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2018
06.09

出逢いは嵐のように 41

高速道路をハイスピードで走れば見ることのない景色というものがある。
それは見る必要もない景色でありどうでもいい景色。
それと同じで普段なら車窓を流れる外の景色など、どうでもいいと見ることはない。
だから街中で大勢の人間の中から一人の女に目が行ったのは、車のスピードが出て無かったからであり偶然がもたらしたに過ぎなかった。

だがもし司が女を見つけなければ、金を取られただけで終わらなかったはずだ。
当然女も自分の身に何が起こるか想像は出来たはずだ。
そしてブルブルと震え始めたその身体では、ひとりで歩けないことは分かっていた。
怯えた顔は過ぎ去った恐怖を思い出していたからだ。
だから司は抱き上げたが、捕まってろと言われた女は、彼の身体にしがみつくようにして首に手を回したが、両腕は細かった。

司は以前牧野つくしが会社で倒れ医務室に運ばれたとき、抱き上げ病院へ連れて行ったことがあった。あの時は捕まっていろとは言わなかった。だが今この瞬間首に回された腕と同時に押し付けられたのは小さな胸。たがわざと押し付けた訳ではない。その証拠に女の身体の震えが収まることはなかった。


薄暗い路地から大通に出たところに車は止められていた。
乗り込んだが女は俯き、両腕で自分の身体を抱くようにしてじっとしていた。
司はその様子を暫く見ていたが、「大丈夫か?」と俯いたその顔に声をかけた。
すると女は小さく頭を縦に振ったが、とても大丈夫なようには思えなかった。
考えてみれば、それもそのはずだ。恐怖心というのは、そう簡単に薄れるものではない。
だから余計な言葉をかけることなく黙っていたが、女も黙ったまま何も言わなかった。
いや、言えないことは分かっている。
震える身体が今の精神の状況を如実に表しているからだ。
もしかすると泣いているのかとさえ思った。


車は暫く走り、運転手から向かう先の確認があったが、司がペントハウスへ、と言うと女は顔を上げ彼を見た。その顔は青ざめていたが泣いてはおらず、ただ戸惑いが感じられた。
司は腕時計に目を落とした。時刻は11時を回っていた。

「今夜はひとりでホテルにいるより誰かといる方がいいはずだ。それに心配するな。部屋はいくらでもある。そこで休めばいい。それに言っておくが俺に襲われると思ってるならその心配はない」

その言葉は本心からであり、司の感情としての美奈のために女を懲らしめてやりたいといった思いとは別だ。それに男に襲われそうになった女を無理矢理どうこうするほど司は落ちぶれてはいない。

「….すみません。ご迷惑をおかけします」

女の表情が安堵の色に変わり、司の申し出を断わることなく受け入れたのは、強いショックを受けたことの表れだ。誰も知り合いのいないこの街でひとり部屋にいることに、たった今起きたことを思い出すではないが、言葉に出来ない恐怖を感じているのだろう。

そしてこの街で唯一の知り合いと言えるのが司だとすれば、頼る相手は彼しかいない。
それに司は牧野つくしの上司であり、今の女の立場は秘書だ。
上司が部下の心配をするのは当たり前であり、部下である女がそれを受け入れることに多少の躊躇いはあったとしても、今のこの状況下では断ることは出来ないということだろう。

やがて女の緊張も緩んだようだ。
黙り込んだままだが大きな黒い瞳に光りが戻り始めていた。だがそれが見えたのは一瞬で依然として顔は青白く血の気を失っている。それに膝の上に置かれた鞄の上でギュッと握られた手は小さくだが確かに震えていた。









車がペントハウスに到着したのは、11時40分。
行き交う車も人も少ないのは、ここがタイムズスクエアとは違い「超」が付く高級住宅街に立つ建物だからだ。そしてそんな場所で真夜中にうろつく人間がいれば不審者と認定される。
そして建物に24時間常駐している銃を持つ人間が、彼らがここで犯罪行為をすることを許さないはずだ。


牧野つくしはニューヨークに到着したその日、司のペントハウスで食事をしたことがあり、中の様子は知っていた。
だが知っているのは食事をした部屋であり、他の部屋は知らない。だから司が案内しなければ知らないのは当然だが、今夜のような事件の後では、何もする気にならないはずだと思いながら、女を部屋に案内すると扉を開け、壁にあるスイッチを押し明かりをつけてやった。

「ここはゲストルームだ。必要な物は揃ってるはずだ。バスルームは奥にある。今夜はここを使え。それから明日は休め」

「でも….」

「無理するな。怖い目にあったんだろ?俺はお前の上司であって鬼じゃねぇ。いいから休め。それからお前の荷物だが今取りに行かせてる。どうせこの街はあと3日だ。ここに移ればいい」

女は「でも」と言ったがそれ以上司に反論しなかった。
それどころか素直に頷き、ありがとうございますと言った。
それを意外だと思ったが、反論する元気がないのだろう。
そのことを少し残念だと思う自分自身が可笑しかったが、腕時計に目を落とせば時刻は間もなく12時を迎えようとしていたこともあり、いいからもう休めと言った。

司は頭を下げる女を残し、部屋の扉を閉めた。
だが少しのあいだ部屋の前で息を詰め中の様子を窺っていた。
立ち去り難い訳ではないが、女の様子が気になっていた。すると中からガタンと何かが倒れたような大きな音がした。

「どうした?大丈夫か?」

思わず声をかけたが、「大丈夫です。すみません。スタンドを….ライトを倒してしまいました。でも大丈夫です。ご心配をかけて申し訳ございません」と答えた。









司はリビングに引き上げ、上着を脱ぐとソファに放った。
そしてネクタイを引き抜き、テーブルに投げシャツの前を寛げた。
キッチンへ行き冷蔵庫からミネラルウォーターを取ってきてソファに腰を下ろし、暫くじっとしていた。
そしてテーブルの上のシガレットケースから煙草を取り出し火を点け、ソファにもたれ煙を深く吸い上に向かって吐き出した。

自分が何をしようとしているのか考えなければならなかった。
司は女が泣くことを望んでいて、本来ならこれは絶好のチャンスだったはずだ。
弱っている牧野つくしを気遣う必要などなく、放っておけばよかったはずだ。
強盗だがレイプ魔だか知らないが、成り行き上、助けたのだからホテルへ送り届けるだけでよかったはずだ。
だが俯いた顔が上げられ、大きな黒い瞳が司を見たとき、何故かそうは出来ない男がいた。





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コメント
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dot 2018.06.09 08:57 | 編集
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dot 2018.06.09 17:43 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
ついに司の心情に変化が現れました。
下から見上げる黒い瞳ではありませんが、何か感じるものがあったのでしょうね。
あきらの言った身贔屓は先入観の元になるの言葉を思い出すのでしょうか。
気になりはじめると、色々なことが気になるものです。
さあ、司はどう出るのでしょうか?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.06.10 00:37 | 編集
さ***ん様
副社長。つくしの黒い瞳にやられた。
うるうるとした黒い瞳だったのでしょうか?
それとも一瞬垣間見た凛とした瞳か?
恋に発展するのか。それとも彼女に罰を与えようとするのか。
う~ん....司の揺れ始めた気持ちはどちらに傾くのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.06.10 00:42 | 編集
ア*******ク様
こんにちは^^
司の気持が動き始めたようですね?
さて、この段階でつくしが隆信の不倫相手ではないことを確かめるのでしょうか。そしてNY滞在もあと僅かとなりましたが、ペントハウスへ連れ帰ったことで何か変化があるのでしょうかねぇ(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.06.10 00:49 | 編集
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dot 2018.06.10 07:13 | 編集
童*様
美奈の旦那の身辺調査がきちんとされているのかどうか。
う~ん、どうなんでしょうねぇ?
そして先入観を持ち過ぎることはよくないとあきらに言われたはずです。
身内に甘い叔父様が真実を知るのはいつなのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2018.06.11 21:22 | 編集
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