司はつくしを抱き上げると、部屋の中へと足を踏み入れた。
腕の中にいる女を見下ろしながら色々な思いにとらわれていた。
二人ともこれから何が起こるのかは充分理解している。そして互いに深く求め合いたいという思いがあることも知っていた。
軽い体は小さく頼りない。頬の腫れが赤味を帯びているのは仕方がないとしても、顔全体が赤いのは、恥ずかしいと思う気持ちがあるからだろう。そんな女は司の気持ちを掴んで離さない。
今まで周りにいた女たちとは違い、作為的なことはしない。ありのままの姿でいつも彼に接して来た。ときには無謀だと思えるような行動に走ることがあっても、それを傍で見ている司は楽しかった。思わずそんな姿勢に手を貸さずにはいられなくなるところも、この女の魅力だ。
だが決して後ろから追いかけて行くというのではなく、同じペースで走り出したいという思いに駆られていた。
ひとりではなく、一緒に過ごしたい。
これから先もずっと。
出会いは人違い。
親友の元恋人探しから始まったが、あっという間に恋に落ちていた。
他人の恋人探しより、自分の恋の行方の方が気になってしかたがなかった。
小さな女から受けたパンチは見事に決まったアッパーカット。
始まりはあまりにも乱暴だったが、思えばその勢いに呑まれたと言ってもいいのかもしれない。その強烈な一発に彼の心は目覚めさせられた。
どこか人を惹き付ける不思議な魅力を感じさせる女。
それは司限定だと言われても構わなかった。他の人間など惹き付けなくてもいい。
やっと自分だけの女を見つけたような気がしていた。
それは随分と前から探していた自分だけの宝なのかもしれない。
決して初めから光り輝いていたわけではないが、そんなことは司にとってはどうでもいい話だ。華やかさを売りにする人間には用がない。上っ面だけの女はもう充分だった。
池のボートに乗り、急に立ち上がった牧野と一緒に水の中に落ちたことがあった。
そんなことさえ、どこか楽しく感じてしまうということに驚きを隠せなかったが、振り回される自分を滑稽だと感じながらも笑い飛ばしてしまうことが出来た。
冒険をしたいといってスカイダイビングに挑戦したとき、臆病なハリネズミのように上目遣いに見ていた女は、冒険心を満たしてから変わった。新しいことに挑戦することを自ら学んでいた。
新しいことに挑戦をする。
それは今まで手を貸す人間がいなかっただけで、誰かがきっかけさえ与えてやれば自ら挑戦しに行っていたかもしれない。
挑戦するチャンスを与えるのが司以外だったらどうなっていただろうか。果たして今のような関係になれただろうか?いや。なっていなかったはずだ。
牧野を見つけたのが他の誰かだったら二人の関係は今のようにはなっていなかっただろう。
それなら司のハリネズミはずっと冬眠していてくれた方がいい。彼が見つけ出すまで。
だが、司が見つけた牧野は新しいことに挑戦することを決めた。
それは恋。
相手は司。
奇妙なことだが、牧野つくしが心を開いた途端、躊躇したのは司の方だった。
欲しいはずなのに、なぜか手が出せなくなるという状況に陥っていた。
それはただ体の関係を結んでいただけの今までの女と、牧野では立場が違うとい思いが司の中にあったからだ。
大切にしたいと思うものに迂闊なことは出来ない。
それは司が初めて知った感情だった。
『 欲しいものを目の前に躊躇する司の姿を見る羽目になるとは思いもしなかった 』
親友二人に言われた言葉は、まさにその通りなのだから司は苦笑する以外なかった。
世の中には優秀な戦略家と呼ばれる人間が何人もいるが、司もそのうちの一人だと言われていた。だが、ときには戦略など無視して行動することもある。
それは、募る想いが止められないからだ。
クルーザーの中でからかったことを思い出していた。
何も知らない女に男の興奮の印を触らせるという行為。
思いがけず取った自分の行動に司自身も後で後悔するはめになったが、牧野にすればあまりにも衝撃的な行為で、大きな瞳は好奇心というよりもある種の恐怖が浮かんでいた。
30過ぎた恋愛初心者の若葉マークはまだそのままだが、今夜の牧野にもうあの時のような恐怖心は見られない。
余計なことは考えずに大人しく部屋に泊まれと口にし、身を寄せて来たが、黙り込んでいる様子から、何かを考えていることは充分理解出来た。
司の鼓動は煩いほどで、自分でもそう感じるくらいなのだから、腕の中にいる牧野も感じられるはずだ。
そんな二人はこれから互いの鼓動を重ねる。
「まきの・・どうした?黙り込んで?」
考えているのか?迷っているのか?
返事はなかった。
「本当にいいのか?言っとくが男は一度始めたら止めることは出来ねぇんだぞ?」
自分の意志を伝えていた。
だが嫌ならそう言ってくれ。
これからの行為はただ体を重ねるというのではない。
鼓動を重ね、心を重ねる行為であるということをわかって欲しい。
そして熱い気持ちを受け止めて欲しい。この小さな躰で。
「や、止めるってなにを?」
司の顔を窺うような言葉には戸惑いが感じられた。
「ふん。恐いくせによ」
司はつくしの唇に軽く唇を重ね合わせた。
「こ、怖くなんかないわ」
「そうか。恐くないか」
司は声を立てて笑いながら抱えているつくしをさらに抱き寄せた。
強がりを口にする女は、スラックスの中の欲求を理解しているはずだ。
だがそれがどれくらいなのかは、知らないだろう。
初めての女に対してどれだけ優しく出来るか、自分に自信がなかった。
それは腕の中の女を欲しくてたまらないからだ。その思いは伝わっているはずだ。
やがて笑いが司の表情から消え、真剣な眼差しへと変わっていた。
ゆっくりと優しくベッドに降ろされる体は、司のベッドに横たわる初めての女だ。
今まで誰もこのベッド、いや。それ以前に彼のマンションに足を踏み入れたことがある女はいなかった。池に落ちた牧野がこのマンションに来たことがあったが、それが初めて女を招き入れた日だ。
「本当にいいんだな?」
「あ、で、でもあたし、汚いし、汗かいてるし・・できたらあの・・シャワー貸して・・」
ボイラー室の床に座らされた状態でいたつくしは、そのことを気にしていた。
「構わねぇよ。汗なんてこれからどうせかくんだ。それにおまえの体で汚いところなんてあるわけねぇだろ?言っとくが愛し合うってのはきれいごとじゃねぇ。本能剥き出しの男と女の世界だ。気持ちを抑える必要もねぇし、俺はおまえの正直な反応が見たい」
そんな言葉は強い欲望が感じられるが、気遣いも感じられた。
「それから、気が変わったならそう言ってくれ」
上から見下ろす男は、長いまつ毛に隠された黒い瞳でつくしの表情をじっと見ていた。
もし、その顔に迷いがあるなら無理にことを運ぶことはしたくはない。
司はあらん限りの自制心を振り絞っていた。
彼の仕草も態度もいつもと変わりはしないが、心の中では言葉を探していた。
言えない言葉があったわけではなかった。
だが、この言葉はまだ口にしたことがなかった。
愛してる。
耳にすれど、今まで誰にも使ったことがない言葉。
特に彼にとっては決して簡単に口に出来る言葉ではない。
初めて使うその言葉をこれから伝える相手からも同じように返して欲しい。
そう望んでいた。
「牧野、愛してる。だから無理はしなくていいんだ。おまえが本当に俺に抱かれたいと思う時が_」
「あ・・あたしも・・あたしも道明寺を愛してる」
そう言って司を見上げる瞳に迷いは感じられない。真っ直ぐに見返す瞳に彼はつくしの強い気持ちを感じることが出来た。そして司が望んでいる言葉を返してくれた。
今日までつき合ったが、まだその言葉は聞いたことがなかった司にとって、つくしの言葉は何物にも代えがたい大きな贈り物だった。
「本当にいいのか?今の俺はあのときのクルーザーん時みてぇに途中で止めるなんて出来ねぇんだぞ?実際今の俺はおまえが欲しくてたまらない。一度始めたら止めることは出来ないが、それでもいいのか?」
無理をさせるつもりはない。
だが求めるものが目の前にある状態で止めることは男にとっては辛い選択ではある。
「や、止めないで・・。だ、だから、あたしを愛して・・欲しい。無理なんかじゃないから・・」
その言葉を聞いたとき、司は暫く身じろぎも出来ず口も利けなかった。やがて口をついた言葉は彼の熱い思い。
「直感だった」
何が直感だと言いたいのか。
「俺は直感に頼るなんてことはないと思っていた。それにそんなものを信じてもいなかった。だけどどっかでこれから一生おまえと一緒にいたいって感じていた」
下から司を見上げる顔は、心もとなげに見えた。
「悪いが今まで女に対して信頼なんて言葉は思い浮かばなかった。だがおまえに対してはその言葉が浮かんでいた。おまえは人から信頼される女だ。ダチに対しての態度にしても、おまえの仕事ぶりからしてもそうだが、俺は人を見る目はあるつもりだ。何しろガキの頃から大勢見てきたからな。どちらにしても他人を使う人間にはそんな目は必要だ。それに俺は金で買えるようなものは欲しくない」
司はつくしの腫れた頬にそっと触れた。
やがてその指は唇に触れると、顎のラインから脈打つ首筋へと降り、女らしい鎖骨に触れた。
「信頼の二文字は誰でも簡単に手に入るものじゃねぇってことも知ってる。人間関係にしても、仕事にしてもだが長い年月をかけて築かれるものだからな。それが金で買えるものじゃねぇてこともな。俺たちの間にもいつからか、信頼関係が生まれていたはずだ。その関係をこれからも深めて行きたい」
『 信頼関係 』
司がその言葉に確信を抱いたのは、つくしが水長ジュンに放った言葉の中にあった。
『 道明寺はそんな人間じゃない 』
そのひと言だけで信頼されている。そう感じていた。
世間から女に対しての扱いが酷いと言われたことがある男に対して信頼を寄せてくれる言葉。
女の扱いが酷い。それは司が世間に見せる態度がそう感じさせるのだろうが、別に世の中の人間に自分をわかってもらわなくてもいいと言う思いから、否定せず言われるようになったことだ。
確かに今までの彼は女と関係を結んでも夜を明かしたこともなく、唇にキスをすることもなかった。
「牧野。これから先、俺の瞳に映るのは、おまえ以外いない。だからこの先、おまえも俺だけを見てくれ」
少し考えた様に見上げる顔に司は言葉を継いだ。
「なんだよ?その顔は?俺が言ってる意味がわかるよな?俺が言ってるのはこれから先、一生おまえと過ごしたいってことだ。朝も夜もいつも一緒にいたい。そう思うのはおかしいか?」
これから先の未来を見据えて言葉を選んだ。
司はつくしの顔をじっと見つめていたが、何も返されないままの状態に耐えきれなくなり優しく言った。
「断る理由を探してるならそれは受け付けられない。どんな理由があるか知らないが、俺と結婚できない理由があるならそれを教えてくれ。俺が納得するような理由が言えるなら言ってみろ」
司の顔を見上げる瞳が涙ぐんでいるのがわかった。
「おい、泣いてるのか?」
「だ、だって、そんないきなり・・」
つくしは司を見上げたまま、溢れる涙もそのままに言葉を継いだ。
「あたしたちまだ・・そんなにお互いのことを知らない・・」
「もっと時間をかけて知り合えばいいのか?俺たち大人だろ?それにおまえは時間をかけたところでなかなか決めれねぇはずだ。必要ねぇことばっか考えて・・。とにかく俺はおまえを一生守りたい。これから先何があるとしても守りたい。今日みてぇなことがまた起こるかと思うと気が気じゃない。それに守るべき者が出来たら人は強くなれるって話しをしたよな?だから俺を強い人間にしてくれないか?」
「ど、どうみょうじがこれ以上強くなってどうするのよ・・あんなに・・」
つくしは今夜目にした光景を思い出していた。
「俺は人間的なことを言ってる。腕力の話じゃない。俺はひとりの男として、愛する女を守る強さを言ってるんだ。それは心の話だ。おまえに会うまでの俺は、正直女なんてどうでもいいと思っていた。だけどおまえは違う。俺にとっておまえは最高の女だ」
甘いほほ笑みが司の顔に広がった。
「牧野。俺と結婚してくれ」
やさしく言うと、つくしの頭を両手ではさみ、唇に唇を重ねた。
「わかってる。返事は今じゃなくてもいい。なにしろ今日はおまえにとってめまぐるしい一日になったからな」
だが司はつくしが頷くのを認めると、深く染み入るような声で愛してる、つくし。と囁いていた。

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今まで周りにいた女たちとは違い、作為的なことはしない。ありのままの姿でいつも彼に接して来た。ときには無謀だと思えるような行動に走ることがあっても、それを傍で見ている司は楽しかった。思わずそんな姿勢に手を貸さずにはいられなくなるところも、この女の魅力だ。
だが決して後ろから追いかけて行くというのではなく、同じペースで走り出したいという思いに駆られていた。
ひとりではなく、一緒に過ごしたい。
これから先もずっと。
出会いは人違い。
親友の元恋人探しから始まったが、あっという間に恋に落ちていた。
他人の恋人探しより、自分の恋の行方の方が気になってしかたがなかった。
小さな女から受けたパンチは見事に決まったアッパーカット。
始まりはあまりにも乱暴だったが、思えばその勢いに呑まれたと言ってもいいのかもしれない。その強烈な一発に彼の心は目覚めさせられた。
どこか人を惹き付ける不思議な魅力を感じさせる女。
それは司限定だと言われても構わなかった。他の人間など惹き付けなくてもいい。
やっと自分だけの女を見つけたような気がしていた。
それは随分と前から探していた自分だけの宝なのかもしれない。
決して初めから光り輝いていたわけではないが、そんなことは司にとってはどうでもいい話だ。華やかさを売りにする人間には用がない。上っ面だけの女はもう充分だった。
池のボートに乗り、急に立ち上がった牧野と一緒に水の中に落ちたことがあった。
そんなことさえ、どこか楽しく感じてしまうということに驚きを隠せなかったが、振り回される自分を滑稽だと感じながらも笑い飛ばしてしまうことが出来た。
冒険をしたいといってスカイダイビングに挑戦したとき、臆病なハリネズミのように上目遣いに見ていた女は、冒険心を満たしてから変わった。新しいことに挑戦することを自ら学んでいた。
新しいことに挑戦をする。
それは今まで手を貸す人間がいなかっただけで、誰かがきっかけさえ与えてやれば自ら挑戦しに行っていたかもしれない。
挑戦するチャンスを与えるのが司以外だったらどうなっていただろうか。果たして今のような関係になれただろうか?いや。なっていなかったはずだ。
牧野を見つけたのが他の誰かだったら二人の関係は今のようにはなっていなかっただろう。
それなら司のハリネズミはずっと冬眠していてくれた方がいい。彼が見つけ出すまで。
だが、司が見つけた牧野は新しいことに挑戦することを決めた。
それは恋。
相手は司。
奇妙なことだが、牧野つくしが心を開いた途端、躊躇したのは司の方だった。
欲しいはずなのに、なぜか手が出せなくなるという状況に陥っていた。
それはただ体の関係を結んでいただけの今までの女と、牧野では立場が違うとい思いが司の中にあったからだ。
大切にしたいと思うものに迂闊なことは出来ない。
それは司が初めて知った感情だった。
『 欲しいものを目の前に躊躇する司の姿を見る羽目になるとは思いもしなかった 』
親友二人に言われた言葉は、まさにその通りなのだから司は苦笑する以外なかった。
世の中には優秀な戦略家と呼ばれる人間が何人もいるが、司もそのうちの一人だと言われていた。だが、ときには戦略など無視して行動することもある。
それは、募る想いが止められないからだ。
クルーザーの中でからかったことを思い出していた。
何も知らない女に男の興奮の印を触らせるという行為。
思いがけず取った自分の行動に司自身も後で後悔するはめになったが、牧野にすればあまりにも衝撃的な行為で、大きな瞳は好奇心というよりもある種の恐怖が浮かんでいた。
30過ぎた恋愛初心者の若葉マークはまだそのままだが、今夜の牧野にもうあの時のような恐怖心は見られない。
余計なことは考えずに大人しく部屋に泊まれと口にし、身を寄せて来たが、黙り込んでいる様子から、何かを考えていることは充分理解出来た。
司の鼓動は煩いほどで、自分でもそう感じるくらいなのだから、腕の中にいる牧野も感じられるはずだ。
そんな二人はこれから互いの鼓動を重ねる。
「まきの・・どうした?黙り込んで?」
考えているのか?迷っているのか?
返事はなかった。
「本当にいいのか?言っとくが男は一度始めたら止めることは出来ねぇんだぞ?」
自分の意志を伝えていた。
だが嫌ならそう言ってくれ。
これからの行為はただ体を重ねるというのではない。
鼓動を重ね、心を重ねる行為であるということをわかって欲しい。
そして熱い気持ちを受け止めて欲しい。この小さな躰で。
「や、止めるってなにを?」
司の顔を窺うような言葉には戸惑いが感じられた。
「ふん。恐いくせによ」
司はつくしの唇に軽く唇を重ね合わせた。
「こ、怖くなんかないわ」
「そうか。恐くないか」
司は声を立てて笑いながら抱えているつくしをさらに抱き寄せた。
強がりを口にする女は、スラックスの中の欲求を理解しているはずだ。
だがそれがどれくらいなのかは、知らないだろう。
初めての女に対してどれだけ優しく出来るか、自分に自信がなかった。
それは腕の中の女を欲しくてたまらないからだ。その思いは伝わっているはずだ。
やがて笑いが司の表情から消え、真剣な眼差しへと変わっていた。
ゆっくりと優しくベッドに降ろされる体は、司のベッドに横たわる初めての女だ。
今まで誰もこのベッド、いや。それ以前に彼のマンションに足を踏み入れたことがある女はいなかった。池に落ちた牧野がこのマンションに来たことがあったが、それが初めて女を招き入れた日だ。
「本当にいいんだな?」
「あ、で、でもあたし、汚いし、汗かいてるし・・できたらあの・・シャワー貸して・・」
ボイラー室の床に座らされた状態でいたつくしは、そのことを気にしていた。
「構わねぇよ。汗なんてこれからどうせかくんだ。それにおまえの体で汚いところなんてあるわけねぇだろ?言っとくが愛し合うってのはきれいごとじゃねぇ。本能剥き出しの男と女の世界だ。気持ちを抑える必要もねぇし、俺はおまえの正直な反応が見たい」
そんな言葉は強い欲望が感じられるが、気遣いも感じられた。
「それから、気が変わったならそう言ってくれ」
上から見下ろす男は、長いまつ毛に隠された黒い瞳でつくしの表情をじっと見ていた。
もし、その顔に迷いがあるなら無理にことを運ぶことはしたくはない。
司はあらん限りの自制心を振り絞っていた。
彼の仕草も態度もいつもと変わりはしないが、心の中では言葉を探していた。
言えない言葉があったわけではなかった。
だが、この言葉はまだ口にしたことがなかった。
愛してる。
耳にすれど、今まで誰にも使ったことがない言葉。
特に彼にとっては決して簡単に口に出来る言葉ではない。
初めて使うその言葉をこれから伝える相手からも同じように返して欲しい。
そう望んでいた。
「牧野、愛してる。だから無理はしなくていいんだ。おまえが本当に俺に抱かれたいと思う時が_」
「あ・・あたしも・・あたしも道明寺を愛してる」
そう言って司を見上げる瞳に迷いは感じられない。真っ直ぐに見返す瞳に彼はつくしの強い気持ちを感じることが出来た。そして司が望んでいる言葉を返してくれた。
今日までつき合ったが、まだその言葉は聞いたことがなかった司にとって、つくしの言葉は何物にも代えがたい大きな贈り物だった。
「本当にいいのか?今の俺はあのときのクルーザーん時みてぇに途中で止めるなんて出来ねぇんだぞ?実際今の俺はおまえが欲しくてたまらない。一度始めたら止めることは出来ないが、それでもいいのか?」
無理をさせるつもりはない。
だが求めるものが目の前にある状態で止めることは男にとっては辛い選択ではある。
「や、止めないで・・。だ、だから、あたしを愛して・・欲しい。無理なんかじゃないから・・」
その言葉を聞いたとき、司は暫く身じろぎも出来ず口も利けなかった。やがて口をついた言葉は彼の熱い思い。
「直感だった」
何が直感だと言いたいのか。
「俺は直感に頼るなんてことはないと思っていた。それにそんなものを信じてもいなかった。だけどどっかでこれから一生おまえと一緒にいたいって感じていた」
下から司を見上げる顔は、心もとなげに見えた。
「悪いが今まで女に対して信頼なんて言葉は思い浮かばなかった。だがおまえに対してはその言葉が浮かんでいた。おまえは人から信頼される女だ。ダチに対しての態度にしても、おまえの仕事ぶりからしてもそうだが、俺は人を見る目はあるつもりだ。何しろガキの頃から大勢見てきたからな。どちらにしても他人を使う人間にはそんな目は必要だ。それに俺は金で買えるようなものは欲しくない」
司はつくしの腫れた頬にそっと触れた。
やがてその指は唇に触れると、顎のラインから脈打つ首筋へと降り、女らしい鎖骨に触れた。
「信頼の二文字は誰でも簡単に手に入るものじゃねぇってことも知ってる。人間関係にしても、仕事にしてもだが長い年月をかけて築かれるものだからな。それが金で買えるものじゃねぇてこともな。俺たちの間にもいつからか、信頼関係が生まれていたはずだ。その関係をこれからも深めて行きたい」
『 信頼関係 』
司がその言葉に確信を抱いたのは、つくしが水長ジュンに放った言葉の中にあった。
『 道明寺はそんな人間じゃない 』
そのひと言だけで信頼されている。そう感じていた。
世間から女に対しての扱いが酷いと言われたことがある男に対して信頼を寄せてくれる言葉。
女の扱いが酷い。それは司が世間に見せる態度がそう感じさせるのだろうが、別に世の中の人間に自分をわかってもらわなくてもいいと言う思いから、否定せず言われるようになったことだ。
確かに今までの彼は女と関係を結んでも夜を明かしたこともなく、唇にキスをすることもなかった。
「牧野。これから先、俺の瞳に映るのは、おまえ以外いない。だからこの先、おまえも俺だけを見てくれ」
少し考えた様に見上げる顔に司は言葉を継いだ。
「なんだよ?その顔は?俺が言ってる意味がわかるよな?俺が言ってるのはこれから先、一生おまえと過ごしたいってことだ。朝も夜もいつも一緒にいたい。そう思うのはおかしいか?」
これから先の未来を見据えて言葉を選んだ。
司はつくしの顔をじっと見つめていたが、何も返されないままの状態に耐えきれなくなり優しく言った。
「断る理由を探してるならそれは受け付けられない。どんな理由があるか知らないが、俺と結婚できない理由があるならそれを教えてくれ。俺が納得するような理由が言えるなら言ってみろ」
司の顔を見上げる瞳が涙ぐんでいるのがわかった。
「おい、泣いてるのか?」
「だ、だって、そんないきなり・・」
つくしは司を見上げたまま、溢れる涙もそのままに言葉を継いだ。
「あたしたちまだ・・そんなにお互いのことを知らない・・」
「もっと時間をかけて知り合えばいいのか?俺たち大人だろ?それにおまえは時間をかけたところでなかなか決めれねぇはずだ。必要ねぇことばっか考えて・・。とにかく俺はおまえを一生守りたい。これから先何があるとしても守りたい。今日みてぇなことがまた起こるかと思うと気が気じゃない。それに守るべき者が出来たら人は強くなれるって話しをしたよな?だから俺を強い人間にしてくれないか?」
「ど、どうみょうじがこれ以上強くなってどうするのよ・・あんなに・・」
つくしは今夜目にした光景を思い出していた。
「俺は人間的なことを言ってる。腕力の話じゃない。俺はひとりの男として、愛する女を守る強さを言ってるんだ。それは心の話だ。おまえに会うまでの俺は、正直女なんてどうでもいいと思っていた。だけどおまえは違う。俺にとっておまえは最高の女だ」
甘いほほ笑みが司の顔に広がった。
「牧野。俺と結婚してくれ」
やさしく言うと、つくしの頭を両手ではさみ、唇に唇を重ねた。
「わかってる。返事は今じゃなくてもいい。なにしろ今日はおまえにとってめまぐるしい一日になったからな」
だが司はつくしが頷くのを認めると、深く染み入るような声で愛してる、つくし。と囁いていた。

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司×**OVE様
おはようございます^^
プロポーズの返事は急がないといいながら、貰えたのでよかったですね?
つくしが色々と考える・・そうですねぇ。そんな時、司はどうするんでしょう・・
司は自分の気持ちをしっかり伝えているつもりですが、何しろ彼女は真面目ですから困りますねぇ。
さて、坊っちゃん。優しくしてあげることが出来るでしょうか?
大人の坊ちゃんですから焦らないと思いますが・・・(笑)
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
プロポーズの返事は急がないといいながら、貰えたのでよかったですね?
つくしが色々と考える・・そうですねぇ。そんな時、司はどうするんでしょう・・
司は自分の気持ちをしっかり伝えているつもりですが、何しろ彼女は真面目ですから困りますねぇ。
さて、坊っちゃん。優しくしてあげることが出来るでしょうか?
大人の坊ちゃんですから焦らないと思いますが・・・(笑)
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.21 23:38 | 編集

サ*ラ様
こんにちは^^
坊っちゃんプロポーズしました。^^
バージンのつくしちゃんにハードルが高いことはしないと思います(笑)
坊っちゃん大人のテクニックはまた今度教えて頂けるといいですねぇ(笑)
あくまでも大人の坊ちゃん。素敵に導いて下さる・・といいのですが。
週末の『金持ちの御曹司』をお持ちいただいているのですね?ありがとうございます(低頭)
エロ坊ちゃんの妄想は・・どうでしょうか・・(笑)聞いてみます。
コメント有難うございました^^
こんにちは^^
坊っちゃんプロポーズしました。^^
バージンのつくしちゃんにハードルが高いことはしないと思います(笑)
坊っちゃん大人のテクニックはまた今度教えて頂けるといいですねぇ(笑)
あくまでも大人の坊ちゃん。素敵に導いて下さる・・といいのですが。
週末の『金持ちの御曹司』をお持ちいただいているのですね?ありがとうございます(低頭)
エロ坊ちゃんの妄想は・・どうでしょうか・・(笑)聞いてみます。
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.21 23:46 | 編集

さ**ん様
> 【そうか。怖くないか】
> と声を出して笑ってつくしを抱き寄せる司。
えがった。有難うございます^^(低頭)ハリネズミをからかう余裕です。
大人の司ですから(過去に遊んでいますが)あくまでも、がっつかずという態度ですが、そうなんです。下半身は余裕がありません。一度お触りさせてますから(笑)
抱く前にプロポーズは、決しておまえのことは遊びじゃねぇぞ!をアピールしたかったのではないでしょうか?
信頼も大切ですが、抱き合って気持ちを確かめ合うことも必要です。体でも幸せを感じ合えるはずです。
初回は優しく導いてあげて欲しいですね。2回目以降は・・
コメント有難うございました^^
> 【そうか。怖くないか】
> と声を出して笑ってつくしを抱き寄せる司。
えがった。有難うございます^^(低頭)ハリネズミをからかう余裕です。
大人の司ですから(過去に遊んでいますが)あくまでも、がっつかずという態度ですが、そうなんです。下半身は余裕がありません。一度お触りさせてますから(笑)
抱く前にプロポーズは、決しておまえのことは遊びじゃねぇぞ!をアピールしたかったのではないでしょうか?
信頼も大切ですが、抱き合って気持ちを確かめ合うことも必要です。体でも幸せを感じ合えるはずです。
初回は優しく導いてあげて欲しいですね。2回目以降は・・
コメント有難うございました^^
アカシア
2016.10.21 23:57 | 編集
