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2017
05.14

Collector 55

Category: Collector(完)
貴が社長執務室から退室したあと、扉の外で待っていた若い男の秘書は、頭を下げながら見送った。そしてすぐ司に同行していた秘書室長に連絡をした。
その声は、慌てふためきながら、NYから会長がお見えになったと伝えていた。



「社長。先ほど会長が社へお見えになられたそうですが、社長室をご覧になりお帰りになられたそうです」

車で移動中の男は、全身を深く座席に預けた姿勢で秘書の報告を聞いていた。
その報告は意表を衝かれた訳ではない。あの男がNYを発ったと聞いた時点で、物見遊山に日本に来るとわけではないと知っていた。そして当然だが社に来ると分かっていた。
司は暫く手にしていた煙草をくゆらせていたが、窓を少し開け、煙を外へと逃していた。

「あの男、どうせ社長室でUSBを探したんだろうが、そんな簡単に探せるような場所にあると考えるなんぞ、あの男もヤキが回ったか」

今、司が手にしているのは、財閥が贈った賄賂の受け渡し先である政治家や官僚のリストだ。その内容が白日の下に晒されれば、一大スキャンダルとなる。
司は、父親の出方を待っていた。あの男なら必ず取返しに来ると分かっていた。
そして案の定、自ら東京までやって来た。それはひとえに、リストを公開しても何の特にもなりはしないと、息子を説得するため来たとしか思えなかった。
そして実力のある大物政治家の後援者を務めている財閥が、窮地に陥ることになると、わざわざ言いに来たはずだ。

だが急激な改革は難しいと言われる大企業に於いて、ワンマンとも言える手法でビジネスを展開してきた男は、財閥のビジネスのやり方を変えようとしていた。例えそれが財閥にとって厳しい局面を迎えることになろうと、構わないと思っていた。

急激な変化にアレルギーを起こす人間もいるだろう。
だが、腐った場所にメスを入れ、患部を切り取り、蛆が湧いた身体を元に戻すことが必要だ。
そうすることが、今後の財閥のためにもなる。

今まで勝ち続けた勝負の世界だが、それが生きる目的となっていた訳ではない。ただ、動かされていただけの人生。金を儲けることが、金の為に別れたと言った彼女への復讐だった。
ただ、それだけの為だ。勝利の味などどうでもよかった。






「社長は今の財閥のビジネス展開を変えると仰いましたが、そう簡単に変えられるものではないと思いますが・・」

秘書室長は、当人を前に面と向かって言うのは憚られるが聞いていた。
彼は高校生の頃の司を知っていた。かつて母親楓の秘書として仕えていた男は、牧野つくしとの経緯もよく知っており、一見してどこが魅力的かわからない少女を好きになって行く少年の心の変化を間近で見ていた。だがひとつ違いの少年と少女の淡い恋は、長く続くことはなく、少年の胸に広がっていく深い闇も間近で見て来た。やがて少年は、彼の持っていた激しさを内に込め、そこへ絶望と希望だった思いを歪な形で閉じ込めてしまっていた。そして、自分の父親と同じような道を歩み始めていた。

そんな少年だった男の10年の歳月を知る秘書は、男の急激な変化がもたらす嵐を予感していた。


財閥が買収計画を立てていた企業を物産に譲ると言ったことが今でも信じられずいいた。
あの企業が持つ好立地と呼ばれる駅前の土地の価値は高い。売却して利益を得ることも出来るが、再開発すれば、道明寺のデベロッパーとしての地位もより一層高まる。それを財閥は、花沢物産が買収寸前だった会社を奪い取った代わりに譲るというのだ。
あのとき、花沢社長にそのことを伝えた男は、ひと仕事終えたような表情だった。

今の会長である貴が築いた政治家との関係もそうだが、息子である社長が得意とする企業買収。M&A(合併や買収)と、言えば聞こえはいいが、事実は買い叩くようなやり方で吸収していく手法。
父親である貴が日本型企業から世界的企業へと財閥を発展させた上をいく息子のビジネスのやり方は、だれもが真似出来るものではない。だがそれを変えるというのだ。
これからは正攻法で行くと。
洗練され、容姿端麗だが、そこら中に悲劇を生じさせると言われていた男が、変化を求め変わろうとしていた。

その思いはある女性と出会ったことにある。
正確に言えば出会ったのではない。再会したのだ。
若かった男が恋をした、たったひとりの女性と。

それまでの男は仕事に対しても、人生に対しても何らかの思いを封印して生きていた。
だが時おり見せる激しい怒りや、孤独を背負った姿があった。
この世に生きて何が楽しいのかといった姿は、近くにいた者なら分かるはずだ。

自分の前にある全てのものをねじ伏せることが出来るだけの力を持つ男に、恐れるものなどなく、行く手を阻む者がいれば排除するだけ。時折、何かの怒りにかられたのか手にしていたグラスを己の手で潰し、血まみれになっていた事もあった。
それはまるで自分の手で己のその身体を傷つけても構わないといった姿。
狂気が宿ると言えるほど荒んだ姿があった。


だが、今は違う。

一人の女性への思いがそこまで男を変えるということに、秘書は息を呑む思いでいた。
長い時の中、風化することなく思い続けていたという女性。それは憎しみと愛情が混ざり合い、心の奥底、誰も気づかれない場所に留められた女性だ。そしてその女性を思う気持ちは暗い炎となって心に住み着いた。だが心を焦がすこともなければ、消えることもなく、青き炎となって燃え続けていた。

人にも物にも執着などないと思われていた男が、はじめて見せた執着心がその女性に対してだ。社長である自分の上司が、女性がいた山荘へ頻繁に通っていたことは勿論知っている。
そしてその女性が銃で撃たれ、重傷を負ったことも。
その事が社長である男の何かを変えた。

この人は本気なのだ。
思いつきや、気まぐれで行なおうとしているのではない。本気で財閥の今までのビジネスのやり方を変えようとしている。その為の戦う武器を手にした男は迷いがない。
その手にあるものは大ナタとなるのかもしれない。だがそれを振り下ろすとき、果たして財閥はどうなるのか。



「・・そんなにおかしいか?俺の行動が?」

司のこだわりのない物言いに、秘書は驚き咄嗟に返事が出来なかった。
執務室での司は社長に相応しく硬い感じを与えるが、今の男はどこか違う。

「・・・申し訳ございません。差し出がましいことを申し上げました。・・ただ、今までのやり方とは随分と方向性が違って来たように思いましたので。ちょうど会長もいらしていることですから、その点のお話しをされてはいかがでしょうか」

「あの男と何かを話し合う必要があるとは思えねぇんだわ」

「しかし会長にも立場がありますので、やはり立場を考えませんと。それに今回あの会社を花沢様にお譲りになるというのは_」
慌てて言葉を返したが遮られた。

「今のあの男に立場があると思うか?会長なんぞただの飾りだ。社長の俺がいいって言ってんだ。俺のやり方に文句を言わせるつもりはねぇ」

司は決然と言い放った。
今まで親の言いなりだと言われてもおかしくない彼のビジネス。
業績は常に上向き、血の気の多い後継者に進言する者などいなかったが、司は今までのやり方に懐疑的になっていた。

「・・それにあの男には職を退いてもらう」

「しかし_」

「いいか。あの男は人を後ろからでも平気で撃つ男だ。自分の邪魔をする、盾突く人間は平気で切る。西田、おまえも分かってんだろ?俺があの男に歯向かうってことがどういうことか」

楓の傍にいた男は、あの男のことも理解しているはずだ。
そして司の言わんとすることも理解していた。そんな秘書の頭を過ったのはまさか、の思い。

「しかし、社長はご子息であり、跡継ぎです。いくら会長でもそのようなことはなさならいでしょう」
秘書は軽く眉をひそめていた。

「・・だろうな。けどな。その代わり何をするか分かんねえ男だ」

道明寺財閥の直系の跡取りは司ただ一人。
血筋を重んじる道明寺貴は、彼の存在を蔑ろにすることは出来ないはずだ。
そして息子を己の所有物のように考える男は、血の繋がりを永遠の繋がりだと考えている。
だがそんな息子に不意の優しい言葉をかけるなどありはしない。そんなことを望むこと自体が間違っている。

二人の間に親子といった感情などなく、今までもあったのは、ただのビジネス関係だ。
ビジネスの世界は非情だ。やられたらやり返すはあたり前のこと。
それは過去の自分にも言えたことだ。
長い年月が、潰してきた会社がそれを裏付ける。
後ろから撃つことも、前から切りつけることも平気でして来た。
人の命の重さなど、どうでもいいと切り捨ててきた。

「だからこそ、切られる前に切る。俺は道明寺の家がどうなろうと関係ねぇけど、会社を守るためにはすることがあるだろうが」

司は秘書を見ることなく、真っ直ぐ前に視線を向けた姿勢で言い切った。
血の通った経営をしたい。かつて経営とは非情さを求めるだけと思われていた男が、今さら何を青くさいことをと一蹴されることは、目に見えていた。

だが、今ここにいるのは、互いの闇の部分に刃を向けることを選んだ男だ。
そして刃を交える先にいるのは自分の父親だ。

闘いはどちらかが徹底的に打ちのめされるまで続けられるはずだ。
道明寺親子の確執。
どちらが支配的かと問われれば、秘書はどう答えたらいいのか困るはずだ。





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コメント
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dot 2017.05.14 06:29 | 編集
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dot 2017.05.14 12:39 | 編集
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dot 2017.05.14 16:58 | 編集
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dot 2017.05.14 23:44 | 編集
す*ら様
父親追放・・そうですね。
司はこの先どうするのでしょうか。
ビジネスは非情です。
現実社会でも、親子であっても色々とある会社もあります。
さて、司の場合はどうするのでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^

アカシアdot 2017.05.15 22:16 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
秘書である西田さんは、司が良い方にも悪い方にも変わっていく様子を見てきました。
人間は些細なことで、変わる・・それを見て来た人ですね。
西田さん、今の司とつくしを見てどう思うのでしょうね。
本当に気温の変動が激しいですね。確かに身体がついていきません(笑)
バランスを取るのが難しい・・そんなこの頃です(笑)
司×**OVE様もお忙しそうですね?お身体ご自愛くださいませ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.15 22:19 | 編集
とん**コーン様
お久ぶりです。こんにちは^^
いつもお読みいただき有難うございます。
いよいよ直接対決・・この親子、親子であって親子ではありません。
しかし誰よりも血の繋がりを感じさせる外見です。
頑張れ司!(笑)乗り越えなければこの先はありませんからねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.15 22:21 | 編集
pi**mix様
こんばんは^^
秘書は西田さんとはっきりと明記したことはありませんでしたので、読み落としではありません^^
西田さん。デビさん(笑)そうですよね、ドラマの西田さんはデビさんでしたので、イメージとして彼の姿が浮かび上がってきますよね?本編では殆ど出てこない方ですが、やはりドラマの影響は凄いですね?
そして私も恐らくですがpi**mixs様と同じ気質かもしれません(笑)
こちらのお話しは、司の感情の移り行く様をメインで書いていますが、いかがでしょうか?
初めの頃はかなり酷い男でしたが、徐々に人間らしくなりました。
彼の心模様を感じて頂けていますでしょうか?
お話しを書いていると、書き手目線ですので、意外と冷静なんですよ(笑)
あら、坊っちゃん、こんなことして!と書きながら思うこともあります(笑)
こちらこそ、本日も有難うございました^^
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.15 22:30 | 編集
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dot 2017.05.15 23:42 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
昨日書けなかった分を本日夜ふかしして書いてます(笑)
冷たい親子関係ですね。血は水より濃い。切ろうとしても断ち切ることが出来ない関係です。
だからこそ憎しみが生まれると、その憎しみの膨れ上がりが大きいのでしょうねぇ。
司パパは司の気持ちは理解できないのでしょうね・・・。
そして子供の人生は子供のものです。司の人生はこれからです!
司は道明寺HDは継ぎましたが、人生は別です。それに気付いた司は、つくしのことを命がけで守るはずです。
いえ。守ってもらいたいです。しかし、司パパ大人しく身を引くのでしょうか・・・
え?(笑)アウトレットの西田さん。アカシア大好きです‼(≧▽≦)
Her Story 次回は秘密のベールが解き放たれるんですね!?
楽しみにしています!
そして不思議なお話し・・あるものなのですね・・。
偶然なのか、偶然に見せかけての必然なのか・・・ふと、そう思いました。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2017.05.16 00:27 | 編集
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