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2016
11.26

エンドロールはあなたと 16

司は珍しく世田谷の邸にいた。
それも珍しいことにプールで泳いでいた。
十往復泳ぎ終わるとプールサイドまで泳ぎ、タイル張りの縁へ上がったところだった。
彼は普段別の場所で一人暮らしをしていたが、ストレス解消、運動不足解消というわけではないが、気が向けば邸に戻って来ては泳いでいた。

ニューヨークのペントハウスで一人暮らしの気楽さを知った司は、周りに誰かいるという生活が鬱陶しいと感じるようになっていた。通いの使用人はいたとしても、簡単なことなら自分でも充分出来る。例えそれがコーヒーを入れることぐらいだとしても。

つい先日牧野つくしを送ったのは同じ世田谷だ。
中古マンションとはいえ4000万程するマンションにひとり暮らしの女。
独立心旺盛な女は男に頼ることなく、自分の収入で生活していく力があることは確かだ。
プレゼンでは自信たっぷりの態度を見せていた女。そんな中にも窺うことが出来たのは緊張感だ。それでも隙のない様を装って立っていた。
そんな女が興奮気味に目を輝かせたのは、自分の会社のプランが採用されたときだ。
対し、司の顔を見たときはしかめっ面にも似た顔をした。

あの女の本当の顔が見たい。

どうやったらその顔を見ることが出来る?

頭がいい、知的であることは間違いない。そんな女だからこそ、共有できることがあるはずだ。だから一緒に仕事が出来るように仕向けた。

牧野つくしが眉間に皺を寄せて司を見たとき、思わずその眉間に指を這わせていた。
その結果、理性を失い本能のままの行動に出てしまった。次の瞬間キスをしたのは、それまで押さえつけていた気持ちの反動だったはずだ。
キスしたことが悪いなんて思わなかった。湧き上がった欲望に素直に従った結果である以外のなにものでもないからだ。

食事の間、挑発的な言葉を繰り返してみたが反応はなかった。司にしてみればしぶしぶだが車に乗せ、自宅マンションまで送って行くことにした。住所を言わなくても自宅まで送られた女は、そのことを疑問に思っただろうがやはり何も言わなかった。まるで無視でもするかのような女の態度。
だが次のチャンスはすぐあることは、わかっていた。それは勿論仕事絡みだが、それで十分だ。そのときは上手くやって見せると自分自身に誓った。

いつも考えごとをする時は、ブラックコーヒーを何杯も飲んで答えを見つけていた。
だが今日はこうして体を動かしたことで簡単に答えにたどり着くことが出来た。
これからシャワーを浴び仕事に出掛けるわけだが、今夜は大河原滋との約束の日だ。
滋が紹介するという女。いったいどんな女なのか。どちらにしても、そんな女のことはどうでもいい。滋は会うだけでいいという話だったはずだ。

司は嫌な人間を見るときは、片眉を上げて目を細める。それをされた人間はもう彼の前では何も言えなくなる。彼の威圧感のある眼差しを受けた者は縮み上がる。それを女の前で見せればいいだけの話だ。そんな女のことはさっさと片づけて、牧野つくしとの仕事のことを考える方が余程いい。
そう思うと、司は顔に笑みを浮かべていた。






***







つくしは自分の呼吸の回数を数えようとしたが止めた。
どうしてこんなに呼吸をする回数が多いのか。それはいたって普通のはずだが、自分では過呼吸気味ではないかとさえ思えるほど緊張しているのがわかった。
仕事でも緊張することがあるが、ここまで緊張したことはない。しかし、ここのところ自分の身に起きたことが速度を増して展開されそうな気がしていた。

今まで仕事に集中し過ぎて、周りの事をさして気にしてはいなかったが、時にはうっとりするような雰囲気に憧れることもあった。それは映画を観た後に必ずそう思う時間があった。

周りはつくしが仕事人間だと思っている。
しかし心の中は違った。
実は恋愛映画は大好きだ。
それは自分が経験出来ないことを疑似体験できるからだ。だが周りの人間には内緒にしていた。しかしまさかその周りの人間が、つくしにロマンスを提供しようという気になったのはどうしてなのか・・

確かにもう長い間、そう言ったロマンスからは遠ざかっている。友人達はそのことを見かねたということだろう。しかし相手が悪い。相手が。何しろ相手は″あの道明寺司″だからだ。
結局滋には言いだせなかった。もちろん桜子にもだ。桜子に言えば滋に伝わることは、わかっていたが何故か言うのを躊躇ってしまった。


つくしは今夜これから道明寺司に会うことになっていた。
それは仕事ではない。滋がセッティングした出会いの場だ。

その前に二人の友人はつくしを滋の部屋へと呼び出すと、面白味のないつくしの洋服についての講義を始めた。

「先輩、いいですか?相手はあの道明寺さんですからね。世界中の美女が喜んで身を投げすゴージャスな男ですからね?」

だからどうしたと?

「それなのに、その地味な服装はなんなんです?どうして黒なんか着て来るんですか!黒なんておばあちゃんになってからでも充分間に合うんですからそんな地味な色なんて着ないで下さい!道明寺さんはそんな地味な洋服なんてお嫌いです!まったく先輩はどうしてファッションに無頓着なんでしょうね?」

つくしは普段からよく言われていた。色が少ない。どうしてそんな地味な色ばかり着るのか。
具体的に言えば、黒、グレー、紺。だがこれはビジネスでは一番活躍する色だ。

「先輩の肌は白いしキメも細かくて綺麗なんですからどんな色でもお似合いなんです。だからせめて仕事以外ではもっと明るい色を着て下さい!先輩の色のパレットの中にはカラフルという言葉はないんでしょうか?」

つくしから見た桜子はまさに色の女王様だ。
昔から極楽鳥のように華やかな女だったが、最近その極楽鳥はエレガントという言葉も身に付けている。

「とにかく、先輩は地味ですからもっと華やかな色を着て下さい。別に基本を変えろなんて言いません。せめてスーツの下に着るインナーにもう少し色を加えるとかでもいいんです。いつも白ばかり着ないで、色のついたものを着て下さい!どうせ先輩のことですから下着も地味なんですよね?勝負下着なんてのはお持ちじゃないんでしょ?」

「だ、だって桜子・・勝負なんてする予定はないんだし・・」
「なに言ってるんですか!そんなの女性としての身だしなみのひとつです!」

つくしは自分よりも友人達が一生懸命な姿になぜか笑いがこみ上げていた。

「いいですか?おしゃれに気を使うことを余計な時間だとか、無駄な時間だとかそんなふうに考えないで下さいね?おしゃれをすることで気持ちが盛り上がることもあるんです。色からパワーを貰って物事を前向きに考えれることもあるんです。それに明るい色を着ることは精神的にはいいことなんですからね!」

友人二人は以前つくしのマンションを訪れたとき、クローゼットの中を覗いて帰った。
そのとき二人の間で交わされた視線の結果が、目の前にある洋服だ。
桜子が用意してくれたのは、つくしのクローゼットには絶対にない色。それはワインレッドのワンピースに黒のボレロ。みれば高級ブランドのタグが付いていた。

「先輩、同じ黒を着るなら組み合わせで華やかに見えるようなものを着るべきです。そんな上下黒なんて格好してたら、カラスと間違われますからね?いいですか、これから会うのは道明寺さんなんです。そんな野暮ったい黒なんて絶対ダメですからね?それからそのメイク!全然ダメです。色が全然ないじゃないですか!」

つくしは普段から薄化粧だ。社会人のマナーとして最低限ともいえるほどで、男を惑わすようなメークをしたことがない。だが桜子の手にかかればそうはいかない。それに自分でも今夜は何故か身を守るものが欲しいと思っていた。桜子が用意してくれた洋服を着るならなおさら必要だろう。

桜子はつくしの顔にどんどん色を加えていくと、満足そうに見た。
「いいじゃないですか、先輩。これで少しは道明寺さんに相応しい女性に見えますよ。ねえ滋さん?」
すると、滋はつくしの両手を握った。
「つくし、いい?何も慌てて司とつき合わなくてもいいの。とりあえず今夜は会うだけでいいからね?」

滋の目は思いやりに溢れていた。
つくしの社交生活があまりにも不憫だとでも言わんばかりのその態度。
だが次に口を突いて出た言葉はあの男を庇うような言葉だ。

「あいつ色々と誤解されやすい男なのよ。だからって最初っから背を向けるのは止めてあげてくれる?どんな人間もゆっくり時間をかければ、それなりに良いところが見えてくるからね?」


女3人と男1人が会う場所となったのは、大河原財閥が所有するレストランだ。
移動の間、両脇をがっちりと抱えられた女は、まるで犯罪者か囚われた宇宙人かという体で席に座らされた。

つくしは言い出せなかった。今さらだが、はやり言うべきか、それとも言わざるべきか。
すでに道明寺司とは面識があってキスまでした仲だと。

滋はさばさばとした性格と態度で気取りがない。昔から自由奔放な考え方と行動で周りを振り回すことも多かったが、面倒見がよく誠実な女性だ。心を開いた相手には母性と愛情を持って接するタイプだ。その滋の口振りからすれば、道明寺司のことを人として認めているから、つくしに紹介して来たということだ。
それなら、いきなりキスをして来たあの男の行動をどう捉えたらいいのだろうか?
矛盾する。
滋さんが認めた道明寺司とつくしが知っている道明寺司とではイメージが違い過ぎる。

あの男は二重人格者か?

とにかく、この二人はつくしに考える隙など与えるかとばかりに次から次へと言ってくる。
すると突然滋が叫び声を上げた。

「つかさー!!」

振り向かなくても充分わかる人物が来たことがわかった。

「久しぶり!元気だった?」







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コメント
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dot 2016.11.26 13:23 | 編集
司×**OVE様
こんにちは^^
桜子の毒舌。やはり紺野くんと同じで言いたい放題ですね(笑)
え?桜子の毒舌に顔がにやけたんですか?(笑)
司はつくしが気になっています(笑)いよいよご対面です。
司はどんな反応を見せるのでしょうか・・
そしてつくしは・・
仕事モードから離れたつくし・・どんな女性なのでしょうねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.26 23:06 | 編集
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dot 2016.11.27 01:34 | 編集
マ**チ様
司、これからつくしとご対面ですね。
いきなり桜子と滋を追い返し、事に及ぶことはないと思います(笑)
西田さんの勉強風景!(≧▽≦)DTDの過去問を取寄せ、ひそかに勉強中なんですね!
司の色々・・(笑)コーヒーのお好みはまだしも、アレのサイズまで出るんですね!
思わず想像してしまいました(笑)やはり特注品なんですね?(笑)
そして西田さんはそんな問題は朝飯前(笑)でも、問題はそのことが、どこから漏洩したのかですね・・
西田さんも気が休まりませんね?「これは由々しき問題。わたくしが解決しなければ」と思ったのかどうか・・
スパイがいるんですよ、きっと!(笑)
坂を転がるだけ転がれば、いつか止まります。西田さん、どこまででも転がって下さって大丈夫ですから!^^
西田さん!頑張って下さいね!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.27 22:14 | 編集
ぴ*様
はい。続きは月曜日です。
日曜は箸休め的に「金持ちの御曹司」となりました^^
坊っちゃんどうでしょうね?どんな顔してつくしちゃんとご対面するのでしょうねぇ(笑)楽しんで頂けるといいのですが・・
拍手コメント有難うございました^^
アカシアdot 2016.11.27 23:51 | 編集
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