つくしは今、五月の明るい陽射しが降り注ぐ教会の中にいる。
身に纏ったドレスは分不相応なほど豪華なドレス。バージンロードの先には世界一の花婿と呼ばれる男が入口に背を向け立っている。そして婚礼の始まりを知らせるようにオルガンの音色が優しく響くなか、花嫁は白い絨毯の上に一歩を踏み出していた。花婿は一度も花嫁の方へと視線を向ける事もなく、花嫁がゆっくりと自分の隣に立つ様を待っている。
美しいと言う形容詞がこれ程似合う男が他にいるだろうか。
ウェーブのある黒髪、冷やかな感じの黒い瞳。彼は完璧な美貌の持ち主で、その立ち姿はルネッサンス時代の彫像の様でいて、その表情は仮面の様に決して微笑む事はなくても、余多の人々を引き付けて止まない。その怜悧さを表す鋭い瞳は、決して何事にも揺るぎはしない自身の姿を表している様で、つくしはそんな男から目を離す事が出来なかった。
この静寂の瞬間、花嫁は男が待つ祭壇へと歩みを進めていた。
幾重にも重ねられたベールはとても軽いはずなのに、まるで花嫁の本心を覆い隠す様に重く感じられる。そして花婿がそのベールを持ち上げた瞬間、目にするのは、牧野つくしだ。
つくしは今、男を騙して、そしてこんな茶番を演じようとしている。
男がつくしの顔にかかるベールを持ち上げた時、一瞬驚いた顔になったものの、すぐにその感情を封じ込めると何事も無かったように、ゆっくりとキスを落としていた。
それは甘い罰の様でいて、つくしの心は背徳にさいなまれていた。
何故、あたしはこんな所にいるのだろう。
今日はアイツ、道明寺司とあたしの親友である大河原滋さんとの結婚式だった。
そして、あたしは教会の扉が開かれるのを静かに待っていた。

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身に纏ったドレスは分不相応なほど豪華なドレス。バージンロードの先には世界一の花婿と呼ばれる男が入口に背を向け立っている。そして婚礼の始まりを知らせるようにオルガンの音色が優しく響くなか、花嫁は白い絨毯の上に一歩を踏み出していた。花婿は一度も花嫁の方へと視線を向ける事もなく、花嫁がゆっくりと自分の隣に立つ様を待っている。
美しいと言う形容詞がこれ程似合う男が他にいるだろうか。
ウェーブのある黒髪、冷やかな感じの黒い瞳。彼は完璧な美貌の持ち主で、その立ち姿はルネッサンス時代の彫像の様でいて、その表情は仮面の様に決して微笑む事はなくても、余多の人々を引き付けて止まない。その怜悧さを表す鋭い瞳は、決して何事にも揺るぎはしない自身の姿を表している様で、つくしはそんな男から目を離す事が出来なかった。
この静寂の瞬間、花嫁は男が待つ祭壇へと歩みを進めていた。
幾重にも重ねられたベールはとても軽いはずなのに、まるで花嫁の本心を覆い隠す様に重く感じられる。そして花婿がそのベールを持ち上げた瞬間、目にするのは、牧野つくしだ。
つくしは今、男を騙して、そしてこんな茶番を演じようとしている。
男がつくしの顔にかかるベールを持ち上げた時、一瞬驚いた顔になったものの、すぐにその感情を封じ込めると何事も無かったように、ゆっくりとキスを落としていた。
それは甘い罰の様でいて、つくしの心は背徳にさいなまれていた。
何故、あたしはこんな所にいるのだろう。
今日はアイツ、道明寺司とあたしの親友である大河原滋さんとの結婚式だった。
そして、あたしは教会の扉が開かれるのを静かに待っていた。

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式が終わり、詰め寄る司に、つくしは滋から預かった手紙を手渡した。
『ごめん、司。あたし、好きなひとがいるの。だから司とは結婚できない。でも事業統合の事は心配しなくても大丈夫だから』
手紙を読み終えた男が、つくしの方へと視線を向けてきた。
「そう言うことだから、ヨロシク!」
つくしはウエディングドレスのまま、仁王立ちし、ビジッと右手の人差し指を道明寺に突き付けた。
「はあ?何がそう言うことだ! てめえ、どう言うつもりだ!」
怒号とも言えるような声を上げるのは、つくしが結婚した相手。道明寺司だ。
「そ、そこに書いてある通りよ!滋さん好きな人がいて、どうしても諦めることが出来ないからアンタとは結婚できないそうよ。 ま、まさか教会で花嫁に逃げられた花婿なんて、アンタもイヤでしょ? だから、あたしが花嫁になったの」
だが、そんな言葉を真に受ける人間がいるはずないとわかっている。
でも本当のことは言えない。本当はアンタのことが好きだから結婚したのと口に出すことは出来ない。それに今はだめ。あたしのことを覚えていない男に何を言ったところで聞く耳なんて持たないはずだ。
「お前、わかってんだろうな? 俺と結婚するってことの意味が。それに俺と、仮にもだ。式を挙げておいて何も無かった事には出来ねぇんだぞ?」
手近なテーブルからグラスをとった男は一気に中身を飲み干すと、捲し立ててきた。もちろん言いたいことは理解出来る。相手が滋さんだと思ってベールを上げてみれば、見も知らない女がそこにいるんだから、怒って当然だ。
「世間体って事でしょ?わかってるわよ。アンタのプライドの高さはエベレスト級で・・」
「へぇーそうか? お前が誰だか知んねぇけど、そんなに俺と結婚したいってことか?」
ばか言わないで。冗談じゃないわよ。とは言えずにいた。
「いいか?俺は!今日!ここで!仮にもだ!お前と式を挙げた。この事実はすでに真実となって世間に公表されてるんだ。 いいか、こうなった以上お前にも責任をとってもらうからな!」
司は言うとつくしに対峙するように、仁王立ちして睨みつけていた。
タキシード姿の男とウエディングドレス姿の女は浅草寺の仁王像かと思わずにはいられないほど滑稽だ。だが、それはもっともな話かもしれない。何しろ結婚相手が思っていた人間と違うという事態に怒るなというほうが無理だ。
「ちょっと司も牧野もおもしろ過ぎ。タキシードとウエディングドレスで仁王立ちして睨み合ってるって・・・」
新郎のベストマンを務めた花沢類はひとり笑いが止まらないようだ。二人の睨み合いに口を挟んでいた。
「類!うるせぇぞ!」
「花沢類!笑わないでよ!」
と、司とつくしの夫婦初めての共同作業が声を揃えて類をなじる事だった。
***
司は自分のおかれた状況が理解できなかった。
結婚式で隣に現れた女は見ず知らずの女。
結婚するはずだった大河原滋から受け取った手紙には、駆落ちするから司とは結婚出来ないと書かれていた。だが事業統合の分野については、問題なく締結されたという話。
それなら別にこの女と結婚する必要などないはずだが、何故か滋から押し付けられた女。
本来ならこんな状況を許すはずのない彼の母親も
『別にお相手が変わったところで構わないわ。それに相手が牧野さんなら、知らない間柄でもないわ。今の司はお相手が誰であろうと気にしないでしょう』
椿も同じような言葉を返してきた。
『司、念願が叶ってよかったわね!あんた、つくしちゃんに酷い事するんじゃないわよ』
と、司にとっては意味不明の言葉を残した。
酷いことをされたのは俺の方だと司は言いたかった。
大河原は好きでもなんでもない女ではあるが、ビジネス契約の婚姻として、互いの関係を束縛することなく、自由に暮らしていけるはずだとわかっていたからだ。
それなのに司の周りの人間は、突然彼の前に現れ、花嫁となった女に好意的過ぎる。
『良かったな司、これでおまえの人生は明るいぞ』
『おまえ、今日の事一生忘れんなよ?』
『滋に感謝しろよ』
一体どう言う意味かと誰かに問いただしたい気持ちで一杯だった。
司の目の前にいる小柄な女。牧野つくし。
いや、結婚したなら道明寺つくしか?
滋に押し付けられた女は、総二郎、あきら、そして三条まで仲がいい。
この女はあいつらとも知り合いか?
類にいたっては、この女の頬を抓ったり、髪を撫でたり、やけに親しい。そればかりか、この女の心配までしている。司にしてみれば、どこの誰か全く知らない女と結婚した自分の方を心配してくれと言いたいほどだ。
「司、おめでとう。良かったね、牧野と結婚できて」
「類、お前あの女と知り合いか?」
司は総二郎やあきら達と話すあの女に視線を巡らせながら、類から差し出されたシャンパンを口にした。
「何言ってんの、司。牧野は・・って言っても今の司には分かんないよね? でもね、司、お前にとっての牧野は絶対に手放しちゃいけない女なんだよ?」
類はそう言いながら牧野つくしに視線を向けていた。
「類、お前の言ってるコト、意味分かんねぇな。俺にとっては人生最悪の悪ふざけとしか考えられねぇよ。滋の野郎も何考えてるんだ?あいつとの結婚なら最初っからビジネスとしての結婚って事で話がついてたのによぉ」
司にしてみれば、滋とのことは、あくまでもビジネスと割り切った上での結婚だ。
結婚というものが人生で最低の出来事だとしても、それはそれで構わないと思っていた。
どうせ滋も自分も家業の駒のひとつとして育てられたようなものだとわかっていた。
それに女なんてどうでもいい。そんな思いがあったのも事実だ。
「はは。大河原も結構大胆な事するよね? でもね、司、みんなお前の事を思ってした事なんだ。いつかきっと感謝する時が来る。それは明日かもしれないし、1ヵ月後かもしれない、もしかしたら1年後かもしれないよね。あ、まぁ一生感謝する事もなく終わっちゃうなんて事もあるかもしれないけどね。とにかく、今日は良かったね。おめでとう、司」
と類は司の肩をぽんと軽く叩いて去って行った。
司は道明寺ホールディングス ニューヨークの副社長として世界経済の最前線にいる。
毎日が生き馬の目を抜く世界で、魑魅魍魎どもを相手にしながらこの世界で生きてきた。
彼は道明寺としての生き方を否定しようなんて思っていない。
世界のビジネス社会のトップで生き続ける、これは司にとっても願っていた事だ。
自らの考えひとつで、世界経済を自由に操れる。目の前の駒を右から左へと動かす。
それだけでどこかの国の経済が破綻するかもしれない。仮にそんなことになったとしても関係ない。マネーは生き物、経済はゲーム、チェスと同じ。
どれだけ先を読むか、読める人間だけがその勝負に勝つことが出来る。
刻々と過ぎて行く時間の先を読むとこが、ビジネスを成功させるためには必要だ。
そんなゲームを楽しんでいる司が、何故か突然放り込まれたのは結婚と言う新しいゲームだった。

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『ごめん、司。あたし、好きなひとがいるの。だから司とは結婚できない。でも事業統合の事は心配しなくても大丈夫だから』
手紙を読み終えた男が、つくしの方へと視線を向けてきた。
「そう言うことだから、ヨロシク!」
つくしはウエディングドレスのまま、仁王立ちし、ビジッと右手の人差し指を道明寺に突き付けた。
「はあ?何がそう言うことだ! てめえ、どう言うつもりだ!」
怒号とも言えるような声を上げるのは、つくしが結婚した相手。道明寺司だ。
「そ、そこに書いてある通りよ!滋さん好きな人がいて、どうしても諦めることが出来ないからアンタとは結婚できないそうよ。 ま、まさか教会で花嫁に逃げられた花婿なんて、アンタもイヤでしょ? だから、あたしが花嫁になったの」
だが、そんな言葉を真に受ける人間がいるはずないとわかっている。
でも本当のことは言えない。本当はアンタのことが好きだから結婚したのと口に出すことは出来ない。それに今はだめ。あたしのことを覚えていない男に何を言ったところで聞く耳なんて持たないはずだ。
「お前、わかってんだろうな? 俺と結婚するってことの意味が。それに俺と、仮にもだ。式を挙げておいて何も無かった事には出来ねぇんだぞ?」
手近なテーブルからグラスをとった男は一気に中身を飲み干すと、捲し立ててきた。もちろん言いたいことは理解出来る。相手が滋さんだと思ってベールを上げてみれば、見も知らない女がそこにいるんだから、怒って当然だ。
「世間体って事でしょ?わかってるわよ。アンタのプライドの高さはエベレスト級で・・」
「へぇーそうか? お前が誰だか知んねぇけど、そんなに俺と結婚したいってことか?」
ばか言わないで。冗談じゃないわよ。とは言えずにいた。
「いいか?俺は!今日!ここで!仮にもだ!お前と式を挙げた。この事実はすでに真実となって世間に公表されてるんだ。 いいか、こうなった以上お前にも責任をとってもらうからな!」
司は言うとつくしに対峙するように、仁王立ちして睨みつけていた。
タキシード姿の男とウエディングドレス姿の女は浅草寺の仁王像かと思わずにはいられないほど滑稽だ。だが、それはもっともな話かもしれない。何しろ結婚相手が思っていた人間と違うという事態に怒るなというほうが無理だ。
「ちょっと司も牧野もおもしろ過ぎ。タキシードとウエディングドレスで仁王立ちして睨み合ってるって・・・」
新郎のベストマンを務めた花沢類はひとり笑いが止まらないようだ。二人の睨み合いに口を挟んでいた。
「類!うるせぇぞ!」
「花沢類!笑わないでよ!」
と、司とつくしの夫婦初めての共同作業が声を揃えて類をなじる事だった。
***
司は自分のおかれた状況が理解できなかった。
結婚式で隣に現れた女は見ず知らずの女。
結婚するはずだった大河原滋から受け取った手紙には、駆落ちするから司とは結婚出来ないと書かれていた。だが事業統合の分野については、問題なく締結されたという話。
それなら別にこの女と結婚する必要などないはずだが、何故か滋から押し付けられた女。
本来ならこんな状況を許すはずのない彼の母親も
『別にお相手が変わったところで構わないわ。それに相手が牧野さんなら、知らない間柄でもないわ。今の司はお相手が誰であろうと気にしないでしょう』
椿も同じような言葉を返してきた。
『司、念願が叶ってよかったわね!あんた、つくしちゃんに酷い事するんじゃないわよ』
と、司にとっては意味不明の言葉を残した。
酷いことをされたのは俺の方だと司は言いたかった。
大河原は好きでもなんでもない女ではあるが、ビジネス契約の婚姻として、互いの関係を束縛することなく、自由に暮らしていけるはずだとわかっていたからだ。
それなのに司の周りの人間は、突然彼の前に現れ、花嫁となった女に好意的過ぎる。
『良かったな司、これでおまえの人生は明るいぞ』
『おまえ、今日の事一生忘れんなよ?』
『滋に感謝しろよ』
一体どう言う意味かと誰かに問いただしたい気持ちで一杯だった。
司の目の前にいる小柄な女。牧野つくし。
いや、結婚したなら道明寺つくしか?
滋に押し付けられた女は、総二郎、あきら、そして三条まで仲がいい。
この女はあいつらとも知り合いか?
類にいたっては、この女の頬を抓ったり、髪を撫でたり、やけに親しい。そればかりか、この女の心配までしている。司にしてみれば、どこの誰か全く知らない女と結婚した自分の方を心配してくれと言いたいほどだ。
「司、おめでとう。良かったね、牧野と結婚できて」
「類、お前あの女と知り合いか?」
司は総二郎やあきら達と話すあの女に視線を巡らせながら、類から差し出されたシャンパンを口にした。
「何言ってんの、司。牧野は・・って言っても今の司には分かんないよね? でもね、司、お前にとっての牧野は絶対に手放しちゃいけない女なんだよ?」
類はそう言いながら牧野つくしに視線を向けていた。
「類、お前の言ってるコト、意味分かんねぇな。俺にとっては人生最悪の悪ふざけとしか考えられねぇよ。滋の野郎も何考えてるんだ?あいつとの結婚なら最初っからビジネスとしての結婚って事で話がついてたのによぉ」
司にしてみれば、滋とのことは、あくまでもビジネスと割り切った上での結婚だ。
結婚というものが人生で最低の出来事だとしても、それはそれで構わないと思っていた。
どうせ滋も自分も家業の駒のひとつとして育てられたようなものだとわかっていた。
それに女なんてどうでもいい。そんな思いがあったのも事実だ。
「はは。大河原も結構大胆な事するよね? でもね、司、みんなお前の事を思ってした事なんだ。いつかきっと感謝する時が来る。それは明日かもしれないし、1ヵ月後かもしれない、もしかしたら1年後かもしれないよね。あ、まぁ一生感謝する事もなく終わっちゃうなんて事もあるかもしれないけどね。とにかく、今日は良かったね。おめでとう、司」
と類は司の肩をぽんと軽く叩いて去って行った。
司は道明寺ホールディングス ニューヨークの副社長として世界経済の最前線にいる。
毎日が生き馬の目を抜く世界で、魑魅魍魎どもを相手にしながらこの世界で生きてきた。
彼は道明寺としての生き方を否定しようなんて思っていない。
世界のビジネス社会のトップで生き続ける、これは司にとっても願っていた事だ。
自らの考えひとつで、世界経済を自由に操れる。目の前の駒を右から左へと動かす。
それだけでどこかの国の経済が破綻するかもしれない。仮にそんなことになったとしても関係ない。マネーは生き物、経済はゲーム、チェスと同じ。
どれだけ先を読むか、読める人間だけがその勝負に勝つことが出来る。
刻々と過ぎて行く時間の先を読むとこが、ビジネスを成功させるためには必要だ。
そんなゲームを楽しんでいる司が、何故か突然放り込まれたのは結婚と言う新しいゲームだった。

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つくしは道明寺司と結婚式を挙げた。
こんな無謀な事をするなんて、自分でも信じられなかった。でも、みんなが今の状態じゃ2人共ダメになるって言った。道明寺と滋さんの結婚話が持ち上がった時、道明寺はそれをあっさりと承諾した。もちろん事業統合絡みの政略結婚と分かっていての行動だ。
滋さんは親の決めたこの話に納得したフリをしながら、彼女の本当に好きな人との結婚を望み、結婚式の当日、土壇場までフリをしてあたしに手紙を託して去って行った。
『つくし、司の事を本当に幸せに出来るのはつくしだけ。それにあたしも司とつくしの幸せを祈っている。あたしは本当に好きになった人と結婚したいの。道明寺と大河原との事業統合なら心配ないから大丈夫。もう調印は終わっているし、ウチの両親は驚くだろうけど、あたしがこんな風に親の決めたレールに乗る娘じゃないって事くらい知ってるはずよ。 だからね、つくし・・・』
滋さんの手紙の最後に書かれていた一行、『お願い、幸せになって』
つくしはこの言葉に後押しされ、今日この場所に来ていた。
あのプライドの高い道明寺が、教会で花嫁に置き去りにされるなんて事が許されるはずがない。そんな理由を付けて、花嫁衣裳を身に纏ったつくしは彼の元へと歩いて行った。
あの時、あの瞬間、ベールを持ち上げ、あたしを見た道明寺の一瞬驚いた表情、そしてまるで罰を与える様に落とされたくちづけ。
衝動的とも言える行動に、呼吸の仕方さえ忘れそうになりながらの大芝居だったかもしれない。久しぶりに近くで見る男は、あの頃とは違って大人になり、よりたくましく、そして精悍な姿の男になっていた。少年だった男が、いつのまにか大人の男性へと変わっている。それも、つくしの人生の中で一番素敵な男性だ。
だが、平凡だったつくしの人生に現れた男性は、つくしのことを忘れていた。
初めてキスをしてから9年の歳月が流れていた。
***
つくしは道明寺家のビジネスジェットにちんまりと納まり、キャビンアテンダントから飲み物を貰っていた。道明寺と言えば、黙り込んで何やら仕事の書類らしきものを目で追いながら、俺に話し掛けるなオーラを目一杯出している。
そう言えば、最近アメリカ西海岸にある世界第2位の保険会社のM&A(企業買収)に成功したって話が世間を賑わしていたのを思い出した。
ジェットの目的地はNYだ。
バカみたいなことだと思いながらも、つくしは目的地について聞いていた。
「あの、やっぱりあんたの仕事って、あっちでの仕事がメインなのよね?」
道明寺司はムッとした表情を浮かべ、つくしを見た。
「おまえ、俺がどんな立場にいるか分かって聞いてんのか?それとも本当に知らないのか?」
やはりつくしは聞いた自分がバカだと思った。
知っていて当然だということを、淡々と言い切られたのだ。
「そ、そうだよね、アンタ今はニューヨーク本社の副社長様だったよね。偉い人なんだよね?あはは・・」
ごめん、道明寺。つくしは早くも心の中であやまっていた。結婚したくもない相手と結婚する羽目になり、そのやり口も替え玉の手口だという事態。怒るのも無理はないとわかっていた。
「お前、俺の事どれくらい知ってんだ?類や総二郎、あきら達と親しいそうじゃねぇか?」
「え、うん、親しいって言うか、その・・高校時代の先輩だったから」
つくしは高校時代のことに少しだけ胸をときめかせ答えた。
あんたは覚えてないかもしれないけど、あんたはあたしの事が好きで追いかけ回していたのよ?
「お前も英徳か? 俺の事も知ってるワケだな、色々と・・」
相変らずの態度で書類から目を離す事もなく言い放つと、ポイッとこちらへと何かを投げて寄こしてきた。
「ソレ、目を通しておけ」
渡されたソレは『婚前契約書(プレナップ)』と言われるものだった。
つくしは書類から司へと視線を向けた。
「これって?」
「見ての通りだ。日本語と英語と同じものを用意させた。日本語はお前のために、わざわざ用意させた。内容を理解したらサインして秘書に渡しておけ」
「こんな契約書、あたしには必要ない」
急に現実が襲いかかって来たように感じられた。
つくしが司と結婚しよう。滋の計画に乗ろうと決めたのは、彼といたかったから。
本当の結婚生活でなくてもいい。まがい物でも構わないと思った。だが、道明寺のような立場の人間は、ただ相手と一緒にいたいだけという理由で結婚することがないということは理解出来る。ビジネスに役立つ戦略的な結婚の話もよくあることで、滋さんとの結婚がまさに最たるものだ。
「お前はアホか。こんなもん俺たちの世界じゃ常識なんだよ。互いの身を守る為に必要なんだよ」
守るべきものがある男はきっぱりと言い切った。
「お互いの身を守るって、守るのはアンタの身だけでしょ?あたしには守るものなんて何もない・・アンタの財産なんて欲しいなんて思ってもないし・・」
つくしの血がすっと冷たくなった。それこそ現実にはこんな結婚を認めてくれるわけがないとわかってはいても、つくしのことをあれだけ追いかけ回していた男の口から、ビジネス然とした言葉を返されると寂しかった。
「ペン貸してよ、今ここで署名しちゃうから」
つくしは見るからに高そうなペンを貸り、署名欄にサインをした。
騙されるようにして結婚した道明寺にしてみれば、自分の身の保身を思うのは当然だろう。相手の女が財産目当てかもしれない、何を仕出かすか分からない女かもしれない、そう考えるのはあたり前だ。しかしこのサインが後々あたしの首を絞める事になるとは、考えてもみなかった。

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こんな無謀な事をするなんて、自分でも信じられなかった。でも、みんなが今の状態じゃ2人共ダメになるって言った。道明寺と滋さんの結婚話が持ち上がった時、道明寺はそれをあっさりと承諾した。もちろん事業統合絡みの政略結婚と分かっていての行動だ。
滋さんは親の決めたこの話に納得したフリをしながら、彼女の本当に好きな人との結婚を望み、結婚式の当日、土壇場までフリをしてあたしに手紙を託して去って行った。
『つくし、司の事を本当に幸せに出来るのはつくしだけ。それにあたしも司とつくしの幸せを祈っている。あたしは本当に好きになった人と結婚したいの。道明寺と大河原との事業統合なら心配ないから大丈夫。もう調印は終わっているし、ウチの両親は驚くだろうけど、あたしがこんな風に親の決めたレールに乗る娘じゃないって事くらい知ってるはずよ。 だからね、つくし・・・』
滋さんの手紙の最後に書かれていた一行、『お願い、幸せになって』
つくしはこの言葉に後押しされ、今日この場所に来ていた。
あのプライドの高い道明寺が、教会で花嫁に置き去りにされるなんて事が許されるはずがない。そんな理由を付けて、花嫁衣裳を身に纏ったつくしは彼の元へと歩いて行った。
あの時、あの瞬間、ベールを持ち上げ、あたしを見た道明寺の一瞬驚いた表情、そしてまるで罰を与える様に落とされたくちづけ。
衝動的とも言える行動に、呼吸の仕方さえ忘れそうになりながらの大芝居だったかもしれない。久しぶりに近くで見る男は、あの頃とは違って大人になり、よりたくましく、そして精悍な姿の男になっていた。少年だった男が、いつのまにか大人の男性へと変わっている。それも、つくしの人生の中で一番素敵な男性だ。
だが、平凡だったつくしの人生に現れた男性は、つくしのことを忘れていた。
初めてキスをしてから9年の歳月が流れていた。
***
つくしは道明寺家のビジネスジェットにちんまりと納まり、キャビンアテンダントから飲み物を貰っていた。道明寺と言えば、黙り込んで何やら仕事の書類らしきものを目で追いながら、俺に話し掛けるなオーラを目一杯出している。
そう言えば、最近アメリカ西海岸にある世界第2位の保険会社のM&A(企業買収)に成功したって話が世間を賑わしていたのを思い出した。
ジェットの目的地はNYだ。
バカみたいなことだと思いながらも、つくしは目的地について聞いていた。
「あの、やっぱりあんたの仕事って、あっちでの仕事がメインなのよね?」
道明寺司はムッとした表情を浮かべ、つくしを見た。
「おまえ、俺がどんな立場にいるか分かって聞いてんのか?それとも本当に知らないのか?」
やはりつくしは聞いた自分がバカだと思った。
知っていて当然だということを、淡々と言い切られたのだ。
「そ、そうだよね、アンタ今はニューヨーク本社の副社長様だったよね。偉い人なんだよね?あはは・・」
ごめん、道明寺。つくしは早くも心の中であやまっていた。結婚したくもない相手と結婚する羽目になり、そのやり口も替え玉の手口だという事態。怒るのも無理はないとわかっていた。
「お前、俺の事どれくらい知ってんだ?類や総二郎、あきら達と親しいそうじゃねぇか?」
「え、うん、親しいって言うか、その・・高校時代の先輩だったから」
つくしは高校時代のことに少しだけ胸をときめかせ答えた。
あんたは覚えてないかもしれないけど、あんたはあたしの事が好きで追いかけ回していたのよ?
「お前も英徳か? 俺の事も知ってるワケだな、色々と・・」
相変らずの態度で書類から目を離す事もなく言い放つと、ポイッとこちらへと何かを投げて寄こしてきた。
「ソレ、目を通しておけ」
渡されたソレは『婚前契約書(プレナップ)』と言われるものだった。
つくしは書類から司へと視線を向けた。
「これって?」
「見ての通りだ。日本語と英語と同じものを用意させた。日本語はお前のために、わざわざ用意させた。内容を理解したらサインして秘書に渡しておけ」
「こんな契約書、あたしには必要ない」
急に現実が襲いかかって来たように感じられた。
つくしが司と結婚しよう。滋の計画に乗ろうと決めたのは、彼といたかったから。
本当の結婚生活でなくてもいい。まがい物でも構わないと思った。だが、道明寺のような立場の人間は、ただ相手と一緒にいたいだけという理由で結婚することがないということは理解出来る。ビジネスに役立つ戦略的な結婚の話もよくあることで、滋さんとの結婚がまさに最たるものだ。
「お前はアホか。こんなもん俺たちの世界じゃ常識なんだよ。互いの身を守る為に必要なんだよ」
守るべきものがある男はきっぱりと言い切った。
「お互いの身を守るって、守るのはアンタの身だけでしょ?あたしには守るものなんて何もない・・アンタの財産なんて欲しいなんて思ってもないし・・」
つくしの血がすっと冷たくなった。それこそ現実にはこんな結婚を認めてくれるわけがないとわかってはいても、つくしのことをあれだけ追いかけ回していた男の口から、ビジネス然とした言葉を返されると寂しかった。
「ペン貸してよ、今ここで署名しちゃうから」
つくしは見るからに高そうなペンを貸り、署名欄にサインをした。
騙されるようにして結婚した道明寺にしてみれば、自分の身の保身を思うのは当然だろう。相手の女が財産目当てかもしれない、何を仕出かすか分からない女かもしれない、そう考えるのはあたり前だ。しかしこのサインが後々あたしの首を絞める事になるとは、考えてもみなかった。

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婚前契約書の内容なんて、どうせ道明寺の保身の為の書類だ。
あたしには守るべき財産なんて何もない。哀しいかなそれは本当の話だ。
それでも契約書は隅から隅まで、表から裏までよく読むべきだと言われているはずだ。
本当にそうだと思った。消費者庁のお役人さん、その通りです。もっとそのことを世間に対し、周知徹底した方がいいと思います。
「いいのかよ?読まなくて」
今思えば、あのときニヤッと笑った道明寺のしたり顔に意味があったはずだ。
それなのに、そんなことには全く気付かなかった。
婚前契約書なんて、くだらないことが書いてあるに決まっていると決めつけたあたしは、サインすることに躊躇いは全く無かった。別にあたしは頭がおかしい女じゃない。それに一緒に暮らすことで、道明寺に迷惑をかけるようなことをするつもりもないのだから、彼が何を言いたいのかが理解できなかった。
こうして、あたしたちはニューヨークで道明寺が生活の拠点としているマンハッタンにそびえ立つ超高層マンションにやってきた。
洗練されたビル群はスカイスクレイパーとはよく言ったものだ。
下から見上げると本当に空を削るがごとく上層に伸びていた。
まるでアホみたいに見上げているあたしを見た道明寺は、さっさと中へ入って行こうとする。
「早く来い!なにアホ顔して見上げてんだ」
そんな道明寺に遅れまいとついて行く。
当然セキュリティー厳重な建物らしく、入口には銃を装備した警備員、エントランスロビーに足を踏み入れたその先にはレセプションがあり、そこにもまた強面の男性が2人いる。その最奥にあるエレベーターはどうやらペントハウス直通エレベーター。
ん? ペントハウスって、こいつペントハウスに住んでるの?
さすがだわ道明寺。アンタ今じゃ『世界の道明寺司様』だもんね。
それにポーンって、エレベーターって全世界共通でチーンじゃなかったんだってひとり納得するあたし。そんなあたしは自分で自分にアホかと思わず呟きたくなっていた。
軽い電子音が聞こえ、エレベーターのドアが開いた先に広がる風景。
え?風景って何なのよ!自分で言っておいておかしいけど、マンションって普通玄関があって、廊下があってその先にリビングとかって言うんじゃないの?
それなのにここから見えるのはまさしく風景と言っていい程の解放感があった。
白いフロアタイルは月のような光を放っていて外の光を柔らかく反射している。
視線の先、そこに見えたのはマンハッタンを一望する風景で、緑が眩しいくらいに広がっているそこは多分セントラルパークの緑だ。
ニューヨークでもミッドタウンエリアにそびえ立つここは五番街にも近く、恐ろしいくらいの高層で、一面がガラス張りの窓から降り注ぐ光は異常なまでに明るく、まるで外界との堺が無い様で、宙に浮かんでいる様な気にさせられた。
そんなふうに外界の風景に見惚れていたあたしは、道明寺の声に意識を戻した。
「あの、玄関は?」
「は?このフロアは全部俺のモンだ。玄関なんてそんなもん要るかよ」
そうですか。
こいつは何でも最上のものでなければ満足しない男だったよね。
バカと煙は高い所が好きだなんて言葉があるけど、恐らく今のこの男には、そんな言葉は当てはまらないはずだ。何しろ、今の道明寺はあの頃と違う男だ。
世界経済に大きな影響を与える力を持つ道明寺HDNYの副社長だ。
「オイ、俺はこれから本社へ行くからお前も好きにしてろ」
「へっ?」
「買い物に行きたきゃ行けばいいさ。五番街は目と鼻の先だ」
つくしは司から何枚かの黒いカードが手渡された。
「これ、何?」
「お前のクレジットカード。これで買えないものはない。暇つぶし程度に買い物でもしてろ」
女は買い物が好きだろ? そう言い残し道明寺は警護の人間を引き連れて颯爽と出て行った。
「はぁ・・」
つきたくもないため息が漏れていた。
何がなんだか良く分からないうちにここまで来てしまったが、一体あたしは何がしたいのか。今さらだけど、どうしてこんなことをしたんだろう。まさに衝動的だと言われてもおかしくない行動で、思い立ったらなんとかじゃないが、即行動に移すことはあたしにとってはそれこそ青天の霹靂だった。
それに待って! 結婚式ってもっと神聖で厳粛で、感動したり、泣いたりってあるはず。
なのに、滋さんのひと言でこうなってしまったこの状況。
あたしの結婚式って何?いったい何だったの?やっぱりあたしはとんでもないことをしてしまったのだろうか?
もちろん、現実の世界はおとぎ話のようにいかないとわかっている。
つくしの経験からすれば、司が自分の記憶だけを失ってしまったことが、まさにドラマのようだと感じているのだから。
そんな想いを巡らせながら、つくしは窓の外のキレイなニューヨークの空を見上げていた。

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あたしには守るべき財産なんて何もない。哀しいかなそれは本当の話だ。
それでも契約書は隅から隅まで、表から裏までよく読むべきだと言われているはずだ。
本当にそうだと思った。消費者庁のお役人さん、その通りです。もっとそのことを世間に対し、周知徹底した方がいいと思います。
「いいのかよ?読まなくて」
今思えば、あのときニヤッと笑った道明寺のしたり顔に意味があったはずだ。
それなのに、そんなことには全く気付かなかった。
婚前契約書なんて、くだらないことが書いてあるに決まっていると決めつけたあたしは、サインすることに躊躇いは全く無かった。別にあたしは頭がおかしい女じゃない。それに一緒に暮らすことで、道明寺に迷惑をかけるようなことをするつもりもないのだから、彼が何を言いたいのかが理解できなかった。
こうして、あたしたちはニューヨークで道明寺が生活の拠点としているマンハッタンにそびえ立つ超高層マンションにやってきた。
洗練されたビル群はスカイスクレイパーとはよく言ったものだ。
下から見上げると本当に空を削るがごとく上層に伸びていた。
まるでアホみたいに見上げているあたしを見た道明寺は、さっさと中へ入って行こうとする。
「早く来い!なにアホ顔して見上げてんだ」
そんな道明寺に遅れまいとついて行く。
当然セキュリティー厳重な建物らしく、入口には銃を装備した警備員、エントランスロビーに足を踏み入れたその先にはレセプションがあり、そこにもまた強面の男性が2人いる。その最奥にあるエレベーターはどうやらペントハウス直通エレベーター。
ん? ペントハウスって、こいつペントハウスに住んでるの?
さすがだわ道明寺。アンタ今じゃ『世界の道明寺司様』だもんね。
それにポーンって、エレベーターって全世界共通でチーンじゃなかったんだってひとり納得するあたし。そんなあたしは自分で自分にアホかと思わず呟きたくなっていた。
軽い電子音が聞こえ、エレベーターのドアが開いた先に広がる風景。
え?風景って何なのよ!自分で言っておいておかしいけど、マンションって普通玄関があって、廊下があってその先にリビングとかって言うんじゃないの?
それなのにここから見えるのはまさしく風景と言っていい程の解放感があった。
白いフロアタイルは月のような光を放っていて外の光を柔らかく反射している。
視線の先、そこに見えたのはマンハッタンを一望する風景で、緑が眩しいくらいに広がっているそこは多分セントラルパークの緑だ。
ニューヨークでもミッドタウンエリアにそびえ立つここは五番街にも近く、恐ろしいくらいの高層で、一面がガラス張りの窓から降り注ぐ光は異常なまでに明るく、まるで外界との堺が無い様で、宙に浮かんでいる様な気にさせられた。
そんなふうに外界の風景に見惚れていたあたしは、道明寺の声に意識を戻した。
「あの、玄関は?」
「は?このフロアは全部俺のモンだ。玄関なんてそんなもん要るかよ」
そうですか。
こいつは何でも最上のものでなければ満足しない男だったよね。
バカと煙は高い所が好きだなんて言葉があるけど、恐らく今のこの男には、そんな言葉は当てはまらないはずだ。何しろ、今の道明寺はあの頃と違う男だ。
世界経済に大きな影響を与える力を持つ道明寺HDNYの副社長だ。
「オイ、俺はこれから本社へ行くからお前も好きにしてろ」
「へっ?」
「買い物に行きたきゃ行けばいいさ。五番街は目と鼻の先だ」
つくしは司から何枚かの黒いカードが手渡された。
「これ、何?」
「お前のクレジットカード。これで買えないものはない。暇つぶし程度に買い物でもしてろ」
女は買い物が好きだろ? そう言い残し道明寺は警護の人間を引き連れて颯爽と出て行った。
「はぁ・・」
つきたくもないため息が漏れていた。
何がなんだか良く分からないうちにここまで来てしまったが、一体あたしは何がしたいのか。今さらだけど、どうしてこんなことをしたんだろう。まさに衝動的だと言われてもおかしくない行動で、思い立ったらなんとかじゃないが、即行動に移すことはあたしにとってはそれこそ青天の霹靂だった。
それに待って! 結婚式ってもっと神聖で厳粛で、感動したり、泣いたりってあるはず。
なのに、滋さんのひと言でこうなってしまったこの状況。
あたしの結婚式って何?いったい何だったの?やっぱりあたしはとんでもないことをしてしまったのだろうか?
もちろん、現実の世界はおとぎ話のようにいかないとわかっている。
つくしの経験からすれば、司が自分の記憶だけを失ってしまったことが、まさにドラマのようだと感じているのだから。
そんな想いを巡らせながら、つくしは窓の外のキレイなニューヨークの空を見上げていた。

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司は牧野つくしをペントハウスに残し、本社へと向かっていた。
「なんだよ!この報告書は!」
迎えの車の中で秘書の男から手渡された司と牧野つくしについての報告書。
読んだ司は、それを投げつけるように放り投げる。
ご丁寧にもあの女の高校時代の写真付き。英徳の制服を着た女は昔より多少垢抜けているのか、単に年を重ねただけなのか、写真の中にいる少女よりも大人びている。
どうやら俺は高校時代に牧野つくしを追いかけ回していたらしい。
それも異常なほどに。冗談も程々にしてくれ!
司はそんなふうに考えたこともなかったが、親友たちの話が頭を過った。
彼は自分がこんな女を追いかけ回していたなんて、どう考えても信じられなかった。
いや、信じられなかったと言うよりも呆れていた。
「司様、こちらに書かれている事は全て事実でございます。9年前の司様のご行状です」
男の秘書は、床に落ちた報告書を拾い上げ、鞄へと収めた。
「信じらんねぇなこんな事。俺がやってたんか?」
「はい、紛れもない事実でございます」
男の秘書の目に嘘などではないと言うことが窺えた。
とはいえ、何故、過去に追いかけ回していた女が自分と結婚までして、今さら何をしようというのか?婚前契約書はすでに交わしてある。金目当ての結婚というなら、それなりに手に入れることが出来るはずだ。
「・・・ふん、ま、今となってはどうでもいいけどよ?相手が滋から牧野つくしに変わっただけで、俺が結婚した事実だけは出来たんだから、いいんじゃねーの?これでウザイ女どもが寄って来ることもねぇしな」
滋とビジネスの結婚をすれば、女たちが近寄ることも少なくなるはずだと踏んでいた。
それだけに相手が変わったとはいえ、やはり自分に近づいてくる女は少なくなるはずだとわかっていた。
「はい、ただ・・」
「なんだよ?」
男が仕えるこの青年は短い言葉で自分の感情を如実に現すことが出来る。
イラついているのだろう、鋭い視線と共に睨まれた。
「契約書にも明記されていますが、あの件は・・」
この男の言いたい事は分かってる。
面白そうじゃねーか。
くっ、なあ、牧野つくし。おまえ俺と結婚したんだ。その責任はとってもらうから覚悟しておくんだな。司は車窓に流れるマンハッタンの風景を眺めながら、妻となった女との今後を思って笑みが零れた。
***
高層階から眺めるマンハッタンの景色は素晴らしいものがある。
つくしは窓際でその眺めを楽しんでいた。
ペントハウスから外に出ようにもどうやって外出したらいいのかと思っていた。
何しろこの高層マンションの仕組みがよくわからない。出かけてしまってそのまま戻れなくなるなんて話は映画の中ではよくある話しだ。でも、どうやらそんな心配もなさそうだ。つくしには彼女専属の警護の人間がつけられていた。
道明寺夫人ともなると当然ながら警護が付く。それにしても、このセキュリティー万全のペントハウスは入るのも出るのもひと苦労しそうだ。
つくしはNYでの記念すべき一歩を踏み出そうとしていた。
過去のつくしは、次なる一歩を踏み出すことに躊躇する女だった。
社会に出るまで、どこか内に篭るところがあった。
今のつくしは花沢類の会社、花沢物産広報部で働いている。
パブリシストとしての経験もそれなりにある。だから道明寺の今の立場、結婚したという事実がアイツの生活に影響を与えることも理解している。
現にニューススタンドに並んでいる新聞にはアイツの結婚記事が載っている。
ウォールストリートジャーナルには道明寺HDの特集ページがある。
それに何故だかファッション誌にまで出てる道明寺。あの男、見た目だけは昔から良かったよね。どこかのモデルなんかよりずっとカッコいい。眉目秀麗ってアイツの為にある言葉だ。
記憶の中にある男は、少年で、つくしに対してだけに向ける真剣な瞳があった。
一度間違った決断をし、自ら離れてしまい、傷つけたこともある。それでも道明寺はあたしだけを見つめ続けてくれた。
ぼうっとしながらニューススタンドの前にいたが、車のクラクションに意識を戻した。
何をしているんだ、あたし。
警護の皆さんは何事もなく彼らの任務遂行中だが、奥様はニューススタンドの前で立ち尽くしていましたとでも報告が行くのだろうか?
本当なら、道明寺に会うときは、もっと洗練された女で会いたかった。色気があって、大人っぽい女でアイツの前に現れたかった。ところが実物のあたしは、そうたいして昔と変わってないのが実情だ。
でも気にしても仕方がない。
さあ、気を取り直してこれからどこに行こう?
天気もいいし、やっぱり思い出のセントラルパーク?そうよ。もう一度行きたいと思っていた。昔、一度だけこの街へ来た時は花沢類に色々と助けてもらった。
あれは道明寺に会いに来て、追い返された時。もうボロボロの気分で、自分でもどうしたらいいのか解らないくらいの時だった。
そんな事を考えている私の前に向こうから手を振りながら現れたその人。
あまりのタイミングの良さにあたしはどこかで監視されていたのではと思わずにはいられなかった。いつもあたしのピンチの時に現れる人。
白馬に乗った王子様?
背中に大きな羽根を背負って階段を下りてきたりなんかして?
ワーワーキャーキャー? うん、絶対に似合うと思う。
彼は高校時代の友人のひとり。そして道明寺には悪いが初恋の人。
何でも花沢類は花沢物産での仕事があってこちらに来たらしい。
でも、何故こんなに人が多いマンハッタンで、それも世界中から観光客が訪れるこの場所にいるのよ?
「牧野のことは自分の事のように分かるからね」
類は、じゃあ行こうかとあたしの腕を取るとスタスタと歩いて行く。
ちょっと待って。確かに昔、花沢類はあたしの一部みたいだなんて言ったわよ?
でもそれはもう随分前の話なのにこの人は、相変らずあたしの一部でいたいのかと思うほど、いつも気にかけてくれている。
「牧野、司は仕事なの?」
二人してセントラルパークに面したカフェテリアでコーヒーを飲みながら、のんびりと外を眺めているあたしと花沢類。
「うん、アイツは会社に行ったよ。カードを何枚も渡されてね、買い物でも行ってこいだってさ」
なんとなく眺めているそこを、ちっちゃな動物たちが走って行くのが見えた。
へぇ、セントラルパークってリスがいるんだね。
どうでもいいことばかりがつくしの頭の中を過る。だが、やはり一番気にかかるのは、アイツを騙して結婚したことだ。
「ねえ、花沢類、あたしこんな事していていいのかな・・アイツを騙してこんな・・」
つくしは飲みかけのコーヒーをテーブルの上のソーサーに静かに戻した。
「牧野、今更なに? これは司の為でもあるし、あんたの為でもあるんだよ。大河原だってあれだけの事をしてくれて、みんなお前たち2人の為だと思って・・・」
類は優雅に足を組み直し、身体をつくしへと向けた。
「分かってる・・、分かってるの花沢類。 その気持ちは凄く嬉しい・・。でも道明寺が、アイツがあたしを忘れてもう9年だよ?あたしだってもうアイツの事はけじめを付けたつもりでいた。メディアを賑わせる男だから目にしない日はないけど、もう別世界の人間だと思って過ごしてきた。あいつが滋さんとの結婚を承諾した時も、それはそれで仕方のない事だと思ってた・・・」
つくしはそうは言ったが、それは本心でないと自分自身わかっている。だから花沢類の顔を見ることが出来そうにない。類はつくしのことになると、各段に勘の良さを発揮する。
そして簡単につくしの嘘を見破るからだ。
「牧野、たとえ大河原との結婚が無かったとしても、いずれいつかは政略結婚的なことがある男だよ。今回、つかさの会社と大河原との事業統合が上手くいった訳だから、気にしなくていいんじゃない?司の母親だってもう文句ないはずだよ?これ以上息子の人生を振り回してどうするんだよ?これからは司ももっと自分の人生について考えた方がいいんだよ」
あたしは花沢類がこんなふうに語るのを見たのは、あの時以来だったような気がする。昔アイツを追いかけて来たこの街を去る時以来かもしれない。
「牧野いいか?この結婚は俺たち皆が素直じゃない牧野に少しでも司と一緒に過ごしてもらって、あいつがお前の事を思い出せるチャンスだと思ってプレゼントしたんだと思ってよ。大河原だってもう司のことなんてどうでもいいから他の男と結婚したんだし、牧野が何か気にするようなことはないんだから」
そう言い残し、花沢類は冷たくなったコーヒーを飲み干すと、仕事の事は気にしなくていいから、じゃあまたねと軽く手を上げて去って行った。
プレゼントって言っても人生が掛かってるけどね。
つくしは心の中でそう呟いていた。

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「なんだよ!この報告書は!」
迎えの車の中で秘書の男から手渡された司と牧野つくしについての報告書。
読んだ司は、それを投げつけるように放り投げる。
ご丁寧にもあの女の高校時代の写真付き。英徳の制服を着た女は昔より多少垢抜けているのか、単に年を重ねただけなのか、写真の中にいる少女よりも大人びている。
どうやら俺は高校時代に牧野つくしを追いかけ回していたらしい。
それも異常なほどに。冗談も程々にしてくれ!
司はそんなふうに考えたこともなかったが、親友たちの話が頭を過った。
彼は自分がこんな女を追いかけ回していたなんて、どう考えても信じられなかった。
いや、信じられなかったと言うよりも呆れていた。
「司様、こちらに書かれている事は全て事実でございます。9年前の司様のご行状です」
男の秘書は、床に落ちた報告書を拾い上げ、鞄へと収めた。
「信じらんねぇなこんな事。俺がやってたんか?」
「はい、紛れもない事実でございます」
男の秘書の目に嘘などではないと言うことが窺えた。
とはいえ、何故、過去に追いかけ回していた女が自分と結婚までして、今さら何をしようというのか?婚前契約書はすでに交わしてある。金目当ての結婚というなら、それなりに手に入れることが出来るはずだ。
「・・・ふん、ま、今となってはどうでもいいけどよ?相手が滋から牧野つくしに変わっただけで、俺が結婚した事実だけは出来たんだから、いいんじゃねーの?これでウザイ女どもが寄って来ることもねぇしな」
滋とビジネスの結婚をすれば、女たちが近寄ることも少なくなるはずだと踏んでいた。
それだけに相手が変わったとはいえ、やはり自分に近づいてくる女は少なくなるはずだとわかっていた。
「はい、ただ・・」
「なんだよ?」
男が仕えるこの青年は短い言葉で自分の感情を如実に現すことが出来る。
イラついているのだろう、鋭い視線と共に睨まれた。
「契約書にも明記されていますが、あの件は・・」
この男の言いたい事は分かってる。
面白そうじゃねーか。
くっ、なあ、牧野つくし。おまえ俺と結婚したんだ。その責任はとってもらうから覚悟しておくんだな。司は車窓に流れるマンハッタンの風景を眺めながら、妻となった女との今後を思って笑みが零れた。
***
高層階から眺めるマンハッタンの景色は素晴らしいものがある。
つくしは窓際でその眺めを楽しんでいた。
ペントハウスから外に出ようにもどうやって外出したらいいのかと思っていた。
何しろこの高層マンションの仕組みがよくわからない。出かけてしまってそのまま戻れなくなるなんて話は映画の中ではよくある話しだ。でも、どうやらそんな心配もなさそうだ。つくしには彼女専属の警護の人間がつけられていた。
道明寺夫人ともなると当然ながら警護が付く。それにしても、このセキュリティー万全のペントハウスは入るのも出るのもひと苦労しそうだ。
つくしはNYでの記念すべき一歩を踏み出そうとしていた。
過去のつくしは、次なる一歩を踏み出すことに躊躇する女だった。
社会に出るまで、どこか内に篭るところがあった。
今のつくしは花沢類の会社、花沢物産広報部で働いている。
パブリシストとしての経験もそれなりにある。だから道明寺の今の立場、結婚したという事実がアイツの生活に影響を与えることも理解している。
現にニューススタンドに並んでいる新聞にはアイツの結婚記事が載っている。
ウォールストリートジャーナルには道明寺HDの特集ページがある。
それに何故だかファッション誌にまで出てる道明寺。あの男、見た目だけは昔から良かったよね。どこかのモデルなんかよりずっとカッコいい。眉目秀麗ってアイツの為にある言葉だ。
記憶の中にある男は、少年で、つくしに対してだけに向ける真剣な瞳があった。
一度間違った決断をし、自ら離れてしまい、傷つけたこともある。それでも道明寺はあたしだけを見つめ続けてくれた。
ぼうっとしながらニューススタンドの前にいたが、車のクラクションに意識を戻した。
何をしているんだ、あたし。
警護の皆さんは何事もなく彼らの任務遂行中だが、奥様はニューススタンドの前で立ち尽くしていましたとでも報告が行くのだろうか?
本当なら、道明寺に会うときは、もっと洗練された女で会いたかった。色気があって、大人っぽい女でアイツの前に現れたかった。ところが実物のあたしは、そうたいして昔と変わってないのが実情だ。
でも気にしても仕方がない。
さあ、気を取り直してこれからどこに行こう?
天気もいいし、やっぱり思い出のセントラルパーク?そうよ。もう一度行きたいと思っていた。昔、一度だけこの街へ来た時は花沢類に色々と助けてもらった。
あれは道明寺に会いに来て、追い返された時。もうボロボロの気分で、自分でもどうしたらいいのか解らないくらいの時だった。
そんな事を考えている私の前に向こうから手を振りながら現れたその人。
あまりのタイミングの良さにあたしはどこかで監視されていたのではと思わずにはいられなかった。いつもあたしのピンチの時に現れる人。
白馬に乗った王子様?
背中に大きな羽根を背負って階段を下りてきたりなんかして?
ワーワーキャーキャー? うん、絶対に似合うと思う。
彼は高校時代の友人のひとり。そして道明寺には悪いが初恋の人。
何でも花沢類は花沢物産での仕事があってこちらに来たらしい。
でも、何故こんなに人が多いマンハッタンで、それも世界中から観光客が訪れるこの場所にいるのよ?
「牧野のことは自分の事のように分かるからね」
類は、じゃあ行こうかとあたしの腕を取るとスタスタと歩いて行く。
ちょっと待って。確かに昔、花沢類はあたしの一部みたいだなんて言ったわよ?
でもそれはもう随分前の話なのにこの人は、相変らずあたしの一部でいたいのかと思うほど、いつも気にかけてくれている。
「牧野、司は仕事なの?」
二人してセントラルパークに面したカフェテリアでコーヒーを飲みながら、のんびりと外を眺めているあたしと花沢類。
「うん、アイツは会社に行ったよ。カードを何枚も渡されてね、買い物でも行ってこいだってさ」
なんとなく眺めているそこを、ちっちゃな動物たちが走って行くのが見えた。
へぇ、セントラルパークってリスがいるんだね。
どうでもいいことばかりがつくしの頭の中を過る。だが、やはり一番気にかかるのは、アイツを騙して結婚したことだ。
「ねえ、花沢類、あたしこんな事していていいのかな・・アイツを騙してこんな・・」
つくしは飲みかけのコーヒーをテーブルの上のソーサーに静かに戻した。
「牧野、今更なに? これは司の為でもあるし、あんたの為でもあるんだよ。大河原だってあれだけの事をしてくれて、みんなお前たち2人の為だと思って・・・」
類は優雅に足を組み直し、身体をつくしへと向けた。
「分かってる・・、分かってるの花沢類。 その気持ちは凄く嬉しい・・。でも道明寺が、アイツがあたしを忘れてもう9年だよ?あたしだってもうアイツの事はけじめを付けたつもりでいた。メディアを賑わせる男だから目にしない日はないけど、もう別世界の人間だと思って過ごしてきた。あいつが滋さんとの結婚を承諾した時も、それはそれで仕方のない事だと思ってた・・・」
つくしはそうは言ったが、それは本心でないと自分自身わかっている。だから花沢類の顔を見ることが出来そうにない。類はつくしのことになると、各段に勘の良さを発揮する。
そして簡単につくしの嘘を見破るからだ。
「牧野、たとえ大河原との結婚が無かったとしても、いずれいつかは政略結婚的なことがある男だよ。今回、つかさの会社と大河原との事業統合が上手くいった訳だから、気にしなくていいんじゃない?司の母親だってもう文句ないはずだよ?これ以上息子の人生を振り回してどうするんだよ?これからは司ももっと自分の人生について考えた方がいいんだよ」
あたしは花沢類がこんなふうに語るのを見たのは、あの時以来だったような気がする。昔アイツを追いかけて来たこの街を去る時以来かもしれない。
「牧野いいか?この結婚は俺たち皆が素直じゃない牧野に少しでも司と一緒に過ごしてもらって、あいつがお前の事を思い出せるチャンスだと思ってプレゼントしたんだと思ってよ。大河原だってもう司のことなんてどうでもいいから他の男と結婚したんだし、牧野が何か気にするようなことはないんだから」
そう言い残し、花沢類は冷たくなったコーヒーを飲み干すと、仕事の事は気にしなくていいから、じゃあまたねと軽く手を上げて去って行った。
プレゼントって言っても人生が掛かってるけどね。
つくしは心の中でそう呟いていた。

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