求めていた人生が手に入った日、司は屈託なげに笑う我が子を見ていた。
着飾った人々の間に居るが、動じることなく挨拶をすることが出来る航は、年令のわりに大人びて見えた。
父親がいなかったにもかかわらず、ひねくれることなく、すくすくと成長し、自分によく似た顔が笑う姿を見るのは、この上ない幸せだ。
そんな父親の気持ちを感じ取ったのか、航は隣に立つ司に目を向けた。
黒い大きな瞳は母親譲りで、下から強請るように見上げる仕草も母親そっくりだ。
その瞳と癖のある髪はまさに二人の愛の結晶と言える証拠。
そんな少年のふさふさとした癖のある髪に手を差し入れ、くしゃり、と握れば
「お父さん!髪型が崩れちゃうよ!せっかくきれいにしてもらったのにダメだよ!」
と返された。
「おおっ。悪かったな。航は髪型が気になンのか?」
「気になるよ!だって今日はお父さんとお母さんの結婚式だよ?僕、せっかくきれいにしてもらったのに台無しにしないでよ!」
「そうか。悪かった。でもその髪はお父さんと同じだからな。おまえのおじいちゃんも同じ髪だったがな・・」
「おじいちゃん・・会いたかったな・・」
航が生まれる前、既に他界した司の父親は航にとっては祖父にあたる。
祖父を思い神妙な顔で司を見つめる航はやさしい心の持ち主だ。
航の想いを知った司は胸が詰まる思いがした。このときほど、息子が愛おしく思えたことはなかった。親の心子知らずと言うが、司も親になれば自分の親の気持ちが理解できるようになっていた。
再会によって新しい人生を与えられた二人は結婚式を挙げたばかりだ。
学生時代恋に落ち、8年前の愛情により子供がいることが分かれば迷いはなかった。
初恋の女性を再び人生に迎え入れることができ、司は自分のものとなった二人を守り抜く決意を固めた。その一人が今、目の前で自分を見上げる少年だ。
「航。おまえは今日から道明寺航になった。今日からは名前を間違えるなよ?」
「うん!大丈夫だよ!ちょっと言いにくい名前だけどね!」
新しいNYヤンキースの帽子に書かれた名前は「どうみょうじ わたる」となった。
航は面白いほど知識を吸収していく。今まで身近に男性が居なかったせいか、疑問に思えど母親からは求める答えが得られなかったことを、父となった司に聞いていた。そんな子供に適当な返事が出来るはずもなく、真剣に答えてやらなければならないが、それが教育だと知った。そしてその要求とも言える知識を求める姿は司を刺激した。
子供が望むことはどんなことでも叶えてやりたい。そう思える自分は世に言う子供に甘い父親だと知った。
司はこの結婚式を妻と息子の披露目と考えていた。
そうは言っても大掛かりなものではなく、教会での参列者は家族や友人たちだけだった。
そんな席に現れたのは司の幼馴染みであり、二人の理解者であった3人の男たちだ。
彼らは司がようやく牧野つくしと一緒になれたことに祝福を述べに来たが、それはまるで贈り物を抱えキリスト誕生を祝いに集まった〝東方の三博士″のようだ。
二人が別れを選んだ結果、彼らから離れたつくしだったが、3人は遠くから見守っていた。
彼女は知らなかったが、比較的新しマンションを中古とはいえ手に入れることが出来たのも、出産後再就職が早くに決まったのも、彼ら3人が密かに手をまわしていたからだ。
「牧野。よかったな。」
あきらはつくしにウィンクをした。
「花嫁にキスしてもいいか?」
総二郎が司に聞いた。
だが司の睨みに冗談だ、と言って両手をあげ笑った。
「俺と牧野が結婚すれば航くんは花沢航になってたんだよね?司がいない間にそうすることも出来たんだけどね・・航くん?もし司に飽きたら俺が君のパパになってあげるからね?」
類のからかいの言葉に微笑むのはつくしだが、昔も今も油断が出来ない男だと思うのは司だ。
「類、おまえがいつまで待っても無駄だ。」
司はニヤリとした。
「そんなのわかんないよ?何しろ航くんは牧野に似て賢い男の子だから司がいいお父さんじゃなかったら別のお父さんがいい、なんて言うかもね?ねえ、航くん、もしお父さんが二人いたらどっちを選ぶ?」
「う~ん・・僕お父さんがいい!だって花沢おじさんの髪の毛僕と違うもん!」
司の腕がのび、類に取られてたまるかと、航を大事そうに抱きかかえあげ、言った。
「類!言っとくが航もつくしもおまえに渡すわけねぇだろうが!」
真面目に話しをする類の言葉に、司の米神に筋が浮かんでいたが、これこそが司だ。
幾らビジネスでは大人だとしても、つくしのことになると米神もだが、首筋の血管まで脈打っていた。
「おい、司、類は冗談を言ったに過ぎねぇぞ?マジに取るなって!」
二人は家族、友人から祝福を受け、感謝の言葉を述べていた。
「つくしちゃん、司。本当におめでとう。」
司の姉の椿は昔と変わらない美貌と、完璧なスタイルの持ち主だ。
その椿からようこそ道明寺一族へと言われ、歓迎された。
そして、いつも冷静沈着で髪の毛一本の乱れもないほどの完璧な姿でいるのが司の母親だ。
つくしは楓に近づき、二人の距離は縮まった。
「お義母さま・・」
「あなたの記念すべき日に、こうして会うことが出来て嬉しいわ。」
楓は微笑したがそれは長年会社経営に携わっている間に身に付けた微笑みではない。
その顔に浮かんでいたのは、ビジネスの駆け引きと言える微笑みとは違い心からの笑みだ。
楓は8年前、海外事業の業績の悪化から社長を辞任したが、2年前ホテル部門のトップとして返り咲いていた。
かつて子どもに関心を抱かなかった母親は、財閥の後継者である司とつくしの交際に反対していた。だが息子が一人の女性によって変わっていく姿を間近で見た。そして4年経てば二人の将来を考えると交際を容認した経緯があった。
だが、8年前、事業継続が危ぶまれ、司が政略結婚を選んだことで救われたのが財閥だ。
二人の運命の行き違いはあの日始まったはずだ。
過去、確執があった二人の女性の間に交わされる言葉を周囲は緊張をみなぎらせ、遠巻きに見守っていた。かつて鉄と呼ばれた女性は、今は氷の女王と呼ばれている。
そんな女性の口からいったいどんな言葉がつくしに投げかけられるのか。
「・・あの子は、司はあの時、究極の選択を迫られたと思うわ。でも自分を犠牲にして道明寺の家のため、あなたから離れた。・・昔のあの子なら考えられないような選択をしてくれたことが信じられなかったわ。望まない結婚をしたとき、あなたとのことを諦めた・・そう感じたわ。でもそうじゃなかったのね?あの子は、司はあなたを心の拠り所にしていたのね。その結果、航の特別な時期を一緒に過ごすことが出来なくなってしまったことは、ある意味わたくしのせい・・。つくしさん、わたくしは自分が司に対して逃したことは大きかったと思ってるわ。あの子が小さい頃、傍にいることがなかったから。だから、司は少し歪な性格になったけど、あなたがそれを正してくれたのね。そうでなければあの時、あなたの傍を離れ道明寺を再建しようだなど、考えもしなかったでしょう。つくしさん、今さらだけどあなたには感謝しなくては・・。」
つくしを見る楓の目は母親の目だ。
それは司という子供を見る目だ。
楓は決して司のため孫のため、礼儀正しくつくしに接しているのではない。彼女は心にもない嘘をつくことはしない女性だ。
「それにあんなに可愛い孫まで授けてくれたんですもの。航は司と違って本当に素直な男の子ね?それもあなたの教育がいいからでしょう。あなたとの出会いは高校生の頃だったけど、あなたはわたくしの前でもいつも毅然としていたわ。まさに一本芯が通った子供だったわね?そうでしょ?つくしさん?」
楓は時間をかけ、つくしのことを理解した。
出会った頃、人を判断する基準は家柄と資産だった。そんな基準は一瞬にしてつくしを判断し、そして見下した。だが司は彼女を知り、高校を卒業する頃になれば自分の人生について考え始めた。そして自らの意志で渡米することを決意するに至った。
楓は司をそんな風に変えたつくしがどんな人間であるか。司にとってどんなに必要な女性であるかを理解した。牧野つくしは他人を思いやる心を持ち、生真面目な性格であることを発見した。
かつて楓がつくしに対し下していた判断は見誤っていた。
そして、最近は心を奪われる喜びがある。
それは孫の航の存在だ。
「あの・・お義母様・・わたしは8年間ひとりでいたことを問題にはしていません。それは彼が選んだ人生でしたから・・。それにわたしも彼の背中を押しました。道明寺司としてやるべきことをしなさいって。彼もそれは理解していました。だからわたしは彼と別れました。そうすることが、そうしなければ、彼が後悔すると思ったからです。彼は責任感の強い人です。だから、しないで後悔するようなことはして欲しくなかったんです。だから・・よかったんです。この8年はそれで・・20代なんてそんなものです。人生を決める時なんです。」
司には自分の人生の進む道を見極めて欲しかった。
人生が二つに分かれていたとしたらどちらを選ぶかは彼に決めて欲しかった。
たとえそれが決められた道だとしても、自らの意志で進むべき道を決めて欲しいと・・。
「そう・・そんな風に言えるなんてあなた、強い人ね。だからわたくしにとってあなたは脅威だったのよ?いい?これからのあなたは自分の望んだことを手放してはだめ。望めば叶う人生とはいかないかもしれないけど、もっと多くを望んでいいのよ?あなたの悪い癖は自分で自分を説得してしまうところね?違うかしら?他の人のため、自分を犠牲にすることが悪いとは言わないけど、これからはもっと自分の為の幸せを望みなさい。航のことも司のこともそうだけど、二人ともあなたが幸せなら幸せなのよ?母親の幸せは航の幸せでもあるわ。妻の幸せは司の幸せなの。だから、あなたが幸せにならなければ二人共幸せにはなれないのよ?」
「お義母様・・」
「わたくしの話は以上よ。とにかく、今日はおめでとう。つくしさん、司と航をお願いするわね。」
楓からの言葉につくしの中に熱いものが広がっていた。
高校生だった頃、出会った楓はなにからなにまで完璧な人だと思える女性だった。
そんな女性も今では目元に微笑みを浮かべ、息子の傍で孫を抱きしめていた。
航は祖母の優しい姿しか知らない。子供は屈託がなくていい。素直に祖母に甘えていた。
そしてその素直な心が人を愛する気持ちを育ててくれるはずだ。
夫となった司は片眉を上げ、なにか問いたげにつくしを見ていたが、孫と楽しそうに話す自分の母親が昔とは違うことを知っていた。
時は流れ戻ることはない。
それは二人の愛を止めることが出来ないのと同じ。
だが時は移ろう。
遠ざかった日々に傷つけられたことがあったとしても、走り来る日々が輝ける未来を運んでくれるはずだ。
8年の間に廻った季節を振り返ることはしなくてもいい。
ただそれは優しい思い出として、懐かしい思い出として記憶の片隅に残ればいい。
二人は今、互いの腕の中で愛を見つけ、そしてその愛を育んでいた。
息子が一人いても次の子どもが欲しいと考えているのは夫婦とも同じだった。
そんな二人に輝ける未来は、すぐそこまで来ているはずだ。
互いの心に残るあの日と、あの時の思い出のひとつひとつは、いつまでも変わらないはずだ。
それは二人が出会った10代の頃の思い。
かけがえのない人となった互いの存在。
そして迷い苦しみながら掴んだ互いの手のぬくもり。
8年がまわり道だったとしても、これから先はもう迷うことはないはずだ。
その手を離すことなく、道が果てたとしてもその先まで共に歩いて行きたい。
時が尽きるまで。
< 完 >*あの日、あの時*

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黒い大きな瞳は母親譲りで、下から強請るように見上げる仕草も母親そっくりだ。
その瞳と癖のある髪はまさに二人の愛の結晶と言える証拠。
そんな少年のふさふさとした癖のある髪に手を差し入れ、くしゃり、と握れば
「お父さん!髪型が崩れちゃうよ!せっかくきれいにしてもらったのにダメだよ!」
と返された。
「おおっ。悪かったな。航は髪型が気になンのか?」
「気になるよ!だって今日はお父さんとお母さんの結婚式だよ?僕、せっかくきれいにしてもらったのに台無しにしないでよ!」
「そうか。悪かった。でもその髪はお父さんと同じだからな。おまえのおじいちゃんも同じ髪だったがな・・」
「おじいちゃん・・会いたかったな・・」
航が生まれる前、既に他界した司の父親は航にとっては祖父にあたる。
祖父を思い神妙な顔で司を見つめる航はやさしい心の持ち主だ。
航の想いを知った司は胸が詰まる思いがした。このときほど、息子が愛おしく思えたことはなかった。親の心子知らずと言うが、司も親になれば自分の親の気持ちが理解できるようになっていた。
再会によって新しい人生を与えられた二人は結婚式を挙げたばかりだ。
学生時代恋に落ち、8年前の愛情により子供がいることが分かれば迷いはなかった。
初恋の女性を再び人生に迎え入れることができ、司は自分のものとなった二人を守り抜く決意を固めた。その一人が今、目の前で自分を見上げる少年だ。
「航。おまえは今日から道明寺航になった。今日からは名前を間違えるなよ?」
「うん!大丈夫だよ!ちょっと言いにくい名前だけどね!」
新しいNYヤンキースの帽子に書かれた名前は「どうみょうじ わたる」となった。
航は面白いほど知識を吸収していく。今まで身近に男性が居なかったせいか、疑問に思えど母親からは求める答えが得られなかったことを、父となった司に聞いていた。そんな子供に適当な返事が出来るはずもなく、真剣に答えてやらなければならないが、それが教育だと知った。そしてその要求とも言える知識を求める姿は司を刺激した。
子供が望むことはどんなことでも叶えてやりたい。そう思える自分は世に言う子供に甘い父親だと知った。
司はこの結婚式を妻と息子の披露目と考えていた。
そうは言っても大掛かりなものではなく、教会での参列者は家族や友人たちだけだった。
そんな席に現れたのは司の幼馴染みであり、二人の理解者であった3人の男たちだ。
彼らは司がようやく牧野つくしと一緒になれたことに祝福を述べに来たが、それはまるで贈り物を抱えキリスト誕生を祝いに集まった〝東方の三博士″のようだ。
二人が別れを選んだ結果、彼らから離れたつくしだったが、3人は遠くから見守っていた。
彼女は知らなかったが、比較的新しマンションを中古とはいえ手に入れることが出来たのも、出産後再就職が早くに決まったのも、彼ら3人が密かに手をまわしていたからだ。
「牧野。よかったな。」
あきらはつくしにウィンクをした。
「花嫁にキスしてもいいか?」
総二郎が司に聞いた。
だが司の睨みに冗談だ、と言って両手をあげ笑った。
「俺と牧野が結婚すれば航くんは花沢航になってたんだよね?司がいない間にそうすることも出来たんだけどね・・航くん?もし司に飽きたら俺が君のパパになってあげるからね?」
類のからかいの言葉に微笑むのはつくしだが、昔も今も油断が出来ない男だと思うのは司だ。
「類、おまえがいつまで待っても無駄だ。」
司はニヤリとした。
「そんなのわかんないよ?何しろ航くんは牧野に似て賢い男の子だから司がいいお父さんじゃなかったら別のお父さんがいい、なんて言うかもね?ねえ、航くん、もしお父さんが二人いたらどっちを選ぶ?」
「う~ん・・僕お父さんがいい!だって花沢おじさんの髪の毛僕と違うもん!」
司の腕がのび、類に取られてたまるかと、航を大事そうに抱きかかえあげ、言った。
「類!言っとくが航もつくしもおまえに渡すわけねぇだろうが!」
真面目に話しをする類の言葉に、司の米神に筋が浮かんでいたが、これこそが司だ。
幾らビジネスでは大人だとしても、つくしのことになると米神もだが、首筋の血管まで脈打っていた。
「おい、司、類は冗談を言ったに過ぎねぇぞ?マジに取るなって!」
二人は家族、友人から祝福を受け、感謝の言葉を述べていた。
「つくしちゃん、司。本当におめでとう。」
司の姉の椿は昔と変わらない美貌と、完璧なスタイルの持ち主だ。
その椿からようこそ道明寺一族へと言われ、歓迎された。
そして、いつも冷静沈着で髪の毛一本の乱れもないほどの完璧な姿でいるのが司の母親だ。
つくしは楓に近づき、二人の距離は縮まった。
「お義母さま・・」
「あなたの記念すべき日に、こうして会うことが出来て嬉しいわ。」
楓は微笑したがそれは長年会社経営に携わっている間に身に付けた微笑みではない。
その顔に浮かんでいたのは、ビジネスの駆け引きと言える微笑みとは違い心からの笑みだ。
楓は8年前、海外事業の業績の悪化から社長を辞任したが、2年前ホテル部門のトップとして返り咲いていた。
かつて子どもに関心を抱かなかった母親は、財閥の後継者である司とつくしの交際に反対していた。だが息子が一人の女性によって変わっていく姿を間近で見た。そして4年経てば二人の将来を考えると交際を容認した経緯があった。
だが、8年前、事業継続が危ぶまれ、司が政略結婚を選んだことで救われたのが財閥だ。
二人の運命の行き違いはあの日始まったはずだ。
過去、確執があった二人の女性の間に交わされる言葉を周囲は緊張をみなぎらせ、遠巻きに見守っていた。かつて鉄と呼ばれた女性は、今は氷の女王と呼ばれている。
そんな女性の口からいったいどんな言葉がつくしに投げかけられるのか。
「・・あの子は、司はあの時、究極の選択を迫られたと思うわ。でも自分を犠牲にして道明寺の家のため、あなたから離れた。・・昔のあの子なら考えられないような選択をしてくれたことが信じられなかったわ。望まない結婚をしたとき、あなたとのことを諦めた・・そう感じたわ。でもそうじゃなかったのね?あの子は、司はあなたを心の拠り所にしていたのね。その結果、航の特別な時期を一緒に過ごすことが出来なくなってしまったことは、ある意味わたくしのせい・・。つくしさん、わたくしは自分が司に対して逃したことは大きかったと思ってるわ。あの子が小さい頃、傍にいることがなかったから。だから、司は少し歪な性格になったけど、あなたがそれを正してくれたのね。そうでなければあの時、あなたの傍を離れ道明寺を再建しようだなど、考えもしなかったでしょう。つくしさん、今さらだけどあなたには感謝しなくては・・。」
つくしを見る楓の目は母親の目だ。
それは司という子供を見る目だ。
楓は決して司のため孫のため、礼儀正しくつくしに接しているのではない。彼女は心にもない嘘をつくことはしない女性だ。
「それにあんなに可愛い孫まで授けてくれたんですもの。航は司と違って本当に素直な男の子ね?それもあなたの教育がいいからでしょう。あなたとの出会いは高校生の頃だったけど、あなたはわたくしの前でもいつも毅然としていたわ。まさに一本芯が通った子供だったわね?そうでしょ?つくしさん?」
楓は時間をかけ、つくしのことを理解した。
出会った頃、人を判断する基準は家柄と資産だった。そんな基準は一瞬にしてつくしを判断し、そして見下した。だが司は彼女を知り、高校を卒業する頃になれば自分の人生について考え始めた。そして自らの意志で渡米することを決意するに至った。
楓は司をそんな風に変えたつくしがどんな人間であるか。司にとってどんなに必要な女性であるかを理解した。牧野つくしは他人を思いやる心を持ち、生真面目な性格であることを発見した。
かつて楓がつくしに対し下していた判断は見誤っていた。
そして、最近は心を奪われる喜びがある。
それは孫の航の存在だ。
「あの・・お義母様・・わたしは8年間ひとりでいたことを問題にはしていません。それは彼が選んだ人生でしたから・・。それにわたしも彼の背中を押しました。道明寺司としてやるべきことをしなさいって。彼もそれは理解していました。だからわたしは彼と別れました。そうすることが、そうしなければ、彼が後悔すると思ったからです。彼は責任感の強い人です。だから、しないで後悔するようなことはして欲しくなかったんです。だから・・よかったんです。この8年はそれで・・20代なんてそんなものです。人生を決める時なんです。」
司には自分の人生の進む道を見極めて欲しかった。
人生が二つに分かれていたとしたらどちらを選ぶかは彼に決めて欲しかった。
たとえそれが決められた道だとしても、自らの意志で進むべき道を決めて欲しいと・・。
「そう・・そんな風に言えるなんてあなた、強い人ね。だからわたくしにとってあなたは脅威だったのよ?いい?これからのあなたは自分の望んだことを手放してはだめ。望めば叶う人生とはいかないかもしれないけど、もっと多くを望んでいいのよ?あなたの悪い癖は自分で自分を説得してしまうところね?違うかしら?他の人のため、自分を犠牲にすることが悪いとは言わないけど、これからはもっと自分の為の幸せを望みなさい。航のことも司のこともそうだけど、二人ともあなたが幸せなら幸せなのよ?母親の幸せは航の幸せでもあるわ。妻の幸せは司の幸せなの。だから、あなたが幸せにならなければ二人共幸せにはなれないのよ?」
「お義母様・・」
「わたくしの話は以上よ。とにかく、今日はおめでとう。つくしさん、司と航をお願いするわね。」
楓からの言葉につくしの中に熱いものが広がっていた。
高校生だった頃、出会った楓はなにからなにまで完璧な人だと思える女性だった。
そんな女性も今では目元に微笑みを浮かべ、息子の傍で孫を抱きしめていた。
航は祖母の優しい姿しか知らない。子供は屈託がなくていい。素直に祖母に甘えていた。
そしてその素直な心が人を愛する気持ちを育ててくれるはずだ。
夫となった司は片眉を上げ、なにか問いたげにつくしを見ていたが、孫と楽しそうに話す自分の母親が昔とは違うことを知っていた。
時は流れ戻ることはない。
それは二人の愛を止めることが出来ないのと同じ。
だが時は移ろう。
遠ざかった日々に傷つけられたことがあったとしても、走り来る日々が輝ける未来を運んでくれるはずだ。
8年の間に廻った季節を振り返ることはしなくてもいい。
ただそれは優しい思い出として、懐かしい思い出として記憶の片隅に残ればいい。
二人は今、互いの腕の中で愛を見つけ、そしてその愛を育んでいた。
息子が一人いても次の子どもが欲しいと考えているのは夫婦とも同じだった。
そんな二人に輝ける未来は、すぐそこまで来ているはずだ。
互いの心に残るあの日と、あの時の思い出のひとつひとつは、いつまでも変わらないはずだ。
それは二人が出会った10代の頃の思い。
かけがえのない人となった互いの存在。
そして迷い苦しみながら掴んだ互いの手のぬくもり。
8年がまわり道だったとしても、これから先はもう迷うことはないはずだ。
その手を離すことなく、道が果てたとしてもその先まで共に歩いて行きたい。
時が尽きるまで。
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s**p様
>何となく小田和正さんの曲が思い浮かぶ・・
私もそうです(笑)
あの日、あの時、あの場所で・・とくれば有名な歌の歌詞となりますよね?(笑)
こちらのお話から司の決断とつくしの決心を感じ取って頂けたのですね?ありがとうございます。
8年前の二人の決断と決心は前向きでした。時間はかかりましたが、二人再会出来て良かったと思います。
F3は影ながら見守っていました。そして楓さんの対応と、航くん。
新米パパはこれからNYヤンキースの試合を航くんと見に行くことでより親子の仲も深まるかもしれませんね^^
連載中の続き・・あのお話しですよね(汗)頑張ります!(笑)
拍手コメント有難うございました^^
>何となく小田和正さんの曲が思い浮かぶ・・
私もそうです(笑)
あの日、あの時、あの場所で・・とくれば有名な歌の歌詞となりますよね?(笑)
こちらのお話から司の決断とつくしの決心を感じ取って頂けたのですね?ありがとうございます。
8年前の二人の決断と決心は前向きでした。時間はかかりましたが、二人再会出来て良かったと思います。
F3は影ながら見守っていました。そして楓さんの対応と、航くん。
新米パパはこれからNYヤンキースの試合を航くんと見に行くことでより親子の仲も深まるかもしれませんね^^
連載中の続き・・あのお話しですよね(汗)頑張ります!(笑)
拍手コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.30 23:04 | 編集

司×**OVE様
おはようございます^^
8年経って再会した二人の間には航くんの存在がありました。
影からそっとつくしを見守っていたF3。昔を懐かしむようにからかっていましたね(笑)
類は相変わらずでした(笑)
楓さんは思うところが沢山あったはずです。二人の交際を認めていた・・そんな中での財閥が経営破たんの危機。
しかし司は財閥を選び、自分の人生の決断をしました。
高校を卒業し、渡米した時点でひとつの決断をした司の二度目の大きな決断は大人故の、そしてつくしの後押しがあってのことでしょう。
航くんという孫に会えた楓さん。その表情は優しさだけを感じさせるものだったと思います。
そうです「あの日、あの時」はif、もしもではなく、前向きな決断をした二人の「あの日とあの時」のお話しでした。
えっ!!第2子の誕生が見たいんですか!?(笑)←笑って誤魔化します。
3月も終わりです!!しかし4月ですね・・これがまた・・(笑)
司×**OVE様もまだ暫くはお忙しいのですね?どうぞ、お身体には気を付けて下さいね^^
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
8年経って再会した二人の間には航くんの存在がありました。
影からそっとつくしを見守っていたF3。昔を懐かしむようにからかっていましたね(笑)
類は相変わらずでした(笑)
楓さんは思うところが沢山あったはずです。二人の交際を認めていた・・そんな中での財閥が経営破たんの危機。
しかし司は財閥を選び、自分の人生の決断をしました。
高校を卒業し、渡米した時点でひとつの決断をした司の二度目の大きな決断は大人故の、そしてつくしの後押しがあってのことでしょう。
航くんという孫に会えた楓さん。その表情は優しさだけを感じさせるものだったと思います。
そうです「あの日、あの時」はif、もしもではなく、前向きな決断をした二人の「あの日とあの時」のお話しでした。
えっ!!第2子の誕生が見たいんですか!?(笑)←笑って誤魔化します。
3月も終わりです!!しかし4月ですね・・これがまた・・(笑)
司×**OVE様もまだ暫くはお忙しいのですね?どうぞ、お身体には気を付けて下さいね^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.30 23:18 | 編集

り*様
楽しんで頂けて大変嬉しいです。
どうも有難うございます!
こ、高校生時代のお話しですか?
アカシア、もう随分と遠い遠い大昔のお話しでして、二人が高校生??
大人の二人なら書けるのですが、高校生は難しいですねぇ(笑)
若さがどんなものなのか・・最近考え始めたところでございます(笑)
コメント有難うございました^^
楽しんで頂けて大変嬉しいです。
どうも有難うございます!
こ、高校生時代のお話しですか?
アカシア、もう随分と遠い遠い大昔のお話しでして、二人が高校生??
大人の二人なら書けるのですが、高校生は難しいですねぇ(笑)
若さがどんなものなのか・・最近考え始めたところでございます(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.30 23:31 | 編集

さと**ん様
おじいちゃんに会いたかったと航くん。
その想いに胸を詰まらせる司。
親になり、親の気持ちが分かるようになりました。
>【決められた道だとしても、自らのの意志で進むべき道を決めて欲しい・・・】
そうですよね?決められた道であっても、自分で決めるからこそ前に進めると思います。
自分の人生は自分で決めるという思いの強い司ですから、つくしも司の選択を後押ししました。
>【これからは、自分の為のしあわせを望みなさい。】
楓からこの言葉をかけられ、つくしもこれからはそうするはずです。
「あの日、あの時」その時々での決断で人生は変わってくると思いますが、人生はいつも二者択一だと思います。
やっと家族になれた3人。そして次の輝ける未来はすぐそこに・・。
次のお子も髪はパパ似でしょうねぇ・・クルクル(笑)
コメント有難うございました^^
おじいちゃんに会いたかったと航くん。
その想いに胸を詰まらせる司。
親になり、親の気持ちが分かるようになりました。
>【決められた道だとしても、自らのの意志で進むべき道を決めて欲しい・・・】
そうですよね?決められた道であっても、自分で決めるからこそ前に進めると思います。
自分の人生は自分で決めるという思いの強い司ですから、つくしも司の選択を後押ししました。
>【これからは、自分の為のしあわせを望みなさい。】
楓からこの言葉をかけられ、つくしもこれからはそうするはずです。
「あの日、あの時」その時々での決断で人生は変わってくると思いますが、人生はいつも二者択一だと思います。
やっと家族になれた3人。そして次の輝ける未来はすぐそこに・・。
次のお子も髪はパパ似でしょうねぇ・・クルクル(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.30 23:41 | 編集

とん**コーン様
沢山の拍手ありがとうございます^^
リクエスト多過ぎです(笑)
航くんと新米司パパ。カッコいい自慢のパパだと思います(笑)
いいお父さんになってくれる・・そう思います。
自分が与えられなかった温かい家庭をつくしからおそわりながら築いて行くはずです。
どんな家庭になるのか、見たい気もしますねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
沢山の拍手ありがとうございます^^
リクエスト多過ぎです(笑)
航くんと新米司パパ。カッコいい自慢のパパだと思います(笑)
いいお父さんになってくれる・・そう思います。
自分が与えられなかった温かい家庭をつくしからおそわりながら築いて行くはずです。
どんな家庭になるのか、見たい気もしますねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.03.30 23:50 | 編集
