのに裸の俺に服を着させるってのはクライアントの希望と反対じゃあねえの?」
司はニヤリと笑った。
すると女は火照った頬をして、「わ、分かってるわよ。だけどものには順序ってものがあるわ。だからまず着衣を撮影して次に下着を撮るの。だから早くこれを着て!」と言ってシャツを押し付けたが、その様子からやはり女は裸に近い男に慣れていないようだ。
それにしても分かりやすい反応をする女だ。
そして司は自分を雑草と呼ぶ女に興味を惹かれた。
「ものには順序か…..」
司はシャツを受け取った。
だがすぐに脇に放り投げると前に出た。
「な、何?」
「分かってるんだろ?」
「何が?」
「俺があんたに惹かれてることだ。だってそうだろ?こんなピッタリのブリーフじゃ勃起は隠しようがないんだから」
司の興奮は髭を剃っているポーズを取っている時から隠しようがなかった。
そして女もそれを知っている。気付いていた。だができるだけ見ないようにしていた。
「それにあんたも俺に惹かれてる」
「ひ、惹かれてる?そんなことないわ!あなたの勘違いよ!」
「いや。そうだ。俺があんたに惹かれているのと同じで、あんたも俺に惹かれてる」
司はさらに前へ出た。
すると女は後ろに下がったが、そこにはテーブルがあった。
ほぼ裸の司は牧野つくしを追いつめた。
「ど、どうして私があなたに惹かれてるって言うのよ」
司は唇の片方の端を上げた。
「これだ」
司は牧野つくしを逃がさないように、彼女の身体を挟む形でテーブルに手を着くと唇を重ねた。
抵抗されることはなかった。だから一旦唇を離し、もう一度重ねた。
そして脈打つペニスを擦りつけ低く掠れた声で言った。
「牧野つくし。俺と付き合ってくれ」
司は牧野つくしと愛し合う光景を想像して更にペニスが硬くなるのを感じた。
「ダメ。あなたとは付き合えない」
司はこれまで女からの交際の申し込みを断ったことはあった。
だが断られたことはない。
それは女に交際を申し込むのは牧野つくしが初めてだから。
だから、これまで女にフラれた経験のない男はバッドで頭を殴られたような衝撃を受けた。
「何故だ?理由を教えてくれ」
司はどんな女も自分に従うのが当たり前だと思っていた。
「理由?あなたとは知り合ったばかりよ。お互いのことを全く知らないわ。だから付き合うことは出来ないわ」
「そんな理由か。それなら俺のことを知ってくれ。お前には俺の全てを知って欲しい。俺はお前に隠し事は一切しない。だから俺は全てをさらけ出す」
司はそう言うとヒョウ柄のブリーフに手を掛けた。
その瞬間、女は悲鳴を上げて司を突き飛ばした。
「それから言っとくけど私は自信過剰な男は嫌いなの。女は間違いなく自分を好きになる。どんな女も自分に身を投げ出してくるって思い上がっている男は大嫌いなの!それにひと前ですぐにパンツを脱ごうとする男とは付き合えないのよ!」
「待て!待てよ!」
司はスタジオを出て行こうとする女を追いかけた。
だが女の逃げ足は早く追いつくことが出来なかった。
だから司は叫んだ。
「俺はお前以外の女の前でパンツを脱ぐことはない!だから牧野!俺を棄てないでくれ!」
「支社長」
「………」
「支社長」
「………」
「支社長!」
司は西田の声に目を覚ました。
「パンツがどうのとおっしゃっていましたが、どうかされましたか?」
「いや…..なんでもない」
「そうですか。それならよろしいのですが、お薬が必要ならご用意いたしましょうか?」
「いや。必要ない」
司はそう言うと西田がデスクに置いていった封筒を手に取った。
それにしてもおかしな夢を見たものだ。
だがそれはデジャヴ。
恋人と知り合ったばかりの頃、自信過剰だと言われたことがある。
だがどんな女も自分に身を投げ出してくるなど考えたこともない。
それにひと前でパンツを脱いだことはない。
けれど彼女に乱暴しようとしたことがあった。
しかし司は見た目とは違って繊細なところがある男だ。
好きな女に泣かれれば気持が落ち込むし、嫌いと言われれば悲しい。
だからあのとき彼女に泣かれ、手に優しく力がこもった。
司は封筒の中身を取り出した。
出てきたのは姉の椿から送られてきたロスのホテルのブライダル部門のカタログ。
『あんたがモデルをしてくれたパンフレット。まだ倉庫の中にあったから送るわね。記念に持っておきなさい』
昔、姉に頼まれ恋人に内緒で撮った写真。
後ろ姿の司は白いタキシード姿で海を眺めていた。
司は己のその姿の隣にウエディングドレスを着た恋人の姿を思い描く。
恋人の手が司の腕に添えられ、ふたりでオーシャンブルーの海を眺めている姿を。
そしてふたりは靴を脱ぎ裸足になると、タキシードとウエディングドレスのまま砂浜に駆け出すのだ。
きらめきの先へと___
ネクタイを締め、革靴を履いていても、背広の下にあるのは恋人への熱い思い。
どこにいても、何をしていても片時も恋人の事を思わない時はない。
心は恋人だけに向けられていて他の女に興味はない。
そして恋人の前では自分を飾る必要がない。
だから心が裸になれるのは恋人の前だけだ。
「それにしてもあいつ。どこをうろついてる?」
司は呟いた。
そのとき携帯電話の短い着信音が鳴った。
それは恋人からのメッセージ。
『ねえ、10階の自販機コーナーに新しいアイスの自販機が入ったの!
道明寺が入れてくれたんでしょ?ありがとう!さっき期間限定のバニラを食べたけど、すごく美味しかった!』
司はしまったと思った。
そうだ。恋人から某アイスクリームメーカーのアイスを買うため、昼休みにコンビニまで走るという話を聞いたとき、そのメーカーの自販機を入れろと西田に言ったのだが、そのことをすっかり忘れていた。
司は膝を叩いた。そうだ。社内にある全てのアイスクリームの自販機を支社長室のある最上階のフロアに移動させればいい。そうすれば甘い物に目がない恋人は、このフロアに上がって来ることになる。つまり司は恋人の姿を求め社内を歩き回る必要が無くなるということだ。
だが社内を歩きまわることが無くなるのも少し寂しいような気がした。
それは、仕事をしている恋人の姿をそっと見つめる楽しみが失われるからだ。
だから自販機はそのままにすることにした。
司は西田を呼ぶと言った。
「悪いが10階の自販機コーナーにあるアイスの自販機から期間限定のバニラを買ってきてくれ」
恋人が美味いと言うものは、とりあえず食べてみるのが司だ。
それは恋人の思いを共有するためだが、実はそのせいで最近体重が1キロばかり増えた。
だがそんなことは大したことではない。何しろ歳月は過ぎ去るのみ。過ぎてから、しなかったことを悔いても間に合わないのだから。
それに躍動するリズムに合わせて踊れば体重はすぐ元に戻る。
だが、固くなった身体でロックを踊れと言われても身体は言うことを聞かない。
司は背広の上着を脱いだ。
そして軽く肩を回すと書類に目を通し始めた。

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「くそったれめ」
司は言語道断の下着に毒づいた。が、再び箱の中に手を突っこみ、ヒョウ柄のブリーフを摘まみ上げるとニヤリと笑った。
「おもしろそうだ」
司は牧野という女がカメラマンとしてのキャリアがどれくらいあるのか分からなかったが、年は30歳くらい。そしてその女が裸に近い男に慣れてない。男のセクシーな姿に慣れてないと見た。
それは司が下着を手にしたとき、頬を赤らめたからだ。つまり女は平然を装ってはいたが、小さく存在感のなさすぎるブリーフとは名ばかりの布を司自身が満たした姿を想像して頬を赤らめたということ。だから司はこの撮影がおもしろくなりそうだと思った。
***
司は着替えを済ませるとハンガーラックに掛けられていたローブを羽織った。
そして廊下に出るとスタジオだと言われた隣の部屋の扉を開けたが、カメラマンの女は司に背中を向けカメラをいじっていて、司が部屋に入ってきたことに気付いていなかった。そしてそこに撮影を手伝う助手の存在はなかった。
司は女の後ろ姿を見つめた。
それからゆっくりと女に近づき真後ろに立った。
それは手を伸ばせば触れる近さだ。
「よう。着替えたぜ」
その声に女は振り返ったが、司がすぐ傍に立っていたことに驚いていた。
「ええっと、早かったのね?」
「ああ」
司は短く返事をして女を見つめた。
すると女は咳払いをして「シェービングは必要なかった?」と訊いた。だから「その必要はなかった」と答えたが、前だけを覆い尻の部分は布がない紐状のもの。つまりTバッグを身に着けるなら必要になるが、はなから履くつもりはなかった。だから必要ないと答えた。
「それじゃあ撮影に入りましょう。さっきも説明した通り今回は下着のアップがメインなの。だけど全身の写真も何枚か必要だから、まずそっちから撮影しましょう」
司はそこに立ってと言われ寝室の背景幕が下ろされた場所に立つとローブを脱ぎ捨てた。
身に着けているのは股間を覆うだけのヒョウ柄のブリーフ。
薄い布が引き締まった腰の低い位置を覆っていた。
「で?俺はどうすればいい?」
と言った司は両手を腰に当て見られるがままにしたが、それは溝を刻んでいる腹の筋肉を見せ付ける姿。その様子に女は顏を赤くした。そして30秒ほど黙った後で言った。
「ど、どうすれば?そ、そうね、それじゃあポーズをお願い」
「分かった。それで?どんなポーズを取ればいい?」
「ええっと、ここは寝室という設定だから、あなたは朝、目が覚めてベッドから起きたって感じかしら」
「朝、目覚めたところか?」
「ええ」
「そうか。だがそうなると問題がある」
司は真剣な顏で言った。
「何が問題なの?」
女は心配そうに訊いた。
「俺は夜寝るときは裸だ。だから朝目覚めた時も裸ってことだ。つまりあんたの言う設定なら俺は裸になる必要がある」
その言葉に女は真っ赤になった。
司は笑みが浮かぶのを隠し確信した。思った通りこのカメラマンは男の裸に慣れてないのだと。だから司は女がどぎまぎするのを楽しむことにした。
司はヒョウ柄のブリーフに手を掛けた。
すると女は「ちょっと待って!ぬ、脱がなくていいから!脱いじゃダメ!脱ぐ必要ないから!」と言ったが、その声はパニックめいた叫び声。
それに対し司の声は断固としていた。
「なんでだ?撮影とはいえある程度のリアルさは必要なはずだ。それに俺はプロのモデルじゃない。だから気持を入れるためには裸から_」
「設定を変えるわ!だから脱がなくていいの!ええっと……そうね、あなたはこれから仕事に行くビジネスマンでこれから出勤のためにワイシャツを着るところ。ワイシャツを着てネクタイを締めてスーツを着るの。その前の支度を….そうよ!髭を剃ろうとしているところを撮るわ!」
女はそう言うと背景幕を変えた。

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司は言語道断の下着に毒づいた。が、再び箱の中に手を突っこみ、ヒョウ柄のブリーフを摘まみ上げるとニヤリと笑った。
「おもしろそうだ」
司は牧野という女がカメラマンとしてのキャリアがどれくらいあるのか分からなかったが、年は30歳くらい。そしてその女が裸に近い男に慣れてない。男のセクシーな姿に慣れてないと見た。
それは司が下着を手にしたとき、頬を赤らめたからだ。つまり女は平然を装ってはいたが、小さく存在感のなさすぎるブリーフとは名ばかりの布を司自身が満たした姿を想像して頬を赤らめたということ。だから司はこの撮影がおもしろくなりそうだと思った。
***
司は着替えを済ませるとハンガーラックに掛けられていたローブを羽織った。
そして廊下に出るとスタジオだと言われた隣の部屋の扉を開けたが、カメラマンの女は司に背中を向けカメラをいじっていて、司が部屋に入ってきたことに気付いていなかった。そしてそこに撮影を手伝う助手の存在はなかった。
司は女の後ろ姿を見つめた。
それからゆっくりと女に近づき真後ろに立った。
それは手を伸ばせば触れる近さだ。
「よう。着替えたぜ」
その声に女は振り返ったが、司がすぐ傍に立っていたことに驚いていた。
「ええっと、早かったのね?」
「ああ」
司は短く返事をして女を見つめた。
すると女は咳払いをして「シェービングは必要なかった?」と訊いた。だから「その必要はなかった」と答えたが、前だけを覆い尻の部分は布がない紐状のもの。つまりTバッグを身に着けるなら必要になるが、はなから履くつもりはなかった。だから必要ないと答えた。
「それじゃあ撮影に入りましょう。さっきも説明した通り今回は下着のアップがメインなの。だけど全身の写真も何枚か必要だから、まずそっちから撮影しましょう」
司はそこに立ってと言われ寝室の背景幕が下ろされた場所に立つとローブを脱ぎ捨てた。
身に着けているのは股間を覆うだけのヒョウ柄のブリーフ。
薄い布が引き締まった腰の低い位置を覆っていた。
「で?俺はどうすればいい?」
と言った司は両手を腰に当て見られるがままにしたが、それは溝を刻んでいる腹の筋肉を見せ付ける姿。その様子に女は顏を赤くした。そして30秒ほど黙った後で言った。
「ど、どうすれば?そ、そうね、それじゃあポーズをお願い」
「分かった。それで?どんなポーズを取ればいい?」
「ええっと、ここは寝室という設定だから、あなたは朝、目が覚めてベッドから起きたって感じかしら」
「朝、目覚めたところか?」
「ええ」
「そうか。だがそうなると問題がある」
司は真剣な顏で言った。
「何が問題なの?」
女は心配そうに訊いた。
「俺は夜寝るときは裸だ。だから朝目覚めた時も裸ってことだ。つまりあんたの言う設定なら俺は裸になる必要がある」
その言葉に女は真っ赤になった。
司は笑みが浮かぶのを隠し確信した。思った通りこのカメラマンは男の裸に慣れてないのだと。だから司は女がどぎまぎするのを楽しむことにした。
司はヒョウ柄のブリーフに手を掛けた。
すると女は「ちょっと待って!ぬ、脱がなくていいから!脱いじゃダメ!脱ぐ必要ないから!」と言ったが、その声はパニックめいた叫び声。
それに対し司の声は断固としていた。
「なんでだ?撮影とはいえある程度のリアルさは必要なはずだ。それに俺はプロのモデルじゃない。だから気持を入れるためには裸から_」
「設定を変えるわ!だから脱がなくていいの!ええっと……そうね、あなたはこれから仕事に行くビジネスマンでこれから出勤のためにワイシャツを着るところ。ワイシャツを着てネクタイを締めてスーツを着るの。その前の支度を….そうよ!髭を剃ろうとしているところを撮るわ!」
女はそう言うと背景幕を変えた。

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