振り返らなくてもわかる。
洗練された男が、彼独特のオーラを纏って歩いて来くる様子が目に浮かぶ。
″世界で最も結婚したい独身男性トップ10″に選ばれた男は今ではつくしのクライアントだ。
そんな男はまだつくしに気づいてない。それもそうだろう。背中を向けたつくしは、いつもとは雰囲気が違う。服装にしても、化粧にしても普段の彼女を知る人間からすれば、イメージに似合わないと思うはずだ。今まで間違っても選ばないような色のワンピースに、髪は軽く巻かれ、濃い色の口紅をつけていた。
そんな状況で椅子に腰かけたまま、緊張のあまり身動きすることなく、じっと前を向いて視線を下に落としていた。やがて男がテーブルを回ってつくしの前に来たのがわかった。
思わず身構えてしまうほど体に力が入っていた。
滋さんが紹介すると言った男がこの男だとわかったとき、紹介は必要ないと伝えればよかったのかもしれない。だが何故か言い出せずにいた。これからこの男と一緒に仕事を始めることを、何故言わなかったのかと問われれば、もしかすると、普段の道明寺司と会ってみたいという気持ちがあったのかもしれない。
だが、キスをされたことが脳裏に甦るにつれ、どんな顔をして相手を見ればいいのかと、考えれば考えるほど、体に力が入り動けなくなっていた。
やがて目の前の椅子が引かれ、男が腰を下ろしたのが感じられた。
「司、時間とってもらって悪かったわね?」
滋が咳払いをした。
「こちらがあたしの親友。恥かしがってるけどね、どうしても司に紹介したかったの。この子なら絶対に司と気が合うと思うの。つくしも仕事中毒でね、忙しくてデートしてる暇がないような子なの。だから気軽に食事でもするところから始めたらどうかと思って。ほらつくし、いつまで下向いてるのよ?せっかく男前が前にいるんだから見なさいよ?司ほどいい男なんて見たことないでしょ?」
つくしはクライアントでもあり、滋の友人の男、道明寺司が目の前に座ってこちらをじっと見ているのを感じていた。
つくしは何故か恥ずかしさでいっぱいだった。こうして引き合わされることは、わかっていたはずだ。それだけに、今まで本人を前に取った態度を思い出すと恥ずかしい思いがしていた。出来ることならこのまま下を向いていたい。いや、それよりも走って逃げたい気分だ。
だがつくしは勇気を振りしぼり、顔をあげた。
瞬間、容赦ない黒い瞳が、戸惑いと当惑を隠せないつくしの瞳と合った。
短い沈黙が二人の間に流れ、一瞬空気が凍ってしまったかのように感じられた。
「・・おまえ・・牧野か?」
ただ黙ったままのつくしに対し道明寺司はと言えば、驚いた様子で片眉を上げると、容赦なく感じられていた黒い瞳が少しやわらいだように見えた。
司の目の前にいるのは博創堂の牧野つくしで、キスした女で、彼の心の端を掴んだ女。
はじめのうちは端を掴まれただけだったが、いつの間にかがっちりと掴まれていた。
司は込み上げて来る笑いを堪えると、テーブルに片肘をつき、顎に手を当て、真向かいに座る女に視線を定めたまま口元に薄っすらと笑みを浮かべた。滋が紹介したがっていた女がまさか牧野つくしだとは考えもしなかった。
「司?」
滋は司に目を向けた。
次に滋は何かを見透かそうとするかのようにつくしを見ると、二人の間に流れる空気の流れを感じ取ったようだ。勘のいい滋はピンときたようで、訝しげに眉をひそめた。
「もしかして、あんたたち知り合い?」
つくしは強張ったほほ笑みを浮かべたが、頬が紅潮するのが感じられた。それにこれ以上ないほど恥ずかしかった。今この場で記憶喪失になれるなら喜んでなっていただろう。
「ちょっと・・えっ?なに?そういうことだったの?」
滋は二人の顔を交互に見た。
「嘘!やっぱりあんたたち知り合いなの?そうならそうと教えてくれたらよかったのに!つくしも水臭いんだから!」
「ち、違うのよ_」
「先輩ひどいっ!いつの間にそんなことになってたんですか?あたし達に秘密にしてたんですね!」
つくしが反応するよりも早く桜子が口を挟んだ。
「ホント、水臭いですよね?先輩は昔からいつもそうでした。何でもあたし達に相談なしで勝手に決めちゃうんですから!」
「み、水臭いも何も、あ、あたしたちそんなんじゃないから!たまたま仕事で一緒になっただけだから!」
つくしは言うと、あわてて司から目を反らした。
それでもつくしは、真正面に座る男から向けられている強い視線に戸惑っていた。それと共に口元に浮かんでいた微かな笑みにも困惑が隠せなかった。
「桜子、あのね、別に秘密にしていたわけじゃないのよ。ただ・・」
つくしの喉はカラカラに乾いていて最後まで言葉が出なかったが、ごくりと唾を飲み込んで、再び口を開こうとした。だが桜子の強い口調に黙り込んでしまった。
「ただなんですか?先輩はあたし達が紹介しなくても勝手に道明寺さんとお知り合いになっていたということですよね?あたし達がしたことって余計なお世話だったってことですか?」
三条桜子はお嬢様のように見えるが性格はかなりワイルドだ。三人の中では一番の武闘派で頭脳派。そして策士だと言われていた。真っ向からぶつかっていくよりも、策を巡らすことの方がより楽しいというタイプだ。
「だいだい先輩は嘘つきなんですよ!勉強なんてしてないなんて言って、いつも成績上位だったじゃないですか!就職だって人気の業界にいとも簡単に内定をもらうような人なんですからね!」
桜子の口調がだんだんと凄みを増してきたのが感じられた。
何かまずいことを言っただろうか。正直が最善の策だと考えるつくしだったが、道明寺司のことについては、すでに知り合っているとは言えなかったのだから、嘘つきだったかもしれない。
「桜子。もういいじゃない。つくしだって言いたくない事情があったのよね?」
言いたくない事情。
その言葉につくしはキスされたことを思い出すと、顔がカッと熱くなるのを感じた。
滋は黙ったまま隣にすわる司に目を移した。
「滋。世の中ってのは案外狭いもんだな」
相変わらずテーブルに片肘をついた男は何故か呑気な口調で言った。
「本当よね?まさか司がつくしのことを知ってたなんて意外も意外。ホント世の中って狭いものよね?桜子。あんたももうつくしに文句言うのは止めなさいよ?」
「だって酷いじゃないですか!先輩は水臭いですよ!」
拗ねたような視線をつくしに向ける桜子は滋の言葉に反論した。
「いいじゃない。二人とも、もうスタートしてるんだから、あたし達の手間が省けたってことでしょ?」
桜子はつくしが何も言ってくれなかったことに対して、納得出来ないという素振りを見せていたが、軽く頭を振り、ため息をつくと頷いた。
「そうですよね・・。何もあたし達が苦労する必要なんてありませんよね?先輩だっていい年なんですから」
桜子は司の外見に見惚れるあまり、冷静さを失っていたのだろうか。思いを率直に言うと、落ち着いていた。
「司とつくしがこうしてプライベートで会うことになって本当に良かった」
滋は仲人と言わんばかりの口調で頷いた。
「滋さんちょっと待って!会うことになったって、あたし達仕事で充分会うことがあるんだし、こ、これ以上会う必要なんてないと思うんだけど?」
「なに言ってるのよ?いい年した男と女がこうして共通の友達を通じて会うってことは、この先の展開なんて決まってるじゃない?」
滋はつくしの言い分をはねつけた。
「この先の展開って、なによそれ?」
「またぁ。男と女なんてすること決まってるじゃない?」
滋はあっけらかんとした口調で言うと悪戯っぽく笑った。
「でもあたしと、この・・道明寺さんはビジネス関係にあるわけで、そんな公私混同なんて出来るわけないじゃない!」
公私混同。
仕事絡みだと食事に誘われ、いきなりキスされた記憶がつくしの脳裏をよぎった。
「あのね。司くらいの立場になればそんなこと関係なく上手くやるから大丈夫だって!ねえ?司そうよね?」
「ああ。その点は問題ない」
は?問題は大ありでしょ?
それにこの男は何を言ってるのよ?
つくしは信じられない思いで男の顔を見つめ、視線をそのまま滋に移した。
「ほら見なさいよ?この男は出来る男だから、つくしがつき合うことになっても全然問題なんてないから!そうよね?司!」
「ビジネスを尊重しろって意味だろ?」
つくしは次に滋の隣に座る男に視線を移すと言った。
「ふ、二人とも、ちょっと待ってい、意味がわかんないんだけど?」
「あのね、司はつくしのことが気に入ったのよね?で、つくしはどうなの?」
「な、なに言ってるのよ?あたしは・・」
「なに?つくしは司とビジネスだけの関係でいいの?」
滋が悲しそうにつくしを見た。
「ビ、ビジネスだけの関係でいいに決まってるじゃない!あのね、言ってなかったけど、この男とビジネスをするのがどれだけ大変なのか・・」
滋の話があらぬ方向にどんどん転がっていくように感じられ、つくしは慌てた。
「そんなこと誰もが知ってることじゃない?司と仕事をするってことは死ぬ気で仕事をするってことなんだからね?この男、ビジネスに関しては_」
「こ、この男!いきなりキスして来たのよ!!」
「えっ?そうなの?さすが司!やることが早いわ。で、その先は?」
「あ、あるわけないじゃない!」
つくしは叫ぶと目の前に座る男をにらみつけた。
その横で滋は実に楽しそうに笑っているではないか。つくしは黙り込んだ。頭の中では、次に滋が何を言い出すのかということだけが過っていた。
牧野つくしの顔に浮かんだ表情を見て、司は笑った。
滋にいいようにおもちゃにされているのが見て取れた。だがいつまでも牧野つくしを怒らせているのは良くない。慌てふためいて、早口でまくし立てる姿は司が知っている牧野つくしの姿だ。滋が連れて来る女など、どうでもいいとばかりにここに来たが、うつむいていた女が顔を上げた瞬間、顔がにやけた。いつもと違う女の装いに頬が緩んだ。
にやける顔を隠すため、視線は鋭く女を見たが、口元が緩むのは隠しきれないとばかり、肘をつき、顎に手をあてると不機嫌さを装っていた。
牧野つくしの頭は頑固そうだが、司の頭も同じくらい頑固だ。それは、一度決めたことは最後までやり抜くという強い意志というものが彼にはある。司はあくまでも客観的な態度を見せようとするかのように、肩をすくめた。
「滋。おまえまたお得意の騒動を起こすつもりか?」
司は過去に滋との間であった騒動を思い出していた。
母親が滋との結婚話を持ってきたことがあった。だが、この女は自分の人生は自分で決めますと言い切ると、司に向かって冷やかに言った。
『 お互いにこんな家に生まれて哀れな人生だけど、生涯の相手くらい自分で決めさせて欲しいわよね? 』
その言葉に司も頷いていた。
あれ以来、司と滋は性別を超えてのつき合いが出来るようになっていた。
「冗談やめてよね?あたしは司とつくしが上手くいけばいいと思ってるだけよ?」
「なら、ちょっと黙ってろ」
滋は相変わらずの女だと司は思ったが、これもまたこの女の個性だとわかっていた。
滋は黙ったが、正面に座る牧野も黙って司をじっと見ている。
「牧野。おまえは俺と仕事だけしたいって言ってるように聞こえたけど、俺はおまえと恋がしたい。それに俺がおまえの気を変えることが出来ると思わねぇか?」
司はつくしの大きく見開かれた目を見つめた。
「道明寺さん!牧野先輩と恋愛したくなったんですか?先輩!羨ましいです!」
桜子は口を挟むとうっとりとした表情で司を見つめた。
「そうみたい!信じられないけど司はつくしと恋愛がしたくなったってことよね?」
「滋。少し黙ってろ。俺はこいつと、牧野と話しをしてるんだ」
「はーい。わかりました。黙ってます!」
滋は言うと確かに黙り込んだ。同じく桜子も。
つくしは信じられなかった。
二人がこの男とあたしをくっつけたがっていることは知っていたが、まさか、道明寺司が自分に言い寄っているという事実に信じられない思いがしていた。
この自信満々の男は本気なのだろうか?それとも遊びなのだろうか?
つくしはまさに蛇に睨まれたカエルになったような気がしていた。

にほんブログ村

人気ブログランキングへ

応援有難うございます。
洗練された男が、彼独特のオーラを纏って歩いて来くる様子が目に浮かぶ。
″世界で最も結婚したい独身男性トップ10″に選ばれた男は今ではつくしのクライアントだ。
そんな男はまだつくしに気づいてない。それもそうだろう。背中を向けたつくしは、いつもとは雰囲気が違う。服装にしても、化粧にしても普段の彼女を知る人間からすれば、イメージに似合わないと思うはずだ。今まで間違っても選ばないような色のワンピースに、髪は軽く巻かれ、濃い色の口紅をつけていた。
そんな状況で椅子に腰かけたまま、緊張のあまり身動きすることなく、じっと前を向いて視線を下に落としていた。やがて男がテーブルを回ってつくしの前に来たのがわかった。
思わず身構えてしまうほど体に力が入っていた。
滋さんが紹介すると言った男がこの男だとわかったとき、紹介は必要ないと伝えればよかったのかもしれない。だが何故か言い出せずにいた。これからこの男と一緒に仕事を始めることを、何故言わなかったのかと問われれば、もしかすると、普段の道明寺司と会ってみたいという気持ちがあったのかもしれない。
だが、キスをされたことが脳裏に甦るにつれ、どんな顔をして相手を見ればいいのかと、考えれば考えるほど、体に力が入り動けなくなっていた。
やがて目の前の椅子が引かれ、男が腰を下ろしたのが感じられた。
「司、時間とってもらって悪かったわね?」
滋が咳払いをした。
「こちらがあたしの親友。恥かしがってるけどね、どうしても司に紹介したかったの。この子なら絶対に司と気が合うと思うの。つくしも仕事中毒でね、忙しくてデートしてる暇がないような子なの。だから気軽に食事でもするところから始めたらどうかと思って。ほらつくし、いつまで下向いてるのよ?せっかく男前が前にいるんだから見なさいよ?司ほどいい男なんて見たことないでしょ?」
つくしはクライアントでもあり、滋の友人の男、道明寺司が目の前に座ってこちらをじっと見ているのを感じていた。
つくしは何故か恥ずかしさでいっぱいだった。こうして引き合わされることは、わかっていたはずだ。それだけに、今まで本人を前に取った態度を思い出すと恥ずかしい思いがしていた。出来ることならこのまま下を向いていたい。いや、それよりも走って逃げたい気分だ。
だがつくしは勇気を振りしぼり、顔をあげた。
瞬間、容赦ない黒い瞳が、戸惑いと当惑を隠せないつくしの瞳と合った。
短い沈黙が二人の間に流れ、一瞬空気が凍ってしまったかのように感じられた。
「・・おまえ・・牧野か?」
ただ黙ったままのつくしに対し道明寺司はと言えば、驚いた様子で片眉を上げると、容赦なく感じられていた黒い瞳が少しやわらいだように見えた。
司の目の前にいるのは博創堂の牧野つくしで、キスした女で、彼の心の端を掴んだ女。
はじめのうちは端を掴まれただけだったが、いつの間にかがっちりと掴まれていた。
司は込み上げて来る笑いを堪えると、テーブルに片肘をつき、顎に手を当て、真向かいに座る女に視線を定めたまま口元に薄っすらと笑みを浮かべた。滋が紹介したがっていた女がまさか牧野つくしだとは考えもしなかった。
「司?」
滋は司に目を向けた。
次に滋は何かを見透かそうとするかのようにつくしを見ると、二人の間に流れる空気の流れを感じ取ったようだ。勘のいい滋はピンときたようで、訝しげに眉をひそめた。
「もしかして、あんたたち知り合い?」
つくしは強張ったほほ笑みを浮かべたが、頬が紅潮するのが感じられた。それにこれ以上ないほど恥ずかしかった。今この場で記憶喪失になれるなら喜んでなっていただろう。
「ちょっと・・えっ?なに?そういうことだったの?」
滋は二人の顔を交互に見た。
「嘘!やっぱりあんたたち知り合いなの?そうならそうと教えてくれたらよかったのに!つくしも水臭いんだから!」
「ち、違うのよ_」
「先輩ひどいっ!いつの間にそんなことになってたんですか?あたし達に秘密にしてたんですね!」
つくしが反応するよりも早く桜子が口を挟んだ。
「ホント、水臭いですよね?先輩は昔からいつもそうでした。何でもあたし達に相談なしで勝手に決めちゃうんですから!」
「み、水臭いも何も、あ、あたしたちそんなんじゃないから!たまたま仕事で一緒になっただけだから!」
つくしは言うと、あわてて司から目を反らした。
それでもつくしは、真正面に座る男から向けられている強い視線に戸惑っていた。それと共に口元に浮かんでいた微かな笑みにも困惑が隠せなかった。
「桜子、あのね、別に秘密にしていたわけじゃないのよ。ただ・・」
つくしの喉はカラカラに乾いていて最後まで言葉が出なかったが、ごくりと唾を飲み込んで、再び口を開こうとした。だが桜子の強い口調に黙り込んでしまった。
「ただなんですか?先輩はあたし達が紹介しなくても勝手に道明寺さんとお知り合いになっていたということですよね?あたし達がしたことって余計なお世話だったってことですか?」
三条桜子はお嬢様のように見えるが性格はかなりワイルドだ。三人の中では一番の武闘派で頭脳派。そして策士だと言われていた。真っ向からぶつかっていくよりも、策を巡らすことの方がより楽しいというタイプだ。
「だいだい先輩は嘘つきなんですよ!勉強なんてしてないなんて言って、いつも成績上位だったじゃないですか!就職だって人気の業界にいとも簡単に内定をもらうような人なんですからね!」
桜子の口調がだんだんと凄みを増してきたのが感じられた。
何かまずいことを言っただろうか。正直が最善の策だと考えるつくしだったが、道明寺司のことについては、すでに知り合っているとは言えなかったのだから、嘘つきだったかもしれない。
「桜子。もういいじゃない。つくしだって言いたくない事情があったのよね?」
言いたくない事情。
その言葉につくしはキスされたことを思い出すと、顔がカッと熱くなるのを感じた。
滋は黙ったまま隣にすわる司に目を移した。
「滋。世の中ってのは案外狭いもんだな」
相変わらずテーブルに片肘をついた男は何故か呑気な口調で言った。
「本当よね?まさか司がつくしのことを知ってたなんて意外も意外。ホント世の中って狭いものよね?桜子。あんたももうつくしに文句言うのは止めなさいよ?」
「だって酷いじゃないですか!先輩は水臭いですよ!」
拗ねたような視線をつくしに向ける桜子は滋の言葉に反論した。
「いいじゃない。二人とも、もうスタートしてるんだから、あたし達の手間が省けたってことでしょ?」
桜子はつくしが何も言ってくれなかったことに対して、納得出来ないという素振りを見せていたが、軽く頭を振り、ため息をつくと頷いた。
「そうですよね・・。何もあたし達が苦労する必要なんてありませんよね?先輩だっていい年なんですから」
桜子は司の外見に見惚れるあまり、冷静さを失っていたのだろうか。思いを率直に言うと、落ち着いていた。
「司とつくしがこうしてプライベートで会うことになって本当に良かった」
滋は仲人と言わんばかりの口調で頷いた。
「滋さんちょっと待って!会うことになったって、あたし達仕事で充分会うことがあるんだし、こ、これ以上会う必要なんてないと思うんだけど?」
「なに言ってるのよ?いい年した男と女がこうして共通の友達を通じて会うってことは、この先の展開なんて決まってるじゃない?」
滋はつくしの言い分をはねつけた。
「この先の展開って、なによそれ?」
「またぁ。男と女なんてすること決まってるじゃない?」
滋はあっけらかんとした口調で言うと悪戯っぽく笑った。
「でもあたしと、この・・道明寺さんはビジネス関係にあるわけで、そんな公私混同なんて出来るわけないじゃない!」
公私混同。
仕事絡みだと食事に誘われ、いきなりキスされた記憶がつくしの脳裏をよぎった。
「あのね。司くらいの立場になればそんなこと関係なく上手くやるから大丈夫だって!ねえ?司そうよね?」
「ああ。その点は問題ない」
は?問題は大ありでしょ?
それにこの男は何を言ってるのよ?
つくしは信じられない思いで男の顔を見つめ、視線をそのまま滋に移した。
「ほら見なさいよ?この男は出来る男だから、つくしがつき合うことになっても全然問題なんてないから!そうよね?司!」
「ビジネスを尊重しろって意味だろ?」
つくしは次に滋の隣に座る男に視線を移すと言った。
「ふ、二人とも、ちょっと待ってい、意味がわかんないんだけど?」
「あのね、司はつくしのことが気に入ったのよね?で、つくしはどうなの?」
「な、なに言ってるのよ?あたしは・・」
「なに?つくしは司とビジネスだけの関係でいいの?」
滋が悲しそうにつくしを見た。
「ビ、ビジネスだけの関係でいいに決まってるじゃない!あのね、言ってなかったけど、この男とビジネスをするのがどれだけ大変なのか・・」
滋の話があらぬ方向にどんどん転がっていくように感じられ、つくしは慌てた。
「そんなこと誰もが知ってることじゃない?司と仕事をするってことは死ぬ気で仕事をするってことなんだからね?この男、ビジネスに関しては_」
「こ、この男!いきなりキスして来たのよ!!」
「えっ?そうなの?さすが司!やることが早いわ。で、その先は?」
「あ、あるわけないじゃない!」
つくしは叫ぶと目の前に座る男をにらみつけた。
その横で滋は実に楽しそうに笑っているではないか。つくしは黙り込んだ。頭の中では、次に滋が何を言い出すのかということだけが過っていた。
牧野つくしの顔に浮かんだ表情を見て、司は笑った。
滋にいいようにおもちゃにされているのが見て取れた。だがいつまでも牧野つくしを怒らせているのは良くない。慌てふためいて、早口でまくし立てる姿は司が知っている牧野つくしの姿だ。滋が連れて来る女など、どうでもいいとばかりにここに来たが、うつむいていた女が顔を上げた瞬間、顔がにやけた。いつもと違う女の装いに頬が緩んだ。
にやける顔を隠すため、視線は鋭く女を見たが、口元が緩むのは隠しきれないとばかり、肘をつき、顎に手をあてると不機嫌さを装っていた。
牧野つくしの頭は頑固そうだが、司の頭も同じくらい頑固だ。それは、一度決めたことは最後までやり抜くという強い意志というものが彼にはある。司はあくまでも客観的な態度を見せようとするかのように、肩をすくめた。
「滋。おまえまたお得意の騒動を起こすつもりか?」
司は過去に滋との間であった騒動を思い出していた。
母親が滋との結婚話を持ってきたことがあった。だが、この女は自分の人生は自分で決めますと言い切ると、司に向かって冷やかに言った。
『 お互いにこんな家に生まれて哀れな人生だけど、生涯の相手くらい自分で決めさせて欲しいわよね? 』
その言葉に司も頷いていた。
あれ以来、司と滋は性別を超えてのつき合いが出来るようになっていた。
「冗談やめてよね?あたしは司とつくしが上手くいけばいいと思ってるだけよ?」
「なら、ちょっと黙ってろ」
滋は相変わらずの女だと司は思ったが、これもまたこの女の個性だとわかっていた。
滋は黙ったが、正面に座る牧野も黙って司をじっと見ている。
「牧野。おまえは俺と仕事だけしたいって言ってるように聞こえたけど、俺はおまえと恋がしたい。それに俺がおまえの気を変えることが出来ると思わねぇか?」
司はつくしの大きく見開かれた目を見つめた。
「道明寺さん!牧野先輩と恋愛したくなったんですか?先輩!羨ましいです!」
桜子は口を挟むとうっとりとした表情で司を見つめた。
「そうみたい!信じられないけど司はつくしと恋愛がしたくなったってことよね?」
「滋。少し黙ってろ。俺はこいつと、牧野と話しをしてるんだ」
「はーい。わかりました。黙ってます!」
滋は言うと確かに黙り込んだ。同じく桜子も。
つくしは信じられなかった。
二人がこの男とあたしをくっつけたがっていることは知っていたが、まさか、道明寺司が自分に言い寄っているという事実に信じられない思いがしていた。
この自信満々の男は本気なのだろうか?それとも遊びなのだろうか?
つくしはまさに蛇に睨まれたカエルになったような気がしていた。

にほんブログ村

人気ブログランキングへ

応援有難うございます。
- 関連記事
-
- エンドロールはあなたと 18
- エンドロールはあなたと 17
- エンドロールはあなたと 16
スポンサーサイト
Comment:6
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

司×**OVE様
こんにちは^^
プライベートタイムでのご対面^^
「めんどくせぇ・・」と思っていたところにつくしがいました。
にやける顔をひた隠しに隠しつつ(笑)本当は嬉しいでしょうね(笑)
桜子はマシンガントーク(笑)そうです、嫉妬が感じられます。
紺野君もですが桜子もつくしをいじり倒していますね。
紺野君にバレる・・「先輩、ルビコン川を渡るんですね!」と言うはずです。
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
プライベートタイムでのご対面^^
「めんどくせぇ・・」と思っていたところにつくしがいました。
にやける顔をひた隠しに隠しつつ(笑)本当は嬉しいでしょうね(笑)
桜子はマシンガントーク(笑)そうです、嫉妬が感じられます。
紺野君もですが桜子もつくしをいじり倒していますね。
紺野君にバレる・・「先輩、ルビコン川を渡るんですね!」と言うはずです。
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.11.28 22:37 | 編集

さと**ん様
司は滋の手前しぶしぶ会食に現れましたが、つくしに大喜びですね(笑)
滋も櫻子も言いたい放題です。つくしは紺野君にも言われっぱなしですし、外野が煩いですね(笑)
自分の発言に墓穴を掘る女。恐らく言えば言うほどその傾向があるような気がします。
仕事では牧野主任として出来る女なんですが、恋はまるでダメなようです(笑)
蛇に睨まれたカエル状態のつくし。どうするんでしょう・・←(え)?
コメント有難うございました^^
司は滋の手前しぶしぶ会食に現れましたが、つくしに大喜びですね(笑)
滋も櫻子も言いたい放題です。つくしは紺野君にも言われっぱなしですし、外野が煩いですね(笑)
自分の発言に墓穴を掘る女。恐らく言えば言うほどその傾向があるような気がします。
仕事では牧野主任として出来る女なんですが、恋はまるでダメなようです(笑)
蛇に睨まれたカエル状態のつくし。どうするんでしょう・・←(え)?
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.11.28 22:45 | 編集

このコメントは管理人のみ閲覧できます

マ**チ様
滋&桜子にいじられ、つつかれ、おまけに司にも絡みつかれています。
リンゴの木に絡みつく蛇ではなく、つくしに絡みついてしまいました(笑)
つくし、蛇に食べられるカエルとなるのでしょうか。
しかしまさかの誤算とも言えるつくしとの出会いは嬉しかったことでしょう(笑)
嬉しさのあまり滋に島をプレゼント!!(笑)あり得ますね。
司はこれから仕事と恋の両立に向けて頑張るはずです!
今週は夜更かし同盟脱落です(笑)しかし同盟参上ありがとうございます^^
コメント有難うございました^^
滋&桜子にいじられ、つつかれ、おまけに司にも絡みつかれています。
リンゴの木に絡みつく蛇ではなく、つくしに絡みついてしまいました(笑)
つくし、蛇に食べられるカエルとなるのでしょうか。
しかしまさかの誤算とも言えるつくしとの出会いは嬉しかったことでしょう(笑)
嬉しさのあまり滋に島をプレゼント!!(笑)あり得ますね。
司はこれから仕事と恋の両立に向けて頑張るはずです!
今週は夜更かし同盟脱落です(笑)しかし同盟参上ありがとうございます^^
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.11.29 22:04 | 編集
