2018
06.17

金持ちの御曹司~禁断は蜜の味~

愛の才能は人一倍あると自負する男は、いつ鍛えているのかいい身体をしている。
そして裸にネクタイが似合うと言われる男は、社員たちの前に立つ時は当然スーツだが、見ている女性社員たちからすれば、脱がないストリップダンサーのように見えて仕方がない。
なぜなら、その立ち姿だけでセクシーだと言われるからだ。

そして彼女たちは想像する。
セクシーな支社長がスーツを脱ぎ、ネクタイを外し、シャツを脱ぎ捨て黒のブリーフではなく、Gストリング、いわゆる「ひもパン」と言われる卑猥な下着姿のストリップダンサーになって自分だけのためにセクシーなダンスを踊ってくれることを。
一輪の真っ赤なバラを差し出してくれることを。
そしてそのバラの花びらを裸になった自分の身体の上に散らしてくれるのを。
だがそれは女性社員たちの妄想であり司の妄想ではない。

だがセクシーという言葉は、まさに司のために用意された言葉だが、そんな男はどこまでも果てしなく妄想の世界に堕落していきたいと考えている。
しかし普段その世界は司の心の中の奥深くに仕舞われた箱の中にだけ収められているのだが、時々その思いが表に溢れ出てしまうことがある。そして運が悪いことに、そういった時に限って西田がそこにいる。ついこの前は、西田の手を握ってしまうという考えられない失態を犯してしまった。だがまだ唇でなかっただけよしとしよう。
もしその手を引き寄せていたらと思うとゾッとした。


ところで司の好きな食べ物のひとつにお好み焼きがある。
お好み焼きにも種類があると知ったのは、ここ数年の話。
関西風、広島風と色々とあるらしいが、司の知るお好み焼きとは、いわゆる混ぜ焼きと言われるもので、生地となる小麦粉を溶いたものにみじん切りにしたキャベツを混ぜ、豚肉やイカやエビといったものから好きな具材を入れて焼くものだ。
そんなお好み焼きを知ったきっかけは幼い頃、姉に連れられて行った縁日の屋台だった。

だがお好み焼きは単価の安い食べ物であり、司は貧乏人の食べ物だとバカにしていた。
しかし実はそれが食べたくて仕方がなかった。だから姉に食べたいと強請った。
すると姉はお好み焼きの作り方を学び、弟のために焼いてくれるようになった。
だが大人になり、お好み焼きから離れた生活を送っていたが、なんとつくしが司のためにお好み焼きを焼いてくれるという。
それは司が何気なく漏らした「お好み焼きが食べたい」のひと言によって叶えられることになった。

子供の頃よく食べたお好み焼きは姉が焼いてくれた。
そして大人になって食べるお好み焼きは恋人が焼いてくれる。
だから司はお好み焼きを焼くため専用の鉄板をマンションのキッチンに用意させようとしたが、ホットプレートがあればいいと言われ笑われた。だがそのホットプレートが何であるか分からなかったが、急いで使用人に買いに行かせた。


そして想像していた。
牧野つくしがお好み焼き屋で働く姿を。










「いらっしゃい山本さん!お久しぶりですね?暫くお見えにならないからどうしたのかと思っていたんですよ?」

「ああ。ちょっと海外出張だったからな」

「そうですか。山本さんは大きな会社で働いてらっしゃるんですよね。お忙しいですよね」

「いや。それほどでもないが、まあ色々あるな」

司が道明寺ホールディングス日本支社近くにある細い路地の奥に、牧野つくしの切り盛りするお好み焼き屋を見つけたのは偶然だった。
この地域は司の会社によって再開発が予定されていて、近いうちに買収交渉にかかることになっていた。そしていずれこの場所は更地になり大きなビルが建つ。
その前に地上55階から見下ろす世界がどんなものなのか見てみたいといった気になり、ふらりと路地に足を向けた。
そしてその路地で見つけたのが、お好み焼きと書かれた色褪せた暖簾と、やはり同じように色褪せソースの名前が書かれたのぼり旗。

その時思い出したのは、子供の頃、姉と縁日に出掛け、そこで見かけたお好み焼きに興味を抱いたこと。そして姉が弟のためにお好み焼きを焼いてくれたこと。そんな懐かしい想い出とソースの匂いに釣られ引き戸を開けると、そこは5、6人も入ればいっぱいになるカウンターだけの店。そしてそこが白い大きなエプロンにソースのシミを付けた牧野つくしと出会った場所だった。





「ねえ。山本さん知ってたら教えて欲しいんですけど、道明寺支社長さんってどんな人なんですか?ここの土地を買いたいっていうあの会社。道明寺ホールディングスってどんな会社なんですか?あたし、この場所が気に入ってるんです。この店は両親が残してくれた店だし、出来ればここにいたいんです。でも無理ですよね…」

司はこの店の暖簾をくぐり、牧野つくしに会った途端恋におちた。
彼女が焼くお好み焼きの美味さに惚れた。
そして司は本当の名前は名乗らずこの店の常連になった。
何故なら道明寺と名乗れば、この場所を再開発しようとしている男が自分だと分かる。だから山本と名乗っていた。そして彼女からこの場所が道明寺ホールディングスに買収されることについての悩みを打ち明けられていた。この店は両親が残してくれた店だが、土地は借地であり、地上げが始まれば出て行かなければならなくなることを。

「そうだな。多分無理だ。あの会社は大きな会社だ。この辺り一体は買収されてビルが立つらしい。再開発されて生まれ変わることになるだろうな」

「そうですか。やっぱり無理ですよね…..」

「ああ。ちょっと難しいだろうな。けど物は考えようだ。ここじゃなくても移転先でもっと大勢の人間が集まれるいい店にすればいいんじゃないのか?」


司がこの店に通うようになり知ったことがある。
それは、この店は小さなコミュニティのような場所であり、ふらりと訪れる客は皆この場所を憩いの場所のように感じている。
そしてその場所を再開発で取り壊すことは、牧野つくしの人柄を知れば知るほど罪悪感に苛まれた。だが会社が決めたことを変えることは出来ない。ビジネスはビジネスだ。だから司は無理だと言った。だが考えていることがあった。

司は彼女に恋人になって欲しいと言うつもりでいた。そして恋人になった彼女の店を司が出してやるつもりでいた。
それも広く綺麗な場所に彼女が望むような店を用意してやろうと考えていた。
そして今日はその話しをするためにここを訪れていた。恋人になって欲しいと伝え、そして自分が誰であるか打ち明けるつもりでいた。そして分かってもらうつもりでいた。名前を隠したのは、先入観で自分のことを見て欲しくなかったからだと。

「牧野さん俺は……」

と司が声を掛けた時だった。
店の引き戸が開き、入ってきたのは司の秘書の男だった。

「道明寺支社長。こんなところにいらっしゃったんですか。お探ししたんですよ。いつもお昼になると行き先も言わずにお出かけになられるので心配しておりました。それからニューヨークから社長がお見えです。支社長を探していらっしゃいます。すぐに社の方へお戻り下さい」

司は突然現れ不用意な発言をした秘書を睨んだ。
だが時すでに遅し。牧野つくしは、司が山本という名前ではなく、道明寺という名前で呼ばれたことに怪訝な顔をすると彼が何者かということに気付いた。

「….山本さん、あなたは……」

「すまない。俺の名前は山本じゃない。道明寺だ。道明寺ホールディングス日本支社の支社長だ。この場所を再開発しようとしているのは俺の会社だ。俺だ。でも決して騙そうとしたんじゃない」

「酷いわ….騙したのね。あなたは名前を偽ってここに通って、ここを離れたくないって言うあたしを笑ってたのね。….あなたを信用して色々話したのに…あなたは心の中ではこんな古臭い店なんてさっさと畳んで出て行けって思ってたのね!….もう二度とここへ来ないで!あなたの顔なんてもう二度と見たくない!」

司はそう言われたあの日から、つくしの店を訪れることはなかった。
それから時は流れ、牧野つくしの店があった場所を含め、再開発予定地はすべて更地になった。
そして司はあの日以来彼女に会う事はなかった。







「おい!なんでこんな悲しい結末になるんだよ!」

「…..支社長。何が悲しい結末でしょうか?加藤君が説明されていることに何か問題でもあるのでしょうか?」

「……………」

司は会議室で会議中だ。
それも近々発表される某駅前再開発プロジェクトについて概要の説明を担当者の加藤から受けていた。そして再開発にあたり、そこに以前からあった店は、希望すれば新しいビルの中にテナントとして受け入れるといった話になっていて、開発業者と地権者との話し合いも円満に解決していた。だから何も問題はないはずだと西田の目は告げていた。だが、不用意な発言をして、つくしからもう二度と来ないでと言われることになったのは、秘書のせいだと恨んだが頭の中が会議室から遥か彼方にあったなど言えなかった。











「あ。お帰り道明寺!お疲れ様。お好み焼き。これから焼くからね」

司がマンションに帰ったとき、部屋にはあの光景と同じ白い大きなエプロン姿のつくしがいて、ホットプレートを前に焼く準備は出来たとばかり彼の帰宅を待っていた。

「ねえ、それで何を入れようか迷ったんだけどね。道明寺に訊いてからってことで、色々と揃えてるからね?ええっと….豚肉。イカ。タコ。海老。あ、牡蠣も用意してるの。ねえ何がいい?全部入れる?」

「お前は何が入れたい?」
「え?」
「だからお前は何を入れて欲しい?言ってみろ。何を入れて欲しんだ?」
「何をって….」
「だから俺に何を入れて欲しいんだ?」
「やだ、道明寺。何言ってるのよ。道明寺が食べたいものを入れるから言ってくれないと….」
「俺はイカでもタコでも海老でもなくお前が喰いたい。お前以外のものは喰いたくねぇ。それに入れるんじゃなくて入れたい。…..お前のナカに」 

司はつくしを貫きたくなっていた。
悲しい結末で終わってしまった白昼夢を打ち消すために一刻でも早くつくしが欲しかった。
だから彼女の身体を抱き上げると、ベッドルームへ運んだ。
そしてつくしも、そんな司の思いに応えるように彼の首に腕を回し身体を寄せた。



無垢な処女から情熱的な恋人へ贈られた愛。
二人が初めての時を迎えてからもう何年も経っているが、愛し合う時は素直になる彼女。
知り合った頃は満足なキスの経験もなく、長く熱いキスをしたら息をするのを忘れたと言ったこともあった。
だが二人の身体は互いと愛を交すように作られていて、身も心も奪われる歓びといったものを知った。そして純粋さと優しさと情熱に包まれるのが二人の愛のかたち。
だから司が両手で彼女の腰を掴み、息が荒く乱れ、ひとつに結ばれた身体を激しく、もっと激しく動かしたとしても、そこにあるのは深い絆だ。
そして司がつくしと一緒に頂点を極める瞬間は、女が彼の肩に爪を立てるとき。
そのとき、司は激しく腰を振り、女がイク瞬間を五感で掴み、神経の末端まで快感の波に包まれたことを知ると己を解き放つ。そして顎を彼女のなだらかな首筋にうずめて目を閉じ、それから二人は激しかった呼吸が収まるまでじっとしている。
すると柔らかな小さな手が司の髪の毛を優しく撫でてくれる。その瞬間が彼にとって何よりも幸せな時間だが、やがて彼女の口から出た言葉に司は笑った。

「ねえ…..お好み焼き…どうするの?焼くの?焼かないの?」

食べ物を粗末にすることを嫌う女の言葉は、実に彼女らしいと思う。
だから女の気持を尊重する男は、喜んで彼女が焼いてくれるお好み焼きを食べるつもりだ。

「ああ。焼いてくれ。運動して腹減ったしな。お前が焼いてくれるお好み焼きが食べたい」

すると嬉しそうに笑う女がいた。








司は翌日機嫌よく出社した。
そしてポケットの中に入れている口紅に指先で触れた。
それは、昨日司の部屋に泊ったつくしが忘れていった口紅で渡そうと持参していた。
だがポケットに手をいれ、口紅に触れた途端ふと思った。
この口紅は司が海外出張に出たとき、彼女に似合うと思い土産として買って帰ったもので、ふんだんに蜜ろうが使われている。
高いプレゼントは受け取らない女も口紅ならと今では愛用していて、その口紅を塗った女とキスをすることは司にとってこの上ない幸せな瞬間だ。

だが暫く会えないとその唇が恋しくなる。キスしたいと思う。
司は、もしかしてこの口紅はつくしの唇の匂いがするのではないかと思った。
だから口紅を取り出し蓋を開けた。
そして捻じってみた。
するとそこにつくしがいつも塗っているピンク色が現れたが、それを暫くじっと見つめた。
そして匂いを嗅いだ。
それは甘い香りがして、つくしの唇から感じる甘さを感じた。
だからつい口紅を自分の唇に少しだけ塗ったがそれは禁断の行為。
それから暫くぼんやりと口紅を眺めていたが、明日からはニューヨーク出張で、この口紅を持って行けば、つくしとキスした気分になれることに気付いた。

この口紅はあいつの唇を彩る色であり、あいつの唇を味わっている感覚が味わえる。
そうだ。この口紅を返すのは止めよう。その代わり帰国の時は大量に買うことにしよう。
そして、そのうちの幾つかを自分用に持っていればいい。但し、一度あいつの唇に触れさせてからだ。

そんなことを考えているとき、ドアをノックする音がした。
司はついいつもの調子で「入れ」と言ったが自分が口紅を塗っていたことを失念していた。
そして慌ててハンカチで口紅を拭おうとした。だが時すでに遅し。西田に見られてしまっていた。






人生は楽しい。
人を愛することは楽しい。
ビバ人生。
現実に引き戻されると嫌なことは多々あれど、それはそれでいいじゃないか。
司にとって牧野つくしが彼の人生で彼女さえいればそれで十分。
視線、仕草、熱い体温。司のその全てが一人の女性だけに向けられていた。
彼女以外は女じゃない。
それに彼女以外欲しくない。
そう思う男は西田の冷たい視線も余裕でスルーすると書類を受け取った。
だがひと言言った。

「あいつには言うなよ」

その時の西田は、いつもと変わらぬ鉄面皮だった。
そして言った。

「ええ。分かっております。男はまず一番に大切な人のことを考えることが必要です。
それに男はズボンのチャックを壊すことが成長の証ですから」

司は西田の言葉に片方の眉を吊り上げた。
そして分かった風なことを言う男が出て行くと、手にしていた口紅を再びポケットに入れたが、さっき唇に塗ったのは冗談であって二度とすることはない。
ただ男は受難に打ち勝つためのお守りとして、彼女の口紅をポケットの中に忍ばせておきたいと思っただけだ。
何しろ司が牧野つくしに差し出しているのは、前人未到の純愛なのだから。





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2018
06.10

金持ちの御曹司~将来の夢~

ある日、司の元へ届けられた一冊の文集。
それは間違っても「文春」ではなく「文集」であり、もし仮にそんな名前の週刊誌に司について書いていることがあったとしても、それは全て嘘であり虚言以外の何物でもない。

そして文集は司が英徳学園の幼稚舎時代に書かれたもの。
送って来たのはタマ。長年道明寺家のメイドとして働いた老女は、随分と年を取り身の周りの整理。いわゆる断捨離や終活といったものに励んでいた。
そこでタマの部屋の押し入れから出て来たのが、幼い司が書いた作文が綴られた卒業文集だった。
そのタイトルは「将来の夢」
子供の文字で書くと、「しょうらいのゆめ ばらぐみ どうみょうじ つかさ」

司はそんなものを書いた記憶がないのだから、懐かしさなどあるはずもなく、自分がどんなことを書いたのか分かるはずもなかった。
だがタマが大切に保管していた二十数年前の安い紙で出来た文集は、若干紙の端が黄色に変色しているが、比較的綺麗な状態だ。その表紙をそっと捲ってみれば、何人もの子供の字で書かれた文章が目に飛び込んできたが、さっそく司は自分が書いた文章を探した。
そして見つけたのは、どうみょうじ つかさ と書かれたページ。
そこに書かれていた幼い自分のつたない文字を追った。




『ぼくのゆめは、せかいをせいふくすること。
そしてねーちゃんのようなきれいな女のひとと、けっこんすること』

たったそれだけが書かれた文集だが、司はその言葉に笑っていた。
世界を征服するといったことを書く幼い子供がいるとすれば、彼くらいではないだろうか。

そして自分の姉を女性の基準と考えているところに、司の女の好みの原点があると言われている。何しろ司の恋人は、姉である椿並の強烈なパンチで彼をノックアウトした初めての女だからだ。だがそのパンチは恋のパンチであり、虚しさが溢れる日常から彼を別の世界へ導いてくれたパンチだった。

そしてその年頃の子供が書くことは、所詮その程度であり、誰も似たり寄ったりの内容だった。
ちなみに花沢類の作文は、

『ぼくのゆめは、ありません。
しずかといっしょなら、それでいいです』

そして西門総二郎はと言えば、

『ぼくのゆめは、おちゃをおいしくいれること。
それから、たくさんの女の子と、なかよくすることです』

ついでと言っては何だが美作あきらは、

『ぼくのゆめは、ほんとうにだいすきな人とあそぶこと。
おひるねは、まいにちちがう女の子のとなりでしたいです』

所詮幼い子供の戯言とも言える内容だが、何故か3人とも見事に将来を予見したような言葉が並んでいたことが可笑しかった。

だが親なら誰もが我が子に訊くはずだ。
あなたは将来何になりたいの?あなたの夢は?と。
だが司はそんな言葉をかけられたことはなかった。訊かれたことはなかった。
それは、彼の将来が生まれた時から決められていたから。
だから誰も彼に将来の夢など訊かなかった。そして司もある年齢に達した頃から、自分の将来が決められていて、自分の意思ではどうにも出来ないことが分かっていた。
だから思春期の反抗以上の行動を取ることになったのだが、その行動を止めるきっかけとなったのが、牧野つくしとの出会いだ。

司は牧野つくしに出会ってから人生が変わった。
司にとって牧野つくしは宗教のようなもので、まるで新手の宗教の勧誘にあったように彼女を崇拝した。寝ても覚めても牧野つくしで、それは牧野という名の沼の落ちたといってもいいほどで、その沼から這い上がることは自ら止めた。
出来ればずっとその沼の中に浸かっていたいほどだ。
そしてそこで、くんずほぐれつを繰り返したい。
あの温かく、ねっとりとした沼の中に永遠に浸かっていたい。
司だけが入ることを許されているあの沼の中へ。

だがその為には、まず彼女と結婚をしなければならなかった。
永遠という言葉を手に入れる為には結婚しかない。
だが世の中には結婚したくても結婚できない男というのも多いと訊く。
だがまさか自分が好きな女性との結婚に焦りを感じているなど、とてもではないが言えなかった。だが実のところできるだけ早く結婚したいと望んでいた。
それにしても、まさか自分がここまで結婚願望が強い男だとは思いもしなかった。
そんなことを思う自分はもしかすると迷路に迷い込んだ犬なのかもしれない。


結婚という名の迷路に迷い込んだ犬が見た夢は___









司は結婚相手を探すため結婚相談所を訪れていた。
だがそれは、道明寺財閥の当主であった父親の遺言を履行するためだ。
それは、父親が亡くなった日から半年以内に結婚して、それから1年以内に子供を作らなければ、財閥の財産は国沢亜門という自分にそっくりな男に行くと書かれていたからだ。
その遺言に、司は親父はとうとう頭のネジが外れたかと思った。
だが家族は知っていた。女嫌いで結婚しようとしない息子に業を煮やした父親が、なんとか結婚させようとそんな遺言を書いたということを。

つまり司がこのまま道明寺ホールディングスの経営を続けるためには、どうしても女と結婚する必要があった。
だが永遠の結婚生活を求めているのではない。
彼が求めるのは契約結婚。
決められた期間が過ぎれば、きれいさっぱり後腐れなく別れてくれる女が必要だった。
もちろん慰謝料はきちんと払うが、子供については道明寺家の跡取りとして置いていくこと。
そんな条件を飲む女を探すためこの場所に来た。




「お待たせいたしました。道明寺さんの幸せのお手伝いをさせていただきます牧野と申します」

司の前に現れたのは、結婚相談所の社員で牧野つくし。
司は彼女に会った途端、見惚れてしまった。
そして頭の中をこんな言葉が過っていた。

『ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある。
見知らぬあなたと、見知らぬあなたに
デートを取り持つ___』

「よろしく。道明寺だ」

司はすぐさま手を差し出し握手を求めた。
そしてここぞとばかりしっかりと彼女の手を握った。

「それでは道明寺さん。女性会員の方に見ていただくためのポートレート、お顔と全身のお写真を撮影しますので、そちらの帽子とサングラスとマスクを外していただけませんか?」

司は変装してこの場所を訪れていた。

「外すのは構わないが他の女性会員に見てもらう写真は必要ない」

女は司の言葉に戸惑っていた。
結婚相手を探すというのに、自分の写真を見てもらう必要がないという男に会うのは初めてだからだ。それに完全に顔を隠す行為は逆に目立つと思うが、もしかして自分の顔に自信がないのか?だがそうだとしても顔が全てではない。気にしないでいいと言うつもりだ。

「…..あの。道明寺さん。他の女性会員に見てもらう必要はないとおっしゃいますが、見て頂かなくてはお相手を探すことは出来ませんが?それに写真はどうしても必要なんですよ?でもお顔が全てではありませんから。それに内面を重視される方が多いのがうちの相談所なんですよ?ですから安心してご登録いただけますよ?」

「いや。もう相手は決めた。あなたです。私はあなたと結婚したい」

司は牧野つくしが気に入った。だから、他の女に自分の写真を見せる必要もなければ、見せたくない。そこで司は自分の顔を隠していた帽子もサングラスもマスクも外した。

「私は道明寺司と言います。道明寺ホールディングスの経営者です。あなたが気に入った。あなたと結婚したい。だから他の女性に見せる写真は必要ありません」


それから二人は順調に愛を育み結婚することになった。
期間が定められた契約結婚ではなく、本当の愛を見つけた男は晴れ晴れとした表情で彼女が教会の中を歩いて来るのを待っていた。
それは二人の結婚式。
6月の花嫁は幸せになると言われているが、司は牧野つくしを幸せにする自信があった。
それまで女にも結婚にも懐疑的だった男は、彼女に出会って変わった。
ああ、結婚とはなんと素晴らしいシステムだ。
彼女は司だけのものになり、永遠に自分の傍にいてくれる。
頭の中はハートでいっぱいで、心はウキウキを止められない。
司は結婚行進曲が流れるなか、前を向きヴァージンロードを歩いてくる牧野つくしを待った。
そして隣に純白のドレスを着た彼女が立ったのを感じた。
神父に促され二人で結婚の誓いの言葉を述べた。
指輪の交換をと言われ、彼女の方を向き、手を取り指輪を嵌めようとした。
だが掴んだ手はいつもの柔らかな感触とは違った。

硬い
ごつい。
たくましい。
薬指に指輪を嵌めようとしたが、嵌まらなかった。

司はそれまで女の手ばかり見つめていたが、そこでふと顔を上げた。
するとそこにいたのは西田。
そして掴んでいたのは、書類を渡そうとした西田の手。

「支社長。私の手に何か問題でも?」

司はパッと手を離すとクールに言った。

「書類を置いたらさっさと出て行け」










司は幼稚舎の卒業文集をマンションに持ち帰ると、リビングのテーブルの上に置いた。
そして笑いながらソファに座るつくしの隣に腰を下ろした。

「道明寺?それこの前タマさんが言ってた幼稚舎の頃の文集でしょ?何か面白いことでも書いてあったの?」

つくしは、タマから司が幼稚舎の頃に書いた文集が見つかったと訊き、司がどんなことを書いたのか知りたいと思い見せて欲しいと頼んだが、坊ちゃんに渡してあるから見せてもらいなと言われていた。

「将来の夢を書けって言われて書いてるらしいが、大したことは書いてねぇな」

司は見ていいぞ。見たいんだろ?と言い見ることを許したが、つくしがまずはじめに見つけたのは、花沢類のページ。そのことに司はムッとした。

『ぼくのゆめは、ありません。
しずかといっしょなら、それでいいです』を見て類っぽいと笑っていた。

「それで道明寺の子供の頃の夢って何だったの?」

つくしは、道明寺司のページを探しながら本人に訊いた。

「俺の夢か?俺の夢は世界を征服することらしい」

「あはは!道明寺らしいわね?だって道明寺って子供の頃から俺様で唯我独尊だったんでしょ?でもまさかそんなことを書いてたなんて、さすがと言えばさすがね?」

だが唯我独尊と言われていた男は、バカげたプライドを捨てると大切なものが何であるかを理解した。

「言っとくが、今の俺の夢はそんなんじゃねぇからな」

「そう?でも世界征服は当たってるんじゃない?だって道明寺の会社は世界中に支社があるし、世界中にネットワークがあるんだからあながち当たってないとは言えないでしょ?」

「まあそうだな。けど俺の夢はそんなモンじゃねぇんだ」

それなら司の今の夢は一体なんなのか。
そんなもの勿論決まっている。
いとしの牧野つくしと結婚することだ。
高校時代、初めて人に対して使った「愛してる」の言葉。
そして『もう かなった 一番欲しくて手に入らなかったもの』は嘘ではない。
だが実際に手に入れたのかと言えば、中途半端な状態だ。
何しろ未だに結婚には至ってないのだから。それに花開く大輪の決意とまで言われた司の牧野つくしに対する思いは、花で言えば8分咲きといったところで、満開とは言えなかった。

「あ!あった。ここ道明寺のページよ?ホントだ。せかいをせいふくするって書いてある!子供なのにこんなこと書くなんてさすが道明寺!」

と言って笑ったが、司はつくしから文集を取り上げると文字を書き加えた。

『俺の将来の夢は、牧野つくしと結婚すること。
子供を育て幸せな家庭を築くこと。
長生きしてジイさんとバアさんになったら手を繋いで散歩すること。
死んだら生まれ変わってまた牧野つくしと一緒になること』


夢が叶うノートがあるなら、今すぐに買いに走るし、なんとしても手に入れてやるつもりだ。だが、彼女は他力本願は嫌いだ。努力して自分の手で未来を掴み取ることが人間の生き方だと言った。だから司は今でも日々努力している。そして彼女の愛を疑うことはないが、牧野つくしの名前が道明寺つくしに変わるまで気を抜く事はしない。
司は書き終えると真剣な顔でつくしの顔を見た。
そして彼女の両手を取り言った。

「これが俺の夢。俺の人生の中で叶えたい夢。将来の夢じゃなくて出来れば近い夢であって欲しい」

司は黙ったままのつくしに満面の笑みを向けた。

「何してる。さっさと返事をしろ」

つくしは返事の代わりに司の唇にキスをした。
そして「よろしくお願いします」と言った。
だがそれがいつ叶えられるのか。
それは牧野つくし次第だが、司はこんな風にじゃれ合う関係でもいいと思っている。
何しろ牧野つくしと言えば、昔から考え過ぎるほど考える女で、簡単にはイエスとは言わない。だから「よろしくお願いします」の言葉もまたいつものことで、それに対し司は、内心苦笑しながらいつもこう言っていた。

「俺の人生でただひとり。惚れたのはお前だけだ。だからお前のことは間違いなく幸せにしてやるよ」

司はそう言うと、つくしを抱き上げた。
唇を重ね、ゆっくりとなめつくすようなキスをしながら二人を待つ大きなベッドへと向かった。

司はベッドにつくしを横たえると服を脱がせ、自らのシャツのボタンを外し床に脱ぎ捨てた。靴とスラックスを脱ぎ、身に付けているものを全て脱ぐと、つくしの隣に寄り添いブラとパンティを剥ぎ取った。そして司はゆっくりと覆い被さった。

「….道明寺…すき…..」

「分かってる。….俺も好きだ。愛してる」





大人になり愛し合うことが当たり前になった二人には、これ以上ベッドの上での言葉は必要なかった。
その代わり、司の身体をギュッと抱きしめてくれる柔らかな手があれば、それだけでよかった。
そして彼女に愛されることが最高の幸せだと考える男は、将来何があろうとその手を放しはしないと心に固く誓っていた。

そして、司の将来の夢は、いつかきっと叶えられるのだから、まだこうして二人だけの世界を楽しむのも悪くはない。そう思っていた。




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2018
06.03

金持ちの御曹司~Field of Dreams~

大人向けのお話です。
未成年者の方、またはそのようなお話が苦手な方はお控え下さい。
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道明寺司と言う男はとにかくひと目を引くと言われ、そこに立つだけで誰もが彼に目を奪われる。
それがどれくらい凄いかと言えば、男も女もとにかくそこにいる人間の目をくぎ付けにし、その吐息さえも奪っていくと言われている。
そんな男がリムジンを降り、長いおみ足で颯爽とロビーを横切りエレベーターに乗り込む姿を見た数人の女性が息をすることを忘れバタバタと倒れたことがある。だから道明寺ビルの受付けには、酸素吸入器とAED(自動体外式除細動器)が準備されているのは言うまでもない。

そして彼が奪うのは目や吐息だけではない。
心も魂も奪っていくのだから彼は悪魔か?
それにしてもどれだけすごい吸引力を持つ男なのか。
そんな男は女子社員からダイソン司と呼ばれていることを知らない。
そして彼女たちは思う。
目や心だけ奪うのではなく、身体も奪って欲しいのと__。
私の全てを吸引して欲しいのと__。




そんな司の元へ毎年恒例の社内対抗野球大会決勝戦の始球式の案内が来た。
道明寺ホールディングス株式会社日本支社でレクリエーション活動のひとつとして行われる野球大会は、いくつかの部署で野球の心得のある男たちが集まりチームを結成し、対抗戦を繰り広げるが、決勝戦はドーム球場を貸し切って行われていた。

そして優勝チームに贈られる記念品は、チーム全員とその家族でのハワイ旅行。
まるでプロ球団の優勝記念旅行のようなご褒美に社員一同、いや家族も頑張ることは間違いない。だから早朝から練習に励むチームもいれば、土日で集中的に練習するチームもある。
そして中には練習の一環として55階建ての道明寺ビルを1階から30階まで走って上がる社員もいた。

そして野球。ベースボールと言えばある者にとっては青春の1ページだ。
英徳学園には野球部はなかったが、もし英徳に野球部があったなら司は間違いなくエースでピッチャーだったはずだ。そして彼がその雄姿を見せたいのはひとつ年下の牧野つくし。
野球部のマネージャーとして彼のピッチングを見守る彼女に、夏の全国高等学校野球選手権大会での優勝旗を持ち帰ることを約束したはずだ。

だが英徳に野球部が出来るはずはない。
何しろお坊ちゃんばかりの学園に巨人の星を目指す熱血野球少年や、ドカベンと呼ばれる顔のデカい男や、亡くなった弟の甲子園に行くという夢をバトンタッチされる兄がいるはずもなく、甲子園を目指すなどとんでもない話だ。

それに実は司は野球をした経験がない。
スポーツは誘拐防止のためにやらされた空手、柔道、合気道しか知らない。
だからグローブを嵌めたこともなければ、球を投げたこともない。
ただ男の子なら基本的なルールは知っていると言われている。
何故なら男の子は生まれつきバッドと二つのタマを持っているからだ。
それをどう使うかは自分次第だが、司はその使い道は牧野つくしに対してしか知らなかった。だがそれだけで十分。他に女に使うつもりなどさらさら無ければ、あの白い小さな手以外にバッドもタマも握らせるつもりもない。
つまり司のバッドが暴れるのは牧野つくしの中だけだ。
そして司の金属バッドはいつでも出番OKだ。

そんな男も今は社内に野球チームを作り楽しむことをしているが、ゆくゆくは道明寺ホールディングスが親会社のプロ野球チームを持ちたいと思う。
そしてその球団のオーナーは司だ。

だがなぜ司は球団の経営がしたいのか。
それは野球が司の人生にとって無視できない重要なスポーツだからだ。
何故野球が司にとって重要なスポーツなのか。
それは遠い昔。司がまだ高校生だった頃。タダで野球観戦チケットを手に入れた牧野つくしに誘われ野球観戦をしたことがあった。
そしてあの時、牧野が掴んだホームランボールが司の人生を変えた。

あのゲームを見たばかりに、テレビ中継で二人の姿が世界中に放送され、当時二人の交際に大反対していた母親に牧野つくしと一緒にいるところを見られ、引き離されることになり、そこから色々あって彼女のことだけを忘れるという失態を犯した。
そしてあの時彼女が掴んだホームランボールのおかげで彼女を思い出した。
あの硬球を頭にぶつけられ記憶が戻ったのは奇跡としか言えないが、あの女ならどんな奇跡でも起こせると信じていたから当然と言えば当然の話だが、過去の話はこれくらいでいいか?



もし司が球団オーナーになったら。











「牧野さん。今日もオーナーがお見えよ?」
「え?」
「そうよ、道明寺オーナーよ。素敵よねぇ。あの若さで道明寺ホールディングスの社長で球団オーナーよ?それにあのルックスに魅惑のヴァリトンボイス。あの声で名前を呼ばれたら私、失禁しちゃうかも!」
「やだ、神田さんたらっ!そんなことよりも、ほら、牧野さんそろそろ試合が始まるわ。今日も美しい声でアナウンスをよろしくね!」

牧野つくしは道明寺ホールディングスが所有する球団のホームグランドであるドーム球場でウグイス嬢を務めていた。そして彼女の声は鈴を転がすような声だと言われ、その声で名前を呼ばれた選手たちは一様に成績がよくなる傾向がある。
だからホーム戦でのチームの成績はすこぶるいい。

司は野球にはさして興味はなかった。
だがある球団の経営状況が思わしくなく、身売りを考えていることから買い取り、ほんの気まぐれから球団経営に乗り出した。だが球団の成績は思わしくない。それでもホーム球場での成績は全戦全勝というのだからその要因を知りたいと思った。
そして球団幹部から訊かされたのは、ひとりの女性の存在だと訊かされた。

『オーナー。うちのチームがホームで強いのは、牧野さんというウグイス嬢のお陰です。彼女の声が選手たちを奮い立たせるのです』

司はそんな報告を受け興味を持った。
そして牧野つくしの声を聴くため球場まで出向いた。

『3番、レフト、花沢。レフト、花沢。背番号49』

はじめてその声を聴いた瞬間、雷に打たれた。身体の芯が痺れた。
澄んだ声はまさに鈴をころがすような声。
美しい声だと思った。
司はその声の持ち主に会いたくなった。だが声がいいからと言って見た目もいいとは限らない。実物は見るんじゃなかった。声だけ聴いておけばよかったということは世間ではままある話しだから期待はしなかった。

そして司は試合が終わったあと、彼女を呼んだが、その愛らしい姿に惚れた。
背は司より25センチ低く、サラサラとした黒髪は肩口で切り揃えられていた。
肌の色は白く透明感が感じられた。そして唇は薄いピンク色が塗られ、頬もほんのりとしたピンク色に染まっていた。そして大きくて黒い瞳は彼の姿を映していた。

ああ。彼女は声だけではなくその姿も愛らしい。
なんて素敵な女性なんだと思った。
そして思った。その声で自分の名前を呼んで欲しいと。
その声をベッドの上で訊きたいと。



司はオーナーであることから球場内に特別な席を持っている。
それは年間シートや企業スポンサーだけが入れる場所とはまた別の場所。
本当のオーナーだけの部屋。
ある日彼は試合が終わった後、その部屋に牧野つくしを呼びソファに座らせた。

「牧野さん。今日の試合に勝てたのもあなたのおかげです。あなたの声が選手たちを鼓舞する。あなたの声が聞こえるだけでこの球場は沸き立つ。これからも選手のため、いや球団のため頑張って下さい。今日はあなたの日頃の労をねぎらうため、ささやかですが席を用意しました。あなたが好きだというオムライスとキャラメルパフェも用意しました。どうぞ遠慮なさらず召し上がって下さい」

「オーナー….」

「牧野さん。さあどうぞ。召し上がって下さい」

つくしはそう言われ、ありがとうございます。それではいただきます。と言って食事を始めた。

「….美味しいですね。これ。本当に美味しいです」

司は美味しそうに食事をするその様子を見て、身体が火照るのを感じた。
この女が欲しい。その気持ちが湧き上がり抑えることが出来なくなっていた。

司は飲み物を勧めた。
だがその中には彼女を眠らせるため強めの睡眠薬が入っていた。
そしてその薬が効き始めたのか、彼を見つめる瞳が光りを失いはじめ、何か言おうとしたが、言葉がまとまらなくなると、司は席を立ち彼女の隣へと腰を下ろした。

「牧野さん大丈夫ですか?」

「…..ええ。すみません….なんだか急に眠くなって…..」

「疲れたのでしょう。さあ、遠慮なさらず横になって下さい」

司はそう言ってやさしく彼女の引き寄せ、そのままソファに横にならせ、たくしい腿に頭を乗せさせ、彼女が目を閉じると黒髪を優しく撫で始めた。
司は満足そうに頷くと彼女の身体を抱き上げ隣の部屋に運んだ。
そして女が目を覚ましたとき、司は裸になって女を愛し始めていた。


「….やめてぇ….あっ..あっ…」

女の唇から声が漏れるたび、大きな手は胸の膨らみを覆いながら、しっかりと身体をシーツに抑えつけ、胸元にくすぐるような柔らかい口づけを落としながら女のささやかな抵抗を抑え込んだ。薬が効いている女は力が入らないが、それでもなんとか司の身体の下から抜け出そうとしていた。

「オーナー….どうして?….こんなことを?」

女がゆるやかに意識を取り戻したとき、ぼやけた視界の先に見えたのは球団オーナーの道明寺司。
彼がブラとパンティだけの自分の上に覆い被さっていた。

「牧野…俺はお前の声に惚れた。その美しい声に。いや、それだけじゃない。お前のその可愛らしい顔も好きだ。目が合った瞬間から恋におちた。だからどうしてもお前が欲しくなった」

司の身体の中心にあるバッドは熱く狂おしく、女を切望していた。黒い縮れ毛に囲まれたそれは太く重くそそり立ち、硬く張りつめた状態で彼女の中に入るのを待ち望んでいたが、それを見た女の黒い瞳には恐怖が広がった。

「怖がらないでくれ。俺はただお前を愛したいだけだ。お前を傷つけるようなことは絶対にしない」

そう言うやいなや、司が身を屈めて唇にキスをしようとした。だが女はベッドの上で頭を左右に振った。

「…嫌なのか」

「….止めて….お願い止めて下さい….」

「どうしてだ?俺のことが嫌いか?」

司は今まで女に止めてと言われたことはない。
それに彼のことを嫌いだと言った女もいない。
それなにに牧野つくしは止めてという。

「…..はじめてなんです。男の人とこういうことをするのが……それに私はあなたのことは何も知りません」

司は女の瞳が涙で潤んでいるのを見て、抑え付けていた手を緩めた。

「そうか….心配するな。それならこれから俺を迎える準備をしてやる。俺のことはこれから知ってくれればいい」

司は早速行動に移った。ブラジャーを体から取り去り、胸の頂を親指で擦った。

「…..あっ…..」

反射的に上がった声に舌で乳首を舐め硬く尖らせた。

「…あ….んっ…」

その声と同時に身体が反り返った。
平らで滑らかな腹の上に置いた大きな手をパンティのゴムの下に指を入れ、そのまま引き下ろしたが、しっかりと閉じられ脚は司の手の侵入を許さなかった。だが司は両手で脚を撫で上げ大きく広げ秘所を露出させた。そして女の脚が震え始めると、膝を掴み胸に押し上げた。

「あっ…..」

その姿勢は限りなくエロティックな姿態。
そしてそこに見えたのは、まだ誰も足を踏み入れたことがない秘密の場所。
女が女であることを示す淫らな場所はしっかりと閉じられていたが、司の視線に濡れはじめたのが分かる。だがまだ蜜は滴ってはいない。だが自らをさらけ出された女の口から喘ぎ声が漏れた。その瞬間司は湿った襞を指でゆっくりと撫でた。

「ああっ!」

「気持ちいいか?」

柔らかなその場所は司の指が撫でる以上のことを求めはじめた。
しっとりとした湿り気が増し愛液が滴り落ち、小さな花芽が膨らんで来たのだ。
それを合図に指を挿入し、濡れそぼった内壁を更に濡らそうと擦った。

「ああっ….」

唇から零れた声は快感の声。その証拠にヌルヌルとしたものが溢れ、司の指をぐっしょりと濡らし始めていた。そして目を閉じた女の頬は赤く染まり、その赤みが身体全体に広がっていた。言葉に出来ない声。しっとりとした肌の感触。上気したその肌から立ち昇る興奮した香り。その全てが司のものだ。

「….きれいだ。牧野」

司は女の姿をうっとりと眺めた。
もっと女を刺激したい。そして女を刺激する場所はいくらでもある。
それにはじめての女を喜ばすのは楽しい。絶頂の縁に立たせるのは簡単で、それを長引かせる術も知っている。だが今は直ぐにでも女が欲しかった。女のはじめてを誰にも取られたくないと身体は女を求めることを抑えることが出来なかった。

司は指を抜き、頭を女の秘所にゆっくりと近づけると震える花芽を舐め、唇に挟み、蜜を滴らせる襞に唇を押し付け舌で深く犯した。

「….やぁ…ああっん…ああ…あっ…ああ!」

「甘い…すげぇ甘い。お前のここは、砂糖以上に甘い。それに溢れてきて舐めきれねぇ」

ぴちゃぴちゃと舐める男は溢れ出る蜜を零すことは勿体ないと執拗に舐め続ければ、女の身体が反り返るが、男にがっちりと抑えつけられればそれも出来ず、ただ喘ぐ以外できなかった。

「…..ああ…ダメ……やめっ….あ…あ….っあん…はぁ!」

その声に我慢が出来なくなった男は、自分の名前を呼ぶように言った。

「….牧野…..俺の名前を呼んでくれ…司って…その声で呼んでくれ….」

「…..ああ….やめっ…あ…..ん….」.

「ああ牧野。お前の声はなんて美しいんだ。もっと俺を欲しがってくれ。俺の全部をやる。だからもっと俺を欲しがってくれ!俺の....俺の名前を呼んでくれ!」

「ああ…いいっ…もっと….お願い….」

懇願の声を聴いた瞬間、司はゆっくりと息を吐き、女の腰をしっかりと掴み、怒張の先端を濡れそぼったとば口に擦りつけ少しずつ腰を突き入れ、生まれて初めての経験のように女の中に分け入った。

「ああっ!」

揺るぎない一突きは確実に女の最奥を捕らえ、根元まで埋められているが、それをゆっくりと抜いては挿すを始めたが、やがて速く激しく腰を動かし始めた。その度に上がる声に腰の角度を僅かに変え、深々と突き入れ狭い内側を何度も押し広げた。そして腰を突き出すたびベッドが揺れる。

「ああっ!….はっ…つ..つかさ…もっとぉぉ…..ああ…いい…」

司がククッと笑い怒張を突き立てたまま指で花芽を弾く。
その瞬間子宮の奥がギュっと閉まり、司を締め付ける。

「….もっとか?….もっと欲しいか?…..そうか…それなら…..もっとやるぜ!ああ....牧野…イキそうだ….クソッ….」

腰をグラインドさせ猛然と出入りをさせると同時に先端が女の入口から出るほど引き抜き、また猛烈な勢いで叩き入れた。
司は今までどんな女とも同時にイクことなどなかった。
だが牧野つくしとは違った。身体を密着させ、腰を激しく振れば次々に押し寄せてくる快感というものは、他の女とでは経験出来なかったものだ。その時彼は知った。彼女が司にとって最後の恋人であり運命の人であることを。そんな驚きに打たれながら快感の波に揉まれながら奥深くへ何度も突き入れた。そして女が見悶えるさまを身体で感じ、一秒も狂いもなく同じタイミングで絶頂を迎え咆哮した。







二人はそれから暫くベッドの上から動くことは出来なかったが、彼女は眠ってしまったようだ。司は汗や体液でどろどろになった彼女の身体をタオルで拭こうとベッドから降りた。そしてバスルームでタオルを濡らそうと蛇口をひねった。
その瞬間頭の上からザァーと降り注ぐ水。

ここはバスルームだがシャワーヘッドの下ではない。
それなのに何故頭上から水が降り注ぐ?
司は己の身体を見た。
すると裸だったはずだが何故かスーツを着ていた。
そして手にしていたのはタオルだったはずだが何故か書類。


「…….うわぁぁああああああ!なんじゃこりゃあ!」

司の大声に何事かと執務室に飛び込んで来たのは秘書の西田。

「支社長!どうされましたか!」

西田は大慌てで執務デスクまで駆け寄ると司の手から書類を取り上げた。

「良かった。書類は濡れておりませんね?」

「………西田。俺の心配より書類の心配かよ!それよりこれはいったいどういうことだ!なんで俺の頭の上から水が降り注いでる?!」

男は身じろぎもせずに訊いた。
頭の真上からザァーと降り注ぐ大量の水はどういった理由で自分に降り注ぐのかを。

「大変申し訳ございません。只今このフロアのスプリンクラーの点検中でして、隣の専務室のスプリンクラーの調子が悪く、修理にかかっております。恐らくその影響だと思われます」

「………..」











「あれ?道明寺その髪どうしたの?ストレート?何?雨に降られたの?」

「ああ。地域限定で雨が降った。最近の天気予報はどうなってるのか知らねぇけど俺の頭の上だけに集中的に降った」

ムスッとした口調はつくしにとっては慣れたものだ。

「あははは!そんなこともあるわよ。天気なんて気まぐれなんだから。それより今日の野球の試合楽しみだね!だってあの時の試合と同じ組み合わせよ?」

「……そうだな」

二人が今夜見る試合は高校生の頃、制服デートをした日。メジャーリーグ最終戦のチケットを貰った時見たチームと同じチームの試合。あのときの試合は、4番打者のホームラン世界新記録が掛かった試合だったが、見事にホームランが打たれ、つくしがそのボールを素手でキャッチした。今考えれば凄いことだが、当時はその凄さが分からなかった。
今日はあの時のチームが来日していると訊き、つくしがその試合を見たいと言ったことから、二人で試合を見に行くことになった。

「それにしてもあれから何年たった?懐かしいねぇ。こうして道明寺とまた野球を見に行けるなんて嘘みたい」

「そうだよな….俺たちあれから何年になるんだ?」

「う~ん….何年?まあいいじゃない?あたし達こうして仲良くしてるんだから」

そう言って笑う女は司の左腕を取り、自分の右腕に絡めた。
だが司はその腕を振り解いた。
その瞬間、つくしの顔が「えっ」という顔になった。
それはどうしたの?怒ってるの?と訊いていた。
だが司は左手でつくしの右手を握った。そして力を込めて指をつくしの指に絡めた。
それは、簡単には離れないことを意味する恋人つなぎという手のつなぎ方。

「あん時、試合を見てお前と別れたあとの俺はニューヨークに拉致られた。お前が会いに来てくれるまで会えなかった。今はあん時みてぇにならねぇけど、この手は念のためだ。もう二度とあんな風に離れたくはねぇからな」

あの日の翌日。彼女の作った弁当を英徳の屋上で食べる約束をしていたが、司は行けなかった。
別れ際、また明日と言って別れたが二人に明日はなかった。

「…..そうだったね。でも今のあたし達にそんなことはないから!あたし達、二度と離れないって約束してるもん。だから大丈夫。あたしはずっと道明寺の傍にいるから。ね?」





どんなに強いと言われる男でも、たったひとつ大切なものを失うと、その強さが失われることがある。
司にとってたったひとつの大切なものは、牧野つくし。
だからあの時のように彼女と離れることだけは避けたい。

「ねえ。まさかとは思うけどトラウマになってないわよね?」

「アホか!そんなことある訳ねーだろうが!そ、そんなんじゃねぇぞ。こうやって手をつなぐのは、野球は人が多いから迷子になんねぇ為だ!」

「はいはい。わかりました。そういうことにしとくわ」

司はトラウマかと問われ、そうではないと即答したが、実はそんなこともあったりする。
だが今回の試合で過去のトラウマは払拭できるはずだ。
今の二人はいい大人で、互いに愛し合っていることを認める仲だ。
それに司の母親も認めていて、後はつくしが「うん」と言えばすぐにでも結婚出来るのだから。

「よし!牧野。行くぞ。うちはな、いつか球団を創設するつもりだ。今夜はその勉強だ。それから今夜は俺の傍を絶対に離れるなよ?迷子になるんじゃねぇぞ」

司はそうは言ったが、つくしが迷子になることはない。
なにしろ今夜の席は、道明寺ホールディングスが持つ特別室からの観戦だ。
つまり、司の頭の中で繰り広げられたことも出来る環境の部屋だと言うことだ。
そう考えると、この野球観戦がとても楽しいものに思えて来た。

「よし。今夜はしっかり応援するぞ!」

司はつくしの手をしっかりと握りしめた。
そしてその手を口元へ運びやさしくキスをした。

二度とこの手を離さないと誓って。




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2018
05.20

金持ちの御曹司~DATE~ 

1本のバラを手に持ち愛の告白をすることを恥ずかしいと思わない男。
低音でセクシーな声を出す男は、愛してると言われるために生まれてきた男。
だからと言って大勢の人間から愛してると言われることを望んでいるのではない。

そして誰もが口を揃えて言うのは、道明寺司はかっこいい。
だが男にとってかっこいいは誉め言葉ではなく正義。
つまり当たり前の言葉であり今更言われても困る。

そしてベッドの上では誰にも負けないと言われる男。
だがそんな男は遠い昔、好きな女をデートに誘いたくても誘えなかった。
それは言葉を裏返せば誘って欲しいが誘ってもらえない少年の姿と言ってもいい。
だが今では大好きな人に誘われれば何をすっ飛ばしても絶対に会いに行く男になっていた。
現に今日も西田からこちらをお読み下さいと言って渡された書類を放り出しデートの時間に当てた。

そんな男がモテたいのはたったひとりの女だけ。
男はたったひとりの人から言われる愛してるの言葉が待ち遠しくて、クールな見た目とは異なりいじらしいほど健気。そんな男だからこそ久し振りの休日デートに朝からソワソワしていた。


雨の季節にはまだ早く天気は快晴。
靴の中は乾いていてすこぶる調子がいい。
だが今日のデートは映画が見たいといった女のため、映画館を貸し切った。
勿論、世田谷の邸にはシアタールームがある。だが映画館の大画面で見ることをいとしの彼女は望んだ。

映画と言えば毎年5月にフランス南部の都市カンヌで開催されるカンヌ国際映画祭は、世界で最も有名な映画祭で、ベルリン国際映画祭やヴェネツィア国際映画祭と併せ世界三大映画祭のひとつだ。
司は招待状が届いていたこともあり、カンヌまで行くか?と訊いたが牧野はいいと断った。


そして見はじめた映画は警察小説と言われる分野。
舞台は昭和の終わり。有名なヤクザ映画をオマージュしたと言われるハードボイルド作品。
現代版任侠映画のようにも思えるが何故その映画が見たいのかと訊けば、気になる俳優が出ているからという理由だった。
だが司にしてみれば気に入らなかった。
スクリーンの中とはいえ隣にはこんなにいい男が座っているというのに、自分以外の男をじっと見つめる女の姿に腹が立った。それに牧野の口から訊かされた気になる俳優という言葉にムッとした。

だがその男の身長は183センチで司より2センチ低い。そして顔も断然司の方がいい。
だが若手実力派俳優と呼ばれイケメン俳優の登竜門と呼ばれる「戦隊シリーズ」でデビューし「朝ドラ」でも活躍したと言う。訊かされた名前は…松坂….柿だったから栗だったか果物の名前がついていた。
だがどんな名前にしても桃栗三年柿八年の言葉があるように、何事も成就するためには、それ相応の年月がかかるのだから、この俳優もそれなりに努力をしていることは認めてやってもいい。

それにしても牧野が通称朝ドラと呼ばれる連続テレビ小説を見ていたとは知らなかったが、どうやら撮り溜めて見ていたらしい。
だがそれもそのはずだ。何しろあの時間の牧野は満員電車で出勤途中なのだから。

そしてその男は「R指定の舞台」と呼ばれる舞台に立ち、娼夫として艶技(えんぎ)を披露したらしいが、牧野が自分以外の男に興味を抱くことはやはり容認出来ない。
それに艶技なら司の方が場数を踏んでいる。
R指定の舞台俳優がいいなら司の方が経験豊富だ。
但し、それは司の頭の中で繰り返されることが多いのだが、司の方がいいに決まってるし、そんな男に負けるはずがない。

それにしてもまさかとは思うが牧野は「R指定の舞台」とやらを見に行ったのか?
司が知らなかっただけで男の妖艶な姿を見に行ったのか?
海外へ出張している間にその男の舞台を見に行ったのか?
そしてその舞台は映画になり、その男が大胆な濡れ場を披露したと言うが、まさか牧野は俺に隠れてこっそりと見に行ったのか?

司が見たR指定の映画と言えばそれはニューヨークにいた頃。
決して見たいと思って見たのではない。
そこに、たまたま、手元にあったから見ただけであり、自らが率先して見たのではない。
それにポルノではない。芸術だ。
それにそもそも芸術作品というものは、初めは受け入れなくても後世になればいい作品だと受け入れられることが多い。
だから司が見たR指定の映画も芸術作品だったと思っている。

それは『エマニュエル夫人』
それから『ナインハーフ』
そして、つい先日妄想世界で牧野のバッグを味わったが、あの妄想はこの映画から来たに違いないと言える『ラストタンゴ・イン・パリ』
色々と物議を醸した作品であれは潤滑剤としてバターが使われたが、さすがに司はバターを使おうとは思わなかった。理由は事後バターに塗れた自身を見たくなかったからだ。


それにしてもスクリーンに映し出される俳優は娼夫としてどんな演技をしたのか。
だがもし司が男娼として買われるなら牧野つくしだけに買われたい。


牧野つくしだけを喜ばせる男娼に____












司は罪深いほどのテクニックと低い声で女をイカせることが出来ると言われていた。
だが司の指名料は高く、そんな男を指名することが出来るのは金持ちのマダムと決まっていた。だが司の場合、指名を受けたからといって簡単に身体を与えることはしない。
彼に抱かれたいと思っても彼の方が抱く女を選ぶことが出来た。
そして司はその日の気分で抱く女を決める。

だがある日、相手をすることになったのはマダムではなかった。
それは司とさして年齢が変わらない女で遅すぎる経験をしたいと司を指名してきた女。
名前は真紀と名乗っていた。

司は思った。今どきその年でセックスの経験がない女は余程見た目が酷いのだろう。だから男に相手にされないのだろうと笑いたい思いを堪えどんな女か見てやろう。面白そうだと指名を受けた。そして司はホテルの部屋のドアをノックした。


内側から鍵が開き、女が姿を見せたが俯いた姿勢なうえに部屋の明かりはつけられておらず、顔ははっきりと見えなかった。

「司だ」

男はそれだけ言うと一歩退いた女の横を通り抜け、室内へ入って行った。
そこはメープルの最高級スウィートで司もよく知るリビングルーム。
ゆったりと座れるソファに大画面のテレビ。バーカウンターには沢山の酒が並んでいた。
大きな窓はカーテンが開け放たれ月明りが部屋の中央まで届いていた。

司は女を抱く時ホテルの部屋を指定していた。
ホテルで一番値段の高い部屋の料金が払えないような貧乏な女は司の客にはいないからだ。
それにセックスするならどこでもいいという訳にはいかない。女を楽しませるなら最高の舞台で演技する方が自分も相手の女も楽しむことが出来るからだ。

それに司は女を抱くことが商売だが彼にもプライドがあった。
たとえ一夜限りだとしても、高い金を払う以上今までどんな男とも感じたことがないような思いをさせてやると決めていた。恋人になりきり女を抱いてやると決めていた。

だが今夜抱いてやる女は経験がないという。
比べる相手はおらず、司がはじめての男になる。
それならどんなことをしてやろうか。司が経験のない女を抱くのは初めてだが、どんな女もすることは同じ。アバンチュールを求める女もいれば、欲求不満を解消したい女もいるが、どの女も自分をひとりの女として求めてくれる男を求めていた。

男を買う女は、ただ刺激が欲しいだけで、決して危険な関係を求めているのではない。
だから今までの司はそんな女たちの欲望を満たしていた。
だが今夜の女は自分のはじめてを見知らぬ一晩だけの男に捧げようとしていた。
それなら女の望みを訊いてやろうと思った。ロマンス映画やその手の小説の読みすぎで、どこかの国の王子様に愛される、大富豪に求愛されるといったありえない夢を持つ女もいるからだ。だからそんなフリをして女を愛してやるのも一興だと思った。


「それで?どうして欲しい?俺にどんなことをして欲しい?」

窓の外の景色を眺めていた男は振り返ったが、司の目の前に立つ女は既に着ていたものを脱ぎ、裸で立っていた。

黒い髪に黒い大きな瞳。司と同年代の女にしては童顔だ。可愛らしい顔をしていると思った。
そして小さな乳房に薄いピンク色の乳首。透き通るように白い肌。
誰にも抱かれたことがない女の身体は降り積もったばかりの雪のように無垢だ。
視線を下へ巡らせると肌の白さとは対照的に下腹部の小さな丘は生まれた時と同じ黒い毛が秘めた場所を守っていた。
下半身が疼いた。そこにはじめて分け入る男が自分だと思うとスラックスの中に硬く張りつめるものを感じた。
中に早く入りたいという衝動が湧き上がり、じっとしてなど居られないと女を抱き上げるとベッドルームへ向かった。
開け放たれた扉の向うには見慣れた大きなベッド。そこに女を下ろし司も服を脱いだ。


「俺がお前のはじめてを一生忘れられないものにしてやる」

そう言った司は女に触れた途端、まるで魂の片割れに出会ったような気がした。
何かが心の内に生じた。女の顔立ちも身体も今まで抱いてきたどんな女とも違うと感じた。
手ははじめての女を気遣いたいと思うも乳房を包む掌は力を弱めることはなかった。
唇を吸い舌を蛇のように絡め、柔らかな胸を揉みしだき、尖った乳首を舐め濡らし、さらに硬くなったところで口に含み舌で転がした。
この女が欲しい。今すぐに欲しい。女の全てが欲しい。

そんな思いが湧き上がり、硬く太くなったものをすぐにでも女の中に突き入れたかった。
下半身の高ぶりは勢いよく直立して女の濡れたソコを求め痛いくらいだ。
だが女は今夜がはじめてだ。
その証拠に指を挿れた空洞の奥に抵抗を感じた。そこを指で破ることも出来るが司は硬くなった身体ですぐさまその場所を自分のものにしたかった。
だが司は男娼だ。
自分の快楽よりも女を喜ばせることが仕事だ。
それに今までどれだけ身体を重ねても、どんな女にも本気になったことはない。
お願いなどされなくても女を貫いてきた。
それが彼の仕事だから。

だが今は、目の前の女に懇願されたいと感じた。
仕事ではなく恋人として司を欲して欲しいと望んだ。
大切にとっておいたものを司にくれることに歓びを感じていた。


司はハアハアと荒い息を繰り返す女の顔を見た。

「どうした?辛いのか?」

その問いかけに首を横に振る女。

「そうか?それならこのまま続けてもいいか?」

司は声を和らげ訊いた。
女は返事を返す代わりに司の首に手をまわした。

それを合図に司は中断していた行為を続けようとキスを貪ったが、商売抜きで女が欲しかった。
果てしなくキスを続けると、やがて黒い大きな瞳が濡れた黒曜石のようになるのを見た。
女は間違いなく感じていた。
だがはじめての感覚に戸惑いもあるのか、感じているのを悟られまいと声を上げようとしない。
司は女の声が訊きたかった。名前を呼んで欲しかった。そして真紀と名乗った女の本当の名前が知りたかった。イク時その名前を叫びたかった。

司は頭を下げ乳房にきつく吸い付いた。

「…んはぁっ.....はぁッ」

はじめて上がった女の甘い声。
だがその声に司は余計に渇望を感じもう一度声を上げさせたくて、今度は女の足首を掴み、大きく開脚させると濡れそぼった秘部を舐め上げた。

「あっ…あん….あっ….はぁ….」

逃げようとした腰を掴み、引き寄せさらに舐め、溢れ出した蜜を指先で掬い取り肉襞を押し分け指を挿し入れた。

「あああっ…!はぁ…っつ…」


司は本当の恋をしたことがなかった。
だが汚れた恋なら数えきれないほどした。
どこの女を抱こうと、誰が誰を好きになろうが関係なかった。
だが恋も愛も感じたことがない男がはじめてときめきを感じた。
そして生まれてはじめて男であることの意味をなぞった。
それはごく普通の男として恋をすること。
今、本当の恋をした。
それが体から始まる恋だとしてもいいはずだ。
司は下方から女を見上げ言った。

「名前を教えてくれ。お前の本当の名前を」

司は真紀と名乗った女の名前が知りたかった。

「あたしの名前?知ってどうするの?あなたとあたしは一夜限りの恋人でしょ?それなら知らない方がいいに決まってるわ」

「俺はお前の名前を知りたい。本当の名前を教えてくれ。イクときお前の名前を呼びたい。それに俺はお前に惚れた。だから名前を教えてくれ、本当の名前を」

「駄目よ。あたしは来月結婚するの。好きでもない人と結婚させられるの。だから名前は教えられないの。あたしはその人のことが嫌いなの。でもあたしはその人から逃げることが出来ないの。だからあの男以外の人にあたしのはじめてを奪ってもらいたかったの」

自分の意思ではない結婚から逃げることが出来ない。
嫌いな男に自分のはじめてを与えたくないから他の男に奪わせるという女。
司は女を守りたいと思った。だから相手の男の名前を訊いた。

「相手の男は誰だ?」

「知ってどうするの?あたしを連れて逃げてくれるの?」

「ああ。そうして見せる。逃げてやるよ。お前を連れてな!それで相手の男の名前は?」

「その人ね。子供の頃親が決めた婚約者なの。パパが借金をしてそのお金を肩代わりした代わりとしてあたしを…..」

司は泣き出した女を慰めようと唇に優しくキスをした。

「なあ名前を言え。言ってくれ」

「その人の名前は道明寺司って言うの。道明寺財閥の御曹司で冷たい男って訊くわ。あたしが会ったのは高校生の頃一度だけで爬虫類のような目をしてた。それに髪の毛がくるくるしてて、おかしな髪型だと思ったわ。それに日本語が不自由で暴力的で怖かったのを覚えてるわ。でも10年経った今はどんな男になってるのか分からないの。見たくもないし、知りたくもないからテレビも新聞もあの男の名前が挙がった途端、目を閉じてるの。耳を塞いでるの。あたし、本当にあんな男と結婚なんてしたくない!だからお願い!あたしを連れて逃げて!」

「わかった。俺がおまえを連れて逃げてやるよ。地の果てだろうが宇宙の果てだろうが逃げればいい。だから心配するな。俺と一緒に逃げてくれ!」














おい!おい!おい!
待て!待て!待て!
ちょっと待て!

これじゃああきらじゃねぇか!
大体なんで俺が男娼やって金持ちのマダム相手なんぞしなきゃなんねぇんだよ!
それになんだよこれは!
牧野は俺と結婚することになってるのに、どうしてその男と逃げんだよ!
いや。でもあの男娼も俺だよな?
もしかして一人二役?そして二人は一人の女を巡って争う?
だがどっちも俺だろ?そんなアホな話があるか?
クソッ!!それもこれも牧野が気になるって言った俳優のことが頭の中にあったからだ!
それに柿だか栗だか知らねぇけどそんな名前の男に牧野を取られてたまるか!

司は隣にいる女を見た。
いや。いるはずの女を見た。
だがいなかった。


「ま、牧野?まき…..?」

司は立ち上ると辺りを見回したがつくしはいなかった。
そして目の前にあるスクリーンに映し出されていた映画はとっくの昔に終わっていた。


「ゴホン。支社長。おやすみのところ申し訳ございません」

司は秘書の声に振り返った。
そしてそこにいる男を見据えた。

「…….西田。今日は休みだろうが。なんでお前がここにいる?まあいい。そんなことよりあいつがいなくなった。牧野が_」

「はい。牧野様でしたら少し前にこちらをお出になられました」

「なんだと?なんで牧野は_」

と司が言いかけたところで西田が遮るように話しを継いだ。

「実はこの映画館の近くでドラマのロケがございまして。そちらに牧野様の好きな_いえ。気になる俳優の方がいらっしゃっていることをお知りになられたようでして、その現場にお出かけになられたようです」

「誰だよ?その俳優ってのは!あれか?松坂…..柿か栗かそんな名前の男か?それにしてもなんであいつは俺を起さねぇんだよ!」

映画館で二人並んで座っていたはずなのに、目が覚めてみれば隣にいたはずの女はいない。
それがどれだけ虚しいことか。

「支社長。それは牧野様の思いやりです。映画が始まってすぐにお休みになられた支社長を気遣ってのことです。疲れが溜まっている支社長を思い、目が覚めるまで寝させてあげようというお心遣いです。ですからそうお怒りになられませんようお願いいたします。それに牧野様もせっかくお気に入りの…..いえ。気がかりの俳優の方を生で御覧になることが出来るのですからいいではありませんか。男たるもの女性の我儘も悩みも全て受け止めることが出来てこそ男です。それにいつか支社長のDNAの種の保存がされるとき、牧野様が結婚してよかったと思われる男性でいなければ未来はございません」

「………」







司は映画館を出るとドラマのロケ現場と言われる場所まで車で向かった。
そして彼女が戻って来るのを待っていた。
すると急いで走って来る女の姿があった。

「ごめん道明寺。映画が終ってね、支配人さんから近くでドラマのロケしてるって言われて見に行ってたの。凄かったよ。ドラマの撮影って初めて見たけどああやって撮るんだって勉強になった。それに役者さんってオーラがあるのよね….。簡単には近寄れない雰囲気があった。スターがスターって言われるだけのことはあると思った。手を伸ばしても届かない場所にいるからスターなのよね?」

司は息を切らせながら興奮気味に喋る女を見ていた。

「俺のスターはお前だな」

「え?」

「だからお前が俺の輝く星。ガギの頃は手が届かなかったお前がいた。だってそうだろ?すぐには俺のこと振り向いてくれなかっただろ?」

司は出会った頃、何をしてもつくしに振り向いてはもらえなかった頃のことを思い出していた。世間的に言えば、道明寺財閥の跡取りである司の方が天に輝く星と言われていた。
決して地上に降りて来ることのない男だと言われていた。だがそんな男は地上で輝く自分だけの小さな星を見つけた。そしてその小さな輝きが消えてしまわないように守っていくと決めたのが18歳の時。それ以来ずっとその星を守って来た。
自分だけの輝ける小さな煌めきを。

「あの頃の俺は褒められた男じゃなかった。けど今は違うだろ?」

過去を語る声はいくらか自嘲な調子があった。
だが今だから言える話であり、彼女と出会わなければ自身が変わることはなかった。
だから彼女に会えたことは司にとって人生の中で一番の贈り物だ。

「道明寺….。ありがと」

「何がだ?」

「だってこれ。サイン。貰ってくれたんでしょ?」

つくしは走って車に戻って来る途中、映画館の支配人に呼び止められた。
そして茶封筒を渡されたが、その中につくしが気になっていた俳優のサインが収められていた。

「まあな。お前が気になってんだから仕方ねぇだろ?それにあんな男のサインの一枚や二枚どうにでもなる。それに今度うちとCM契約することになったから撮影もあるぞ?」

司は好きな女のためなら何でもするが、自分はなんて甘い男だと思った。
そして笑った。

「お前のためならどんなことでもしてやりてぇって思うのが俺だ」

それはまだ二人が高校生だった頃、司が言った言葉。
お前のためなら親と縁を切ってもいい。なんだってしてやる。
その言葉は今も司の中では生きてきて、何があろうとその思いは変わらない。

好きな女が傍で笑ってくれることが司の幸せで、彼女が司にとっては輝く星。
そしてこれから日が暮れれば、二人だけの世界で共に高みに昇り空に輝く星になるはずだ。
何しろ二人にとってままならない休日昼間のデート。
そんな二人のデートはどんなことがあっても最後は必ず愛し合うことが決め事。
愛の言葉も零れるようなキスも全てが明日の活力となるから。
そして司の人生は最高の女が永遠に隣にいてくれることだけを望んでいた。




司は隣に座った女が彼の手をぎゅっと握ると同じように握り返した。
そしてその時、頬に彼女のささやきが当たった。

「道明寺。愛してる」

「俺も」

司は顔を横に向けると女の唇にキスをした。
そして今日一番の笑顔を愛しい人に向けた。






『ラストタンゴ・イン・パリ』(Last Tango in Paris)1972年 イタリア映画
『エマニュエル夫人』(Emmanuelle)1974年 フランス映画
『ナインハーフ』(9 1/2 Weeks)1986年 アメリカ映画

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2018
05.14

金持ちの御曹司~君主論~<後編>

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