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2016
12.15

エンドロールはあなたと 31

二人に間に流れる空気が変わった。
コートを着せ、後ろから抱きしめた瞬間、身体が触れ合い、体の温かさが伝わったはずだ。
今まで腕に抱き上げ運んだことはあったが、あの行動は意識して行った行動ではない。
足を痛めた女を運ぶという行為だけだった。
だが、こうして抱きしめ、女の香りを深く吸い込む行為は求めてそうした。
香水も何もつけない女の香り。微かに香るのはホテルに備え付けられているシャンプーの匂いなのか軽やかな花の香りがした。

一瞬の緊張と戸惑い。

司はつくしの体を抱きしめたが、すぐに放すと後ろへと退いた。
短い時間だったが、牧野が身をくねらせ嫌がることはなかった。だが、大きく息を吸い込んだのが感じられた。
一時の間を置き、振り返った女は、まだ痛む喉を潤すかのように唾を飲み込んでいた。
何も言わない女を司はじっと見つめ、やがてふっとほほ笑んだ。

「準備が出来たんなら出発しようか?」

そう声をかけた男に小さく頷く女。
その瞬間、確かに二人の間の何かが変わっていた。



一生懸命明るく振る舞う女。
今朝の牧野はどこか違う。
そうだ。まさにトゲが抜けた女だ。
相手に触れたいという思いが一方通行ではないと知ったような気がする。
それは、抱きしめた瞬間、感じられたような気がした。

司はつくしを観察し喜びを覚えた。
だが、その喜びを表に出すことはしなかった。逆にそんな女をからかった。
空港に向かう途中、なにか土産を買いたいと言った牧野。

「滋さんと桜子にお土産買わなくちゃ。な、なにがいいかな?カリフォルニアで有名な物ってなにが...」

リムジンが止まった店はカリフォルニアのドメスティックプロダクツを扱う店だ。

「あいつらならしょっちゅう旅してるんだから必要ねぇだろ?」
「あ、でも、桜子から...」

意味ありげな理由をつけた色の口紅を貰ったが、その理由が目の前の男に自分が発情したサインを送るためだとは言えるはずもなく、つくしは黙った。

「なんだよ?三条がコンドームでも渡して来たか?」
黙り込んだ女の表情は、まるで図星だったかのようで司は面白がった。
「こ、これなんかいいかも?」
顔を赤らめ、慌てる女が手に取ったのは、カリフォルニア北部にあるレッドウッドの森の古木から作られた品物。
「おまえ、滋や三条がそんなもん貰ってどうすんだよ?」

隣に立つ司が手に取ったのは、切り株を加工した木製のコースター。
司は笑いを堪えた。だが司が笑いたいのはつくしのことではない。あの二人がコースターを貰ってどういった表情をするのかを思い浮べていた。
俺なら牧野からどんな物をプレゼントされても嬉しい。金がかかっていようが、なかろうが、そんなことは関係ない。
だが、あの女たちはどうだ?

あの二人はどちらも物には不自由しない女たちだ。
そんな女たちと、ごく一般的な庶民の女が対等につき合えるところに、この女の気取りなさが感じられた。相手が金持ちだろうが、人としての価値を認めるのはステータスではなく、人間そのものを見ているということだろう。それなら牧野がこのコースターを買って帰ったとしても、あの二人は喜んで受け取るということか?

あの二人がこいつの友人でいるのは、俺より早くこの女の価値を知っていたということか?上っ面だけを見て、友人面する取り巻きじみた人間たちよりも、人間らしいつき合いの出来る牧野に価値を見出していたということだろう。

金で価値を決めるような人間は、こんな物を土産として渡すことはないだろう。だが立場が違っても、互いの存在を認めあえる女からの贈り物は心がこもっている。自分の出来る範囲で心を込めた贈り物をすることが出来る女。そしてそれには意味があるのだろう。
牧野はそんな女ということだ。

物の価値は人それぞれだが、高い物がいいというわけではない。
若い頃の司は、その意味が理解出来なかった。物の価値は全て金で決まると考えていた頃があった。
今はもうそんな考え方はしない。どんなに安い物でも、それがいい物だと思えば価値を見つけ出すことが出来る。
例え他人がそれを認めないとしても、今の司には本物を見るだけの目は備わっているはずだ。司はそんな思いで、つくしがコースターを品定めする姿を眺めていた。


乾燥した機内で牧野の風邪が再び悪化することがないようにと、気を付けていたが、なんの気なしに唇を舐める仕草。それがとてつもなく官能的な仕草に見えることに、間違いなくこの女が欲しいと感じていた。その仕草がわざとでないとしても、まだどこかぼんやりとしたところのある女の行動が司の欲望を煽った。

バージンは自分の行動が男に与える影響というものを知らないのだから仕方がない。
意識しないでの行動は始末に負えない。
司は今更だが、自分が少しぐらい威勢のいい女が好きだと気づいた。
牧野つくしのように、自分に体当たりしてくるような女が。
今は少し弱っている女だが、風邪も治ればまたいつものどこか生意気な女に戻るのだろうが、それが楽しみだった。

司は隣の椅子で眠るつくしを見た。
ジェットの中、牧野は食事を済ませると眠っていた。体調が回復途中の女はまだ薬を飲んでいる。
司は微笑んだ。この旅で求めていたもの。それはもっと自分に近づいてきて欲しい、自分を知って欲しいという考えから思い立ったようなものだ。仕事は後付けとでも言ってもいいほどだった。だが、風邪をひいたことで、少しだけ素直になった女の態度に微笑みを隠すことが出来ずにいた。

薄い毛布がずれていたのを直すと、司はこの旅で溜まっていた仕事に戻っていた。




サンフランシスコを発ったジェットが東京に着いたのは、午後を少しだけ過ぎた時間。
平日とは言っても流石に海外から戻ったばかりのつくしは、会社に行く必要はないとしても、道明寺司は違うようだ。一週間も日本での職務を離れれば、仕事が山積みなのだろう。機内で目が覚めたときも、目の前のデスクに書類が広げられていた。この男の立場を考えれば、今回の出張はこれから後に、相当な負荷がかかるのではないだろうか?ジェットが着陸し、携帯電話の電源を入れた途端、呼び出し音が途切れることはなかった。


マンションまで送られたつくしは、司に食べ物はあるのかと心配されていた。
確かに一週間も居ないとなると、冷蔵庫の中の生モノは処分して行くのが長期出張に出る時の決まりだ。だが、つくしは普段から作り置きをしてフリーザーに入れておくということをしている。これなら遅く帰っても料理をしなくて済むからだ。

「冷凍庫に作り置きがあるから」

恐らく道明寺には作り置きがどういう意味かわからないだろうが、聞かれもしないことを説明はしなかった。

「そうか。それなら今日はゆっくり休めよ。大人しくて早く寝ろ」

それだけ言うと、帰っていった。
それから部屋にたどりついたつくしの頭に浮かぶことと言えば、あの男のことばかりだ。

「おまえは俺の人生についてはいつでも閲覧可能だ。聞きたいことがあるなら何でも答えてやる」

閲覧可能だと言われても、そんなことが出来るはずがない。
あの男の人生は目に見えないインクで書かれていることもあれば、世界中の誰でも知っていることもある。

「そうは言っても、おまえの場合は俺に聞くより滋に聞くんだろ?もし、俺について聞きたいならそのコースターを渡すときでも聞けばいい。滋なら何でも教えてくれるはずだ。あいつもそんなに俺のことを知ってるとは言えねぇが、週刊誌よりも確かだ」

結局買った木製コースター。
つくしはそのコースターを手にぼんやりとしていた。
ただぼんやりとしているだけだというのに、やはり海外から戻ったばかりということもあるのか、風邪薬のせいなのか、それとも時差のせいなのか。目を閉じると、いつの間にか眠っていた。

気付けば何度目かのインターフォンの音で、目を覚ました。
どうにか立ち上がってカメラを確認すれば、ホテルメープルから配達だ、御届け物だと言われ驚いた。玄関先で受け取ったのは、大きな箱。
恐る恐る開け、驚いた。保温ボックスの中にあったのは、温かいスープ、温野菜のサラダ、見るからに柔らかそうな肉、このメニューにはどう考えても似合わないお粥。そしてみずみずしいフルーツが詰められた容器が入っていた。
誰が送ってきたか、すぐに察しがついたが、添えられていたカードを急いで開いた。

『 しっかり栄養をつけろ。ゆっくり寝ろ。 』

サインはもちろんあの男、『 道明寺司 』


旅に出る前、滋があの男を魅力的ないい男だと言うことが理解出来ずにいた。
だが今はその意味がわかったような気がする。
悔しいことに、つくしは道明寺司のことが気になっている自分に気づかされた。
胸がわけもなくざわめく。
今まで気づきもしないような事に気づくようになる。
それは、恐らくはじめて感じる思い。

つくしの手元にはコースターが4つあった。
滋と桜子への土産。それから自分への記念。
そして最後のひとつ。なぜかあの男の分まで買ってしまった。
看病してくれたお礼にと思ったが、こんなものをあの男が喜ぶはずがないと思いながらも買っていた。

マンションまで送られ、最後に大丈夫かと聞かれたが、大丈夫じゃない。
これから先、大丈夫かと聞かれても大丈夫でいることなんて出来ない。
彼を、あの男を好きになったことにたった今、気づいたばかりなのだから。






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コメント
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dot 2016.12.15 08:09 | 編集
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dot 2016.12.15 14:36 | 編集
み*み様
司のことを好きだと自覚したつくし。
頭でっかちのつくしちゃんですので、いろいろと考えるのではないでしょうか?
司の前で自分の気持ちを素直に認めることが出来るのでしょうか。
恥ずかしがり屋は今も昔と変わらずのようです(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.16 00:34 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
帰国しました。これから先は2人っきりと言うわけにはいかないかもしれませんね。
司のことが好きだと自覚したつくしちゃん。
コースターを買いましたが、渡せませんでした。
こんなものあげても喜ばないと思っているようですね。
好きな人からの贈り物なら、なんでも嬉しいと思うのですが、つくしちゃん、乙女ですから、男性の気持ちには鈍いようです。
帰国すると仕事もあることですし、どうするんでしょうか・・ぐるぐる考えそうですねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.12.16 00:40 | 編集
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