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2018
05.19

出逢いは嵐のように 25

ここ数日間雨が続き洗濯物を部屋干しにしているが、今の季節屋外でも室内でも乾きが悪いことに変わりはなく、仕事を終え自宅に帰っても洗濯物はいまひとつ乾きが悪かった。
6月の雨はまだ暫く続きそうで、太陽が顔を覗かせるのはもう暫く先になるとテレビのお天気お姉さんは話していたが、気象衛星から送られてきた画像は、白い雲が関東地方上空にしっかりとかかっていた。

チャイムの音に転がるような勢いで飛び出して来たのは、隣の部屋に住む岡村恵子の飼い犬のレオン。
レオンも雨続きで散歩に行くことが出来ないでストレスが溜まっているはずだ。きっと誰もいない日中、ベランダが見える窓に張り付きどんよりとした空を眺めていたはずだ。
だがそんなチワワは小さな尻尾が取れてしまうのではないかというほど、ブンブンと激しく振ってつくしの訪問を歓迎していた。そして抱いてくれと足元でジャンプをした。

「レオン!元気にしてた?ほらお土産よ?」

つくしはレオンの鼻先に彼の大好きなササミジャーキーを差し出した。
するとレオンは嬉しそうにお座りをしてみせた。そしてつくしがヨシっと声をかけるとレオンは小さな口にジャーキーを咥え部屋の奥へと戻って行ったが、牧野さんどうぞ入って下さいと部屋の奥にいる恵子から声をかけられると、つくしも靴を脱ぎリビングへと向かった。

「牧野さんいらっしゃい。この前はお肉のお裾分けありがとうございました。あんな美味しいお肉食べたの初めてで、びっくりしちゃいました。わさび醬油で食べたんですけど、本当に美味しかったです。噛まなくても食べれるお肉ってああいうお肉のことを言うんですね?本当ありがとうございました。お茶でもいれますからどうぞ座って下さい」

と言われたつくしはレオンを抱き上げ椅子に座った。そして膝の上にレオンを抱え恵子がコーヒーを淹れる様子を眺めていた。
恵子が言った美味しいお肉とは、先日副社長がつくしに持たせてくれたA5ランクの黒毛和牛。いくら冷凍が効くとはいえ、そう何日も冷凍しては肉も味が落ちる。それに美味しいお肉を恵子にも食べさせてあげたいと思い翌日持参した。
そしてつくしは、今夜こうして隣人を訪問した理由を話しはじめた。

「恵子ちゃん、あのね。私来週から副社長に同行してニューヨークに出張することになったの。だから暫く留守にするから、それを伝えようと思って」

隣人の生活音が聞こえないと、もしかすると倒れているのではないか。
そう思われては恵子に心配をかけると考え留守にすることを伝えに来た。

「ニューヨーク?!凄いですね?それも副社長と一緒だなんて凄いじゃないですか!私も一度行ってみたいと思ってるんです。マンハッタンで買い物したり自由の女神を見たりそれから本場のミュージカルを見たいと思ってるんです。でも東海岸となると遠いですよね?それにベストシーズンに行こうと思ったら高いじゃないですか。それなのに牧野さん出張で行けるなんて凄いラッキーですよね?」

「うん….」

つくしは恵子が凄いと喜ぶニューヨークへの出張を素直に喜ぶことが出来なかった。だから彼女のはしゃぎっぷりに対し言葉が続かなかった。
そして膝の上でわさわさと動き始めたレオンを床に降ろした。するとレオンは喉が渇いたのか水飲み器へ向かい水を飲み始めたがその様子を黙って見ていた。

「あれ?どうしたんですか?嬉しくないんですか?だって道明寺副社長に同行ですよね?私は会社員じゃありませんからよく分かりませんが、副社長に同行出来るって凄いことじゃないんですか?」

「うん。凄いことに間違いはないんだけどね。なんだか気が重いというか」

「え~?どうしてですか?道明寺副社長と出張に出るなんて社員として名誉なことだと思いますけど違うんですか?」

恵子の言うことは正しい。
単純に考えれば名誉なことだと思う。
道明寺という大企業に就職した大勢の人間のうちどれくらいの人数の人間が副社長の傍にいることが出来るのか。それを考えたとき、恐らく入社した時点で企業の幹部候補生としての人選が行われていて、そういった人間だけが出世の階段を登って行くのが大企業の人事だ。だから選ばれた優秀な人間だけが副社長の傍にいることが許されるはずだ。
それなのにまったく別のルートから現れ、彼らより遥かに低いレベルにいる女が副社長に同行してニューヨークへ行くなど誰が考えても不思議に思うはずだ。
だがそれは、ひとえに副社長が惚れたという女を同行させるに過ぎないことを知っているのは、つくしが一緒に働く別室の仲間だけ。

少し前までつくしに対し遠慮なく話かけていていた若い沢田は、あの日以来妙に緊張した面持ちでつくしに仕事を頼むようになった。
だがそれがつくしにとっては居心地が悪い意外の何ものでもなく、思えば歓迎会で沢田がつくしの恋人に立候補します、の発言が副社長の気持に火をつけたとすれば、こんな状況に追い込まれたのは沢田のせいだ、といった思いもあるが既に物事は進んでいて取り返しの無い状況とまでは言わないが、つくしは来週から2週間ニューヨークへ行くことになった。

そしてあの日。副社長の思考を確実に読み取った一番年上の財務の小島は、訊けば東大法学部卒業という。そして頭のいい彼のような社員が道明寺には大勢いるのだから、誰もが副社長の意向を汲み上げることが出来るのだろう。

一流企業で出世していくためには、上司の覚えめでたくなければならないことは重々承知しているが、それでも一人の男の思いを実行することを当たり前のように考える彼らは、恐ろしいほど副社長に忠実だ。だがそれが最強のオーナー企業と言われる道明寺ホールディングスの社員の実態だ。

「あのね、恵子ちゃん。詳しくは話せないけど会社勤めって色々とあって難しいんだけど、社員でいる限り働かなきゃ食べていけないでしょ?だからやるしかないのよね」

つくしは自分自身に言い聞かせるように言ったが、まさか恵子に副社長から惚れた。付き合って欲しいと言われ、この出張がひとえに男の目に止まったからだと話せるはずもなく、来週から留守にするから何かあったらよろしくね。とだけ話しをしてレオンにも暫く留守にするからね。と言い持参していたササミジャーキーの袋を恵子に渡し部屋を後にした。

そしてマンション管理人の桐山にも暫く留守にすることを伝えたが、分かりました。お気を付けてと言われたが、管理室の掲示板に貼られた不審者情報は今もそのまま貼られていた。
だが桐山の話では、あれから不審者が現れたことはないと言う。


それからつくしは桜子に電話をかけ、先日あった歓迎会の話をしてニューヨークに行くことを伝えたが、電話口の向うから聞こえていた声が、
『先輩。何かありましたね?』
と話が一段落ついたところで唐突に切り出され言葉に詰まった。
そして『先輩。何かあったんですよね?そうですよね?正直に言って下さい。その歓迎会で何かあったんですよね?』
と執拗に迫られ実は….と話し始めたが、

『嘘!道明寺副社長が先輩に惚れたって言ったんですか?本当に?冗談じゃないですよね?いえ。冗談の方が本当のような気がしますけど、それって本当なんですか?』

鼓膜が破れるのではないかというほど大きな声で返されたが、そんなことで嘘をついてどうするのかと本当だと答えるしかなかった。

『信じられない!あの道明寺副社長が先輩に惚れたって…..先輩白昼夢を見たんじゃないですか?』

「白昼夢なんて見てないわよ」

つくしは冷静に言葉を返したが、あれが夢ならよかったのにと思っていた。
ひと前で告白されたことなどなく、ましてや相手が上司であり大企業の経営に携わる男の大胆な行動は、あの場所にいた人間を驚かすと共に、つくしにとっては副社長のような男と付き合ったことがないだけに、自信満々で迷いのない視線に見つめられ、手を握られたかと思えば唇を寄せられ、顔が赤らむのが分かった。

『じゃあ幻聴だったとか?耳。大丈夫ですか?訊き間違えたんじゃないですか?』

桜子のその言い方は、耳の穴ちゃんとかっぽじって訊いたんですか?と言っているようなもので、つくしの言葉は嘘だと言っているようなものだ。
だがつくしにしてみれば、思いは桜子と同じだ。まさか。どうして。何故?と言葉を羅列したい思いだ。だが副社長がつくしをニューヨークに同行することに決めたのは、副社長の思惑といったものが働いているのは間違いない訳で桜子が興奮するのも分かる。

何しろ桜子はつくしが道明寺に出向すると決まった時から羨ましさ全開で、高級鉄板焼きの店で肉をご馳走されたことを話した時もしきりに何かあったんじゃないですか?と訊かれたが、あの時は惚れたとかそんなことを言われた訳ではなく、貧血で倒れた部下にご馳走してくれただけだ。とつくしは思っていた。だが今となってはそれが間違いだったのは言うまでもない。何しろ滝川産業の応接室で会った時から全神経はお前に向いていたと言われたのだから。


『やっぱりね。先輩お肉をご馳走になったとき口が堅かったですけど、そういうことだったんですね?それにしても私と先輩の仲なのに随分と水臭いですね?そうならそうと教えてくれてもいいじゃないですか?』

桜子は電話口の向うで黙り込み返事をしなかったつくしに業を煮やしたのか、勝手な思いを膨らませ始めた。

「あのね、桜子違うから。あの時は本当に何も言われなかったし何も無かったの!ほ、惚れたって言われたのは、この前の歓迎会の時が初めてで、それ以外でそんなこと言われたこともなかったし、私はその気はないしどうやって断ろうかと思ってるのに水臭いもなにもないでしょ?」

つくしは受話器に向かって訴えたが、桜子は『へー。そうですか。先輩がそう言うならそう言うことにしておきますけどニューヨークで何かあったら絶対に教えて下さいね?』
と気のないようであるような口調で話しを締めくくったが、最後に付け加えるように言われたのは、

『先輩。2週間出張だなんて言ってますけど、それ本当に出張ですよね?まさか婚前旅行なんて言わないですよね?』

と言われ、話が飛躍過ぎる桜子の言葉は、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からなかった。


それにしても、『ニューヨークにいる間に俺を知ることになるはずだ』とあそこまでストレートに言われた女は、どんな態度を取ればいいのか。
つくしは来週からの出張の準備をすべく、クローゼットの中からスースケースを取り出していた。





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コメント
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dot 2018.05.19 10:02 | 編集
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dot 2018.05.19 14:41 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
さて、NYに出張することをお隣さんと管理人さんと桜子に話したつくし。
しかしつくしは副社長の突然の行動にどうしたらいいのかと困っています。
来週からNYへ2週間。二人の間に変化が見れるのでしょうか?

それにしても、そんなことを書いていましたか(笑)
読めば読むほど恥ずかしいですね?(笑)
黒い司のお話。途中まで書いているのですが脱稿目指します!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.05.19 23:35 | 編集
さと***ん様
恵子。やはり肉をもらっていました。
そして桜子は敏感につくしの変化を感じ取る。
さすがですね?
さて、司のNY出張に同行することになったつくし。
この出張が婚前旅行になるのでしょうか?
二週間で二人の間に何か起こるのか?起きないのか?
自信満々の副社長はNYで何か考えているのでしょうかねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.05.19 23:46 | 編集
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