なぜ道明寺ファミリーは一度に全員が揃わないのか?
つくしは落ち着かない気持ちでソファに腰を下ろしていた。
まず母親に会い、それから姉に会い、ついに最後は父親に会うことになった。
皆がそれぞれ忙しいのは理解出来る。それに、これだけ大きな会社を経営するということは、多忙であるということは充分理解できる。
取締役会長職を務める父親は、道明寺家3代目当主、道明寺 慶。ニューヨーク在住だ。
大学を卒業後、家業を継ぐため直ぐに道明寺に入社し、経営を引き継ぐと、世界経済の最前線で活躍してきた人物だ。その代わり母親と同じ、家庭を顧みることがなかったと言われていた。
例え親子でも、指定された時間に訪問しなければならないのは、仕方がないことだ。
大企業の会長ともなると、自由になる時間はない。
そんな父親に会いに来た二人。
父親は会長室に入ってくるなり、言った。
「待たせたな」
「ああ、待ったな」
「悪かった」
短い会話が交わされていた。
そんななか、つくしは立ち上って挨拶をしようとしたが、隣に座る司に腕をとられ、座らされた。慌てるな。紹介するまで待てと言われたようで、慌てた自分が恥ずかしくなっていた。
司は幼いころ、父親の仕事をバカにしていた。母親と同じで家にいることがなく、姉と自分を広大な邸に残し、海外で暮らしていた父親。具体的にどんな仕事をしているかなど、知りようがなく、不在の父親に対し反感を持っていた。
誇りに思うようになったのは、NYで学生時代を過ごすなか、仕事を手伝うようになってからだ。人生の形成期をNYの大学で過ごし、道明寺に入社した司。日本にいた頃の彼は傍若無人だったが、この街に来て学ぶことが多かった。
入社して間もなく、専務取締役に任命されたが、何も知らない若造と社内から見下されたこともあった。親の七光りと言われ、将来の会社経営者として試されていると思ったこともあった。今でこそ社長の器がある、と言われるようになったが、当時は悔しい思いも経験した。
今では、あの頃の父親が多忙だった理由も理解していた。
経営トップという仕事の性質を考えれば、ニューヨークから離れられなかったことを責められない。だが、自分は父親のようにはなるまいと決めていた。
決して家族を蔑ろにしないと心に決めている。
父親は二人が腰かけたソファに来ると、同じように腰を下ろした。
親子はよく似ていた。癖のある髪の毛。そして顔の輪郭。母親にも似ているが、父親の特徴を受け継いでいると感じられた。だが雰囲気は父親の方が紳士的だ。若い頃は今の司と同じように鋭い目をしていたかもしれないが、正面に座る人物の目元には皺があり、人生の経験を物語っているようだ。
「司。元気そうだな?気のせいか大きくなったように見えるが、それはそちらの女性のおかげかな?」
「だれが大きくなったって?俺の成長期はもう終わったぜ?」
ニヤッと笑って言った。
「ははは。違うよ、司。男としての器が大きくなったんじゃないかって意味だよ。・・牧野さんだったね。はじめまして。司の父親です。楓と椿からあなたのお話は伺っています。なかなか独立心が旺盛なお嬢さんだとお伺いしていますが、違いますか?」
少し強張った表情を浮かべたつくし。
なんと答えればいいかと考えていた。
「それにしも男親っていうのは、何でも最後に知らされることが多いが、司が好きな人がいるなんて話しも楓から聞くまで知らなかったよ」
「あたりめぇだろ?そんなこといちいち話すか?母親だって俺は伝えてねぇぞ?嗅ぎつけたって言ったほうが正しいな。とにかく俺とこいつは結婚することに決めたから、報告に来た。親父、紹介する。牧野つくしだ」
いつ紹介してくれるのかと、待っていたつくしは挨拶をした。
「はじめまして。牧野つくしと申します。司さんとは結婚のお約束をさせて頂きました」
「ああ。知ってるよ。うちの女性陣から聞いてるからね。それで、牧野さん、わたしは反対はしないが、うちの家のことは問題ないのかな?うちは事業を手広くやってる自営業みたいなものだが、問題はないかな?それに司の立場は色々とややこしいんだが・・」
大企業の重役から自営業と言われ、息子の立場は色々とややこしいと言われれば、想像していたような企業重役とはイメージがまったく違っていた。面白可笑しく言ったのは、相手がつくしだからだろう。恐らく他の人間に対しては違う一面も見せるはずだ。
「ああ。こいつなら心配いらねぇよ。第一俺が支社長だってことを忘れるくらい無関心なことがある。けど、細かいことを気にすることもあるが大丈夫だ。それにお袋が道明寺に転職しろなんて勧めてるけど、どうすんだか・・」
司は隣に座る女に目をやった。
「そうか。楓がスカウトするくらいなら優秀なお嬢さんだな。それに牧野さんはおまえが支社長であることを忘れることが出来るような女性か。・・さて、牧野さん。司ばかりと話しをしていても仕方がない。わたしはあなたと話しがしたい。いいかね?司?」
父親は司に言ったが、断られても無視するはずだ。
「駄目だなんて言っても無駄だろ?」
「そうだ。無駄だな」
父親はそこまで言ってつくしへと視線を移した。
「牧野さん。司のどこが気に入ったんですか?司は他人に対して厳しい目を持っている男ですが、そんな男のどこがよかったのか教えてくれませんか?」
真剣な眼差しだった。
息子が結婚したいと連れて来た女性は、どんな言葉を返してくるのかと、楽しみにしているようだ。相手は未来の義父とは言え大企業の会長だ。観察眼とも言える鋭い目で睨まれれば、たじたじとなるだろう。だが今、目の前にいる男性の目はただの父親の目だ。
「あの、司さんは仕事にかまけているわたしを気に入ってくれたんです。おかしいですよね?仕事一筋の女で、30過ぎた女を好きになってくれるなんて。こちらの方こそわたしのどこが良かったのか聞きたいくらいです」
つくしはひと呼吸置き、言った。
「どこがよかったかというお話ですが、具体的にと言われても困るんです。いつの間にか好きになっていたんです。彼の全てを」
いつ確信したかと言われても困るが、人を好きになるのに理由はいらないはずだ。
でも財産目当てだと思われていたとすれば、それは心外だ。
そんなつくしの心中を代弁するかのように司は言った。
「親父、言っとくが俺が先に好きになったんだ。それにこいつは金や外見に惑わされるような女じゃねぇよ。だから人の恋路を阻むような発言は止めてくれ」
不用意な発言はしないでくれと、鋭い瞳が父親を見た。
「ああ。わかってる。そんなに睨むな。別に牧野さんがどうのこうの言ってるんじゃない。ただおまえが好きになった人に会いたかっただけだ。わたしは反対などしないよ。おまえの人生だ。楓も椿もいいお嬢さんだと言ってるんだ。それに司には仕事の出来るパート―ナーのような女性が必要だ」
父親は力を込めて言った。
企業トップは孤独な立場だ。信頼し相談できる人物を得るには時間がかかる。
もし結婚相手が司の仕事を理解してくれるなら、それに越したことはない。
「それから牧野さん、楓から司の支えになって欲しいと言われてないかね?もし牧野さんさえよければすぐにでも、人事担当常務に言って博創堂さんの人事担当へ連絡しよう。どうだね?そうすればすぐにうちへ入社する手続きが取れるが?」
父親が、司からつくしへと視線を移した。
つくしは、即座に、
「申し訳ございません。まだそちらの件については考えが纏まらなくて」
と、答えたが、あわてて補足した。
「あの、きちんとしたお答えは司さんにさせて頂きます」
「そうか。楽しみだな、司。牧野さんが道明寺に移ってくれたらおまえも嬉しいだろ?いや。待てよ?司、そういえば、おまえ博創堂を買収すると聞いたが?もう終わったのか?もしそうなら牧野さんはうちのグループ会社の一員だな。なんだ、司、おまえ牧野さんが欲しくてあの会社を買ったのか?」
「ああ。こっちに来る前に買い取りは完了した」
司が一瞬ニヤリとしてつくしを見た。
えっ?と言った表情のつくしは思わず嘘でしょ?と呟いていた。
「そうか、これでつくしさんの悩みも消えたな。グループ会社内での転籍手続きを取れば済むことだ」
少し間を置いた父親は、穏やかな口調でつくしに話かけた。
「それからつくしさん。今日からつくしさんと呼ばせてもらうよ。司だが時々わざと強気なふりをして突っ張ってることがあるが、それは不安だからだ。その原因はわたしと楓にあることは、わかっている。子供の頃、傍にいてやれず親の愛情が足らなかったとしかいいようがない。まあ、そんなところを呑み込んでくれれば、単純な男だからね。上手に掌で転がしてやってくれ。それから司、おまえも結婚したら夫として、子供が生まれたら父親として時間を作ることを忘れるな。わたしも楓も忙しすぎておまえのことは、椿と使用人にまかせっきりだったからな」
そして、父親の顔に、申し訳なさそうな表情が一瞬だけ浮かんで見えた。
だが、唇の端に笑みを浮かべるその表情は、つくしがいつも見ている人と同じだと思った。
親子というのは、自分たちでは気づかないかもしれないが、知らぬ間に仕草は似て来るものだ。父親の言葉に込められた深い意味と眼差しは、親子らしいと感じていた。
***
ニューヨークの司のペントハウスはシンプルだ。
世界でも有数の超高級住宅地であるアッパーイーストサイドにある最上階の広い部屋。窓の外の景色は、眼下に暗闇のセントラルパークが広がっている。もちろんこの部屋に女性が足を踏み入れるのはつくしが初めてだ。そんなことを説明する必要もないのだが、司は思わず言いそうになっていた。いや、実際告げていた。
今まで本気でつき合った女なんていないというアピールも込めて。
「ねえ、つかさ・・本当にうちの会社を買ったの?」
ベッドに横たわる男の姿は腰から下をシーツに包み、頬杖をついていた。
信じられないくらいハンサムな男と結婚するとが、未だに信じられない。
いつも見入ってしまうが、その度、なにじろじろ見てんだ?俺が欲しいのか?欲しいならいくらでもやる。
と返され、言葉通りのことが繰り返されていた。
「ああ。買った。そうすりゃあおまえも好きな仕事が出来るだろ?まだ係長になったばかりのおまえが今の仕事を辞めてうちに来るって話しは嬉しいが、まだやりたいことがあるんだろ?」
「・・・うん」
実はそうだ。好きで選んだ仕事だけにやりがいも感じていた。
司はそんなつくしの気持ちを読み取っていた。好きな女のことなら、どんなことでも叶えてやりたいと思うのが愛だと今ならわかっている。もし、好きな女が問題を抱えているなら、それを解決してやりたいと思う気持ちもある。そしてそうするだけの力がある。
だいたい女はすぐ顔に出る。
隠したつもりでも悩みがあれば、額に今悩んでます、と書いてあるほどだ。
「いいか。俺とおまえが結婚したら、隠し事はなしだ。わかったか?言いたいことがあれば何でも俺に言え。俺に出来ないことはない」
少し前にそんなことを言われたら、そんなこと出来ないわよ。と言っていただろう。
だが、今はつくしの勤務先が道明寺HDに買収されたという事態に、この男には本当に、出来ないことはないのかもしれないと考え始めていた。
「わかったか?」
「・・・」
「返事は?」
「・・うん・・」
「返事は″はい″だ。日本語は正しく使わねぇとな」
「・・はい・・」
「それから、おまえに関係あることは俺にも関係することだ。何かあったら俺に必ず言うこと。いいな?」
「・・はい・・」
「なんだよ?今夜はやけに素直だな?」
司はこの会話を楽しみはじめていた。
素直にはいと繰り返す女は、可愛らしいと思える。
今夜の最終目的地は、女の腕の中と決めていたが、まだ物足りない。
素直になった女ともっと愛を確かめ合いたい。
「なあ、俺たち話ばかりしてるような気がするんだが。親父にも話したことだし、これから本格的に愛を確かめ合わないか?」
司はつくしの手をつかんでシーツの中へ、誘っていた。

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まず母親に会い、それから姉に会い、ついに最後は父親に会うことになった。
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取締役会長職を務める父親は、道明寺家3代目当主、道明寺 慶。ニューヨーク在住だ。
大学を卒業後、家業を継ぐため直ぐに道明寺に入社し、経営を引き継ぐと、世界経済の最前線で活躍してきた人物だ。その代わり母親と同じ、家庭を顧みることがなかったと言われていた。
例え親子でも、指定された時間に訪問しなければならないのは、仕方がないことだ。
大企業の会長ともなると、自由になる時間はない。
そんな父親に会いに来た二人。
父親は会長室に入ってくるなり、言った。
「待たせたな」
「ああ、待ったな」
「悪かった」
短い会話が交わされていた。
そんななか、つくしは立ち上って挨拶をしようとしたが、隣に座る司に腕をとられ、座らされた。慌てるな。紹介するまで待てと言われたようで、慌てた自分が恥ずかしくなっていた。
司は幼いころ、父親の仕事をバカにしていた。母親と同じで家にいることがなく、姉と自分を広大な邸に残し、海外で暮らしていた父親。具体的にどんな仕事をしているかなど、知りようがなく、不在の父親に対し反感を持っていた。
誇りに思うようになったのは、NYで学生時代を過ごすなか、仕事を手伝うようになってからだ。人生の形成期をNYの大学で過ごし、道明寺に入社した司。日本にいた頃の彼は傍若無人だったが、この街に来て学ぶことが多かった。
入社して間もなく、専務取締役に任命されたが、何も知らない若造と社内から見下されたこともあった。親の七光りと言われ、将来の会社経営者として試されていると思ったこともあった。今でこそ社長の器がある、と言われるようになったが、当時は悔しい思いも経験した。
今では、あの頃の父親が多忙だった理由も理解していた。
経営トップという仕事の性質を考えれば、ニューヨークから離れられなかったことを責められない。だが、自分は父親のようにはなるまいと決めていた。
決して家族を蔑ろにしないと心に決めている。
父親は二人が腰かけたソファに来ると、同じように腰を下ろした。
親子はよく似ていた。癖のある髪の毛。そして顔の輪郭。母親にも似ているが、父親の特徴を受け継いでいると感じられた。だが雰囲気は父親の方が紳士的だ。若い頃は今の司と同じように鋭い目をしていたかもしれないが、正面に座る人物の目元には皺があり、人生の経験を物語っているようだ。
「司。元気そうだな?気のせいか大きくなったように見えるが、それはそちらの女性のおかげかな?」
「だれが大きくなったって?俺の成長期はもう終わったぜ?」
ニヤッと笑って言った。
「ははは。違うよ、司。男としての器が大きくなったんじゃないかって意味だよ。・・牧野さんだったね。はじめまして。司の父親です。楓と椿からあなたのお話は伺っています。なかなか独立心が旺盛なお嬢さんだとお伺いしていますが、違いますか?」
少し強張った表情を浮かべたつくし。
なんと答えればいいかと考えていた。
「それにしも男親っていうのは、何でも最後に知らされることが多いが、司が好きな人がいるなんて話しも楓から聞くまで知らなかったよ」
「あたりめぇだろ?そんなこといちいち話すか?母親だって俺は伝えてねぇぞ?嗅ぎつけたって言ったほうが正しいな。とにかく俺とこいつは結婚することに決めたから、報告に来た。親父、紹介する。牧野つくしだ」
いつ紹介してくれるのかと、待っていたつくしは挨拶をした。
「はじめまして。牧野つくしと申します。司さんとは結婚のお約束をさせて頂きました」
「ああ。知ってるよ。うちの女性陣から聞いてるからね。それで、牧野さん、わたしは反対はしないが、うちの家のことは問題ないのかな?うちは事業を手広くやってる自営業みたいなものだが、問題はないかな?それに司の立場は色々とややこしいんだが・・」
大企業の重役から自営業と言われ、息子の立場は色々とややこしいと言われれば、想像していたような企業重役とはイメージがまったく違っていた。面白可笑しく言ったのは、相手がつくしだからだろう。恐らく他の人間に対しては違う一面も見せるはずだ。
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父親は司に言ったが、断られても無視するはずだ。
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父親はそこまで言ってつくしへと視線を移した。
「牧野さん。司のどこが気に入ったんですか?司は他人に対して厳しい目を持っている男ですが、そんな男のどこがよかったのか教えてくれませんか?」
真剣な眼差しだった。
息子が結婚したいと連れて来た女性は、どんな言葉を返してくるのかと、楽しみにしているようだ。相手は未来の義父とは言え大企業の会長だ。観察眼とも言える鋭い目で睨まれれば、たじたじとなるだろう。だが今、目の前にいる男性の目はただの父親の目だ。
「あの、司さんは仕事にかまけているわたしを気に入ってくれたんです。おかしいですよね?仕事一筋の女で、30過ぎた女を好きになってくれるなんて。こちらの方こそわたしのどこが良かったのか聞きたいくらいです」
つくしはひと呼吸置き、言った。
「どこがよかったかというお話ですが、具体的にと言われても困るんです。いつの間にか好きになっていたんです。彼の全てを」
いつ確信したかと言われても困るが、人を好きになるのに理由はいらないはずだ。
でも財産目当てだと思われていたとすれば、それは心外だ。
そんなつくしの心中を代弁するかのように司は言った。
「親父、言っとくが俺が先に好きになったんだ。それにこいつは金や外見に惑わされるような女じゃねぇよ。だから人の恋路を阻むような発言は止めてくれ」
不用意な発言はしないでくれと、鋭い瞳が父親を見た。
「ああ。わかってる。そんなに睨むな。別に牧野さんがどうのこうの言ってるんじゃない。ただおまえが好きになった人に会いたかっただけだ。わたしは反対などしないよ。おまえの人生だ。楓も椿もいいお嬢さんだと言ってるんだ。それに司には仕事の出来るパート―ナーのような女性が必要だ」
父親は力を込めて言った。
企業トップは孤独な立場だ。信頼し相談できる人物を得るには時間がかかる。
もし結婚相手が司の仕事を理解してくれるなら、それに越したことはない。
「それから牧野さん、楓から司の支えになって欲しいと言われてないかね?もし牧野さんさえよければすぐにでも、人事担当常務に言って博創堂さんの人事担当へ連絡しよう。どうだね?そうすればすぐにうちへ入社する手続きが取れるが?」
父親が、司からつくしへと視線を移した。
つくしは、即座に、
「申し訳ございません。まだそちらの件については考えが纏まらなくて」
と、答えたが、あわてて補足した。
「あの、きちんとしたお答えは司さんにさせて頂きます」
「そうか。楽しみだな、司。牧野さんが道明寺に移ってくれたらおまえも嬉しいだろ?いや。待てよ?司、そういえば、おまえ博創堂を買収すると聞いたが?もう終わったのか?もしそうなら牧野さんはうちのグループ会社の一員だな。なんだ、司、おまえ牧野さんが欲しくてあの会社を買ったのか?」
「ああ。こっちに来る前に買い取りは完了した」
司が一瞬ニヤリとしてつくしを見た。
えっ?と言った表情のつくしは思わず嘘でしょ?と呟いていた。
「そうか、これでつくしさんの悩みも消えたな。グループ会社内での転籍手続きを取れば済むことだ」
少し間を置いた父親は、穏やかな口調でつくしに話かけた。
「それからつくしさん。今日からつくしさんと呼ばせてもらうよ。司だが時々わざと強気なふりをして突っ張ってることがあるが、それは不安だからだ。その原因はわたしと楓にあることは、わかっている。子供の頃、傍にいてやれず親の愛情が足らなかったとしかいいようがない。まあ、そんなところを呑み込んでくれれば、単純な男だからね。上手に掌で転がしてやってくれ。それから司、おまえも結婚したら夫として、子供が生まれたら父親として時間を作ることを忘れるな。わたしも楓も忙しすぎておまえのことは、椿と使用人にまかせっきりだったからな」
そして、父親の顔に、申し訳なさそうな表情が一瞬だけ浮かんで見えた。
だが、唇の端に笑みを浮かべるその表情は、つくしがいつも見ている人と同じだと思った。
親子というのは、自分たちでは気づかないかもしれないが、知らぬ間に仕草は似て来るものだ。父親の言葉に込められた深い意味と眼差しは、親子らしいと感じていた。
***
ニューヨークの司のペントハウスはシンプルだ。
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今まで本気でつき合った女なんていないというアピールも込めて。
「ねえ、つかさ・・本当にうちの会社を買ったの?」
ベッドに横たわる男の姿は腰から下をシーツに包み、頬杖をついていた。
信じられないくらいハンサムな男と結婚するとが、未だに信じられない。
いつも見入ってしまうが、その度、なにじろじろ見てんだ?俺が欲しいのか?欲しいならいくらでもやる。
と返され、言葉通りのことが繰り返されていた。
「ああ。買った。そうすりゃあおまえも好きな仕事が出来るだろ?まだ係長になったばかりのおまえが今の仕事を辞めてうちに来るって話しは嬉しいが、まだやりたいことがあるんだろ?」
「・・・うん」
実はそうだ。好きで選んだ仕事だけにやりがいも感じていた。
司はそんなつくしの気持ちを読み取っていた。好きな女のことなら、どんなことでも叶えてやりたいと思うのが愛だと今ならわかっている。もし、好きな女が問題を抱えているなら、それを解決してやりたいと思う気持ちもある。そしてそうするだけの力がある。
だいたい女はすぐ顔に出る。
隠したつもりでも悩みがあれば、額に今悩んでます、と書いてあるほどだ。
「いいか。俺とおまえが結婚したら、隠し事はなしだ。わかったか?言いたいことがあれば何でも俺に言え。俺に出来ないことはない」
少し前にそんなことを言われたら、そんなこと出来ないわよ。と言っていただろう。
だが、今はつくしの勤務先が道明寺HDに買収されたという事態に、この男には本当に、出来ないことはないのかもしれないと考え始めていた。
「わかったか?」
「・・・」
「返事は?」
「・・うん・・」
「返事は″はい″だ。日本語は正しく使わねぇとな」
「・・はい・・」
「それから、おまえに関係あることは俺にも関係することだ。何かあったら俺に必ず言うこと。いいな?」
「・・はい・・」
「なんだよ?今夜はやけに素直だな?」
司はこの会話を楽しみはじめていた。
素直にはいと繰り返す女は、可愛らしいと思える。
今夜の最終目的地は、女の腕の中と決めていたが、まだ物足りない。
素直になった女ともっと愛を確かめ合いたい。
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Comment:2
コメント
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司×**OVE様
こんにちは^^
つくし、父親とご対面となりました。
順調にいってます(笑)
男親はいつも最後に知らされるというのは、道明寺家も同じのようです(笑)
つくしの会社を買収したのは、つくしに仕事をさせてあげる為というのが、司の偽りのない気持ちです。
やはり司も男同士だと話しやすいようですね。
そうです(笑)紺野くんは大喜びです(笑)
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
つくし、父親とご対面となりました。
順調にいってます(笑)
男親はいつも最後に知らされるというのは、道明寺家も同じのようです(笑)
つくしの会社を買収したのは、つくしに仕事をさせてあげる為というのが、司の偽りのない気持ちです。
やはり司も男同士だと話しやすいようですね。
そうです(笑)紺野くんは大喜びです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2017.01.28 21:28 | 編集
