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2016
07.09

大人の恋には嘘がある 41

初めて愛を交わしたあと、赤くなって、訳のわからないことをまくしたてるあいつをバスルームに連れ込むと、体中を丁寧に洗ってやった。
元バージンの女は恥ずかしそうな顔をして司を見ることを止めなかった。
そんな顔されたらまたおまえを襲いたくなると言われつくしは真っ赤になっていた。


部屋の中にいる恋人の動きを司は目で追うことがあたり前になっていた。
ただ、部屋はホテルから彼のマンションへと変わっていた。
独身の男性が住むには広すぎるほどの部屋は、司にとってただ寝るためだけの部屋だったが、 今では恋人と過ごすためにはちょうどいい広さだ。

朝食を同じテーブルで食べながら話しをする。恋人同士ならごく普通に見られる光景だ。
笑顔と一緒にコーヒーを飲む。そんな日常が繰り返される日々が心の底から欲しかった。
我が家というのはきっとこんな感じなのだろう。食事に時間をかけるなどしたことがなかったが、つくしが作ってくれるものなら何でも美味かった。
とにかくつくしは美味そうに食べる。それにサラダを申し訳程度につつくようなことはしない。実のところ、司よりもよく食べる。よく食べる女は健康的で見ていて気持ちがいい。そんな姿は司を満足させていた。



あれから週末ごとに愛し合うようになった二人は、互いについての思いをぶちまけていた。
大人の二人には全てをさらけ出すまでには時間が必要だということだ。
恋愛なんて筋書がないから面白い。そんなことを考える余裕が出て来たのは恋が実ったからであって少し前までの司にしてみれば、何もかもなりふり構わず的なところがあったはずだ。
金曜の夜から日曜まで、二人で過ごせるようになったことで互いのことを深く理解するようになっていた。つくしの中にあったみせかけの態度も今はもうなく、心の中にあった小さな箱も既に無くなっていた。


初めて会ったときからわかっていたはずだ。一見するとつくしは素直で単純な女に見えるが、実は芯のしっかりした女で自分の信念は貫き通す女だと言うことを。
司の気持はすっかり満たされていた。なんとも言えない幸福感というものが彼の中にはあった。

「あたし達は出会ってから3年がたつけど、どうしてこんなに時間がかかっちゃったのか・・・」

自分が悪かったのか、それとも司が悪かったのか。今となってはそんなことはどうでもよかったが、つい口にしていた。決してどちらかを責めると言うのではなく、過ぎ去ってしまった二人の時間がもったいなかったという思いからだ。

「そうだ。おかげで俺はこの3年間どうにかなりそうだった。つくしに会いたかったし、抱きしめたかったってのに、たまの出張で東京に来てもそんな時間なんてなかった。いや、これは体のいい言い訳だな」
つくしは話しかけようとしたが、司は話しを続けた。

「あの頃は会社内部の再編もあって色んなことが劇的に変化した頃だった。本当はおまえが東京に帰ってから、すぐにでも会いに行こうと思ったがそうはいかなかった」
司は大きく息をついた。

「下手な嘘なんかつかず何もかも打ち明けていれば、こんなに時間がかかることなんてなかったのにな。あの頃は俺の名前を言えば、絶対に態度が変わるなんてことを考えちまったんだからどうにかしてた。おまえはそんな女じゃねぇってのにな」

つくしを知れば知るほど彼女がそんな女じゃないことはわかっていた。
傲岸不遜だと言われていた子供の頃が甦った。
名前を名乗れば相手の態度は手のひらを返したように変わっていた。名前だけで全てが決まってしまっていた頃があった。

「司は・・自分では名前のせいで、相手の態度が変わるなんて思ってるみたいだけど違うと思う。名前がちがっても、お金が無かったとしてもあんたは絶対に注目を浴びる人だと思う」

大きな瞳の女は彼を見つめ、思いをそのまま口にしていた。


司は他人から注目を浴びることも称賛を浴びることも慣れていた。
だが本当に注目して欲しいのはつくしだけだった。つくし以外の注目は必要ない。

「俺はおまえ以外の注目なんてものはいらねぇ」
司は一瞬ためらってから言葉を継いだ。

「大袈裟かもしれねぇが、おまえが世の中の男を全て避けていたってことを知ったときは、俺のことを忘れられないからだなんて思い上がっちまった」

世の中の男を全て避けていた。
そう言われてみれば、そうかもしれない。

「司、今のあたしの注目は司に向いてるから」

司は期待していた言葉が聞けたはずだ。
どんな女よりも自分を見て欲しいと願っていた女の目は司に向けられていたということだ。

「あたしは今、こうして一緒にいられて、本当の司を知ることが出来てうれしいの。確かにあんたが誰だか知った時、道明寺は・・・司は恋愛に興味がないんだって思った。だって過去の女性遍歴から言っても本気でつき合ってくれてるなんて思えなかったし・・クライアントの買収妨害目的だなんて思いもしたし、名前を隠していたことだってあたしをからかう為なのか、遊びなんだと思った。とにかく色んな思いが頭の中にいっぱいあって・・」

見るとつくしの表情は真剣だった。瞳にはどこか不安げな思いが浮かんでいる。
俺のことで気になることがあるなら直接聞けばいい、と言われていたつくしは心に巣食っていた思いを口にしていた。
週刊誌の記事を鵜呑みにすることはよくないとはわかってはいても、それでも彼の口からはっきりとした言葉が聞きたと思っていた。もしかしたら、あの頃つくしに向けられていたのは見せかけの態度だったのではないかという思い。

司は自分を罵った。
愛しい女にそんな思いをさせていたことが悔やまれた。
おそらく自分たちが再会するまでの3年間そんな思いも抱えていたのだろう。

「なまじ金持ちの家に生まれると世間から色んな目で見られる。いちいち気にしちゃいねぇけど、物事を好き勝手に想像して、それを世間に広める奴らもいる。まあ、今じゃそんな奴ら相手にしてねぇし、連中も使えるならこっちの都合で上手く使う手ってのもあるけどな。それでもどうしようもなく腹が立つこともある。こっちは相手にする程のことじゃ無いと思ってもそう簡単にはいかない場合もある。まあはっきり言えば、世間の目に俺がどう映るかなんてことは、どうでもよかったことだった。確かに俺はマスコミに対しておざなりな態度になりがちだってところがあった。週刊誌に載ったとしても否定なんかしなかったしな」

恐らくつくしはこの3年間、司のそんな態度はマスコミを通じて知ったのだろう。

「だけとな、それはおまえに会う前の話しだ。おまえに会う前、世間に対する俺の態度がどうだったかと言えば、見せかけの態度を取っていかもしれねぇ。ただ、それが見せかけのものなのか、そうでないのか、そんなことは俺にはわからなかった。そんな態度だったとしても自分がどうだかなんてことは知りようがなかったからな。おまえ俺の母親がどんな女か知りたいって言ってたよな?」
司は自嘲の笑みを浮かべた。

「何しろ他人を萎縮させることが得意で高圧的な女が母親だからな。そんな母親を持てばどんな子供が出来るか想像できるだろ?今さらだが、つくしと出会った頃の俺はおまえに対してみせかけの態度が半分くれぇはあったんだと思う」

正直な答えだ。
世間に対して本当の自分を見せることがないよう育ってきたのだから彼女に対しても、どこか見せかけの態度を崩せずにいただろう。

つくしは不意に同情を感じ、司の手を握った。
なかなか本当の自分を表すことが出来ずに育ってしまったというのは家庭環境のせいもあるのだろう。
つくしの家庭は裕福ではなくても仲が良かった。おおらかな家族の中で育ったことで、ある意味感情があけっぴろげになる元になったのかもしれない。

「でも司は出会ったときから、ずっと司だった。初めて会ったときからこうして3年経って会った時もそうだった。あの頃、短いつき合いだったけど司は優しかったし、その優しさは今も変わってない。あたしどうしてもあの頃の道明寺が忘れられなかったの。だから誰ともデートなんてしなかった」

大きな瞳が訴えかけてきた。

「ひと前で本当の自分を表すことが難しいことだってことは、よくわかってる。ゴメン道明寺・・もう昔のことを言うのは、この話しを最後にしない?あ、あたしから話し始めたんだったね。本当にごめんね。なんだか嫌な思いさせちゃって」

「おまえ俺のこと呼ぶのに道明寺に戻ってんぞ?」

今、目の前にいるのは誰よりも自分を理解してくれる女。
司にとって何ものにも代えがたい女。

「え?あ、そう?」 つくしはほほ笑んだ。




しばし広がった沈黙に気まずさが感じられてきた頃、司は自分がことを急いでいるのはわかっていたが、どうしても言わずにはいられなかった。

「つくし、俺の家族に会ってくれないか?」
「ご家族に?」
「そうだ。俺の家族はみんなアメリカで暮らしてる。近いうちに俺とニューヨークに行かないか?いや、行ってくれないか?」

自分を理解してくれるつくしを離さないことが息をすることよりも大切に思えた。

「司がそうして欲しいなら」

その言葉が意味することは二人ともわかっていた。
司は立ち上がるとテーブルを回り込んでつくしを傍に抱き寄せた。


「なあ、一生そばにいれくれるよな?」
司の吐息が唇をかすめた。

「司がいて欲しいと思うだけいる」

つくしの顔には自然と笑みが浮かんでいた。




彼女の特別な笑顔が自分に向けられていることが嬉しい。
つくしの笑顔は決して上辺だけの笑顔ではなく、心からの笑顔だ。
この笑顔には常に心がかき乱されていた。
そんなつくしの小さな手が司の頭に伸ばされると、彼女に向かって引き寄せられた。

ゆっくりと近づいて来る唇は、誰よりも欲しいと思っていた人の唇だった。









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コメント
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dot 2016.07.10 00:02 | 編集
マ**チ様
こんばんは^^
ご心配をおかけしました。木曜日の夜は疲れ果てていてパソコンを開く元気がありませんでした。
お休みの案内を書く気力もなく・・無断欠勤?(笑)してしまいました。
毎日覗いて下さるマメッチ様をはじめ皆様にはごめんなさいでした。
色々お気遣いのうえ、ご心配を頂き嬉しいです。どうもありがとうございました。m(__)m
大人の恋~そろそろ終盤です。もう少しおつき合い下さいませ。
コメント有難うございました(^^)
アカシアdot 2016.07.10 19:57 | 編集
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