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2020
03.30

金持ちの御曹司~She’s So Good~<後編>

「….つくしか。面白い名前だ」

司は女の背後に立ち鏡の中で目を合わせるとクックッと笑った。
妖しい香りを漂わせるこの場所は男の部屋。
司は美容整形外科医として一流の腕を持つ男。
彼の元にはハリウッドの大女優はもちろん大物政治家まで大勢の人間が美しくなりたい、若返りたい。老いた姿を世間に見せたくないと訪れるが、彼らは容姿にコンプレックスがあるのではない。自分が醜いと悲観しているのではない。その姿には彼らなりの美しさや見た目の素晴らしさがあった。
それならなんのために司の元を訪れるのか。
それは隣の芝生は青いと同じで何でも他人のものはよく見えるということ。だから他人と自分を比較してより良いものが欲しいと司の元を訪れていた。

もっときれいになりたい。
もっと美しくなりたい。
若々しい姿でいたい。
ただ、それだけで自分の身体にメスを入れることを躊躇わない人間たち。
そして皆こう言う。


今以上に美しく作り替えて欲しいと__。


だから司は彼らの願いを叶えるが、それは一度でも身体にメスを入れた人間の尽きる事のない欲望。
顏の一部分を治せば、次はここを治して欲しい。ここの脂肪を取って、ここを大きくしてこの顏に合う身体を作って欲しいときりがない。
だが司は美容整形外科だ。だから彼らの望み通り手術台に乗った身体が麻酔で動かなくなれば銀色のメスを握る手は迷うことなく肉を切り骨を削る。
そして目覚めた彼らは間違いのない美しさを手に入れる。
だが出来上がった美しさは永遠のものではない。年を取ればその美しさは自然なものとは異なった形で老いて行く。そして彼らはまた司の元を訪れるが、それを悪いとは言わない。
何しろ美容整形は保険が適用されないことからの現金払い。
だから一流の美容整形外科と言われる男の洗練された腕に支払われる金額は大きかった。

そんな男は独身だが恋人はいない。それに愛人もいない。
だから男が純粋な気晴らしのために呼んだ女はコールガール。
とはいえ、その女は彼だけに用意された女。
身体に別の男の色が染み付いていない女。
男は低い声で女の名前を呼んだが、その声はセクシーで女を惹き付ける声をしていた。
そして経験を積んだ男の目が女の顏と身体をゆっくりと眺めまわしたが、それは美容整形外科医の目。
もしメスが入っていれば一目で分かる。見破ることが出来る。
だが司の前に立ち鏡を見ている女の顏にその痕跡はなったが、身体は服を脱ぐまで分からない。
つまり豊胸や脂肪吸引といったものをしている可能性はあるが、身体の線を強調しない、ゆったりとしたワンピースからその身体を推し量ることは出来なかった。
だが胸のふくらみが小さいことは見て取れた。

「服を脱げ」

そう言った司の唇の端がかすかに上を向いた。
女は言われた通り着ていたワンピースを脱いだが、下着はシンプルな白で飾り気が無かった。



司は裸になると女の身体を自分の身体で押すようにしてベッドに倒した。
男の指は長くて美しいと言われる指。
その指が女の乳首に触れ、下腹部へと滑ったが、目の前の身体にメスが入った痕跡はなく滑らかで美しい身体をしていたが、それはまさに無垢な純白といっていい身体だった。
そして処女だとういう女。

「お前。本当に初めてか?」

その言葉に女は小さく「え、ええ」と言ったがその声には戸惑いが感じられたが、もし処女が本当なら司が初めての男になる。だから緊張しているのか。
だが女の言葉を全て信じるほど司はバカではない。それに司は好きなだけ女に無理強い出来る。だから抱く前に無垢だという女に淫らなポーズを取らせてみたいと思った。
それは裸の女の身体など見慣れた男の奇妙な欲望だ。

司は女を抱き上げると風呂場に連れていった。
鏡の前に腰を据えると、両膝の上に女を座らせ、それからアスレチックジムに置かれている器具のように膝を大きく広げ薄い陰毛に隠れていたピンク色の性器を露出させたが、それは卑猥で淫靡な光景。
だから女は恥ずかしいのか。顏は紅潮し目は伏せられていた。

「なるほど。ここはそれほど使われてないように見える」

女の言葉が本当なら、そこはまだ誰も踏み入れたことがない純潔を示す薄い膜が張られている場所。目で見て確かめるには女の股の間に顏を突っ込むことになるが、そうするよりも鏡の前で自分のあられもない姿を見せる方が楽しそうだ。
だからその存在を確かめるため指を1本挿れた。

「ああっ!!」

声が上がると同時に開かれた大きな黒い瞳。
その瞳は揺れていて、指の先には処女の証と言われる膜が確かにあった。
だが処女膜は人の手によって再生することが出来る。だから本物の処女かどうか分からなかった。
けれど、今こうして鏡の前で男の手で開脚された姿は、快楽にふけった経験があるようには思えなかった。
それに司が指を挿れた瞬間、身体が強張り鏡の中の女の顏は歪んで指を締め付け、親指で神経が集まった小さな蕾を愛撫し、こすれば締め付けが強くなり更に身体が強張った。
そして漏れる喘ぎ声。

「ハアっ…」

「どうした?気持いいか?それならもっとしてやろうか?」

司は指を締め付ける場所の探索を始めたが、いっそのことこの指で膜を突き破ろうかと思うも、楽しみは後に取っておくではないが、感じやすい襞を指で弄び続けた。
するとこれまで強張っていた身体が弛緩してきたのが感じられた。

「….は…ああっ…」

指で中を掻き混ぜて抜くと同時に溢れた生あたたかい液体が手のひらまで流れ司を刺激した。
それは男のはっきりとした性欲の表れである硬くそそり立つペニス。
大きく膨らんだ亀頭。そしてその先端に光る雫。
それらが女を欲しいと言っていた。

「つくし。鏡を見ろ。ここを見ろ」

言うと女と鏡の中で目を合わせたが、広げられた足の間にあるそこは、ぬらぬらと光りピンクが艶めいていた。

「お前のここはこれから俺のものになる。ここを何度も俺が出入りしてお前は俺の女になる。今はピンクだが使えば使うほど濃くなる。つまりここは俺の色に染まってくる。
お前はきっとこれが好きになる。それからお前のここはうっ血したようになって俺を欲しがるようになる。挿れて欲しいと強請るようになる」

司は女の腰を持ち上げると、一気に素早くペニスを女の身体に収めながら座らせた。

「あぁぁ__っっ!」

膜が破られたと同時に上がる叫び声と反り返る背中。
だからその身体を掴み、容赦なく女の腰を上下させた。

「….は….あっ……あっ….」

膜の向こうにあるのは狭い胎内。
その最奥にある場所を目指し普段なら取らない体位で女を責めた。

「どうだ?感じるか?俺を感じるか?」

「…..ぁ…..っつあ….はぁぁ…….あん!ああっ!」

女は苦痛なのか。快楽なのか。
言葉にならない喘ぎ声を上げているが、司を包み込んだ胎内はねじ込まれた異物に纏わりつき濡らしていく。

「そうか。お前はこれが好きか?こうされるのが好きなんだな」

司は女の腰に手を掛け、もっと深く、さらに深く女の中へ入ろうと身体を持ち上げては引き下ろしていた。

「あっ!あっ!ん…..ああっ!」

女はすすり泣くような喘ぎ声を上げるだけで司の問いに答えることはなかったが、今は話すことも考えることも出来ないのだろう。それに鏡に映った女の顏は嫌いだとは言ってはいない。
だからもっと激しく突き上げたが、突き上げるたびに揺れる小さな胸の先端は固く尖り、脚の間から聞こえるヌチャヌチャとした水音は、一層湿り気を増しグチョグチョという音に変わった。

「ハァ….っああっ!」

「いいぞ。いい。お前の身体は俺に合うように作られてる」

事実司の身体は身体の奥から女を求める蠢きを止めることが出来なかった。
それに女の身体を持ち上げるたびに迸る液体が女のものか。それとも司のものか。そんなことはどうでもいいとペニスは飢えた獣のような凶暴さで女を突き上げ続けた。

「はぁ、ああっ!あっ!アッ、アッ!ああっ_____!」

女がイッたのが分かった。
だから司も女の悲鳴がのぼりつめたその先をのぼり、手を離すと女の顏に触れ、喘ぎ声を吸い取るように唇を重ねた。













「支社長」

司はその声に現実に引き戻されパッと瞳を開いた。
そして目の前に現れた秘書に毒づいたが、秘書は司の機嫌が良かろうが悪かろうが関係ないといった態度で言った。

「書類に目を通していただけたのでしょうか?」

「あ?ああ。全部見た」

「ありがとうございます」

秘書はそう言うと司の前に湯気の立つコーヒーを置いた。
だからそのコーヒーを口に運んだが、思った以上に熱く再び毒づいたが、秘書はそんな司に言った。

「ところで牧野様は最近ドイツ語教室に通い始めました」

「ドイツ語教室?」

それは初耳だった。

「はい。牧野様は仰いました。オリンピックが延期になったことでチャンスが出来た。この状況を前向きに捉えたいからドイツ語を習うことにしたと」

今年開催予定だったオリンピックが来年に延期になったことは周知の事実だが、何故秘書は司が知らない恋人の思いを知っている?

「牧野様は小川様が話す言葉を理解したい。出来ることなら言葉を習得して来年ボランティアとして参加したいと仰いました。
それから支社長が出張から戻られた時には少しでもドイツ語で会話が出来ればと毎日のように通われているそうです。何しろ支社長はドイツ語をお話になられますので、ご自分もと思われたようです。それに支社長を驚かそうと思われたようです」

隠し事が苦手な女の隠し事が言語学習だったことは確かに驚いた。

「それに我社は手厚い福利厚生があり自己啓発を社員に勧めております。
語学習得手当が年間30万。健康増進手当も年間3万まで補助が出ます。牧野様はその語学習得手当を申請されております。ちなみにその教室の教師はドイツ人女性で彼女のご自宅が教室となっております」

と言って秘書は書類を差し出したが、そこに書かれていた住所はあのマンションの住所。
それにしてもいつも冷静な秘書は司の頭の中までお見通しなのか。
恋人の素行を気にしている男に求めていた答えを示していた。
そして恋人が理解したいと言った小川様の小川というのはドイツ語では「バッハ」。
そこにはオリンピックを楽しみにしていた恋人の気持が見て取れた。

「ちなみに牧野様が学習を始めたのは支社長がドイツへご出張される少し前からですが、さすがティーン・オブ・ジャパンの準優勝者。集中力は素晴らしいものがあります」

その言葉に恋人が心ここにあらずといった状況だったのを理解した。
何しろ恋人はこうと決めたら、それを自分のものにすることに努力を惜しまない女なのだから。







今年東京で開催される予定だったオリンピックが諸般の事情で延期になったことは残念だが、来年の楽しみが出来たと思えばいい。
それにきっとその頃には延期されることになった理由も去り世界は落ち着いているはずだ。
そう思う司の健康法は好きな人に会って、その人の笑顔を見ること。
その人と一緒に食事をして笑い合うこと。
そして、心の免疫力を高めるのは恋人の存在。
彼女がいるだけで世の中のすべてのことがバラ色に見える。

「西田。アイツを迎えに行く。車を用意しろ」

だから会ったら言おう。

『 Ich libe dich 』(イッヒ リーベ ディッヒ)

ドイツ語で愛してると。



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Comment:8
2020
03.29

金持ちの御曹司~She’s So Good~<前編>

妄想に酔いしれる癖がある男。
彼は日本で最もサングラスが似合う男三人のうちの一人だと言われるが、そんな男が黒いメガネの奥からひとりの女性を見つめていた。

「怪しい」

「だから何が怪しいんだ?」

「何がって見りゃ分かるだろ?」

「いや。司。怪しいってどこが怪しいんだ?それにお前が言う怪しいってのは当てにならねえことが多いからな。だから何が怪しいか具体的に言え。それに俺に言わせりゃ俺らの方がよっぽど怪しいぞ」

あきらは親友から大変なことが起きた。すぐに来てくれてと言われ仕事が終わると親友の執務室に駆けつけるように立ち寄ったが、そこで昔テレビで見た刑事ドラマの刑事がかけるようなサングラスを渡され、行くぞと言われた。
それにしても、ド派手なカーアクションで有名な、なんとか軍団の団長のようにいきなりショットガンをぶっ放すようなことはしないだろうが、「いいか。俺たちの行動は極秘だ。だから俺のことはタカと呼べ。お前のことはユージと呼ぶ」と意味不明なことを言われた。
だが親友のジャケットの袖口から覗くダブルカフスの手が拳銃を持てば、まさに横浜を舞台にしていた、あぶないと言われた刑事のドラマのようだと思った。
だからあきらの脳裡に流れたのはそのドラマのオープニングの曲だった。

それにしても、日暮れにサングラスをかけたスーツ姿の男ふたりが女の後を付けるなど怪しいことこの上ない。それも地下鉄の階段を降りる女の後を追うサングラス姿の男など下手をすれば職務質問をされてもおかしくない状況だが、ホームに降りたふたりの男は女が電車に乗り込むと女とは別の車両に乗り込んだ。やがて女が3つ目の駅で降りると同じように降りた。
そして地上に出た女の後をつけたが、女は瀟洒なマンションに入った。

「おい。司。牧野はこのマンションに何の用があるんだ?」

ふたりの男が尾行していたのは司の恋人の牧野つくし。

「あきら....いや、ユージ。俺は司じゃない。タカだ。それにそれを俺に訊くな」

「訊くなって言われても、俺はお前にこうして連れ出されてここにいるんだ。だから何があったかくらいは教えてくれたっていいはずだ」

「あいつ、愛しの彼氏が2週間の出張から戻って来たってのにそっけない」

あきらは何事かと思ったが、やはりそんなことかと思った。
それにしてもこの男は何年たってもひとりの女に夢中で、その女のこととなるとビジネスそっちのけになるのだから周りにいる人間はたまったもんじゃないと思った。
だがあきらはそんな男とは幼馴染みで親友だ。だから男の思いに付き合うことにした。

「司…..じゃないタカ。牧野は元々ベタベタするのが苦手な女だ。だからそっけないのは性分だ」

そんな女は男に甘えるのが下手で物事を真剣に考え過ぎる。
だからある意味で優柔不断な面があった。そして恋に臆病な女だった。
そしてそんな女を好きになった男は周囲を気にすることなく真っ直ぐに女に向かっていく男。初めての恋になりふり構わない男。格差社会の頂点にいる男の恋路の過程には乗り越えなければならない苦難もあったが純粋だった。
そして男は未だに彼女のことになると目の色が変わる。

「けどな。あいつ、俺からの電話に出なかった。それにメールを送ったが返事がない。思えば出張に行く前、キスしてる時あいつは考え事をしていた。心ここにあらずで頭の中に俺以外のことがあった。だから俺を避けてるように思えてならねえ」

司は、そう言うと恋人が入っていったマンションのエントランスを見つめていたが、オートロックのマンションへの訪問は慣れた形の訪問に思えた。

「おい、牧野がお前を避けてるって言うが、お前まさか牧野が浮気をしてるとでも思ってるのか?だから俺たちは牧野を尾行したのか?」

あきらは親友の恋人の牧野つくしが浮気をしているということに、まさか。嘘だろ。という思いで言った。それにあの牧野つくしが司を裏切るとは思えなかった。

「俺は牧野が浮気するような女だとは思えねえ。電話に出なかったのもメールに返事がなかったのも携帯を家に忘れてきたからだ。それにキスしてる時、考え事をしていたのは歯が痛かったからでキスどころじゃなかったんじゃねえのか?きっと歯医者の予約しなきゃとか考えてたんだ。それからお前が避けてると感じたのは、きっとニンニク料理を食べた後で自分自身が臭かったから避けたんじゃねえのか?」

あきらは諭すではないが、司の気持ちをなだめるためにそう言ったが、言われた本人はマンションのエントランスを直視したままじっとしていた。

「それにな、司….いや、タカ。大丈夫だ。牧野はお前を裏切ってない。あいつはひとりの男と付き合いながら、他の男と付き合うような器用さはない。俺や総二郎と違ってあいつはお前と同じで二股は絶対無理だ」

とは言え高校生の頃。類と牧野が海辺でキスをしているところを見た男がいた。
そんなあきらの思考が伝わったかのように隣にいる男は「いや、だが類のことがある」と言ったが、あれは随分と昔の話で今はそんなことはない。
だが何故か男は恋人の不実を疑っていた。

「それでこれからどうする?このままここで牧野が出て来るのを待つのか?」

「いや。今日は帰る」

「おお。そうしろ。きっとこのマンションには牧野の友達が住んでて、もちろんその友達は女で、その友達に会うためにここに来たんだ。それにもしここでお前が待ってることをアイツが知ったら、あたしのことを尾行してたのって怒るぞ?だから帰ろう。そうだ。帰った方がいい」










司はあきらと別れると、やり残した仕事を片付けるため車を呼び会社に帰ったが、あきらを呼び出したのは、決定的な瞬間をひとりで目撃するのが怖かったからかもしれない。
それはどんなに金持ちだとしても、カッコいい男と言われても、彼の心を掴んで離さない唯一無二の女性が自分ではない他の男のことが好きということを知るのが怖かったから。
つまり強気だと言われる男も、こと恋人のことに関してだけは気弱になることがあるということだ。

そして広がる妄想が司を縛り付けた。
それは目の前に置かれたストローの袋。
それにしても何故ここにストローの袋がある?
そう言えば出掛ける前に野菜ジュースを持って来させたが、その時にストローが付けられていたことを思い出した。
そして思い出した。いつだったか。あきらはその袋をよじって人の型をふたつ作るとそれを重ね合わせた。
そしてニヤッと笑って「面白いものを見せてやるよ」と言うと重ねた人の形をした袋に水を垂らした。するとよじられた袋は水を含んで膨れ男と女が愛し合うように、くねり始めた。
あの時はそれを見て笑ったが、今ストローの袋でそんなものを作られたらテーブルごと破壊してしまうはずだ。

寝ても覚めても彼女が好き。
だから自分の知らない彼女の行動が胸を切り裂く。
彼女のことになると冷静さが失われ不安だけが心に残る。
そしてその不安が司を呑み込み良からぬ妄想が脳裡に浮かんだ。
それはストローの袋のようにあのマンションのどこかの部屋で男と女が重なる姿。
司の知らない男の背中になまめかし声を上げて爪を立てる恋人の姿。
汗ばんだ身体で男に抱かれている恋人の姿。

「冗談じゃねえぞ!」

司は声を荒げるとストローの袋をちぎってゴミ箱に捨てた。
そして良からぬ妄想を打ち消すため目を閉じた。



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2020
02.11

金持ちの御曹司~白濁な夜~<後編>

「ン….あ….あっ….」

それは痛みの中に甘美さを秘めた声。
その声にわざとらしさはなかった。

司は真夜中の静寂の中で牧野つくしを抱いていた。
地味だと思っていた女の服を脱がせると、そこにあったのは滑らかな曲線の裸。
胸は小さかったが司が触れると彼の手に合うように形を変えた。
ウエストは細く両手が回るほどで、この細さの何処に内蔵が詰まっているのかと思えた。
そしてスカートから出ていただけの足はスラリとしていた。

これまでは女を抱けば抱くほど憂鬱な気分になった。
上辺が美しいだけで中身のない人形のような女達には反吐が出た。
だが美女でもなければ特別な何かがあるわけではない女はこれまで抱いてきた女達とは違った。

そして思った。
これまで司が傍で見て来た牧野つくしという女は今彼が抱いている女とは別の女だということを。
そうだ。違うのだ。
服を脱いだことで感じられる身体の窪みから香る匂いは、これまで司が嗅いだことがない匂い。
動物のオスが自分と同じ種族のメスの匂いに敏感であると同じで人間も本能的に好きな匂いがあるが、牧野つくしの匂いは司の好きな匂い。

罠だと思った。
これは罠だ。
牧野つくしの身体は司以外の男を知らなかった。
だから伯父をたぶらかしたのはこの身体ではなくても、この女には男が傍に置いておきたいと思える何かがある。
だがそれが司だけに感じられる何かだとすれば、それは限りなく危険な感情。
つまりそれはこの女の匂いと身体が司に沿うということ。
いや。だがそれは匂いや身体だけなのか。
牧野つくしのナカはこれまで他の女に感じたことがない身体をとろけさせるような甘美さがあった。

司は下半身を動かすことを止めなかった。
いや。腰の激しい動きを止めることが出来なかった。
そして己の唇から苦しそうに溢れるのは、これまで感じたことがなかった飢えを満たしたいという思い。
だが白いシーツの上で組み敷いていたはずの女は、いつの間にか彼の上に乗っていて、司の身体はベッドの上に倒れていた。
そして司を見下ろす女の瞳は笑っていた。

「おまえ…」

司が言いかけた言葉は女の熱い唇に塞がれた。
女の手が彼の胸から腹へと滑って行くと、やがて細い指は司自身を掴み、唇は滲み出していた雫を吸い取った。

「クソッ….」

女の頭を掴んで漏れた言葉は、これまで感じたことがなかった快感に震えたことから漏れた罵り。
司は女とセックスをしても女を愛したことはない。
セックスは下半身だけを使えばいいオスの本能だけの行為で、一度だって愛という言葉を理解しようとしたことがない。
それなのに、まるで牧野つくしという女に捕り込まれたように彼女の身体を離したくはなかった。女の身体の熱い感触に包まれていたかった。
一生傍に置いて彼女の身体だけを愛したいという思いに駆られていた。
そうだ。ここから全てが始まる。
愛を知らなかった男は、牧野つくしという女に出会って人を愛することを知った。
知らず知らずのうちに愛していたのだ。
彼女のことを。

ふと耳が音を拾った。
それが何の音かすぐに分からなかった。
だが音は大きくなり自分が今いる場所が執務室であることに気付くと、その音がノックの音だと気付いたが邪魔されたとは思わなかった。

「失礼いたします。コーヒーをお持ちしました」

西田は机の上にコーヒーを置くと「本日の我社の株価は年初来高値です」と言葉を継いだが、そこで司は恋人が株を始めたことを思い出した。
恋人はひとりで暮らす老後のために資産運用を始めたのではないか。
そうだ。そのことを確かめなければならなかった。
何しろもしそれが本当なら仕事をそっちのけにして改善しなければならない問題になる。
だって司は人生を彼女無しに過ごすことは耐えられないのだから。















司は恋人の部屋を訪ねるとすぐに聞いた。

「牧野。お前、最近株取引を始めたのか?」

「え?」

「だから株だ。株への投資だ」

「株への投資?そんなことしてないけど、なんでそんなこと聞くのよ?」

「いや。この前社内で女子社員がお前が株がどうのって言ってたのを訊いた」

そして彼女が老後のために資産運用を始めたのではないかということ。
つまり世界で一、二を争うと言われる財閥の後継者と結婚するつもりはなく、自立した女であろうとしているということ。

「株……」

恋人はそう言って少し考えたあと「あのことかもね?」と言葉を継いだ。
だから司はあのことについて訊いた。

「なんだよ?そのあのことってのは?」

「あのね。この前、自販機コーナーで話題になったのよ。シロタ株について」

「しろた株?しろたってのが会社の名前か?それはどこの会社だ?業種はなんだ?業績はいいのか?一部上場か?それとも二部か?経営者の名前は『しろた』か?」

司は頭の中で東京市場に上場している会社の知る限りの情報を巡らせた。
だが『しろた』の名前でヒットする会社はなかった。

「あのね。シロタ株は会社の株じゃないの。あたしが言ってるシロタ株って言うのは腸にいい乳酸菌の名前よ。ほらこの季節でしょ?手洗いをしてうがいをして、その乳酸菌が入った飲み物を飲む。それを続けることで健康な身体を維持することが出来るって言われていて、あたしも最近飲み始めたの。それも自販機コーナーに新しく設置された自販機のお蔭なんだけどね?道明寺ありがと。あの自販機入れてくれて。
それからそれは日本人なら誰もが一度は飲んだことがあるって言われるほど歴史が長い飲み物なのよ?あんたも飲んだことがあるんじゃない?」

そう言われても司はピンとこなかったし、知らなかった。
それに多分タマにも貰ったことがないはずだ。
だから飲んだことが無いと言った。
それに自販機の管理は司の仕事ではない。

「あ。そうよね?考えてみればあれは庶民の飲み物だから道明寺は飲んだことが無いのね?じゃあ飲んでみる?冷蔵庫の中に入ってるから。小さな容器だからすぐわかると思うわ。あ、それからその会社。プロ野球の球団も持ってるから道明寺も知ってるはずよ?ツバメがマスコットでチームのイメージカラーは明るい緑。それから応援にはビニール傘を使うの」

恋人はこれくらいの大きさだからと言って指で8センチくらいの幅を示した。
そして司は球団を経営していると言われ、ああ、あの会社かと名前を知った。
そして冷蔵庫の前へ行くと扉を開けた。
するとそこには恋人が言う小さな容器があったが中は濁っていてサラサラとしているのか、ドロドロとしているのか分からなかった。

「あ、道明寺。それ飲む前にちょっとだけ振った方がいいかも」

だから少しだけ振った。
そして蓋を取ってひと口飲んだ。

「甘めぇ….お前こんな甘いモンがよく飲めるな?」

「あはは!やっぱりアンタには甘かった?でもその甘さがいい時もあるの。特に身体が疲れている時とかお風呂上りに飲むと身体にしみ込む感じがするの。でもそれ甘さ控えめなカロリーハーフなのよ?それでね?その中にはさっき言ったシロタ株が200億個も含まれてるの」

「へえ…」

司は感心したように言ったが、シロタ株と言う乳酸菌が200億個と言われても実感が湧くはずもなく、むしろ200億円と言われた方がピンと来た。
それに司が恋人の身体にしみ込ませたいのは、200億個の乳酸菌ではなく別のもの。
それは司が手にしている容器の中身よりも白く濁っていて、一回に出す量としては司の方が多いが、それが身体にいいかと言われたらノーだとしても総二郎に言わせれば、それを飲んだ女は肌の艶が良くなるらしい。

そしてそれを女の口の中に注ぎ込みたいと思うのは男の願望。
だが無理強いはしない。
愛し合う行為は互いの感情の高まりから来るものがそうさせるのであって、ひとりよがりでは楽しくないのだから。
そして司には聞かなくてはならないことがあった。
株問題は解決したが、ふたりの未来の話があった。

「牧野」

「なに?」

「お前。俺がヨボヨボのじいさんになっても一緒にいてくれるんだよな?」

「え?もう….突然何言い出すかと思ったら__」

「いいから答えてくれ。どうなんだ?俺がジジイになっても俺の傍にいてくれるのか?」

その言葉に恋人は笑った。
そしていつものように言った。

「もう。本当に心配性なんだから」

恋人は呆れたように言ったが、司は恋人に対して強気でもあり心配性でもある。
それは彼女を愛しているからそうなるのであって、興味のない女には感情の起伏が向かうことがない。
そして司はいつも彼女の言葉を待っていた。
そう。彼女の口から語られることだけが彼にとっての真実なのだから。

「牧野。いてくれるんだよな?」

すると恋人はこう言った。

「あたしが皺くちゃなおばあちゃんでもいいならね?」








年を重ねたふたりの顏に刻まれた皺。
その頃になればふたりには孫がいて共に歩んだ人生を振り返っているはずだ。
そして重ねた歳月を懐かしく思っている。
そしてどんな姿の彼女でも、その姿に心を焦がしている自分がいるはずだ。
だってそれが生涯でただ一人の恋人と結ばれた男の執着とも言われる愛のカタチなのだから。




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2020
02.10

金持ちの御曹司~白濁な夜~<中編>

アメリカで一、二を争う会社の株式を遺贈されたことから、つくしの前に現れた道明寺司という男性。
その男性はボディガードだと言って彼女の傍にいることになったが、つくしはその男性の存在に困惑していた。
何しろ監視されることに慣れてない。
それにこれまで男性がいつも傍にいたことはない。
だが一番の困惑はその男性がとても魅力的な男性ということ。
つくしはこれまで男性と付き合ったことがなかった。それは男性が嫌いとか、苦手だといった理由ではない。ただ恋愛に奥手というだけで恋の仕方が分からなかった。
けれど、恋におちたと思える瞬間がそこにあった。
そしてそれは、つくしのはつ恋。
その人は癖のある黒髪に、切れ長の黒い瞳とまっすぐな鼻筋をしていた。
そしてその瞳は漆黒で何を考えているか分からなかったが、知性が感じられ時にきらりと光る瞬間があった。


「あの。道明寺さん。もう少し離れてくれませんか?」

つくしのボディガードになった男は、スーパーで買い物をする彼女のすぐ後ろにいて、その存在は場を圧していた。
つまり、買い物客の殆どを占める女性客の視線の全てが、彼女の後ろに立つ男性に向けられていて、つくしは落ち着いて買い物が出来なかった。

「牧野さん。私はあなたのボディガードです。あなたの命を守ることが私の務めです。
だから私のことは気にしないで下さい。それにいい加減私の存在に慣れて下さい」

そう言われたが恋におちた相手に慣れるなど無理だ。
そして毎日顏を合わせ3ヶ月経ったある日。住んでいるマンションの前まで送られたとき勇気を出して言った。

「あの。お茶でもどうですか?」

「お茶?」

「いえ。あのお茶じゃなくて紅茶でもコーヒーでもいいです。喉。乾いていませんか?」





司は牧野つくしの部屋に招かれた。
これはチャンスだと思った。
それは部屋の中を見ることで彼女の暮らしぶりが分かるからだ。
買い物はいつもスーパー。そこで手にした品物は値段を吟味して籠に入れる。
洋服は殆ど買わない。出かける時はバスか電車。
仕事に行く昼は、たまに伯父にご馳走した自分も好きだというハンバーガーを買うことがあるが、殆どが自分で作った弁当を持参していた。
そして外食は友人と呼ぶ女性との食事くらいで殆どすることがないという地味な生活。
だが実は部屋の中には伯父をたぶらかし手に入れた金で買った高価なものが溢れているの
ではないか。
それを確かめるため、招きを受け入れ部屋の中に足を踏み入れた。

「あの、道明寺さん。お茶にしますか?紅茶にしますか?それともコーヒーにしますか?」

司はコーヒーを、と言うと勧められたダイニングテーブルの椅子に腰を下ろしたが、そこは殆ど物が置かれていないシンプルな部屋。
だが部屋の中や持ち物に派手さはなくても高価な宝石や貴金属を持っている可能性もある。
だがそういった物はこの部屋に置かれてはいないはずだ。
それは女という生き物は大切な物は寝室に置くと決まっているからだ。
だから司は女の寝室に行かなければならなかった。
きっとそこには伯父の手元にあったはずのあの家に伝わる宝石もあるはずだから。

伯母から夫が持っていた代々家に伝わってきた宝石が無くなったと訊きたとき、あの女が持っているのだと思った。女は伯父からその宝石の話を訊き欲しいと思ったはずだ。
そして手に入れたはずだ。
だから株と一緒にその宝石も取り返さなければならなかったが、そのために出来ることは何でもするつもりでいた。

そして司は気付いていた。
それは女が自分に好意を抱いているということ。
だからその思いを利用して女から株を取り戻すことに決めたが、何もタダでとは言わない。
言い値とまでは言わないが相当の額を払い取り戻すつもりでいた。

だが自分に好意を抱いている女を抱くのも悪くないと思った。
けれど司は女という生き物を嫌悪していた。それは彼に近づいてくる女は彼の金が目当てであり、彼の心の内など考えもしないからだ。
そして司は恋愛に興味がない。だから女達が彼の前でこれ見よがしに振る舞う姿に狡猾さが透けて見えた。だが牧野つくしにはそれが見えなかった。だがそれはきっと芝居が上手いからであり、いずれどこかでボロを出すはずだ。



司は出されたコーヒーを飲み干すと、これまでどんな女にも見せたことがない微笑みを浮べた。

「牧野さん。美味しいコーヒーをありがとうございました」

そう言うと椅子から立ち上がり女の傍に行った。
そして驚いた様子で司を見上げる女の身体を抱え上げ「寝室はどこだ?」と言った。



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2020
02.09

金持ちの御曹司~白濁な夜~<前編>

「ねえ真知子。あんた最近株始めたそうだけど、どうなの?」

「それがさあ。ちょっと興味があるから始めたんだけどね?始めたら始めたらで自分が買った会社の株価が気になって仕方がないの。分かっていたとは言っても世界情勢に合わせて株価は乱高下するでしょ?だから胃が痛くなるわよ。それに投資したお金が減る。元本割れなんて当たり前だし、やっぱり株は余裕があるお金じゃないと出来ないって思ったわ。株式投資は自己責任の極みだわ」

と言った真知子は最近胃薬が欠かせないのよ、と言葉を続けた。

「そうよね….株取引はリスクが伴うわよね。でもさ。その点うちの株価は高値で安定して推移してるし買うなら道明寺株。やっぱり自社株よ。従業員持株制度を利用して自社株の積み立てするのが一番よ」

「ホント。あたしもそう思ったわ。初めは投資するなら多少のリスクを伴ってもいいって思ったけど、この胃の痛みにあたしは株式投資に向いてないって分かったわ。だから株式投資は終わり。利益が出るうちに売って終わりにするわ」

「そうね、そうした方がいいわよ。でもそう言えばこの前牧野さん株がどうのって言ってたわね?彼女も株を始めたのかしらね?」

「へえ….。牧野さんが?でもなんだか意外よね?彼女は堅実タイプでコツコツ貯金して株には興味がないように思えるけど、もしかして老後のために資産運用に目覚めたのかしらね?」












かつて暴力的で腕力では誰にも負けないと言われていた男が今ふるうのは美しさの暴力。
そしてその男は人類が進化する過程で最も美しい脱皮を成し遂げたと言われているが、そんな男が耳にしたのは、恋人が株式投資を始めたということ。
だが司は恋人が株の取引を始めたとは知らなかった。
それに恋人は教えてはくれなかった。けれど株式投資をすることを悪いとは言わない。
それは株式市場に注目することで世界の経済がどんな動きをしているのかを知ることが出来るからだが、老後のためと言われたことは聞き捨てならなかった。
何故なら世界で一、二を争う道明寺財閥の後継者と結婚することが決定事項の恋人が老後の心配などする必要がないはずだ。
それなのに何故…….。

「まさか…..あいつ、俺と結婚する気がない?俺と一緒に老後を過ごすことを考えてないのか?だから老後の心配を?」

司は呟きながら執務室に戻ったが、彼女が自分抜きに老後のことを考えていることにショックを受けた。
だがショックを受けながらも恋人が買った株がどこの会社の株なのかが気になり、新聞の株式欄を広げ、どの業種のどの会社なのかと考えた。
自社の株価の動きより、知りもしないのに彼女が買った株の動きが気になった。
だからパソコンに表示されている東京市場の動きを知ろうと目を転じたが、時刻は午後3時を回っていて今日の取引は終了していた。

「牧野。お前は俺と結婚する気がないのか?だから老後の金の心配をしているのか?」

司はパソコンに表示されている道明寺株の終値が前日と比べて高いことに満足すべきだが、今はそんなことはどうでもよかった。
司は彼女がいない未来など考えたことが無かった。
だから彼女がもし司と結婚しないというなら、自分はどうしたらいいのか。
ノーマキノ。ノーライフの男は彼女のいない人生など考えられないのだから。












「牧野様。本日よりこの男が牧野様の警護に付くことになりました」

「あの….何故私に警護が必要なんですか?」

「はい。牧野様がお知り合いになられた男性はアメリカでも一、二を争う会社の会長でして、その方がお亡くなりになり遺言により牧野様に遺産が残されました。それがその会社の株です」

つくしは1年前の昼。電話当番のため時間をずらせて取った昼休みに、会社の近くにある小さな公園のベンチに腰を下ろしハンバーガーを食べようとしていた。
そのとき、隣のベンチに座っていた年配男性の視線に気付き男性の方を見た。
すると男性は「ハロー」と言って自分は出張で東京を訪れたアメリカ人だと言い、「これから昼食かい?」と訊いた。
だからつくしが「そうです」と答えると「お嬢さん。あなたのそのハンバーガーは美味しそうだ。私も食べたくなったよ。何しろ私はアメリカ人だからハンバーガーには目がない」と言って笑った。そして「実は昼食がまだなんだよ」と言葉を継いだ。

つくしはあのとき手にしていたハンバーガーをどうぞと言って差し出した。
それは男性がビジネスでこの国を訪れたが、忙しさで食事を取る時間が無かったからだと思ったからだ。
それに外国で食事が出来ないというのは辛い。
腹が減っては戦ができぬという言葉もあるが、お腹が空いていると哀しいことばかり考えてしまうからだ。

「でもお嬢さん。あなたのランチは?」
「大丈夫です。私はこれから会社に戻る途中にまた買えばいいんです。だから遠慮しないで召し上がって下さい」そう言ってハンバーガーと一緒に買っていたポテトとコーヒーが入った紙袋を男性に渡した。
そして次の日。昨日と同じ公園でハンバーガーの入った紙袋を手にベンチに腰掛けたところに現れたのが昨日のアメリカ人男性だ。
その男性が昨日の御礼だよ。ランチをご馳走するからと言ってつくしが手にしていた紙袋を取り上げて彼女を連れて行ったのは、近くのビルにある有名なフレンチレストラン。
値段が高いこともさることながら、味も一流だと言われている店だ。

男性は「遠慮しないで」と言い、つくしはランチをご馳走になった。
そして「もしアメリカに来ることがあれば連絡して欲しい。アメリカで一番美味しいハンバーガーをご馳走するから」と言って名前と電話番号とEメールのアドレスが書かれた紙を差し出し、そこからふたりの交流が始まったが、それは全てEメールを通しての連絡であり、交流は男性が出張で日本を訪れた時に、あの時食事をしたフレンチレストランで昼食を取ることであり、それ以上のことはなかった。そしてつい先日届いたメールの差出人はその男性ではなく、西田という名の日本人男性だった。

「でも何故私に株を?」

「はい。会長はあなたのことが気に入ったと申しておりました。見知らぬ外国人に自分の昼食を差し出したあなたの行動に感動したと申しておりました」

「でもそんなことで私に株を残して下さるのは….」

「牧野様。これは故人の遺志です。ですからお受け取りいただければと思います。と、同時にあなたは今日から大変なお金持ちになりました。つまり誘拐の危険があるということになります。会長はそれを危惧されておりました」

「はあ…でも…」

「ご安心下さい。わたくしは会長からあなたのことを頼むと言われました。そしてこの男は大統領の警護をしていた男です。シークレットサービス出身です。この男があなたのことを守ります」

そう言った西田は男を残すと部屋を出た。





司は西田が部屋を出て行くと牧野つくしの前に立った。
アメリカで一、二を争う会社の会長だった男は司の父親の姉が結婚した相手。
つまり司にとっては伯父あたる人物だ。そんな伯父には兄弟もいなければ子供もいなかった。
だから伯父の遺産は妻である司の父親の姉。つまり司の伯母が伯父の持つ株の全てを受け取るはずだった。
だが伯父は日本で知り合った牧野つくしという女に自分が所有していた株の一部を残したが、その株が誰かに渡れば伯父の会社が支配される危険があった。
そして伯父の会社の後継者として指名されることになっているのは司だ。
だから司は牧野つくしの手に渡った株を取り返そうとしていた。
それに牧野つくしという女は伯父をたぶらかしたに決まっていると思った。
だから司は女の本当の姿を暴こうとボディガードのフリをして女の傍にいることにした。



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