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2017
10.02

もうひとつの橋 16 

愛という言葉は人を滑稽にする。
それはタキシードにスニーカーを履いているのと同じという具合で、人が他人を愛する行為はまさに喜劇のようだと冷たく笑っていた。

だがそれは、彼女を愛することを知らなかった日までのことだ。

かつて司の周りにあったのは、口先だけの愛。
贅沢な装いに、贅沢な暮らし。周りにいたのは、そんなものを求める人間ばかりで心がなかった。心が見えなかった。だから他人の心を求めたことは無かった。求めたところで、本物の心が与えられるとは考えたことなどなかった。

金や高い地位がある男に擦り寄って来る女は豚にしか見えず、そんな女たちが男たちへ自らの身体を差し出し、対価として受け取った高価な宝石を身に付けた姿は、まさに豚に真珠としか思えず、嘲笑の対象としかならなかった。

けれど、一番大切だった人の記憶を回復し、その人の存在を感じられるこの国へ戻ってくれば、彼女が欲しいといった思いに駆られ、たとえその女性に夫がいても彼女に恋をしている。彼女が欲しいと感じる。
そして、その夫の存在といったものが、本物ではないと知れば、募る思いを止めることが出来なくなっていた。

だが世間から見れば、他の男と結婚している女が好きだということを、滑稽だと思うだろう。
そして笑う人間がいるだろう。けれど笑われても構わない。司にとって本物の女は、彼女しかいないのだから。






「篠田雄一に会うって・・お前あいつの夫に会ってどうするつもりだ?」

司は総二郎の問いかけに黙った。
切れ長の瞳に浮かんだ光りは鋭く、何人たりとも寄せ付けないといった目をしているが、親友の言葉に鋭さが和らぎ、いっとき瞼を閉じたとき見えたものがあったのか、その瞳には何らかの思いが感じられた。

「まさか、お前、篠田雄一に会ってあいつと・・牧野つくしと離婚してくれなんて言うつもりじゃねぇよな?」

実力行使をする。
無理矢理別れさせる。
そんなことをしても心がそこになければ意味がない。
心がない抱き人形は必要ない。そのことは、十分過ぎるほど分かっている。

司が欲しいのは、何千万とするような高級な車を好む女ではなく、縁日の屋台で売られている何百円という食べ物で満足するような女。スーパーの安売り食材でいかに美味い料理を作ることが出来るかを自慢する女。平凡な暮らしが一番いいと言い、しゃれたクラブや豪華なパーティーは苦手といった女。価値観の違いがあったとしても、司を本当に幸せにしてくれるのは、そういった女だ。

愛する者のみが人を変えることが出来る。
かつて司も彼女から愛されることにより、また彼自身が彼女を愛することによって変わっていったことを実感した。

押付けられる愛で変わることは出来ない。
そんなもので到底心が癒されるはずもなく、逆に苛立ちを感じていた。

今振り返ってみれば分るものがある。
それは、記憶を失い彼女以外の女が傍にいたとき感じた思いだ。どうしようのなく苛立ち、怒りの感情だけが湧き上がり、だが、どうして自分がこんなにもイラつくのかが、分からずにいた。


「おい・・司。会ってどうすんだよ?マジで会うつもりか?相手は病人だぞ?三条も言ったよな?あと少しくらい我慢しろって。その意味分かってんだろ?」

総二郎の声は、いい年をした男が無茶をすることはないはずだと、余命幾ばくもない男を相手に何かするはずがないと。だが杞憂に終わるはずだと思っていたことが、現実のものとして起こるのではないかと心配していた。
まさかとは思うが、恫喝しないとも限らないと。


「総二郎。お前なんか勘違いしてるだろ。俺は篠田雄一に今すぐあいつと別れろと言うつもりはない。ただ、話がしたいだけだ」

余命宣告を受けた男の行く道は決まっている。
そんな男に対し、何かするのではないかと思われていることは心外だったが、確かに彼女と出会う前なら、そんなことも平気でやっているはずだと皮肉めいた笑みが浮かぶ。
しかし、そんなことをすれば、彼女が悲しむことは目に見えている。

仮に、彼女と別れて欲しいと言ったとしよう。そして雄一が受け入れたとしても、彼女は、はいとは言わないはずだ。逆に何故今更別れる必要があるのかと問うはずだ。自分の意思で雄一との結婚を決めた女の思いは、大きな何かに突き動かされた結果であり、最期まで傍にいることが、自分の使命だと思っているはずだ。


「・・けど話がしたいって・・一体何の話をするつもりだ?」

「話か?その男が、篠田雄一という男がどんな男か知りたい。紙の上だけで篠田雄一を知ることは簡単だが、人間ってのは会って目を見れば頭の中で何を考えてるか分かる。
それに牧野は友情に基づく結婚ってのをしたんだ。それなら相手の男は牧野にそうさせるだけの何かがあるからだろ?少なくとも人間として惹かれた男のはずだ。だからどんな男か知りたい。あいつがどんな男に魅力を感じたのか」

悔しいがこの気持ちは、類に対し感じたものと同じだ。
遠い昔、あの二人の間には、どうしても入り込めない二人だけの空気といったものがあった。

「それって敵を知るってことか?」

「・・いや。敵だとは思ってねぇ」

そう言って否定はしたものの、それは本心かと問われれば、複雑な心境だ。
相手の男には未来がない。だから慈悲をかけてやっているのか、と問われれば、そうだと答えるかもしれない。だがそれは命に関することであり、そんな男を笑うことは出来なかった。

「じゃあいったい何なんだよ?」

「そう聞かれても困る。けど、会う必要がある」

自分の為に会う必要がある。
それだけは確かな事だ。








三条の話を聞いた日から既に3週間が過ぎていたが、金沢の街を訪れることが出来ずにいた。
急遽スケジュールに組み込まれた海外出張。そして、それによって延期になった会議が連日続き、毎夜、たまった書類に目を通し、執務室をあとにするのは真夜中を過ぎていた。

だが、近いうちに必ず篠田雄一に会いに行くつもりでいる。
好きな女に夫がいて、その人物が亡くなることが分かっているのなら、亡くなるのを待ち、自分のものにすればいいといった考え方をすることも出来る。だが亡くなってからでは遅いのだ。どうしても生きているうちに話しがしたい。



司より年上の男は、秘書としてNY時代から傍にいた。
その男が執務室の扉の内側へ一歩足を踏み入れ、彼に向かって話かけた。

「副社長。受付から連絡があり篠田という人物が、お会いしたいと来ております。約束はございませんがいかがいたしましょうか」

その言葉に咄嗟に頭に浮かんだのは、篠田つくし。
だが彼女がいきなり現れるはずがないと思うが確認した。

「どこの篠田だ?」

「はい。金沢です。金沢の篠田と名乗っているそうです」





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コメント
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dot 2017.10.02 08:40 | 編集
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dot 2017.10.02 21:47 | 編集
司×**OVE様
おはようございます^^
篠田さんと会って話をする。そう考えていたところへ、篠田さんが!
さて、どちらの篠田さん?(笑)
どちらの篠田さんにしても、一体どんな話がされるのでしょう。
今は耐える時。そうですよね・・。17年も忘れていたのですから。
頑張れ司!!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.02 23:06 | 編集
pi**mix様
司、3週間仕事をしながら色々と考えていたところへ、いきなり篠田と名乗る人物が現れました!
そうですね、雄一さんは敵ではありません。
しかし、夫の立場にいる男ですから司にしてみれば複雑ですよね。
はい、カレーライス作り置きの日。何気なく司の話題がありましたねぇ。
あの日、あれから何かあったのでしょうか?
アカシアの脳内のHDDも古いです(笑)昔のことはよく覚えているのですが、新しく頭に入ったことは、忘れがちです(笑)
さて、大人になった司は今後どうするのでしょう。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.02 23:19 | 編集
H*様
17年も忘れていた女ですが、記憶が戻った途端、愛しい女に変わる司。
そこへ篠田と名乗る人物が!さて、どちらの篠田さん?
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.10.02 23:27 | 編集
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